俺と鬼と賽の河原と。
「お仕事があります」
「いきなりなんだ美沙希ちゃんよ」
「鬼兵衛は出張、酒呑も仕事。他も手一杯で忙しいのです」
「……なんで俺が」
「実は忙しさの一端は貴方の見合い乱入騒動も関係してまして」
「汚いな、流石閻魔だ。見事な汚さを誇っている」
「確かに、貴方に頼むのはお門違いだとは思ってますが……」
「……わかってるよ。俺のしでかしたことの後始末、っても問題ないくらいだしな」
「ええ、もう貴方しか頼れる人がいなくて……、お願いします」
「端からそう言っときゃいいんだよ。んじゃ、どこ行くかしらねーが。とっとと行って片づけてくるか」
「もう一人、同じところに送りますので、協力して事に当たってください。……お気を付けて」
其の六十六 俺と御伽と竹林と。
目覚めると、そこは竹藪であった。
「……竹林、ねえ? つか、もう一人って――」
「もう一人いると聞いていたが……、お前とはな。薬師」
満月近く、怪しげな光が照らす竹林に、薬師は人影を見る。
その影には、見覚えがあった。
「ブライアンかよ」
金髪を後ろに撫でつけた、まるで中世の騎士のような男。
なるほど、その男、どの角度から見ても、ブライアン・ブレデリックであった。
その姿を確実にブライアンと認め、薬師は問うた。
「なんでお前さんここにいんだよ」
対し、ブライアンはニヒルな笑みを浮かばせて、答える。
「これでも、大事件の首謀者でな。表向きは危険任務に送り出されることで償いとなってる訳だ」
「その実は?」
「ただのボランティアだな」
「そうかい」
ボランティアの言葉に、薬師は苦笑いを返した。
地獄において罪人は、よほどで無ければちょっと時間を掛けて精神を洗い流し、転生させてしまう方が速い。
ちょっとした罪なら普通に裁判をやればいい。
だが、大事件を起こしたブライアンをどうもしないのは、末端を切ってもどうしようもないという事実と、実質彼のようなすぐれた資質を持つ人間は貴重だからだ。
利用価値としては、薬師を見れば簡単にわかるだろう。
「だが、お国のことはもういいのか?」
なんとなく、こんな風にブライアンがのほほんとしているのを不思議に思った薬師は聞く。
ブライアンという男はもっと堅くて祖国のためならえんやこらさな人間だ、と薬師は思っている。
そんな彼が、祖国をほっぽり出したような現状が、なんとなく不思議だった。
しかし、それこそお前のせいだ、とブライアンは笑う。
「生前は祖国に捧げた。だから、死後くらいは自分のために生きるさ」
憑き物が落ちたように笑うブライアンに、やはり薬師も笑みを返した。
なるほど、既に地獄であったが、確かにブライアンを殺したのは、薬師だ。
「まあ、今回は社会見学のようなものだな。見聞を広めるのは、嫌いじゃない」
「そうかい」
今回の件を社会見学と言い切るブライアンを薬師は笑ったまま答え、足を踏み出した。
「んじゃ、行くとすっかね、こっから歩けば村があるんだろ?」
「ああ、そうだな」
「……過疎ってるな」
「それには同意させてもらう」
竹の合間を縫って三十分。
二人がたどり着いたのは、繁栄という言葉とはまるで対極にある、例えるなら秋の日の暮れた公園のような寂しさの村だった。
「宿、あんのかね」
思わず思ってすぐ口に出してしまう。
夜なのもあるが、人っ子ひとりいないのだ。
こればかりは、ブライアンにも自信がないらしく、普段のクールな口元を引き攣らせていた。
「探すしか、あるまい……」
言いながら、ブライアンは明かりのついた民家の一つに向かっていく。
「しかし、どこまで話すかが問題だろうな」
なるほど、と薬師は頷いた。
流石に、地獄からここで起こっている怪奇を解決に来ました、というわけにもいかない。
「こういうとき生粋の鬼だったら楽なんだがな……」
薬師の呟きに、ブライアンが反応を返した。
「そうなのか?」
「あー。鬼の語源ってのは隠れるってかいてオヌっつー位でな? 元から見えないとこで怪奇を起こすようなのだったんだよ」
そんな見えない畏れを、人々は隠と呼び、次第に鬼と呼ぶようになったのだ。
「だから、こっそり人んちに入って寝て飯食うくらいなら朝飯前どころかへそで茶を沸かす位だな」
「なるほどな、だが、我々にそんな便利なスキルはないぞ?」
薬師は頷く。
「その通り。だから、上手いこと説得しねーといけねーわけだ。こういうとき、都会じゃねーと不便だな」
と、そこに至って二人は扉の前に立ち、ブライアンが扉を叩いた。
「こんな時間に申し訳ない。少々、よろしいだろうか」
その声に反応して、少しの物音が響き、木造の引き戸が横へスライドする。
現れたのは、六十を越えただろう老婆だった。
「はて……、こんな時間に何の用ですかな?」
「ああ、我々は外から来たのだが、ここらに宿泊施設か、泊めてもらえそうな場所はないだろうか」
当たり障りのないブライアンの言葉に、老婆は不審げな反応を見せる。
「わざわざ、こんな村に何用ですかえ? ここにはなんもありゃせんが」
まるで一切歓迎しないその言葉に、ブライアンは数秒の逡巡の後、口を開いた。
「実は……、ここいらで謎の怪奇現象が起きている、と聞いてやってきたのだ」
「……それは」
しかし、好印象は得られることはなかったらしい。
老婆の顔は険しくなり、その口調も叱るような物になる。
「悪いことは言わんから、さっさと帰りなせえ……! あんたら、殺されてしまうよ!」
拒否の言葉に、二人は怪奇が起こっていることを確信。
老婆の言葉とは裏腹に、帰れないことが確定した。
そう感じた薬師は、ブライアンと老婆の間に割って入る。
「そいつはいよいよ、帰れねーな」
「若いの、面白半分で首を突っ込むんじゃないよ!」
老婆の剣幕を、薬師は涼しげな顔で受け流し、言った。
「一つ、訂正だ。もう若くねーよ。それと、面白半分じゃねえ」
ばさり、と音が響く。
「お仕事でね。その事件を解決に来たのさ」
老婆が目を見開いた。
「ま、ま、まさか……、天狗様、なのですか?」
右手に錫杖、左手に羽団扇。
そこには、黒い翼を広げ、悠然と天狗が立っていた。
「なんとか、上手くいったらしいな」
老婆から紹介された家へ歩きながら、ブライアンは言う。
「そーさな。ぶっちゃけると五分だったんだが、あのお婆さんが天狗信仰に馴染みのある方で助かった」
「そうだな……、悪ければ村中で追い回されていたかもしれん」
「ま、でもおかげで動きやすそうだな。泊まる場所も婆さんが話しつけてくれたし」
と、そこで目的の家へとたどり着いた薬師は、その戸を叩いた。
「如意ヶ嶽薬師だ。与謝野さんから話が言ってると思うんだがー」
すると、話が通っていた故か、すぐに扉が開かれる。
扉の向こうから出てきたのは、長い黒髪を後ろに縛った高校生くらいの少女だった。
その少女の服装は、何故か、制服。
「あ、話は聞いてます。貴方が――、天狗様ですか?」
その言葉に、思わず薬師は顎を落とす。
「あの婆さん、言ったのか……」
そんな薬師に、少女は苦笑いを返した。
「あの、もしかして、本当に……?」
「ご想像にお任せする」
「あ、はい、それじゃあ、こっちに」
納得したのかしていないのか、ともあれ少女は家中へ二人を招き入れる。
「邪魔するぜー」
家の中は、木造に恥じない造りとなっていた。
「では、座ってください」
土間や囲炉裏、電化製品のまったく見えない、そんな板張りの床に薬師とブライアンは腰を下ろす。
「……そこの方は、母親か?」
ブライアンが、家にもう一人座る影を見つけ、聞いた。
少女は頷く。
「はい、母の遼子です、私が、宇高 芽衣といいます」
「ほー、ところで遼子さんは妊婦さんなのか?」
娘と同じ黒髪が、緩やかな曲線を描き床に流れている、優しげな顔をした女性の腹部は、膨れ上がっていた。
「ええ、そうなんです」
遼子が、薄く笑って答える。
薬師は、父親は、とは聞かなかった。
どう考えても、訳ありである。
なるほど、わざわざ与謝野という老婆がこちらに薬師を回したのも頷ける。
「若い女性二人の護衛込って訳か、なるほどなー」
一人頷いて、納得する。
そんな薬師を後目に、ブライアンが声を上げた。
「それで、この村で起きている怪異というのがどんなものか知りたいのだが」
地獄では、村で死者が続出していることしか聞いていないし、そちらの調査の込みで来ているのだ。
「では、お話します……」
話の結果、二人は竹林を歩いている。
「胴と下半身が泣き別れ、ねえ……? 半端じゃねーな、これは」
芽衣の話によると、村で竹林を歩いた者が腰元で真っ二つにされるのだそうだ。
現在で被害者の数は三人。
しかし、何事か警察は事故と判断。
「……ここの治安機構はこうも腐ってるのか?」
ブライアンの言葉に、薬師は首をかしげた。
「清廉潔白、とは言わんが、流石にこんな事件を事故にするようなこともない、と、思う」
小さな村だから、と見捨てたのか、もっと別の何かの力が働いているのか。
「実際、それなりの物の怪が幻術を使えや、誤魔化すのは難しくねーかんな」
会話しながら、月満ちかけた夜を歩く。
そんな時だ。
「なるほど……、っ。 どうやら」
前方に人影。
「お出ましだな、ほぉ……、相手は爺さんか」
その影から、声が響く。
「おやおや、お二人さん、ちょっとお聞きしたいのですが」
影は、二人に近づき、遂にはっきりと姿を見せる。
「わしの娘を知りませんかね」
その姿は存外に小さく、腰は曲がり。
「いなくなってしまったのです、突然」
好々爺然とした姿は、見る者に一切の不自然さを与えない。
「もしかすると、竹の中に入ってるのかもしれませんでな。光ってる竹があれば、教えてくだされ」
その老人の手に――。
「おんやぁ? 貴方の腹が、光って見えますなぁ……!」
一振りの抜き身の日本刀が握られていなければ。
笑みは狂気。
その矢面に立つ薬師は、その雰囲気に呑まれぬよう脂汗を流しがらも、獰猛に笑った。
「お前、もしかして――」
この世界出身じゃないブライアンにはわからないだろうが。
しかし、薬師には、この人物に心当たりがあった。
「――竹取翁か……っ!!」
その娘の名前を、かぐや、という。
―――
其の六十六、なんとか形になったので、気になるところで止めてみる。
では次回、翁の秘密に迫る。
ピザまんが食いたいです。
ということで返信を。
Eddie様
実はヤンデレなのかもしれない……。
というのは置いといて。ドMはもう手遅れでしょう。
暇でドSのお宅訪問なんて狙ってるとしか。
薬師の周りには年中一人の人がいますからね、まあ、誰とは言いませんが。
悠真様
世界は都合よく回るようになってるのですね。
ようするにSの元にはMが集うと。
需要と供給、あるべき姿ですね。
供給が少ない気もしますが。
ミャーファ様
薬師の恐ろしさは軽い顔で重いものを渡して来るところでしょうね。
行けばいじめられるのは分かっている。
しかし、わかっていても行きたくなって言ってしまう。
薬師は貴方の人生を狂わせる可能性があります。
春都様
こうしてつかず離れずの状況を作り出し、自分なしではいられなくする。
薬師……、恐ろしい子っ……!
でも、薬師がドSじゃなかったら、今頃あっさり結婚してるでしょう。
藍音さんかぁ……、この話が終わったらどうしましょ。
あも様
無自覚だから性質が悪い。
いやらしくわざとらしい印象を与えずに飴と鞭を使い分けれるのですね。
閻魔妹では、今までSで通してきた分、アレなことに……。
いやはや、インフルは怖いですね。こっちでもどこぞが学年閉鎖したとか言う話を聞きます。
奇々怪々様
余った鍵をうっかり渡してしまう。それが薬師クオリティ。
ただ、実際ワープで勝手に入ってきますからね。だったら玄関からの方がいいかと。
あんま変わんないですけど。
多分薬師と拮抗してるのは前さん藍音さん位じゃないかな藍音さんは防御力マイナス行ってるけど攻撃力は常にMAXだし。
SEVEN様
自分もピザまんが食べたくてしょうがないです。
真のSはMへの啓発を促すのですね、わかります。
もう既にヒロイン皆アウト気味な気もしますが。
残るは玲衣子さんですか。
f_s様
確かに深夜のテンションは恐ろしいです。
はっと気が付いたらガラナ片手にビーフジャーキー食ってた覚えがあります。
オヤジ臭いと言われました。
まだ十六なのに……。
黒茶色様
もうタイトルを薬師のヒロイン調教記に変えるしか……。
順調に餌付けされる閻魔。
Mへと目覚めさせられた妹。
玲衣子さんと、李知さんが危ないですね。閻魔一族的に考えて。
ヤーサー様
大丈夫、コンビニの肉まんおいしいです。
なんとなく冬場歩きで出かけると食べたくなります。
妹はもう駄目ですね。Mへの道、歩きだしたら止まりません。
暁御は、まあ。薬師との接触自体が、まあ、ええと、まあ……。
最後に。
元気な爺さんだな。