俺と鬼と賽の河原と。
ある日。
石の代わりにトランプを並べて遊んでいたら――。
「おはようございます薬師様」
「何事だ」
藍音が、猫耳だった。
いつまで、このネタを引っ張る気なんだ。
其の五十五 幕間 ある日の俺とメイドと猫耳。
「藍音、藍音」
「なんでしょう」
そう言ってこちらを見る藍音は普通だ。
気がふれた訳でもないように見受けられる。
ちなみにだが、尻尾も生えていた。
「なんで、猫耳なんだ?」
すると、藍音は別に特別なことはない、とでも言うかの如く俺に返した。
「好きだと思いまして」
「誰が」
「貴方が」
「そうなのか」
「しかも直生じゃないと萌えないというものですから、直に生えてます」
「どうやって」
「とある薬で一日猫耳が生えます」
「どこで買った」
「下詰神聖店以外にないと思いますが」
下詰神聖店、地獄用に霊変換したものを売る店だ。
確かに、あそこなら売ってるだろうが……。
「情報源はもしや下詰か」
「答えはイエスです」
「で、どうしろと」
「もふもふしてください」
そう言って頭を差し出す藍音。
ふう……、そんなんで俺がもふもふなぞするはずが――。
もさもさもさもさ。
「どうやら、体は正直だったらしい」
「?」
猫耳は、もさもさもふもふせねばならぬ。
俺の手はとうの昔に藍音の頭に伸びていた。
「悔しくなんかないんだからね?」
「なんですか」
「いや、何でもない」
「それで」
「それで?」
「いかがでしょう」
「いい猫耳」
うほっ、いい猫耳である。
未だに耳を触り続ける俺に、藍音は目をつむり、少しくすぐったそうにしながらも身を委ねていた。
俺は、一通り感触を楽しみ、手を離す。
「満足した」
「それは重畳です」
「ところで」
「なんでしょう」
「今日、猫耳生やすような日だったか?」
「今日は何の日だったか――、貴方は覚えていないでしょう」
そう言って藍音は悲しげに微笑んだ。
なんとなく――、
気に食わない。
だが、猫耳生やさなきゃいけないような日って、なんだ?
しかし、藍音が猫耳だからと言って、何が変わるという事もない。
ソファに寝転がる俺を余所に、藍音は部屋の、そう、モップ掛け。
「なあ……。なんで――」
俺はソファの上から、途切れるような問いを発した。
「お前さんは一人で家事を担ってたんだ?」
「……は」
ずっと、疑問だったのだ。
彼女は気が付けば俺の身の回りの世話を担っていた。
食事に掃除、秘書までだ。
しかし、よく考えてみると、別に山には俺と藍音しかいない訳ではない。
藍音がわざわざ全ての家事を担わずとも、他を連れてくることもできた。
その疑問に、藍音は溜息を吐くように返す。
「……必死だったのでしょう」
「何に」
その答えは、俺にとって意外なものだった。
「捨てられないよう。奪われないよう、必死だったのです」
抑揚なくいう姿は、儚くて。
やはり、気に食わない。
「私と貴方の間に誰も入ってこれないようにしていたのでしょう」
気づけなかった俺は、やはり鈍感と言われて仕方ないのかもしれないが。
「捨てねーよ。捨てないし、むしろこっちが捨てられないかってな」
まったくもって駄目な上司な挙句、ここにいたって上司ですらない。
「お前さんといるのはやっぱ落ち着くんだよ。よく考えてみると、四六時中一緒だったしな」
すると、藍音は珍しくも目を丸くしていた。
そして。
「それは――、わかってますよ。でも、急にふらっといなくなる」
痛いところを突かれたな、と思うその瞬間。
彼女は微笑んで、俺に言った。
「だから、私が追いかけないといけないのです。そうでしょう?」
そうやって微笑む彼女は、とても綺麗だと、素直にそう思う。
「やっぱ、可愛いな」
「……! ……、いきなり、何を言うのです」
「素直な感想だが?」
「……」
「照れるなよ」
「照れてません」
「その反応が照れてる」
「どうしろというのです」
「さてな?」
こうして、太陽は沈んで行った。
夜。
子供達が寝静まった現在でも、俺と藍音は起きている。
俺は、窓から……、ベランダに出て、空を見上げていた。
そんな俺を、部屋から藍音がモップを握ったまま見つめていた。
その猫耳は、今だ消えず。
「どした?」
俺が聞くと、すぐに藍音は視線を外す。
「……いえ。では、私は仕事に――」
そう言って、掃除に戻ろうとする藍音を俺は声を掛けて止めた。
「藍音」
「……はい」
「そんなん置いて、こっち来いよ。昼も、やってたろう?」
返事はない。
しかし、一旦おいてモップの柄を置く音が響き渡った。
「何か、ご用ですか」
そう言って隣に来た藍音に、俺は苦笑する。
「用がなきゃ、呼んじゃいけねーのか?」
「……そう言う訳では」
「だったら、いいだろ? ほら、見てみろよ、月が綺麗だぜ?」
そう言って俺は顎で上を示した。
その向こうには、丸く輝く月の姿があった。
「お前さんと初めて会ったときもそうだったな」
地獄に浮かぶ月は、俺の生前の月よりも、少し、大きい。
「覚えていたのですか?」
「妙に印象的だったんでな」
俺と藍音が出会ったのは、奇しくも同じ満月の今日だった。
それから、しばらくというものの、俺と藍音は黙って月見に興じていたが、ぽつりと、藍音が言葉を漏らす。
「……今日は、私の誕生日なのです」
「そうだったのか?」
初耳である。
「私が言っていないのだから、当然でしょう」
「言ってくれりゃ、祝ってやるものを」
俺の言葉に、藍音は首を横に振った。
「誕生日、といっても私が勝手に決めただけですので。実際の生まれた日など、わかりません」
「だから、俺と会った日を、ってか?」
「はい」
「そうか、おめでとさん」
「ありがとうございます」
余りにいつも通りな答えに、俺は苦笑するしかなかった。
「来年は――、祝ってやるよ。盛大に、な」
「程々にお願いします」
そう言った藍音は少し嬉しそうで。
俺は満足すると同時、ふと疑問を思い出した。
「そういや、何でお前さんの誕生日だと猫耳なんだ?」
「貴方が喜んでくれるなら、私は幸せです」
「……育て方、間違えたかな……」
「では、責任を取っていただけますか?」
その問いに、俺は溜息一つ。
「責任でも何でも、取ってやるさ」
俺の言葉に、彼女はいつも通りに。
だけどいつもと違って微笑んで。
「そうですか」
今日の地獄も平和である。
おまけ
その次の朝、
俺に――、猫耳が生えていた。
「……なんで俺に猫耳?」
「よく考えてみると、私より貴方の方が猫みたいだと思いまして。昨日の食事に」
「……」
「大丈夫です。私がお世話しますから」
「そうかい。じゃ、藍音さんや、飯はまだかにゃ」
「それでは、行きましょう」
おまけ弐式
雑多に物が置かれた雑貨店。
神剣と呼ばれるものから、ガラクタまで揃ったそこに、俺は居た。
「藍音に色々吹きこんだのは、下詰――、お前だな?」
俺の問いに応えたのは、勘定台の向こうにいる、店主。
「答えは、イエスだ」
俺は、適当に品物を眺めながら、さらに問う。
「何を言った?」
「別に大したことではないと言っておく。ただ――、お前がうちの商品の猫耳を見つめていたことを伝えただけだ」
「……それだけか?」
「そうだな、後は、直生じゃないとなぁ、と呟いていた、とだけ」
「そうかい」
「ところで――、頼まれていた物が近いうちに完成しそうだ」
「……! 流石の仕事の速さだな……。見事だな、店主」
「当然だ。……そう言えば箱の調子はどうだ?」
「……中々」
「そいつは良かった。じゃあ……、参式は?」
「あれは上出来だが、本質を見落としてる気がする、ってのはお前に言ってもしゃあねーか」
「ふむ、そうか。俺も変換した甲斐があったというものだ」
「これからもよろしく頼むぜ?」
「無論。顧客の要望を超えるモノを渡すのが、俺の仕事であると」
「ああ。じゃ、行くとしよう」
ちなみに、途中から要するにゲーム機の話題である。
「では、またのご来店を」
――
前回の。
>今、友人の勉強を見ていたりするのですが、一定の成果が出るごとに、友人に萌絵が一枚支給されるという体制が取られていて、猫耳メイドをリクエストされたから藍音さんを提出しておきました。
から発展したネタ。
というか、描いてたらどうしても書きたくなったために、急遽挟まれました。
次回、ついにあの姉妹が動き出す……!?
もしかしたら次々回になるかもしれませんが、そろそろシリアス編も始めなきゃいけないのでこの辺で幕間を。
ちなみに、件の絵がここに。
http://anihuta.hanamizake.com/
もしかしたらここでつらつら近況を載せてくかもしれません。
ちなみに上のHOMEからでも可。
では返信。
シヴァやん様
女性の場合はどうなるのでしょうね、同棲……?
リーマンはどうやら借金の保証人にされてしまった模様です。
まったく、女の子に囲まれて日々ぼんやり過ごす男もいるというのに。
メイドを囲って毎日エンジョイしてるっていうのに……!
通りすがり六世様
店主の渋さのあまり、吐血しそうです。
実際あんな台詞吐かれたら目から汗がナイアガラですよ。
果たして、再登場するのでしょうかあのリーマン。
そして、よく考えてみると六話だかそのくらいから出てるのですね。店主。
奇々怪々様
じゃらは千年、薬師は万年。万年で済めばいいと周りは思っていることでしょう。
希少価値とか、あれだと思うんです、半端なのが一番いけないと思うのです。
何事も突出すれば誇れるものなのです。だから暁御の出番は極限まで削……、嘘ですよ?
おっちゃんの正体というか、過去編もおいおいやれたらな、と思います。
ヤーサー様
いやはや、じゃら男も幸せボーイですからね。嫉妬の視線を浴びて服に穴があけばいいのです。
そして鬼兵衛編もいつの日か始まるかも。
暁御に関しては……。合掌。
色々と考えたのですが、一回ヒロインに関しては今回は尺の問題で見送られました。
SEVEN様
腐敗聖域は毒物です。劇薬と呼ばれる類の。毒をもって毒を制すしかないのかもしれませんが。
里見コンビの方はある種私のミスでもあるのですね、申し訳ないことに。
番外三でその辺の突っ込みを全く入れてないという……。申し訳ないです。
そして、大丈夫、勉強は学校でするものです。現状問題のある教科はないので。と強がってみます。
ミャーファ様
余りに残酷な事実。
でも口に出さずにはいられなかった。
酷い話です。そして、猫耳メイド晒しました。
絵は全くもって副業で上手い訳でもないのですが。
悠真様
私はラーメンが食べたくなりました。
朴念仁に効く薬……。朴念仁は病気です、医師に相談しましょう、とか思いつきました。
きっとよっぽど凝縮した濃度じゃないと効かないのでしょうね。
あの不治の病は。
見てた人様
お帰りなさい。
ルパンダイブ……、よく考えてみると凄まじい技ですよね。
渋強いハードボイルドの香りがおっちゃんから漂ってます。
若いころはやっぱり凄かったのでしょうか。
キヨイ様
私も読みたいです。過去編。
……石は投げないでください。その内、書きたいなと思っております。
色々と今回横道に逸れまくったのでそろそろ先代編もやらないといけないのですが。
とか言っていきなり挟まれる可能性もあるのですけどね。
あも様
野菜ラーメンは屋台七不思議の一つです。
店主の渋さも七不思議のひとつです。
それにしても彼女が鋼のだとすると、この小説の場合。
鎧の妹が出てくるのですねわかります。
Eddie様
地獄だって気合いを入れれば貧窮することだってあるはず……?
よっぽど不運だったんでしょうね。
まあ、その内ラーメン屋に顔を出すでしょう。
……おっちゃんの呟きが暁御に聞こえなかったことだけが救いです。
春都様
おっちゃんと里見さんのコンビも好きです。
コンビだとホームドラマ、一人だとハードボイルドの模様。
そして、おっちゃんは何で薬師の事情に詳しいのか……。
閻魔も、来店してるのだろうか。
f_s様
私は伸びたラーメンも嫌いじゃない希少な派閥です。
しかしラーメンが食べたいです。
これはもう地獄に向かうしか……。
本日でテスト全終了です。頑張りました。
最後に。
暁御に励ましのお便りを送ろう!! 地獄三丁目○番○号 出番のない人に救いを係まで。