俺と鬼と賽の河原と。
「ふふふ、ここで待ってれば、薬師がやってきて――」
河原へと続く道。
そこに由比紀は立っていた。
「ようやく、私の出番、なのね」
だがしかし。
「えっ!? 今日は休み!?」
今回の話は、予想を裏切って、全く由比紀が絡まぬ話である。
其の四十五 俺と貴方と賽の河原と。
そう、それは手紙だった。
どこからどう見ても手紙だった。
果てしなく、手紙だった。
どれほど手紙なのかというと、完璧に手紙であった。
四角い角。長方形の封筒。
涼やかな便箋、ペンで書かれた優しげな文字。
非の打ちどころのない、手紙。
いや、しつこいよな。
まあ、要するに、手紙が挟まってたわけだ。
郵便受けに。
そして、その中身には、こう書かれていた。
『来い
玲衣子』
いや、ないな。
流石にあれだな。
ここまで色眼鏡の司令っぽい手紙ではなかったが。
要するに、こういうことだ。
もう少し詳しく言うなら、遊びに来ませんか? お茶菓子を用意してお待ちしております。
という事である。
時候の挨拶から始まり、近況報告含め、結構な分量であったが、まとめるなら、家に来ないか、と聞かれている訳だ。
で、おあつらえ向きに俺は今日は休み。
丁度暇しているところであった。
「行ってくっかなー……」
誰もいない空間に、呟く。
答えは返ってこなかった。
当然である。
しかし、誰に言われずとも、答えは決まっていた。
暇なのは好かん。
そう言うことである。
「あら。来てくださったんですね」
「おう、邪魔する」
「邪魔するならお引き取りください」
「了解した」
……。
「気が合いそうだな」
「うふふ、そうですね」
俺の周りには何故か冗談が通じない奴、というよりは突っ込み気質が多い。
このように、軽いノリで話せる相手は貴重である。
「では、上がってください」
今度は言われるがままに敷居を跨ぐ。
そしてそのまま奥に案内され、俺は長机の前に座った。
「それでは、お茶を注いできますね」
そう言って歩いて行く彼女を俺は視線で見送った。
それにしても、落ち着く屋敷である。
畳を作る藺草の香りが、俺を安心させてくれた。
そんな風にまったりくつろいでいると、やがて玲衣子が戻ってくる。
「どうぞ」
盆に乗った湯のみが差し出された。
「すまんね」
言って、俺はそれを受け取る。
その後、玲衣子も席に着いた。
それを確認して俺は、疑問に思っていたことを率直に聞いてみることにする。
「そういや、いきなりなんだ?」
玲衣子は、意味が解らなかったのか、聞き返してきた。
「いきなり、とはなんでしょう?」
「唐突に手紙が送られてきて、唐突に遊びに来ませんか? と来たら、これをいきなりと言わずして、なんと言う?」
茶飲み友達としては中々の逸材であるが、残念ながらそれにしたって俺達が知り合ったのはついこないだである。
今日が二度目の邂逅。
要するに、俺は何らかの目的があると踏んだ訳だ。
いや、理由と言い換えてもいいが。
すると、玲衣子はあけすけに言った。
「興味がある、と言うのはどうかしら?」
「興味がある、ねえ?」
そんなに俺が秘密主義であるとは思えんが……。
「例えば、貴方は何で地獄にいるのでしょう」
「いや、死んだからだろ」
と、まあ、どうしようもないことを言ってみたが、そうではないらしい。
ああ、大体言いたいことはわかった。
「大天狗が死ぬ。というのはとても不思議な事」
微笑んで言う玲衣子。
どうやら、本当にただの興味、というか陥れる類の打算ではないらしい。
「まあ、確かに不思議な話ではある」
俺は一つ肯いた。
別に、これは俺が死んだときの状況を言っているのではない。
例え大天狗とて、不意を衝かれりゃざっくりだし、斬られりゃ血が出る。
が。
ぶっちゃけよう。
大天狗は死なない。
というか、一定以上の力を持つ妖怪なら全てに適用される一言だ。
死なず。
「私はもう、それが気になって気になって」
例えば、天狗になる、という事は本質的には風になる、ということだ。
まあ、不純物その他のせいで個体としての形をとるが。
言うなれば、天狗は風であり、風は天狗なのだ。
鬼もそうだ。
人らしさを捨てたために、地獄の霊体たる本質に近づいた姿。
そして、同じように、鬼の最高位に立つ酒呑は、例え脳を潰されても、死なない。
別に、その場で再生するという訳でもないが。
「それで、なぜ俺がここにいるかだが――」
要するに、天狗と風の関係は相互を補完する形である。
天狗とは風であり、何らかの方法で風が全て破壊、ないし消失しても、天狗がいる限り風が吹く。
そして、大天狗が死んだ際には、風が吹く限り、大天狗は再びこの世に生まれ落ちる。
両方同時に殺さねば殺せぬ、というのがこの関係であり、蜥蜴の尻尾切りでありながら、尻尾も再生する。
そう言う安全機構、というか、世界の法則を守るための防衛手段である。
そして、その法則に俺を当てはめるなら、即復活、とは言わないが、長ければ百年ほどの時を掛けて俺は再生されるはずだった。
が、むざむざ再生させる気もなかったので、風へと還り、魂は溶けて消えるはずであった。
どちらにせよ、地獄にはいられん。
では、なぜ俺はここにいるのか。
それは――。
「俺にもわからん」
流石に玲衣子も驚いたか、目を瞬かせている。
「いやはや、我ながらオカルトだな。もしかすると大天狗扱いされてないのやもしれんが」
大天狗は死なない。
これはある種常識である。
知っているのは、大天狗やら、かなり高い位の妖怪だが。
ぶっちゃけると、その常識があるから、大天狗如意ヶ嶽薬師坊の地獄での発見が遅れたのだ。
普通なら、偽名ですらない名前で地獄に来た時点でばれている。
それが、最近までばれなかったのは、やはりこの常識のおかげ。
俺は続けた。
「確かにおかしい。どれほどおかしいかと言われると、あんぱんの中身がこしあんでなくて、つぶあんである並におかしい」
玲衣子が肯いた。
彼女もこしあん派なのかも知れない。
「しかし、俺はつぶあんも好きなのでどうでもいい」
玲衣子は、少々の間目を瞬かせたままだったが、すぐにいつもの笑みを取り戻した。
「うふふ、確かに、そうかも知れませんね。貴方は確かにここにいる」
うんうん。
納得してくれたらしい。
他の人間なら突っ込まれていたが。
「さて、納得していただけたところで――。次はお前さんがお話ししようか」
俺が言うと、今度こそ彼女は目を丸くした。
「は、私……?」
「俺が応えたのだから次はお前さんだ。さあ、自己紹介でも、人生の概要でも辛い過去でも恥ずかしい歴史でも身長体重年齢でも可だ」
俺と言う生き物は、あまり一方的に何かされることを好かない。
いわゆる、やられたらやり返せ。こっちが語ったのならそちらも語りやしょうぜ。
すると、玲衣子は心底無邪気かつ不思議そうに聞いた。
「何故?」
その言葉に、俺は思うままに告げた。
「お前さんは俺に興味があると言ったが、俺はお前さんに興味がないとは言っていない」
「……あらあら」
「貴方に興味があるのであるよ、玲衣子さん」
俺の言葉に、玲衣子はというと、一瞬固まった。
果たして、何故であるかは俺にもわからん。
「っ、うふふ、困っちゃうわ」
しかし、笑顔を取り戻した玲衣子は、それをごまかすかのように、色々なことを語り、俺はその違和感を忘れた。
結局、俺のことを語り、玲衣子のことを聞く、を俺は長いこと繰り返したのである。
ちなみにだが、どうやら彼女は俺より年上らしい。
胸囲まで教えてくれたのだが、初めて来た時と変わらず、考えの読めない人間である。
なるほど今日も、平和である。
今日彼を呼んだのは、半分が興味本位である。
あの堅物、李知が惚れた男性。
興味がない訳がなかった。
うふふ、これをネタにいじらないでいい道理がありません。
そして、もう半分。
彼は李知に相応しいか。
もしくは、彼はいい人間であるか。
結果は、芳しくはない、と言えよう。
なるほど、いい人間、いや、天狗である。
それは、話を聞いただけで分かっていたこと。
美沙希ちゃんだけでなく、由比紀も、恋とまではいかずともなんとなく気に入っているだけはある。
だがしかし。
いい人間であることと、女性を幸せにできるかは、違う。
女性を幸せにできる安全牌、と言えば、鬼兵衛さんであろう。
基本人を想うことを芯におき、家族のためなら信念を曲げられるタイプだ。
別に、薬師さんとて、人として鬼兵衛さんに劣る訳では、ない。
身の周りが平和であることを是とし、人を想うことができる。
だが。
己の在り方を曲げない。
これである。
しかも、悪い方向で、だ。
彼は、自分を勘定に入れない類。
自分の命一つで人が救えるなら安い、そう考えている類だ。
そのあり方は尊いが、到底女を幸せにできはしない。
判る。
判ってしまう。
何故なら、私がそうであったから。
彼は、私がそうなったように、一度危機が訪れれば、自らを砕いて家族を守るだろう。
女に、私にしてみれば、全て捨てて私と逃げて欲しかった。
ああ、親子とはよく言ったものだろう。
李知が私と同じタイプを好きになるとは。
彼は、本当にあの人に似ている。
飄々とした態度。
それが時に艱難辛苦を吹き飛ばす烈風になることを私は知っている。
優しいそよ風のようなあり方。
それが時に、人を守るため嵐となることを私は知っている。
子供のように、少年のように己を語った、奔放な風のようなあり方。
それが時に、老成した、喜びを運ぶ風となることを、私は、知っている。
本当に、似ている。
あの人の姿が、一瞬彼に重なるほどに。
『貴方に、興味があるのですよ、玲衣子さん』
「貴方に興味があるのであるよ、玲衣子さん」
思わず、息が詰まりそうになった。
そして、彼が帰り際に残した台詞。
『また、来てもいいですかね』
「また、来てもいいかね」
「……え?」
『駄目、ですか?』
「いかんのか?」
「……いいえ、歓迎します」
似ているが故に、気を付けねばならない。
李知を、私と同じには、できない。
幸い、彼はこれからもたまに来てくれるようだ。
……教育しようかしら。
まずは――、性教育……?
―――
皆さんの期待を裏切る兄二です。
己の予想さえ裏切って人妻編、ってか未亡人編。
フラグのレベル1が立ったようです。
そして、性教育フラグががががが。
更に、大天狗は死なないとか、伏線と見せかけてそうでもない設定までオープン。
ぶっちゃけ、如意ヶ嶽薬師なんて名前で地獄にきたら一瞬でばれるよね、という話。
それと、先代大天狗の話に繋がらなくもないかな。
では返信。
へたれ様
え……、暁御……、誰……、あーあーあーあー!
暁御ですね、いえ、忘れてませんよ。
覚えてましたとも。ヒロイン内に入ってなかったのは、わざとで――。
余計に悪い気が。
春都様
今回は、悪い意味で、思い出ができました。
ちなみに、思い出のルビ、もしくは副音声はトラウマで確定。
事あるごとに、局部を露出しようとするあれは、どうにかならないでしょうか。
きっと捕まっても権力ですぐ出てきてしまうのでしょうが。
SEVEN様
大丈夫です。
大丈夫なんですっ、今回は何もありませんでしたはい。
つつがなく海の行事は終了し、一同平和に帰りました。
これが真実です……!!
Eddie様
筋☆肉☆専☆門のクラーケン。
これが鬼兵衛最大のモテ期である。
いやはや、藍音さんと閻魔が人気ですね。
このままではツートップが。
シヴァやん様
それは、あれですか。
暁御ですか、それともお色気担当ですか。
あのお色気担当は一切自重する気がないようです。
少年漫画誌におけるラブコメのパンチラ率並にポロリしていくらしいです。……屍姫でいいよ……。
ねこ様
鬼嫁は、番外でしょうね。
流石にあの状況で出したら更に収集がつかなく。
とりあえず、鬼と天狗でビーチバレーをすればそれは普通じゃないことに。
ですが――、何より私はボールに敬意を送りたい。色んな意味で。
ヤーサー様
作者にもダメージが大きかったです。
きっと、リアルでツートップお色気ゾーンに入り込んだら悶絶死でしょう。
そして、今回は玲衣子さんを落としにかかっております。玲衣子さんには母性本能をくすぐりに行けば――、いらぬ心配ですな。
閻魔妹は、いつの日か名前を呼ばれることを夢見てます。心の中ではちゃんと名前呼びなのになぁ。
スマイル殲滅様
これが、現実の壁……。
駄目だ、直視できそうにありません。
現実逃避を続けます。
それと、藍音さんならすかさず前に飛び出て、スカートが捲れる、とかやってくれそうです。
ロコリン様
コメ、どうもです。
いやはや、まあ、海編の前編で皆さん一抹の不安を覚えていたようなのですが。
期待を裏切ったのだか期待通りなのかわからない兄二です。
でも大丈夫、この世界に触手など珍しくない!! まだ触手は終わっちゃいない!!
悠真様
あのイカタコに性別があるのかわかりませんが――。
きっとがちむちやらないか。
と、どうでもいいことは置いておいて。ポイ捨てはいけませんね。海は綺麗に。公害を放置してしまったようです。
ちなみに、麗華さんの出演予定は未定です。ぶっちゃけるとやることが多すぎて首がががががが。どうせやることなんてフラグ立てなんですけどね。
最後に。
由比紀と、暁御で同盟が組めそうだ。