俺と鬼と賽の河原と。
ここは河原。
「ツモ、緑一色」
そこで、人は石を積む。
「ロン。国士無双」
それが供養と言われつつ。
「ツモ、天和」
それが、賽の河原。
「どうだ、この俺の華麗な積み込みによるイカサマは!」
「威張らない!!」
其の二十九 俺と酒呑みと変なテンション。
「へい、お疲れさん」
今日の仕事も終わり、俺は寮に向かう。
そんな時だった。
携帯に、
『ちょっと来い、面子が足ねえ』
と、酒呑童子からメールが来たのは。
「何事だよ」
俺は、何故か和風な個室に居た。
またの名を雀荘という。
この雀荘は、わざわざ個室を用意してくれるわけだが、その個室には。
「よぉー、薬師ぃ。よく来たなぁ……!」
へべれけに酔った酒呑童子がいた。
「あはは、悪いなー」
そう言って笑う鬼兵衛も。
だが。
何より。
何より気になったのは。
「何故そこに李知さんがいる?」
そこには、いつもの黒スーツの美人が。
「いや、それはだな……。先輩の頼みを断るわけにもいかず…」
と、言われ。
素直に肯こうとしたところに酔っぱらいが茶々を入れた。
「そうだよなー! 別に薬師が来るから来たわけじゃないよなー!」
「だ、黙れぇ!」
「もがッ!」
おーい?
先輩の口に酒瓶を突っ込むのはいいのか?
と、言う話はともかく。
「で、やるのか? 麻雀」
にやりと笑って、酒呑童子は肯いた。
四人で卓の四方を囲み、麻雀が始まる。
「これはただの麻雀じゃあない……」
その言葉に鬼兵衛が表情を硬くする。
賭け麻雀、か。
コイツは勝負強そうだしな……、注意株か。
鬼兵衛は多分堅実な打ち方をするだろう…。
李知さんは未知数だが、見た感じ素人。
そのように、俺が戦力分析をする中、酒呑童子が真顔で呟いた。
「これは、脱衣マァアアアアアジャンだ」
「落ちつけ、死ね、千切れろ」
「何が!?」
鬼兵衛が驚いていたが、言わずにはいられなかった。
よく、考えても見るんだ。
「お前ら、虎の腰巻一枚だよな」
「何当然のこといってるんだよ、薬師ぃ、まったく、ノリ悪いぞぉ!!」
何変なこと聞いてんだ?
って顔で返される。
「って、お前ら最初から残り一機じゃねえかッ!!」
背水の陣って格じゃないぞ!?
一度でも振り込んだら赤鬼、青鬼のあれがぽろんと。
しかも俺とて着流し一枚。
残りの余裕はあまりない。
いや、上半身、帯で稼ぐか……。
だが。
もしも俺の左右に陣取る奴らに振り込ませてしまったら……。
いい笑顔で腰巻を剥ぎ取る赤い鬼の姿が――。
こうなったら、絶対に奴らからはロンしないで自分で引いてツモ上がりしかない……。
「ちなみにツモったら、他の全員一枚な」
ふはははは、これでツモもできなくなったぜぇ!
上がったら絶対に誰かが脱げるこのえげつないルール……。
ざわざわせざるを得ない……。
こうなったら…っ、これは……、流すしかない…ッ!!
テンパイに持って行って、そっから上がらない。
これで行く!
そのようにして――、地獄の麻雀が始まった。
かたん、かたん、と牌が取られ、捨てられていく。
今回の俺は、調子よく、既にタンヤオでテンパイの状況。
だが……っ、リーチはできない…っ。
リーチとは、必ず揃った牌のまま進まなければならないため、例えそれが相手の望む牌だと分かっていながら、振り込まざるを得ない状況になる。
で、あれば、もしものためにリーチせずに逃げ道を用意するのは定石っ……!
大丈夫だ、落ち着いていけば無理じゃない……、振り込まないだけだ……っ。
と、賭博漫画の大御所風に言ってみたが、要するに安全志向でいきましょう。
「リーチだ、行かせてもらうぜぇ?」
「すまない、先輩、ロンだ」
李知さああああああああああん!?
何やってんの李知さああん!?
まさか……、脱衣麻雀のこと、よくわかってない、だって……!?
確かに李知さんは先ほどの時にも大した反応をせずぼーっとしていた。
だが、これでは……。
というか弱いから!
酒呑童子弱すぎるだろ。
勝負弱いくせに自分を追い込まないで。
「くっ、やられちまったな……。仕方ねえ、俺も男だ。聞いて驚け見て拝め!!」
誰も拝まねえよ。
だが、その視線も無視して、酒呑童子は自分の腰巻に手を掛ける。
それを、何をするものかとぼんやりと見つめる李知さん。
はらり、と。
一枚の布が――。
「酒呑童子たった一つの! これが俺の息子――」
「っそぉおいッ!!」
思わず俺は、麻雀牌の入っていた鞄を、酒呑童子の股間に投げつけていた。
「――ッ!!」
声にならない悲鳴。
南無。
だが、これで精神的な衛生は保たれた。
「いま、なにか黒いモノが……、それに先輩は何故こんなことに?」
いまひとつ状況が掴めてない李知さんに、俺は言う。
「しっ、見ちゃいけません!!」
だが、それでも地獄は続く。
復活した赤い鬼が、全裸で牌を打つ。
ねえ、これで負けたらどうするんだよ。
「ポン」
鬼兵衛が対岸の酒呑童子から捨て牌をとり、そして――
一つ捨てて。
「あ、それ、ロンだ」
鬼兵衛ぇえええええええええ!!
またしても、またしても李知さんか。
ビギナーズラック、いや、この場合はアンラッキーか。
「本当に脱がなきゃだめかな?」
当然だ、当然の疑問だ。
いいぞ鬼兵衛、このまま押し切れ。
「脱がなかったらクビを切る」
はい職権乱用来ましたよー。
偉い人ってのは皆こうか。
対して、ヒラの鬼兵衛は、ごくりと唾を飲んだ。
妻子ある身。
鬼兵衛は、家族を守るため、犠牲となった。
「そおいッ!」
これは、全く後のない男達が、残り機数7機以上に挑んだ、無謀な闘いの記録である。
「なあ……、李知さん。脱衣麻雀って、負けるごとに一枚脱いでいく、って奴なんだが…」
「!? そうなのか!? そ、そんなゲームできるわけ…」
「ふ、戦いはもう始まっている! 逃げられんぞ!!」
そして、赤い鬼は再び敗北を喫し。
「どうするつもりなんだよ」
「ここは、お約束的に、少々恥ずかしいが、多少卑猥なことならオーケイだ!!」
「そおぉおいッ!!」
十八禁って格じゃねえぞ……。
グロ的な意味で。
「僕には――、妻が……」
「踊れぇえい! 踊らぬか!!」
青き鬼は倒れ。
なんか敵は赤鬼っぽかったけど。
気が付けば、俺は上半身裸で、李知さんは上着、ネクタイ、靴下と脱衣済み。
更に、この勝負。
酒呑童子への、李知さんの、振り込み。
「ふ、ふははははは、ついに、ついに来た!」
ちなみに、初勝利な。
途中から鬼兵衛がマジになったから李知さんに多少のダメージがあっただけだ。
ちなみにそこの調子に乗った赤鬼の負け数は俺や李知さんの二倍。
だが、執念の末、こいつは李知さんを窮地に陥れたわけである。
「さあ、ブラウスのボタンをぷちぷちと外せええい!!」
赤くなり、両腕で自信を抱きしめるようにして震える李知さん。
あー、こりゃまずいだろ。
赤鬼も、テンションがおかしくなってるっつの。
あー、こりゃもう止めるしかねえかなー。
と、思っていると。
「なにやってんの! あんた!!」
乱入者突入。
「な、茨木ぃ!?」
ここで言うセリフは一つ。
「女房きたー」
虎のビキニななかなかアレな美人がやってきて、ギリギリと酒呑童子を締め上げる。
「あんたって奴は! パワーハラスメントもいい加減にしな!!こんな可愛い子まで虐めて!!」
パンチパンチ、キック、そこに右のジャブ。
怯んだそこだ、左ストレートだぁ。
……。
帰るか。
俺は落ちていた李知さんの上着やら靴下やらを掴んで、渡す。
「あ、薬師…? 私にはもう何がどうなってるんだか……」
いまいち意味がわからず茫然とする李知さん。
大丈夫。
「俺もわからん」
全裸の鬼が、ビキニのお姉さんにぼこぼこにされる画を理解できる奴は今すぐ出てきなさい。
怒らないから。
ともあれ。
俺は李知さんとともに外に出ることにした。
会計?
あとは任せるよ。
「はー、疲れたな、おい」
俺の言葉に、李知さんが苦笑いする。
「そうだな…」
既に辺りは暗く、冷たい風が熱気を冷ましてくれた。
「李知さんや。寒くねーの?」
そう言って、聞く。
李知さんは、上着は着ているが、ブラウスの首に近いボタンは、先ほどのまま閉まっておらず。
冷たい夜風が吹きこみそうに見える。
だというのに、李知さんは顔を真っ赤にした。
「どした?」
「お、お前は」
怪訝に思って聞くと、詰まりながらも、李知さんは言う。
「お前は、ああいうの、好きなのか?」
「ああいうの?」
麻雀は嫌いじゃないが、質問は違うらしい。
「私は……、負けたのに脱がなかっただろう? お前は……、その、あれだ。そういう事が好きなのか?」
要するに、貴方はエロガキですか、と。
……、どうなんだろうな。
「うーむ、S心としては、お前さんが涙目で脱いでくれる方が良かったんだが――、普通にお前さんが見られて泣かなくてよかったと思う訳で。だがしかし、自分がいじめるから嬉しいのであって、酒呑が――」
ぶっちゃけると性欲が感じられない以上は女の裸体に興味はない。
ある意味、望んで見せてくれる、というのならそれは性欲の対象ではなく、愛の証拠としてそれは嬉しいことではあるかも知れんが。
などと考えていると、李知さんは今にも煙を出しそうなほど真っ赤になって――。
「はっきりしろぉーーー!!」
ブラウスを両手でつかみ、ぶち、っと。
「って、うおおお、おい!? 正気に、正気に戻れ!」
道端でいきなりブラウスの前を全開にする李知さん。
「なあ、うれしいか? 薬師、嬉しいか……!?」
思い詰めると暴走するのはわかっていたが――。
テンパり過ぎだろ!
「それで迫るな。お前さんの色々な大事な部分が失われる」
できるだけ冷静に返す。
すると、李知さんも大分冷静になってきたようで。
「あ、ああ。すまない、ちょっと冷静に――、っーーーー!!」
李知さんが声にならない声を上げ、
「見るなぁあああ!」
拳が唸る。
グーで顔面を殴られるとは思ってなかったぜ。
「で、落ち着いたか?」
「あ、ああ」
やっとこさ落ちついた李知さんと俺は、ゆっくりと道を歩いていた。
「もう、ここでいい」
「いや、送ってく。その格好は危ない」
だが、李知さんは肯かない。
「私は鬼だぞ? そんじょそこらの人間には負けない」
そう言った李知さんに、俺は真顔で言う。
「手が使えないのに?」
李知さんは、今、ブラウスの前側の両端を掴み、その手を交差させるようにしてブラウスの中身を隠している。
放したら、ご開帳。
俺の言葉に、李知さんは反論できず、
「うー……」
唸る。
「ほれほれ。帰るぞ」
俺は李知さんを伴って、ゆっくりと歩き続けた。
「な、なあ……、さっき、うれしかったか?」
「ん? あー……、あんなのより」
「あんなのより…?」
「李知さんがこうやって一緒に帰ってくれてる方が嬉しいぞ?」
「……そうか。そうだな! ほら、薬師、遅いぞ!?」
「へいへい」
李知さんは急に子供っぽくなるな。
まあ、そこが可愛いっちゃ可愛いんだが。
そんなことを思いつつ、まるでスキップでもしそうな雰囲気で俺の前を歩く李知さんを、俺は追いかける。
ともあれ、今日の河原も相変わらず平和である。
―――
其の二十九。
なんとなく麻雀。
しかも脱衣。
しかし地獄。
では返信。
ちなみに前回の返信は番外之三でございまする。
ねこ様
そろそろ、皆ダークフォースの出現に気が付いたころ。
家族登録の実効力や有用性を理解した閻魔は職権乱用により薬師との家族登録を――。
という話は置いておいて。
思うに、肉じゃがは、男の私でさえそれなりのものができるような料理。
という事は、肉じゃがが得意と言うのは、料理を知らないハッタリか、果てしなく上手い肉じゃがを作れるかのどちらかかと。
ハクコウ様
短編からわざわざどうもっす。
別に一夫多妻しろとは言ってませんが、家族はたくさんいてもいいよね、という話はあったりなかったり。
じゃら男と鈴に関しては、鈴の登場からの日の浅さが問題かと。
まあ、気が向けばそっちバージョンも。
やっさん様
感想に感謝です。
ギャルゲの主人公、にしては年食ってますが、千ちょい……?
ちなみに、過小評価、というか薬師は自分の評価を見失ってる節が。
ふと、夫婦の字を見てどんなに優しい鬼でも、嫁げば鬼嫁とか思いついた。
妄想万歳様
きっと、薬師のことは閻魔が二十四時間監視体制を(運営の意向により削除)
そこから、閻魔が特殊回線を使って(上層部による検閲削除)
それと、閻魔はきっと飯のためとか言って薬師と頻繁にメールしてついでに愚痴ったり雑談した(閻魔により不許可)
たぶん、閻魔の財布には隠し撮りの薬師の写真が(破れていて読めない)
さて、では最後に。
鬼兵衛、強く生きてくれ。