俺と鬼と賽の河原と。
初登場、その三十一。
今に至るまでメインを張った回数初登場時のみ。
「ふ、ふふ……。今日こそ……、今日こそ」
よく考えると暁御よりも不遇。
そろそろ出てきてから二十話に達する彼女の活躍がついに――。
訪れない。
「え?」
由比紀の活躍は一体何時か。
其の五十一 私と俺とあたしと誰か。
あたしにとって如意ヶ嶽薬師は、一体どんな存在なのだろうか。
彼は、変人だ。
ある種、異常と言ってもいいかもしれない。
気まぐれで、自分勝手で。
紳士的。
気まぐれで自分勝手なのは、多分生まれつき。
でも、紳士的なのの一部は、幼少時のトラウマから来るものがあるかもしれない。
程度問題なのだけど、果たして彼は暴力的だった父を反面教師としているのか、それともその影におびえているのかはわからない。
だけど、そんなことは関係ない。
問題は、
彼が女の子に必要以上に優しいことだ。
きっと今頃あたしの知らない場所で誰か女の子に優しくしているのだろう。
そしてその気もないくせに女の子を本気にさせているのだ。
なのに、自分はふらふらと。
その内後ろから刺されても知らないんだから。
「っくしゅ、あー……」
「風邪?」
「さてな、一応健康体だとは信じてるんだが」
休日のある日。
俺は道すがら、偶然にも露店少女と再会を果たしていた。
「で、今日はお客?」
「否」
「じゃあ帰れ」
「だが断る」
「客ではない方の入店はお断りしております」
「ここは天下の往来だ」
「今日から私の物」
「わーい、横暴ー」
「で、何しに来たの?」
「ここに来たのは偶然」
「という事は運命ですね、これは何か買っていかないと」
「だがあえて俺は運命に逆らう」
「……。偶然ならさっさと行ったら?」
「つれないな」
「客以外は釣らない」
「甘いな、俺は客じゃないが準客なんだ。というか客を引きこむのは店員さんの役目」
「目から鱗」
「だから、お前さんは必死で俺を引き止めつつ面白い話をしなければならない」
「いきなり高難易度すぎ」
「壁は高い方がいい。それが最初に超える壁ならな」
「ベルリンの壁崩壊は遠い」
「そんなにか」
「難攻不落すぎ」
「さいですか」
「色んな意味で」
「例えば?」
「鈍ちん」
「どこが?」
「ほら」
「……そうなのか?」
「明らかに。明らか様に」
「そんなにか。あからさま、かつ明らかで、明らか様なほど鈍ちんか」
「うん」
「素直な目で肯かれると辛い」
「それは幸い」
「うるせー、帰るぞー?」
「帰れ帰れー」
「うう、本当に帰ってやる。そしてぼったくられたとかないことないこと言いふらす」
「信じてもらえない。狼少年」
「残念、俺の年四桁代」
「狼……、古代生物?」
「狼なのに古代生物か」
まあいいか、と俺は行くことにした。
これでも人の家に行く途中なのだ。
俺はポケットから一つ林檎を取り出すと、少女の頭に置いた。
「どうやって出したの?」
「企業秘密。ま、もらっとけ」
「いいの?」
「余ってるから構わんよ。土産にするにはちょいと多かった」
「わかった。ありがとう」
「へいへい。そいじゃな」
「またの、ご来店を」
……、はっ、今、悪寒がした。
……。
彼は、必要以上に女の子に優しくする。
そこに下心はない。
というと聞こえはいいかもしれないけれど、種をまいて水をやっても収穫する気がない。
腐らせる気満々、と来たら困ったものだと思う。
あちこち愛想振りまきながら結婚しようとか、その……、ちょっと、人目のある場所ではできないことをしようとか、まったく考えていない。
多分この問題には、彼が古い人間だというのが関係していると思う。
彼の中では結婚は子作りすることと同義であり、更に、恋愛は結婚に直結する。
でも、彼には子作りする気はない。
だから、恋とは無縁だ、と言い切ってしまっている。
なんというか、思考の中に恋とか、愛とかを混ぜてないんじゃないかと思う。
純粋というか、なんというか。
ってか、彼の恋愛ごとに対する精神年齢は、天狗になる前から止まってるんじゃないかな。
いつなったのか知らないけど、恋愛に関してだけは八歳児とか。
いや、八歳児でも恋はするかな。
ただ、どちらにせよ、全く結婚とか恋愛とか考えてないくせに。
愛想だけは振りまくのだ。
きっと今頃あたしの知らないところであたしの知らない人と会っていることだろう。
そして、容赦なく口説き落としているのだ。
「や、お久しぶり」
「お久しぶり、という程でもないですが……、来てくれて嬉しいです」
「そう言ってくれると俺も嬉しいな。玲衣子さん」
「うふふ、それはそれは。では、あがっていただけますか? 今日はおいしいお茶菓子を仕入れたんです」
「ほほう、それはそれは。じゃあ、あがらせていただこう」
俺は、玲衣子に続いて居間へと向かうと、いつも通り机の前に胡坐をかいた。
最近、たまにこのようにして玲衣子の元に遊びに行くことが増えた。
元より気が合うのも原因の一つだが、ここにいるのはとても癒やされる気がする、というか、どこよりも俺の好みに合った落ちついた空間なのが理由だろう。
それに彼女も一人暮らしだし、仕事に出ているようにもみえないのだから、日中は一人なのだろう。
俺がいることに関し、悪くないと思ってくれているようだ。
「おお、そう言えば土産の一つでもと思ってな」
「あら、林檎ですか? おいしそうですね」
「おー、あと一応菓子折りもあるぞ?」
「あらあら。そんなに気を遣わなくても」
「いいんだよ、俺が食いたかったんだから」
「では、お皿に出して持って来ましょう」
「おう」
玲衣子が奥に引っ込み、しばらくして戻ってくる。
「はい、どうぞ」
盆の上に乗っていたのは、有名店の饅頭だ。
「ん、美味いな」
「ええ、本当。でも、せっかくの休日にこんなおばさんと話してていいのかしら?」
「別に構わんと思ってるが?」
「別に、気を遣わないでも」
そう言った玲衣子に、俺は頭を振った。
「俺が来たいんだ、お前さんは来るなって言わない限り、何度でも来る」
「……、あらあら……、まあまあまあ」
また、嫌な予感。
もう首に紐付けておかないと駄目かな……。
あっちへふらふら、こっちへふらふら。
何であたしはあんなのを好きになってしまったのだろうか。
鈍感で朴念仁。
不真面目で適当で。
どこがいいのかわからない。
「うう……、何であんなのを……」
この間もそうだ。
キスしよう、と言ったら一拍置いて「洒落にならないんじゃないか」と言ってくるし。
あたしがあの一言を言うのにどれほどドキドキしたと思っているのだろうか。
罰ゲームの命令権を手に入れて、どうしようかと考えてから、告白とキスを思いついて。
それを実行するのに一月、一月もかかったのに。
言おうとしては失敗して、タイミングが掴めなくて、何度もベッドの中で暴れたり。
それで、事件があったから一念発起して今度こそって思ってたのに薬師は――。
「それは洒落にならんのでは?」
あっさりと、ひらりひらりとかわされる。
まるで風を薙ぐように手ごたえはない。
もうここまで来たら諦めてしまうものなのだろう。
きっと、諦めれば楽になれる。
だけど。
だけど――。
「おはよ、薬師」
「おー。今日も眠いな」
「夜更かしでもしたの?」
「昨日は八時に寝た」
「子供っ?」
「でも眠い」
「ほら、しゃきっとする!」
あたしは今日も彼の隣にいる。
「……あたしが、話し相手になってあげるから!」
そもそもこんなことで諦めるなら。
こんな面倒くさい男好きになってなどいないのだ。
今日の私と彼もまた――、
平和である。
―――
今回は五十話に到達したので一つの節目として現在までのまとめというか薬師の状態というか。
やはりメインヒロインは前さん的な話というか。
ううむ。これから先は異世界とかにも跳びたいですね。
そう言えばいつの間にか夏休みが終わってました。
小説しか書いていた覚えがない。
では返信。
ジギー様
コメントありがとうございます。
きっと薬師の頭の中には夢と希望が――。
……多分、他人をからかう事でいっぱいな気が……。
むしろ人の好意を曲解する能力でも持ってるのでしょうか。
ふぐお様
指摘感謝です。修正しました。
申し訳ない。基本的に無意識にセーブして少女の握力だけど、たまに全力が出てしまう、と書くはずが自己完結。
まったくもって私のミスであります。それも致命的な。
ここでお詫びと訂正を申し上げます。
通りすがり六世様
猫はマタタビを嗅ぐと、まるで立てないかのようにぐでんぐでんと。
つまり、朝起きると全裸で薬師の隣に寝ているのですね。わかります。
腕枕、もしくは抱きしめられながら。
李知さんIfルートは次か、次の次かなぁ……。
ミャーファ様
腕力についてはこちらのミスであります。
上記のとおり、自称少女の由美は無意識に少女程度しか力がないけどたまに本気になってしまう、という設定であります。申し訳ない。
閻魔を介護している、というより閻魔を養育してる感が。
むしろ――、古代生物(閻魔)←飼育 老人(薬師)←介護 孫(由美)かと。
ねこ様
薬師が好意に気付かないのは大宇宙の法則。
きっと、大宇宙の法則をひっくり返すほどの衝撃的な告白じゃないと彼のハートには届かないのですね。
しかし、秋ですか。あれですね、色々なイベント……。
地獄開催ヘルビックスポーツフェスタ、ポロリもあるよですねわかります。首がポロリかもしれませんが。
スマイル殲滅様
天才的な曲解は、情熱的な愛の表現も、献身的な介護に!
由美の風呂場の格好は、関係者(ロリコン)各位様の想像にお任せとして敢えて表現しなかったのですが、とりあえず。
当然、湯にタオルを浸けるのは、いけないことです。そして、それだとバスタオルは邪魔でしょう。これ以上は、いいでしょう。
……藍音は、狙っているのかいないのか。それを避ける薬師が怖い。
SEVEN様
流石家族。薬師との肉体的距離が近いというか、薬師のガードが甘いというか。
一番有利、というか他を寄せ付けないだけで藍音と由美は勝てるんですよね。
一緒に住んでしまった以上、ゆっくり時間を掛けて、多少強引でもキスにまでこぎつければなし崩し的に結婚してくれることでしょう。
メイド服と裸エプロン……、そうか……! メイド服からフォームチェンジ……。脱がせればいいんだ!
見てた人様
感想感謝です。
そしてみごとタイムリーなコメント。
丁度露店少女の所を書き終わったところでこのコメントを見てびっくりしました。
ううむ、また出したいけどこのままでは由比紀が……。
奇々怪々様
なるほどこれできっと如意ヶ岳の天狗が二人ほど臨死体験したのですねわかります。
……とっても迷惑ですね。
薬師の鈍さは像なんて目じゃないです。
そして、後の介護で薬師がエロいマッサージを……。
らいむ様
コメントどうもっす。
そう遠くないうちに、閻魔は涙目になることでしょう。
きっとメニューはピーマンの肉詰めに、いや、薬師の性格の悪さからして――。
ピーマンのピーマン詰めだ、きっとそうだ。
ヤーサー様
藍音はきっと毎年薬師に思い馳せながらナスに箸をさしていたのでしょう。
ちなみに、死んで地獄に来た人は年齢固定です。
地獄で生まれた場合は、精神年齢と、周りの人間の年齢に合わせて成長します。その辺は本編で語られることもあるかと。
今年の夏は今のところ平気ですね、珍しい。では、ヤーサー様もお大事に。
春都様
実は作った牛のせいで薬師が現世に一時的に帰らされる、という話も考えていたのですが。
色々とネタすぎて没になりました。
もう薬師は風呂場の石鹸で転倒、そして死ねばいいんだ。
藍音か由美で悩むなら――、娘に由美、妻、もしくは由美の姉に藍音で……、おっと、これ以上は勘弁してくだせえ。
MSK様
感想どうもです。
チラ裏の方も目を通していただいてるとは、恐悦至極です。
チラ裏も更新したいのですが中々忙しく……。
それと、現在設定とあらすじのようなものを再構成中です。もう少々お待ちください。
Eddie様
いい加減薬師は己のスペックに気付くべきですね。
程々にしておかないと本当に介護にかこつけてお世話と称した愛のスキンシップが始まるでしょう。
そして介護で納得した頃には薬師邸に愛の巣が……。
あと、コメントの方ですが、無理をしていただかずとも大丈夫です。今回も面白かった、とかそれだけでも私にとっては十分な原動力となります。
たまたま通りすがった様
誤字報告ありがとうございます。
わざわざどうもすいません、意外と多いですね、誤字。というか「秋御」。いやはやどれだけ気を付けても誤字が出てしまう私の眼は節穴なようです。
後で修正しておきます。これからはもっと気を付けますね。
では、これからも李知さんの活躍をお楽しみに。
SY様
犯人はヤス……、じゃなくて藍音です。裏設定ですが、由美に色々吹きこんでる模様。
由壱はすでにメイド萌えで味方として、藍音が裸エプロンとかするために、それは普通のことなのだよ、と。
藍音が外堀を埋めようとしているようです。今回は由美に先を越されましたが。
これにより、薬師が「あれ? 俺が時代遅れなだけで裸エプロンって普通なのか?」、となることを狙っているのです。
余談ですが、私はプロどころか自称小説執筆が趣味の人です。いわゆるただの高校一年生ですね、はい。
プロデビューを勧められたのは初めてです。嬉しいものですね。まあ、これからすぐってほどじゃないですけど、いい作品ができれば投稿したいかな、と。
まったく焦ってないし、進路も会社勤めで行こうかと思ってるほどで、とりあえずは俺賽をゆっくりやっていきたいなと思っていますが。
では最後に。
玲衣子、こんなおばさんとは……、ずいぶんとサバを……、あれ?
前にもこんなことあったような。
おっと、客だ、誰だろう。