俺と鬼と賽の河原と。
「一つ積んでは母のため」
どさり。
「二つ積んでは父のため」
どさり。
「三つ積んでは――」
どさり。
「人つんじゃ駄目っ!!」
まさに死屍累々
其の三十一 俺と河原と妹と。
俺は、閻魔宅の指紋認証システムとやらに指を付け、扉を開く。
今日は、定期の掃除の日だった。
その日は、明らかにおかしかった。
扉を開き、そこに居たのは、閻魔ではない。
「やっぱり……綺麗…、おかしい…、…あの子に……、そんな真似が」
そこに居たのは、フローリングを、というか床を鬼気迫る表情で見つめる、ウェーブのかかった銀髪の麗人だった。
その服装は、無駄にふわっふわした感じの、簡素なドレス、というかワンピースとドレスの中間地点に立つようなそれ。
ここで、俺の脳内に問いと選択肢が生まれる。
問、この女は誰。
一、言ってはいけないが、ようは気が付いた違い。いわゆるキチ――。
二、ドレスを纏った新手の空き巣。
三、妖精か何か。座敷わらし。
……、二?
などと考えていると、女性はこちらに気づいたらしい。
俺の方を向くと、口を開いた。
「貴方は誰かしら? 黒い着流しの新手の空き巣?」
俺も返す。
「こっちの台詞だ。赤いドレスの新手の空き巣」
それを、目の前の女性は否定した。
「私は空き巣じゃないわよ? だから貴方が空き巣」
なんだその超理論、と思ったので俺もそれを否定する。
「いや、俺は空き巣じゃないんでな。お前さんが空き巣なんじゃねーの?」
いたちごっこが始りかけるが。
さて、ここで結論が出た。
その結論を俺は口に出して見せた。
「まずは自己紹介から始めようか」
すると、女性がそうね、と肯き、肯定の意思表示。
その可憐な口から、すらすらと言葉が紡がれる。
「私の名前はしたなが ゆいこ。漢字は数字の二に、自由の由、比べるの比に、糸へんに己の紀」
二 由比紀、変わった名前だな。
俺がそのような感想を下している中、彼女は続けた。
「美沙希ちゃんの妹よ?」
「美沙希ちゃん?」
聞き覚えのない単語が出てきたため、聞き返す。
が、予想はつく。
普通にこの家に入ってること、妹、この二つがあれば想像がつく。
美沙希ちゃん。
「閻魔のことか」
言うと、満足げに由比紀は肯いた。
「そう。でも、やっぱり本名を名乗ってないのね」
ふむ、そう言えば前に本名聞いたが、普通にはぐらかされたな。
「恥ずかしいのか」
すると、由比紀は愉快そうに笑った。
「そうなのよ。初染 美沙希っていうんだけど。あんまりにも可愛いから照れちゃって」
まあ、閻魔の名には今一合わんな。恥ずかしがるこたないと思うがね。
と、そこで。
「じゃあ貴方は?」
自分のことすっかり忘れてた。
そう言えば、俺って閻魔の何なのか。
前回片付けて一週間なのに、少々ちらかり始めた家を見て、俺は考える。
そして、たっぷり十秒ほど考えてこう結論付けた。
「あー……、俺は如意ヶ嶽薬師。ここに腐敗聖域が再び発生しないようにする番人だ」
言ってて悲しくなってきたなんてことはない。
絶対に。
と、そのように悲壮な覚悟で言って見せた俺に、目の前の麗人は目を丸くして見せた。
「あれを…? 片づけたの?」
「……ああ」
懐かしきあの日の戦いを思い出す俺。
というか、ふと思ったんだが。
「お前さんが家出しなければこんなことには」
すると、俺の目の前には笑顔で冷や汗を流す由比紀がいた。
「いえ、あの。私もすぐ帰るつもりだったのよ? だけど、一月出てただけであの有様で……。もう、家事に疲れてしまったのよ……」
まあ、ちょっと留守にしたらサンクチュアリ一歩手前だったら逃げ出したくなるのであろう。
由比紀はうつむきながら言った。
「うるせー。お前さんが責任もって育てて行けよ」
それに対し、由比紀は芝居がかった動きで肩を竦めて見せる。
「いやよ。流石に限界よ。それに、貴方があの子の世話をした方があの子も嬉しいでしょうし」
「ん? 仲でも悪いのか」
俺の方がいいというのはあれなのだろうか。
由比紀が閻魔――、美沙希か。まあ、閻魔でいいか。
閻魔をからかいすぎて仲が悪いのか?
すると、由比紀はそれを否定した。
「……鈍いのね。まあ、ともかく、あの子をいじるのは好きだけど、家事はあまりしたくないのよ」
まあ、嫌いなんてことはないのか。
「なんせ、心配になって定期的に様子を見に来てるようだからな」
その言葉に、彼女は表面上変わりなく返した。
だが。
「うふふ、そうかも知れないわね」
そう言ってはぐらかしながら、背を向けた彼女の耳が真っ赤なのを、俺は見逃さなかった。
「うふふ、それを指摘されて耳が真っ赤かもしれないな」
彼女は振り向かない。
「何のことかしら?」
そう言って歩いて行く閻魔妹。
とりあえず俺は、部屋の掃除を開始することにした。
そんな出来事から三日ほど時が過ぎた。
ううむ。
暇だ。
その日の俺は驚くほど暇で。
しかも、よりにも寄って一人であった。
由美と由壱は仕事であり、前さんも李知さんも同じく。
というか、驚いたことに偶然にも俺だけが休みだったりする。
「飯、でも作ろうか……」
ともあれ、普段一人なら絶対つくらないようなそれを作ろうかと考える程度には暇だった訳だ。
さて、如意ヶ嶽薬師の三分クッキング。
今回は、冷蔵庫にある物を使った野菜炒め。
油をしき炒めるだけ。
なんと簡単なのでしょう。
三分クッキングなんて言うと、それで完成したものがこちらですなんて言うけども。
俺はそんな真似はしない。
本当に三分で決着を付けようじゃないか。
さて、
まずは羽団扇を用意します。
次に、風を浄化して滅菌します。
更に、野菜を全て放り投げ、風の刃で切ります。
この間二十秒。
次に、フライパンに油をしき、温めます。
温まったら野菜を投入。
塩コショウで味付けして、足りない火力は雷で補いましょう。
ちなみに程よく雷で物を焼く技術を習得するのに二年かかった。
さて、三分ジャスト。
適当な野菜炒めが完成。
簡単ですね、テレビの前の皆さんも――。
虚しくなってきた。
やめだやめ。
俺は席に着くと、箸を持って、野菜炒めを食べ始める。
味は…、普通だな。
塩胡椒の味以外の何物でもない。
そんな中、俺しかいないはずの部屋で、若い女性の声がした。
「一口、いただけるかしら?」
ひょい、と皿の上の野菜が一つ、可憐な指につままれ、愛らしい口の中に消えた。
「あらおいしい」
「行儀が悪い」
「気にする方?」
「食事はおいしく派」
「奇遇ね。私もよ」
そこに居たのは、銀髪の麗人。
要するに、
「何の用かな閻魔妹」
目の前の女性は、にっこりと怪しい笑みを浮かべつつ、口に人差し指を当てて言う。
「つれないわね、由比紀って、よ、ん、で?」
「わかった二氏」
「もうっ、照れなくたっていいじゃない」
「いやいや照れてないよ二氏。それで何の用かな不法侵入者」
「何気に不法侵入者にレベルダウンしてないかしら?」
それで尚笑顔を崩さぬ由比紀に俺は言う。
「いやいやただの知り合いより不法侵入者の方が重要度高いだろ」
「じゃあ、親友が死にそうで、家に侵入者がいると知ったら?」
「無論侵入者を爆砕して親友の元に向かう」
「……用はないんだけどね」
話を突然変えた上に用はないのか。
「じゃあ何しに来たんだか」
すると、いきなり由比紀は目を潤ませた。
「用がないと来ちゃだめなの…?」
「そこまで親しくした覚えはねーけどな」
するといきなり床に横座する由比紀。
「冷たいのね……! 貴方、昔はこうじゃなかった!!」
「三日前?」
初めて会ったのは三日前ですよねー。
「そう、三日前の貴方はあんなに優しく自己紹介を!」
優しい自己紹介ってなんだ。
「……、俺は変わったんだよ。今の俺は自己紹介も荒々しい」
まあ、どうせなので乗ってみるわけだが。
「もう、あの頃には戻れないの……?」
「ああ…」
そも、三日前の自分がどういう自己紹介をしたかも覚えてねーよ。
「そう…、貴方の決意はわかったわ…。じゃあ、最後に、貴方の自己紹介をもう一度きかせて?」
決意を秘めた瞳で由比紀が俺を射抜いた。
俺は椅子から立ち上がり、言う。
「ああ……。俺ぁ、如意ヶ嶽薬師、河原のバイターだっ、ってなんでやねん」
とりあえずここで突っ込み。
これ以上やると落とし所が解らん。
「ふふ、ノリがいいのね」
なんか満足そうにしている由比紀。
その後に彼女は立ちあがりながらこう続けた。
「私たち、気が合いそうじゃない?」
俺は適当に答える。
「どうだかな?」
「うふふ、私と貴方であの子をいじめたら楽しそうじゃない?」
ふむ、それはおもしろそうだな。
だが。
「それで。愛しの美沙希ちゃん宅に頻繁に出入りしてる男はお前さんのお眼鏡に適ったのかい?」
俺としては、
「なっ…、私はべちゅに…」
「噛んだ、動揺してる」
こう言う女性をからかうのも楽しい訳で。
「な、ななな、何のことかしら?」
「ここにボイスレコーダがある」
すると、由比紀は思い切り手を伸ばして、俺が取り出したレコーダを奪おうとする。
が、ひょいと後に下げることで回避。
「あっ」
倒れこみそうになる由比紀を両脇を掴んでキャッチ。
「大丈夫か二氏」
「っ……」
それにしても由比紀、顔が真っ赤である。
そしてそれを俺は眺めてにやにや。
「別に赤くなんてないわよ?」
「何も言ってない」
「……」
最終的に、俺と由比紀は睨みあった末。
由比紀が涙目になったあたりで俺が折れた。
「悪かったよ。ほれほれ、これ以上こんな所にいると、また涙目にされてしまうぞ?」
「な、なってないわ……」
「へいへい。ま、お前さんが閻魔のことが大好きなのはよくわかったから。安心しろ、手はださねーよ」
すると、ゆっくりと由比紀は玄関に向かって行った。
「…また来るわ」
そう言った彼女の耳はやはり、真っ赤だった。
今日の我が家もいつも通り、平和である。
―――
うふふふふふふふふ、天狗編やるつもりだったのに、いつの間にか妹編。
予定は未定とはこのことだよ関口君。
いや、でもこのままだと色々タイミングが取れないことに気が付いたので、ここで妹参上。
あと、閻魔の本名が発覚。
それと、きっとあれだね、涙目になっちゃったりするのは家系だね。
さて、フラグは立つのやら。
さて返信と相成ります。
ねこ様
うふふうふふ、前さんとの罰ゲームは忘れた頃に参上です。
しかし、ツインファミコンですか。私の世代には全く通じない機体ですね。
たしか、ディスクシステムと一体化した奴でしたっけ? ディスクの回転部分がゴムなのでメンテなしじゃ数年持たないとか聞いたことがあります。
ともかく、薬師争奪戦が起こったらきっと美沙希ちゃんが閻魔権限で強引に嫁ごうとして血を見ることに……。
そして由壱は陰ながら由美を応援しながら結果を待つだけだと…。
奇々怪々様
酔わせた後膝の上でゲームするんですねわかります。
ただし、酔わせすぎるとべろんべろん、ってレベルじゃないので注意。
一口二口で何かに注目させて飲ませないのがポイントです。
スマイル殲滅様
大胆になれなくて、そこで酒を用意した、というのもそれはそれで萌える私です。
膝の上でゲーム。やったことありますよ、リアルで。いえいえ、嘘じゃないっす。
野郎ですけど……、もしくは猫。猫は可愛い、野郎は捻じれろ。
ともあれ、罰ゲームはしばらくとっときます。
最後に。
年季をひっくり返すほどの薬師の才能。
虐めっ子気質。