俺と鬼と賽の河原と。
「一つ積んでは母のため」
ここは河原。
「二つ積んでは父のため」
死して積み上げ続ける己が墓。
「三つ積んでは母のたぺ」
罪贖い、罰受ける場所、それが河原。
「今、噛んだな? じゃら男」
「う、うるせえ噛んでねーよ」
「いや、俺も聞いたぞ李知さんよ」
「センセイまで!」
「ふ、俺からは言い逃れできん! ここに人の声を録音する機械がある」
『三つ積んでは母のたぺ』
「う、うわああああああああああッ!!」
其の二十六 じゃら男と少女とでえとと。
「……」
「んだよ?」
裾を掴んでくる少女に、俺は無愛想に聞いた。
だが、少女は口を金魚のように開け閉めするだけで、声と呼ばれるものは漏れ出してこない。
この時点で、普段の俺なら、無理矢理帰っているところだろう。
だが、今日の俺は、
いかんせん上機嫌だった。
「お前、声でねえのか?」
よく見ると、美少女だ。
白い髪に赤い目、確か、アルビノとかいうらしいのを聞いたことがある。
そして、着ている白いワンピースは薄汚れているが、覗く肩は細く、ワンピース以上に白い。
少女が、口を閉じて肯いた。
「そうかよ」
少なくとも、通常ならここで終わり。
黙って立ち去るはずなのだが、再三言うが、俺は果てしなく上機嫌だった。
「親はどうしたよ? 家は?」
その時の俺は、運営に届けようかと思うくらいには親切だった。
すると、少女は首を横に振る。
どういうことだ?
「親も家もねぇ、とか?」
少女が肯いた。
げ、マジかよ。
だけど、だったら俺に何を求めてんだ?
コイツは。
「……、お前、俺に何期待してんだ?」
聞くと、少女は何かを表現しようとするのだが、上手い表現が見つからないようで、困った表情になる。
帰ろうか、そう俺が思い始め――、
突如腹の虫が鳴いた。
「……、腹、減ってんのか?」
恥ずかしそうに少女が肯く。
なるほどな。
たまに見かける貧困層の乞食かよ。
いるとこにはいるもんだからな。
地獄運営の支給もあるが、それでも限界はある。
配給漏れもあるしな。
ともあれ、腹が減ったから俺に話かけ、というか服を掴んできたわけだ。
まあ、花束持って上機嫌で、露店で散財やらかしゃ、その場のノリで小銭くらいくれそうに見えるよな。
ただ、俺相手ってんだから、勇気があるってもんだが。
そして、俺は通常なら、否、いつもより上機嫌なら、小銭渡してこれでサヨナラだろう。
だがしかし。
俺の上機嫌は半端じゃなかった。
「お前、ウチ来るか? カップ麺くらいならいくらでも食わせてやるぜ?」
別に、哀れに思ったわけじゃねえ。
ただ、明日の暁御の誕生日までは、綺麗に日を過ごしたいと思ったわけだ。
後ろめたいことがない状態で、暁御にプレゼントを渡す、っていうなんとなくの感情で、俺は少女に親切を向けた。
そんな子供みたいな感情だ。
だが、少女は、どこか迷っている素振りを見せる。
「んだよ? 別に変なこたしねえよ、俺には好きな人がいるかんな」
その言葉に、やっと少女は肯いた。
◆◆◆◆◆◆
バイター用の寮、俺はそこで由美と由壱を連れながら、食堂に向かっていた。
その途中、暁御からメールが来ていることに気付く。
『薬師さん、明日はお仕事ですか? もしよければ私と出掛けませんか』
そういや明日は誕生日だったな。
わからなくもない、誕生日を一人で過ごすのは寂しいだろうしな。
ふむ、はてさて、明日は仕事は――、休みだな。
受けてもいいが、じゃら男に上手く回せないものか。
……、無理臭いな。
暁御の性格からして、最も暇そうで、誘いやすい相手が俺だったんだろうが、じゃら男はその外見とか、前科とかきついものがある。
ではせめて、援護程度に。
こないだ二人きりで出かけたらじゃら男に怒られたしな。
『悪いが、じゃら男と約束があるんだ。じゃら男も一緒になら、構わんが?』
送信、と。
俺は携帯を操作して、不思議そうに見上げてくる弟と娘を見た。
「ああ、暁御からだ、明日、誕生日らしいからな」
すると、二人の子供は、口を丸く開いて、
「え、そうだったんだ、参ったな……、俺なにも用意してないよ!」
「うーん、お花でも、買ってこようかな」
ははは、優しい子に育ってくれてお父さん嬉しいよ。
いや、育てたってほど付き合い長くないけどな。
と、そこでメールが返ってきた。
『あ、はい、構いません。明日の午後からお願いできますか?』
了解、とメールを返し、次にじゃら男にメールを送る。
『明日、休み取れるな? 午後から暁御と出かける。口答えは許さん』
それにしても、メールは苦手だ。
カチカチとこまごま打つのが合わん。
最近の若い奴らに付いて行けないし、歳か。
いや、千超えてたら歳だが。
と、考えていたら十秒もせず返事が返ってきた。
流石だ、愛の力。
『マジで!? おし、全力で気合い入れてくぜセンセイ!!』
俺はそれに、じゃらじゃらつけてきたら引っこ抜くとだけ返事して、二人と食堂へ向かって行った。
◆◆◆◆◆◆
「ちょっと待ってろよ、今お湯沸かす」
言いながら俺はやかんに水を入れ、コンロに火をつけた。
ちなみに、俺の部屋はセンセイとは別の寮にある。
食事が付いていない代わりに、食費分の給料がもらえるわけだ。
そんな、一間が、俺の部屋だ。
そして今日は、何故か物言わぬ少女が、俺の部屋のソファに座っている。
少女は、じっとお湯が沸くのを待っていた。
そして暫く。
やかんが湯気を出し始め、もういいか、と俺は長いことあらっていない布巾を鍋つかみ代わりにやかんを握る。
そのとき、不意にメールの着信音が鳴り響いた。
「ん? センセイからか」
俺は、空いている手で携帯を取り出し、開く。
画面にはこう表示されていた。
『明日、休み取れるな? 午後から暁御と出かける。口答えは許さん』
「マジで!? っつてばっるすぁああッ!!」
やかんからお湯が足にダイブするほど驚いた。
そしてそんな俺に驚いた少女がこちらを見ている。
それに、何でもねえと返し、俺は返信。
そんでしばらくして帰ってきたメールには、
『いい返事だ。尚、じゃらじゃら付けてきたら引っこ抜くから覚悟するように』
……あの人はじゃらじゃらに恨みでもあるのか…?
まあいいや、よし、気合入れよう。
確かセンセイにもらったスーツ一式がある。
そう考えながら、俺は用意したカップ麺にうきうきしながらお湯を注いだ。
そして、少女に問う。
「なあ、お前、帰る場所ないんだよな?」
悲しげに少女が肯く。
ああ、思った通りだ。
なにが、と言われると、こうなりそうな予感がしてたんだ。
一目見た時から、俺と同じ匂いがしたんだよ。
悲しげな――、少女の表情を見て、俺は駄目だと思っていながらも。
言わずにはいられなかった。
「お前、家に住むか?」
ああ、言っちまった。
「?」
本当に、どうかしてる。
ついこの間の俺では考えられない言葉だ。
ここ最近で、俺は大きく変わった。
そして、俺は、目の前の小さな女の子が、理解できてしまうのだ。
目の前の少女は、言い難そうにしている。
実際は言えないのだが、拒否も肯定もできないのだ。
わかる。
俺もそうだった。
俺も家なき子だったからな。
物心付いた時には、いつの間にか橋の下に転がされてた。
親の記憶はある。
実の母親は、父親に蒸発されたヒステリックなババァだった。
それで、五歳くらいまでぞんざいに面倒を見られ、そして新しくできた男に邪魔だからって捨てられた。
完全に物心付いて考える頭ができたとき、既に俺は一人だった。
そんで数年荒まくって、今の御袋に拾われたわけだが。
その時の俺もこんな感じだった。
「……っ」
そりゃ戸惑うんだよな。
今まで憎んで呪った世界がいきなり優しくしてくるんだから、裏切られるとか、信じられなくったってしょうがない。
でも、差しのべられた手を、振り払いたくもない。
これを逃したら最後かもしれない。
でも、これを掴んだら裏切られるかもしれない。
痛いほどよくわかる。
わかるから、腕が痛くなっても手を差し伸べるのはやめちゃいけねえ。
まあ、センセイならここで心に効く言葉を出せるんだろうけど、俺にはない。
ただ、できるだけ飛びこめる懐を大きくしてやるだけだ。
「好きにしろよ。必要だってんなら家族登録だってしてやんよ。そりゃ、そんなに金はねえけどな」
『お前の好きにしなよ、正式に養子にだってする。流石に大した金は持ってないけどね』
御袋の言葉だ。
だが、少女は中々肯こうとしない。
クソ、こうなったらできる限りズルズル引っ張ってやらあ。
「答えは後でいいからとっとと食えや。伸びるぜ?」
言いながら、俺はカップ麺を差し出した。
そして自分のカップ麺を片手で持って、蓋を剥がし、すする。
少女も、黙って麺を啜っていた。
そして、あっさりとカップ麺の中身も底を突く。
間が持たなくなった俺は、少女に聞いてみることにする。
「おい、お前風呂、入るか?」
少々お前というのは無愛想だったかもしれないが、他に何と呼べってのか。
センセイならお前さんなんだろうが、俺には似合わねえ。
きっとセンセイならいつものニヤケ面で、
ふむ、お前さん、風呂は入るかね。
とか言うはずだ。
……俺には無理。
だが、少女はすぐに肯いた。
そこは女ってとこだよな。
流石に汚いのは嫌か。
「おっけ、そんじゃ沸かしてくら。好きにくつろいでろよ、あと代えの服だけどよ、俺のTシャツでよければそこのタンスに入ってるかんな」
歩きながら、顔だけを少女に向けて言う。
そして、俺は風呂をスポンジでこすり始めた。
◆◆◆◆◆◆
湯上りの少女を見て、不覚にも俺はどきりとした。
小学生みたいな外見で、色気があるわけじゃない。
ただ、くすんでいた髪がつやを取り戻し、薄汚れて尚白かった肌が、更に雪のようになっている。
そんな少女を見て硬直した俺は、その少女が不思議そうにこちらを見つめたことで活動を再開した。
「俺も風呂入ってくる」
そう言えば、こういう場合は女ってのは男の後に入りたくないか、後に男に入ってほしくないかだとか思ったが、
コイツは前者か? いや、余裕がなかっただけかもしれないけどな。
俺はTシャツ一枚少女をできるだけ視線から外して、風呂へ。
尚、俺の風呂の描写は省く。
誰も望んじゃいねえ。
ともあれ、風呂から上がる俺。
浴室を抜けると、少女が眠そうに舟を漕いでいた。
上がってきた俺にも気づいたそぶりを見せない。
そんな少女に俺は声をかけた。
そこ、空気読めとか言うんじゃねえ。
「おい」
びくん、とオーバーなリアクションで少女が反応を返す。
それを余所に俺は続けた。
「今日は泊まってけよ。ベッドは使っていいかんな。住むかどうかは明日でも明後日でも気にしねえよ」
少女が、肯く。
よっしゃ勝った!!
ここまでくればこっちのもん。
ズルズル引きずって結局住むことになる。
あれだ、経験者は語るって奴よ。
嫌だ嫌だとギャーギャー騒いでたって、決めるのは明日でいい、と言われれば、返事は明日でいいか、その明日は、その明日、となってくわけだ。
情けねえ話だが、居心地のいい場所がなかったやつにゃ、裏切られるのが怖くたって中々手放せねえもんさ。
俺は、きっちりあんたの子供になる、って決めて言うまでが一番苦労したけどな。
ともあれ。
少女は途中までベッドを取っていいのか、とばかりにこちらを見ていたが、俺が、
「何見てんだよ。とっとと寝とけ、眠いんだろうが」
と言った結果、大人しく少女は大人しくベッドに入った。
……俺も寝るか。
◆◆◆◆◆◆
その朝。
俺は異常にすっきりと目が覚めた。
そう、今日は暁御の誕生日だ。
例え、約束が午後からであっても。
寝過ごすわけにはいかねえ。
そう思って元気よく布団から身を起こすと。
そこには、台所に立つ少女がいた。
「……?」
今少し状況がつかめない俺に気づいたのか、少女が俺に近づいて来る。
そして、いつの間に探しだしたのか、使ってないシャープとメモ帳を使って、
『あさごはん、できてる』
「へ?」
今だ意味のわからない俺に、少女はもう一枚捲ってもう一文。
『今日から、お世話になります』
見せて、ぺこりと頭を下げる少女。
なるほど、そういうことか。
「……、よろしくな」
ようやっと状況を掴んだ俺がそう言って、立ち上がる。
少女が嬉しそうに笑っていた。
なんとなく、気の利いた台詞という奴を行ってやりたかったが、思いつかず。
朝飯ができてるというので、俺はちゃぶ台につく。
すると、そこに味噌汁、卵焼き、焼き魚と次々にうまそうなもんが置かれていく。
残念ながら、俺の一人暮らしでは到底出てこないシロモノだ。
ってか、材料はどこから出したんだ?
聞くと、メモ帳にはこう書いてあった。
『魚は冷凍庫、味噌汁はインスタントのが置いてあった。卵は普通に冷蔵庫にあった』
そういえばこないだ魚買って焼いて食おうとか思って放置してたんだっけか……?
味噌汁は便利かと思ってたが結局めんどくさかったからカップ麺生活にもどったんだったんだか。
卵は、普通に買ったな。
インスタントラーメンに入れるとうめえし。
まあいいか。
「いただきます」
俺は両手を合わせる。
これは御袋に仕込まれた癖だ。
しないと何されるかわかったもんじゃなかったからな。
懐かしきあの日を思いながら箸を付ける。
「普通に美味いな」
言うと、にこにこと少女が笑う。
懐かしい味がした。
御袋の味だ。
それを作りだした彼女は、上機嫌でメモにペンを走らせた。
『材料さえあれば明日からはインスタントじゃないのを作る』
「期待してる」
そう言って、俺は食を進め、ふと思い出したように言う。
「え、あーと、お前」
名前を今だ知らないことを思い出して、結局お前になったが、すぐにメモが突き出された。
『ななみ りん』
「お前の名前か?」
少女、もといりんが肯く。
漢字はどうなのか無学な俺には判らねえ。
センセイにでも聞くか。
ともかく。
「りん、午前中ぁお前の服買いに行くぞ」
ちなみに、今着てるのは昨日久しぶりに使った洗濯機で洗ってほしたワンピースだ。
多分湿っぽい。
そんな、驚いた表情をするりんに、俺は続けた。
「服一つじゃどうにもなんねぇだろ。それに飯、作るんだろが。今日は夕飯要らねえけど」
すると、りんは嬉しそうな顔を隠そうともせずに、メモに文を書いて行く。
『ありがとう! それと、きょうはおでかけ?』
そう、そうとも。
今日は思い人とのデエトがあるのだ。
「ふふふふ、そんなもんよ」
言って、俺は着替えを始めた。
―――
おかしい。
これは、始まって以来の三話構成。
不味いぞ、薬師ですらしたことないのに。
いや、一応十八、十九、二十がそれだけど、こんな感じに話が片付かないのはなかった。
だが、これは……、本気で死亡フラ、げっふう。
強く生きろ、じゃら男。
余談ですが、じゃら男はロリコンの上に潜在的マザコン。
りんはストライクゾーンまっしぐら。
ちなみに次で色々決着。
近況報告ってか、あれです
テスト明日で終了です。
これでやっと自由に小説が書けるー!!
あれ……、…書いてる……?
日本史を勉強してきます。
さて、返信を。
[121] ◆3ac11ca6 ID: 2d6b0e0a様(お名前表示されてなかったので、とりあえずこれで)
ははは、いやだなロリ祭りだなんて。
私はロリコンじゃありませんよ、じゃら男でもあるまいに。
ははっそうに決まってます。私はロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃないロリコンじゃない。
あれ? ロリコンでもいい気がしてきた……。
ねこ様
残念ながら……、誠に残念ながらッ……!!
じゃら男に普通にフラグが立ちました。
老師目、恐ろしい奴よ……。
あ、ネタは有りがたく使わせてもらうかもしれません。
桜チーズ様
感想に感謝します。
そう、フラグなんです。
フラグなんです……ッ!!
作者にも信じられません。
SML様
じゃら男の本名を覚えているとは並じゃないですね…。
問題は、じゃら男のフラグはどう見ても、死亡フラグです……。
本当にありがとうございました。
大天狗なロリ神様に祈ればきっと生き残れる。
妄想万歳様
じゃら男に本気でフラグが立っています。
問題は、今は暁御に構っていてそれどころじゃないところですが。
やはり、がっつくとフラグは寄ってこず、逆に逃げると追ってくるという説は…。
頑張れじゃら男。
スマイル殲滅様
大丈夫! 大丈夫なはず、多分。
多分死なないきっと死なないじゃら男はイキルヨ?
……きっと。
というか、じゃら男への心配と励ましの便りが多いです。
ただ、多分このままじゃら男が死ぬとりんが不幸なので生きます。
彼はロリの幸せのために生きています。
グンマダマシイ様
感想ありがとうございます。
そう言っていただけると嬉しいっすね、所謂ハーレム物なんで。
とりあえず、フラグマスターの弟子は、きっとフラグメイカー、というのはどうでしょう? ……どうでもいいか。
ともかく、じゃら男がフラグを作ってます、幼女を相手に。
言いたいことは一つ。
この犯罪者めっ。
さて、最後に。
フラグ乱立学院に入学するのは簡単さ! 死ぬ。
もしくは如意ヶ岳で天狗を探して講師の薬師先生に口利きしてもら――、難しいな……。