俺と鬼と賽の河原と。
果たして、担当は仲直りしたのか――。
まだ寒いが、それでも少しだけ温かくなった道を、俺は行く。
別に町に用がある訳でもなし。
ただ、ちょっとばかし探し物が、あった。
だから町を行ったり来たり。
風も使わずふらふらと。
そしてそれは、意外と簡単に見つかった。
「今、今横目でちらっと見た。気づいてるのに無視しない」
今日も彼女は、路地に敷いた敷物の上に、たくさん銀を積み上げていた。
「よぉ」
其の七十二 俺と露店とこれからしばらく。
「いや気付かなかった、悪い悪い」
「流石の鬼畜っぷり」
そう言って少女はいつものように俺を見上げた。
「で。今日は何の用かな、かな?」
「何だその口調……」
「本気で引かれると傷つく……」
「いや、まあ。つか、偶然だよ」
「またまた、ツンデレ乙」
「まあ、実際探して来た訳だが」
「デレ期来た、これで勝利確定っ……?」
「まあ、本気で探してた訳でもないがね。なんとなく、あえりゃいいなと思って町歩いてただけだ」
「やっぱりツンデレ。で、何か用でもあったの?」
「んー、いや?」
俺は考えて、特に何もないことを改めて再確認する。
理由は何かと聞かれれば、暇だったからの一言である。
「まさか……、会わない間に私への恋心を自覚して――」
「知ってるか? 人に夢と書いて儚いと読むんだ」
俺は間髪いれずに呟いて、即座に少女は悲鳴を上げた。
「暗に否定されてるっ!?」
「つか、今更俺が恋とか、あいたたた、だろ」
そりゃ痛い。四十のいいおっさんが初恋並みに痛い。
対して少女は両手を広げて微笑んだ。
「そんなことはない。受け入れる。私相手なら。他ならそんな年になって恋とかいたたたたと後ろ指さす」
「もう俺に選択肢ねーだろそれ」
「じゃあ、三択。私と結婚する、私をお嫁さんにする、貴方が私のところに婿入りする」
「一緒じゃねーか。いや、家なき子に婿入りはしたくねーな……」
「じゃあ結婚」
「気が速い。高速過ぎる。光の速さだ」
「流行りに乗ってスピード結婚。結婚指輪ならほら、ここにたくさん」
「すげーな。果てしなく適当だ。って暗になんか買わせようとしてないか?」
「そそそそんなことはない」
「わざとらしくも白々しい」
「じゃあ正直に。私をお買い上げしてください」
「断る」
「ツン期到来」
「デレ期の到来は来年度になるでしょう」
「遠い。災害レベル。干上がってしまう」
何ゆえか、露店少女は俺に結婚を勧めてくるのだが、あれか?
憐れまれてるのか。
そんな中、肌寒い風が一つ。
少女は身を縮ませた。
「最近寒いな」
「露天商には辛い季節」
「ところで、売れてるんか?」
「超ウルトラスーパーマーベラスギガンティック商売繁盛」
「はいはい、売れてないと」
「超ウルトラスーパーマーベラスギガンティック商売繁盛」
「わかったから。売れてないのは」
「超ウルトラスーパーマーベ――……」
「もういいっつの」
「売れてるもん」
「頬を膨らますな。可愛いから」
「デレ期」
「必死で永遠に進むことのない回廊を走り続ける鼠型愛玩動物の如しだな」
「そこはハムスターと言うべき」
「わかった、ハムスター殿」
「私のことじゃなくて」
「つか、俺、知らない、名前。お前の」
「なんでカタコト? うん、でも。言ってない、私、貴方に」
考えてみると、本当に少女の名前を知らない。
私とあなた、俺とお前で、意外と世界は回るもんだ、と納得させられる事実だ。
なんとなく感慨にふけっていると、少女は言った。
「人に名前を聞くときは」
しれっと言ってくる彼女は本当にノリがいいと言うか。
そんな彼女に俺はわざとらしく肩をすくめて苦笑した。
「まずは自分からってか? 言ってなかったっけ?」
「聞いてない、かも。もしくは忘れた?」
「そうかい。じゃ、如意ヶ嶽薬師。天狗さんだ」
「初耳」
「そうかい、そっちは?」
ポンポンと進む会話を、俺は好ましく思う。
そして、好ましく思うから、また俺は彼女の前に足を運ぶのだ。
「ヒント。パで始まってスで終わる有名人」
「パラス」
「私はパラセクトに進化しない」
「通じるのかよ。って、お前さんこっちのネタ通じない人じゃなかったんかい」
こないだネコ型ロボネタ通じなくて恥ずかしい思いしただろに。
すると、彼女はわざとらしく目をそらす。
「……大人を傷つけるのはいつだって――、子供の純真な瞳」
「なるほど、知らない振りで俺で遊んでいたと。俺とのことは遊びだったのか……」
「そんなことはない」
そこでいったん止まり、少女は赤くなって、続けた。
「今は、本気」
恥ずかしくなるならそういうネタ言わなけりゃいいのに。
「で、名前だ名前」
「酷い」
「なにが」
「一世一代の告白をスルーか、この鬼畜様」
「で、名前だ名前」
「そんな鬼畜様に新しいヒント。六文字」
「パラドックス」
「そんな名前を付ける親の頭がパラドックス」
「わかんねー」
「諦め早い」
「俺の諦めの速度は光を悠に超えている」
「頑張って、諦めないで」
「わかんねー」
「追加ヒント、パで始まって間にらけるすが入ってスで終わる」
「答えじゃねーか」
「さあ、答えをどうぞ」
「パスケラルス」
「もう答える気がないよね」
「パスケラルス。1567から1621まで。熱心な宗教家だったが、同時に数学者でもあり、パスケラルスの定理を発見する」
「捏造乙」
「いや、うん、なんつーかマジ?」
本気であの人なんですかー? という質問に、その自称錬金術師殿はあっさりと頷いた。
「イエス。私パラケルスス」
「わー、すっごーい」
「信じてない」
「いや、なんつーか」
おかげで、銀細工の材料をどこから手に入れてきたのかは納得したが。
「証拠として、ここにその辺で拾ってきたものから作った怪しい液体を、この石ころに掛けると――」
いきなり、勝手に石ころと怪しげな液体の入った試験管を取り出し、おもむろに掛ける。
「うわ、錬金術師すごいですね」
石ころは、輝く金属に変わっていた。
いや、これ使えば一気に金持ちじゃね? いや、アシがつくと面倒か。
「それほどでもない」
「謙虚だな」
「信じた?」
「一応」
しかし、パラケルススが女だったとは、とても予想外だった。
こんなこともあるのだなーとしきりに感心していたのだが――。
「実は私本物じゃなかったり」
「騙された。じゃあなんだよ」
「ホムンクルス。自称ケルスス以上ですを名乗る自意識過剰な人の作った」
ホムンクルス。漢字で表記するなら人工人型生物とか、人造人間とかそんなもんだろうか。
パラケルススと言えば、ホムンクルス、賢者の石、大体この二つに突き当たる。
って、頭がこんがらがってきたぞ? 結局お前はなんなんだ。
「実は、ホーエンハイムはデッサン人形が欲しかった」
気が付くと、良く分からない語りが始まっていた。
……重い話だろうか、聞くのめんどくせーな。
「あれは形から入る人だから、下手の横好きでまともに描けないのに精巧なデッサン人形を欲しがってた」
つか、なんか変だ。
うん。
なんでデッサン人形?
「デッサン人形っていうか、人形の球体関節じゃ、人間の動きは真似しきれない」
それはわかる。骨格で自立し、筋肉で支える生き物を、そう簡単に再現できるわけがないと思う。
「だから、ちょっとミニチュアな人間が欲しかった」
「それがお前だ、と? まあ、確かに人間の体を描く参考にするなら、人間が一番だろうな」
彼女は頷いた。
そして、俺は衝撃の事実を知ることになる。
「実は、パラケルススは錬金術師じゃなかったり」
な、なんだってー!?
俺は心中で驚いてみる。
「いや、意味わかんねーよ。だったらなんでお前が生まれてんだよ、結論からお話ししよーぜ?」
ホムンクルスは錬金術の産物。パラさんが錬金術師じゃなかったら端から生まれない。
「うん、私が生まれたのは全く偶然。と言うかネタ。パラケルスス、ていうかホーエンハイムがちっちゃい人間ほしーとか言ってノリと勢いでフラスコに血とか精液とかそれっぽいの入れたらうっかりできちゃった子」
思わず、顎が落ちた。
それでいいのかホムンクルス。
つか、普通の錬金術師の立つ瀬がねえ。
「ノリは掲示板に【俺は】蒸留機に血とか精液とかぶっこんでみた【錬金術師】ってレベル。実は作った本人が一番驚いてた」
「そりゃまた二番もびっくりだな」
まことに驚きの新事実発覚だった。
作っちゃった本人もさぞかしびっくりしただろう。
だが、
「でだ」
それだと、一つ疑問が残る。
「何故お前さんがパラケルススを名乗るんだい?」
すると、その自称パラさんは気負いもなく続けた。
「実はホーエンハイムの思惑から外れて、私はこんな美少女に大きく育ったわけだけど」
「胸以外はな」
「そこは言わない。で、多分に洩れず私も生まれてすぐ博識だった。生まれてすぐコナミコマンドがわかるくらい」
「ねーよ」
「で、知識を生かしてごく潰しを養うために医者やってました。副業で錬金術師も」
ごく潰し、いわゆる本当の、彼女の父親の方のホーエンハイムさんのことだろう。
「それで?」
「ホーエンハイムさんちの医者は腕がいいから始まって、ホーエンハイムの医者は腕がいい、ホーエンハイムは腕がいい」
なんだか、読めてきた気がする今日この頃。
そんな伝言ゲームみたいなオチがあっていいのだろうか。
「いつの間にか私イコールホーエンハイム。そして、ホーエンハイムはケルススをもう越えてるねって言われてパラケルススになってた」
本当のホーエンハイムさんがかわいそうじゃないか。
「私が出てくると、皆がパラケルススだ、ホーエンハイムだ、って言われて」
「本物の方は?」
「下男って呼ばれてた」
「哀れだな」
テオフラストゥス中略ホーエンハイムさん本当に哀れですね。
「ちなみに本物の職業は?」
「自称絵描き」
「うん」
「今風に言うと、ニート」
ニートかよ。
だが、まあなんとなく理解した。
ホムンクルスがうっかりで生まれてくることを。
「反応薄ーい」
そんな俺に、彼女は不満を漏らした。
「んなこと言ったってなー。じゃー俺に賢者の石くれよー」
「あげるー」
「くれんのかよっ!」
あっさり投げ渡された真っ赤な石。
本物かよ。
「これで混ぜたら何でも金?」
あっさりと頷かれる。
「でも、それ作るのに、金うん十トン分のお金がいる」
「使えねーな」
効率悪過ぎだろ。
眉をひそめながら、賢者の石を投げ返す。
「で、だ。ぶっちゃけパラケルススって長いと思う」
俺は、うっかり受け取れず、賢者の石を取ることとなった眉間さする少女に言った。
「あだ名をつけよう」
「可愛いの希望」
「銀子」
髪の色からである。
「センスない」
一刀両断。
「パラ美」
「無理して日本名にしない」
更に両断。
「パルス」
「どっかの空中要塞の王の眼に酷いことしそうな字面だと思う」
「大丈夫だ、半濁音だから」
「でも活字にするとパとバって単品だと間違えやすい」
「もう銀子でいいじゃねーかよ」
「もうそれでいい」
「へいへい銀子さん」
「なに?」
「家こねー?」
うん、長らく回り道をした。
どれだけ無駄な会話をはさんだか分らない。
が、果たしてここに何をしに来たかと言われれば。
「寒いだろ? 家今あれこれたくさん人いるから困らねーし」
確かに、多少の相部屋になってしまうが、最悪俺の部屋につっこんどきゃ良い。
次の春くらいまでならいいだろう。
「……なんで?」
短く告げて、彼女は、首を傾げた。
俺はそっぽを向いて、言い返す。
「お節介だよ」
結果は?
なんだか二人手を繋いで帰ってる訳だが、もう明白だろう。
「……やっぱりツンデレ」
「うるせー」
店主と客だった俺と彼女は、やっと名前を聞いて、友人になった。
―――
今回は何と言うか、一話丸丸薬師のツンデレ話と言っても過言ではな――(なにか鋭利な刃物で切り裂かれている)
そして露店少女をお買い上げ。きっとフラグ神様にとっては今までの買い物も、ここで彼女をお買い上げするための布石だったんですね。
ちなみに彼女の出生のネタは、冴えない絵描きが偶然とうっかりで女の子のホムンクルスを作っちゃってそのまま同居というラブコメネタがあってもいいなと考えたけど、ラブコメは俺賽だけでお腹いっぱいです、ということで没になったネタだったり。
そして実はホムンクルスこそが優秀な錬金術師でパラケルススだったんだよ! というキバヤシ的発想。
さて、人気投票ですが、期間は残り一月も設定する必要なぞなかった気がするけど要するに私の準備期間と言うか猶予と言うか、というのは置いておいて。
言うことがあるとすれば、まあ。
流石メインヒロインですね、と。
まあ、今回は本当に純粋にアンケートに近い物があったりします。
二重投票禁止ですしね。多分次回の人気投票があったら、二重投票許可になると思いますよ。その時はガンガン組織票送ってください。
では返信。
とおりゃんせ様
のっけからあれですが、本当に申し訳ないっ!
修正しておきました。
これで問題なく行けるはずです。
しかし、毎回毎回手打ちなんて恐ろしいことせずに、ホームページから直接コピーペーストしてるのに間違ってると言う不思議ドジをしたものです。
紅様
じゃら男は立てないでいいと思います。
果たして、じゃら男を貶めないようにする意味の立てるのか。
それとも一人じゃ立てないレベルのじゃら男の脇腹を掴んで立たせてやるのか。
後者だったら誰得BLシーンです。
クロ様
なごんでいただけて幸いです。
なんてったってほのぼのラブコメですからね。
ほのぼの!
本当か怪しいけど自称ほのぼのですから。
奇々怪々様
鍋の白菜が食べたいです。
本日も薬師は女の子を一人拾ってご満悦です。
帰った後の反応がどうなることやら。
李知さんあたりに警察呼ばれても文句は言えんぞ薬師よ……。
ヤーサー様
確かに露天系の風呂に入るにはきっつい時期ですね。湯船から出れないという。
ええ、今回はモロに甘甘でした。
翁編の反動でしょうか……。
いやはや、流石メインヒロインです。
SEVEN様
薬師を相手にもっとも余裕のある対応をするのが前さんですね。
藍音さんは既に依存レベルですし。
前さんは良いお母さんになりそうです。
薬師なら、左右に女の子付けて、後ろにも前にも位やってのけそうですが。
ミャーファ様
やはりメインヒロインは伊達じゃなかったようです。
ええ、自分も被害者の一人ですからね、朴念仁の。
それはもう堅い信頼ですよ。
薬師が間違いを起こせること自体なにかの間違いでしょう、という。
ガリガリ二世様
まるっと十話ぶりですかね。
なんというか、翁編が三本もあったので仕方ないと言えば仕方ないのですが。
とりあえず、しばらくはぐるっとほのぼのですね。
久しぶりと言えば、人気投票に名前の出てないあの人はどうなっているのでしょうね。
Eddie様
私が死ぬとしたら、モニタの前で発狂しながら悶死だと思います。
薬師も前さんも天然すぎると思います。
藍音さんがやると、来た、まただ、藍音の襲来だっ! ってなるけど前さんだと砂糖吐くという、この違い。
果たしてどちらがいいのか分かりませんが。
通りすがり六世様
そう、お約束です。
でもそれを一番自然にやってくれるのは前さんなんですね。
それをあっさりこなしてく薬師が一番天然ですが。
ええ、フラグでした。お持ち帰りです、露店のあの子。
最後に。
会話文だけで、ガリガリとバイト数を削っていくこいつらはなんなんだ……。