俺と鬼と賽の河原と。
ここは河原。
「一つ積んでは母のため」
三列ずつ、互い違いになるよう高く積み上げた細い石。
「二つ積んでは父のため」
彼は、その中の一つを、抜きとる。
「三つ積んでは優しかったあの頃の父のため――」
そして、一番上へ、乗せて――。
「あー、崩れた……」
「遊ばない!!」
その名はジェンガ。
其の十九 俺と彼女と気まぐれと。
それは、ただの気まぐれだった。
ほんの少し、気分で出かけて帰るルートを変えて。
何の気なしに、路地を見つめて。
なんとなく、その露店が目に入った。
露店の主と、不意に目が合う。
「ねえ、お兄さん。何か――、買っていかない?」
「なにも狩ってはいかんよお嬢さん」
「ねえ、お兄さん。何か、字が違わない?」
身なりの汚い、少女だった。
その少女は、黄土色のシートに体育座をしながら、こちらを見上げる。
運営は、全力で地獄を支えているが、全てに行き渡ることはない。
多分、今までもこれからもそうだろう。
たった数千万の国ですら人々が貧困に喘ぐのだ。
それから見れば、人数に対し、地獄はよく行きとどいている。
と言ってみても――、目の前の少女に憐みが湧くわけではない。
「買ってよ」
「悪い、金ない」
そう言って、俺は両手を上げる。
すると、目の前の少女に溜息を吐かれてしまった。
「そう……、じゃ、いいや。引き止めてごめんなさい」
それが、癪だったので、俺は何となく、聞いてみる。
「そういや、お前さんなに売ってんだ?」
「客じゃない人には教えない」
「そう言わずに、旅は道づれ世は情け?」
「なにそれ?」
「いや、一期一会?」
すると、目の前の少女は首をかしげた。
「意味わかんないよお客さん?」
俺は会心の笑みを浮かべる。
「今、お客さんって言ったな?」
「え?」
少女がきょとんとする。
「客じゃない人には教えない」
「あ」
そして、先ほど彼女は俺にお客さん、と言った。
と、すると――
「言ってない」
むう、中々強情だ。
「言った」
「証拠がないよ」
「ある」
「どこに?」
俺は、言われて着流しの懐に手を入れた。
「テーープレコーダーー」
微妙にやる気無さげなままでありつつも、間延びした声で言ってみる。
「なにそれ」
反応は冷ややかだった。
「いや、青いネコ型ロボットの」
「なにそれ」
「通じない世界の人か」
「うん」
なんだ。恥かいただけじゃないか。
「まあいいや、忘れろ」
「半分了解」
「半分かよ。ともかく、これが証拠だ」
「録ってない」
そう言う少女に俺はレコーダーのスイッチを押して答える。
『意味わかんないよお客さん?』
「ずるい」
「大人はずるいんだ」
言いながら、レコーダーを懐に戻した。
目の前の少女は、もう一度溜息を吐いて、言う。
「アクセサリ」
「ほう? お前さんが作ったのか?」
「うん」
「ほぉー……、見ていいか?」
「というか、聞かないで、見ればすぐわかったのに」
言ってくる少女に俺は首をふる。
「それは公平じゃない」
「そんなもの?」
「そんなもの。で、見ていいのか?」
「客以外には見せない」
その言葉に、俺は意地悪な笑みを浮かべた。
「客だ」
「違う」
「君がそう言った」
「ずるい」
「大人はずるいんだ」
「結局、フェアじゃない」
「そんなこといったかな?」
「言った」
「テープレコーダーは?」
「持ってない」
「じゃあ言ってない」
「ずるい」
「大人はずるいんだ。ってことで見る」
そこには、銀細工やら民芸品風味のものやら。
ストラップから指輪、ネックレスまで多彩においてあった。
「すげえな。こんなもん作れんのか」
「ねえ、だったら買ってかない?」
「だから金ない」
また、溜息。
「そう、じゃ、いいや」
俺は一通り見て、立ち上がる。
「それじゃ、俺は行くとしよう」
少女は無言。
「さよならの一つでも言ってくれると嬉しいんだが」
「もう客じゃない」
「さいですか」
言って、俺は歩きだす。
そして。
「今日はすっからかんだが――、明日また会えたら、縁があったってことでなんか買ってやるよ」
その瞬間、背の向こうから、がたり、と音が聞こえた。
思わず振り向くと、向こうに、立ち上がった少女。
「ほんとに!?」
「本当ほんと」
俺は、顔だけ少女の方に向けて苦笑いした。
「現金なもんだ」
「現金ないと生きてけない」
「世知辛いな」
そう言ってまた歩き出そうとしたら、すぐ横に、少女がいた。
そして、懐に手を突っ込まれる。
「うお? ここは叫ぶべきか? きゃー、変態、痴漢、じゃねえ、痴女だ」
「叫ばなくていい」
少女は、言いながら、俺の懐からあるものを取り出した。
「お、俺のテープレコーダーに何をするんだっ……!?」
「ここで言って行ってよ」
「い、炒って逝ってよ? お前…、残酷なことを言うな……」
「言ってない」
「炒ってない? そのまま逝けと?」
「そのネタはもういい」
「そうか。で?」
「約束」
約束。
なにを?
「ここで、宣言して行ってよ。また来るって」
「な、なんだってー!?」
「何で驚くの? 意味わかんないよお客さん」
「大人の礼儀だ、ってかお客さんにもどってるし」
「大人って大変ね」
「おう。で、また来る、って言えばいいのか?」
「うん。ほら」
少女が、マイクのスイッチを入れた。
俺は、真顔で宣言する。
「あー、俺は、また、この店に、来ることを、ここに、宣言、い、た、し、ま、す」
「最後の方意味わかんないよお客さん」
「なんか普通にやっても面白くなかったんだよ店主さん」
「そう、じゃ、これは預かっとくね」
「へいへい。じゃ、帰るか」
再び、俺は踵を返す。
だが、また呼びとめられてしまった。
「で、今度は?」
「指きり」
「んー」
言われるまま、俺は少女に小指を差し出した。
「ドスでざっくりとか無しだぞ?」
「どこの世界の指きり?」
「うーん、裏?」
「まあ、いいや。指きりげんまん嘘ついたら針千本呑ーます。指きった」
「うし、俺は帰るぜ」
「うん、それじゃ、また明日」
また明日、と返して俺は再び歩き出した。
「そういや、指きりは通じんのか」
そして、次の日。
俺は、昨日と同じ路地を歩いていた。
そして、昨日と同じ地点に、昨日と同じく、彼女は座っていた。
「よぉ」
「ほんとに来たんだ」
「針千本は辛いからな」
「そう、あ」
「どうした?」
「今日はスーツ」
「今日は河原の定時集会だったんだよ」
「でるようには見えないのに」
「いや、俺は真面目なんだよお嬢さん」
「ふ?」
「いや、ふはつけない。真面目だよ」
「へえ…」
「興味無さそうだな…。ま、大人は大変なんだよ」
「ふぅん、で、何を買っていくの?」
聞かれて、俺は屈みこむ。
「ふーむ?」
昨日も見たが、中々に多彩で、どれがいいか決めにくい。
というか、俺が付ける訳じゃないからな。
「実用性って、なんだろうな」
「何言ってんのかわかんないよ?」
「いや、俺はアクセサリとかしないんだが、果たして、な」
すると、にやりと少女は笑う。
「そんなの、一つじゃない」
「なんだ?」
「プレゼント」
ぽん、と俺は手を叩く。
「おお」
そして、
「だが、俺にはさっぱり機微が解らんな」
「私に任せて」
言うと、少女がアクセサリを選び始める。
「これとこれと、これと、これ、かな」
「値段は?」
すると、少女は二つ、指を立てた。
二文? いやー安いなー。
「特別にきりよく二貫文」
「高くね?」
「適正価格。むしろ安い方。お客さん、他だともっとぼったくられてるよ?」
「嘘くせ。特にその棒読みが」
「ソンナコトナイヨ?」
うん。
嘘くさ。
てか、二貫文あれば、俺の現世で言う――、換金めんどくさいな。
えー、だいたいあれだ。
おにぎりが、二百個近く買える?
だが、
「ま、しゃあねえか」
「買ってくれるの?」
少女は、少し意外そうだった。
「言った以上はな。ほれ」
「え? これ二分も……」
「細かいのねーんだよ。そっちにゃおつり、ないだろう?」
言って、俺は選んでくれた装飾品を掴んで、立ち上がる。
「そりゃないけど…。悔しいな」
「そうかい」
「いつか、おつり返すね」
「そうかい。じゃ、行くか」
「そう。また私はここでやってるから、また買いに来てよ」
「へい、へい」
言いながら、俺は歩きだし、十歩ぐらいで足をとめた。
振り向いて、少女を見る。
「そうだ。俺そんなに知り合いいねーからまずはお前にやるよ」
「何を?」
「プレゼントとやらを」
俺は、その手にあった銀細工のネックレスを放り投げる。
それはコツン、と少女の頭に当たった。
「じゃあな」
「むう、悔しいな」
「その内見返しに来いよ」
「そっちが来てよ」
「気が向けばな」
「ここで宣言」
「残念。レコーダーはこの手の中さ」
「あ」
俺は彼女にレコーダーを取り出してみせる。
「そういうこった」
「残念」
「それじゃ、行く」
俺の背に、少女の声が掛かる。
「またのご来店を、お待ちしております」
とある、レストラン。
テーブル上に前さんは肘をついて、半眼で俺を見つめている。
「へぇ……、そっか…。こないだ、李知と出かけてたんだぁ……」
「お、おう」
不機嫌に。
「へぇ…、そうなんだ。あの日は…、あたしも休みだったのに、全くノータッチで李知と出かけてたんだ…」
「お、おう」
これは不味い。
逃げろ俺。
逃げれたら苦労しないさ俺。
「しかも――、何度か電話掛けてたんだよ?」
「お、おう」
ああ、あの時は電源切ってたね。
李知さんに怒られそうだったから。
しかし前さんは怒っている。
ほったらかしにされているのがそんなに腹にすえかねているのだろうか。
待て待て、考えてみろ。
こういう際は立場に自分を代入してみればはっきりする。
たとえば――、前さんが休みに、じゃら男と出かけていたら――。
殴るな、じゃら男を。
なるほど。
何か気に入らない。
「そ、それで、何かしたの?」
不意に、前さんの言葉が届く。
思考に徹していた俺の意識が急浮上し、
正直に洗いざらい吐いてしまった。
「触れ合いすらしなかった」
くそ、こないだも同じようなこと言った記憶がある。
男としてどうなんだろうな。
とそれに対し前さんは、安心したような呆れたような顔で――、
「…そうだね。薬師にそんな展開を期待する方が間違ってた」
「……」
それは傷つくぞ、前さんよ。
「むぅ……」
そして未だ前さんは納得してない様子。
どうやって、機嫌を直してもらうか。
とは言っても、俺に気の利いた台詞は無い。
大丈夫、愛してるのは君だけさ。
茶化して言うならいいが、これを真顔で言ったら気味が悪い。
いきなりこいつは大丈夫か? って顔をされるに違いない。
そして茶化して言ったら殴られても仕方ない。
「うー、む」
「何を悩んでるのさ」
「さて、どうやって機嫌を直してもらおうか、とかかな?」
「直してほしいの?」
「当然」
……、そうだ。
「お前さんに良い物をやろう」
「飴とかお菓子とかは駄目だよ?」
「そんなもの持ち歩いてねーよ」
「いや、薬師のことだから飴ちゃんやるとか言ってきそうで」
流石にやらねえよ。
やらない、よな。
まあ、いいか。
俺はポケットに手を突っ込むと、とあるものを取りだした。
さてさて、皆さんお立会い。
ここでひとつ試してみようか。
不機嫌な女性にプレゼントは、
――、如何程の効果があるのやら。
「ほれ」
「え? なにこれ」
「指輪?」
「う、うん」
「さすがに三か月分の蓄えはなかったぞ?」
「そうだろうけど、貰って、いいの?」
「当然至極」
そのために買ったようなもんだ。
まあ、他にやる人も中々見当たらんし。
「そう……、ありがと」
おお、前さんが微笑んでくれた。
「どういたしまして」
「つけていいかな?」
「お好きに」
そういや前さんの指のサイズは知らないな。
まあ、露店主はフリーっつってたから大丈夫か。
あっさりと、前さんの薬指に銀細工の指輪がはまる。
「って何故に左手」
「あ、あ、ごめん」
慌てて、前さんが指輪を右手の薬指に付け替えた。
「右手の薬指……、確か、精神の安定と感性を高める…、だったか」
「変なことばっかり知ってるんだね」
「年の功だな」
「あたしの方が年上」
「そうかもな」
言って、俺は席を立ちあがった。
「さて。じゃ、行くか」
「うん、いこっか」
つい、四日前に李知さんと出かけ、昨日は露店で物を買い、
今日は前さんとあちこち回る約束をしている。
俺は、どれだけ散財をやらかせばいいんだ?
今日の河原も平和だが、俺の財布には氷河期が訪れるようです。
――――
其の十九です。
ついにこちらに移行しました。
ドキドキしてます。
さて、本当は露店少女との会話なんて殆ど無くて、そのまま前さんとのデートになるはずが。
露店少女のノリの良さのせいで半分メインこっちじゃね?
の状況に!
まあ、予定通り前さん編Bパートに進みますが。
さて、返信します。
XXX様
そうですね。
薬師のモテ期っぷりは作者も殺意が芽生えるほど――、っげっほん。
そんなことはないですよ。
いつも思ってます。
薬師ー、頑張ってー。
さて、それでは最後に。
薬師、代わってくれ!