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No.7573の一覧
[0] 俺と鬼と賽の河原と。(ほのぼのラブコメ)[兄二](2009/12/29 22:04)
[1] 其の二 あたしと彼と賽の河原と。[兄二](2009/09/21 21:30)
[2] 其の三 俺と鬼と地獄の酒場と。[兄二](2009/12/24 21:37)
[3] 其の四 俺と彼女と昨日の人と。[兄二](2009/09/24 13:26)
[4] 其の五 俺とあの子と昨日の人。[兄二](2009/09/24 13:50)
[5] 其の六 俺とあの子と一昨日の人と。[兄二](2009/04/01 21:22)
[6] 其の七 俺とお前とあいつとじゃらじゃら。[兄二](2009/09/24 13:55)
[7] 其の八 俺とあの子とじゃら男の恋と。[兄二](2009/04/04 21:04)
[8] 其の九 俺とじゃら男と屋台のおっさん。[兄二](2009/04/05 22:12)
[9] 其の十 俺と迷子と三途の河と。[兄二](2009/04/19 01:06)
[10] 其の十一 あたしと彼といつもの日常。[兄二](2009/05/18 23:38)
[11] 其の十二 俺と鬼と黒髪美人と。[兄二](2009/05/18 23:38)
[12] 其の十三 俺と少女と鬼の秘密と。[兄二](2009/04/13 01:47)
[13] 其の十四 俺と野郎と鬼と少女と。[兄二](2009/05/18 23:39)
[14] 其の十五 俺と河原と兄妹と。[兄二](2009/04/19 01:04)
[15] 其の十六 私と河原とあの人と。[兄二](2009/04/24 23:49)
[16] 其の十七 俺と酒場でただの小噺。[兄二](2009/05/18 23:32)
[17] 其の十八 俺と私と彼と彼女と。[兄二](2009/05/24 01:15)
[18] 其の十九 俺と彼女と気まぐれと。[兄二](2009/05/21 09:39)
[19] 其の二十 俺と彼女とデートと。[兄二](2009/05/24 01:16)
[20] 其の二十一 俺とお前とこの地獄と。[兄二](2009/10/17 19:53)
[21] 其の二十二 俺と天狗と閻魔と家族と。[兄二](2009/05/31 00:27)
[22] 其の二十三 俺と閻魔とパーティと。[兄二](2009/06/04 01:07)
[23] 其の二十四 俺と閻魔と部屋と起源と。[兄二](2009/06/05 00:43)
[24] 其の二十五 じゃら男と少女と俺と暁御と。[兄二](2009/06/09 23:52)
[25] 其の二十六 じゃら男と少女とでえとと。[兄二](2009/07/30 22:38)
[26] 其の二十七 じゃら男と少女と俺と暁御とチンピラ的な何か。[兄二](2009/06/16 00:38)
[27] 其の二十八 俺とじゃら男とリンと昨日と。[兄二](2009/06/16 11:41)
[28] 其の二十九 俺と酒呑みと変なテンション。[兄二](2009/06/20 00:27)
[29] 其の三十 俺と前さんと部屋とゲームと。[兄二](2009/06/21 19:31)
[30] 其の三十一 俺と河原と妹と。[兄二](2009/06/27 19:20)
[31] 其の三十二 俺と山と天狗と。[兄二](2009/06/27 19:18)
[32] 其の三十三 俺と山と天狗と地獄と。[兄二](2009/06/30 21:51)
[33] 其の三十四 俺と彼女と実家と家族と。[兄二](2009/07/03 20:35)
[34] 其の三十五 俺と家族と娘と風邪と。[兄二](2009/07/07 00:05)
[35] 其の三十六 私と彼と賽の河原と。[兄二](2009/07/09 23:00)
[36] 其の三十七 私と主と、俺と部下と賽の河原と。[兄二](2009/07/12 22:40)
[37] 其の三十八 俺と部下と結局平和と。[兄二](2009/07/17 23:43)
[38] 其の三十九 俺とその他と賽の河原と。[兄二](2009/07/21 08:45)
[39] 其の四十 俺とメイドと賽の河原と。[兄二](2009/07/20 22:53)
[40] 其の四十一 俺と無関係などっかの問題と幕間的な何か。[兄二](2009/07/22 21:56)
[41] 其の四十二 暁御と奴と賽の河原と。[兄二](2009/07/25 22:22)
[42] 其の四十三 俺と海と夏の地獄と。[兄二](2009/07/28 00:21)
[43] 其の四十四 俺と海と真の地獄と。[兄二](2009/07/30 22:35)
[44] 其の四十五 俺と貴方と賽の河原と。[兄二](2009/08/01 23:35)
[45] 其の四十六 俺とお前の滅亡危機。[兄二](2009/08/04 21:48)
[46] 其の四十七 俺とお前と厨ニ病。[兄二](2009/08/07 20:23)
[47] 其の四十八 疲れた俺と罰ゲーム。[兄二](2009/08/10 19:10)
[48] 其の四十九 俺と鬼と……、は? 猫?[兄二](2009/08/13 20:32)
[49] 其の五十 俺と盆と賽の河原と。[兄二](2009/08/17 00:02)
[50] 其の五十一 私と俺とあたしと誰か。[兄二](2009/08/19 23:35)
[51] 其の五十二 貴方と君の賽の河原と。[兄二](2009/08/28 23:03)
[52] 其の五十三 俺と藍音と賽の河原と。[兄二](2009/08/28 23:01)
[53] 其の五十四 俺と彼女ととある路地。[兄二](2009/09/04 21:56)
[54] 其の五十五 幕間 ある日の俺とメイドと猫耳。[兄二](2009/09/10 21:30)
[55] 其の五十六 幕間 俺と閻魔と妹の午後。[兄二](2009/09/14 22:11)
[57] 其の五十七 変種 名探偵鬼兵衛。前編[兄二](2009/09/21 21:31)
[58] 其の五十八 変種 名探偵鬼兵衛。 後編[兄二](2009/09/21 21:28)
[59] 其の五十九 俺が貴方と一緒に縁側で。[兄二](2009/09/24 22:25)
[60] 其の六十 俺と君とそんな日もあるさ。[兄二](2009/09/27 22:00)
[61] 其の六十一 俺とお前じゃ端から無理です。[兄二](2009/10/02 21:07)
[62] 其の六十二 今日は地獄の運動会。[兄二](2009/10/05 22:30)
[63] 其の六十三 ワタシトアナタデアアムジョウ。[兄二](2009/10/08 22:36)
[64] 其の六十四 鈴とじゃら男と賽の河原と。[兄二](2009/10/12 21:56)
[65] 其の六十五 俺と妹とソファやら鍵やら。[兄二](2009/10/17 19:50)
[66] 其の六十六 俺と御伽と竹林と。[兄二](2009/11/04 22:14)
[67] 其の六十七 俺と翁と父よ母よ。[兄二](2009/10/23 21:57)
[68] 其の六十八 俺と翁と月と水月。[兄二](2009/11/04 22:12)
[69] 其の六十九 貴方の家には誘惑がいっぱい。[兄二](2009/11/04 22:11)
[70] 其の七十 俺と娘と寒い日と。[兄二](2009/11/04 22:08)
[71] 其の七十一 俺と河原と冬到来。[兄二](2009/11/04 22:04)
[72] 其の七十二 俺と露店とこれからしばらく。[兄二](2009/11/07 20:09)
[73] 其の七十三 俺と貴方と街で二人。[兄二](2009/11/10 22:20)
[74] 其の七十四 俺とお前と聖域にて。[兄二](2009/11/13 22:07)
[75] 其の七十五 家で俺とお前が云々かんぬん。[兄二](2009/11/23 21:58)
[76] 其の七十六 俺と厨二で世界がやばい。[兄二](2009/11/27 22:19)
[77] 其の七十七 俺と二対一は卑怯だと思います。[兄二](2009/11/30 21:56)
[78] 其の七十八 俺とお前の急転直下。[兄二](2009/12/04 21:44)
[79] 其の七十九 俺と現世で世界危機。[兄二](2009/12/11 22:39)
[80] 其の一の前の…… 前[兄二](2009/12/15 22:10)
[81] 其の八十 俺と現世で世界危機。 弐[兄二](2009/12/19 22:00)
[82] 其の一の前の…… 後[兄二](2009/12/24 21:28)
[83] 其の八十一 俺と現世で世界危機。 終[兄二](2009/12/29 22:08)
[84] 其の八十二 明けましておめでとう俺。[兄二](2010/01/02 21:59)
[85] 其の八十三 俺と貴方のお節料理。[兄二](2010/01/05 21:56)
[86] 其の八十四 俺と茶店とバイターさんと。[兄二](2010/01/11 21:39)
[87] 其の八十五 俺と閻魔とセーラー服と。[兄二](2010/01/11 21:42)
[88] 其の八十六 俺と結婚とか云々かんぬん。[兄二](2010/01/14 21:32)
[89] 其の八十七 俺と少女と李知さん実家と。[兄二](2010/01/17 21:46)
[90] 其の八十八 俺と家と留守番と。[兄二](2010/01/21 12:18)
[91] 其の八十九 俺としること閻魔のお宅と。[兄二](2010/01/23 22:01)
[92] 其の九十 俺と実家で風雲急。[兄二](2010/01/26 22:29)
[93] 其の九十一 俺と最高潮。[兄二](2010/02/02 21:30)
[94] 其の九十二 そして俺しか立ってなかった。[兄二](2010/02/02 21:24)
[95] 其の九十三 俺と事件終結お疲れさん。[兄二](2010/02/06 21:52)
[96] 其の九十四 俺とアホの子。[兄二](2010/02/09 22:27)
[97] 其の九十五 俺とチョコとヴァレンティヌスと。[兄二](2010/02/14 21:49)
[98] 其の九十六 俺が教師で教師が俺で。[兄二](2010/02/22 22:00)
[99] 其の九十七 俺と本気と貴方と春と。[兄二](2010/02/22 21:55)
[100] 其の九十八 ~出番黙示録~アキミ。[兄二](2010/02/25 22:37)
[101] 其の九十九 俺と家と諸問題と。[兄二](2010/03/01 21:32)
[102] 其の百 俺と風と賽の河原で。[兄二](2010/03/04 21:47)
[103] 其の百一 百話記念、にすらなっていない。[兄二](2010/03/07 21:47)
[104] 其の百二 俺と憐子さんと前さんで。[兄二](2010/03/10 21:40)
[105] 其の百三 俺とちみっこと。[兄二](2010/03/14 21:15)
[106] 其の百四 俺と保健室が危険の香り。[兄二](2010/03/17 21:48)
[107] 其の百五 俺と娘と妹でなんやかんや。[兄二](2010/03/20 21:43)
[108] 其の百六 大天狗は見た![兄二](2010/03/24 20:09)
[109] 其の百七 俺と春とクリームパン。[兄二](2010/03/27 21:33)
[110] 其の百八 俺と憐子さんと空白。[兄二](2010/03/30 21:44)
[111] 其の百九 猫と名前と。[兄二](2010/04/03 21:03)
[112] 其の百十 俺と猫とにゃんこと猫耳とか。[兄二](2010/04/07 21:56)
[113] 其の百十一 春と俺と入学式。[兄二](2010/04/17 21:48)
[114] 其の百十二 俺と子供二人。[兄二](2010/04/13 22:03)
[115] 其の百十三 俺とあれな賽の河原と。[兄二](2010/04/17 21:41)
[116] 其の百十四 俺と生徒とメガネ。[兄二](2010/04/20 22:07)
[117] 其の百十五 眼鏡と俺と学校で。[兄二](2010/04/23 21:52)
[118] 其の百十六 貧乏暇なし、俺に休みなし。[兄二](2010/04/27 22:07)
[119] 其の百十七 俺と罪と罰と。[兄二](2010/04/30 21:49)
[120] 其の百十八 大天狗を倒す一つの方法。[兄二](2010/05/05 21:39)
[121] 其の百十九 大天狗が倒せない。[兄二](2010/05/09 21:29)
[122] 其の百二十 俺とご近所付き合いが。[兄二](2010/05/12 22:12)
[123] 其の百二十一 眼鏡と俺とこれからの話。[兄二](2010/05/16 21:56)
[124] 其の百二十二 俺と刀と丸太で行こう。[兄二](2010/05/22 23:04)
[125] 其の百二十三 俺と逢瀬と憐子さん。[兄二](2010/05/22 23:03)
[126] 其の百二十四 俺と指輪と居候。[兄二](2010/05/25 22:07)
[127] 其の百二十五 俺と嫉妬と幼心地。[兄二](2010/06/02 22:44)
[128] 其の百二十六 俺と噂も七十五日は意外と長い。[兄二](2010/06/02 22:05)
[129] 其の百二十七 にゃん子のおしごと。[兄二](2010/06/05 22:15)
[130] 其の百二十八 俺とお人形遊びは卒業どころかしたことねえ。[兄二](2010/06/08 22:21)
[131] 其の百二十九 俺と鬼と神社祭。[兄二](2010/06/12 22:50)
[132] 其の百三十 俺と日がな一日。[兄二](2010/06/15 22:03)
[133] 其の百三十一 俺と挑戦者。[兄二](2010/06/18 21:47)
[134] 其の百三十二 俺と眼鏡と母と俺と。[兄二](2010/06/22 23:21)
[135] 其の百三十三 薬師と銀子と惚れ薬。[兄二](2010/06/25 22:09)
[136] 其の百三十四 俺とできる女と強面な人。[兄二](2010/06/29 22:08)
[137] 其の百三十五 逆襲のブライアン。[兄二](2010/07/03 22:49)
[138] 其の百三十六 俺とお前と学校の怪談が。[兄二](2010/07/06 22:03)
[139] 其の百三十七 俺とある日のアホの子。[兄二](2010/07/09 21:21)
[140] 其の百三十八 すれ違い俺。[兄二](2010/07/12 22:14)
[141] 其の百三十九 じゃらじゃらじゃらりとうっかり洗濯。[兄二](2010/07/15 22:11)
[142] 其の百四十 俺と序文はまったく関係ない話。[兄二](2010/07/19 22:50)
[143] 其の百四十一 俺と決闘と日本刀。[兄二](2010/07/22 20:42)
[144] 番外編 現在の短編:薬師昔話 お姫様の話。[兄二](2010/04/17 21:47)
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[7573] 其の五十二 貴方と君の賽の河原と。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2009/08/28 23:03
俺と鬼と賽の河原と。





 本気で、好きだった、訳ではない。

 ただ、今までにないタイプの異性で、姉がまるで恋する乙女になるほどだったから――。

 多少興味深かっただけ。

 本当はちょっとからかってやろうと思っただけなのだ。

 彼と、姉を。

 なんて、そんな欺瞞。

 好きだ。

 何故?

 私は彼に救われた訳でも、何か特別な出来事があった訳ではない。

 たった一度目の出会いで心を掴まれた?

 そんなわけない。

 だったら、いつから。

 彼と出会ってから半年もないのに。

 まるで、父のような彼への憧れ。

 気付かないふりで誤魔化した。




 馬鹿らしい。姉より私の方がずっと、少女だったのに。







其の五十二 貴方と君の賽の河原と。








 ピンポーン、もしくはキンコーン、でもいい。

 間の抜けた軽快で耳障りな呼び鈴が我が家に響いていた。

 だがしかし、俺はと言えば。


「……留守です」


 虚空に呟きソファの上で待機。

 今日は休日。

 ひたすらうだついて限界まで休むと決めた先に来客とはなんと空気の読めないことか。

 悪いのは客である。と勝手に納得して、俺は居留守を決め込むことにした。

 ピンポーン。

 再度呼び鈴が鳴る。


「留守です」


 ああ、留守ですとも。

 居るじゃないか?

 否。俺の心はここにいない。

 心ここにあらず。

 どこにいるか、と聞かれたら夢の世界に旅立ったのだ、としか。

 いや、実際には今から旅立とうとしてたのだが、そう変わるまい。

 ピンポーン。


「留守だ」


 無だ。心を無にするんだ。

 幾ら呼び鈴を押しても受け流せ、柳の如く。

 ソファに再び深く沈みこみ、目をつむる。

 少しずつ、意識が遠のいて行き――、

 ピーン、ポーン。


「だから留守だと何度言えば」


 まあ、聞こえてないのだろうが。

 だがしかし、ここまで来たら逆に出るのも微妙である。

 ここで出たら、あれだ。

 お前さっきまでずっと無視してたくせに何今更出て来てんだよこのゴミ野郎が、という状況になってしまう。

 するとこちらはこうだ。

 お前がピンポンピンポンうるさいからこちとら出てきたんじゃこのゴミ太郎さんが、で、結果的に険悪な雰囲気は免れない。

 そう、俺は双方の為に居留守を貫いて――、

 ピー……ン、ポーン。


「何度来ても結果は変わらん、留守だ」


 ちなみにうちの呼び鈴は押してる長さで最初の音の長さが変わる奴だ。

 よくある受話器のようなものは付いてなくて、大分古臭い型である。

 いやしかし、それにしても諦めの悪――、

 ピンポーン。


「だから留守だって」


 本当に諦めの悪い。

 誰だか知らんがしつこい男は嫌われるという言葉は知らんのか。

 ピンポーン。


「留守だっつの」


 半分意地である。

 今ここで出たら負けた気ぶ――、

 ピンポーン。

 おいおい、何回呼び鈴鳴らす気だよ。

 ピンポーン。

 流石にそれは押しす――。

 ピンポーン。

 いや待てそん――。

 ピンポーン。

 おいお――。

 ピンポーン。

 おい――。

 ピンポーン。

 お――。

 ピンポーン。

 あ――。

 ピンポーン。

 い。

 ピンポーン。

 う。

 ピンポーン。

 え。

 ピンポーン。

 お。

 ピンポーン。


「どちらさまだっ! しょうもない用事だったらキャラメル口に詰めて首絞めんぞ!!」


 いわゆるキャラメルクラッチである。

 と、まあ、派手に扉を開いてみたわけだが――。


「……本当にどちら様?」


 目の前にいたのは、扉の前に蹲って鼻を押さえる、銀髪の少女だった。








「真っ赤なお鼻のトナカイさんが、という歌があってだな」

「それは、私に対するあてこすりなのかしら……?」

「むしゃくしゃしてやった、が、反省も後悔もしていない。すっきりした」

「……最低ね」


 未だ鼻を痛そうに擦る少女は、我が家の食卓の席に着いている。

 料理こそ乗ってはいないが、なんとなくお菓子の類が乗っかってるのは俺の優しさだ。


「で。閻魔妹は何故縮んでいるんだ」


 俺は自称由比紀に訪ねた。

 そう、自称である。

 まあ、本物なのだろうが、現在の由比紀は銀髪の麗人から、小学生高学年か、中学生程度にまで落ち込んでいる。

 はたして美少女になった件に関して格が上がったのか下がったのかは、特殊性癖の人たちの間で意見が分かれるのだろうが。


「若づくりも程々にしておけと俺は言いたい」


 女性が大変なのはわかるがこれはやり過ぎである。

 もう若作りではなく、若造り、もしくは若創りの領域に達している。


「違うわよっ」


 由比紀は慌てて否定を示した。


「じゃあなんだよ。逆成長期でも巻き起こったのか?」


 俺は素っ気なく聞く。

 由比紀は言い難そうにしていたが、やがて口を開いた。


「……月一……のよ」


 が、残念ながらよく聞こえなかった。

 今度は、顔を真っ赤にしながら由比紀が叫ぶ。


「月一でこうなるのよ!」


 ええーなにそれー。


「初耳だな」

「初めて言ったもの」


 月一で縮むなんて話聞いたことがない。

 はたして、何があるのやら。


「呪や病気……、って訳でもないだろうしな」


 それならもっと深刻になるが、どうにもそんな感じもしない。

 ざっと見て呪の類の空気というか、淀んだ嫌な感じも今まで一度も感じたことはない。


「私は美沙希ちゃんみたいに安定してないの」


 やはり、そこまで深刻でもない風に由比紀は言った。


「私は本当はアダムになるはずだったの。だから、安定しないのよ」


 なるほど。俺は肯いた。

 由比紀のありようは、偶然とも言える。

 はたして、男にでもなろうとしているのだろうか。

 しかし、簡単に見えて男と女はそう簡単ではない。

 当然あっさりと性別を変えられるものでもない訳だ。


「と、言うより美沙希ちゃんと子供を作れるようになろうとしてるんじゃないかしら?」


 何とも微妙な話である。

 そして、彼女も彼女で深刻そうに話さないから、反応に困るのだ。

 そんな中、彼女は続けた。


「でも、私は男の構成なんて理解してないし、データ上でさえわからないから結局元に戻ってしまうのでしょうね」

「ほおー」


 俺の興味無さそうな声に、由比紀は溜息一つ。


「興味なさそうね……」

「ないな」

「ないの?」

「ない」

「微塵も?」

「微塵も」


 月一で縮むくらいで動揺していたらこの業界やっていけないのだ。

 そりゃ、いきなり知人が猫耳生える世の中である、背が縮んだくらいで寿命が縮むなら死ぬのに一月必要ない。

 いや、もう死んでるが。


「そんなことより何用だ」


 今思い出したが俺は今日派手にうだうだしようとしていたのだ。

 それを邪魔されたのだ、それくらい聞いても罰は当たるまい。


「……用は……」


 微妙にしゅんとしながら、由比紀が呟く。


「用は?」


 俺は聞き返し、彼女は――。


「ないわ」

「そうかい」


 俺はおもむろに立ち上がり、ソファへ向かう。

 そして、飛びこむように転がって。

 さようなら世界。

 ぼかあ眠いよ。


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


 眠いのでその辺の幼女の声も放置である。

 残念なことに、耳障りな感じの野郎の声なら起きたかも知れんが、少女の鈴のような声音ではさほど苦にならん。

 恨むなら美少女の自分を恨むことだ。


「ね、寝るわよ!? 抱きしめて寝るわよ?」

「んー、いいんじゃね?」


 今日はなんか寒いし。

 夏も終わりを告げ掛けてるのかね。


「え? あ、え。本当に寝るからね?」


 既に俺は就寝しかけである。

 半覚醒と覚醒の合間を彷徨うまどろみ風味とでも表現しようか。

 と、そこに何やら温かいものがかぶさってきた。

 現在、俺の胸元までの大きさもないそれは、やはりさほど重くなく、なんとなく温かさを感じ、丁度いいとばかりに俺は寝に入ることにした。


「あ、ちょ、だめ……、そんな、いきなり抱きしめてくるなんて――、こう言うのは段階を踏んでから……。あれ? 寝て、る……」












「む……、腹減ったな」


 俺が起きたのは、どうやら時計を見るに、十二時過ぎらしい。

 と、ふと自分以外の体温を感じて視線を移す。

 そこには、直立不動で顔を真っ赤にしてこちらを見る、由比紀がいた。


「……よく寝たか?」


 気まずくて思わず質問してしまったが、どうにもあれである。


「……寝れるわけ――、ないじゃない……」


 顔が真っ赤なところを見るに、どうやら暑苦しく寝れなかったらしい。

 俺が思い切り寝ていたため、これは少々申し訳ない。


「いや悪い悪い、ふにふにしてて気持ちいいからついな」

「ふ、ふにっ?」


 ともあれ、腹が減った、減ったのである。

 ここはお母さんお腹すいたと暴れたいところであるが、母はとうの昔に他界している訳で。


「よし、飯を食おう」


 食材でも買ってくるか……。

 俺は誰にともなく宣言すると、由比紀ごと立ち上がり、彼女を地面に降ろす。


「どこか行くのかしら?」

「飯。食う、外」

「何で片言なのかしら、というか私は同伴していいの?」

「無論。もしくは当然至極、または、なんだろうな」


 一人で食うより二人で食う飯だ。

 ある意味、丁度よかったのかもしれない。

 藍音も由壱も由美もいないのだ。

 一人でぼんやり過ごすより、話し相手がいる方がよろしい。

 と、いうことで俺と由比紀は突如街に繰り出すことにした。






「だがしかし、しかしである。なんか買って作ろうかなとか思ったがやっぱり面倒くさいので外食しよう」





 こんなこと、ないだろうか。

 おし、今日は手の込んだもんでも作るかー……、あ、もうこんな時間だし、適当でいいや、なんて経験。

 うん、よく考えてみるともう十二時過ぎである。

 なのに飯を作れば一時を回ってしまうことだろう。


「よし、何が食いたい?」


 俺は道すがら、隣を歩く由比紀に聞いた。

 しかし、その答えは芳しくないものだった。


「何が食べたいって……、私に聞かれても困るわよ」

「ん? 何か行きたい店とかねーの?」

「基本自炊だったし、こういうのは知らないの」

「あー、ファーストフードとか食ったことないくちか」


 よく考えたらこれはお嬢様だった。

 コンビニ弁当を多用する閻魔のおかげで忘れかけていたが忘れかけていたが由比紀はいいとこのお嬢様と言って差し支えないのだ。

 随分庶民的だが。


「そうね……、その辺りはさっぱりだわ」


 やっぱり。俺は由比紀の言葉に確信する。

 多分由比紀は高級料亭の類しか知らんのだろう。

 しかも、自炊派だから付き合いで行った類の。

 しかし、そうすると、である。


「どこいくか……、やっぱり、いつものところか」


 と、丁度近くにあった行きつけの定食屋に俺達は足を向ける。

 近かっただけあって、定食屋に入るまでに五分とかからなかった。


「いらっしゃいませ」


 暖簾を潜って店内へ。

 注文を出して待つこと数分。


「大変お待たせしました。ハンバーグ定食とAセットになります」


 給仕の女性が俺の前にAセット、由比紀の前にハンバーグ定食を置く。

 そして、どちらともなく、箸を付けた。


「なあ」

「なあに?」


 ふと気になって俺は声を掛ける。


「好きなのか? ハンバーグ」


 由比紀は、頬にソースを付けながら肯いた。


「ほお……」


 なんとなく感心する。

 この点は姉妹だなぁ、と、しみじみ思うのだ。

 しかし、ふと考える。

 このように由比紀と俺は向かい合って飯を食っている。

 それはいい。

 別に悪くないし好ましいとも思う。

 では何に考えさせられ、違和を覚えるのか。

 それは――。

 何故、家に来た?

 気まぐれかもしれない。

 なんとなくかもしれない。

 だが、この子供の姿で来るとは思えないのだ。

 事情を聞いた時、彼女は恥ずかしそうにしていた。

 それを鑑みるに、彼女が気まぐれで来るにしても通常の時に来ると思うのだ。

 小さい姿で来てもからかいのネタが増えるだけなのだから。

 一日で終わるならその方がいいはずだ。

 なのに彼女は今俺の目の前にこうして居る。

 違和感はあるが、答えには届かない。

 そもそも、気にするほどの違和感かもわからんのだ。

 気にしていても仕方がない。

 俺は頭を振って思考に沈んだ意識を現実に引き戻した。


「さて、これが終わったらどうするかね」

「どうするって……、帰らないのかしら?」

「帰っても暇――、つか、お前さん口元にソース付いてんぞ」

「え?」


 口を丸くした由比紀の口元を、備え付けのちり紙で拭ってやる。

 最初は恥ずかしそうに顔をしかめていたが、次第に抵抗は無くなった。


「ほれ。じゃ、どうすっかな……」


 俺は再び、午後からどうするか、と思考の海に沈んで行った。













 結果的に。

 俺と由比紀は気ままに街を歩いていた。

 何を買う訳でもなく、雑貨を見たりしつつ、喋りながら歩いて行く。

 なぜか、由比紀はそわそわと落ち着かない様子を見せていたが、それほど気になる訳でもなく、さして突っ込んだりもしなかった。

 気が付けば、もう日は沈みかけていた。


「ほれ、また付いてる」


 今度はソフトクリームが由比紀の頬についてたので、指ですくう。

 流石に外にちり紙、もといそう、紙ナプキンなどはありはしない訳だ。

 もしかすると、子供状態だと上手く体を動かせないのかもしれない。

 由比紀はやはり恥ずかしそうにしながらも、今度は抵抗せずそれを受けた。


「ねえ、貴方は、誰にでもそういう事をするのかしら?」


 ふと、由比紀が呟いた。

 誰にでも。

 どうだろうか。


「さて、な」


 考える。

 誰にでも、そうではないと思う。

 しかし、その相手が由比紀一人か、と言われると否だ。

 由美が相手でも同じことをやるだろう。

 結局のところ。


「親しい人間に世話を焼くのは、嫌いじゃないってことになるんだろうな」


 すると、由比紀は納得したのか、


「……そう」


 とだけ呟いて肯いた。

 そして、ふわりといきなり俺の目の前に来たかと思うと、彼女は言う。


「今日の貴方は、ずいぶん優しいのね」


 はて、いつもの俺は優しくなかっただろうか、などと見当違いのことを考えて、俺は言う。


「見た目子供だからな」


 すると、由比紀は目を丸くして、意外そうな表情を見せた。


「あら、私の実年齢は貴方なんて足もとにも及ばないのよ?」


 対して俺は笑みを返す。


「目に見えるものがすべてではない、というがね」


 無論、いつもの意地悪な笑みだ。


「目に見えぬものがすべてでもないと思う訳だ、俺は」


 さて参った、何か格好いいことを言おうと思ったのだが、自分でも何を言っているのかわからなくなっていたりする。

 まあ、構うまい。


「要約すると、知ったこっちゃねえ、俺は感じるまま赴くまま生きるんだ?」

「しまらないわね」

「俺にそれを期待しないでほしい」

「そう」


 そうだ、と俺は肯く。

 そして、ふと思いついたことを言葉にした。


「お前さんは、子供になるのが、嫌いみたいだがな」


 そう思ったのは、なんとなくだ。

 先ほどの会話や、小さくなる、と話した時の恥ずかしがり方で、いい印象を持っていないのだろう、と思っただけだ。

 しかし、案外的外れでもなかったらしい。


「そうね」

「何故?」


 疑問に思ったので、そのまま聞いてみる。


「この姿は、私が不完全だと、そのまま喉元に突き付けられてるようなものなのよ?」


 私は美沙希ちゃんとは違う、と彼女はそう言った。

 いつもの彼女とは違う、寂しげな表情。

 だがしかし。


「そもそも完璧な人間の定義から教えてもらおうか」


 よく考えても見ろ。

 閻魔が完璧?

 正気の沙汰じゃない。

 あの生活力皆無、幼児体型、身長が今の由比紀より頭一つも高くない閻魔が?

 閻魔が完璧だなどと言えるのは一部の家庭的な小さい子大好きな方だけだ。

 結論。


「お隣さんの芝は青々してるんだよ。双方ともにな」


 今思い出したが、閻魔も由比紀のことを羨ましがってた気がする。

 なんという色眼鏡姉妹か。


「てかぶっちゃけ、いいんじゃねーの? たまにちっこくなる位。むしろ楽しめよ」


 これが現実世界だったら映画館にも子供料金で入れるな。

 地獄だと年齢証明書がないと無理だが。

 ともかく、ちっこくなった位大した差じゃない。

 すると由比紀は意外そうに目を丸くしていたが、やがてふっと柔らかな笑みを浮かべた。


「……そうね。貴方が、こんな風に構ってくれるなら、この姿も悪くはないかもしれないわね」


 そうかもな、と俺は肯く。

 一つだけ、嘘をついたことを隠しつつ。


「さて、いい時間だし、夕飯の材料買って帰るか」


 俺は由比紀が小さいから優しい訳では、ない。


「お前さんも食ってくだろ?」


 そもそも俺が由比紀をからかうのは、彼女が俺をからかおうとするからで。


「あら、いいの?」


 からかおうとするから俺はそれを撃ち返すのである。


「全然問題なし」


 そして俺があまりからかっていないのは。


「そう、じゃあ――、……いえ」


 彼女に俺をからかう程の余裕がないからだ。


「ごめんなさい、所用を思い出したから、行くわね」


 彼女は、いきなり俺に背を向けると、走り去っていく。

 俺は、今まで感じた違和感が一点に収束するのを感じた。


「なに、やってんだか……、なあ?」












 彼女は、心細かったのではないか?












 薄暗い路地を私は走る。

 何故。

 心に浮かぶ焦燥を必死で押し殺して足を縺れさせないように走る。

 どうしてこうも人がいない。

 例え平日とはいえ浮浪者一人いないのはおかしい。

 もしかして、追い込まれている?

 後を走る追跡者たちはまるで乱れることなく私をぴたりと追ってきていた。

 息が切れる。

 今の私ではただの小娘ほどの力もない。

 冷静な自分は、意地を張った己を嘲笑していた。

 黙って姉の庇護下に入れば良かったのに、と。

 それでも私は意地を張った。

 今更、彼女の元には帰れない、と。

 結果がこれだ。

 名もしれぬテロリストに追われ、窮地に陥っている。

 はたして、一切の力が使えぬ私が今死んだとして、蘇る事ができるのだろうか。

 試したことはない。

 ただ、走る、走る。

 不甲斐ない。

 走りながらもそう思う。

 姉に頼ることを嫌だ、と言ったくせに、結局、一人に耐えきれずに彼の元へと向かったのだ。

 結果的に、彼を危険に晒しただけだった。

 実害が及ぶ前に逃げることはできたが。

 しかし、それもここまでのようだった。


「行き止まり……、よく考えてきたのね」


 五メートル先、そこには家屋の壁。

 その左右は開けている。

 しかし、そこには人の壁。

 その誰もが銃を構え、私に銃口を合わせている。


「それはもう。我々の、悲願ですからな」


 私は諦めたように振り向いた。

 その先には、老人の姿。


「そう、でも私は地獄運営にほとんど関わってないの」


 無駄だ。

 だが、相手はそうは考えていないらしい。


「ですが、貴方を殺せば確実に、閻魔にダメージが与えられる」


 確かに、閻魔にここ地獄で傷を負わせるなど無理だ。

 例え地獄外で殺したとしてもすぐに還ってきてしまう。


「貴方を殺すことができたなら、閻魔への警告となるでしょう」


 なんということか。

 私は悔しげに唇を噛みしめた。

 私は狙われる理由さえ、姉のものなのか。


「貴方が、閻魔のアキレス腱、というわけなのです。そして、一人残らず閻魔の親しい人間を屠っていけば、彼女も、運営を妖怪で動かすなどやめるでしょう」


 なんと下衆な。

 要するに、地獄の運営が妖怪で固められていることが気に入らない、そういうことか。

 妖怪に統治されているのが気に入らない、そう言葉の端々から聞き取れた。

 誰も統治などしていないというに。

 しかし、相手はやる気だ。

 そして、勝敗も決まった。

 私は死ぬ。

 生き返れるかも怪しい。

 だが、

 勝ち誇った顔の相手を私は笑った。


「駄目ね」

「は?」


 怪訝そうに聞き返した老人を、私はもう一度、嘲笑ってやった。


「それじゃ百点はあげられないわ。精々、五十点。そりゃ、彼女は悲しんでくれるかもしれないけど」


 美沙希ちゃんは優しい。


「だけど、閻魔が、あの閻魔が一人殺されたくらいでどうにかなると思ってるの?」


 優しいけど、それ以上に――。


「彼女は、それ以上に、毅然としてる。絶対に、何が起こっても彼女は毅然としてる。貴方が思っている以上に彼女は強い」


 彼女は、目の前の男が思っているような小娘ではない。

 むしろ、この老害などでは及びもつかないような位置に立っているのだ。


「美沙希ちゃんは強いわ。私なんて比べ物にならないくらい」


 私は叫ぶ。


「だから、貴様らごときが美沙希ちゃんを舐めるんじゃないッ!!」


 ああ、楽しい。

 目の前の老人のこめかみに青筋が浮かぶのがわかる。


「ふ、ふふ、気の強いお嬢さんだ」


 愉快、実に愉快だ。

 すっきりした。

 結局、私は私の姉を尊敬していた、ということだろうか。

 まあいい。

 死ぬのだ、わかっている。

 突きつけられる銃口。

 力が込められていく引き金。

 まるでスローモーションのようだった。

 ああ、そう言えば、彼も、笑って死んだと言っていた。

 彼も、こんな気分だったんだろうか。

 そう思って――。



「一寸待った」



 すとん、とまるで間抜けな音。

 私の前に突き刺さったのは錫杖。

 ワンテンポ遅れて、まるで鈴のような音が響き渡り。

 光が宵闇を切り裂いた。


「っ! 何事ですか!? 落ちつきなさい! 隊列を乱すんじゃない!!」


 老人の叫び声など全く聞こえなかった。

 ただ、弾かれたように私は声の方を振り向く。

 未だ光の余韻の残る目で見上げた先には――。


「あ……、あ……」


 黒い翼にいつものよれたスーツ。

 月を背に屋根の上に手を突き、しゃがんでいるようにして私を見下ろしていたのは――。

 私の目が霞むのは、きっと、眩しかったせいじゃない。


「待たせたな」


 そこには――。

 如意ヶ嶽薬師が確かに、居た。


「由比紀」


 私は、安堵と嬉しさで、目から溢れ出る雫を止めることができなかった。


「っ……!! 今っ……、初めて……、名前でっ……」


 涙で霞めた視界で私が捉えたのは、いつものように大胆不敵に笑う、彼の姿だった。













 いつものソファに、俺は転がっていた。

 前にもこのようなことがあった気がする。

 まあ、たまに家族の休みが合わない日もある、ということか。

 ふと、俺はこの間の出来事を思い出した。

 あれは疲れたな。

 心中で独りごちる。

 並みいる足止め達をふっ飛ばし、薙ぎ払い、由比紀の元へ。

 上空から急降下すればんな面倒なことせずともよいと気付いた時には後の祭り。

 ともかく、気が付いた頃には俺は由比紀の元に立っていたわけだ。

 そこから、芋づる式に俺はその時のことを振り返った。

 確か、あの時もこんな風に俺はここのソファで寝ていたのだ。

 それで、今日は限界まで寝ると決めて。

 そして、そんな時、玄関の呼び鈴が――。


「ご機嫌よう」

「今日は呼び鈴鳴らさないのな」


 背後に気配を感じ、俺はソファに座り直すことにした。


「力も戻ったもの。転移くらい、訳ないわ」


 そう言った彼女の表情をうかがい知ることはできんが、多分笑っていることだろう。

 いつもの笑みを、見せているに違いない。


「で、何用だ? 閻魔妹」


 俺が言うと、彼女は答えの代わりにソファに座る俺を後ろから抱きしめた。

 ……要するに用はないということか。

 よくわからんごまかしだ。

 彼女は、俺の耳元でささやく。


「……ねえ、あの夜みたいに、由比紀、って呼んでくださらない……?」


 並の男なら、一撃で悶絶だろう声で、彼女は言った、のだが。

 俺は溜息一つ吐くと、ぞんざいに投げ返した。


「その内な」


 すると、由比紀は俺の首に絡ませた腕を解き、彼女もまた、溜息を吐いた。

 その様もまた、様になっているのだから手に負えん。


「つれないのね……。じゃあ、私は帰ることにするわ」


 何をしに来たんだ、とは聞かない。

 よくわからん神出鬼没が彼女の趣味なら俺に口出しする権利は――、ああ、そういや不法侵入については文句くらいいいか。

 しかも、帰る時はちゃんと玄関からとか、というのはいい。

 ともかく、俺は何も言わなかった。

 一人、玄関に立つ彼女を俺は視線で見送る。


「この間の夜のこと、本当にありがとう」


 玄関から聞こえる声に、俺は苦笑した。

 わざわざ、礼を言いに来たのか。

 しかも、誰もいないときを狙うとは、どうも彼女はあれで恥ずかしがり屋らしい。

 似合わんなぁ……。

 それがいいとも思うのだが。


「それじゃ」


 扉が開かれる音が響く。

 俺は、視線を前に戻すと、後ろにいる由比紀に向かって語りかけた。


「ああ、またな。由比紀」

「っ!!」


 きっと今頃、彼女は耳まで真っ赤なのだろう。










 相も変わらず、平和な毎日である。









 それからというもの、たまに俺の家に銀髪の少女が現れるようになったのは、別の話だ。




―――
今までの出番のなさを取り戻すように由比紀が頑張っています。
幼女化までして、頑張ってますね。
そして「きれいな薬師」が登場
久々に格好いい彼でした。
でもまあ、やっと由比紀の設定も大体出したし、フラグも確定。
これからはちらほらイベントが起こるかと。
というか、これができるまであまり出せなかったんですよね。
姉妹イベントもいまいち起こせなかったし。


というか、長い。
もっとこう、あっさり読めるアンソロジー風味を目指しているのですが、今回ばかりは普通の長さになってしまいました。
次には戻っているでしょうけど。


ちょっとしたことになりますが、メールアカウント作りました。
何か個人的なこととかがあればこちらへもどうぞ。
多分使われないのでしょうが一応。


では、返信。ちなみに、前回の返信は、Ifの李知さん編であります。

月光様

感想ありがとうございます。
では、今頃私は糖尿病ですね。
エロじゃないエロ、というか直接的ではないけど情景や雰囲気のエロが書けたらいいなとか思っています。
というか、色気って奴が出せたらいいかな、と。


SEVEN様

心を天狗にする。天狗の居ぬ間に洗濯。天狗の首を取ったように――。
ここ地獄においては正解が気がしますな。
私は今徹夜明けテンションです。
そして、反応や恥じらいを楽しむのが薬師先生のやり方なのでどうやらまたたびはよろしくなかったようです。


奇々怪々様

我ながらやらかすとは思ってなかったんですがね。
夢枕に李知さんが立ったような立ってないような。
そして猫化と来たら次はロリ化……、げっほん。
では、理性がエマージェンシーどころではなくレッドゾーンに突入するくらい頑張ります。


ヤーサー様

回復おめでとうございます。
やっと由比紀が報われました。ぶっちゃけるとあれなんですけどね。タイミングをつかみ損ねていた、という。
長い間暖められただけあって長くなりましたが。
ただ、未だトータル台詞数では露店少女に勝ててるかどうか……。テンポがいいから無駄に会話多いんですよね。


と、そして二回分の感想なので二回分の返信と行きましょう。
李知さん編で風呂に入れたのは、そうですね、あえて言いませんが、
由美では身長差がキツイ。由壱は更に無理。藍音は李知さんをいじめて遊ぶので李知さんが断る。
後は――、わかりますね?
さて、露店少女編も近いうちに入れたいですね。由比紀のような入れるタイミングを逃す事態にならないよう祈ります。


Eddie様

今回は格好いい薬師も出てきましたが、萌がメインなので、そう言ってくれると嬉しいです。
萌ろ俺の小宇宙、というかなんというか、湧き出す萌えが伝われば、と思っています。
ともあれ、露店少女もちょくちょく出したいと思っております。
ローテーションが大変ですが。








では最後に。

薬師、すごくいいタイミングで出てきたな……。


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