俺と鬼と賽の河原と。
いつものように起きていつものように着替えて。
いつものように飯を食い、いつものように外に出る。
そして、いつものように仕事場に向かって――。
誰も……、いない……?
休みだったことに気付く。
そうだ、敬老の日だったね。
其の五十九 俺が貴方と一緒に縁側で。
「さて! どうしようかね!?」
河原で立ち尽くすことしきり。
なんとなく恥ずかしい気分を振り払うためにわざとらしく声を上げる俺。
そう、帰る訳にはいかなくなった。
今帰れば、何しに行ったのか、と聞かれ、河原に言ったことが発覚、今日は休みだ、と馬鹿にされる道筋が確定している。
かといって、あの藍音の追及をかわしきれるほど俺はごまかしが上手いとは思わない。
答えは簡単だった。
帰るな。
どこかで時間をつぶせ。
「とは、言ったものの……、なあ?」
どうもこうも、暇つぶしと言えば室内の方が得意な俺である。
ゲーム、本、ともに室内ですることだ。
かといって、金をさして持って来た訳でもない。
所詮仕事だし、と、外で遊べるほど持ってきてなかったのだ。
しかし、品物を見て楽しむってのは俺の柄ではない。
古本屋で立ち読みもあまり好きではない、ソファに寝転がって本を読みたい。
さて、どうする。
「……そうだ。誰かの家に遊びに行けばいいのか」
しかし、いきなりというのはいただけない。
相手にも都合というものがある。
そもそも鬼兵衛は出張中だし、酒呑もそれなりに忙しいらしいし、じゃら男と鈴の休日を潰すのも、忍びない、鈴に。
後は、女性陣……、というかよく考えると女性陣の方が圧倒的に多いのだが、そこはそれ、女性である。
以前から計画されていたならともかく、気安い男相手の時と違って、それなりに気を使って向かわねば、相手が困ってしまうというものだ。
女性陣だとして望ましいのは、
できるだけ、暇そうで、年中家にいて一人っぽい人……?
そんなやつ――。
「……いた」
一人だけ、いるじゃないか。
仕事をしてなくて年中縁側で茶を啜ってるような奴が。
「よし、玲衣子んとこ行こう」
別に、敬老の日だから思い出した訳ではない。
誓って。
「と、言うわけで現在、玲衣子さん宅前に来ております」
……言ってて虚しくなってきたな。
と、言う訳で呼び鈴を鳴らす。
……。
返事がない、ただのしか、元より死んどるわ。
「おーい」
しかし返事がない、元より幽霊のようだった。
……。
はて、留守だったのだろうか。
いや、と頭を振って扉に手を掛ける。
――開いた。
いる。
「勝手に入りますよーっと。確認取ったからな? 確認取ったからな」
大事なことだから、二回くらい聞いてみたが、返事はなし。
「これは……」
いやいや、女性のお宅に勝手に上がり込むのはいけないよね。
うん、例え返事がないからって勝手に入るのはよろしくない。
ああ、よろしくない。
「こちら薬師、任務を開始する」
しかし、とうの昔に俺は靴を玄関に置き去りにしていたのだった。
「……人の気配……、居間か」
不味い、これでは……っ。
不法侵入していながら我が物顔で居間で待つ作戦が使えないっ……。
そう、例え自分の部屋で何かしていたのだとしても。
よお、返事がなかったから上がらせてもらった、とか。
鍵が掛かってなかったから、不用心だと思ってな、とか。
要するに煙に巻くことができる。
だがっ……。
この状況では明らかに不法侵入っ……。
「……今さら何を怖気づいてるんだ俺。そう、俺に帰る場所なんてないんだ。五時過ぎくらいまで」
そう。
もう俺に帰る場所なんてない。
五時くらいまで。
と、いう訳で。
「おじゃまします、っと。返事がないから勝手に上がらせてもらったぜ。これで誰もいなかったから不用心だと思ってな、別に悪戯気分で入った訳じゃないんだからね」
ここで俺のとった戦術は一つ。
物量作戦だ。
畳みかける言葉により、焦点をぼやけさせ、それを相手に自己補完させることでなんとなく納得させる。
これが狙い。
だが――。
「え――?」
俺が見たのは、俺に背を向け、正座にして、まじまじとその手の物を見つめ。
優雅な手つきで、それ――、猫耳を装着しようとする玲衣子の姿だった。
その彼女が、こちらを向く――!!
「あら、薬師さん。うふふ、悪い子ですね」
黒い笑み、黒笑を湛えて立ち上がる玲衣子。
なんてこった。
こちら薬師、奇襲を受けた!
まったく予期せぬ方向からの襲撃だ!!
至急救援を、救援を……。
「おーけいわかった。俺は何も見なかった」
増援は見込めない、退路は断たれている。
降伏するしかない。
「でも、何で猫耳?」
流行ってるのか?
「貴方が好きだと聞いたもので」
流行ってるのか。
「何故俺が好きだと皆猫耳を付けるんだ」
つっても二人だな、玲衣子含めて。
「それよりも、敬老の日に久しぶりにやってこられる事について、つっこんでもよろしいでしょうか?」
にこにこ絶対零度の笑みが俺の心を凍らせる。
「他意はない」
きっと、多分、もしかしたら。
「……まあ、いいですわ。それより、何か御用で?」
「暇」
「……そうですか」
他に何があるというのか。
「そっちも暇だろ?」
猫耳をまじまじ見つめて挙句着けようとするくらいには。
玲衣子は楽しげに笑って答えた。
「ええ、たまーに、こうやって野良猫が入ってきますからね、暇じゃないと」
そう言って、俺の頭に猫耳を装着させる彼女を、俺はジト目でにらむ。
俺は猫か。
「おい」
「似合ってますよ?」
「そうかい」
言いながら、猫耳を外す。
その時触ったが、いい猫耳だ。
と、いうのはともかく。
「あら、もったいない」
俺は人の猫耳を触るのが好きなのであって自分に着けて喜ぶ趣味はないのだ。
というわけで、玲衣子に着け返す。
「あら」
「似合ってるぞ?」
にやりと笑っていいながら、どかりと俺は座りこんだ。
そして、玲衣子はうふうふと笑っていたが、数秒後、俺の背後に座ると、何故か、俺を抱きしめてきた。
「何じゃい」
聞いても玲衣子はうふふと笑うだけ。
最近、玲衣子はスキンシップ、というものが激しかったりする。
手を握ってきたり、俺の膝に乗ってきたり。
「……まるで――、猫だな」
「うふふ、そうですか? そうですわね、猫耳もついてるし」
このことに関しては家柄なのか、文化の違いでもあるのか、というか。
相手の常識がそうなら、別に何かを言う気はない。
のだが。
「ところで、この状況で何か思う事は?」
事あるごとに感想を求めてくることに関しては、未だに慣れない。
「何か、何かなぁ……?」
この状況で思うことってったら……。
「うーむ、暑苦しいとは思わないぞ。秋だしな」
「……そうですか」
笑っているが、なんとなく残念そうだ。
そして次。
いきなり、彼女が俺の目の前に回ってきたと思ったら。
「えいっ」
「ぬおっ、後頭部が痛い」
俺は肩を突き飛ばされ、後頭部を畳に降ろすこととなる。
俺が二口女だったら畳と接吻しているところだ。
なんてどうでもいいことを考えて、体勢を戻そうとし、失敗。
「おーい?」
なぜか、俺は玲衣子にのしかかられるようにして、上半身を立てる術を失っていた。
見事押し倒されている俺。
「問一。女の子がこういうことをしたとして、どういう気持でしてると思います?」
俺は思考。
まずは女の子、から探していこう。
女の子、女の子……。
閻魔……、子じゃなかった。
前さんもよく考えると……。
藍音は余裕で三桁だし……
由美は、女の子っていうよか娘だしなぁ……。
そうだ、暁御がいた。
この状況に暁御を代入して――。
「マウントポジション取った。親でも判別付かねえようにしてやるよ……? は、やっぱり違うか」
「うふふ、不正解です」
と言われても、答えは教えてはくれない。
彼女が言うには、正答なんてないらしい。
彼女の答えを正答だと思って行動すると痛い目にあうかも、とも言われた。
それでも俺の答えが不正解なのは結局、当たりからかなり距離があるのだろう。
事あるごとに、彼女はこんな問いを出してくる。
前回は、尋ねたらバスタオル姿で出て来て、
『貴方が来ると聞いたから、私はお風呂に入っていました、何故でしょう?』
『客を呼ぶにはちょっとばかり体が汚れていた』
『不正解です』
こんな感じだ。
そして、俺がその質問に間違えると、罰が与えられるのだ。
「では、今日も」
「へいへい、っと」
絶対に応えられない問題と、元よりするつもりだった罰。
まるで、意味のないただの儀式のようだ。
ぼんやりとそんなことを考えながら、俺は座布団を頭に敷いて、仰向けになる。
そして、目を閉じて。
――不正解だったら、五時過ぎまでここで昼寝して行く。
そんな決まりごと。
彼女が何をしたいのかなど俺には到底判らんが。
まあ……。
「うふふ」
彼女が楽しいならいいだろう。
「ふふ、可愛い寝顔」
あの人は今日も鈍い。
心の中でそう呟いて、玲衣子は縁側に座った。
「いつになったら、私の性教育は功を奏するのでしょうか」
そんな玲衣子の元に、猫達が集まって行く。
玲衣子が行っているのは、お遊びのようなものだ。
玲衣子にその気はなく、薬師も応えはしない。
でも、何故か――
「うふふ、次は――、いつ来てくれるのですか?」
明日もまた、玲衣子は気まぐれな黒い野良猫がやってくるのを楽しみに待っているのだった。
ぼんやりと歩く家路、ふと玲衣子について思いついたことが一つ。
彼女は、俺を試しているように見受けられる。
間違いではない。
確実に、俺を試している。
しかし、それと同時、俺は別の事実を、ふと推測した。
なんというか、そう。
玲衣子は自分を試している気がする。
まるで、連れてきた猫のように、じりじりと、俺との距離を測っているかのように。
どこまで踏み込んでいいのか、恐る恐る踏み込もうとしているように見えるのだ。
もしかすると、人付き合い、苦手なのか?
「……苦手なんだろうなぁ……」
でもなくば、そうほいほい俺に構ってられまい。
「おっと。ただいまっと」
と、そこで寮の扉。
俺は思考を霧散させるように、居間へと向かう。
「おかえりなさいませ」
そこには藍音が立っており――
「今日、うっかり仕事に向かっていたでしょう?」
――ばれてーら。
普通ではわからないほどの違いで勝ち誇る藍音を見て、敵わないと俺は悟ったのだった。
―――
やる気が出てこないと言った割に、書きはじめると楽しく筆が進むこの様は一種の病気なんじゃないかと思った。
予定通り玲衣子さん編。
フラグは現在玲衣子さんが無自覚なので七十%位。
玲衣子さん視点では、薬師のことをたまにやってくる野良猫のように捉えている、と。
玲衣子さん編の次辺りでひっくり返りそうですが。
なんというか、玲衣子さんとの噛み合ってないけどほのぼのがやりたかった。
あと、変に鈍い玲衣子さんと変に鋭い薬師とか。
では返信。
酒天様
感想ありがとうございます。
もう、程度の差はあれ、フラグ建築士しかいない気がしてきました。
もしかすると、そっち方面でも鬼兵衛は若いころやんちゃしてたんじゃないかと思ったり。
いやはや、あの面でフラグ立てとは中々凄まじいですよ。
通りすがり六世様
まだ手は出してないけど、もうあれですね。
責任取るしか。
しかし青鬼がギャルゲ展開とか、シュールすぎる……。
もしかすると精華さんはしばらく現地妻か、色々あって地獄へゴーか、五分ってとこでしょうか。
ひとこと様
コメントどうもです。
たった一言。
百にも満たない文字の羅列が感動展開をブレイクすることもある、という教訓ですね。
ええはい。
キヨイ様
パッと見異様ですけどね。
でもきっと鬼兵衛のことだから人型に見える術くらいは張れそうな気も。
うーむ、京都編は番外になるかな。
京都で必要なイベントの一幕は薬師側の話で回想風味で語られるので。
奇々怪々様
本人はそんな気はないのにもう既に浮気断定。
でもあれですよね、フラグ立てた時点でアウトですよね。
きっと妻はお見通し、これは間違いない。
浮鬼の鬼兵衛は吹きました。
悠真様
でもまだ名前しか出てないのもいますからね、茨木氏とか。
あと、前後鬼エピもちょっと本編に関わるので書きたいんですけどね。
ちなみに前鬼の人は女の子だそうです。
そしてこれで薬師が不満たらたら動こうとしなかったら、全世界の妬みで呪い殺されるでしょう。
光龍様
なんだか五百番ってキリがいいですよね。
百、五百、千がなんとなくキリがいい数字な気がします。
次は千を目指して頑張ってください。いつになるんでしょうね。
ええ、ご想像の通り、次のシリアス編が始まったら京都行になります。その間に挟まないといけないイベントも一つあるのですがね……。
あも様
ええ、小さい角のお人がそうです。
別に本人に角生えてる訳じゃないけど。
現地妻、インディジョーンズの可能性も……。
クロレキシ、伏線だと気付かれるとは思いませんでしたよ。
ヤーサー様
魔術から仙術まで、がモットーの鬼兵衛さんでした。
どうにもどっかで誰かがよからぬことを企んでいる模様。
むしろあの日本で事件を起こすと将星学園の主人公ズとかまで動くので無謀なんですけどね。
その世界に生まれて悪いことをするのなら、まずは異世界転移の方法から探した方が早い、という。
TAS様
ふふふ……。痛いところを突かれましたよ。
探偵ってほど推理してない挙句に世界が全部お膳立てしてくれて、やったことと言えば、実質大暴れしただけ、という。
でもいいんです、きっと彼はいつだって胃に穴が開きそうだからストレス発散になるでしょう。
帰ったら奥さんの無言の圧力で胃がびっりびりな訳ですが。
SEVEN様
近いうちにもう一個伝奇みたいのを薬師がやって、で、最後の解決編が入るようです。
酒呑も動かしたりすると、すごい長さになりそうな予感がひしひしと。
いやはや、京都ってすごいとこですね。
とりあえず、鬼兵衛が背中から刺されないよう祈ります。
Eddie様
まあ、妖怪とか詳しくなくてもフィーリングで楽しめるようには努力したいと思います。
なんとなくマニアックな方がみたらにやりとする、っていう程度で行きたいと思ってるので。
うん、たまにこういう感じの話も書きたくなるんですよね。むしろこういう感じも普通に掛ける俺賽に感謝というか。
きっと鬼兵衛は、奥さんにフルボッコにされ、娘に最低、と罵られることでしょう。
それとご指摘の件、感謝です。
すっかり忘れておりました。
その辺の説明も追加しておきたいと思います。
シヴァやん様
やんちゃな時代の鬼兵衛って、どんな風に過ごしてたんでしょうね。
出身は地獄らしいのですが。
まあ、たまには薬師が出てこないのもいいんじゃないかな、と。
またのこのこやって来ましたが。
空っぽ様
その辺の話もゆっくりとやっていきたいですねぇ。
まあ、奥さんは修験な開祖のお方です。
前の人は今どこにいるのか、自分探しの旅に出ていたり。
近いうちに男鬼の爛れた日常もやりたいなぁ。
ぷー様
感想ありがとうございます。
きっと鬼兵衛は自重しないでしょう。
誰か奴らを止めてくれ。
いやはや、未だ若造ですな。しかし、飲食店に行くと毎回喫煙席かどうか聞かれる虚しい面をしてるようですが。
tezu様
感想感謝です。
私の初黒歴史は小学三年生でした。
あの頃から比べてちっとは進歩してないと救えませんからね。
ちっとも上手くなった気はしないけど、あの頃と比べてみるとすごくマシになってますよ。ええ。
にこらうす様
感想どうもです。
気が付けばもう六十話ちかいのですね。
四月ごろに始めた記憶があるのですが、四月から今までに書いた文をまとめると、1MB超えててびっくりしました。
もう、ここまで来たら作風の変えようがない気もします。
f_s様
その……、発想はなかったっ……。
まさに誰得ですね。
果たして誰が喜ぶのでしょう。
奥さんと精華さんは、喜んでくれるのでしょうか。
では最後に。
薬師……、鬼兵衛が不倫している間に未亡人と……、と書くと人聞きが悪い。