俺と鬼と賽の河原と。
ここは河原。
「一つ積んでは母のため」
薬師は、勢いよく、石に石を、振り下ろす。
「二つ積んでは父のため」
高い音が響き渡って、石の底面が砕けた。
そして、底面が下の石の形に砕けた石は、いとも簡単に積み上げられる。
「三つ積んでは優しかったあの頃の父のため――」
そして、一掴んで、振り下ろす。
「コロンブスの卵!」
「反則!!」
其の二十 俺と彼女とデートと。
で、俺は今、前さんと呉服店に赴いているわけだが。
「どうかな?」
「似合ってると思うぞ?」
代わる代わる、前さんは俺にその姿を見せては、意見を問うてくる。
「どう?」
「似合ってる似合ってる」
こういうの、あまり得意な方ではないんだがなー……。
現代のセンスはさっぱりだし。
「じゃあ、これは?」
「ああ、大丈夫、似合ってる」
と、言う訳で、俺はもうワンパターンになる他ないのだが、前さんはお気に召さなかったらしい。
「むぅ……、真面目にやってる?」
「むう…、真面目にやってるつもりなんだが」
これ以上俺に何を望むというのか。
「じゃあ、薬師の中で何が一番良かった?」
それなら言えるが。
「あー、さっきの赤白横ラインの奴と、黒いミニスカート?」
「これ?」
前さんが言った服を見せる。
俺は肯いた。
「そう、それだ」
言うと、ふたたび前さんは試着室に引っ込んで、また俺の待ち時間が始まる。
「うん。これ、買っていくね?」
「おう」
一緒にカウンターまで向かい、代金を払う。
さようなら。
俺の財布はまた軽くなっていく。
店から出て、俺と前さんは隣り合って道を歩いた。
「うふふふふ、次はどこに行こうかなぁ?」
だが、こんなに楽しそうな前さんを見れるなら、悪くはないんじゃないか?
それから、俺達は服飾関係の店を二人ではしごすることとなった。
俺の財布はmgまで重さを減らされるらしい。
ただ、上機嫌に前を歩く前さんを見てるとそれもいいか、と思う。
と、いかんいかん。
このままでは無一文だ。
俺は表情を引き締めると、彼女の隣に追いつくよう、歩く速度を上げた。
「なあ、前さん」
「なあに?」
「いや、上機嫌だと思ってな」
すると、にこにこと笑いながら前さんは言った。
「そりゃ、薬師と出かけてるんだもん、楽しくないわけがないけど?」
「俺と出かけるのが楽しいのか?」
聞くと、急に前さんは唇を尖らせた。
「むぅ……、朴念仁」
「朴念仁? 俺が?」
「うん。どう考えたって」
うーむ、判らん。
大体十やそこらのあたりで全くその辺は鈍くなっているからな。
と、そこで、前さんがふと気付く。
「あれ? ここって、遊園地だったっけ?」
その視線を追うと、少し先に、遊園地の端が見える。
奥には観覧車も。
「あー、あったな。行ったことはないが」
俺の言葉を聞いているのかいないのか。
ただぼんやりと遊園地を眺める前さんに、俺はもう一つ、言ってみた。
「行くか?」
前さんは、肯いた。
結果、やたらとファンシーな遊園地を俺は前さんと二人で歩いていた。
財布は、微粒子並みに軽くなったが、後悔はない。
とりあえず俺は、何をするか探してみる。
そして、なんとなくジェットコースターが目にとまった。
「ジェットコースターでも、のっとくか」
前さんは、少し戸惑っていたが、すぐに言う。
「ジェットコースター、かぁ、乗ったことないな」
そんな前さんを見て、俺はふと気付く。
「もしかして前さん、遊園地初めてか?」
いや、俺も遊園地有段者と呼べるほど来ているわけじゃ、ってか二、三度くらいか。
「実は、そうなんだよね」
そう言って寂しげに笑う前さんを見て、俺はあえて茶化して見せた。
「そうでございますか。では、全力でエスコートさせてもらいますよ、御姫様」
そしたら、変な顔された。
まあ、それでもいつもの顔に戻ったからいいのだが。
「さて、行くか、まずはジェットコースター。あとは定石と言えば――、コーヒーカップもありか? ウォータースライダーも、あるのか」
少ない知識から絞り出しながら、俺は前さんの手を引いて、ジェットコースターの下まで歩いて行った。
そして、後悔する。
「……うぇ、気持ち悪い……」
俺は、ベンチに座る前さんの背を一心にさすっていた。
そう、前さんは全くこういう乗り物系がダメだったらしい。
ジェットコースターでダメージを追った前さんのために次はコーヒーカップにしたのだがこれも駄目。
結果、こうなると。
「ごめんね? その、迷惑かけて」
バツが悪そうにする彼女に、俺は笑いかけた。
「それは言わない約束でしょおとっつぁん? いや、おとっつぁんっておい」
「…自分で突っ込んでる」
「いや、前さん突っ込むの辛そうだしな。セルフでやってみた」
「うん…、でも、これじゃ何も乗れないね」
微妙に前さんが気落ちしている。
そういう彼女を見るのは、得意じゃない。
「気にすんな。遊園地は乗り物だけじゃない。ってか乗り物しかないなら潰れてしまえそんな偏った遊園地」
言いながら、容態の安定した前さんの手を引く。
次はどこへ行こうか。
その次は、お化け屋敷に行ってみることにする。
そもそも、ここにいるのは全て幽霊だし、幽霊が幽霊を見て驚くというのは随分と倒錯的で、皮肉が利いているのだが。
まあ、誰も文句はつけない。
霊になっても精神は生前のままだしな。
とか考えて。
前さんの手を引こうとして。
「どうした?」
微妙になんか顔が引きつっている気がする。
あと、動こうとしない。
「い、いや、なんでもないけど?」
なんとなく、S心が芽生えた。
「そうか、なら行こうすぐ行こう。大丈夫、お化け屋敷は揺れない」
「ぇ……? うん、そうだね」
「ま、怖いって言うなら別だが――」
「そんなことないよ! さ、行くよ薬師!」
その結果。
「ひゃあっ!!」
「まあ、待て、落ち着いてくれ前さん。俺に飛びつくのはともかく金棒は振り回さないようにするんだ。薬師お兄さんとの約束だよ?」
言う事があるとすれば、逃げて、幽霊の人逃げて。
「きゃあっ、やっ……。ひゃああっ!!」
「金棒ダメ、ゼッタイ」
そんな俺は、現在進行形でさば折りタイム。
そんなにきつく締めると、胴と下半身が別れを惜しんでしまうぞ?
「ぐぎぎぎぎ、こうなったら仕方がない」
「ほぇ?」
前さんを抱えて走る。
走る、走る。
「どいたどいた! 重くてでかい鉄の棘付きな鈍器に殴られたくなかったら逃げろ!」
そしてついに。
「出口っ! 吹き抜ける!!」
俺と前さんは外に転がり込んだ。
いや、表現としてはおかしいな。
「ぜっ、ぜっ……」
俺は、吸えない息と格闘する。
どういうことかって?
「薬師、どうしたの……?」
「すごく、首がしまってるんだよ。無茶な首絞めはやめよう。……薬師お兄さんとの約束だ」
すると、はっとしたように前さんが腕を離す。
「ご、ごめん!」
「いやいや、このくらいならその内いい気分に――、なりたくはないな」
そんな趣味は無い。
「ごめん。これじゃ、遊園地なんて楽しくないね」
しおらしい前さんに俺は首を振って笑った。
「十分楽しいっての」
「嘘。首絞められてたのしいわけないもん」
「いや、だから慣らせば快感に、ってそれはいい。いや、俺としては楽しかったぞ? お化けが怖くてきゃーきゃー言う前さんが」
その瞬間。
なんというかいきなり前さんが沸騰した。
「そ、そんなことないもん」
「じゃあ、さっきの醜態について詳しく」
「う、あれはちょっと驚いただけ」
「お、おい前さん!! 後に生首が!!」
「ひにゃぁああッ!!」
ごっふぅ。
前さんから鳩尾に頭突きを貰ったぜ。
だが、そこは大人の余裕。
脂汗を暑いせいとひた隠しにし、言う。
「いないぞ? 生首なんて」
「ほんと? ほんとにいない?」
「ああ、いないいない。怖いよな、生首は」
「うん、そうだよね。生首は……、怖いよね」
「って怖いんじゃないか」
「あ」
そして、一度憤慨して、落ち込んで、今度は開き直った。
「……お化けがが怖くたって、いいじゃん」
道すがら、前さんが口を尖らせながらそんなことを言う。
「怖いものは怖いもん」
「おう」
「別に夜中厠に行くのが怖くたって仕方ないじゃん」
なんか、別のことまで暴露してないか?
「だって、李知だって怖いの駄目なのは一緒だもん!」
「うん。そうだな。お化けは怖いな。俺も、赤い髪で縞模様の服を着た鬼に首を締められるのは怖い」
「もうっ!」
そんなこんな。
だが、意外と楽しかった。
乗り物には乗れないわけだが。
騒ぐだけで楽しいもんは楽しい。
そして、最後にと、二人、観覧車に乗り込んだ。
最初は、無言。
次第に気まずく。
ついに、前さんが口を開いた。
「ねえ、李知のこと好きなの?」
「それは、ライク的な、か? だったら好きだが?」
「そっちじゃなくて。恋愛として」
「だったら、否だな」
「じゃ、嫌い?」
違う。
そうでもないんだ。
ただ、ただ一つ。
「なんつーか、自分が恋愛してる姿が思い浮かばない」
それに、前さんは一つ、ため息をついた。
「いつも、薬師はそうだよね。ねえ、どうして? どうして薬師は、恋愛ごととなると、そうなるの?」
それを、言わなければいけないのか。
正直に言って、はぐらかせる雰囲気でもなく。
諦めたように、俺も溜息を吐かせてもらうと、暴露した。
「俺の父親は、暴力亭主だった。その一言に尽きるな」
「え?」
俺は、驚いた顔の前さんに、続けた。
「この俺とて昔は子供だったわけだが。俺は、父親に殴られる母親の姿を見ていた。その瞬間、結婚する俺が脳裏に浮かばなくなった」
俺の父親は、酒を飲んでは母親を殴る。
次第に、俺は父親のようになるんじゃないかと思った。
故に。
結婚に踏み出すことはできない。
そして。
「母親は、俺と逃げた。母の実家は、温かく受け入れてくれたよ。母親はな」
もともと、彼らは駆け落ち同然だったらしい。
実家の人間にとって父親は憎むべき存在で、その血を持つ俺は、気に入られることはついぞなかった。
「俺は、そうだな、空気だった。母親がいなきゃ食事すら満足に与えられん。せめて、罵られりゃ楽だったはずだが、俺は完全にいないものとして扱われた」
幼いながら、思ってしまった。
恋、結婚、愛。
これらは、俺のような生き物を生む。
「俺にとって恋愛や結婚は縁遠い話になった。俺が父親の二の轍を踏むかも知れんからな。そうなったら、忍びないだろう? 俺の子に」
そう言って、俺は笑った。
愉快な話じゃない。
故に笑ってでもいないとやってられん。
まあ、それだけじゃなくて、それを固定化した要因があるんだが。
「ほいほい、こんな暗い話はどうでもいいっつに。それより、俺の財布はここで限界だ」
前さんがきょとんとした顔になる。
「よって、てか、もう五時か。それなりにいい時間になったもんだ」
うーむ。
「ってことで、取りあえず銀行に寄ろう。その後飯を食いに行こう」
「え? うん」
事は、その銀行で起こった。
「そいじゃ、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
俺は、前さんと別れて、銀行にはい――、あれ?
「強盗、ダメ、ゼッタイ」
何で人々が数珠つなぎになって銃を突き付けられてるのかなー?
そもそも地獄に銃なんてかなりきついはずなんだがなー、管理が。
と、そこで俺の闖入に驚いた三人の強盗が言う。
「動くな! 手を挙げろ!!」
「床に膝をついて足を交差させ、手を頭の後ろにあてろ!!」
「床に伏せて両手を腰の上で組め!!」
――どうしろと?
主に手をあげて手を頭の後ろにあてて、腰の上で組まなきゃいけないの?
阿修羅でもなきゃ無理だっつに。
「は、早くしろ!! でないとこいつを撃ち殺すぞ!!」
そう言って、男の一人が銀行員の女性を掴んで、銃を突き付ける。
だから、どうしろと。
俺は呆れた声音で、
言った。
「あー、はいはい。だが、残念だが、今日はそこの銀行員さんに、運があるみたいだ」
「何言って――」
そう言おうとした男の声を遮り、言う。
「いい風が、吹いてる」
俺は、通常通り金を下ろすと、平然と前さんの元へ戻った。
本当は色々事後があるのだろうが、人をまたしてんだよとごねたらなんとかなった。
「よ、終わったぜ」
「時間かかったね」
「混んでたんだ」
危ないマスクの人が来るくらい。
と、そこで、電気屋のテレビに映るニュースに、俺の眼は釘づけになった。
「どうしたの?」
それだけではない。
あちこちから聞こえるサイレン。
そして、耳障りに聞こえる放送。
『地獄の各地で、強盗、テロ活動が相次いでいます。皆さん、家から出ないようにお願いします』
「こりゃ、夕飯とか言ってる場合じゃねーな」
―――
二十です。
なんかあれです。
大幅修正がかかりそうな予感がします。
とりあえず三回ほど見直したのですが、眠さのあまりちゃんと書けてるか微妙です。
後で見てみるに堪えないものだったら直すこととなりましょう。
ちなみに今回は、薬師の過去が公開されました。
ああ、こりゃ女性に優しくなるし性欲もなくなるわ。
ってな感じの。
なんというかトラウマチック。
次の話は、薬師の過去にバーンと迫って、ついに彼の正体が明らかになったり。
なんというか、あれなんですよね。
トラウマもちが多すぎる。
だから、この微妙な関係が続くのでしょうが。
あ、それと、だいぶ前(前の前の投稿)なんですが、十八の後半、レストランのやり取りを追加していますので、読んでない方は読んでおくといいかもしれません。
さて、返信を。
妄想万歳様
薬師の特技は旗を立てることです。
問題は回収する気がないことか。
名前もない商人少女ですら、そのハートをブレイクしちゃったり。
スマイル殲滅様
感想ありがとうございます。
何度でも叫んでみるといいですよ?
鬼っ娘は人類の生みだした叡智の結晶っ!!
さて、性欲がないことについて色々晒した薬師ですが、これでは別ベクトルで心配になってくる。
00113514様
感想、感謝です。
確かに、地獄ラブコメはあまり見ませんね。
目撃証言があれば拝みに行きたいですが。
ちなみに、薬師の懐事情ですが、三食寮で出るので、完全に食費が浮くのです。
そのおかげで、かなり生活費を切り詰められた挙句、こういうときくらいしか金の使い道は無い薬師だったり。
ねこ様
本日の石積みはコロンブスの卵方式でした。
でも、石が一部砕けるってどんだけ叩きつければいいんでしょうね。
こっからは完全に関係ない話ですが。
あと、貴方のHNを見て、不意に清杉を思い出しました。
ザクロ様
お久しぶりです。
なんか風邪で寝込んだりしてあれでした。
仕事は、まあ大体現世と変わらないんですが、河原とか、死神、渡守とか地獄専用の職種があったりします。
あと供養課とか特殊な課とか。
XXX様
はい、彼女はろりっ娘です(笑顔)。
別に小学レベルじゃないけど、前さんより年上くらいかな。
実年齢ではないですが。
ちなみに、なんか白っぽいようなクリーム色っぽいような髪を、胸の前でまとめています。
実はいつか再登場させたいキャラの一人。
会話のテンポが良かった。
獣様
感想どうもです。
薬師の旗立機能は、彼の意志とは関係なく発動するのです。
さて、鬼っ娘に目覚めてくれたようでなによりです。
さあ、更に奥深くに突っ込んで妖怪萌えを――、うわなにをするやめ。
あと、誤字報告ありがとうございました。
修正しておきます。
さて、最後に。
フラグ立ても程々に。薬師お兄さんとの約束だ。