俺と鬼と賽の河原と。
一つ積んでは彼のため。
二つ積んでは彼のため。
想い人のため少女は紙を積み上げていく。
この紙は少女の想い。
たった一人の男に届け、響けとつづられたそれは、幾千の恋文に匹敵するだろう。
河原に散乱するほど積み上げられた紙を見て、俺は声を掛けてみることにする。
「お鈴さんや。何やら真剣な顔で書き綴っておられるが、何を悩んでるのかお兄さんに話していただけんかね」
其の四十一 俺と無関係などっかの問題と幕間的な何か。
と、まあ、昼下がりの河原で一人メモ帳と睨みあう鈴に俺は話しかけたわけだ。
すると、突き返されたメモ帳にはこう書かれていた。
『さいきん、たけるの元気がない』
ちなみに漢字が一か所使われているのはひとえに俺の教育のおかげである。
いい傾向だ。
そして、それを見た俺は、大体の事情を察した。
「なるほど。じゃら男があんにゅい風味だから元気づけようと言葉を考えている、と。ところであんにゅいってどういう意味だろうな。憂鬱っぽい感じで使ってるけど」
『あんにゅいについてはしらないけど、たけるについてはそう』
それに対し、俺はなるほどと頷いて見せる。
「そんで、いい言葉が思いつかない、と。まあ、それはそうさな」
元気出せ、と言われて元気が出れば苦労しない。
「しかしなぁ……、何でじゃら男が憂鬱か、知ってるか?」
ところが、鈴は首を横に振った。
そいつはどうしたものか。
考えて、鈴が今まで試したことがあるというので聞いてみることにした。
「じゃあ、今まで何を試してみた?」
ある日は、食事を豪華にし。
『おいしい?』
「ん、ああ……」
「どうやら本格的に元気がないらしいな」
『そう』
ある日は花を飾ってみたり。
『花、かってみた』
「ああ……、綺麗だな」
「こいつは重傷だ」
『わたしもこんなのは初めて』
ある日はマッサージしてみたり。
『気もちいい?』
「ああ、もういい、大分楽んなった」
「大分行動が派手になってるのにもかかわらずこれとは……」
『こまる』
ある日は一緒に寝てみたり。
「なんで、一緒の布団に入ってんだおい」
『なんででしょう』
「なんか日増しに大胆になってないか?」
『そう?』
ある日は、風呂に乱入し。
「な、おま、鈴何しに来たんだよ?」
『せなか、流す』
「あ、い、いや、一人で流せるっつの!」
「おい」
思わず、突っ込んでしまった。
『なに? せんせい』
「いや、風呂場に突撃はいかんと思うぞ先生は」
『つつしみ、もった。ちゃんとタオルもまいたし』
「そういう問題じゃないと思うが――、まあいいか。過ぎ去った事はどうでもいい」
それよりもここまでされといてアレなじゃら男の憂鬱具合だ。
どうやら見事に重傷だ。
だが、そこまで重傷だというのなら――。
「多分、ほっときゃ治るんじゃねーかな。思うに、そこまで重傷となると期間的なものだろ」
今までじゃら男の身に事件があった訳ではない。
それは俺も聞いちゃいないし、一番、というか四六時中一緒にいる鈴が解らん時点で何か衝撃的なことがあったからへこんでいるわけではないだろう。
と、すると、毎年この時期だけは鬱になる、という方向が自然と思い浮かんで来る訳だ。
たとえば、人との別れがあった日や、何か昔に衝撃的な事件があった日。
そんなのが近づいてるから憂鬱になっている。
その線を疑わざるを得ない。
そして、その線であるならば、その当日を過ぎれば徐々に回復するはずである。
だが。
突き返されたメモを見ずとも、凛の顔にはその思いが如実に表れていた。
「わかってる。それでも笑わせてやりたいんだろ?」
少女は、肯いた。
「そうか。だったら先生がいくらか悪知恵を仕込んでやろう」
そう言って俺は、一つ笑うと講義を開始したのだった。
そして、もうこれは運命、いや。
縁という奴なのであろう。
俺とじゃら男が共に昼飯を食っているのは。
「それで、何の用だ?」
そう言って俺が見たじゃら男には、特に憂鬱そうな雰囲気は感じられなかった。
だがしかし。
「いや別にたまには一緒に飯を食おうと思っただけだぜ? センセイ」
そう言って笑うじゃら男に、俺は違和を覚えた。
まったく、見え透いた空元気、か。
「嘘を吐くなよ。今にも悩み満載で聞いてくださいって顔してんぞ?」
鈴から話を聞いてなければそうかい、で終わるところだったが、残念ながら今回は話は別。
すると、じゃら男は面食らった顔をしてから、次第に話し始めた。
「センセイには、敵わねえなぁ。じゃあ、ちょっと聞いてくれよ」
面倒臭くなっていたが、やっぱやめた、ってのも面倒くさいのでとりあえず聞いてみることにする。
「そろそろ、俺の誕生日なんだ」
そのようにして、じゃら男はこの言葉を話の序文とした。
誕生日、ね。
通常は祝いの日だが。
「まあ、普通なら嬉しいんだろうけどよ。ああ、そう言えば言ってなかったっけか。俺、捨て子なんだ」
「ほぉー、で?」
「ほお、って……、まあいいか、そっちの方が話しやすいしな」
じゃら男のは話しを続けようとするが、俺はそれを遮った。
「読めた。奇しくも、いや、皮肉にも捨てられた日が、誕生日だってんだろ?」
重々しくもなく、俺の言葉にじゃら男は肯いた。
「だが、それで悩んでるって訳でもないんだろう?」
その鬱状態は毎年同じ期間に襲うものだし、悩み、という訳でもない。
言うなれば持病であり、風邪や、突発的な病気ではないのだ。
その持病は一生もので、それなりに付き合っていくほかないのだ。
それを今更云々どうの言ったってどうしようもない。
その通りであったのか、じゃら男はまた肯く。
「そうだよ」
「じゃあ、何を悩んどるんだ」
大体予想はつくが、あえて俺は聞く。
じゃら男は、しばらくだんまりを決め込んでいたが、やっと考えが纏まったか、ついに口を開く。
「鈴、だ」
やはり、なぁ。
「俺がこの状態に入ってから、鈴は元気づけようとしてくれてる、それはわかってる」
わかってたのか。
まったくもって意外だが。
一瞬貴様にだけは言われたくない、と頭によぎったが、じゃら男の言葉は続く。
「でも俺は――」
途切れた言葉は俺が引き継いだ。
「不甲斐ないってんだろ?」
じゃら男は一瞬目を丸くして、肯いた。
そんなそいつに、俺は溜息一つ。
「放っとけ」
俺の言葉にじゃら男は面食らった様子を見せる。
当然ではあるか。
「鈴がしたくてしてるんだ、つか、鈴がお前を元気づけなきゃいけないんだなこれが。お前さんがなんかして元気になったら、意味がない」
子供が相手ならそれでいいのだが、鈴が望むのはそれではない。
大人としてではなく対等に接する必要がある。
「というか、気にすんなよ。お前の人生だ、好きに落ち込めばいい。心配しなくたって、すべて上手く行く」
そのために知恵も貸してやったことだしな。
己が色事には疎いと噂の俺だが、人生経験には定評がある訳で。
その次の日の河原。
「何を、見ているのですか?」
俺の隣で聞く藍音に、俺はそちらを見ずに答える。
「若い二人」
「どうした? 鈴」
じゃら男は隣にいる鈴に尋ねた。
だが、鈴から返事はなく。
不安になってその顔を覗き込もうとし、その前に鈴がじゃら男の目をまっすぐにして、微笑んだ。
「……っ」
ささやかに咲く花のような笑み。
自然に、その手が鈴の頭に伸びた。
「今日の夕飯、楽しみにしてる」
じゃら男の口は、自然に吊り上っていた。
「――でも、風呂だけは勘弁な?」
「どういうことですか?」
相変わらず変わらぬ表情で不思議そうにしながら、藍音が聞き、俺は口端を吊り上げて返した。
「笑顔は、幾千の言葉より饒舌だ。そういうことさな」
じゃら男の身辺も平和なようで何よりである。
「お前さんもそうだぞ? たまには、笑ってみたらどうだ?」
「その、幾千の言葉より饒舌な笑顔とやらで、貴方は――、ちゃんと私の気持ちを受け取ってくれるのですか」
「そいつは……、笑ってみてくれんと判らんね」
「じゃあやめます」
「そいつは残念」
「なので、いつか貴方が、私の気持ちを受け取ってくれた時――」
「その時に万感の思いをこめて笑う事にします」
―――
其の四十一です。
今回は鈴とじゃら男のお話を。
書いてて思ったのですが、もう結婚しちまえよお前ら。
さて返信を。
SEVEN様
美沙希ちゃんは白でしょう、常識的に考えて。
いやでも常識を打ち破るのまた……、待て、それでも完成された形というものが――。
落ちつきましょう。
そして、私の中でも由壱株が上昇中です。
ねこ様
仲良く手を組まないと薬師が難攻不落すぎる件について。
共有を約束する代わりに協力体制をしかないとタイマンでは光明すら……。
そして暁御も出したいんですけど。出したいんですけど……、いっそ影が薄いことが特徴かなーって。
ちなみに、現場の薬師さんはアシの藍音さんのお相手に忙しいようです。
悠真様
夜は薬師にじゃれる猫……?
猫耳のことかぁああああああッ!
……落ち着きました。はい。落ち着いてますよ?
由壱もエピソードは考えてるんですよ? だが、野郎のエピソードなz、げふんげふん。
シヴァやん様
きっと、次か次辺りに暁御は来るさ!
と言って次になったら更に次、という明日やるの法則。
多分、閻魔は本気で異動を検討してるでしょう。
だけど餌付けされてるので強く出れないという。
春都様
きっと残飯でねずみを屠れるメイドですね。
そしてSAN値という言葉は知ってたけど、あれって、クトゥルフなTRPGの発狂ステのことだったんですね。
ググって初めて知りました。
きっと薬師のSAN値が発狂突入したらきっと性欲がよみがえるさ!
奇々怪々様
閻魔とは世を忍ぶ仮の姿! その正体はゴキブリを残飯で殺すスーパーメイド、初染美沙希!
っておい。多分、世界初メイド閻魔。冥土☆閻魔。
そして、プロポーズの言葉が間違ってる気がしなくもない、男なら味噌汁を作ってもらうべきだけど――。
美沙希ちゃんだからいいか。
ヤーサー様
藍音はここ最近出後れを取り戻すように頑張っています。
そして藍音さんはS心、美沙希ちゃんはM心がくすぐられている模様。
これは同盟の日も近いか?
そして鬼兵衛の娘は出るならテンプレ系ツンデレの模様。
ぬこ様
これはっ……、まさか私の作品にもこれがやってくる日がこようとはっ……。
感無量っ……、感無量だっ……。
と、まあテンションがおかしくなりましたが。
きっと薬師に想いは――、届かないでしょう、鈍感具合的に考えて。
マイマイ様
私も吹きました。
まあ、好きですよ、東方。
EXがクリアできない派閥ですが。
ちなみに、美沙希ちゃんズの名前はもとは横文字、というか漢字は後付けの模様です。
キシリ様
薬師は、よっぽど暇だったんでしょうね。
山から不意に降りて来て漫画買う天狗もいかがなものかと思いますが。
多分、薬師は萌より浪漫派でしょう。
何が言いたいかって、女給とか身分違いとか(何か鋭利なもので切り裂かれている)
ハイズ様
感想ありがとうございます。
とりあえず、箇条書きでお返事を。
・美沙希ちゃん可愛いよ美沙希ちゃん。
・三話の弟は完全にネタでせう。ネタじゃなかったら二代目フラグ男がががが。
・外伝ではなく本編で飯塚……、じゃら男のほのぼのをやってみたのですが、どうだったでしょう。
・美沙希ちゃん可愛いよ美沙希ちゃん。
・青鬼娘は、出る隙間があいたら捻じ込みにやってきます。
・美沙希ちゃん可愛いよ美沙希ちゃん。
では最後に。
藍音っ……、いつまで出張るんだっ……!