俺と鬼と賽の河原と。
とある朝の一幕。
「薬師様、何故か運営に呼び出されておりまして、帰りは明日になるようです」
「おー……、了解」
ほー、今日は由壱達の飯作らんとなぁー、と思っていたら。
「兄さん兄さん」
「んー?」
「今日李知さんの実家の方に泊らないかって誘われてるんだけどさ」
「おお、ってか意外と仲いいんだなお前さんら」
「まあね……、将を射るならって話なんだけどね」
「なんじゃそりゃ」
「外堀の話だよ。で、いいかな?」
「ああ、ま、楽しんで来い」
「うん」
「ああ、ってことは――」
久しぶりに一人なんだな――。
其の六十 俺と君とそんな日もあるさ。
いつもの河原で石を積みつつ、ふと思う。
夜、一人でいるのは本当に久しぶりだな。
由壱と由美が来て以来、初めてのことのはずだ。
ああ、でもよく考えてみると、地獄に来てから、ここ最近特に一人だった時の方が少ない気がする。
「生前とは大違いだな」
思わず苦笑が漏れる。
生前、基本的に俺の近くにいたのは藍音だけだった。
なんとなく、変わったもんだと嘆息する。
なるほど、悪くない状況だ。
「薬師、どうしたの?」
と、そこで上から声が掛かる。
前さんだ。
「ん、いや。考え事をちょいとな」
どうやら、ぼんやりと物を考えていて気付かなかったらしい。
「ふーん、珍しいね?」
そう言った前さんの表情には全く不自然なものはなく。
素で心の底から俺は何も考えてない人だと思われてるのか。
と、それはともかく。
「かくかくしかじかなんだよ」
「だからわからないって」
とりあえず、なんとなく俺は説明してみることにした。
「と、まあ、今日は何故か一人で不思議だなぁ、と」
「へえ、そうなんだ」
説明を終えた俺に前さんはそう返して、数秒。
今一度、口を開く。
悪戯っ子のように笑って彼女は言った。
「ねえ、寂しい? って、そんなわけ――」
「あるかもな」
「えっ!?」
無駄に驚いた顔をする前さん。
ちょっと心外である。
「俺だってたまには一肌恋しい日も――、あるんじゃね?」
「何で聞くの」
「きっとある。多分」
あると言ったらあるのである。
ああ、どちらかというと寂しいというよりも、落ち付かないのか。
まあ、どっちでもいいし、どちらもかもしれないのでどうでもいいが。
ともあれ、言うこと言ったし、仕事に戻ろうと俺はしたのだが。
その動きはあっさりと。
「……ねえ、あ、あたしが――」
簡単に。
「――泊りに行こっか?」
予想外の台詞によってせきとめられたのだった。
「本気ですか」
思わず妙な口調になった俺に前さんは頬を赤らめ肯いた。
「……本気です」
こうして、前さんのお泊まりが確定したのだった。
「お邪魔しまーす」
何やら照れた様子で俺の家に踏み込む前さんを見て、俺は笑みが漏れる。
「別にわざわざんなことせんでも」
前さんもわかっていたらしく、俺に苦笑が返ってきた。
「まあ、そうなんだけど、なんとなくね」
「そうかい」
俺は居間へと赴いて時計を見る。
「六時か、飯時だな」
丁度腹も減ってきていたし、何か作るか。
そう思って台所へ向かおうとしたら、前さんが声を上げた。
「あたしが、何か作るよ」
「前さんって料理できんの?」
俺は思わず聞く。
最近料理と言えば、否。
料理を作ると聞いて毒殺兵器が出てきた試ししかないのだ。
聞いてしまうのも、詮無き事。
しかし、前さんはちょっと怒りながらもそれを否定してくれた。
「あたしをなんだと思ってんのさ! これでも一人暮らしだよ?」
「なら良かった、まあ、冷蔵庫の中のもんは好きに使ってくれ」
「ん、おっけー」
そう言って前さんは台所へ向かっていく。
俺は暇なので、ソファの上で雑誌を見ることにした。
それで、何分経ったのか。
雑誌を読んでいるようで読んでいない流し読み状態の俺の耳に、前さんの声が届いた。
「できたけどー?」
「おー」
俺は雑誌を放りだし、食卓へ。
「おお、料理だ料理」
今までの非日常な経験から本当に感心していたのだが、前さんには怒られてしまった。
「だから、人をなんだと思ってるのさ!」
「いやはや、悪い悪い」
謝りながら、席に着く。
うん、普通に肉じゃがと焼き魚に味噌汁だ。
「うっし、いただきます」
呟いて、箸をつける。
「どうかな」
「うーん……、オフクロの味?」
「それってどっちなのさ」
「美味いが?」
うん、確かに美味いが、
「前さんが食べさせてくれたらもっと美味いかな」
何か物足りない。
ってことで前さんを肴にして楽しもうと思ったのだが。
「えっ? あ、えと……。はい」
つくづく今日の前さんは俺の予想を裏切ってくれる。
真っ赤になるならやらなきゃいいのに。
だがしかし、据膳食わぬは、という奴だ。
俺は差し出された箸に食いついた。
まあ、予想とは違う結果に終わったが、それなりに満足した。
のだが。
もしかして、俺は、夕飯全てを前さんの手ずから食べる羽目になるのだろうか。
これは、自爆したのかもな……。
前さんに夕飯を食べさせてもらったあと、俺はソファに座ってテレビを見ていた。
そんなとき、食器を洗い終えた前さんが、俺の元へやってくる。
「隣いい?」
「やだ」
「へ?」
俺は、驚いた顔の前さんを、有無を言わせず膝に乗せた。
「え、ちょっと、な、な、な、なんなのさ!」
「言っただろ? 今日は人肌恋しいって」
そう、俺は決めたのだ。
今日は前さんと遊ぶ、もとい前さんで遊ぶ、と!!
で、そんな前さんはというと。
「え、あ……、うん」
あっさりと抵抗をやめてしまった。
むう、つまらん。
だが、まあいいか。
とりあえず、ぼんやりテレビを見ることにする。
それで、しばらく無言のままテレビを見ていた俺たちだったが、不意に、前さんが声を上げた。
「ねえ」
「んー?」
「……今日、何かあったの?」
「んー、別に?」
「そうなの?」
「ああ。それがどうかしたんかね?」
「いや、うん。だったらいいんだ」
「ほー?」
「うん」
変な前さんだ。
「むしろ、前さんこそなんかあったのか?」
「どうして?」
「いきなり俺の家に泊まるとか」
すると、前さんは困ったような、呆れたような表情になって。
「……なんで伝わらないかなぁ……?」
その言葉に俺は苦笑を返すしかない。
「俺は鈍いことで有名らしいぞ?」
呆れたように前さんも、俺の言葉に苦笑を見せた。
「そうだね」
「努力はしてるんだけどな」
「うん。でも、いいんじゃないかな」
「どういうことだ?」
俺の問いに前さんがこちらを向く。
前さんの顔を覗き込むようにしていた俺との距離は、箸の一本分すらなく。
前さんは、俺に笑いかけた。
「――あたしゃ、鈍感な薬師が好きなんだよ。その鈍感さがすごく、落ち着く。だから、いいんじゃない?」
「そうかい」
「ほら、鈍感」
「……そうかい。ま、この性分は治らんのだろうな。いまいち自覚できないし」
「それでいいと思うけど? あたしは」
「じゃ、努力すんのやめるわ」
「それはどうかと思う」
「我侭だな、前さんは」
「薬師が悪い」
「そうかい」
「ふう……、いい湯だった」
あれから、風呂を沸かし、先に前さんが入った。
駄洒落ではない。
ともあれ、風呂から上がった俺は前さんの待つ居間へと向かったのだが。
「し、死んでるっ……」
という冗談は置いておいて。
うちのテーブルに上半身を預け、前さんは気持ちよさそうに眠っていた。
その前さんが、もぞり、と音を立てた。
「うぅん……、薬師の……」
なんだ、寝言で悪口か?
わくわくしながらボイスレコーダーを構える俺。
「……レバニラ」
「なん……、だと……」
レバニラってなんだ。
悪口なのか?
「……クマムシ」
あれですか、異常な気圧にも、放射能にも、真空状態にも耐えれる究極のクマムシさんのことですか。
だが、レバニラにしても、クマムシにしても、ただ一つ言えることがあるとすれば。
反応に困る。
「はあ……」
なんとなく、溜息を一つ。
なんだか、とても微笑ましい気分になった俺は、前さんを抱えてベッドに寝かせる。
「俺もさっさと寝るか」
呟いて、俺は前さんを見る。
「おやすみ、前さん」
とても安らかな寝顔だった。
ちなみに、うっかり同じベッドに寝たせいでしこたま殴られたのは余談である。
更にちなみに。返ってきた藍音に見つかって、ねちねちいびられたのも、余談だろう。
―――
という訳で前さん編。
次は李知さんが来ると思ふ。
では返信。
通りすがり六世様
そうすると、鬼兵衛の人生と言っていいかわかりませんが、長い魂の歴史もゴールですね。
修羅場的に考えて。
藍音と薬師だと熟年夫婦ですが、
薬師と玲衣子だと老夫婦のようだと思ったのは秘密です。
クロ様
感想ありがとうございます。
私は厨二病も患ってたりしまして、もう末期です。
私も色々ネタばかり溜まって行ったりと、大変ですね。
ええ、一日が二十七時間くらいあればいいと思います。
奇々怪々様
もう呆けてきてるんですよ、きっと。
千歳ですし。しかし、玲衣子さんみたいな人が赤面するのも可愛らしいですよね。
まあ、それは次の玲衣子さん編で。鈍感が薬師を表すというよりもう薬師が鈍感の代名詞な気もしますが。
寝てる間に、頭を撫でたり、あちこち触られたりはしてるんじゃないでしょうか。
あも様
猫耳、と言えばまだ猫又が出てませんね。
ヒロインかどうかは未定ですが、出ることは確定してるのに。
どうでもいいですが、藍音と玲衣子さんがきっと黒幕代表だと思う。
容赦なく、無慈悲においしいところを掻っ攫っていくこと間違いなしかと。
Eddie様
休みなのに学校に行っちゃうような子だったんですね、薬師。
猫耳薬師の写真を撮ったら、きっと売れるっ!!
閻魔様辺りに。
暁御の件についてはそもそも薬師は暁御がどうとかいう以前の問題だった模様です。
SEVEN様
確かに地獄で年齢気にしても仕方ない気もしますが、メンタル面は皆若いし。
薬師は性教育の前に情操教育を施すべきです。
情操教育にペットを飼いましょう→猫を飼おう→猫李知さんがやってくる、と。
しかし、酒呑が一番まともに見えるとは、世も末ですな。
ミャーファ様
きっと薬師は、呪いにも鈍感……。
いえ、何でもありません。
考えてみると、登場人物のほとんどがジジイババア通り越してますからね。既に化石、古代生物の香りが――。
はい、どなたでしょう。は、死神――?
ヤーサー様
いやはや、あのスキンシップを涼しい顔でスルーとは。もうすでにもげてるの領域ではない気もします。下半身が丸ごと消えてるとか。
薬師は変態的に鋭いですね、はい。恋愛方面だけ突き抜けて鈍いのだけども。
鬼兵衛に関しては、主人公張れる、というか既に主人公ですね、名探偵的に。
李知さんは次回満を持して登場します。ネタが二つあって書くだけなのですが、どっちを書こう……。
最後に。
前さん、薬師の鈍感を肯定しちゃらめえええええッ!!
これ以上鈍感になったらどうしてくれるんだ。