俺と鬼と賽の河原と。
最近、良く働く俺としては、休日位ゆっくり休みたいのだけれど。
そうも行かない。
日常生活も、仕事もこなさないといけないのが俺の辛いところだ。
「俺が現世に行って帰ってきてからを含めてたった一週間……。一週間で、これか」
週末は終末で、とあるお方の部屋はまるでメギドの火が降り注いだかのようだった。
まるで、生き物の住める地とは思えない。
地獄の鬼も裸足で逃げ出すであろうこの地。
この地を俺は――、人が住む土地にせねばならない。
――覚悟は良いか? 俺はできてる。
如意ヶ嶽薬師 閻魔宅を前にして――
其の七十四 俺とお前と聖域にて。
「ぐでー……、つかれたー」
ちょっとした聖域を片づけて、俺はソファの上に転がりながら、横目で閻魔を見る。
閻魔はこちらに来てからずっと、机に向かって何らかの書類と格闘していた。
どうにも、忙しいらしいのだ。
なるほど、納得はいく。
万年暇人と巷で噂の俺に仕事が回ってくるほどだ。
そりゃもう地獄側なぞてんやわんやだろう。
李知さんやら玲衣子やらの実家との確執に――。
「俺の現世で起こる事件の数々、か」
俺は誰にともなく呟いた。
の、だが、距離にして人一人分すらない閻魔には、届いてしまったらしい。
「……そう、ですね。こちらも目下解決を目指しているのですが……」
少し、疲れた声。
休みなく、働いているのであろう。
なるほど、家に泊って行った時、由比紀は『美沙希ちゃんのこと、よろしくね』と言っていたのも理解できる。
だからと言って俺に片付けまでまかすのは如何かと思うが――。
「別に早く解決してくれー、なんて言ってねーよ。ぶっちゃけると現世に未練がある訳でなし」
実際、死んだ後の世界がどうなっても、俺の知るところではないと思う訳だ。
そんな今いない世界を思い悩んでもどうしようもない所か、嘘臭い。
「俺がいきなり、ああ、現世が心配だ、大丈夫だろうか、って言って本当だと思うか?」
そんな俺の言葉を、閻魔は切って捨てた。
「確かに……、それは信用できませんね」
「だろ?」
苦笑しながら、俺はぬっとばかりに閻魔の肩から顔を出して、散乱する書類を見る。
今、閻魔が見ているのは、事件が起こった場所に印を付けた、京都から東京にかけての地図だ。
「事件分布、か。やっぱり怪しいか?」
「はい」
閻魔は迷いなく肯いた。
多分、これらの資料も機密なんだと思うが、そこまで気が回らないのは疲れてるからか。
信用されてる、と思えば嬉しいんだがね。
この状況ではそんな風に喜べない。
「京都、東京……、こないだの竹取翁は長野と岐阜の県境、だったのか」
なるほど、こりゃ怪しいと思わざるを得ない。
京都から一直線になるように事件が起こっている訳だ。
第一の事件は如意ヶ岳の天狗の一件。
第二の事件は東京にて起きたらしい、鬼兵衛が片づけたという一件。
第三はこの間長野と岐阜の県境にある寒村で起きた翁の一件。
一見関連性が無いように思えるが、線で結ぶと丁度東京から京都へ一直線となる。
そして、第二と第三はどうにもきな臭い。
何らかの人物の関与が見られるのだ。
第一に関してだけは微妙だが、その一件を皮切りとするならば、やはり関係があるものと考えられる。
「京都が怪しいな……」
「やはり、そう思いますか?」
俺は肯く。
「天狗の騒動が隠れ蓑に使われたかもって位の話だがな」
天狗の騒動だけ一見無関係に見えるが、その時に何らかの儀式を行って、それから事を起してるなら、納得がいくだろう。
例えば――、何らかの魔道具を引き寄せるような。
だが、そこまでだ。
それ以上のことはわからない。
「ええ……、あの騒動のことで正確な探知ができていません。あまりに多い数の妖怪が動いたものですから」
「そーだな」
当然だ。
天狗が闘争を行うとなれば、大魔術が百単位で起動することとなる。
現象としては大したことはないが、ことに使われる呪力は残念ながら人間とは比べ物にならない。
妖怪の使う技は非常に燃費が悪い代わりに、程度の低い妖怪ですら、そこらの魔術師ではかなわない呪力や魔力を有しているのだ。
京都、か。
どうやら、この地が大きな意味合いを持つことになるのだろう。
そして、ある予想もあった。
この事件、わざわざ動かずともすべき時にすべきことをすれば、解決するのではないかと。
鬼兵衛に第二の事件について、電話で話されたことがある。
世界が蠢いている、と。
と、なればお膳立ては世界がやってくれるのではなかろうか。
決してサボれとは言わないが、今にも倒れそうな面して、根を詰める必要はあるのだろうか。
いや、理屈をこまごま付けるまでもない。
ぶっちゃけそこの閻魔殿が倒れそうで心配だったりする訳だ。
そう思った俺は、
「つまらんっ!」
考えることを放棄した。
放棄して、そのまま閻魔の両脇を掴んで持ち上げる。
驚きの声を上げる閻魔を無視して、そのまま、ソファへ。
ソファから身を乗り出す格好だった俺は、ソファに戻ると同時、閻魔に馬乗りにされるような格好になる。
さあ、ここで名言を披露しようじゃないか。
耳をくいしばる、もといかっぽじって良く聞くように。
そう、この場でもっとも重要な名言は――。
「馬鹿の考え休むに似たりっ!」
おう、すっきりした。
そんなすっきりした俺に対し、閻魔の顔は真っ赤だった。
怒っている。
「ば、馬鹿とはなんですかーっ!!」
「んな重要書類っぽい物を俺にうっかり見せてる時点でもうお馬鹿さんだ。つか、俺に相談してるっぽい時点でお馬鹿さんだ」
こんな毎日石を積む単純作業すらサボりたくて仕方がない俺に相談してる時点で、正常な判断ができてない証拠だ。
そんな閻魔にも、思い当るところはあったらしい。
真っ赤になったまま、まるで煙が出そうな感じに停止している。
「うっ……、うー……、それは……」
絞り出すように、恥ずかしそうな声。
俺はと言えば、能天気な声を上げるだけだった。
「なー、遊ぼーぜー?」
ということで始まりましたチキチキタイマンババ抜き大会。
ちなみに、俺は現在十二勝目。
別に俺がやたら強い訳ではなく。
やたらと閻魔が弱いのだったりする。
たった今、残った二枚の札を選んでる最中にも。
「っ……、……」
表情がころころ変わる。
良く言えば正直。
つか、馬鹿正直すぎるのだ。
ジョーカーに手を伸ばすと安堵し、安全牌に手を出そうとすればこの世の終わりの様な顔をする。
大丈夫なのだろうかこの閻魔さまは。
まあ、これは仕事モードじゃないのだ、と無理矢理に自分を納得させるが。
ともあれ、今回も――。
「俺の勝ちだな。上がりだぜ」
うん、二人でババ抜きだと盛り上がらないかと思っていたが、そうでもない。
「むう……! もう一回です!」
むしろ一対一の方が熱くなる。
「ふむ、まあいいけどな。そろそろ、何か賭けようじゃねーの」
そして俺は、賭けがあった方が、燃える。
まあ、ぶっちゃけると俺の方が圧倒的有利なのだが。
そこは、まああれである。
俺のドS心に火が付いたということでここは一つ。
「かっ、賭けですか? それは公序良俗に――」
なるほど真面目な答えだ。
しかし予測済みだ。
「別に金を賭けようってんじゃねーからいいだろ? そうだな、俺は、これからお前さんが一度でいい。一度勝ったらなんでも一つ言うことを聞いてやろう」
一度勝ったらでいい、というのは俺の良心。
そして何でも言うことを聞くってのは、今まさに公序良俗を口に出した閻魔なら無茶は言わないだろうという打算だ。
「なっ、なんでも……、ですか。じゃあ、私は……」
迷っている。
しかも、乗る乗らないではなく、何を賭けるかで。
これはそれなりの条件をこっちが指定すれば、動く。
ふと、思いつく。
なにか閻魔の息抜きになることはないだろうか。
例えば、俺の何でも言うことを聞くなんか、寝てろと言えば、休みになる。
まあ、そうすると罰ゲームじゃないから色々考えないといけないが。
と、そこで、一日俺のメイドでお世話なんて単語が出てきたが、死亡フラグな気がするので自重。
そうさな。
飯まで、後五回くらいできるか。
「五回勝負で、俺が三回勝ったらお前さんは俺が帰るまで俺の膝の上ってのはどうだ?」
これだ。
これなら適度に罰ゲーム臭くて、そして強引に休ませることができる。
「ひっ、膝ですか? ……そ、それは……」
「さあ、どうする、乗るか、乗らないか」
「乗ります」
「よし来た」
「でも、一つだけ。私が一回勝って貴方が三回勝ったらどうするんですか?」
「……んー、あれじゃね? 双方が罰ゲームってことで。ただし、俺が三回勝つまでにお前さんが一勝したお前さんの勝ちな」
この辺りが、落とし所だろう。
という訳で、第二幕が始まるのであった。
最後の一勝負。
至近距離で顔を寄せ合うように閻魔が札を抜き、遂に閻魔の札が二枚になる。
そんな折、嬉しそうに札を捨てて、俺と眼が合い、恥ずかしそうに逸らす。
まるで子供のようだった。
可愛いな、などと雑念一杯で、俺は閻魔の札に手を伸ばす。
こちらは一枚。
ジョーカーはない。
となればここでジョーカー以外を引けば決まる。
そんな時、俺と閻魔の手が触れ合った。
びくん、と閻魔肩が震え、表情が変わる。
こっちか。
俺はその札を迷いなく抜き取った。
その札は――
「じゃあ、あ、あの。きょ、今日は! 泊りがけで私を手伝って行ってください!!」
――ジョーカーだった。
見事に騙された。
甘く見ていた。
結果がこれだ。
「なあ……、それさ。俺が言った罰ゲームと合わさるとさ。明日の朝まで俺の膝の上ってことになるんじゃね?」
まるで蒸気が吹き出そうなほどに閻魔は赤くなり、固まった。
「っ! そ、そそそ、そうですね……」
俺はと言えば、時間を決めるか、などと考えている。
そんな時だ。
閻魔は言った。
「で、ですが。罰ゲームなら仕方がありませんね。ええ。罰ゲームですから」
この人。
俺の膝の上に乗る気満々だ。
「じゃあ、お仕事終了ですっ」
結局、彼女は俺の膝の上で一時間ほど仕事をして、そのまま俺の方へ頭をもたれかけた。
一時間程の仕事にさせたのは、俺の説得の結果である。
実際、俺も手伝ったから、今日くらいなんとかなるだろう。
「ふぃー……」
俺は腕で頭を拭く動作をしながら、少し後ろに倒れて伸びをする。
「あ、疲れましたか……? だったら退きますけど」
「いや……、つかソファ座ろーぜ」
リビングにそのまま座る形だった俺は、閻魔を抱えて立ち上がると、ソファに座り直す。
そうして、結局何もすることがないのに気付き、視線でテレビのリモコンを探す。
「テレビでも――」
そんな時だ。
あたりを見回していたから、俺の胸元でこちらを見上げている閻魔に気付く。
「どーした」
「いえ、なんでも」
「……変な閻魔だな」
「美沙希でいいです」
「良いのか?」
「美沙希って、呼んでください」
お許しが出たので、呼んでみる。
「美沙希」
「っ……、もう一度、お願いします」
「美沙希」
「……もういっかい」
「……美沙希」
「も――」
それ以上は言わせない。
「もう閉店だ。これ以上はゲシュタルト崩壊が起こるぜ?」
「……そうですか」
少し残念そうだ。
まあ、確かに毎度毎度閻魔様と呼ばれて、名前で呼ばれることなどないのかもしれない。
そう思うので、これからは大手を振って美沙希ちゃんと呼ぶことにしよう。
「薬師さん」
そう考えて、そこに声がかかる。
「んー?」
閻魔あらため美沙希ちゃんは、一度迷うようにして、告げた。
「なんでこんなに、良くしてくれるんですか?」
なんとも、今更な質問だ。
無論それは。
「好きだからだよ。美沙希ちゃんが」
「えっ……、ええっ!?」
「そりゃもう、まるで手のかかる妹だな、ああ」
娘と呼ばないのは、優しさです。
俺の半分は優しさで構成されている。
「……そうですよね。家族……、ええ、そうですね」
消沈してるぞ美沙希ちゃんが。
はてさてどうしたものだろうか。
と、考える間に彼女は復活していた。
「まあ、今のところはそれでいいでしょう。それより……」
そこでいったん切って、彼女はつづける。
「お風呂……、どうしましょう」
美沙希ちゃんは真っ赤だった。
「一人で入ってくれ」
結局、俺は美沙希ちゃんを抱きしめながら寝て、帰ってきたのは翌日の明朝だった。
―――
其の七十四でした。
ちょっとシリアス風味かも。
まあ、次に進むにあたって必要な部分ですので。
では返信。
value様
七十五人。
これがっ、神の領域っ……!
そりゃもう大天狗時代からぽろぽろ拾ってきてたようです。
薬師のたらしレベルはあれですね。日進月歩の勢いです。
奇々怪々様
思えば千年で七十五人ですから、薬師にしては大したこと無い、のか……?
それでも一生に一人、人を拾う経験もないと考えるとやたら多い気もしますが。
まあ、黙ってれば既成事実とか、責任取るとかで由比紀と結納してたのでしょうけど、そうもいかないのが薬師クオリティ。
由比紀さんはもうあれですよ。攻撃力は高いけど防御力は紙です。
あも様
確かに、藍音が知ってる分だけだから、それを考えると、プラス方向に十人位は……。
都市伝説級ですな。
そして由比紀はデレっデレどころかデレ期突入過ぎて薬師のデレに耐えられません。
生ヒロインは伊達じゃないようで、このままいくと人気一位突入ですな。流石です。
春都様
相手が相手なら通報されてしかるべきです。
しかし地獄のトップにコネがある彼はすぐに釈放……。
藍音さんは拾われた人の筆頭ですからね。
ある種藍音さんから拾い癖がついたと言ってもいいのですが。
f_s様
変態という名の紳士ではなく――。
紳士という名の変態ですよ薬師は。
むしろ変態的に紳士なんです彼は。
ちなみに薬師宅の間取りは普通です。現在六人いますが、大体家族で暮らす普通のアパートよりちょっと広いくらい。
光龍様
まあ、一応寮内ですからね。狭いのは仕方ないです。
そのうち引っ越しそうですが。
藍音さんはもう聖母ですよもう、女神様です。薬師のすべてを包み込み――。
おいしいところはできる限り頂いていこうと――、……女神?
AK様
三十人の少女を拾ってきてた訳ですか。
要するに三十のフラグを立てた訳ですか。あっさりと。
そりゃ、天狗を目指す若者も増えますよ、ええ。私とか。
今現在薬師のお家の女性は四人です。ハーレムです。
ヤーサー様
藍音さんはたまに子供っぽかったりしますね。ええいつだって全力なだけですしね。ええ。
ええ、現世から面白い物が落ちてるとすぐ拾ってきて藍音さんに返してきなさいと怒られたことでしょう。
由比紀はもうデレデレで、薬師の隣が楽しくて仕方ない模様。きっと由比紀が薬師宅に住んだら美沙希ちゃんは薬師を自宅に住まわ――、げふんげふん。
でも実際は意地張った結果薬師に拾われてきそうです。
ちなみに、由壱君主人公編の構想は既にあったり。
きっと今回の事件終了か、その前に出るのではないかと。
なぜか名前が消えてた様
薬師が気づけるはずがないっ!
気付いたとしたらそれは薬師ではありません。他の何かです。
由比紀さんのおかげで随分と桁は上がったはずです。
ええ、人外クラスに。
通りすがり六世様
少女拾い、紳士のスポーツですね。
薬師は最近日常を噛み締めてスキンシップがレベルアップ気味です。
レベルアップの結果、恥ずかしいことも普通に言えるようになりました。
そして、姉妹丼が完成間近なのかと恐々です。
Eddie様
ええ、生前込です。
でも、生前込なら、三ケタ行ってなかったんですね。意外です。
薬師なら一年に一人位の頻度で連れてくるものと。
彼の趣味は、まあ、紳士のエチケットですから。ええ。
最後に。
ソファの上で構って構ってという成年男性の姿はどうかと思ふ。