「一つ積んでは母のため」
「二つ積んでは父のため」
その日は、いつもと違った。
薬師が、意志を高く高く積み上げていた。
―――
「八十積んでは父のため」
「……薬師が八十!? どんな手品を……!」
「ふん! 天狗にかかれば全体から風を均等に吹きつけさせてバランスを保つなど容易い!」
「だからそれ反則!!」
其の二十三 俺と閻魔とパーティと。
こんばんは。
吐きそうです。
薬師です。
「……」
こういった状況でお約束とも言えるテラスに、俺は
いない。
残念ながらテラスは開放されていなかった。
故に俺は普通に外に出ているわけである。
そんな俺に、話しかける人物がいた。
「こんな所に居たのですか?」
「む、閻魔か」
振り向いた先には、白いブラウスにミニスカート、という基本的な格好に、リボンとブレザーを着用した閻魔がいる。
「面白くありませんでしたか?」
その言葉に、俺は苦笑いを返した。
「肌に合わないだけだ。俺はパーティより、宴会の方が好きだ、っていうか……」
言葉の途中で俺は顔色を悪くし、言葉を止めた。
そして、口に手を当て、
「格好付けないで言うなら……、うぇ、香水臭ぇ……、気持ち悪い……」
そんな俺に、閻魔は苦笑して俺の背をさする。
「いや、わざわざ背伸びしてまで擦ってもらわんでも大丈夫だ」
「そうですか? まあ、休憩もいいですけど、前と李知に顔を出しておかないと、怒られますよ?」
「いや、無理。どのくらい無理かと聞かれると十割三分無理」
「すごい割合ですね」
既に限界突破終了してる訳で。
よく弟たちはあんな戦場を駆け抜ける気になったもんだ。
俺にゃ、無理だ。
「俺のような老いぼれには無理」
「……私は貴方より年上です」
「失礼しました」
そうだな。
俺が老いぼれだったら彼女は古代生物だね。
いや、実際変わらない気もするが。
「何か不埒なことを考えてません?」
「いや全然」
「本当に?」
「本当に」
そんなことを言うと、突如、閻魔が顔を近づけてきた。
そしてジト目でこちらを見たかと思うと、すぐに離れる。
「何を?」
「いえ、嘘かどうか確かめようとしましたが。馬鹿らしくなってやめました」
「さいですか、ってか見えるのか?」
「浄玻璃の鏡ですよ」
だが、それと顔を近づけることに何の関係があるのか。
その答えは本人が語ってくれた。
「私の眼は私の目を見たものに自らの記憶を見せます。そして、私の目を見た者の目に映る私を見ることで、私はその者の人生を見ることができるのです」
「ほお……、至近距離で目を合わせただけで走馬灯が見る女……、強そうだな、世紀末的に考えて」
「……」
遠い目をする閻魔を後目に、俺は時計を見る。
会場の建物の壁に取り付けられた時計は、そろそろ七時を過ぎることを示していた。
俺は溜息を一つ吐く。
パーティはまだまだこれからだ。
帰ったら駄目か……?。
ううむ、これで帰ったら由美と由壱がなぁ……。
こうなったらここで時間を潰すしかないわけか。
そう思って、俺は会話を続けることにした。
「それにしても、お前さんの夫になる奴は嘘吐けないってのは大変だな」
「私、大幅に婚期を逃している気がしません?」
俺は首を横に振った。
「そうでもない?」
「なぜ疑問形なんですか」
「引く手数多?」
「なぜ疑問形なんですか」
「きっといい人が見つかる、よな?」
「なぜ……、はあ…。疲れました」
そんなお疲れの様子の閻魔は、予想外の切り口で反撃してくる。
「…貴方が何故、ここにいるのか不思議になります」
俺は即答。
「そりゃ死んだからだろ」
「はあ……、そうですね」
閻魔は、俺の言葉に諦めたように溜息を吐いた。
そんな彼女に俺は言う。
「幸せが逃げるぞ?」
「幸せは内に貯めて置くものではありません。周囲に与えるものです」
「なるほど、溜息に当たれば幸せが手に入るんですねわかります」
すると閻魔はあろうことか再び溜息。
「おう? そんなに溜息をつかれるとキャッチに向かうぞ?」
「やめてください」
そう言って呆れた顔をする閻魔。
まあ、俺と彼女じゃそりが合わないのかも知れんが。
俺は法よりも自分の享楽思考だし。
彼女は法を守る裁判長だし。
そんなことを考えて、俺は暗い夜に白く浮かぶ、閻魔の顔を見た。
「俺に呆れるほどなら、パーティに戻った方がいいんでないか?」
俺が今回の件の功労者だから社交辞令として来たならば、そういったことは気にしないから戻ればいいと思ったのだが、どうも違う様子で、閻魔は困ったように笑った。
「違いますよ」
「じゃあ、何に呆れてるんだ?」
問うと、閻魔は苦笑のまま答えてくれた。
「…貴方との会話が楽しい自分にです」
「ほお」
これまた、なぜ。
「そもそも、思い返してみると、私には友人が居たためしがありません」
寂しい人宣言来た!
真顔で言うと悲しくないのだろうか。
でも、確かに友人はいなさそうだ。
「部下は沢山、でもお友達はいない、ってか?」
「うっ、まあ、そうです。皆、気を使って話しかけてきますから」
気を使わない俺。
というのはいいことなのか悪いことなのか。
どうなのかと聞いてみたら、
「まあ、こういう関係の者が一人くらい居た方がいいでしょう」
と返された。
「本当は嬉しいんじゃないのか? このツンデレさんめ」
不意に、閻魔の顔が赤く染まる。
「そ、そのようなことは……!」
「おお、酷い。この哀れな男のことなど路傍の石ころ扱いですか」
「あ、あります……」
思わず俺は噴き出した。
流石李知さんの源流。
そんな彼女は、不満そうにこちらを見上げていた。
そして、顔を真っ赤にしながら叫ぶ。
「あまりからかわないでください!」
俺は即答。
「嫌だ」
閻魔は無言。
「……」
また溜息。
おっと、当たりに行き損ねた。
「李知の言ってることがわかった気がします」
「今日確信した。お前さんと李知さんは家系だよ。遺伝的にいじられ体質なんだ」
「生物としての基本骨子においていじられることを確定されたくないのですが」
「だったら……、からかわれる前にからかえ?」
「……それができたら苦労はしません」
そして溜息。
今だ!
「よし、幸せゲット」
「何をやっているのですか…?」
閻魔の口数十センチに手を出した俺を、彼女はジト目で見る。
「うーん? 幸せを探しに行っただけだが?」
「自分が変態的行為をしている自覚は?」
「幸せのためならやむを得ない」
その言葉に閻魔はまた溜息を吐こうかとしたところで、気が付き、止めた。
「……なあ。そういう馬鹿正直な反応がいじられる原因だと思うんだが?」
そう言った俺に、閻魔は言葉を探すが、結局見つからなかったか、話題をすり替えた。
「……嘘つきよりはましです」
「じゃああれだ。お前さんは皆に幸せを振りまいてるってことでどうだ?」
そう言った俺の顔を、怪訝そうに閻魔は覗きこむ。
「どういう、ことですか?」
何言ってんだコイツ、な閻魔に、俺は説明した。
「閻魔様はいじられるているのではない、いじられることによって、幸せを振りまいているのだ、主に俺に」
「結局いじられてる上に、主に貴方にですか」
嫌そうに、閻魔が俺に突っ込みを入れた。
対して、俺は悲しそうな顔を作る。
「ほほう、その発言は貴様のような糞野郎に幸せをくれてやるなど虫唾がはしるッ……! と言っていると考えていいのですね?」
そんな俺に、閻魔は慌てて手を振り否定した。
「い、いえ。そのようなことは決して!」
「じゃあ、俺にも幸せをくれるんだな?」
「はい!」
よし、いい返事だ。
「じゃあ、いじってもいいんだな?」
「はい!!」
俺は、その瞬間、不思議な感動を覚えた。
あの時の記憶が、俺の脳裏に飛来する。
『ああ、わかってくれたならいい。だから、俺はお前さんをこれからも親愛を込めてからかいつづけるな!』
『ああ、これからも私をからかい続けてくれ!』
こいつら……、本当に家系だ……。
「どうしました? そんな今にも泣きそうな顔をして」
そして――、今回も例の物はある訳で。
『「じゃあ、いじってもいいんだな?」「はい!!」』
「な、なななななな、なんですかそれは?」
俺が懐から取り出したのは――、
「ボイスレコーーーーーーーーダーーーー。」
「け、けし、けしなっさっ」
どもりまくる閻魔に俺は優しげに話しかけた。
「まあ、落ち着いて。落ち着いて深呼吸、吐いて、吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って吸って吸って吸って吸って吸って吸う」
「吸えません!!」
むう、全然落ち着いてないな。
「ともかく! 消しなさい!!」
「断る」
「……」
「怒りますよ?」
そんな閻魔に、俺は真面目な顔で聞いた。
「閻魔王よ、汝に問う」
「なんでしょう」
急に真剣な顔になった俺に、多少戸惑いつつも、閻魔は問い返した。
「汝、口約束を、形無き物として、軽んずるか」
俺の言葉に、血相を変えて閻魔は言う。
「そんなことはありません! たとえ口約束であっても、約束を違えるなどあってはならないことです――、あ」
どうやらようやく気づいたようだが。
手遅れだ。
「これで、レコーダーの中を消しても意味はなくなったな?」
「うぅ……」
拳を前面に下ろし、拳をぎゅっと握る閻魔はついに、涙目に入っていた。
よし、いい加減にしよう。
これ以上は自重しよう。
このままでは取り返しのつかないことになりそうだ。
閻魔マジ泣きとか。
うん、ほどほどにしないと報道者の飯の種になってしまうな。
俺は幸せを受け取る側であって、報道者に幸せを与えるような殊勝な生き物ではないのだ。
「冗談だ冗談。ちゃんと中身は消しとくさ。それより、いい加減いい時間だし中入ろうぜ」
「…本当ですよ…?」
そう言って涙目上目づかいで俺を見上げる閻魔。
紳士に見せたら襲われる恐れがあるだろう威力をもったそれに、俺は笑って肯いて見せた。
「ああ、ちゃんと消す。だから、涙目になってないで行こうぜ」
「なってません!」
そう言って否定する閻魔は涙目。
ふと思う、涙目の閻魔と俺、このまま戻ったら前さんあたりに見つかったらやばくね?
ふふふふ、俺涙目。
「どうしました? この世の終わりみたいな顔をして。早く行くのでは?」
ふふふふ、逃げられない。
俺の予想に反し、というか閻魔の涙目が思ったよりも早く治ったため俺は一命を取り留めた。
「ふう……、今日の生に感謝します」
「何をいきなり言ってるのですか?」
「いや、私事だ」
言って、俺は兄妹を探す。
と、その時だった。
「少々、喉が渇きました」
と言って、閻魔が自由に持って行っていい類のグラスに酒を入れ、グイッと煽る。
酒を入れ、グイッと煽る。
大事なことなので二回言ったが、ぐいっと煽るのは、正しいワインの飲み方ではない。
ってか、酒って全体的に一気飲みはダメ、ゼッタイなのだが、ともあれ、要するにあれは、酒だと思わないで飲んだ類であろう。
そして、今まで酒を全く飲んでない様子だったのは、よほど強いから話していてもそう感じなかったのか、弱いから全く飲んでいなかったかのどちらか。
俺は、なんとなく閻魔の性格からして……、後者だと思う。
何故……ッ! 止められなかった……?
後悔するが遅い、いやそれほど本気で後悔はしてないが。
だが、ここで酒乱誕生、泣き上戸笑い上戸に、絡み酒、なんてなったら、困る、俺が。
状況的に俺が真っ先に絡まれる。
そしてまさかの泣き上戸だった場合、閻魔様に何した貴様ァ、で、死亡が確定する。
もう、駄目か……。
俺は、辞世の句を呟いた。
「……地獄にて、二度目の死因は、閻魔様」
しかし何も起きなかった。
いや。
「きゅぅ……」
ん?
なんだきゅう、って。
妙にかわいらしい声が聞こえて、どこか遠くを見つめていた視線を閻魔に向ける。
すると、そこにはへたり込んで気絶する閻魔がいた。
「弱いって格じゃねえぞ……?」
というか……、これ、どうしよう。
―――
本当は、これからもう少し続いて終わる予定が、長くなりすぎて二話に分けることにしました。
何勘違いしてやがる……、閻魔のターンはまだ終了していないぜ!!
ずっと閻魔のターン!!
さて、返信を。
ちなみに、前回の返信は番外二になっておりますので微妙にとんでませう。
なる様
感想ありがとうございます。
賽の河原、寮、三食付き。
さらに死んでいるのに保険にも入れてくれるいい職場具合。
頑張れば高給取れますしね。
ssstp様
コメント感謝です。
てっとり早くフラグ体質になるには、悟って尸解仙になるしか。
でも、仙人になった時点で欲が消えているという本末転倒具合。
これはもう人間を踏み越えるしかありませんね。
妄想万歳様
きっと、一万年と二千年貫けばにこぽなでぽも容易で、全ての女性とフラグを立てることができるはず。
というのは置いておいて、ギャップ萌、というか、ギャップ燃えな気もします。
ギャップ萌として、次、閻魔さまがすごいことになるので注意です。
待て次回!
bali様
コメントどうもです。
妖怪大好きです。
妖怪に独自の解釈を加え、っていうか俺設定満載のこのお話ですが、妖怪好きに楽しんでもらえたなら幸いです。
そして……、私も京都行きたい。
北海道民の学生なので、正直遠いです。
私の代わりに、モテ道を歩んでください。
では、最後に。
そも、薬師は彼女いない歴千年だが、
閻魔は彼氏いない歴……(検閲により削除されました)