俺と鬼と賽の河原と。
その日は妙であった。
その日、なぜか、前さんは河原に現れず。
俺は待ちぼうけを食らう。
そして、半刻ほど経ったか否か。
前さんは、閻魔と共にやってきた。
「んー? どうした?」
珍しい光景に俺が聞くと、閻魔はいきなりこう言った。
「あなたには、一度現世に行ってもらいます」
「なにゆえに」
こんな一幕から今回の話は始まる。
どうやら今日の俺は、石を積めないらしい。
其の三十二 俺と山と天狗と。
その日は妙であった。
その日、なぜか、前さんは河原に現れず。
俺は待ちぼうけを食らう。
そして、半刻ほど経ったか否か。
前さんは、閻魔と共にやってきた。
「んー? どうした?」
珍しい光景に俺が聞くと、閻魔はいきなりこう言った。
「あなたには、一度現世に行ってもらいます」
「なにゆえに」
こんな一幕から今回の話は始まる。
「これも仕事です。本来は死神が行くべき仕事なのですが、今回ばかりは貴方が適任かと」
「おいおい、こんな一般人に何をさせるんだよ、美沙希ちゃんは」
無論美沙希ちゃんを強調する俺。
すると、途端に面白いくらいに表情が変わる。
「なっ!! ど、どどど、どこでそれを……!?」
「妹」
「会ったんですか!?」
「おう」
よし、このまま誤魔化そう。
「って! それはともかく、貴方が一般人だなどとどの口がほざくんですか?」
……、誤魔化しきれなかったか。
そして、更に、昔の自分の行動が悔やまれる。
そーですねー。
明らか様なんて造語が出るくらい一般人には程遠いですねー。
さよなら俺の平穏。
こんにちは閻魔に顎で使われる毎日。
「で?」
すると閻魔は咳払い一つ。
「貴方には前と一緒にとある場所に行ってもらいます。詳しくは先に聞いてトラブルを解決してください」
あっはっは、どう考えても死神の仕事じゃないか。
ちなみに、死神の仕事って言うのは、別に人の魂を奪って行ったり、黒装束で悪霊を倒すようなものではない。
魂の循環を円滑に、が死神の仕事である。
魂集めて何かしようとする輩を倒しに行ってみたり。
戦争に多少の介入をしてみたり。
悪い妖怪を懲らしめたり。
ともあれ、人が死に過ぎないようにするのが死神である。
なんせ、人が死に過ぎたら地獄に力が溢れて世界がぱーん。
まあ、死神の仕事なんてそうそうないわけだが。
通称税金泥棒。
「で、出発は」
聞くと、いい笑顔で閻魔が答えた。
「今すぐです」
「待てい。ハンバーグ作ってやるから待て。準備の一つもさせろ」
すると、閻魔は明らかに同様したようだが、誘惑に打ち勝って見せた。
「ぐっ、いえ、これは仕方のない事なのです」
だが、引き下がれん。
「シチューも付けてやるから落ちつけ」
俺がそう言うと、一瞬の間が空いて。
「……三十分だけですよ?」
俺は三十分の猶予を勝ち取った。
それから、一時間の時がたち。
俺は今、現世に帰っていたりする。
「それはいい、それはいいんだがな?」
生い茂る植物たち。
綺麗な空気。
馴染みのある、山。
「はめられた、としか言いようがない」
俺がいたのは、京都府、如意ヶ岳である。
ちなみに、大文字山と如意ヶ岳は別の山であるとか言うお話が色々あるが、天狗の戦争云々のせいだ。
昔々色々争って領地が云々増えたり減ったり。すったもんだの挙句に、今は一応如意ヶ嶽領土である。
ところがどっこい、ここは如意ヶ嶽だ、と決まった時には時すでに遅し。
人間は妖怪を信じない時代になったので、その前に決まっていた通りの地名となる訳だ。
ちなみに、如意ヶ嶽と大文字山が全く別のピークだと主張している三角点マニアに、相手側の天狗がいるのは秘密だ。
「で……、今回の問題ってのは天狗絡みかよ」
しかも、俺の元身内。
そりゃ、まあ、俺を行かせるのも理解できる。
「問題ってのはなんだ?」
はてさて、また鞍馬の野郎が襲いにでも来たのか。
それとも、内部分裂でも起きたか。
俺が前さんに聞くと、答えは後者だった。
「旧大天狗派と、新民主派が戦ってるんだって」
微妙に不機嫌な様子で言う前さん。
何があるのやら。
そうかそうか。
「ふーん」
「いや、ふーんって……」
そう言ってこちらを見る前さんに俺は気のない返事を返す。
「つか、ほら。俺その新民主派に殺された訳じゃないか。その時に全問題押しつける代わりに死んだわけだよ俺は」
死んでも現世のしがらみが消えんとは恐るべし、天狗の業。
「だが、ぶっちゃけるとしがないバイターな俺は上からの命令には逆らえないんですねわかります」
あはは、と笑う前さんと共に、山を進む。
とりあえず、山にいる天狗を探して話でも聞かねばらならない。
と思ったのだが。
「……里の位置はどこだったか…」
「え?」
俺の脳の記憶領域に全く記録されていない。
俺の記憶の適当さに絶望した。
「えー…、と。右?」
「いや、右って…」
前さんの突っ込みは放置。
適当に歩けばきっと見つかる。
気がする。
天狗の里とは、当然山の中にある訳だが、空気の流れ等など使える技術の限りを尽くして人が寄らないようにしている。
だから、きっと歩いてたら俺には不自然な空気が目につくさ。
きっと。
などと歩いて三十分。
ついに、
俺は、見知った顔と出会う。
「お、久しぶり。調子はどうだ?」
そこにいたのは天狗の男。
鳩棟 仙拓。
最後に会ったときと変わらぬ、黒髪短髪の若造。
「あ、は……、い? え?」
俺を後ろから刺した男である。
「うわあああああッ!! ごめんなさいごめんなさい! 化けて出ないで!!」
地に手を付き頭を下げる仙拓。
相変わらず小心な男だ。
「落ちつけ」
「ぷげっ」
俺はそんな仙拓の顎を蹴り上げた。
「いや、化けて出たのはマジだけど。別に呪い殺しに来たわけじゃねーから」
「へ?」
意味が解らない、というようにこちらを見上げる仙拓。
「なんか問題が起こってるらしいじゃねーか。俺達は、そいつを解決して来いって言われて来てんだ。とっととゆっくり話せるとこまで案内しろ」
俺は、仙拓との会話に、懐かしさを感じていた。
ああ、今こいつらが何をやっているのか。
わくわくする。
「で、今はお前ら何やってんだ?」
所変わって里の執務室。
俺達はそこにある机を挟み、お話している。
ここに来る途中、ぎょっとされたり拝まれたり悪霊退散されたり色々あったが変わりない。
「何、ですか?」
聞き返す選択に俺は肯いた。
「俺がいなくなってからこの里はどうなった?」
俺は、自分を殺して歩んでいくこの山の姿が、楽しみで楽しみで、仕方がなかった。
すると、少々気まずそうにしながらも、極めて明るく、仙拓は言う。
「今我々は、人間との共存を目指し、如意ヶ嶽運送を経営しています!!」
「ほぉ、って、お前らそんなことやってんの!?」
「はい!!」
生き生きと語る仙拓に、俺は笑いを堪え切れなかった。
ぎょっとなってこちらを見る仙拓と前さんを余所に俺は笑い続けた。
「っぷ、ははははは! 運送業ね!? なるほどこれほど天狗に合った職業もない」
しかし、人間社会という奴の懐も存外広い。
もしくは、目の前の若造がそれを広げて見せたのか。
「いやはや、応援したくなった。いや、本気で」
などと笑いながら言ったが、やはり仙拓は気まずそうにしていた。
「なんだ? 何がそんなに不服なのやら」
怪訝に思った俺がそう聞くと、ぽつりと、仙拓は言う。
「……貴方は、貴方を殺した私を、恨んでいないのですか?」
……。
今度こそ俺は、吹き出し、大笑いした。
「今更、何を、言っているんだ……。く、くく、腹が痛い。いや、馬鹿じゃねーの? 馬鹿じゃねえの?」
いや、白い目で見ないでくれ前さんよ。
「いや、そんな、二度も馬鹿は酷いでしょう」
そこは突っ込みどころじゃなかろうに仙拓。
「いや、もうな? 何一人で緊迫した真面目な空気作ってんだよお前は」
「いや、真面目、じゃないので?」
「当然」
俺は自信満々に肯いた。
「お前、いきなり地獄から復活して問題解決なんてどう考えたってネタだろ」
周りが絶句していた。
あれ、空気が痛いよ前さん。
うん、というか本気で恨んじゃいねえんだよ。
「むしろ、お前が俺を刺しに来て、俺としては嬉しかったからな」
すると、いきなり前さんと仙拓が俺から遠ざかる。
そして、ひそひそと。
「どM……?」
「そう言う趣味が…」
「ねーよ」
その上、仙拓は俺の死ぬ間際にいたじゃねえか。
ついでに、どちらかというとSだよ。
「いえ、あの時の事は貴方が余りに凄絶すぎて、もう、思い出したくな……」
ひゃっほう、俺はどうやらこいつにトラウマを作って死んだらしい。
死ぬときに俺、そんなすごい顔、してたろうか。
「いえ、すごく大笑いしてました。歯をむき出しにして、血を吐きつつ」
「怖っ」
仙拓の言葉に前さんが身震いした。
そうだね、話を聞いたら俺も恐ろしいと思ったよ。
「そんなに俺すごい感じで逝ったのか?」
仙拓は肯く。
「それはもう。なんかようやく望みが叶ったようなニュアンスの言葉を残して。…あの後、何が起こるかと恐々としてました」
あー。
なるほど、主観的に見たらそうでもないんだけど、どう考えても客観的に見ればホラーだな。
俺の死にざま。
「どんな死に様だったのさ」
そう言って聞いてくる前さんに、俺は笑いながら説明することにした。
「と、まあ、こんな感じだが、今思ってみると俺の最期ってラスボス臭いな」
決死の覚悟で殺したら大笑いされたら流石に、トラウマにもなるか。
二人とも苦笑いだ。
「あ、そう言えば、藍音はどうしたよ」
俺の秘書を務めた女天狗の名。
懐かしくもあり会ってみたい。
すると、仙拓は非常に言い難そうにしながら、それでも言って見せる。
「……死に、ました。貴方の死後、まるで死に場所を探すように前線に出続けて…」
「そうか」
俺はそれだけ言う。
藍音は今頃地獄か、転生したのか。
「ま、昔話はもういいか。俺が復活しそうなラスボスだという事がわかっただけだし、次は本題だ」
すると、あれこれと書類を出しながら、仙拓は語りだした。
「実は、今精力的に働いてる派閥と、昔のように戦い続けるべきだ、という派閥に分かれてまして――」
「いま、鞍馬とは?」
「戦争を抜ける旨を話したら喜んで了承してくれました」
なるほど、では今は内敵だけか。
「んで?」
「それで、古参メンバーの幹部を中心に、今は亡き貴方の名前を祭り上げて、こちらと戦争しようとしてます」
へー。
で、それを俺に止めろと?
「俺に説得してね? ってか?」
「そう、ですね」
へー。
「へー」
「へーって…、興味無さそうですね」
「ないぞ?」
「え」
固まる仙拓を後目に俺は考える。
どうしたものか。
これ。
……、よし。
「じゃ、逃げるわ」
「へ?」
「あ」
俺は前さんを小脇に抱え、窓から脱出。
飛んで逃げることにした。
「ちょ、ちょっと薬師! いいの?」
何もない山の中、俺に前さんは言った。
そんな前さんの手を握り、俺は言う。
「前さん、結婚しよう!!」
「え? あ、え? け、結婚?」
「そう! 天狗も閻魔もいないところでめんどくさいから戦争とか放置でゆっくり寝よう!!」
べ、別に面倒くさくなったとかそんなんじゃないんだからねっ。
「え、あ、うん。や、薬師がそれでいいなら――」
「という冗談は置いておいて……、うぉおう!?」
鼻先をかすめる金棒。
前さんが怒ってるよ。
「あっはははは、死ぬ。死ぬから金棒ぶん回すのはやめような?」
「うるさいっ、死ね!」
「いや、死ぬから」
とりあえず後ろに回って抱きしめるように固定。
「あ、ちょ、…うー……」
「はいはいちょっと落ち着こう、な?」
すると、前さんは俺の拘束から逃れると、こちらを指差して言った。
「こないだの罰ゲームもあるんだからねっ!? 覚悟してよ!?」
「っぐ、これは痛い!」
すっかり俺が忘れていたというのに。
というか何を怒っているんだ前さんは。
「で、どうするの?」
やはり不機嫌。
朝からだ。
原因がわからない以上どうしようもないが。
「いつまでが、滞在期限だ?」
「二週間、だけど?」
ううむ、できるだけ家族の元に早く帰りたいが――。
「確か、死神のセーフハウス、とやらが使えるんだったな?」
「うん」
肯いた前さんを見て、俺は決めた。
「今回の件、俺はぎりぎりまで関わらん」
べ、別に面倒くさいとか関わりたくないとそう言う話ではない。
多分。
あれらのためを思ってやっている、気がする。
「え?」
聞き返す前さんに、俺は言う。
「風が不穏だ。多分、一週間もせず戦いが始まるだろ。だけど、俺はできるだけ手を出さん」
「それって…、いいの?」
俺は肯いた。
「で、でも……」
「こいつぁ、ガキの喧嘩と大差ない。俺が出て行くのは子供たちじゃどうしようもなくなったとき、だ。ぶっちゃけぎりでも間に合うだろ」
いやもうぶっちゃけるとね、仕事と言えどもちょっとばかし嫌な訳で。
そう、巣立ちの時なんだよあいつらも。
親が手出したら行けないさ!!
「しばらく、一緒に住むことになるのは悪いが、付き合ってほしい」
俺は真っすぐ前さんを見つめながら、言葉を紡いだ。
「え? 同居…? う、うん!」
肯いた前さんに俺は微笑む。
決して、面倒だからではない。
決して、絶対に。
久々の京都漫遊がしたかったわけでは、ない。
――――――
三十二始まる天狗編。
謎に包まれた薬師の死に迫る!!
とか言うと格好よさげですが、残念、天狗編は次回で終了です。
というか、どちらかというと、薬師があそこまで父親の如し生暖かい目でいられる謎に迫っている気が。
そしてあまりシリアスは無い。
メインは前さんとの同居フラ――、何でもありません。
まあ、一応目的はあります。
ここで天狗編をやっておかないと一名永遠に出せないキャラがおりまして。
と、まあとりあえず返信と行きたいと思います。
ねこ様
薬師のキルマークは未だ増え続けるようです(?)
とりあえず、秘書の人は早いとこ出したいと思っていたり。
そして、罰ゲームを仄めかす言葉も。
そう遠くないうちに地獄で地獄を見る羽目になりましょう、薬師が。
そして、可愛いは正義、猫は可愛い、可愛い猫は正義。
ハクコウ様
一級フラグ建築士、薬師は未だにフラグを立てることをやめないようです。
そして、レコーダーは天狗七つ道具の一つ。
というか薬師のことだから修験の法螺をレコーダー再生しそうな予感が。
最後に。天狗をからかえるとしたら――、前さんが最も好機である、と。
要は勝負で負かして強引に扉を開こう!と。
ゼン様
指摘感謝です。
確認したところ、
文の前後から違和感がむんむんしておりましたので、修正ました。
ありがとうございました。
山椒魚様
そう遠くないうちに、閻魔はきっと涙目に。
そして、涙目な閻魔が好きな貴方はSなんですねわかります。
きっと薬師なら、貴方の期待に応えてくれましょう。
でも、その前に妹ともう一つフラグ立てなきゃいけないんですよね。
スマイル殲滅様
残念、私の上で野郎がゲーム。うふふうふふ、芽生える殺意。
美沙希ちゃんは今回はチョイ役。
最近の前さんは本気なようです。
帰ってきたら妹編が始まりますが。
妄想万歳様
いいじゃないですか。本名を呼ばれて照れる閻魔の姿が。
こう、嬉し恥ずかしイベントが待っているわけです。
だが、李知さんも書きたいし、兄妹もやりたい、暁御も書きたけりゃ、じゃら男も、とすごい状況に。
ゆっくり一個一個書いて行くしかないわけですが、短編方式のツケがここに。
さて最後に。
着実に閻魔が駄目な人になっている気がする今日この頃、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。