俺と鬼と賽の河原と。
「一つ積んでは母のため」
「二つ積んでは父のため」
「三つ積んでは――」
「砂で城作って楽しい?」
其の四十三 俺と海と夏の地獄と。
そう、それはいつも通りの一日だった。
俺は自宅のソファに座りながら。
由美はだらけまくった俺の隣に座り。
由壱は床に胡坐をかいてテレビを。
そして何故か藍音が台所で皿洗いをしている、いつもの日常。
何らいつもと変わらんそんな朝。
俺は不意に呟いた。
「そうだ。海に行こう」
「いきなりなんですか」
藍音が突っ込みはしたものの、実際反対票もなく。
俺達は海に行くこととなった。
ともあれ、決めてからは早かった。
「夏だっ、海だっ! 水着だぁあああぁぁっぁああああっ!!」
いい日差しに、青い海。
地獄故に人口の海であるが、本物さながらのその光景は、人にある書の感慨を抱かせるのに十分であった。
「ほら、ほらほら、海だぜ!?」
ただし。
先ほどからはしゃいでるのが筋骨隆々胸毛増量期間中の酒呑童子でなければ。
とりあえず落ちつけ。
恥ずかしいから。
というかこいつ茨木はどうしたんだ。
何を一人ビーチを楽しみに来てるんだよ。
「あ、薬師さん、今回は招いていただいてありがとうございます」
そんな馬鹿を余所に、礼儀正しくぺこりと頭を下げたのは、閻魔である。
そして――。
「薬師ー! 準備できたよ!!」
水着姿で駆け寄る鬼っ娘勢。
それを俺は横目で見て、閻魔に促した。
「お前さんも着替えてこい、どうせだから楽しもうじゃないか」
そう、ぶっちゃけると――、とても大所帯になっているのである。
何故か? 呼んだからだ。
当然である。
風が吹けば桶屋が儲かるほどには道理――、いや、関係ないか。
とりあえず、前さんに電話を掛けた訳だ。
そこから話は広まり、李知も連れて行っていいかな? の一言で李知さんが来ることが決定。
そして、李知さんが、閻魔様も誘ったらいいんじゃないか? とのことで閻魔に電話。
仕事どうなんだろうな、と思ったが。
『すいません、少々仕事、が――? はいもしもし、お電話代わりました部下の麗華と申します、はい連れてってやってください』
いきなり代わる電話口の声。
思わず戸惑ったが、とりあえず確認作業。
「いいのか?」
すると、即答で帰ってきたわけである。
『はい! 今すぐにでも、早いとここの有休を消化しない閻魔をどうにかしてください。海ならどっかのビーチを貸し切りにしますので、閻魔権限で』
「はあ……、そう言うことなら、お借りする」
『はい、くれぐれも、くれぐれもお願いします。このワーカーホリックを一刻も早く仕事から遠ざけてください!!』
「あ、ああ……」
それで迎えに行ったら、その麗華さんとやらに――。
「え? お……、ワーカーホリックから恋愛ジャンキーか……、閻魔様も隅に置けない」
とか言われたがとりあえず黙殺しておいた。
で、まあこれだけの人員が集まった訳だが――。
鬼兵衛と酒呑?
勝手についてきた。
というか酒呑が聞きつけて、鬼兵衛を拉致ってきたようだ。
ちなみにじゃら男は、そこな砂浜で鈴と砂の城を作っている。
微笑ましい限りだ。
そんな中、鬼兵衛は俺に聞いた。
「ところで――、暁御はどうしたのかな?」
っ!!
――ッ……。
「あ、ああ、暁御なー? おー、そうだなー別に忘れてたわけじゃなくて少し思い出せなかっただけというか、べ、べ、べ、別にまだまだ夏もこれからさ」
「忘れてたんだね……」
「まあ落ちつけ。マリーアントワネット曰く。パンがないなら指をしゃぶってればいいんだよ愚民どもが」
「言ってないよ!? そんなの言ってないよ!?」
「要するに、いないなら呼べばいいじゃない?」
「マリーさん関係ないよね!?」
「アントワネットマリーさんはこうとも言った。一見無関係に見える所に真実があると」
「そんな哲学者みたいな言葉残してないよねマリーさんは! そしてアントワネットマリーって誰かな?」
ともあれ、電話である。
この世には携帯電話なる便利道具があるのだ。
しかし、この場合携帯念話……? まあいいか。
ともあれ、電話を掛ける。
『もしもし』
「よう、暁御か。いや、今海にいるんだが、交通費はどうにかしてやるから、今から来んかね」
すると、俺の耳には、残念そうな声が聞こえてきた。
『ごめんなさい……、今日は仕事が……』
それでいくつか話をし、携帯を切る。
俺は鬼兵衛に向き直ると、聖人君子のようなさわやかさで笑った。
「そう、俺は忘れていたから呼ばなかったんじゃない。これないだろうから呼ばなかったんだ! って鬼兵衛お前担当だろうに、何で知らないんだ?」
当然の疑問であるが、目の前の青鬼は悪びれることなく、普通に答える。
「ちょっと用事があってね。休みを取ってたおかげで分からないんだ。予定より一日早く帰ってこれたからここにいるんだけど」
その言葉に、担当の予定くらい把握しとけ、という感想と同時に河原は変動が激しいからな、と納得し、結局は不要な思考であると、とっとと考えを捨てた。
そんなことより、海である。
せっかく家族の思い出づくりとして来たのだ。
藍音を含めた、二人の娘と、弟の為に。
そう、よく考えると年中虎柄パンツの男達に付き合ってる場合などではない。
そう考えて、俺は後ろでわいわいと騒がしい集団をみや――。
「何を貴様は女子に混ざってきゃーきゃー騒いどるんだ」
縮こまるように女子にまぎれ、甲高い声ではしゃぐ、酒呑童子。
地獄の、鬼における最高権力者。
最高権力者。
最高権力者。
「何すんだ薬師、俺は若い女子達と楽しい楽しいお話をぼらっしゃんっ!!」
そんな巨体で筋骨隆々な野郎がいい訳をしようとした瞬間、気が付けば俺の拳は唸りを上げた後だった。
「そも本来の女子より貴様の方が姦しいとは何事だ、いや話さなくていい、可及的速やかに死ね」
俺の拳が、唸る、唸る。
唸るっ!!
「ぼべっ、おま、やくし、殺す気で、打って、ないか?」
「無論」
「なん、で」
俺に首根っこを掴まれて殴られている酒呑の問いに、俺はしれっと答えた。
「そりゃあれだろ。登山家だってなんでって聞かれたらそこに山があるからって答える」
「それ、関係、な、ごがっ」
と、そこで俺は阿呆を落とす。
そして、女性陣を改めて――。
改めて考えると女性陣多いな。
生前もそうだったろうか――、そうだな、疎遠な大天狗は居たが大天狗は野郎ばかりだったし、山、山か――、と俺は過去に思い馳せ。
山での友人が、思い浮かばない。
俺そう言えば、山じゃ俺友人少ない方……、だったのか?
不意に巻き起こる危機感。
いやいやいやいや、落ち着け、そんなことを考えている場合ではない。
俺は頭を振ると、今度こそ女性陣の元へと歩いて行く。
そんな中、最も早く俺に声を掛けたのは前さんだった。
「あ、薬師、どうかな」
若干照れながらも言って見せた前さんのその姿に、
俺が思わず言葉を失ったのは、許してほしい。
「良くも悪くも。見事な選択だな」
褒めてるんだか褒めてないんだか分らんが、これ以外に出てこない。
なんというか、前さんが選んだのは要するに……、ああ、ビキニという奴である。
そしてそれは、健康的ながらも白い肌とも相まって――、つるぺただが、似合っている。
似合っているが、
虎柄だとは思わなんだ。
「それって、褒めてるの?」
「答えは限りなく肯定に近いな。突っ込みどころはあるが、この上なく相応しい姿ではある」
その筋の人に見せれば、卒倒することであろう。
「そ、そうかな?」
と、その時。
俺の背の向こうから、閻魔の声が聞こえてきた。
着替えて来たのだろう。
俺はそちらを振り向き、思わず吹いた。
「すいません、遅れま――」
「ぶはっ」
「どうしました?」
思わず噴き出した俺を、怪訝そうに見る閻魔。
問おう、なぜ貴女は――。
スクール水着であるか。
彼女を包む紺の生地。
胸に貼られた初染の文字。
まごうことなくそれは――、
スクール水着であった。
そして、俺は、ある種の予感、虫の知らせのようなものを覚えて、すごい勢いで振り返る。
この流れはっ――!!
視線は、李知さんへ。
そして、えてして悪い予感ほど、的中する物である。
「なんで――、競泳水着やねん」
李知さんの選んだ水着は、黒の競泳水着。
しかも洒落たものなどではなく、学校の指定に使われるような地味なものだ。
なんなんだ。
閻魔一族は少数派向けなのか。
と、そんな中、次は耳元で、ぞわりとする声が響く。
「……少し、いいかしら?」
この声――、由比紀か。
「なんだ」
すると、怨念の籠った声で、彼女は言った。
言ってしまった。
誰もが気付いていない、俺だけの知る事実を……!!
「……なんで私は呼ばれてないのかしら」
ふっ、忘れてた。
「……、閻魔妹の携帯番号しらねーし」
「今の間は?」
「気のせいだ、英語で言うならウッドフェアリー」
「……」
そして、由比紀が黙ったのを確認して、後ろを振り向き。
口が、円を描くことになる。
「……ブルータス、お前さんもなのか」
驚愕よりも呆れが飛び出した。
まさにスクール水着。
しかも、閻魔より、いや、閻魔とは比べてはならんほどの胸が存在しているから狂気であり凶器である。
そんな由比紀は、閻魔とは違い、若干頬を赤くしながら羞恥を示した。
「……くっ、時間もなかったからこれしかなかったのよ……」
「そうか。ってかなんでスク水か聞かせてもらおうか」
すると、由比紀はうつむきながら答える。
「玲衣子よ、昔は、騙されていたの」
玲衣子……、李知さんの母親の仕業か。
やりそうな気がするが、閻魔と由比紀の一応娘に当たるはずなのに母親ポジションに付いているとは。
げに恐ろしきは玲衣子の業、か。
うんうんと頷いて納得する俺。
そこに割り込んだのは、李知さんだった。
「その……、薬師、変か?」
そのように、恥ずかしそうに聞いてきたものだから、肯くことなど不可能であり。
「いや、変じゃない。ばっちり似合ってる」
似合ってる、似合ってるけどな?
どんな集団だよ。
着物の俺に虎柄ビキニのロリに、競泳水着の黒髪美人にスクール水着の閻魔に、同じくスク水の銀髪の麗人に、メイド服藍音、筋骨隆々鬼二人。
狙ってる層はどこだ。
「そ、そうか……!?」
「ああ……、似合ってる似合ってる」
「そうか、あ、ありがとう。でも、なんか疲れてないか?」
「はしゃぎ過ぎたのかもな」
酒呑が。
「そ、そうか! だったら、あの辺で休んでるといい、後で飲み物でも貰ってくる」
そのように言ってきた李知さんを俺がやんわり断り、その集団から背を向け、
「他見てくる」
そのように、歩き出した俺の背に、一つ声が掛かる。
前さんだ。
「そう言えば、何で薬師は水着じゃないの?」
俺はそちらを振り向かずに、呟いた。
「俺は今まで――、誰にも言わなかったんだが」
ごくり、とどこかから喉を鳴らす音が響く。
今までにない真面目な俺の口調に、全員が黙って俺の次の言葉を待った。
そんな彼女らの要望に、俺は答える。
俺が、水着を着ない理由。
「俺――、海より山派なんだ」
「って、それは先に言えっ!」
前さん達のもとを後にした俺は、金棒で殴られた頭をさすりながら、砂浜を歩いていた。
そして、その少し右後ろを歩くのは、藍音。
「そう言えば、お前さんも水着じゃないな」
そう、彼女はこの熱い砂浜で表情一つ変えずいつものメイド服を着ている。
「……私は貴方が山派なのを知っていましたので」
だからってわざわざ俺に合わせることもなかろうに。
涼しい顔で言いきった彼女に、俺は苦笑した。
だが、そこで彼女の話は終わっていなかったらしい。
藍音が、首元に手を伸ばし、
「ですが、下に水着は着用済みです」
すとん、と音を立てて、メイド服が、落ちた。
……。
思わず焦って茫然としてしまったが、なるほど、確かに水着である。
翡翠色のビキニであった。
まったく抜け目のない従者だ。
そして、彼女は、俺にそれを見せた後、足くびにあったメイド服を再び、着用し直す。
「着直すのか?」
「はい。貴方に見せたので、十分です」
そんなもんなのか?
乙女心という奴は、千年生きて尚、俺には理解できんらしい。
「でも、ホワイトブリムは外さんのな」
「貴方のメイドですから」
さて――。
夏の海とやらを楽しもうじゃないか。
――
一応。
前編です。
夏です。
私も夏休みに入りました。
そして、今回は夏の代名詞、というか夏っぽいイベントとして海にやってまいりました。
暁御については、前回出たので、という事で合掌。
そして、書いててなんか藍音贔屓じゃね? と思ったあなた。
私も予期せぬ事態です。
単に、長くなったから途中で前編として切ったのですが、うっかり藍音のところで切れたという。
本当はただの何でもない会話イベントだったのにいったん終わらせるためにこんな流れに――。
くそっ、天運を手繰り寄せてやがるっ!
暁御に謝れっ。
さて、返信と相成ります。
SEVEN様
前回の地の文はやってくれました。
私の言いたいことを全て突っ込んでくれた、という。
言いたいことを突っ込んで、満足したので――。
スクール水着と合法ロリについて、考えることにします。
シヴァやん様
私も暁御の切なさには同情を禁じえません。
そして、薬師の鬼畜はとどまるところを知らず。
きっと現世でもあんなフラグやこんなフラグをっ!!
あの朴念仁に夜這いが通じるのかどうか……。寂しいのかとか言われてしまうという試練を乗り越えればあるいは――!!
政樹様
感想感謝であります。
ROM専の方すら思わず応援させてしまう暁御の切なさに、合掌。
さあ、暁御の出番は来るのでしょうか。
それと、ついでですが、各感想右下についてるフォームに投稿時入れたパスワードを入れて、編集にチェック入れて実行を押せば編集できますよ、と一応。
春都様
暁御は不憫な子。今回も出てこれませんでしたしね。
ちなみに、前回の文体は地の文が多くて量の割にあまり場面が展開してないという弱点があるのですよ。
一応五キロバイトを基準にして出来るだけそれに近づくようにしているので、あれで書くと中々きつい。今回既に五キロバイトとか軽く逝っちゃってるんですけどね。
そして、壺八ネタがわかってくれる人がいて安心しました。
悠真様
暁御は他のメンバーより一歩進んでいる、はずなのに、薬師という巨大な存在にしてみればその一歩など違いにならぬ、という。
流石の朴念仁っぷりを見せてくれました。
そして貴方が好きです、と言っても、そうか、嬉しい、で終わる薬師クオリティが拝めそうな。
これはもうアクションにでるしか。
奇々怪々様
私も、書いてて暁御ってこんなんだっけ、って思いだしながら――。
いや、書いてませんよ? そんな忘れるわけ、あははははは。
閻魔様のせいですね。
では私は思いが通じることを、先日掛かってきた生んだ覚えもない見知らぬ息子の電話程度に信じておきませう。
ねこ様
若本風ナレーション、あれはいいものです。
久々の暁御でしたが、その内ステルス機能を覚えるに違いない。
居たのか、最初からいましたで始まること請負ですね。
と、まあ今回は夏らしく海に来ました、暁御はいないけど。
ふいご様
やはり千年は伊達じゃないようです。
これは結婚から始めて恋を育むしか。
外敵からの攻撃に無敵な要塞には内側から攻めるほかないようです。
これは、権力振りかざして無理矢理結婚するフラグ……?
ヤーサー様
暁御は私の予期せぬ方向に進化を遂げたようです。
百五十のストレートボールでも薬師なら、薬師なら軽々と打ち返しかねないっ……!!
魔球クラスじゃないと薬師には通用しませんね。
そしてじゃら男はあほです、現状周りが見えてないというか、あほだから追っかけてるものしか見えないんです、暁御だけど。
Eddie様
コメントありがとうございます。
暁御は、報われませんでした。
それと、壺八、というのはとある居酒屋の名前で、ちなみに壺はひらがなです。それで、好きです壺八、というCMが――。
これはなんという羞恥プレイ。
楽天様
賭けごとになると鼻がとがった人になるようです。
咲よりアカギ派な私は同年代において異端者です。
と、まあそれは置いておいて。
人口幼女褄、と書いてローゼンメイデ……、いえ、失言でした。
最後に。
海と来たら、巨大烏賊もしくは蛸による触手プレイですよね! 次回にこうご期待!!