俺と鬼と賽の河原と。
ここは河原。
「な、なあ」
「へ、あ、なんでしょうか!?」
そこで、人は石を積む。
「いや、その、あれだ。今までの詫びによぉ、その、なんだ。飯、奢ってやるよ」
それが供養と言われつつ。
「え? あ、あの、二人でですか?」
「い、い、いいいいいや、ち、ちげーよ。WAWAWA、詫びっつったろ? だから、センセ――、薬師も一緒だよ?」
「え? そうなんですか……。だったら行きます」
それが、賽の河原。
「ってわけだ」
「よーし。歯を食いしばれぇー」
「バンコクキッ!!」
其の九 俺とじゃら男と屋台のおっさん。
何が万国旗だというのかこの男は。
確かに、暁御としては気まずいだろうが、だからこそじゃら男が頑張ることで好感度が上がるのだ。
元が最低なだけに、上がる時はウナギ登り。
のはずが。
「何時の間に俺が一緒に行くことになったのかな?」
「つい先ほどです」
ちなみに、じゃら男は河原に正座。
「いい加減にしろこのヘタレヤロウっ!!」
「ハクランカイっ!!」
「歯ぁ食いしばれ!!」
「いや、薬師もう殴ってるから」
前さんからの鋭い突っ込みはスルーさせてもらう。
半分は、勢いで殴ってるわけだけど。
と、そこで、前さんが俺の肩を叩いた。
「ん?」
「それよりさ、薬師は行くの?」
「ん、あー……。そうだな……」
思えば、俺が何か理由をつけて待機すれば二人きりにさせることは可能だな。
だが――、
「俺も――、行くか」
なんてーか。
じゃら男が心配。
「センセイも来るのかよ……」
「薬師は行く必要ないと思うんだけどな」
二人とも不満そうだが、
俺が行く必要ないならば――、
「なあ、じゃら男。お前夕飯に何着て行く?」
「え? このままじゃ駄目なのか?」
こんなことは言わない。
「冗談はいい加減にしないと、じゃら男からヘタレ男に降格するぞ」
「これは、仕方ないかな……」
前さんも納得した。
なんか眉間に手をあててこりゃだめだ、と。
「うん。確かにじゃら男が心配。行っといで」
「おう、了承した」
「いや、ちょっと待ってくれよ。何先生と姐さんで話進めてんだよ」
そうのたまうじゃら男を俺はびしりと指差す。
「お前その格好で待ち合わせ場所に着たら――、俺だったら他人のフリするわ!!」
じゃらじゃらとアクセサリー、穴空いたぶかぶかのズボンを腰パン。
悪趣味Tシャツ。
「まずはなぁ、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとかなあ、
他にも、そのじゃらじゃらを外すとか、そのじゃらじゃらを外すとかあるだろう!?」
「どこまでもじゃらじゃらにこだわるんだね。まあ、あたしもいい気はしないけどさ」
「うん」
「うん、って」
「で、ともかく。お前、そのほかの服もってるよな?」
すると、決まり悪げにじゃら男が肯いた。
「あ、ああ。他にも同じ奴が何着か」
「疾く去ね」
「なんかひでぇ事言われた!!」
「うるせぇ。とりあえず終わったらうち来いや」
「いや、わかったけどよ」
じゃら男が肯いたのを見て俺は座りなおすと、石積みを再開した。
そのようにして仕事は終わり――、
「ほら、とっとと着替えろ」
俺は自室でじゃら男にスーツを押しつけていた。
「いや、俺スーツなんて着たことねぇし」
「知るか。和服着るよかましだろうに」
そういう俺の衣服こそ和服。
灰色の着物である。
現状このような格好であるのは、俺があまり気合い入れるより、じゃら男が頑張って俺が引き立てに回った方がいいであろうということである
「別にタイまできっちり閉めろとは言わんよ。だからとっとと着て、行くぞ? 待ち合わせに遅れたら最悪だろう」
いいながら、俺はドアノブに手を掛けた。
「俺は先に外で待ってるからな。ちゃぶ台の上に鍵が乗ってるから終わったら閉めて出てこい」
ちゃぶ台を指差し、そして廊下に出る。
そのまま止まらずに寮の外へ。
そして、
「来たか」
「あ、ああ。変じゃねぇかな」
出て来たのは、ワイシャツの襟もとを開けて、裾を出した姿のじゃら男。
随分な着崩しだが、ま、しゃあないか。
「まあまあ。見た感じ、三番手四番手のホストには見えるから安心しろ」
言うと、三番手の所に反応して微妙に肩を落とすじゃら男。
だが、彼は不意に顔を上げ、言葉を発した。
「そう言えば、ずっと疑問に思ってたんだけどよ」
「ん?」
じゃら男は聞く。
「なんで、こんなに協力してくれるんだ?」
俺は肩をすくめて見せた。
「まあ、俺もおせっかいだとは思ってるがね。迷惑か?」
「いや、迷惑じゃないっていうかありがてぇけどさ。なんでかなーと」
珍しく、殊勝な態度をとるじゃら男に、俺はおどけて笑って見せる。
「大したことじゃねぇよ。ただまあ、お前の本当の腹底から出たものでなければ、人を心から動かすことは断じて出来ない。少なくともお前は俺を動かした。そういう事だ」
誰も本気の恋心を、否定なんてしねえさ。
「そんなもんなのか?」
俺は釈然としないじゃら男に首を縦に振って応えた。
「そんなもんだ。それとな、今お前さんが求めているもんは――、老いた時を豊かにする。だから、まあそれなりに頑張ってほしいわけだ」
「?」
理解してないような顔のじゃら男の背を俺はぽんと叩くと、言ってやる。
「理解する必要はねぇさな。ただ、今現在追い求めているものは正しくあれば未来に悪影響は及ぼさないってことだけわかってりゃ、その内わかる」
「そんなもん、なのか?」
「ああ、そんなもんなんだ。さて、行くぞ? 人を待たせるのはよくない」
待ち合わせ場所は河原だ。
時間に余裕がないわけでもないが、ボーっとしてられる程でもない。
「あ、薬師さん。それと――、じゃら男、さん?」
「よ」
「え、あえ、いやじゃら男って、いやいいや」
じゃら男は訂正しないのか。
今はじゃらじゃらしてないのに。
ともあれ。
「奢ってくれるんだろ? 早く行こうか」
そう冗談めかして言ってみると、じゃら男がいきなり耳打ちしてきた。
「なあ、ちょっといいか?」
「どうした」
「なんか、いい店知らねえ?」
心底、
心底――、
ついてきてよかった。
「あーっと、こないだ行ったレストランがある」
これで暁御も利用するレストランという事で話のタネもできるだろう。
まずはこういうことから始めていくのが大切。
「てことで、さりげなく付いて来い」
「お、おお」
それにしてもじゃら男、がちがちである。
「?」
一人状況が理解できてない秋御を置いて、話は進む。
そして暫く。
「おい、じゃら男。いい加減何か喋れ」
俺は、暁御が席を立った隙に、じゃら男を肘で小突いた。
レストランについてから十分。
じゃら男は暁御に話しかけられて、ああ、とかおおとかは言うものの、一切話しかけてはいない。
「あ、ああ」
「いい加減にしろ」
今だ上の空のじゃら男に少し強めの肘。
「うおうってなにすんだよ」
「お前はいい加減に話しかけろ。何だっていい、じゃなきゃもうどうしようもない」
「え、でででも」
「女々しい。これで今回何も話しかけんで終わったらそれこそ無理だ、どうしようもない、支援は打ち切るからな」
「ま、マジかよ」
「本気も何も、その様でお前は本気なのか? 本気なら男気見せてみろってな」
「……。わかった。やってみる」
と、じゃら男が肯いたところで、俺の携帯が鳴る。
ちなみに、機械関係苦手な俺のために前さんが設定してくれたなんかの三味線の演奏が着信音。
「しかも、こっちの音楽は前さん本人か」
通常とは違う個別設定された音楽を携帯がかき鳴らそうとして、俺はそれを開いて止める。
着信、前さん。
上手くいってる?
答えにくい。
微妙。
そう返したら、そう経たないでもう一通。
そうだよね。じゃあ、応援してるってじゃら男に伝えといて。
そうだよねって。
余りに、ひどい言い草だ、とは言えないのがまあなんというか。
「じゃら男。前さんが、頑張ってだそうだ」
「お? お、おう!」
今だ落ち着きのないじゃら男を見ながら、大丈夫かと不安になっていると、暁御が戻ってきた。
「すいません、お待たせして」
「お、おお」
「いんや」
ちなみに、席を立った理由に関しては詮索しないのが男の礼儀。
化粧品の香りがするということはそういうことなのだろうが。
「ところで、薬師さん」
「ん?」
「ここ、こないだも一緒にきましたよね。覚えてますか?」
「ああ。そうだな、ここで、紅うどん、もといスパゲッティ食ったな」
「あ、覚えててくれたんですね」
「まあ、な。それがどうか?」
「ちょっと、うれしいです……」
少し照れた表情をする秋御。
ああ、じゃら男も惚れるさ。
可愛いもんな、これ。
とか思っていたら、質問は続いた。
「あの、お聞きしたいんですけど?」
「おう? 差しさわりなければ何でも答えるが」
「好きなタイプとかっています?」
「好きなタイプ、なあ? 和服美人」
「わ、和服ですか」
「おう」
現代ではめっきり減ったが、地獄では結構いるのでちょっとうれしい。
ってそんな場合じゃねえよ。
おいじゃら男、とっとと話しかけろ。
俺は眼で合図。
行け、とっとと何でも話せ。
「な、なあ」
よし言った。
これから何を話すか知らんが、頑張れじゃら――。
「好きな人っとかって、いるのか?」
いきなりきたこれ。
まてい! それは上級過ぎる。
いつかぶち当たる問題だがぶっちゃけそれはまずくねぇか。
いや、暁御もそんな顔を真っ赤にして答えなくてもいいっつに。
何をお前は冗談言ってるんだよって流してくれたらいいんだよ。
ああそうだね、ここのメンバーは一切合切冗談が通じないんだな、ああ。
「その、あの。はい、います…」
終わった。
始まってもいないというに。
「え? え、え、え、どんな人?」
驚きってか衝撃でしどろもどろに拍車を掛けるじゃら男。
そんな中、もじもじしながら暁御は語る。
「その……、背が高くて、格好よくて、危ない時は助けてくれて――、マイペースで、でも、さりげなく気を利かせてくれたり」
そして、こう締めくくる。
「とっても――、素敵な方です」
こうまで秋御に好かれてるなんて憎いねこの、誰だか知らん人よ。
だが、問題は――俺の隣の人である。
それから先。
じゃら男は一言も発することはなかった。
「おーい、いい加減になんかこう、反応返してくれると助かるかな?」
俺は、道端で、じゃら男に向かって手を振っていた。
ちなみに、食事は半端なところで切り上げた。
じゃら男があまりにも反応を返さないので、こいつ具合悪いみたいで、とか言って逃げてきた。
そんなじゃら男は、なんかぶつぶつと。
きっと、当たって砕けてしまえばよかったのだろう。
ただ、今回は当たる前に潰されてしまった。
故に、手を振っても叩いても反応なし。
「なあ、お前さん、食事中途で切り上げたから腹減ってるだろう? ちょいと飯食っていくぞ」
俺は、そう言って、じゃら男を強引にラーメン屋の屋台に連れ込んだ。
「親父さん。チャーシューの醤油をこいつに。俺は――、塩ラーメンで」
とりあえず俺はあっさりした奴がいい。
飯もう食ったから。
「へいかしこまりましたっ」
そして、親父がラーメンを作り始めて――、
「そこの坊ちゃん、ずいぶん沈んでらっしゃいますね」
俺は、その言葉に、苦笑を浮かべた。
「失恋さ。だから、失恋に効くような味のもん作ってくれ」
すると、同じく店主も苦笑を見せる。
「ま、女なんて星の数ほどいまさぁね」
「まあ、星には手が届かないわけだが」
その言葉に少しだけじゃら男が反応を示した。
店主は言う。
「ただ、それでもその中から一等輝く星を見つけられたのは――、人生に一度あるかないかの幸運だった、ってことでしょうね」
「なんか店主かっこいいな」
じゃら男は無言。
鍋の上げる蒸気が、場を支配する。
そんな中、店主は続けた。
「そして、その幸運に出会って、お客さん、変わったんでしょう?」
「なん――」
何で分かったのか、そう言おうとしたじゃら男を店主は遮って――、
「お客さんは変わった。だったら――、今度は惚れた女を変えて見せるのが、一流の男ってやつですぜ?」
じゃら男がはっとしたように店主を見上げた。
店主は、じゃら男を見て不敵に微笑んでいる。
「いや、本気でかっこいいな」
それはともかく。
「ま、惚れた女が別の男に惚れてるってのぁ、きついだろうがな、それを味わえ。苦味も、苦しみも、過ぎちまえば甘くなる」
そう言って俺もじゃら男の肩を叩く。
見た感じ、もう心配ねぇだろ。
まあ、あれだな。
店主は妙なとこ突いてくるな。
「女がどこ向いてようと、自分に振り向かせればいいだけの話、か。で、どうすんだ、お前は」
言いながら、じゃら男を見る。
「俺、は」
じゃら男は、しかと肯いた。
「頑張ってみる」
「そうけ」
その夜に食べたラーメンは、とうに伸びていた。
迷走中の恋心。
そうそう諦め付くならば、元から恋はしておるまい。
そんな彼らを眺めつつ。
俺は明日も楽しく石を積むのだろう。
設定な感じで。
質問があったので、金について詳しく。
物価は我々の方の現代とさほど変わらず。
地獄の金の種類は両、文、の江戸時代ぽい感じで。
ただし、物価の変動も結構あるので。
参考までに江戸時代っぽいものを。
一両・・・・・6万円以上
・一分・・・・1万5千円
・二朱・・・・7千5百円
・一貫文・・1万円
・一さし・・・千円
・四当銭・・・50円
・一文(一銭)・・・10円
だいたいこんな感じで。
ただし、地獄における会話とは、声を発するのではなく、相手に伝えようとしたことが相手のデフォの言語で伝わるので、本人たちはドル、円、ルピー、ユーロ、ギル、ゼニー、その他諸々と言っていたり。
では返信。
妄想万歳様
肩をたたいたら、きっと振り向いてもらえる。
だが、自分のことを見続けてもらうには飽きさせない何かが必要である。
とか深そうなことを言ってみたけども、そのネタいいなぁ。
薬師に言わせればよかったぜ。
とまあ、それは置いておいて。
薬師が同行し、なんかこんな感じに落ち着きました。
どうやら、アタックは続けるようです。
ザクロ様
質問の方は、上に微妙な感じの回答がなされております。
前回、ヤンデレフラグが、と思ったらどうやらじゃら男がいくじなしだっただけのようです。
どちらにせよ、薬師も、前さんも、暁御もじゃら男もどう考えたって恋愛向きじゃないので、ゆったり進むしかないようです。
ニッコウ様
じゃら男は失恋しましたが、強く生きていきます。
雑草のように。
ライバルは薬師だけど、所詮薬師なので大した脅威じゃないはずなのだけど、そもそもじゃら男が純情過ぎる模様。
彼の恋が実る日は来るのだろうか。
さて、では。
次回。
じゃら男は決意を改めて、薬師はそれを応援する。
そんなとき、なんかショタ、もとい、少年が現れて、川を渡るはずが金を落としたと言う。
薬師はそれに如何様に対応するのか。
次は短く一話短編、山も落ちもありやしない。
次回、俺と迷子と三途の河と!
じゃら男、頑張れっ!