俺と鬼と賽の河原と。
ここは河原。
「一つ積んでは母のため」
ヒュンッ、ポチャンポチャン。
「二つ積んでは父のため」
ヒュン、ポチャン。
「三つ積んでは優しかったあの頃の父のため――」
ヒュン、ポチャンポチャンポチャン……。
「水切りで遊ばない!!」
其の十七 俺と酒場でただの小噺。
日もどっぷりくれた夜。
俺は、青くてでかくて角付きな男と酒場にいた。
「いつもは前さんと飲みに来るんだが、飲める奴と来るのも楽しいな」
「へぇ? 彼女は下戸なのかい?」
開けた一升瓶はすでに二桁に突入している。
むう、鬼兵衛め、意外とやるな。
いや、これが鬼の正しい姿か。
「おうよ。俺が飲み終わる頃には――、大抵寝てる」
俺は、一度コップを置いて、続けた。
「まあ、それでも付き合ってくれるんだから、付き合いがいいのか、量飲めなくても酒が好きなのか」
すると、何故か鬼兵衛は、目を丸くして、こちらに言って来た。
「そうなのかい? 僕には、別の理由があると思うんだが……」
「うん? どういうことだ?」
「いや、わからないならいいんだ」
鬼兵衛が言って、グラスを煽る。
変なやつだ。
と、思っていたら今度はこうだ。
「なあ、君の周りには魅力的な女性が多くいると思う」
全く、何を言っているんだこいつは。
酔ってるのか?
酔ってるのか。
「だが、ま、そうさな。前さん、李知さん、暁御、それと由美と皆気立てのいい」
ああ、確かに鬼兵衛の言う通りだ。
だが。
「しかし、その内由美もどっかに嫁ぐのかねぇ? まだ、早いたぁ思うが、そう思うと寂しくなるな」
秋御は、じゃら男と上手くいってくれるのだろうか。
李知さんは不器用そうだが、きっといい男を捕まえるんだろう。
前さんは――、どうするんだろうな。
何とも、父の気分だ。
などと考えていると、鬼兵衛に苦笑された。
「家族登録から半月もしないのに、すっかり父親気分だね」
俺は、それに苦笑で返して、酒を注ぐ。
その間、何やら鬼兵衛は考えるような仕草を見せて。
俺が注ぎ終わるのを見ると、考えがまとまったのか、こう言って来た。
「君は、母親を作ってみる気はないのかい?」
「は?」
思わず聞き返したが、そうか……。
父も娘も、弟なのか息子なのか解らないのもいるが、母親は、居なかったな。
あの二人は、母親についてどう思うのだろうか。
その思考は、鬼兵衛に遮られた。
「今、娘さんと息子さんに母親が必要かどうか考えてるのかな?」
「図星だ」
俺がそう言うと、鬼兵衛は違う違うと手を振って見せた。
「君は、恋をしないのかい?」
ああ、そう言うことか。
「なるほどなー。だが、恋かぁ……。考えたこともなかったな」
しみじみ思う。
色恋沙汰とは無縁の人生だった。
そんな俺に鬼兵衛は、怪訝そうに聞き返す。
「そうなのかい?」
俺は肯いた。
「ああ。あれ? お前にはいってなかったっけか。俺、性欲ねえんだよ。だからって訳でもないが、なんとなく恋は舞台の向こう、夢のまた夢、って言うかな」
とにかく、生前、俺は子を残さないのに恋してどうする、なんてことを思っていたわけで。
「そうだったのか……、というか、それで大丈夫なのかい?」
まあ、男としては致命的かも知れんが。
俺は笑って答えた。
「意外と問題ねぇよ」
「そうか、ならいいんだけどね」
「そういや、お前さん、娘がいるんだっけか?」
「うん。だけど最近反抗期みたいでね……」
「あれ? 何歳だ?」
「今年で十六、になるよ」
「あーあー、そのころの娘なんて大体そんなもんだって」
「そうなのかなぁ……。うーん、でも見てくれよ。この三歳のころの写真。この頃はよかったなー。お父さんお父さん、って」
「うぉ、写真まで持ってきてんのか。ま、確かに可愛いたあ思うがね。だが、昔が名残惜しいのもわかるが、今の娘さんも見てやらんと嫌われるだけだぞ?」
「うん……、そうだね。今度ちゃんと話とかしてみるよ」
「おうおう、その意気だ」
酒も進みに進んで夜もどっぷり。
俺と鬼兵衛が父の会話を繰り広げている時だった。
「飲んでるねぇ」
「お?」
不意に掛けられた声に振り向くと、そこにいたのは髭面の赤鬼だった。
「誰だ?」
聞くと、その鬼はにやりと笑った。
「鬼だ」
その言葉に俺は吹き出した。
ああ、酔ってるなー。
「っぷ、っはは。そうだな、失礼なことを聞いたよ、我ながら」
「そうだな。で、一人で飲んでてもしゃあねえんだわ。相席いいかい?」
そう言った鬼に、俺は肯いた。
「全然構わんよ。鬼兵衛は?」
「あ、ああ、僕も構わないけど?」
そう言った鬼兵衛は、微妙に赤ら顔。
青鬼なのに赤ら顔とはこれいかに。
というのはともかく。
その言葉に気をよくした赤鬼は、勢いよく酒を頼みながら、俺等のいる畳の上、詳しく言うなら鬼兵衛のとなりにどかりとすわる。
赤鬼青鬼というでっかい奴が前に座っているとなるとかなりの迫力だと思う。
「くははは、呑んでるねえ?」
「まーな」
俺は、答えながらもう一度グラスを煽った。
しっかし、誰なんだろうな、こいつ。
しげしげ見つめていると、それを気にもせず赤鬼は酒を注いでいく。
そして、一気に煽る。
「っぷは。いいねぇ。酒は神からの贈り物だ」
「それには同意するよ」
そう言って鬼兵衛は肯いた。
二人とも楽しそうだ。
「ああ、酒はいい。だが、煙草もありだ。あんたぁどうなんだい、黒い人」
黒い人ってのは俺のことか。
「前は呑んでたんだがな。肺に悪いって煩い奴がいて、やめた。なんつーか、心配するようなことは何もないんだけどな。髭達磨」
言うと、今度は髭達磨が吹きだした。
「っぷはははは、言うねぇ。で、そのうるさい奴ってのは、生前かい?」
「ああ、そうさな。関係としては、部下みたいな感じだったかもしれないし、ただのお手伝いだったかもしれない。もしかすると助手、なのかもな」
すると、髭達磨はなんだそりゃ、と言いながらも、こう続けた。
「だが、心配してくれる人がいたってのはいいことだな。だからお前さんもやめたんだろ?」
「そうだな」
そういや、現世に残した奴らは元気にしてるんだろうか。
まあ、今となっては知る由もないが。
「で、そう言うお前は? 酒も煙草も好きなのか?」
聞くと、髭達磨は、豪快に肯いた。
「ああ、大好きだ。もっぱら俺はキセルだがな!」
言って大笑いする。
騒がしい奴だ。
「ま、あんたらも大概だが――、気をつけてくれよ? 酒は飲んでも呑まれるなってな」
まあ、飲み過ぎはいかんな。
「液体を喉に通すことを食を欠くと書いて飲む、と言い、丸飲みすることをどんの方で呑むという。この場合、人間は酒を飲み、酒に呑まれるのが人間なわけだ」
だが、髭達磨は言いながらもにやりと笑って見せた。
「ま、俺達酒呑みには関係ない話だな」
そして、すぐにそれは豪快な笑い声へと変わる。
本当になんなのか、こいつは。
予想はつく。
多分、こいつは俺の調査に来たのだろう。
例えただの一般市民とはいえ、閻魔を巻き込む騒動となったのだ。
見た目それほどじゃなくても、運営側の方はてんやわんやになったに違いない。
そしてその原因の一つの俺を見にくる。
で、性格的に問題なしだったらそれで終わり。
何かを企んでいる風だったら何らかの行動を起こす、と。
だが、聞くのは憚られた。
これで全く見当違いのただの酔っ払いだったら、本気で恥ずかしい。
なんというか、大推理を見せて、当てた犯人が濡れ衣だったくらいには恥ずかしい。
いや、待てよ?
酔った勢いということにしてしまえば――、誤魔化せる……!
そう思った俺は、実行に移して見た。
「で、俺の観察にでも来たのかい? 酒呑童子さんよ」
皮肉気に、笑って言う。
すると、赤いのは、目を丸くして――、
マジか、しくじった。
おし、誤魔化そう。
「なん――」
「俺が酒呑童子ってよくわかったな? 坊」
てな?
って、本人様かよ。
「見え見えだっての」
「流石に鋭いな。坊は」
髭達磨が、心底愉快そう先程とは違う笑みを見せる。
いや、当てずっぽうだったんだけどな?
なんつーか、大酒のみの赤鬼、ってことで皮肉として酒呑童子っつったんだが。
ここは見栄張っていいとこだよね?
そう思って見え見えだ、なんて言ってみたわけだが、相手はするすると喋る喋る。
隠す気なんてないらしい。
「いやな? 流石に坊連中がなんかやらかしたとあっちゃあ、上も訝しがるわけさな」
「坊って呼ぶなよ。地獄じゃ、少なくとも薬師だ」
「で、だ」
そこから、髭達磨の笑みが普通に戻る。
「坊がいきなり閻魔を顎で使うなんて言うからどんな悪だくみしてんのかと思ったら、普通にパパやってんだからこりゃ笑えるぜっ!! はっはっはっは!!」
「うるせぇ怒るぞ。あと、鬼兵衛も仕込みだな?」
言って、鬼兵衛に視線を送ると、彼は両手を合わせて頭を下げてきた。
誘って来たのは鬼兵衛だ。
やはりそういうことなのだろう。
「やっぱりか……。まあいい」
俺は一つ溜息を吐く。
「お、許してくれんのか?」
ま、俺は酒が飲めればそれでいい。
そう思って、俺は奴らに微笑み返してやった。
「ここがお前らの奢りならな」
二人の顔が凍り付いた。
「え、あの、僕そんなに持ってないんだけどなー……」
「いや、俺も奢れるほどは……」
二人の声を俺はにべもなく切り捨てる。
「知るか、経費で落とせ」
ここは地獄の三丁目。
俺は明日も楽しく石を積むようです。
ちなみに、ここからは余談だが。
「そういや、茨木童子とは上手く行ってんのか?」
茨木ってのは諸説あるが、どうやら女の鬼で、酒呑童子の恋人だったそうな。
ってのを、俺は地獄に来て知った。
来たばっかりのころ案内してくれたのが彼女だったし、彼女から酒呑童子が恋人だということも聞いていた。
会うことになるとは思ってなかったが。
が、そんなにそんな上手く行っているわけでもないらしい。
「そいつがな!! あのあばずれめ、やれ部屋でごろごろするなだの、掃除しろだのと――!」
とは言うが、これで千年近くやってきてる熱々カップルだって言うのだから、どうしようもない。
「そういや、あばずれ、って聞きはするけど詳しい意味は知らないな」
あばってなんだ?
すると、いきなり髭が叫ぶ。
「あばらがずれてるとか!?」
「いや、整骨院にでも行っとけよ」
謎だ。
などと意味のない会話を繰り広げると、今まで無言だった鬼兵衛が口を開いた。
「そう言えば――、先輩も薬師君と同じようにモテたんでしたっけ?」
そうなのか? 髭達磨が?
ああ、そういや、鬼になる前はたいそう美少年で、めちゃくちゃモテたが、それを全部断ってると、恋患いで言いよった奴らが全員死んだとか言う。
んで、その後、それで恋文を燃やしたら、死んだ女たちの怨念によって煙に巻かれ、そんで気がついたら鬼になったんだっけか?
すると、髭は大仰に肯いた。
「おうよ、っても半分は呪いのせいでもあるんだけどな」
「呪い? それは初耳ですけど」
「ああ、祝福、と言っていいんだがな。だが、そいつが微笑んだだけで人が恋する、っていうやつでな?」
あー、その結果がそれか。
「第一な? そんなの美少女ばっかりじゃねえんだよ!! 更には男もいた!! 美少女もな? 笑っただけで恋したとか洗脳みたいで怖いし!!」
「そりゃきっついな」
「それで鬼にされちゃたまんねーよ。とはいっても、気に入ってるんだがな」
はははは、と髭が笑い、追従するように俺たちも笑い声をあげた。
「だがな? 最近、この呪いを受けた奴が現世にいるってんでな。ちょいと心配なんだわ」
「ほう?」
「確か、中学生くらいから発症するから、そいつの性格がハーレム万歳じゃないとつらいんじゃねぇかな――? 確か、名前が変わってたな……、つきにみるにさとでやまなし、で、漢数字の十でどうだったか……」
「まさにご愁傷さまってやつか」
「ま、どうしようもないから、全く持ってその通りだ!」
自分で言っておきながら、髭が笑い飛ばした。
そんなこんなで、四方山話に花を咲かせ、夜は更けていく。
だが。
切れた酒を髭が補充しようとしたとき、それは起こった。
「おおーい!! 酒の追加ぁ!!」
そう、店員はこう言ったのだ。
「もうありません、帰ってください」
よし、帰るか。
飲むだけ飲んだし。
帰って寝る。
今日は疲れた。
「あれ、ちょ、薬師? どこ行きやがった? 薬師いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「これ、経費で落ちるのかな……?」
―――
さて、十七です。
今回は男同士の会話と、ちょっと薬師について伏線がちら見えしてきました。
勘のいい人なら簡単にわかるはずのキーワードを入れて見た、つもりです。
あと、現在、ちょっとした完全ネタの作品を並行で作業していたり。
ちょっとだけ、本編で言ってることとリンクしてたりします。
では返信を。
ザクロ様
相変わらずコメントどうもっす。
じゃら男が薬師の息子、考えただけで違和感満載ですが、思えば、薬師も子供がいてもおかしくない年ではあるのですよね。
普通にお父さんやってる薬師……、ってのも想像がつきませんが。
あと、質問のネタが切れてしまったようで。
やった!! 答えられない質問が来る前に逃げきってやったぜっ!!
というのはともかく、質問に答えるのは結構楽しいもんなので、ネタができたらまた質問しください。
ニッコウ様
お久しぶりです。
相変わらずの朴念仁です。
というのは置いておいて。
人間性を覆す精神的な歪みを得るのは中々に難しいことだったり。
ただの殺人狂なら、人間の範疇ですし、言うなれば、人間が絶対に理解できないほどの異常な思考をしなければなりません、ぶっちゃけると、狂人の中でも異端。
この例えで分かるかはさっぱりですが、パンプキンシザーズの伍長が常にランタン状態くらいだと簡単に行ってしまいますね。
ただし、精神的以外であれば、飯食わないとか寝ないとか結構簡単に鬼になってしまうのです。
まあ、その辺は、詳しくは設定で語ることとなりますが。
ちなみに、絵の方ですが、気長に待たせていただきます。
ゆっくり頑張ってください。
七様
おお、自分の作品で、貴方の心に何かを与えられたならとても嬉しいです。
ただの自己満足で書き始めた作品ですが、気がついたらここまで来ました。
ちなみに、そう遠くないうちに貴方の嫁は番外編でやってきます。
待っていてください。
妄想万歳様
薬師は紳士、というより漢を標榜する男なのです。
女性に優しくという、ある意味性差別の延長とも言える優しさが、彼の旗立ての道具なのです。
このままでは、立ちそうです、閻魔様&季知さんフラグ。
むしろ確実に立つようです。
ちなみに次は李知さん編。
さて、では最後に。
鬼っ娘は人類の英知の結晶っ!