俺と鬼と賽の河原と。
ここは河原。
「一つ積んでは母のため」
そこで、人は石を積む。
「二つ積んでは父のため」
それが供養と言われつつ。
「三つ積んでは祖母のため。四つ積んでは爺ちゃん、爺ちゃん!? じいちゃあああああああああああああああああん!!」
それが、賽の河原。
「じいちゃんに何が起きたのさ!?」
其の四 俺と彼女と昨日の人と。
「前さん? 前さんなら俺の隣で寝てるぜ?」
どうもこんにちは、薬師です。
ただいま、ベッドの上に寝る前さんの横。
いわゆるベッド際に立っていたりする。
前さんは隣で寝てるけど、俺は立ってるぜ!! という新展開。
さて、その彼女の寝顔を拝見といってみようと思う。
現在彼女は、布団を放りだし、斜め気味に、シーツを握るようにして寝ている。
その服は俺が貸した白い浴衣。
ただし、帯がほどけてどこかへ行ってしまっているが。
そんな中、時折、「…うぅ…ん…」とか言って眠る顔は幸せそうで。
以上、これ以上は脳内補完してほしい。
さて、それでまあ、大変愛らしいと思う諸兄には同意するが、いい加減に、起こさねばならない。
今日は、日曜であり、休日なのだが、彼女の予定は聞いちゃいないのだ。
時刻は朝九時。
という訳で、まずは声を掛けてみる。
「前さん、前さーん」
残念、無反応。
仕方がない、揺するか。
「前さん、朝だぞー」
肩を掴んで揺らす。
すると、わずかに反応が返ってきた。
「う、うぅ…ん?」
少しだけ、腕や頭に動きが見えた。
それを見て、俺は畳みかける。
「ほら、前さん、朝だ。早く起きないとベッドで俺も寝るぞ?」
「……うん…」
……。
「いや、それはそれで困る」
「うん……? やくし?」
なぜか呼ばれた。
「ん、ああ。如意ヶ嶽 薬師本人だ」
ので律義に答える。
「うぇ? 薬師?」
「ああ」
すると、彼女の上半身が跳ねあがった。
「うぇえ!? 薬師!? 何で!?」
「!?が多いな。というのはともかく。昨日、前さんが寝てしまった後、送ろうと思ったのだけど。鍵持ってない、前さん起きない、俺の家に泊めるしかない、と相成った」
「う、そうなんだ。でも、あれ? あたしの服じゃないよね、これ」
そう言って、前さんが、着ている白い浴衣を、つまんで見せる。
それに俺はうなずく。
「それは、前さんを一回寝かしたら、途中で起きだしてきて――、『服寄こせ』って言ったから、ある程度サイズに幅が利く奴を渡した」
「じゃあ、自分で着替えたんだ」
「ああ、誓ってやましいことはしてないぞ?」
すると、前さんが、俺の顔を覗き込んできた。
鼻先すぐそこまで。
「ほんとに?」
その表情を見るに、本気で疑ってる訳ではないようだった。
証拠に口の端が吊り上っている。
それに対し、俺はあえて目をそらしてみせた。
「実は……、頭くらいは撫でたかもな」
「そうなんだ、撫でたんだ……」
俺の言葉に、前さんが複雑そうな表情を見せる。
きっと、子供扱いということに関して考えているのだろう。
「さて、飯、残りもんは貰ってきてるから、食うといい」
言うと、前さんはまだ眠そうな目をこすりながら肯いた。
「うん、食べる」
「おっけ、そこのちゃぶ台に乗っかってる」
言いながら、俺は部屋の中心にあるちゃぶ台を指差した。
実は、俺の数少ない家具の一つである。
寮の数ある部屋の一つ、広くも、せまくも無い畳の部屋。
そして部屋に不釣り合いななベッド。
冷蔵庫と箪笥と、押し入れ。
これで、おおむね終わり。
ベッドより、布団の方が好きなのだが、何故か、ベッドが備え付けてあったのだ。
はたして、畳は傷まないのか。
そんな部屋で、前さんはちゃぶ台の前に座って、おにぎりを食べ始める。
ちなみに、俺はもう食べ終わった。
実は、この寮毎日三食でるのである。
朝夜は食堂で、昼は俺の場合は前さんが届けてくれる。
地獄の生き物は、ちゃんと食べないと、危険なことになるとか。
そういうの含めて、ここは驚くほど好条件の職場だったりする。
そしてぼんやりとおにぎりを頬張る前さんを眺めていると、食事が終わったらしい。
それを見計らって、俺は前さんに声を掛ける。
「さてさて、お嬢さん。今日の予定は?」
「んー、特にないけど? あ、でも同僚に外出許可もらっとかないと」
「外出許可?」
「私達の寮、外出許可ないと、休日外に出れないんだ。でも、でも、出てるかどうかかいとくだけなんだけどね。ご飯の準備とかあるから」
きっと、ホワイトボードでもあるのだろう、と勝手に想像してみる。
「だから、同僚に後で書いてもらえるように頼んどく」
「ほぉ。で、今日は暇なのか?」
「うん、でもあれだなぁ、いろいろ日用品買い足さなきゃいけないんだった」
「そうか」
俺はついて行く、とは言わなかった。
女性の日用品購入につきあうほど俺は猛者じゃない。
「だが、まあ、川までは送らせてもらおうか」
「いいよ、そんな。子供じゃないんだし」
両手を振って断ろうとする前さんに、俺は食い下がった。
「いや、な。飲みに連れていったのは俺だから、最後まで面倒見させろ、と。ま、俺は散歩がてらだから気にするな」
すると、前さんはしばらく悩んでいたようだが、やがて肯く。
「うん、じゃあお願い」
「了解。じゃ、俺は部屋の外に出てるから、着替えが終わったら来てくれ」
「ん」
言ってから、廊下に出て、少し。
ガチャリ、と音を立てて扉が開く。
「それじゃ、行くか」
声を掛けると、そこにはいつもの若草色の和服姿の前さんが。
「うん」
俺は、前さんを伴って、寮を後にした。
寮から五分、俺達は賽の河原へと来ている。
「それじゃ」
「おう、またな」
言って、前さんが今日も仕事の同僚へ走って行く。
話していた、と思ったら鬼の女の人が急に微笑んで――、
あ、撫でた。
それに対し前さんは顔を真っ赤にしてるけど、無断外泊した手前、大きく出れないらしい。
ぷるぷる震えながら耐えている。
そしてそれを眺める俺の視力は2・0。
と、それはともかく。
「きゃっ!」
俺は、乱暴に石が崩される音と、悲鳴に、振り向いた。
「いい気味じゃねぇか……」
そこには、地に座りうなだれる何かの制服を着た中学生か高校生くらいの少女と、そして――、
「昨日の人!?」
「あっ、てめぇは!!」
昨日の人だった。
「詳しく言うなら、てめぇ、覚――、って言って金棒食らった人!」
多分、てめぇ、覚悟しろよ、っていいたかったんだと俺は思っている。
そんな彼は、昨日と同じような赤い髪でアクセサリーじゃらじゃらの気持ち悪さを醸し出していた。
「そ、そういうテメェは昨日の――、ってそうか、今はあの娘はいねぇのか」
ま、それはいいか。
それよりも、そこでくずおれてる少女、だと思う。
「昨日は、あの娘に負けたけどな、お前とタイマンなら負けねぇぞ?」
ストレートの前さんとは打って変わって、ふわふわとした金髪に近い感じの色の薄い茶髪に、
黒い大きなリボン。
前髪で隠れてその眼はみえないが、多少いじめられそうな外見をしているものの、多分美少女。
「わかってるんだろうな、あんなことしてよぉ。ここであったが百年目ぇ」
そんな彼女に、俺は手を伸ばす。
「ほれ、掴まれ」
「あ、は、い。ごめんなさい」
彼女が俺の手を掴み立ち上がったのを確認すると、俺は男に視線をもどす。
「許して欲しかったら、土下座しな」
俺は、そう言った男の目を、真っ直ぐに見詰める。
「な、なんだよ」
そう、真っ直ぐ、真剣に見詰めて――、
「すまん、聞いてなかった」
「な」
いや、その、あれだ。
話してたのか?
「テメェ! 舐めて――」
その言葉を、俺は遮る。
「まあ、待て、落ち着け」
「んだよ」
そう、俺に名案がある。
「大丈夫、二度も説明させる二度手間はさせない。あれだ、だいたい雰囲気はわかった。だから、俺が予想で話の流れを言ってみよう。で、間違ったところをお前が直す、と」
「何言ってんだ?」
「多分あれだな。俺とお前は昨日会ってる、それで、まあ、言うまでもなく仲は険悪だ。それが、うっかり同じ職場で会ってしまった。そして、あ、お前は昨日の! となり、お前がその恨みを以って、ここで逢うたが百年目よぉ!! となり、そして――」
言いながら、俺は拳を握る。
「あ、ああ」
「ふん、ならばここで決着をつけてやるぜ、行くぜっ! うぉおおおおおおおおおおおおおっ!!」
俺の拳が唸った。
「はっぴねすっ!!」
じゃらりとか、装飾品が擦れる音を立てながら男が倒れる。
まったく、倒れる時すらじゃらじゃら言うとはけしからん奴め。
で、それは置いておいて、今意識を向けるべきはこちらではない。
「問題ないか?」
目の前の少女に、構うべきだろう。
「あ、はい。ありがとうございました」
ぺこりと、少女がお辞儀した。
「で、そこな少女は、お名前なんというのかな?」
少々茶化して、言ってみると、少女は、背筋をピンと張って答えた。
「はい、私は要 暁御って、いいます」
そのようにして、俺は、カナメ アキミと知り合った。
流れ流れて三途川。
たまの出会いと少しの休み。
俺は明日もどうせ石を積むのだろう。
―――
其の四、何とか新キャラ登場。
何があるってほどでもないけれど。
ただ、まあ、ここまで書いて思うことは、一人称って難しい。
普段三人称使いなので、とりあえずがんばって腕を磨きます。
では、コメント返信。
ザクロ様
哀れな人は、再登場を果たしました。
もしかすると、長い付き合いになるかも。
ふいご様
実は、ここの感想掲示板、ほとんど鬼っ娘に関するコメントが載っているという現実が横たわっていたり。
さあ、あなたもご一緒に、鬼っ娘最高。
ルシフル様
真っ向勝負じゃ勝てやしない。
ゆえに私はひっそりチラシ裏でほのぼのを書くのです。
では誰が勝って、誰が負けたのか。
少なくとも、私は鬼っ娘に負けている。
兄二
さてでは最後に。
合言葉は、
鬼っ娘は、人類の生み出した叡智の結晶。