俺と鬼と賽の河原と。
ここは河原。
「一つ積んでは父のため」
そこで、人は石を積む。
「二つ積んでは母のため」
それが供養と言われつつ。
「三つ積んで――、ふと思うんだが、これってあれだよな。本来は父のため母のためのループ。飽きてこねぇの?」
それが、賽の河原。
「真面目にやれ!!」
其の八 俺とあの子とじゃら男の恋と。
「なあ、女の子を振り向かせるって言ったら――、なんだ?」
「さて、なあ。一般論から言えば贈り物、じゃないか?」
俺と、じゃら男は向かい合って石を積んでいた。
妙な会話を繰り広げながら。
「贈り物? 贈り物って言ったら、なんだ?」
「それこそ、さてな、って話だが。やはり一般論からすれば――、花束、装飾品の類だろうな」
そもそも、俺はぶっちゃけてしまうと門外漢なんだが――。
「花束にアクセサリ、か。よし!!」
「まあ待て」
急に立ち上がろうとするじゃら男を、俺はやんわりと制する。
「んだよ……」
水を差され、不満そうに座り直すじゃら男に俺は告げた。
「問題は、そのどちらも今渡すには難がある。確かに、男にとって女とは、永遠に理解できない命題だが――、それでも同じ人間である以上、我々と全く正反対の反応を返す、ということはさほどないはず」
「難がある?」
「ああ。例えば、鬼兵衛は知ってるな? あの、青くてでっかい」
あの人は、結構有名だから、名前を知らずとも外見はわかるはずだ。
予想どおり、じゃら男は首を縦に振る。
「ああ、あのおっかねぇのか」
そして鬼兵衛を思い浮かべたところで一発。
「ああ。お前、もしもあれに突然花束か装飾品を貰ったらどう思う?」
不意に、じゃら男の顔が蒼くなる。
「……気色ワリィな……」
「だろう? 親しくないもののプレゼントは恐怖心を煽る。特にお前さんと暁御だと、さらにな」
こないだまで、じゃら男は暁御を虐めていたのだ。
それが手のひら返したように贈り物をしても――、呪詛か何かかと思う。
「そもそも、お前さんは初期位置が最悪すぎる。まずは友人に慣れるよう努力すべきだな」
「友人からか……」
「そういうのは一日にしてならず、ってな。一夜城だって時間を掛けて造ってから、木を切り倒したからすぐできたように見えただけで、どれもこれも水面下じゃバタ足なんだよ」
「…そんなもんか……」
「ってかな。本来暁御と友人になれそうな時点で僥倖ってやつだ。俺だったら、一昨日きやがれ、って言ってるな」
秋御は、人とは思えないほどにお人好しだからな。
「で、だが。今回は、友人と呼べる程度の贈り物を送るべきだ」
「友人レベルってなんだよ」
「小物、だが、最も望ましいのは――、形として残らない、食事だろうな」
「食事ぃ? そんなんでどうにかなるのかよ」
俺は肯く。
「ああ。小動物の警戒を解くためのセオリーと言えば、餌付けから始める。後は、同じ飯を食うことが肝心だ」
「そうなのか?」
身を乗り出して聞くじゃら男にもう一度俺は肯いて見せた。
「ああ。同じ飯を食う事で、なんとなく連帯感を出すことで、気がついたら――、友人にって寸法だ」
「なるほど!!」
そう言って立ち上がるじゃら男。
だが、その彼は今度は俺が何かするまでもなく苦々しい顔で戻ってきた。
「どうした?」
聞いた俺に対し、じゃら男は頭を抱えて言う。
「だけど、俺が今更どの面下げて飯に誘うんだよ……?」
その情けない言葉に、俺は指をさし、言ってやった。
「そこだ」
「は?」
「おまえは、そこを利用できるんだよ」
「ど、どういうことだよ?」
期待に胸を膨らませるじゃら男に、説明する。
「こう言えばいい。今までの詫びに、飯、奢ってやるよ。ってな」
「お前、天才!?」
目を輝かせるじゃら男に、俺は石を積み続けながらも、笑いかける。
「暁御のことだから、多分断らない。断られたら――、諦めろ」
優しいあの子だから断らないと思うが。
「で、飯食って終わりじゃいかん」
「そ、そうなのか?」
飯食って終わったら――、それっきり確定だな。
こいつの場合。
「さりげなく、また奢ってやるよ、とか言って次の機会の突破口を作れ」
「……なるほど」
「で、そのまま行けば自然に会話くらいはできるだろう」
確かに、初期位置は最悪だが、接点が零よりかはましであろう。
そう言った状況だと、往々にして呼び出して一か八かの告白という分の悪い賭けに身を投じることになるのである。
「しかし、お前は恋なんてしたことねぇ、っつってたからよぉ、頼りにならねぇ、と思ったけど、中々イケるじゃねえか」
「ああ。俺は、ついぞ恋をしたことはなかったが。他人の恋なら何個も見て、その幾らかは応援もしてきた」
不意に、懐かしい思い出がよみがえる。
だが、それを表情に出すことはない。
「その、センセイが手伝った恋は上手くいったのかよ」
表情に出すことなく、笑みを崩さないまま告げる。
「上手くいった者もいれば、上手くいかなかった者もいる」
ただ、そのどれもが必死で。
「死んでしまった者もいれば――、幸せに生きた奴もいる」
俺にはそれが眩しかった。
「お前は、どっちだろうな」
だから、俺は何となく応援してしまうんだよ。
「センセイ――」
「ま、最後は本人しだいだな。ってか先生ってなんだ気持ち悪ぃ」
「いや、だって、センセイは先生じゃねぇか」
俺は、一つ溜息を吐く。
「……そうけ。まあいいか。それより、遅くならない内に誘いに行っとけ。できるだけ石積んでるうちにな」
「なんで?」
「いや、婦女子の準備って奴を考慮してやれ。俺たちゃぶっちゃけそのまま行けるが。女の子はそうもいかねぇ。それにお前も身だしなみくらいは気を使え」
そのじゃらじゃらを外すとか。
と、その時、話していた俺達の元に影が掛かった。
「何を男二人で内緒話してるんだい?」
前さんだ。
「おお、前さんか。ま、ちょっとな」
流石に、おいそれと他人の恋を語っちゃいかんよな。
ちなみに、じゃら男は前さんとは気まずいのか喋ろうとはしない。
「ふうん?」
話しながら、積んだ石を崩す前さん。
その時、ふと思いついた。
「なあ、前さん。さりげなく、暁御から趣味とか欲しいものとか聞いてくれないか?」
違和感を残さないで好みが聞ければ――、それは大きな一歩だ。
そう思って聞いてみたのだが、
逆に、前さんが怪訝そうに聞いてきた。
「何か送るの? 薬師が?」
微妙に不機嫌そうな声。
何か言ったか、と思いつつも首をぶんぶんと横に振る。
「いんや、俺じゃない」
確かに、迷惑かけた詫びくらいは、送るべきだろうが。
今はそれを話しているわけじゃない。
「じゃあ誰さ」
「あー……っと」
俺は言い淀みながらじゃら男に視線を送る。
下手に隠すよか、言っちまって協力を仰いだ方がいいだろ?
じゃら男が、肯く。
「おーけい。じゃあ、一気に説明するから覚悟して聞いてくれ」
「うん」
「あと、驚いて大声上げるのもなしな。内密に事を進めたい」
「う、うん」
前さんは、事に緊張している模様。
そして俺は彼女に告げた。
「じゃら男が暁御に恋をした」
「え? ぇええ――っ!!」
そのまま、声を上げそうになった前さんが、自らの口を自分で抑えた。
「つーこって協力を求める」
言うと、前さんは戸惑いながらも了承してくれたようで、首を縦に振ってくれる。
「うん。わかったけど……」
「おお、助かるぜ。この場での女性の意見は貴重だ」
すると、突然じゃら男が立ち上がり、前さんに頭を下げる。
立ったり座ったり忙しいやつだ。
「よろしくお願いするぜ、姐さん!!」
「え、あ、姐さん? いや、まあいいけど。よろしく、じゃら男、だっけ?」
「……」
消沈するじゃら男は置いておいて、
「うんで、あれだ。結構暁御と仲いいだろ? それとなくそれっぽいこと聞いたら教えてくれ」
大体、二、三日前くらいから暁御と前さんが喋ってるのを俺は見ていた。
「うん」
俺は、前さんが肯いたのを確認してから、じゃら男に視線を向ける。
そして――。
「丁度いい、か。お前さん、今から夕飯誘ってこい」
「え」
「丁度、石が崩れたところみたいだ。今が好機、行ってこい」
「え、あ、マジ?」
「とっとと行け」
立ち上がったままのじゃら男をの背を、蹴り飛ばして強引に歩かせる。
じゃら男は、少し躊躇していたようだが――、すぐに覚悟を決めたか、暁御のもとへ小走りで向かって行った。
それを見送って、前さんが俺に聞いてきた。
「ねぇ。上手くいくと思う?」
俺は、前さんの質問に正直に答える。
「じゃら男次第だろ。無理ならしゃあない、人の心は自由にゃならねぇ」
「そうだね」
二人並んで、――俺は座りながら、前さんは立ったまま、じゃら男の方を見る。
上手く、行っているのだろうか。
そしてしばらく。
「あ」
「戻ってきたな。おーい、どうだった?」
こちらに走り寄るじゃら男は、確かにこう告げた。
「俺と、センセイで、どっか店に行くことになった!!」
……。
「何故に」
めくるめく恋模様。
恋に患うものならば、病はすでに末期まで。
そんな恋を眺めつつ、俺は今日も河原で石を積んでいます。
―――
其の八、完成。
じゃら男の恋、迷走中。
ちらりと見え隠れする薬師の過去。
だけどやはりまったり進行。
では返信。
ザクロ様
誤字報告どうもです。
気を付けているつもりなんですが、言ってしまえば気がつかないから誤字になってしまっているわけで。
故に誤字報告はとてもありがたいです。
ちなみに、一夫多妻制度ですが、基本的には無し、と。
ただ、扶養家族制度に関してはかなり甘い(遺伝子的な家族が基本的に存在しないため)という事実があるため、姉でも母でも妻でも弟でもなく家族になることは可能。
ちらほらと、家族とは名ばかりのハーレムを作って楽しんでいる者もいるとか。
ニッコウ様
前さんの生前は、話の中でいずれ明らかになる、気がする……。
実は、生前こんなつながりがあったとかいう話もできていたり。
ちなみに、現世より地獄に来た場合は年を取らないそうな。
まあ、ともあれ今はじゃら男の事を応援してみましょう。
……がんばれ、じゃら男……。
山椒魚様。
見ていただけたようで嬉しいです。
そして、まさか山中名人に突っ込みが来るとは。
彼に関しては、まだ、五分五分と言ったところでしょうか。
登場させても面白そうだし、ちらちらと彼の伝説の軌跡を追うのも楽しいかもしれませんしね。
現状の気分では、ひょこっと出てきそうですが。
妄想万歳様
薬師の生前は、ネタばれまくりなので詳しくは沈黙しますが鬼ではないです。
ほとんどわかったようなものなんですけどね。
ちなみに、じゃら男さんはもとより小学生から中学生くらいまでがストライクゾーンだった模様。
それが、中学生から高校生くらいの曖昧な暁御により、こじ開けられたと。
そんな彼の淡い恋は恋敵に応援されつつも進んでいく模様。
さて、では。
突然告げられた真実。
夕飯、俺とお前と暁御で行くことになった。
なぜだ、俺は関係ないはず。
苦悩する薬師にじゃら男は言った。
俺、本当はじゃら男って名前じゃないんだよ。
な、なんだってー!?
次回 俺と鬼と賽の河原と。
其の九 俺とじゃら男と屋台のおっさん。
薬師、代わってくれっ!!