俺と鬼と賽の河原と。
さて、これで終結となった黒歴史事件だが、そのクロレキシの書をどうしようか、という話が問題に上がった。
ぶっちゃけた話地獄としては消滅させたかったのである。
まるで核のように抑止力にはなるとはいえ、そもそも地獄に敵がいるかと言われればほとんどおらず。
さらに、抑止力で言うのであれば、閻魔一人で十分なのだ。
挙句に、本の形をしている故、一度奪われれば個人で好き放題にされてしまう。
本当に核ミサイルのような代物であれば、個人で扱える類ではないので問題はなかったが、要するに、使い勝手が良すぎたのだ。
地獄とて早々奪われるような警備体制ではない。
が、正直に言えばその筋の者を送り込めば奪えないという訳でもない訳で。
たとえば俺なら、警備に気付かれず持ち出す自信がある。
流石に閻魔と一対一なら全く勝てんが、逃げ回ることに関しては、風を味方につけた天狗が有利と言えよう。
警備とかを風で感知できることに関しての利点は高い。
そして、俺でなくともブライアンを例に挙げたなら、やはり不可能ではないといえる。
こちらは相性の関係上少々苦戦するやもしれんが、警備装置を強引に排除して突撃すれば、閻魔の居所によるが十分勝率が見込める。
と、なるとやはり危険なばかりで問題があるのだが、どうしようか、という話になる。
俺は何となく書の頁を捲ってみるが、何も方策は思いつかない。
というよりは、既に対策は練りに練られ、それで効果なしと判断されたのだ。
そもそも、俺を呼ぶ前に地獄運営が対策を練っている。
まずは書を消す方法。
それが駄目で、次に霊侍を出さない方法。
それで、両方いかんことがわかったから俺に面倒が回ってきたわけである。
そして、その証拠として黒歴史以外の呪文が俺の目にとまった。
「この呪文を唱えると、レクロシキの書が消える、な」
当然駄目だったらしい。
この書、やら世界に影響をもたらした書、など、色々試したが、流石に己を消すような術はさせなかったらしい。
もしくは、矛盾が起きるのか。
書があるから書を消滅させることができる。
書を消滅させると書を消滅させることができない。
要するに、消滅させる第一段階で、停止してしまう、ということか。
他には、霊侍を消滅させる魔術もあった。
「む、これは駄目だったのか?」
俺は閻魔に質問する。
すると、こんな感じだった、という説明を受けた。
「一応酒呑童子が襲われた時に発動されたのですが……」
『なんだ、これは……。俺が消滅する……?』
『どうやら、これで終わったみたいだな。やれやれ、帰って酒が飲みたいぜ』
『ぐ、くそ……。俺は負けられない、帰りを待つあの子のためにも……』
『おい、大丈夫なのか?』
『俺に全てを託したあの天狗の為にも負けられないんだぁあああああああッ!!』
で、復活した、と。
要するに、書の中で厨二が打ち勝ってしまった、と。
書は必要以上に著者の意図を再現する傾向にあるからな。
絶対無敵存在厨二様、と、通常の消滅魔術、競った結果は厨二に軍配が上がった、と。
もしも消滅魔術にもっと長ったらしくそれらしい手順があれば優先順位が違ったのかもしれないが、要はそれだけ厨二に込められた思いが強かった訳だ。
厨二恐るべし。
ある種、俺がとった行動が最も正しかったのかもしれない、などと考えながら、俺はふと一つ思い当った。
「ちょいと筆の一つでもくれんかね」
「どうするんですか?
言いながらも閻魔はペンを渡してくれた。
「なに、ちょっとした思いつきだ」
そして、渡された筆で、俺は表紙をめくって筆を付ける。
この書は、書いた人間の想いの影響を多分に受ける。
故に、俺が書かねばならない。
俺が書いてこそ、意味があるのだ。
朝いきなり巻き込まれ。
とても煩い厨二節を聞かされ。
解決を丸投げされた俺は――。
万感の思いをこめてこう記した。
コノ本、嘘八百ニツキ現実ニ影響スルコト無シ。
其の四十八 疲れた俺と罰ゲーム。
その後俺は、閻魔の幼児体型が治る魔術を試行し、効果がないのを確認して言った。
「うし、大丈夫だ。この俺の万感の思いを込めたからあっさりと使われることはないだろう」
「先ほど試された術に少々疑問があるのですが、ちょっといいですか?」
「まあ、俺の想いを超えてこれは本当、と書かれれば仕方がない訳だが、適当な次元に放り込めば後は解決だろう」
「あの、聞いてます?」
「それでいいのかという疑問があるやもしれんが、宇宙辺りに放れば誰も見つけられんさ。それに、よっぽど魔術に特化した次元じゃないとあれの真価はわからん」
「こっちを向いてください!」
「それに安全装置もあるから、精々黒歴史ノートとして打ち捨てられるのが落ちだ。だから、精々高強度の鎖でぐるぐる巻きにしてセメント辺りで固めて放ってしまえばいい」
「後で覚えておいてくださいよ!!」
と、まあ閻魔の話を完全放置で話はまとまり。
結果、本は派手に固めて広大な空間に放り込むことで確定。
そして、議題はこの紫色のスライムをどうするか、となった。
「どうしような……」
「どうしようもないな……」
服が破けたままの酒呑が腕を組んで肯いた。
結局、書を封じても蠢く紫色は消えていない。
それはもう現実に出してしまったものには効果がなかったのか。
もしくは法則が乱れ書から切り離されたのか。
どちらにせよ、書の力を使って消滅、という案も出ていたのだが、却下された。
既に脅威ではない今、ちょっと強いスライムから無為に命を奪う必要はないだろう、と。
それに、どんな術を使ってもこれが消滅する様を俺は思い浮かべられん。
当然消滅の術は弱くなり、スライムが蘇る可能性は高い。
結局考えた結果わかったことと言えば厨二最強、この一言。
「って、ことで俺ぁ帰るわ」
よし、丸投げしよう!
「帰んなよ、俺をこのメタリックパープルスライムと一緒にしないでくれ!」
酒呑が俺を引きとめるが、無視した。
正直ここから先は俺には関係ない話である。
唯でさえ事件解決に巻き込まれたのだ。
もうさぼってもいいころである。
と、言う訳で俺はさっさと研究所を後にした。
はずだったのだが。
「なぜいる」
「地獄において俺の知り合いはお前の他にいないだけでなくこれでも俺はお前に信頼を置いている最後の最後であのようになってしまったがあれは俺の不手際であり逆に俺を犯罪者にしないようにするための配慮を感じた違うかいや違わないお前にはこのような体にされてしまったが全く恨みはない」
なぜか、紫色のスライムが俺の隣を蠢いていた。
「恨んでいない、という件については素直に喜んで置くがね。さっきからお前のせいで人が寄ってこない挙句に目立ってしゃあない」
ああ、陽光を照らしてお前が眩しいよ。
直視できない。
「俺は一応無罪放免になった。が、地獄に関しては全く知識がないから、お前について行くんだよ」
まったく、足の速いスライムである。
あれ、足? 足ってどこだ?
「案内しろ、と」
「その通り」
「だが断る」
俺は帰って寝たいのだ。
と、二人、いや二人?
一人と見た感じ風呂一杯分が道を歩く、歩くというか片方は蠢く、そんなとき。
道の向こうから見知ったロリがやってきていた。
「あれ、薬師?」
「前さんではないか、どうしたんだ?」
向こうからやってきた見知ったロリ、もとい前さんはこちらを見て無事だったんだ、と一息ついた。
「む? どういうこった?」
無事、何の話か、と聞いた俺に、前さんは言う。
「いや、実は鬼とか妖怪の皆は外に出ないように外出禁止令が布かれてたんだけどね、さっき解けたんだ。それで薬師んち行ったらいないっていうから」
なるほど、確かに当然と言える。
鬼が出歩いてたら霊侍が飛びかかってくるものな。
普通に出歩けたのなんぞ解決を任せられた俺くらいか。
だが、とりあえず事件は片付いたわけで、俺は笑って前さんに示した。
「もう心配ないさね。一応解決したはず、……か?」
前さんを安心させようと言ったのだが、そこでふと俺は右下を見る。
「どうかしたのか薬師」
この語りかけてくる輝き透き通った紫色の液体が残っている今、解決、した、のか?
と、前さんがそこで俺の視線に気づいたらしい。
「何、これ」
微妙な表情で指をさしたくなる気持ちもわからないではないが。
とりあえずお約束として人に指を指すものではない、と注意してから、事の顛末を軽く説明することにした。
「とりあえず、コイツの名は、スライム・ザ・霊侍だ。いや、霊侍・ザ・スライムでもいいか」
「おい、俺の名前は――、なに?」
「お前さんはもう咲神霊侍じゃないんだよ。だから思い出せなかったし、発声できなかった。つーこってお前は霊侍ザ☆スライムだ」
かくかくしかじかの末に前さんは俺にこう言った。
「事件解決に巻き込まれる星の元にでも生まれて来たの?」
ふふふ、何も言い返せない。
ここに来て年内での事件解決率が異常だ。
「これは名探偵を名乗るしかないか。見た目は大人。頭脳は老人、体は骨董」
なんかどうしようもなく使えなさそうだな。
ってか、老人を軽く超えているか、俺の場合。
すると、前さんが一歩引いた。
「探偵の行く先々に事件って起こるよね」
その通りであるが傷つくぞ。
「心は硝子とか付け加えるぞ」
「嘘だ。チタン合金かも」
「軽くて硬いな」
「決めゼリフはどうするの?」
「じっちゃんはいつも一人」
「寂しいね」
と、まあ俺達が名探偵談義に花を咲かせていると。
いきなりスライムが横やりを入れた。
「おい……、貴様……!! もしやこの少女と、二股、だと……!?」
最後の方は掠れて聞き取れず。
何やら震えるスライム。
これが肩を震わせる、と同義なら怒りを湛えてる、となるのか?
ともあれ、次の言葉ではっきりした。
「許さんっ!!」
瞬間、スライムの色が金に変わる。
そして、飛びかかってきた。
「轟滅龍開斬―ドラゴンブレイク―!!」
俺はドラゴンじゃありません。
という事で俺は後ろに飛んで力の奔流を避け、とりあえず逃げることにした。
「前さん、逃げるぞ!」
「え? あ、え!?」
現在のスライムなら、前に比べて互角以上の戦いに持ち込むことができる。
だがしかし、相手の所謂ヒットポイントは無限。
いっそバグってると言っていい。
そんなの相手にしてられるか。
俺は戸惑う前さんの手を握ると、全速力で駆け抜けた。
何故、あのスライムは怒っていたのやら。
と、肩で息をしながら考えてみたが、すぐに考えは捨てることにした。
無駄無駄無駄である。
厨二病スライム様の考えることなぞ俺には解らぬ。
と、思考を捨てて見渡してみると、どうやら河原だ。
いつものところに辿り着いてしまった、と。
だが、そこに人は無い。
当然ではある。
鬼に先ほどまで外出禁止令が出ていたのだから出てきている方がおかしいというものだ。
要するに仕事は休み。
故に、
「さて、帰ろうか、あ?」
などと言って俺は歩き出そうとしたのだが。
なぜか、俺のスーツの裾は、前さんに掴まれていた。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
「んー、なんだ?」
と、そこで先ほどクロレキシの書の話をしていたがため、妙な邪推をしてしまったのは俺の失敗だ。
「クロレキシの書は使えんぞ。胸を大きく、とかな」
ひゅん、と、金棒が俺の命を掠めたのは、想像に難くなかった。
「だ、れ、が! 胸の話をしたぁ!!」
ぶんぶんと振り回される金棒。
それをひょいひょいと避けて行くのにも慣れたものである。
「怒るよ!?」
「もう怒ってるっつの」
「それに、薬師はあたしに逆らえないんだからね!!」
「何故に」
「罰ゲーム!」
「あ」
そう言えばそんな話もあった。
大分前にしたゲームで俺は賭けに負けた。
忘却の海に捨てたはずだったのだが、あ、と言ってしまった以上は肯定したことになる。
「無理難題押し付けるよ!?」
「そいつは勘弁」
縦に横にと縦横無尽に宙を薙ぐ金棒をかわしながら俺が言ってからしばらく金棒は振り続けられ。
やっと落ちついた前さんが金棒を下ろした。
「ふぅ……」
「落ち着いたか?」
「うん」
そして、金棒を仕舞うと、前さんは首を傾げた。
「そう言えば、薬師って金棒当たったことないよね。タネでもあるの?」
確かに当然の疑問だ。
李知さんの金棒も含めて異常な速度で縦横無尽に振られるものである。
常人なら百回死んでなおおつりが来る。
「未来予知だ」
俺はにやりと笑って言った。
対して前さんは俺をジト目で見つめてくる。
「嘘くさい」
まったくもって信用がない。
おお、かわいそうな俺、と大きく反応を取ってから、俺は言った。
「まあ、ちょっとした手品だな。そうだな、疑問を解決する助けとしては、多分天狗になる前でも一応避けれたんでないかね」
すると、前さんは頭を抱えて、わからないことを表現した。
「うー……、わかんない」
「そうあっさり気づかれたら立つ瀬がねーよ。で、罰ゲームはどうすんだ? ここで使うのか?」
前さんは俺の言葉に顎に手を当てて考え込む。
「んー、そうしようと思うんだけどね」
そんな前さんに、俺は先ほどの会話を思い出して釘を刺した。
「俺にできる範囲なら何でもするがね」
流石にできないことをできるという気はしない。
前さんの望みなら多少無理してもいいとは思うがね。
と、そこで俺は前さんの爆弾発言に絶句することになる。
「キス、しよっか」
いわゆる、接吻。
思わず口をついて出た言葉がこれだ。
「それは洒落にならんのでは?」
はたして何が洒落になってならないのかは俺には判断がつかんが。
すると、前さんは軽く笑って見せた。
「冗談、流石にね」
苦笑しながら真っ赤になっている前さん。
前さんよ、そいつは自爆だ。
そして、ゆっくり数秒待って、落ち着いたのか、前さんが切り出す。
「出かけよっか、二人で」
どんな命令が来るかと思えば、思ったより普通で俺は拍子抜けしてしまった。
「いいのか? そんなんで」
前さんは肯く。
「うん、今日はあたしの命令は何でも聞くこと。ってことで、できるだけ遠くがいいかな」
「遠くっつっても、どっか行きたいところでも?」
「うーん……。海は行ったしなぁ。次は山かな」
そう言ってタクシーを呼ぶか、と呟いた前さんを、俺は抱きかかえた。
「え? あ、なに?」
「いや、なんもないだろうが山でいいのか?」
前さんは肯いた。
「了解」
俺は翼を出すと、宙に舞い上がった。
「ねえ」
「なんだ?」
何か、と聞いた俺に、前さんは問う。
「そう言えば全然羽ばたいてないけど、なんで飛べるの?」
なるほど、その通り。
ほとんど俺の羽は羽ばたいていない。
という事で俺はぶっちゃけてみることにした。
「実は、羽がなくても飛べる」
実際天狗は法力やらで飛ぶのだ。
烏天狗はまた別だが。
「じゃあ、なんか得でもあんの?」
「人々の反応が変わる」
「たとえば?」
「俺を見た時の反応が、人が飛んでるー、から、うわー天狗だー、くらいには」
なるほど、と前さんは肯いた。
昔は羽なしでも良かったのだが近代に近づくにつれ反応が薄くなっていくのだ。
天狗の想像の移り変わりと言うかなんというか。
これで鼻が長ければよかったのだが、そうでもなし。
高下駄だけじゃ最近の若者には天狗と気付いてもらえない訳で。
閑話休題。
程なくして、俺と前さんは山へと降り立った。
ちなみに、中腹である。
頂上に着陸するのは外道、というのは俺の勝手な思い込みだろうか。
ともあれ、俺と前さんは頂上を目指し歩いて行くわけである。
「そう言えば、薬師って法螺貝持ってんの?」
どうやらあれらしい、道中、さっきの話から派生して、俺の天狗話に花を咲かせようというらしい。
「法螺、法螺なあ……、一応あるけどな。いや、ない?」
俺は思わず悩む。
言ったら微妙な顔をされること間違いなしの法螺ならあるのだ。
と、そんな俺の悩みを素知らぬ顔して前さんは言う。
「どっち」
冷やかに見られるとちょっといたたまれなくなるのでやめてほしいのだが、と俺は実際に見せてみることにした。
すると前さんはそれを見て――、
「えー……」
やはり微妙な顔をされるわけである。
仕方がない、と俺はその法螺のスイッチを押してみるわけだ。
「ほら、響き渡る法螺の音」
俺の法螺貝。
いわゆるボイスレコーダーである。
「レコーダーに録音されてもなー……」
「最近法螺の数が減少してるんだぞ? 環境問題」
その言葉に納得したのかしないのか。
前さんは次の質問をした。
「じゃあ、剣か刀は?」
なるほど、修験道に思いつく道具を上げているのか。
修験十六道具、一応持ってはいるが使った覚えが殆ど無い気がする……。
考えても仕方ないのでスーツのポケットから刀を取り出した。
「ちなみに俺のポケットは笈になってる」
ちなみに笈というのはよく修験者が背負ってる箱だ。
読みは『おい』。
定義を変えただけでどこぞの猫型のカラクリのような状況にできなくもない訳だ。
と、そこで俺は刀を抜いて見せた。
「ちなみに刃は付いていない!」
胸を張って言ってみた俺に、やはり微妙な顔をされた。
「意味あるの?」
いやはや我ながら夢がない天狗というかなんというか。
かといって刃のない刀が俺にとって意味があるか、というと答えにくく。
当然返答は曖昧なものになる。
「ある。多分」
余談だが、現在如意ヶ嶽で流行ってるのは長い野太刀だ。
普通の人間じゃ振り回せない長さでも天狗なら振り回せて有利になり得るのである。
なんて予備知識をおもいだしつつ、俺は昔を振り返った。
「昔はなー……、名刀って奴を使ってたんだけどな。国宝級を五本錆びさせて六本折った時点で藍音が鈍らしかくれなくなった」
残念な話である。
正直前線で百人斬りするには全然弱かったんだよ、と藍音に言ったら阿呆ですか、と返された過去がある。
「えー……」
はっはっは、そんな目で見られると傷つく。
いや、だってなあ?
刀の手入れって意外と面倒くさ、げふんげふん。
忙しくて手入れもままならず。
「そもそもなぁ……、天狗の力なら角材でも首が飛ばせるんだからな。よく切れて繊細なやつより斬れなくても丈夫で適当に振り回せるほうが便利なんだよ」
刃なんてあって無きようなものというか。
おかげさんで全く剣術は上手くないぜ!
正直、錫杖でも振り回してる分には変わらないしな。
鈍器でも物が斬れる、というか引き千切れる人には刃なんて無意味さ。
昔は高下駄で首飛ばしたりしてたんだからもう刀なんて飾りです。
偉い人にはそれが――、そう言えば俺が偉い人だった。
と、一人脳内で漫才を繰り広げ、呟く。
「多分、これから使われることはないんじゃねーかな……」
いたたまれない空気が、辺りを包みこんだ。
「なんか、残念な天狗だね……」
「うるせーやい、ふさふさなあれを顔にぶつけるぞ?」
俺は懐からよく修験者が肩から垂らす六つのふさふさな玉を取り出し。
六波羅蜜を指す霊験あらたかなそれを前さんの顔に押し付ける。
手を振り回す前さんを華麗に避け、俺はフサを前さんの至近距離で動かした。
「わ、わわ、ちょっとこちょばしい、あ、あ、耳はだめっ」
おお、楽しい。
もっさもっさもっさもっさとしていると、遂に前さんが怒る。
「んっ、あ、ちょっと……!!」
強引に俺の手からフサを奪い取ると、肩を怒らせてこちらを見上げて来たのだ。
「もう! 耳は弱いって言ってるでしょ!?」
そう言って全身で怒りを表現しながらも前さんは歩いて行く。
だが、その手にあるふさふさを握って返そうとはしないところを見るに。
気に入ったのか? それ。
結局、俺は六連結のフサを返してもらえないまま登頂に成功した。
「月並みだけど、いい景色だね」
「そうさな」
山頂からは三丁目が一望でき、当然河原も見ることができる。
俺は一しきり感慨にふけった後、切り出した。
「それで、次はどうする? お嬢様」
すると、前さんはしばらく考えていたが、ふと、首を横に振った。
「もういいかな」
「もういいって……、まだ山にしか言ってないが?」
俺の言葉に、前さんは苦笑い。
「うん、何も考えてなかったからねー」
「じゃあ、何で山?」
「気分かな?」
そう言って前さんはあははと笑った。
「ま、お前さんがそう言うなら俺にどうこう言う権利はないんだが」
「でもまだ罰ゲームは有効だよ? そうだなぁ、せっかく人気のない山まで来たんだから人前ではできない恥ずかしいことしようか」
その言葉に、何が来るのかと、俺の背筋に悪寒が走る。
そして、無情にも前さんは口を開いた。
「愛の告白、なんてどう?」
……そう来たか。
「確かに罰ゲームとしては定番だな」
「でも、人目がある所じゃできないでしょ?」
「最初から狙ってたのか?」
「そうかもね」
そうやってにやにやと笑う前さんを見た限り、山に来たのも先ほどの会話もここに至るまでの伏線だったらしい。
やられた、そう思って頭を抱えてみるがもう遅い。
「心がこもって無かったらやり直しだからね?」
更に釘まで刺されてしまった。
退路は無し。
突撃するしかない。
とは言ったものの、実を言うと告白なぞしたこともない俺である。
「愛の告白、ねぇ? 愛してるー、とかか」
前さんは肯いた。
「うん、でもそれなりに考えてね」
難易度更に上昇。
俺の手にはもう負えない気がするんだが。
「うーむ……」
顎に手を当て、定番と思われる台詞を頭から探し出す。
そうだなぁ……。
「世界で一番愛しています?」
「心がこもってない、何で疑問形?」
残念、取りつく島もなかった。
仕方ない、次。
どうにか頭の中から言葉を捻りだしていく。
「俺の為に味噌汁を作ってくれないか。……いや自分で作るわ」
考えてみれば前さんが家事できるという話を聞いたことがないため、最後の一言が追加されてしまった。
当然結果は、
「没」
俺はその方面からっきしだというに手厳しい。
ふむ、そう言えば酒呑や鬼兵衛辺りはどうたったのであろうな。
いっそ聞いておけばよかったかも知れない。
そう考えるが、後の祭り。
誰がこの状況を予想できたものか。
「えーあー、貴方のその後ろ姿を見たその瞬間から私の心はすでに奪われており、以下略」
「略したから没」
まったくもって手厳しい。
結果として、俺は愛の言葉をささやきながら下山することとなった訳である。
「あーもう」
結局麓に至るまで前さんの満足する言葉は出ず、俺は頭を乱暴に掻いた。
「もうギブアップ?」
そう言って笑う前さんに俺は一言。
「……愛してるよ」
「へ? ……あ、あ、あ。う、うん……」
「ほら、これでいいか?」
「……今までで一番気持ちは籠ってたかもね……」
はて、前さんは何を耳まで真っ赤にして怒っているのだろうか。
今日も今日とて俺は平和に生きている。
―――
とりあえず。
もう、お前ら結婚しろよ。
と、まあ、そんな話は置いておいて。
最近二日ごとに更新のはずが三日になってたり。
まあ、自分で適当に決めた目安なんですが。
どうにもモチベーションうんぬんよりも思ったより長くなるお話のせいですね。
さらっと読めるよう5kbを目指しているつもりなのですが。
今回なんてスライムなんて冒頭で終わるはずが……。
分量が予測できていないのは私の脳内で考えられる物語が映像風味なのがいけないのか。
まあ、最近続きものが多かったせいもあるのでしょうが。
前さんの話の前に、黒歴史の書の設定をほとんど公開してみました。
ぶっちゃけギャグだし細々説明するのも、と思って前回前々回では語らなかった部分なのですが、結構な疑問が寄せられたため、多分これで設定は吐きだせたかな?
一応補足として設定まる写し。
レクロシキの書
魔術師の家系が数十代で作った。
効果は書かれたものの具現化。
ちなみに書く媒体は問わない。
ただし、言葉だけ、絵だけで書き記す場合必ず空白の情報ができてしまうため、書いた者の想像や意図によって補っている。
そのため、術者の想念に依存するところが大きい。
実質世界の法則を書き換え得る物ではあるが、原則として余り派手なことはできない。
例えば、手を振れば火が生み出せる、等はあまりにも世界の発動件数が多すぎるため、書が出力不足に陥る。
また、どちらかと言えば術を作ることより人や物を作ることに特化している。
これは前述の通り、発動件数が多ければ多いほど術の出力が下がるから。
それと、全く想像できないことはできないことが多い。
余りにも不明瞭な部分が多すぎて書が補完しきれなくなるためである。
対処法はなきに等しいが、それでもそれ以上書けなくすることはできる。
書き換えられた法則は書の力によって書き換えられたまま維持される。
要するに書き換えた世界の法則の維持を行うにあたって書の力を使うのだから、書の力を超えるほど世界の法則を書き合えれば維持だけで精一杯、書き換えに力が回らない、という状況を作り出せる。
要するに、すごくどうでもいいことを書きまくればよし。
ただし、膨大な力が籠っているためよっぽどな大魔術でなければ天文学的数字の術を作成しなければならないため、一生を掛けてもままならない。
このこともあって、作り出してしまえばあとは放置の人間や物を作る方が利点は多い。
ただし、やはり霊侍等の技には維持する力が掛かる。
ちなみに、力が使われていくにつれページが増えなくなる。
と、書くとまっとうな書に聞こえるから困る。
ちなみに、霊侍君が消滅の魔法が効かなかったのは、消滅魔法への対策が初期から想定されていたためです。
要するに、黒歴史を書いた本人の脳内では、魔王辺りに消滅させられかける展開が用意してあり、それを経てパワーアップするような予定をしていた、と。
で、結果としては込められた想いのせめぎ合いになり、その場凌ぎの急ごしらえで書いたものより、若さゆえの過ちで書かれた黒歴史が勝った、という訳です。
まあ、ここで書くと言い訳じみててあれですが、レクロシキについてはこれが全貌です。
ここまで書いておきながら扱いがただのギャグだったおかげでほとんど無駄。
深く考えずに楽しんでいただければ前回前々回、今回共に問題ないと思われます。
では返信。
マイマイ様
それは……。
恋です!!
いや、黒歴史に恋したら困りますが。
私は台詞を読み返すと肺が痛くなって吐き気に襲われます。
アクアス様
コメントどうもです。
どう考えても絆創膏じゃ足りないです。
ギプスで全身固めましょう。
そして海に放り込むんです。岩を抱かせて。
ヤーサー様
酒呑は今回までボロボロサービスシーン満載で災難続きです。
それと、閻魔様がヤンデレたら、きっと地獄全体消去して二人の世界が構成されること間違いなしかと。
ヤンデレが権力や強さを持っていると碌なことにならない例ですね。
ヒロイン勢でメイドと閻魔が目立っていることについては同意します、がきっと巻き返しも大番狂わせもあるでしょう。暁御についてはノーコメで。
黒茶色様
ここでまさかの狸なんていかがでしょう。
とても立派な物が……、すいません吐きそうなんでちょっとお手洗いに行ってきてもいいですか。
どうにもうちの主人公が不能なせいでまともなエロがありませんな。
九尾の狐尻尾をもさもさしたいと思う今日この頃でした。
キヨイ様
感想感謝であります。
ある種、霊侍君のスライムは、黒歴史小説の終焉を表しているのかもしれません。
設定の矛盾が物語を破綻させるに至るほどのカオスがメタリックパープルスライムに。
今度はスライムも含めて野球拳ですねわかります。
ねこ様
いやはや、まさにそんな感じと言うか、厨二と呼ばれるシロモノほどかなり微妙なバランスで成り立っておるのです。
殆ど劇物にも似た反則臭さやらですから一歩間違えればよっぽど取扱いに注意しなければ上手く機能しませんよねー。
っていつの間に私は黒歴史厨二を風刺する話を書いていたのだろう。
そして酒呑のあれを開放したら厨二に打ち勝っても世界が滅ぶきが。
シヴァやん様
惚れ魔法程度ではきっと、しかし、薬師には効果がないようだ。
となるので落ち着いてクロレキシの書に、薬師は何々が好き、と書き加えましょう。きっと無理です。
薬師が己に惚れている姿を想像しなければならないとは現実は厳しい。
やはりどう考えても薬使ってベッドに縛ってことに及んだ方が確実簡単でしょう。由美が。
ガトー様
これほど厨二に緊張を強いられたのはきっと薬師が初めてでしょう。
と、まあそれは良しとして、シュレディンガーの猫の思考実験は別に猫じゃなくてもよかったろうと。
そんなアレな例えじゃなくてももっと穏便に言葉にできなかったものか。
そしてメタリックパープル霊侍THE☆スライムは野郎鬼と同列のサブレギュラーに、なるのか?
あも様
厨二を維持するには相当の労力が必要だった、という事ですね。
そして維持することをやめたとき妙なカオスが。
最近鬼っ娘出てきませんでしたからね。
最近出た分に関しては暁御に分があったようですが、暁御がいつまで持つか。というか次出るのはいつか。
奇々怪々様
読者も私も共倒れする日が近いようです。
じりじりと削られていく精神に我々がどれほど耐えられるのか。
そして今回で完全に終了となります。そしてスライムが厨二をました件については否定できませんね。
法則を書き換えて生み出された生き物なのに法則から外れてる、まさに厨二。しかしメタリックパープル、たまに金色の触手は嫌だな……。
f_s様
コメントありがとうございます。
まあ落ち付いて、地獄に行く前に準備しましょう。
まずは性欲をブレイク。次に山に。そして天狗になります。
後は、ちょっとした悪事を働くといいでしょう、他人から借りたボールペンのインクをなくして返したり。きっと程よく説教してくれます。
ミャーファ様
酒呑はお色気担当として立派に務めを――、
果たさないで欲しかった……。
残念ながら今回もお色気Maxだそうです。
薬師はきっと目を逸らすことしきり。
SY様
はたから見るとどう考えても薬師って爛れてますよね。
実を見ると手を出すどころの話じゃないのに。
スライムはこの薬師の現状に何を思うのか。
そして酒呑が今回虎パンじゃなかったことに感謝。虎の腰巻程度では激しい戦闘には……。
SEVEN様
鎮まれ、俺の右手っ!!
思わず私の右手がバックスペースとデリートのキーに伸びて抑えるのが大変でした。
たまに、寝る前に黒歴史を思い出して布団の中であーっ、ってなるのは私だけではないはず。
物語などでパソコン画面を見て洗脳されるような話はたまにありますが、パソコン画面を見て厨二で発狂するのはなかなかないケースかと。
キシリ様
一応その件については今回のお話で説明させていただきました。
厨二主人公には死角がない、という制作者の意図が働いてるため消滅魔術は競合が起きるようです。
と、まあこんな感じですね、ただ、書いてて言い訳臭くなるのが問題でありませう。
まあ、あれこれ言っても所詮コメディなのでなんとなく楽しんでいただければ幸いです。
通りすがり六世様
私も読者様にも、物語の人物にもダメージが。
まさに誰得。
青、赤、銀、肌色でパステルカラーかつメタリック風味なスライムが完成。
きっと、陽光が照らして綺麗でしょう。
Eddie様
スライムと言っても一口に舐めてはいけませぬ。
初期のスライムはあらゆる攻撃が効かず、しかも触れると溶かされてしまう。
対処法はどうにか凍らせておくだけ、というパニック映画に出る代物だったのです。
まあ、レクロシキで解決しようとすればできるのですが、既に設定破綻につき、ってか両親がいたかも定かじゃない格好ですんで復讐とか忘れてますしね。
そこまでして殺す必要まではないかな、ってかてっとり早く諦めよう、という話で落ち着いたようです。悪用されたら永遠なブリザードは危険ですしね。
00113514様
一度書かれてしまった以上は消しゴムで消されても形跡が残ってしまいます。
更に塗りつぶしてもその下側には古いインクという形で残ってしまうので、基本的には通用しません。
書いてる本人が書いてる途中で止めたなら効果がありますが、一度発動してしまえば消去不能に。
もしかしたら専用の消しゴムが転がってるかも知れませんが。それもペンとか関係なく、レクロシキのページを白くする方向の奴が。
多分、書きすぎると止まる設定になってるので魔術師たちが用意はしていた可能性は高いかと。
蛇若様
全盛期の神に匹敵する力は失われてしまいましたが、高位の人外に食い込むメタリックパープルスライムさんです。
普通のドラゴンならあっさりと包み殺してくれるでしょう。
やはり反転したAかXを呼んで消滅してもらうしか。
そして期待のままにシュールなキャラが完成してしまいました。もうやだ、こんなのしか作れない自分が憎い。
では最後に。
霊侍・ザ・スライムとスライム・ザ・霊侍、どっちがいいかな。