俺と鬼と賽の河原と。
「……寒いな」
それはそれは、寒い一日だった。
其の七十一 俺と河原と冬到来。
「あー……、寒ぃ……」
なるほど、地獄も本格的に冬到来か、実に寒い。
別に季節感の再現などしなくてもいいのに、と思うのだが、どうもそうもいかないらしい。
こうなったら俺の付近だけ温風を吹かすしかないのだろうか。
面倒くさいけど最近本当にそう思う。。
と、まあそんな俺は藍音が出してくれたコートを着て、河原にお仕事に来ている。
ちなみに今日はスーツだ。
家の中ならまだしも、気温一桁台の中を着流しで歩くほど俺は猛者ついていない。
「寒いの嫌い?」
そう言って俺に聞いたのは、前さんだ。
やはり、彼女も冬仕様。
茶褐色のダッフルコート、とやらと見事な耳あて装備である。
「苦手だよ。そりゃあもう」
普通の天狗は温風や冷風を吹かせる家電機器の様な真似を練習したりしない。
そりゃあもう、暑い寒いで風を吹かす天狗など俺しかいない。
何が言いたいって、俺が寒いのが苦手という事実。
「暑いのも嫌いだけどな」
そんな俺の言葉に、前さんは苦笑して見せた。
「我儘だ」
「おうともさ」
言いながら、手慣れた手つきでいつものように、石を積む。
慣れたものだ。
やる気はないが。
どうでもいいが、本当なら河原にストーブが持ってこられるはずだが、ストーブの導入は月の中旬からであり、予想外の気温低下に配備が間に合ってなかったり。
「んー、なんか今年は一気に寒くなったね。なんか、担当者が喧嘩してたらしいけど」
顎に人差し指を当てて言う前さん。
担当と言うと、あれである。
火を司る類の、不動明王やら、北欧出身のスルトやらが夏。
冬は闘鶏稲置大山主やら、ヘルやらが担当しているらしい訳だが。
神話に出てくる本物か、称号的にその名を与えられた者かは別としても、そいつらが喧嘩していたとすると穏やかじゃなさすぎるだろう。
正直、百人どころか、五十になるかどうかも怪しい人数で地球どころか宇宙規模で温めたり冷やしたりしてるのだ。
それがうっかり加減を間違えたら、まるで別の星に住むウルトラな人達が怪獣と暴れた後並みに悲惨な結果が待っているだろう。
しっかりしろ運営。
「ぞっとしねーな」
「流石に無いとは思うけどね……」
「でもなぁ……、火の神とか、名に恥じない血気盛んさを誇ってんだよなぁ」
「無いと信じてるけどね……」
前さんの自身も少しずつ失われてきている。
本当しっかりしてくれ運営。
取っ組み合いになったら抑える方も大変だろう。
つか、火の海か氷の町確定だよねー。
「なんつって、結局今日も平和だなー……」
だが、まあやはり、結局この言葉に尽きる訳だ。
あーだこーだと言っていながら、結局何らかの崩壊の予兆すら見せやしない。
今日も地獄は実に平和だった。
まあ、出身世界の方はどうだか知らんが。
「そうだね、平和だねー」
妙に、ほんわかした空気が流れていた。
実に良いと思う。
そりゃもう生前はやたら相手とやり合ってた気がするし、たまに出張で別世へ行けば厄介事に巻き込まれるが、帰ってくれば平和というのは、実になんというか、悪くない。
うーむ、なんつーか、逆だったんだなー。
「何が?」
む、声に出てたのか。
「いや、あれだよ。昔は暇だったからそりゃもう、戦闘三昧してたんだけどな。どっちかっつと、休みに力を入れるべきだったなぁ、と」
そんな俺の言に、前さんは一瞬目を丸くして、すぐに微笑んだ。
「そんなの当たり前。だって薬師、バトルジャンキーってわけでもないじゃない」
「すまん、横文字わかんね」
言ったら、呆れたように苦笑されてしまった。
「相変わらず英語能力変に低いんだね。戦闘中毒者、かな? 当て字に近いから訳は正確じゃないけど」
「ああ、なるほどジャンキーな、ああ」
そう言えば先生はあの時代なのに英語をやたら変な感じに使っていたなと思いつつ。
「まあ、そうなるよなぁ……」
昔は凛々しい大天狗も、今じゃ家で寝てる方が好きなぐうたらだ。
いや、昔凛々しかったか、と言われるとまったくさっぱりだが。
策とかすぐ適当こくし、部下に丸投げしたりしたけど――。
……うん、凛々しい凛々しい。
きっと。
「そういや、李知は元気?」
ふと、考えに没頭していた意識が浮上する。
「んー、元気なんじゃねーかな。あーでもあんなことがあった後だし。不安はあるんじゃねーの? こないだなんてなんか布団に入ってきてたし」
「ふっ! 布団……?」
やけに驚く前さんだな。
「布団って、まさか……」
「いや、藍音もいたぞ?」
「三人でっ? って……、薬師がそんな色気のある展開に持ち込むはずないよね……」
「ひでえな」
「だって事実じゃん」
「返しようもないのが悔しいです」
んなことを話しつつ、積んで崩して。
前さんとの会話に飽きることもなく、終了時間と相成った。
「おーう、終わったかー」
じゃらと音を立て、立ち上がる俺。
そのまま帰ろうと踵を返そうとするのだが、そこに前さんから声がかかった。
「待って」
んー? と振り返った俺は、何ゆえか両の手を包むように握られる。
「手、かじかんでるよ?」
そう言って、前さんは握った俺の手に、温かい息を吹きかけた。
なるほど、石が冷たかったからかじかんでいたのか。
どうにも鈍い性質なのは、どうにもならないのだろう。
ともあれ、何やらくすぐったいが、前さんは頑張って俺の手を温めようとしてくれているらしい。
「前さんの手あったけーな」
「薬師の手が冷たいの!」
語気を強めて言われてしまった。
どうにも痛覚にすら鈍い俺に呆れているようだ。
「手袋着けてやるべきだったなー」
手袋を着けながらやるとやりにくいので好きではないのだが。
なんて思ってるうちに、手も、温かくなっていた。
「おう、ありがとさん。あったかくなった」
そう言うと、ゆっくりと前さんは手を離す。
「そっか、うん、良かった」
前さんは笑っていた。
そんな時だ。
「っくしゅん!」
前さんの不意のくしゃみ。
冬仕様と言ってもやっぱり、寒い物は寒い訳だ。
「うーん……、噂でも――えっ?」
という訳で俺はさっきの意趣返しも込めて。
コートの中に、前さんの後ろに回ると、彼女ををすっぽり包んで見た訳だ。
「お返しだ」
そう言って俺は悪戯っぽく笑って見せる。
前さんは多少面喰っていたが、そう立たずに、微笑んでくれた。
「うん……、そうだね。あったかいね」
そう言ったコートから唯一出ている前さんの顔は少し赤い。
照れているのだろうか。
「なー、今日うちの夕飯鍋やるんだけどな?」
俺は少し下を向いて、前さんの後頭部めがけて呟いた。
そう、帰れば藍音が鍋を用意しているはずだ。
予想外の寒さにも対応してくる流石のメイドっぷりである。
と、まあ、俺の呟きに反応して、顔をこちらに向けた前さんに言う。
「食っていくかね?」
我ながら名案である。
どうやら李知さんのことを心配しているようだが、どうにもうまく日程が合わないらしい。
だったら、家に来ればいいじゃない、という話である。
まあ、それも含めて、前さんが断るはずもなかった。
「うん!」
よし、じゃー帰りますかー。
と動き出そうとしたその時だ。
「あっ」
前さんが唐突に声を上げる。
何事か、と思ってみた前さんは上空を見上げており、俺もその視線を追っていく。
「雪だな」
ちょっと驚いて、そのまま口に出た。
雪が降るのは十二月から、が地獄の慣例だと思っていた時期が僕にも有りました。
やはり担当の喧嘩のせいだろうか。
しっかりしてくれ運営。
頼むから。
しかも、雲も張らずに雪だけが降るものだから、まこと異常気象である。
が、まあ。
「なんつーか、ベタというか、お約束というか」
無駄に、綺麗だったりもする訳で。
「つまらないこと言わないの! まったく、薬師にはロマンが足りないよ」
「なにをー? 俺にだってロマンの一つや二つある気がしないでもないかもしれなくはない」
「凄い不確定じゃん……、まあいいや、行こっ? 薬師のことだからぼんやりしながら頭に雪積もらせそうだもん」
「無いとは言い切れないのが悔しいです」
俺のコートから出た前さんが手を伸ばしてくる。
俺もその手を取った。
「じゃー帰って飯にするかー」
そう言って、俺と前さんは歩き出すのだった。
ああ、今日は寒い一日だった。
とっとと温かい家に帰って鍋にするとしよう。
―――
其の七十一です。
前さん参上。
特にこれといった目立つ出番ではないのが特徴です。
多分、地味なのはそれが原因かと。
ええ、見事日常そのものですからね。
ああ、あとちょっと告知。こういうのって前書きで書くべきかなと思うけど、自分は前書きで書かれるととっとと本文見せてくれ、ってやつになるのでこっちで。
上のHOMEから行ける私の個人サイトでただいま人気投票実施中です。
記憶では十二月の十日までで集計だったはずです。
一位の人の薬師との特別編が書かれます。
まあ、一位と言わず三位くらいまでやっても良いのですが、そこは余裕を見てということで。
あと、コメント欄に特別編の要望もあれば参考にされるかも。
ああ、一応公式イベントだからお知らせの記事作った方がいいのかもなぁ……。
ともあれ、合計票数が百票超えることを祈ります。
作者の空回り企画ほど痛々しいものは無いと思います。
では返信。
黒茶色様
由壱君が確立変動タイムです。
果たしてどうなるのやら。まあ、フラグメイカーの弟というか息子ですからね。ジョグレス進化してくれるでしょう。
自分はロリペタでもロリ巨乳でもいける派閥です。
……人気投票にシチュ希望で由美が一位になればあれですけど。
f_s様
果たしてドレインされるか、溢れ出るフラグ能力の影響下にあるのか……。
変な死亡フラグ立てたりしそうですね。
本人にフラグ立ての予定はないようですが。
まあ、本人の否応なしにやってくるのがフラグですからね。
奇々怪々様
いやはや、本当に積極的な娘です。
休日に娘の喘ぎ声ですからね。なんというか、隣の兄の部屋からなにかがきしむ音と喘ぎ声が聞こえるような虚しさです。
果たして、彼のフラグは一本太いのを樹立するのか、乱立するのか。
ジェットストリームアタック……。由美を踏み台にするまでもなく先制攻撃で回収されませんでしたね。
あやし様
感想どうもです。
確かに。既に女性関係は開き切ってますね。
これ以上どうする気なのでしょう……。
男には走らないと思いますが、女性恐怖症になったらどうしましょう。
あも様
まあ、大きくしようとしてなるなら、あれですよね。
閻mっ――いえ、まあ、巨乳の妹もちのお方が救われませんね。
ええ、藍音については抵抗しない薬師も薬師ですが。
まあ、確かに――、あの恰好はシリアスなお話にするにはちょっと、なあれですね。
通りすがり六世様
最近快進撃ですね、李知さん。
由壱はまあ、そう遠くないうちにフラグ樹立が確定したようなものですね。どんなかは未定ですが。
ただ、彼の初陣は確実にコンビとなりますね、ええ。翁もありえなくはないです。翁ソロ活動もやりますが。
次回は、道端のあの子……、かな?
春都様
藍音さんは無敵すぎです。
今回にもワードだけは出てきて、当然薬師に迫りながら鍋をしている姿が目に見える始末。
由美は駆け上がっております。千歳くらい年の差がありますからね。
藍音さんが自重してしまったらもう希望がない気もします。
SEVEN様
現状で既にメイド好き好き由壱君から、男由壱に進化してますからね。
どう考えても別物ですね。わかります。
きっと神聖視していたメイドも人間だと気づいて、メイドに優しくできるようになって……。
一つ、成長……、したんでしょうか。
ヤーサー様
酒呑は、いつか本気を出してくれるのでしょうか……、いや、所詮お色気か。
まだ、多分自重してます。全裸で薬師のベッドに入ることを推奨するまでは自重してると……。
李知さんはしばらく滞在です。多分李知さん編が終わるまで。長いな……。
ちなみに、現状、地獄に教育機関はありません。その辺ネタにする予定はありますが。子供たちは昼間基本お仕事です。
実質地獄での教養は今一重要視されてなかったり。運営にかかわる鬼に教養があれば向こう千年単位で働いてくれますしね。
勉強したければ、家庭教師みたいな職業の人を雇いなさい、と。子供の労働状況は結構甘く、早くあがれたり休みが多かったりしますから、そこで。
光龍様
いやはや、うちにもコタツありますよ。
姉が寝転がってゲームするので足が邪魔なことになりますが。
由壱は久々でしたね。良いとこどりした気もしますが。
口調は、どうでしょうね、心境の変化か、元からか。と言っても私の記憶が曖昧なせいなんでしょうね……。
Eddie様
それはそれは……。HDDのご冥福をお祈りします。
疎外どころか、見事雁字搦めなんですけどね。でも背の向こうで延々娘の喘ぎが……。
ただ、ある種信頼がありますからね…、同居ごときで薬師がどうにかなるはずない、と。
そりゃ、裸で誘っても冗談きついで終わりですからね。薬師のほうが冗談きっついですよ。
名前なんか(ry様
感想感謝です。
おお、同じ道産子の方ですか。ええ、一晩で雪が積もった時には絶望しました。
自転車を使う予定があったのに……。
由壱君はきっと、正面切っての戦闘ではなく創意工夫での戦いがメインになるかと。
HOAHO様
コメントありがとうございます。
確かに、何食わぬ顔で揉んでも良かった気もします。
薬師ですから。
由美の押しが強く、かつ親子の触れ合いと丸めこめばきっと揉んだんじゃないかと。
リード様
コメントどうもです。
……否定できないのが残念です。奇しくも今回出番でしたが。
なんというか、出番があっても地味なのですね、彼女。日常の象徴ですから。
ちょくちょく出てはいるのですがもっと派手な出番とかがないとあれですね。ええ。
悠真様
多分、由壱君は創意工夫男の拳とその辺の凶器タイプかと。
おかげで多分戦えば毎度苦戦する羽目に。
ええ、前回は由壱に良いとこをかっさらわれました。
藍音さんは何と言うか、粘り強いです。大きな出番じゃなくても出れたらでるという。
では、最後に。
人気投票、薬師が一位になったらどうなるんでしょう……?