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No.7573の一覧
[0] 俺と鬼と賽の河原と。(ほのぼのラブコメ)[兄二](2009/12/29 22:04)
[1] 其の二 あたしと彼と賽の河原と。[兄二](2009/09/21 21:30)
[2] 其の三 俺と鬼と地獄の酒場と。[兄二](2009/12/24 21:37)
[3] 其の四 俺と彼女と昨日の人と。[兄二](2009/09/24 13:26)
[4] 其の五 俺とあの子と昨日の人。[兄二](2009/09/24 13:50)
[5] 其の六 俺とあの子と一昨日の人と。[兄二](2009/04/01 21:22)
[6] 其の七 俺とお前とあいつとじゃらじゃら。[兄二](2009/09/24 13:55)
[7] 其の八 俺とあの子とじゃら男の恋と。[兄二](2009/04/04 21:04)
[8] 其の九 俺とじゃら男と屋台のおっさん。[兄二](2009/04/05 22:12)
[9] 其の十 俺と迷子と三途の河と。[兄二](2009/04/19 01:06)
[10] 其の十一 あたしと彼といつもの日常。[兄二](2009/05/18 23:38)
[11] 其の十二 俺と鬼と黒髪美人と。[兄二](2009/05/18 23:38)
[12] 其の十三 俺と少女と鬼の秘密と。[兄二](2009/04/13 01:47)
[13] 其の十四 俺と野郎と鬼と少女と。[兄二](2009/05/18 23:39)
[14] 其の十五 俺と河原と兄妹と。[兄二](2009/04/19 01:04)
[15] 其の十六 私と河原とあの人と。[兄二](2009/04/24 23:49)
[16] 其の十七 俺と酒場でただの小噺。[兄二](2009/05/18 23:32)
[17] 其の十八 俺と私と彼と彼女と。[兄二](2009/05/24 01:15)
[18] 其の十九 俺と彼女と気まぐれと。[兄二](2009/05/21 09:39)
[19] 其の二十 俺と彼女とデートと。[兄二](2009/05/24 01:16)
[20] 其の二十一 俺とお前とこの地獄と。[兄二](2009/10/17 19:53)
[21] 其の二十二 俺と天狗と閻魔と家族と。[兄二](2009/05/31 00:27)
[22] 其の二十三 俺と閻魔とパーティと。[兄二](2009/06/04 01:07)
[23] 其の二十四 俺と閻魔と部屋と起源と。[兄二](2009/06/05 00:43)
[24] 其の二十五 じゃら男と少女と俺と暁御と。[兄二](2009/06/09 23:52)
[25] 其の二十六 じゃら男と少女とでえとと。[兄二](2009/07/30 22:38)
[26] 其の二十七 じゃら男と少女と俺と暁御とチンピラ的な何か。[兄二](2009/06/16 00:38)
[27] 其の二十八 俺とじゃら男とリンと昨日と。[兄二](2009/06/16 11:41)
[28] 其の二十九 俺と酒呑みと変なテンション。[兄二](2009/06/20 00:27)
[29] 其の三十 俺と前さんと部屋とゲームと。[兄二](2009/06/21 19:31)
[30] 其の三十一 俺と河原と妹と。[兄二](2009/06/27 19:20)
[31] 其の三十二 俺と山と天狗と。[兄二](2009/06/27 19:18)
[32] 其の三十三 俺と山と天狗と地獄と。[兄二](2009/06/30 21:51)
[33] 其の三十四 俺と彼女と実家と家族と。[兄二](2009/07/03 20:35)
[34] 其の三十五 俺と家族と娘と風邪と。[兄二](2009/07/07 00:05)
[35] 其の三十六 私と彼と賽の河原と。[兄二](2009/07/09 23:00)
[36] 其の三十七 私と主と、俺と部下と賽の河原と。[兄二](2009/07/12 22:40)
[37] 其の三十八 俺と部下と結局平和と。[兄二](2009/07/17 23:43)
[38] 其の三十九 俺とその他と賽の河原と。[兄二](2009/07/21 08:45)
[39] 其の四十 俺とメイドと賽の河原と。[兄二](2009/07/20 22:53)
[40] 其の四十一 俺と無関係などっかの問題と幕間的な何か。[兄二](2009/07/22 21:56)
[41] 其の四十二 暁御と奴と賽の河原と。[兄二](2009/07/25 22:22)
[42] 其の四十三 俺と海と夏の地獄と。[兄二](2009/07/28 00:21)
[43] 其の四十四 俺と海と真の地獄と。[兄二](2009/07/30 22:35)
[44] 其の四十五 俺と貴方と賽の河原と。[兄二](2009/08/01 23:35)
[45] 其の四十六 俺とお前の滅亡危機。[兄二](2009/08/04 21:48)
[46] 其の四十七 俺とお前と厨ニ病。[兄二](2009/08/07 20:23)
[47] 其の四十八 疲れた俺と罰ゲーム。[兄二](2009/08/10 19:10)
[48] 其の四十九 俺と鬼と……、は? 猫?[兄二](2009/08/13 20:32)
[49] 其の五十 俺と盆と賽の河原と。[兄二](2009/08/17 00:02)
[50] 其の五十一 私と俺とあたしと誰か。[兄二](2009/08/19 23:35)
[51] 其の五十二 貴方と君の賽の河原と。[兄二](2009/08/28 23:03)
[52] 其の五十三 俺と藍音と賽の河原と。[兄二](2009/08/28 23:01)
[53] 其の五十四 俺と彼女ととある路地。[兄二](2009/09/04 21:56)
[54] 其の五十五 幕間 ある日の俺とメイドと猫耳。[兄二](2009/09/10 21:30)
[55] 其の五十六 幕間 俺と閻魔と妹の午後。[兄二](2009/09/14 22:11)
[57] 其の五十七 変種 名探偵鬼兵衛。前編[兄二](2009/09/21 21:31)
[58] 其の五十八 変種 名探偵鬼兵衛。 後編[兄二](2009/09/21 21:28)
[59] 其の五十九 俺が貴方と一緒に縁側で。[兄二](2009/09/24 22:25)
[60] 其の六十 俺と君とそんな日もあるさ。[兄二](2009/09/27 22:00)
[61] 其の六十一 俺とお前じゃ端から無理です。[兄二](2009/10/02 21:07)
[62] 其の六十二 今日は地獄の運動会。[兄二](2009/10/05 22:30)
[63] 其の六十三 ワタシトアナタデアアムジョウ。[兄二](2009/10/08 22:36)
[64] 其の六十四 鈴とじゃら男と賽の河原と。[兄二](2009/10/12 21:56)
[65] 其の六十五 俺と妹とソファやら鍵やら。[兄二](2009/10/17 19:50)
[66] 其の六十六 俺と御伽と竹林と。[兄二](2009/11/04 22:14)
[67] 其の六十七 俺と翁と父よ母よ。[兄二](2009/10/23 21:57)
[68] 其の六十八 俺と翁と月と水月。[兄二](2009/11/04 22:12)
[69] 其の六十九 貴方の家には誘惑がいっぱい。[兄二](2009/11/04 22:11)
[70] 其の七十 俺と娘と寒い日と。[兄二](2009/11/04 22:08)
[71] 其の七十一 俺と河原と冬到来。[兄二](2009/11/04 22:04)
[72] 其の七十二 俺と露店とこれからしばらく。[兄二](2009/11/07 20:09)
[73] 其の七十三 俺と貴方と街で二人。[兄二](2009/11/10 22:20)
[74] 其の七十四 俺とお前と聖域にて。[兄二](2009/11/13 22:07)
[75] 其の七十五 家で俺とお前が云々かんぬん。[兄二](2009/11/23 21:58)
[76] 其の七十六 俺と厨二で世界がやばい。[兄二](2009/11/27 22:19)
[77] 其の七十七 俺と二対一は卑怯だと思います。[兄二](2009/11/30 21:56)
[78] 其の七十八 俺とお前の急転直下。[兄二](2009/12/04 21:44)
[79] 其の七十九 俺と現世で世界危機。[兄二](2009/12/11 22:39)
[80] 其の一の前の…… 前[兄二](2009/12/15 22:10)
[81] 其の八十 俺と現世で世界危機。 弐[兄二](2009/12/19 22:00)
[82] 其の一の前の…… 後[兄二](2009/12/24 21:28)
[83] 其の八十一 俺と現世で世界危機。 終[兄二](2009/12/29 22:08)
[84] 其の八十二 明けましておめでとう俺。[兄二](2010/01/02 21:59)
[85] 其の八十三 俺と貴方のお節料理。[兄二](2010/01/05 21:56)
[86] 其の八十四 俺と茶店とバイターさんと。[兄二](2010/01/11 21:39)
[87] 其の八十五 俺と閻魔とセーラー服と。[兄二](2010/01/11 21:42)
[88] 其の八十六 俺と結婚とか云々かんぬん。[兄二](2010/01/14 21:32)
[89] 其の八十七 俺と少女と李知さん実家と。[兄二](2010/01/17 21:46)
[90] 其の八十八 俺と家と留守番と。[兄二](2010/01/21 12:18)
[91] 其の八十九 俺としること閻魔のお宅と。[兄二](2010/01/23 22:01)
[92] 其の九十 俺と実家で風雲急。[兄二](2010/01/26 22:29)
[93] 其の九十一 俺と最高潮。[兄二](2010/02/02 21:30)
[94] 其の九十二 そして俺しか立ってなかった。[兄二](2010/02/02 21:24)
[95] 其の九十三 俺と事件終結お疲れさん。[兄二](2010/02/06 21:52)
[96] 其の九十四 俺とアホの子。[兄二](2010/02/09 22:27)
[97] 其の九十五 俺とチョコとヴァレンティヌスと。[兄二](2010/02/14 21:49)
[98] 其の九十六 俺が教師で教師が俺で。[兄二](2010/02/22 22:00)
[99] 其の九十七 俺と本気と貴方と春と。[兄二](2010/02/22 21:55)
[100] 其の九十八 ~出番黙示録~アキミ。[兄二](2010/02/25 22:37)
[101] 其の九十九 俺と家と諸問題と。[兄二](2010/03/01 21:32)
[102] 其の百 俺と風と賽の河原で。[兄二](2010/03/04 21:47)
[103] 其の百一 百話記念、にすらなっていない。[兄二](2010/03/07 21:47)
[104] 其の百二 俺と憐子さんと前さんで。[兄二](2010/03/10 21:40)
[105] 其の百三 俺とちみっこと。[兄二](2010/03/14 21:15)
[106] 其の百四 俺と保健室が危険の香り。[兄二](2010/03/17 21:48)
[107] 其の百五 俺と娘と妹でなんやかんや。[兄二](2010/03/20 21:43)
[108] 其の百六 大天狗は見た![兄二](2010/03/24 20:09)
[109] 其の百七 俺と春とクリームパン。[兄二](2010/03/27 21:33)
[110] 其の百八 俺と憐子さんと空白。[兄二](2010/03/30 21:44)
[111] 其の百九 猫と名前と。[兄二](2010/04/03 21:03)
[112] 其の百十 俺と猫とにゃんこと猫耳とか。[兄二](2010/04/07 21:56)
[113] 其の百十一 春と俺と入学式。[兄二](2010/04/17 21:48)
[114] 其の百十二 俺と子供二人。[兄二](2010/04/13 22:03)
[115] 其の百十三 俺とあれな賽の河原と。[兄二](2010/04/17 21:41)
[116] 其の百十四 俺と生徒とメガネ。[兄二](2010/04/20 22:07)
[117] 其の百十五 眼鏡と俺と学校で。[兄二](2010/04/23 21:52)
[118] 其の百十六 貧乏暇なし、俺に休みなし。[兄二](2010/04/27 22:07)
[119] 其の百十七 俺と罪と罰と。[兄二](2010/04/30 21:49)
[120] 其の百十八 大天狗を倒す一つの方法。[兄二](2010/05/05 21:39)
[121] 其の百十九 大天狗が倒せない。[兄二](2010/05/09 21:29)
[122] 其の百二十 俺とご近所付き合いが。[兄二](2010/05/12 22:12)
[123] 其の百二十一 眼鏡と俺とこれからの話。[兄二](2010/05/16 21:56)
[124] 其の百二十二 俺と刀と丸太で行こう。[兄二](2010/05/22 23:04)
[125] 其の百二十三 俺と逢瀬と憐子さん。[兄二](2010/05/22 23:03)
[126] 其の百二十四 俺と指輪と居候。[兄二](2010/05/25 22:07)
[127] 其の百二十五 俺と嫉妬と幼心地。[兄二](2010/06/02 22:44)
[128] 其の百二十六 俺と噂も七十五日は意外と長い。[兄二](2010/06/02 22:05)
[129] 其の百二十七 にゃん子のおしごと。[兄二](2010/06/05 22:15)
[130] 其の百二十八 俺とお人形遊びは卒業どころかしたことねえ。[兄二](2010/06/08 22:21)
[131] 其の百二十九 俺と鬼と神社祭。[兄二](2010/06/12 22:50)
[132] 其の百三十 俺と日がな一日。[兄二](2010/06/15 22:03)
[133] 其の百三十一 俺と挑戦者。[兄二](2010/06/18 21:47)
[134] 其の百三十二 俺と眼鏡と母と俺と。[兄二](2010/06/22 23:21)
[135] 其の百三十三 薬師と銀子と惚れ薬。[兄二](2010/06/25 22:09)
[136] 其の百三十四 俺とできる女と強面な人。[兄二](2010/06/29 22:08)
[137] 其の百三十五 逆襲のブライアン。[兄二](2010/07/03 22:49)
[138] 其の百三十六 俺とお前と学校の怪談が。[兄二](2010/07/06 22:03)
[139] 其の百三十七 俺とある日のアホの子。[兄二](2010/07/09 21:21)
[140] 其の百三十八 すれ違い俺。[兄二](2010/07/12 22:14)
[141] 其の百三十九 じゃらじゃらじゃらりとうっかり洗濯。[兄二](2010/07/15 22:11)
[142] 其の百四十 俺と序文はまったく関係ない話。[兄二](2010/07/19 22:50)
[143] 其の百四十一 俺と決闘と日本刀。[兄二](2010/07/22 20:42)
[144] 番外編 現在の短編:薬師昔話 お姫様の話。[兄二](2010/04/17 21:47)
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[7573] 番外編 現在の短編:薬師昔話 お姫様の話。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:b80cdb5e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/17 21:47
俺と鬼と賽の河原と。




 人生には不思議なことなど何もない。

 長く生きていれば、幾らでも不思議なことに遭遇するのである。

 だから――。

 ――今まさに黒い渦的な何かに吸い込まれようとしているのも、きっと不思議ではないのだろう。


「って、ねーよ。ねーから。ねーだろ」


 畳の淵に引っ掛けた爪が剥がれそうなくらい痛い。

 だが、ここで手を離すのもいかん。

 俺は、畳の縁に引っ掛けた手に力を込めた。

 ここで手を離せば確実に行方不明で失踪者である。


「藍音さーん、藍音さんや―い」


 子供じゃないのだ、書き置き位していきたいが、筆も紙も亜空間的な何かに吸い込まれ済みだ。

 だから、幾分か緊張感に欠ける声で藍音を呼ぶ。

 もっと叫ぶべきかもだが、これでも藍音は来る、絶対に。


「何をやっているのですか、貴方は」


 ほら、来た。

 すっと襖が開かれた。


「見てわかんねーかな」


 部屋には黒い渦的なものが一つ。

 そこに男が吸い込まれそうになり、足を浮かして、せめてもの抵抗に畳に爪を引っ掛けている姿。


「わかりません」

「俺にもわからん」


 果たして、誰がこの状況を説明してくれようか。

 まあ、ともあれ。


「多分召喚的な何かだ。ってことで、お前さんはどうする?」

「無論着いていきますが」

「お前さんがいないと仕事がやばい気がするんだけど」

「薬師様。召喚先が外国だったらどうするのですか」

「ぐ、それは参るな。通訳できんのお前さん位だろ? まあいいや」


 この会話を物理的に地に足が着いてない人間がしているのだから、人生って不思議だ。


「ああ、でも書き起き位は残してってくれよなー。俺じゃ無理っぽいから。あとできるだけ急いでくれよな、手え滑りそ」


 そんな言葉に、藍音は肯くと、紙束と、変な筆、もといメモ帳とペンを取り出し何事かを書いて、どこぞへと消えた。

 そして、あっさりと戻ってくる。


「お待たせしました」

「準備はいいのか?」

「いつでも問題ありません」

「じゃあ行くか」


 ああ、でもどうやって一緒に行こうか。

 そう思った矢先――。


「……では失礼して」


 藍音が俺に抱きついた。


「ぬおう、指の限界が臨界で突破だぜ」


 二人分の重量は流石に爪じゃ支えきれん。

 そんなわけで、俺と藍音は黒い渦にあっさりと引きずり込まれたのである。











薬師昔話 お姫様の話。









壱 昔々、それは薬師様が召喚された時のことでした。



「ぬおうっ!」


 黒い渦の中に居たのは一瞬。

 その一瞬で、私と薬師様は黒い渦、ブラックホールの様なものからどこぞの座敷にあっさりとまろび出ることとなった。

 そうして、降り立った私と薬師様だったが、私が抱きついていた影響だろうか、薬師様は何故か頭を下に、首で着地している。

 そんな薬師様を視姦、もとい心配して見つめる私だったが、そこでふと、耳が薬師様のものでない声を捉えた。


「曲者っ!!」


 可憐ながらも、意志の強そうな少女。果たして、十、五六だろうか。服は召喚の儀礼服だろうか、装飾の多い巫女服に身を包んでいる。

 日本人らしい長い黒髪をたなびかせながら、その少女が――。

 斬り掛ってきていた。


「ぬおうっ」

「させません」


 無意味とは知りつつも、私は薬師様をかばい、少女の手首を取る。


「くっ……」


 少女が苦悶の声を漏らした。


「召喚しておきながらにして斬り掛るとは……、どのような了見でしょうか」

「なっ、召喚……?」


 はて、これはどういうことでしょう。

 どうにもおかしい、と違和感をぬぐうため私は話を続けることとする。


「はい。我々は貴方に召喚されたものだ、と予測されますが」

「ということは……、貴方が私の護法童子なので?」


 どうやら、見解に相違があったらしい。これは訂正せねばならない。


「違います」

「はい?」


 間抜けな声を上げた少女に、私はたった一つの事実を告げた。


「召喚されたのは薬師様ですが」


 ふっと、少女が薬師様を見る。

 そして、心底残念そうに声を上げた。


「え……、ええぇぇええええぇえぇええ……?」


 薬師様は、未だに畳の上に転がっていた。


「コンゴトモ、よろしく?」

















 一応のこと分かり合って、現在は畳敷きの一室で、膝つき合わせ話と相成った。


「ええ、と。私の名は梓。嶋岡梓と言います。一応、この秋峰という一国の主です。そちらは?」

「如意ヶ嶽薬師」


 俺がぞんざいに答えると、対して藍音は優雅に一礼し。


「如意ヶ岳藍音です」

「は、薬師に藍音、ですね」


 なるほど、俺を呼び出したのはなんのことはない、小娘である。

 さて、期せずしてこの子の護法童子になってしまった俺だが、どうやら、梓はもっと鬼に近いものが呼び出されると踏んでいたらしい。

 確かに、俺や藍音は羽でも出さねば明らかに人間だ。その上二人で現れるのだから、多少の疑いは仕方ないことだろう。

 そう思ったので、切り掛られたことは水に流す。

 それで、梓は俺に問うた。


「で、貴方はどのようなことができるのですか?」

「サボるのは得意だ」


 そう言えば、サボタージュなんて知らないか。


「え……、いや……」

「あと書類の整理」

「……そうですか」


 がっくりと、梓が肩を落とした。

 しかし、俺の知ったことではない、というかなにを言っても無駄である。それよりこちらの疑問に答えてもらおう。


「所で、お前さん修験者なん?」


 そこがずっと不思議に思っていた所だ。

 梓の服装は赤い袴姿だが、決して大天狗を呼び出せるような熟達した修験者には見えないのだ。


「ああ、私は違うのですが。先祖はそうだったらしいです。それで護法童子の法の書物が代々伝わっていて」


 なるほど、家系で呼び出せる方の人間か、と俺は納得し、肯いた。

 それにしても護法童子か。使い魔なんかと違って、召喚されてもそれほどの強制力は持たず、言ってしまえばこのまま無視して帰ることもできるのだが。

 そも、護法童子で不便なのは、召喚の期間が長いことだ。年単位で主が事を成すまで居る時から、生涯付き添うこともある。

 ふむ、面倒くさいし帰ろうかね……。

 俺が無責任にそんなことを考えかけるが、しかし。

 この姫に義理はないが――、暇だけは持て余していた。


「それで……」


 不安げな瞳に、俺は笑って答えることとする。


「まあいいや、しばらくは引き受けようか。護法童子」


 そうして、俺の城での生活が始まった。













 召喚されてから、四日ほど日にちが経った。

 ああ、また薬師様の悪い癖が始まったのですね。

 と、私は頭を抱える。

 気まぐれと、暇だから、の一言であの人はなんだってしてしまう。

 しかし、私の仕事はあの人に仕えること。主がやるというならば、喜んでついていく。

 その結果、私は梓の副官の立場に落ち着いている。


「藍音」

「なんでしょう」


 畳の上、書簡に目を通しながら、梓は声を上げた。


「薬師は、いつもああなのですか?」


 いつもああ、というのは、薬師様が昼寝して起きてふらふらして昼寝する行動ルーチンのことだ。

 私がこうしているのは、薬師様が働かないせいだと言っていい。


「いえ、流石にあそこまでではなかったはずですが……。身内びいきではなく」

「そうですか……、まあ、でも」


 と、梓は、言葉にする。


「闘争しかできないようなのが出てくるよりましなのでしょう。心から、そう思います」


 優しげに、梓は呟いた。

 そんな言葉にふと私は疑問をぶつけてみる。


「……なら、何故、護法童子の召喚を?」


 護法童子なんてほとんどが戦闘目的だ。戦闘目的じゃないなら一体何が理由であるのか。


「ああ、先祖代々の仕来りで。この年まである程度修行して、そして呼び出すのです」

「では先代も?」

「ええ、巨大な鬼でした。闘争が好きで、父も同じ側だったため、地方全土で猛威をふるったようですが」

「なるほど」


 私は概ね理解した。そして、その答え合わせであるかのように、梓は言葉にした。


「父は鬼に食われて死にました。そして、私が物心ついた時には領土もこんなこじんまりとしたものに」


 むしろ、領土が残ってるだけで僥倖ですが、と梓は苦笑する。

 部屋に妙な沈黙が降り立った。

 私は、こう言った空気を和らげるのは得意ではない。

 こういうのは薬師様の分野だ。そう思った瞬間。

 まるで、タイミングをはかったかのように、


「飯運んできたぞー」


 足で襖を開けて、薬師様は現れた。

 そんな薬師様に、梓は苦言を呈する。

 一瞬にして、暗い空気は霧散した。


「薬師、行儀が悪いですよ。ちゃんと襖は手で開けなさい」

「足も手も変わらんよ。手なんて前足が進化したようなもんだから足だ足」

「なんですかその屁理屈は……」


 はあ、と呆れたように梓が溜息を吐く。


「でも、薬師が食事を運んでくるなんて珍しいこともあるものです」

「雑用くらい働けってよ。後は逃げて来た」


 開けっぴろげに薬師様は言いながら、盆を置き、私は疑問を表に出す。


「……なにから逃げて来たのですか」

「知らん、美香とかいう女武芸者だった、気がする」


 今度は梓が怪訝な顔をした。


「美香が? 一体何故……」

「ああ、何か昼寝してたら……、貴方が護法童子か? 梓さまを守れるよう私が扱いてやりましょう!! だってよ」

「それは、なんとも……」


 言葉通り、梓がなんとも言えない声を上げ。

 再び乱暴に襖は開かれた。


「失礼しますっ」


 噂をすれば影、美香という者だろう。

 襖を開けた人間は、無遠慮に部屋に入り込んだ。


「薬師殿、こんな所に居らっしゃったのですかっ! 食事を運ぶとはご立派です。ささ、修行に参りましょう!」


 そう言ったのは、赤毛の女性だ。長い紅色の髪を後ろで縛った、ポニーテールの髪型に、切れ長で活発そうな輝きを持つ瞳。姿は道場でよく見る袴姿。

 その女性が、薬師様の襟首をつかみ、引っ張って行く。

 薬師様は今一つ緊張感に欠ける声で抗議した。


「おおうっ、乱暴すぎるぜ。修行の前にして体力が無くなるな」

「体力が無くならないように修行するのです!」

「ナンテコッタイ通じてねえっ。助けてくれ、藍音さん」

「無理です」

「おいおい、我が主殿、部下をいさめてくれたまえ」

「美香、頑張ってください」

「はいっ、姫様。さ、行きましょう!!」


 その一言で、ずるずると抵抗むなしく薬師様は引きずられていった。

 そして、引きずられながら一言――。


「梓、梓」

「なんでしょう?」


 薬師様は悪戯っぽく笑って告げる。


「お父さんって呼んでくれてもいいんだぜ?」

「なっ、何を――」


 梓が血相を変えかけて、やめる。

 薬師様はもう既に引きずられていなくなっていた。


「……、藍音、食事にしましょうか」

「はい」


 お節介を焼き、惚れさせる。

 ああ、薬師様の悪い癖が始まったのですね。

 と私は思った。
















弐 こうして薬師様の悪癖が始まったのでした。







 道場で、木刀片手に、ひたすら降り注ぐ木製の長刀を避けながら、ふと思う。

 どうしてこうなった。

 美香、という女武芸者が俺に稽古を付けると言ってから半刻が過ぎ去った。

 避けるだけ、というのも中々辛いものがある。


「ほらほら、避けてるばかりではどうしようもありませぬよ!?」


 なるほど、道理だ。

 しかし、ここで殴り返すのも大人げないし、なんか癪だ。

 ここは意地でも避け続けてやる。

 そう思って俺は一心に木製の刃を避け続けた。

 結果的に――。

 一方的な訓練は、美香の体力切れで決着がついた。


「はぁっ、はあ、あぁっ……。中々やりますねっ……、護法童子殿もっ」

「いや、なんつーかな」

「それで、息一つ乱さぬとはなかなかの回避の腕です。しかし、攻めないと勝てませんよ」

「それでも負けねーから良いんだよ。攻めねーといけねーのは勝たねーといけねー時だ」

「それもそうですが……、いつか勝たないといけない時がやってくるでしょうっ!」


 拳を握り、美香は力説した。

 俺は、面倒な奴だ、と内心だけで肩を落とす。


「勝たないといけない時、ねえ? お前さんはどうなんだよ」


 問うてみれば、美香から真っ直ぐな瞳が帰って来た。


「そうですね。近いうちに、この国で戦争が起きるでしょう。その時は――、勝ちに行かねばなりません。攻めねば、勝てません」

「ほぉ? なるほどね」


 群雄割拠のこのご時世、ごくありふれたお話だ。むしろこの辺りは国と言うより山に近い隠れ里と言った風情だから他より平和な位だろう。


「お前さんの主君に戦る気があるかはわからんがね」


 主君、というのは梓のことだ。あれは、優しいというか、甘いというか。

 しかし、美香はそれすら許容して、信じるとでも言うかのように俺を見た。


「ええ、あの方は優しい方ですから。でも、きっとやり遂げてくださるでしょう!」

「そうかいそうかい、お前さんは梓が好きなんだなー」


 梓のことは、流石に来て一月とて経ってない今ではよくわからないが、とりあえず、美香が梓のことを大好きなのは分かった。

 そして、分かったのに強調してくる。


「ええ、はい。梓さまは私の生きがいですからねっ。生きる理由そのものです」

「ふーん? 恩義でもあるのかね」


 梓のために、そこまで言いきる美香は、とても輝いて、眩しかった。

 彼女は大きく肯く。


「はいっ! 私は流浪の剣士だったのですが、この通り、女ですから。どこに行っても色眼鏡で見られ、剣ではまともに金も貰えず、非常に飢えていたのです。その時、ここに流れ着いて、私は梓さまに拾われたのです!」


 ああ、これはよくあるようで珍しい話だ。

 今の時代、戦ばかりで人は己のことだけで手一杯。人を気遣うことすら珍しい。


「それはそれは、いい話だな」


 正直な感想を零した俺に、美香ははっきりと肯いた。


「はいっ、では、休憩も終わりにしましょう」

「げ……、またかい」

「はいっ、次は打ち込みをしましょうか」

「へいへい……」


 全く、やれやれだ。

 そうして、また一日が終わったのだった。









**************












 梓がちょっと出てくる、と言ってから戻って来た時、何故か彼女は薬師様を連れて来ていた。


「なんか昨日から引きずられっぱなしなんだがさー……、どういうことなの?」

「働きなさい、いいですか?」

「働いたら負けるっ……、攻めろっ」

「何を言っているか分りませんが、早く書類の処理をお願いします」


 梓は、そう言って書類を薬師様の前にどっさりと置いた。

 薬師様は、露骨に嫌そうな顔をする。


「げぇっ……、目が熔ける、肺が破れて腸が断絶するっ」


 そんな薬師様に、梓は無慈悲に一言。


「書類の整理は得意なのでしょう?」

「すまん、ありゃ嘘だったということにしといてくれ」

「聞きません」


 梓は、どうにもきついタイプの美人だ。だからと言ってどうということもないが――。


「藍音がいりゃ大体充分だろー?」

「貴方は藍音を見習いなさい……!」


 果たして、この人がらに薬師様はどう動くのか。

 そんなのわかりきってる気はするが。


「へい、へい。やりゃあいいんだろ、やりゃあよー……」

「はい、それで構わないと」

「その代わり一つ条件を呑んでくれたまえよ」


 鬱陶しげに、薬師様は明後日の方向を向いて告げ、梓はそれを呑む方向で受諾した。


「まあ、私にできることなら」


 そうして薬師様が出した条件は、


「笑えよ。常に笑顔な?」


 非常に奇妙なものだった。


「え?」

「いや、だってなぁ? 無表情の藍音と仏頂面のお前さんじゃあ、俺が余りの緊張に心の臓を破裂させてしまうよ。明るく楽しい職場を形成してくれ」


 これは、私も笑った方がいいのでしょうか……。

 などと考えるが、思うに、これは薬師様のからかいだ。その標的は今は梓なのだから、何も手出しすることはないだろう。

 現に、こうして私抜きで会話は進んでいる。


「ほら、笑って笑って……」

「ええ……、と」

「……駄目だな」

「駄目ですね」


 思わずそれには私も同意した。梓の笑みは引き攣っている。

 そして、駄目だしされて直そうとすれば、今度は不自然に片側のみがつり上がり、まるで悪人の風情だった。


「すまん……、俺が悪かった」


 結局先に折れたのは薬師様だ。

 まあ、確かにこれでは無理だろうと私も思う。


「では、私は他の雑用をこなしてきます」


 そう言って、私は彼らの元を後にしたのだった。















「では、私は他の雑用をこなしてきます」


 そう言って藍音は出ていってしまった。

 結果的に、いるのは俺と仏頂面の梓一人。

 あまりに、会話は弾まない。ひたすら筆を走らせる音と判を押す音だけが響いていた。


「だー、もう、あれだからもう少し気さくに話せよ」

「気さくに……、ですか」


 俺は肯く。


「笑えとは言わんから、会話くらいないと息が詰まって窒息する」


 藍音とは相性がいいだろうが、俺はダメだ。

 藍音となら気心が知れている、且つ、話せば皮肉っぽく返してくれるのでありがたいんだが。

 と、まあ、俺が言えば、梓はまるで悩みながら、言葉を選ぶように声を上げた。


「ええ、と。今日はいい天気ですね、薬師」

「ああ、そうだな」


 会話が止まった。

 いや、なんというか、まあ。


「続きは?」


 俺が続きを促せば、梓は困ったように返す。


「え、と……。続きがいるのですか?」

「お前さんは、本当に姫様なんだな」


 世間知らず、というも少し違う気がするが、どうにも調子が狂う。

 しかし、言葉に秘めた意味に気付かないほど愚鈍でもないらしい。

 梓は困ったように言葉にした。


「この方、私事で長く話し込んだことなんてありませんので……。特に男性とは」

「そうかい、そりゃ人生九割損してるわ」

「そう、なのですか?」


 純粋なことは悪くないが、人の上に立つんなら、これは如何なものだろう。

 まあ、知ったことではないか。


「人間と獣の違いって話せるくらいだろ? だから話さないのは勿体ねー」

「む、一理あるのは認めます」


 それに、と俺は付け足した。


「十代と言えば異性のことばかり気にして生きる時期さね。大人になってからじゃちょいと遅いから勿体ない」


 対して、梓は俺の言葉に疑問を投げかける。


「貴方の十代の頃も、そうでしたか?」


 俺は首を横に振った。


「悪い、俺は特殊な例だったわ」

「の、割に損をしてるようには見えませんが」

「まーな。でもどいつもこいつも恋をした奴はこう言うぜ。悪くなかった、ってな」


 例え失恋してわめいていても、一年もすりゃ男は見栄を張るのだ。


「そんなものですか」

「したことない奴には判んねーらしい。どいつもこいつも恋は素晴らしいって言い出すが」


 そう言って、くく、と俺は喉を鳴らした。

 そうして、ふと、梓の筆の音が止まっていることに気付く。

 どうかしたかと視線を向ければ、梓はじっと俺を見ていた。


「俺の顔になんかついてるかね?」


 いぶかしむ様に聞いた質問に返って来たのは、質問。


「貴方は、随分と良く笑うのですね?」


 俺はい一瞬呆気にとられるが、すぐに笑みを戻すこととなった。


「そりゃーな。上に立つ者としちゃ、そんくらいの余裕が必要だ」


 上が慌てりゃ下も慌てる。最終的には大騒ぎだ。


「余裕、ですか」

「まあ、表面上だけでもな」

「そうですね。やはり私もそう言ったことを考えると、学ばねばなりませんね」


 思案するように、梓は言った。

 しかし、だ。

 別に梓に笑えと言ってるのは、別にそんなつまらんことじゃなくて――。







「あー、違う違う。お前さんの場合、笑った方が綺麗だろ」







 お茶を汲んで戻ってくれば、この有り様。

 私は見事にお邪魔虫だ。


「え?」


 薬師様は何を自然にあんな台詞を吐いているのか。

 意味がわからないが、しかし、いつものが発動したことだけはよくわかった。


「そりゃ、花はつぼみより咲いてる方が綺麗なのと同じくらい道理だろ」


 相も変わらず天然で気障な言葉を吐いている。

 仕方がないので、私は人知れず溜息を吐いた。


「そんな……、私などおしとやかの欠片もなく」


 こうして相手が頬を染める光景も、見飽きたものがある。


「別に誰もおしとやかさなんて求めてねーから。その辺の蒲公英だってそれなりに綺麗だ」


 こうやって追い打ちを掛ける薬師様もだ。


「……考えておきます」


 そう言った梓に、ここが頃合いだろう、と私は声を発する。


「お茶をお持ちしました」

「あ、藍音?」

「おお、ありがとさん」


 私のお茶を、梓は戸惑いながら、薬師様はいつものように受け取った。

 そうして、受け取りながら薬師様は言う。


「さて、お茶も入ったし、そっちも手動かせって」


 言った通り、しばし、梓の手は止まっていたらしい。

 梓は急いで気を取り直した。


「はい、じゃあ」


 二人が、ひたすらに筆を動かし始めた。

 私の作業する場はないので、部屋の隅に控えることとする。


「……書類の整理が得意、というのは嘘ではないのですね」


 そんな梓の言葉に、薬師様は苦笑して返した。


「年の功だよ。あんだけやらされて上達しない方がどうかしてる」

「そうですか」


 それが、今回の作業中の最後の会話となった。

 それからしばらく、ただ筆の音だけが響き、


「……ふむ、暗くなってきたし、俺は部屋に戻るわ」


 薬師様は、そう言って立ちあがる。確かに、太陽は赤く、手元も暗くなり始めていた。


「お疲れ様です」

「おうよ」


 私の言葉に、片手を上げて薬師様は応え、部屋を出る。

 私はそれを見送ってから、ゆっくり数秒待って。

 梓に向き直った。


「……気になりますか?」

「なにがです?」

「薬師様が」


 流石に、声まで出さなかったが、梓が動揺したのが、あっさりと見てとれた。

 駆け引きに向いてないことこの上ない、と私は内心溜息を洩らすが、とりあえず表には出さないことにする。


「いえ……、なんというか。薬師は、偉い人なのですか?」


 きっと動揺を悟られぬように言ったのだが、ばればれだ。

 しかし、指摘すると話が進まなくなりそうなので、私は曖昧に答えた。


「まあ、それなりに」


 薬師様は大天狗ということを明かしていないし、明かすつもりもないらしい。

 必要になればやりたいようにするだろうが、元々自分の名前の価値を重要に思っていないので、明かす必要があるとすら思ってないようだ。

 ともあれ、そんな曖昧な答えだったが、梓は納得したようだった。


「貴方を従えてる辺りから、そうだとは思っていましたが。なるほど……」

「……もっと、別なことを聞きたいのでは? 好きな物とか、共通の話題とか」

「な、ななっ、そんなのは――!」


 まだ、精々が気になる人、のようだが、こんな異性との会話の経験すらほとんどない小娘ではすぐにころっといってしまいそうだ。


「まあ、後悔のないように」


 私はそう言って、警告する。結局梓は人間で薬師様は天狗であるが故。

 そんな私に、何を想ったか、梓はこう聞いた。


「貴方は、薬師をどう思っているのです?」


 私の答えは常に一つだ。


「深く、静かに愛しています」

「……。そうですか」










**************











 そうして、朝目覚めれば、俺は美香に引きずられていた。


「もう昼ですよっ、さあ、稽古に行きましょう!!」


 ということらしい。

 今日も木刀を回避しまくる作業が続くらしい。

 仕方がない。仕方がないが、正直疲れる。


「所で、何らかの武術を習っていたのですか?」


 引きずりながら、美香が問い、俺はいいや、と首を横に振った。


「特になんも」

「そうですか」

「それがなんか?」

「いえ、その割に避けるのが非常に得意だな、と少々。実は普通に強いんじゃありませんか?」


 俺の接近戦は憐子さん仕込みだが、決まった型があった訳でもなく、半分喧嘩殺法に近いものがある。

 それこそ、天狗の腕力なしで格闘だけなら、どれくらいの強さなのかはわからない。


「んなの、しらねーよ。武芸者たるお前さんが判断してくれ」


 言えば、美香は肯いて見せた。


「そうですね。その為の稽古ですっ!」

「しまった……、やる気にさせた」


 俺が失策に気がついた時にはもう遅い。

 既に俺と美香は道場に入り込んでいた。


「ささ、やりましょう」


 美香が木刀をこちらに寄越してくる。

 仕方がない、と俺は立ちあがってそれを受け取った。


「では、行きますよっ!!」


 気合の入った踏み込みと共に一閃。

 人間の女性にしては随分と早いが、それでも山の女傑達には程遠い。風による予測を行わずとも、動体視力は追いついた。

 俺はそれをさがって避ける。

 そうして空いた懐に、美香が踏み込んで来た。

 下からの切り上げを俺は仰け反ってかわす。

 そして、そのままの振りおろしを放たれ、俺はそれを手に持った木刀で受け止める。


「あっ!」


 どうやら俺は力を入れ過ぎていたらしい。

 驚きの声と同時、振り下ろしたはずの美香の木刀が、天井近くまで舞い上がっていた。

 まあ、それだけなら良かったのだが……。

 運悪く、落下して来た木刀は、


「きゃんっ!!」


 美香の後頭部に直撃した。

















「……、ねてりゃ可愛いんだけどな」

「起きていたら山姥のようだと?」

「起きてたのか」


 意識を失った美香をどうしたか、と言えばどうすることもできず、精々が膝枕程度だ。

 ともあれ、そうして四半刻立った頃、やっと美香は眼を覚ました。


「今目覚めた所です……、っ……」


 その美香は、その場から身を起こそうとして、呻く。

 俺は美香の頭を掴み、無理矢理膝に落とした。


「無理すんなって。寝てろ寝てろ」

「……かたじけないです」

「まったく。それと、お前さん、あちこち掠り傷できてんぞ。後でなんかまいとけよ」


 肘、膝、腕と、あちこちに掠り傷がある。


「お前さん女だからな? 嫁の貰い手いなくなるぞ?」


 俺が言えば、返って来たのは些か予想どおりな言葉だった。


「私は武芸者です。既に女など、捨てていますから」

「んな可愛らしい男がいるかよ」


 馬鹿らしい意地だと思う。女が弱いなんて嘘だ。

 むしろ……、女怖いです。


「そりゃ、刀を握れば男も女も関係ないがね。それ以外の時はやっぱり男女だよ」


 確かに、戦場に立って刀を抜くなら男も女も関係ない。

 しかし、男と女も関係ない場所以外では、やはり男で、女なのだ。


「まあ、別に好きにしろとしかいえねー問題だが。それで終えちまうのもそれはそれで勿体ない」


 すると、美香は俺の膝のうえながら、つい、とそっぽを向いてしまった。

 おかげさまでその表情は分からない。

 ただ、ぽつりと告げられる。


「……考えておきます」










**************










 地味に馴染み始めて、意外と結構な時間が経った。

 城の生活が一月経ったか、それともそろそろか、と言った所で、梓は俺に提案する。


「街に……、視察に行きませんか? 薬師」


 積極的に付いていく事情はないが、断る理由もない。

 俺は二つ返事で肯いたのだった。












「国は人の集合体。故に人を見ずに国は語れません」


 したり顔でそう言った梓に、なんとなく俺は違和を感じて、ぼやく。


「なんかな……、本当にそれだけなん?」


 なんとなくで呟いた言葉だから、あまり戸惑われても困るのだが、しかし梓は俺を困らせた。


「な、何を。言いがかりはよしなさい、薬師。邪推はいけません」

「いや、別にそれでいいんだけどさ」


 真っ赤になって怒り、否定する梓に、俺はやれやれと肩をすくめる。


「で、行くんだろ?」

「はい」


 俺は、梓に手を引かれ、城下へと歩き出す。


「で、どっから?」

「無論、あちらこちらで店を見ていきます。数字だけでなく、実情を見れば真の経済も察せるというもの」

「ふーん」

「疑っていますか? 薬師」

「いんや、お前さんが疑心暗鬼なだけ」


 俺が問えば、梓は何を疑り深くなっているのか、それこそ邪推し、疑心暗鬼だと言えば、難しげな顔で黙り込む。

 不思議な奴だ。

 しかし、不思議だからと言ってここで頭を悩ませるものでもない。とりあえず店を見ると言うので、その辺を見回して、目に着いたものを俺は指差した。


「あそこに屋台があるぞ、見た感じ焼き鳥だ」


 平時でそんなに屋台が盛んと言うのも珍しいが、まあ、善政が敷かれている証拠だと納得しておこう。


「ええ、そうですね、行きましょう」

「そう言えば普通に街に降りてるけど大丈夫なん?」

「一応変装してますので大丈夫かと」


 言ってる通り、確かに町娘的な格好だが――。


「焼き鳥二本、お願いできますか?」

「おや、姫様じゃないか。今日は男連れ、これかい?」


 一瞬にしてばれた。まあ、顔くらい隠すべきだったな。

 梓はと言えば、驚き戸惑い、そして屋台のおばちゃんの立てた親指にひたすらに動揺した。


「な、何をおっしゃっているか理解できかねます!」

「まあ、こんな美人な嫁さんもらえたら幸せもんだろうがな」

「またまたぁ……、ほら、若い二人におまけしといてやるよ」

「私と薬師はそんな仲じゃ――」

「お、ありがとさん。恩に着るぜ」

「姫様もいい男捕まえるもんじゃないか。大変そうだけど、頑張りな!」

「恩に着た以上はそうさせてもらおう」


 いやはや、いいおばちゃんじゃないか。勘違いされてるっぽいが。

 俺は、焼き鳥を受け取り、その一本を梓に渡そうとする。


「おおい?」

「あ、あ、あなたは一体……っ、何を言って――!」

「いや、落ち着けよ。ほれ」


 わなわなとふるえ、今にも殴り掛って来そうな空気だった梓をやんわりと制止し、半ば無理矢理に焼き鳥を持たせる。

 これで殴り掛ってこれまい。

 そして、沈静化しかけた梓に更にもう一度追い打ちを掛けて、


「それよりも、いきなりばれてるんだが?」

「うっ、……むう。これは予想外でしたね」


 完全に鎮静化。


「まあ、しゃーねーか」


 俺は、溜息を吐くように吐き出した。そりゃあ、ばれちまったもんはどうしようもない。

 次だ次、と今度は俺が梓の手を引いてあちらこちらを回る。


「そちらに仕立て屋がありますね」

「ああ、いい布があるもんだ」

「しかし、その布が下々まで行きわたるかと言うと……」

「まあ、そりゃしゃーねーや。すぐにどうにかなる訳でもあるめーよ。それより、向こうのはなんだ?」

「ああ、豆腐屋ですね。城下でも評判だと」

「ふーん? 今度買ってくるか」

「さて、次は……」

「ああ、飯にしようぜ。流石に焼き鳥一本で腹いっぱいにやなんねーよ」

「そうしましょう」


 そうして、一通り城下を歩いて日も暮れた頃。

 ふと、俺と梓は、とあるこじんまりとした小間物屋に立ち寄っていた。

 どうやら、行商らしくここに常にいる訳ではないのだろう。広げた風呂敷にあれこれ商品が乗っているが、すぐにしまってどこかに行けるようになっている。


「どうだい、そこのお嬢さんに一品」


 好々爺然とした店主に俺は苦笑一つ、梓に聞いてみることにした。


「なんか欲しいもんでも?」

「なっ、言ったら貴方が贈ってくれるとでも?」

「それでも構わんぜ?」


 あまりに警戒した答えだったので、俺は更に苦笑を深める。


「で?」

「そんなもの、私には必要ありません」


 その答えはきっぱりとしたものだった。

 なるほど、欲しい物はないのか。

 なら、仕方ない。


「あー、これくれ。あ、ちなみに今金での持ち合わせなくてこんなんしかねーんだけど足りるかね」

「あ、あなたは何を……」


 俺は懐から指輪を一つ取り出した。ちなみに、別に曰くのあるものでもなく、大天狗として生きていれば気がつくと溜まる類のものだ。

 すると、あっさりと店主は相好を崩した。


「ええ、十分も十分、お釣りが出ますが――」

「じゃあ、これもくれ」

「そんな物でよければ。でもそれでも随分と釣り合いませんよ?」

「んなもん、近づきの印ってことでとっとけよ」

「ははぁ、ありがとうございます」


 俺は小間物屋から二つほど小物を受け取ると、俺は梓の手を引いて歩き出した。

 そんな俺に、梓が抗議の声を上げる。


「あなたは何を勝手に……」


 ある意味、あんまりもあんまりだ。

 俺はからかうように梓を見た。


「別にお前さんにあげるとは言ってないじゃないか」

「えっ……? それは――」

「そりゃ付き合いのある女って藍音もいりゃ美香もいるよ」


 と、そこまで言ってしゅんとしてしまった梓に、俺は苦笑して取り消した。


「冗談だ冗談。ほれ、やるよ」


 買ったもん一つを投げてよこすと、梓は慌てて受け取り、俺の顔を不思議そうに見つめる。


「紅……、ですか」

「ああ、うん。どうせ似合うだろ。お前さんは色気がねーんだから使っとけ」

「最後の一言は余計ですが、ありがたく受け取ります」

「どういたしまして、ってね。じゃ、帰るか」


 日が暮れかけた道を俺は梓の手を引いて城へと向かう。


「ああ、今度付けて見せてくれよな、せっかく送ったんだし」

「や、吝かじゃあありませんが」

「そうかいそうかい。じゃ、頼むぜ」

「……ありがとう、薬師」


 最後の言葉は、よく聞こえなかった。


「ん?」

「何でもありません、ええ。なんでも」











**************










 薬師様は……、また稽古ですか。

 食事ができたから呼びに行かねばならないのだが、薬師様はどうやら道場に居るらしい。

 薬師様は最近は一日に一度稽古と称して、木刀をよけながら遊んでいる。

 色々と疑問のある遊びだが、薬師様が楽しいならそれでいいのだろう。

 と、考えながら歩く私は、ゆっくりしている理由もなかったのであっさりと道場に辿り着いた。

 そうして、やけに接近する美香と薬師様を目撃してしまう。


「また私はお邪魔虫ですか……」


 ぼそっと呟いて一時停止。

 自ら進んで邪魔をする必要もない。

 私としては薬師様を取られたいとは思わないが、しかし、彼女等の心情も理解できる故。


「ほれ、やるよ」


 私が二人を眺めていると、薬師様がふと、手元から梅の花の飾りがついた一本足のかんざしを美香に寄越した。

 対する美香は、遠巻きにも狼狽する様子が見て取れる。


「な、なななななんで私にっ!? 私なんて男勝りだしっ、筋肉だしっ、傷だらけだし!」

「知らん、手元にあるからしょうがない」


 薬師様の答えは基本的に適当で無責任だ。

 そして、無責任で適当だから、


「そして、手近な美人はこの道場に一人しかおらんだろう。それともあれか? 俺に付けろってか?」


 こんな台詞が簡単に飛び出してくる。

 彼女は既に危険な段階だ。稽古の度によく薬師様を熱っぽい視線で追いかけるようになっているし、そろそろ危ない。

 現に今も、頬を朱に染めて薬師様を見つめ、怪訝な顔をされた。


「俺になんか憑いてるかい?」

「い、いえっ、何でもないでござるよっ?」

「なんだそりゃ」


 変な奴だな、と薬師様が肩を竦めれば、美香は緊張の面持ちで薬師様に礼を告げる。


「あっ、ありがとう、薬師殿。大切にさせてもらいまする」

「どういたしまして、って台詞もなんど言ったやら。まあいいや、精々使ってやってくれ」

「だ、だったらっ、今、付けていただけますかっ? いや、嫌だったら別にいいのだけども……」

「そんくらいお安い御用だ、ってね」


 ひょいと薬師様は美香の手の中のかんざしを受け取って、美香の髪に優しく触れると、一度後ろで縛っていた紐をほどく。

 そうして、自由になった髪を軽く捩じり、そうして上に持っていき、右の方からかんざしを差し入れた。

 そうして、後ろ髪をまるく纏めるようにして、薬師様がかんざしを持つ手を二、三捻ればあっさりと美香の頭に付けられた。


「ほいっと、時間ないからちょっとした簡単な奴な。ついでに付けやすい奴。これなら簡単だろ?」

「ず、随分と、慣れていらっしゃるようでっ」


 そう、薬師様はこう言ったことに関し、下手な女性より詳しいことがある。

 そのことについて聞いたら、苦笑い一つでこう返された。


「昔練習させられたんだよ。師匠みたいなのに」


 どうにもそういうことらしい。


「なあ、ところでお前さん、なんで武芸者なんかやってるんだ?」

「……それしか取り柄がないからですよ。刀しか目の前に落ちてなかっただけ」

「そうかい」


 と、もうそろそろいいだろう。

 私は道場にあえて床を軋ませて入って行く。


「食事の用意ができました」

「おお」

「あ、あ、あ、藍音っ!? い、いまのは、ええと……」

「素敵なかんざしですね」

「え、いや、あのー……」

「おおい? 美香、どうしたよ」


 既に歩き出した薬師様が美香をいぶかしみ、美香は急ぎその後に続いた。









**************








「薬師殿、か……」


 機嫌よさ気に、美香は夜の廊下を一人歩いていた。

 その足取りは軽く、今にも鼻歌が聞こえそうなほど。


「こういうのも、たまには悪くないですね……」


 緩んだ顔で、優しげに頭のかんざしに触れる。

 最近の彼女は実に満ち足りていた。

 これがずっと続けばいいと思うほどに。

 しかし――。


「ん?」


 美香は不意に床が軋んだ音に気付く。

 気付いてしまった。


「誰かいるのですか?」


 ここは城の廊下の裏手側、夜のこの時間帯になどそれこそ見回りをする美香位しか人はいないはずだった。

 変に思って床の軋んだ方向、通路の角へと歩いていき。


「っ!! なっ……、あッ!」


 ぞぶり、とした感触。

 次に襲って来たのは焼ける様な痛み。

 彼女が下を見れば、彼女の腹から、白刃が生えているではないか。


「ぐっ、うう……、ああっ! 誰だっ!」


 どうにか怒声を振り絞り、背後に居る人物を振り返りざま掴み、投げる。

 柱を数本粉砕して、それは地に落ちた。


「乱波……?」


 黒い忍び装束が、その正体を告げる。

 美香は、致命傷を悟りながらも急ぎ梓の元へと走り出した。


「致命っ、傷か……。ふぅっ、こうしてはいられない……っ。急がなければっ……!」


 当然一人で終わるはずがない。急いで梓に伝える必要がある。

 だが刃は、明らかに美香の内臓を貫いていた――。











参 こうして薬師様は自重をやめました。




 美香は走る。

 滝のように血を流しながら。

 早く、梓に伝えなければならない。

 ここに至り梓を暗殺するなど、戦線の布告に他ならない。

 最高権力者が倒れると同時に仕掛け、指揮系統が混乱しているうちに全てを決める気だ。

 ――一刻も早く伝えなければ!!

 今の時間なら、梓は座敷に居るはずだ。

 そして、薬師や藍音もまた、書類の片付けを手伝い、そこに居る。


「ぐぅっ……、逆に、案内してしまった……?」


 走りながら、後ろから小さく押し殺したように響く足音に、美香は舌打ちした。

 乱波は複雑な城の内容を美香に任せて辿っているらしい。

 しかし、美香は舌打ちしながらも、逆に笑う。

 利用しているつもりだろうが、好都合。案内が終わるまで、乱波は美香を殺さない。

 そうすれば、暗殺の奇襲は失敗する。

 それでも姫と護衛の一人や二人余裕だと考えているようだが、違う。

 あそこには、薬師がいる。

 あれほど打ち込んでも全て避けて一本とて入らなかった薬師が。

 攻撃の方は未知数だが、難易度なら、避けるだけの方が、ずっと高い。

 きっとあれならひょうひょうとどうにかしてくれる――、と。

 美香は襖を突き破るように飛び込んだ――。









「姫さまっ、お逃げくださいっ!!」










 襖が勢い良く開き、切迫した空気が俺達の居た座敷に響き渡った。

 堰切って駆けこんで来たのは、美香だ。随分と急いだらしく、髪振り乱れていて袴の着付けもどこか杜撰だ。

 しかし、問題は、そちらではない。

 それを追うようにして現れた、忍装束の乱波の方だろう。

 そして、問題はもう一つあった。

 それは美香の腹から生えた、血塗れの刃。

 ありゃ、助からんかもしれないな。

 あっさりと、経験から俺は答えを出した。

 見た所、出血が酷い。内臓はあっさりと破れているだろう。果たして刺されて幾ら経ったか知らないが、そこから走ってここまで駆けこむ根性は認めるものの、明らかに寿命を縮めた。


「美香っ!!」


 梓が悲鳴に近い声で叫ぶ。

 美香は、瀕死のまま梓に向かって逃げろと言葉にするばかり。


「姫様……、お逃げください……。これより戦が始まります……。逃げて――」

「美香っ、美香!」


 遂に限界か。美香は地に伏し、それをまたぐように乱波どもは部屋に侵入してきた。

 ひいふうみいよう……、っと控え含めてざっと五、六いるようだ。

 そうして、乱波達はぬらりと刀を引きぬいた。


「そこに居られるが嶋岡梓姫とお見受けして――、お命頂戴いたす」

「私を知っての狼藉かっ! 決して許されることではないぞ!!」


 まるで初めて出会った時、俺に斬り掛った時のように、梓は乱波に向かって行った。

 甲高い、金属の擦れる音を聞きながら、俺はあっさりと蚊帳の外になってしまった女武芸者の元に行く。


「よう、意識あるかい?」

「や、薬師殿……?」


 朦朧と、美香は俺に問うた。

 分かりやすく、俺は大きく頷いて示す。


「そう、薬師だ。お前さんの姫の護法童子だ。それを念頭に置いて」


 すると、美香はわざわざ大声を上げようとして、血を吐いた。あーあー、やめとけばいいものを。

 まあ、それよりも、だ。


「最期に言い残したいことは?」


 俺もまた、千人があっさり死ぬ戦の大将だ。今更知り合い一人死んだくらいで顔色は変えない。

 しかし、供養くらいはしてやるのが――、義理ってもんだ。

 それに、俺は彼女の生き様に、そして死に様に興味があった。


「貴方に……っ。護法童子の如意ヶ嶽薬師殿、にっ。お願い申しあげます、姫を、姫をお願いします……」


 美香は、そう言って俺に懇願する。

 俺は、そんな彼女に疑問をぶつけた。

 美香は、もしかすると姫なんて知らぬ、と医者に駆けこんでいれば助かったかもしれない。

 それにしたって、数刻延命しか成り得ないかもしれないが、そうするのが普通の人間だ。

 なのに、ここに来た。命を投げうってまで、ここに現れたのだ。


「そんなに大事なんか? そこな姫君が。他人だろう? 何を言っても示しても、自分の命と秤にかけて大事にするもんかね」


 血まみれになってまで、それこそ腸かなぐり捨てる程の勢いで守ろうというほどのものだろうか。

 俺が疑問をぶつければ、返って来たのは迷いない瞳だった。


「命よりも大事なものがない人生などっ! その点私は幸せでした……!!」


 力強く、言い放つ。

 死に瀕して尚、真に力強い瞳だった。


「そうかい。じゃ、さらば。機会があったら地獄で会おう」

「は……、い……。おさらばです……」


 そう言って、美香は瞳を閉じる。














「借りるぜ」


 美香の傍らに肩膝ついていた薬師様が、まるで幽鬼のように立ち上がる。

 その手には、美香の腰に在った刀。


「この世の悪を叩き斬る、剣客商売。それと呼ぶにはおこがましいが」


 立ち上がった薬師様は、じろりと、まるでいつものように乱波たちに目を向け。


「俺も腕っ節これには自信がある」


 そして、乱波の一人を無造作につかみ上げると、柱を割るほどの勢いで、それを壁に叩きつけた――!


「むしろこれしか取り柄がねえ!」


 私を除く一同が、目を見開き、薬師様を見る。

 薬師様は不敵に、にやりと笑って見せた。


「乱波を斬るもまた一興、今日の戦の前座にどうだい?」













 言ってしまえば、乱波は弱かった。

 壁に叩きつけ、振られる刀ごとぶん殴り、蹴って、終わりだ。

 基本は奇襲、暗殺であるから当然か。普通の護衛相手なら多少有利だったかもしれないが、天狗と戦えるほど鍛えられてない訳だ。


「で、そこのお前さん、ちょっと聞きたいんだが」


 ぶん殴った乱波の胸倉をつかみ、尋ねる。


「誰が……」


 だが、乱波はそれだけ吐き捨てるように言って何も言わなくなった。


「……舌噛みやがった」


 仕方がない。色々聞きたいこともあったがこの際無視だ。

 呟くように言って、俺は乱波を捨てて梓の方を向く。


「藍音、美香の方頼んだ」

「はい」


 先に藍音へと指示を出し、俺は梓に告げた。


「お隣さんが攻めてきてる。後一刻か二刻もすれば接敵だな。勝てるのか?」


 梓は力なく、首を横へと振る。


「残念ながら。今の戦力では……」

「ふーん? だが、ここに俺がいるが」

「そうですね……。あなたは、強かったのですね……」

「無論、護法童子だぞ? 只者なわけあるめーよ、如意ヶ嶽が大天狗如意ヶ嶽薬師坊とは俺のことさね、聞いたことあるかい?」

「大天狗……? ……よもやそんな人物を呼び出しているとは……」


 この時、梓は奥歯を噛み締めるように呟いていた。

 思うに、美香に駆け寄りたかったのだと思う。

 しかし、俺は翼を広げ、風を強く吹かした。

 力を誇示するように、梓にわかるよう。


「ちなみに、俺なら単騎でそいつらをぶっ殺すことができる。ああ、信じてくれなくてもいい」


 なるほど、美香と梓は随分と仲が良かったようだ。


「ただ、見た通りそれなりに強いさ。そっちの軍と合わせればさっき見せた程度の力でも勝たせて見せる。その上で、どうする?」


 しかし、梓は当主だ。

 こうなれば戦えぬものに構ってはいられない。

 そして、俺の力を信じられないのであれば、眼力が足りない。当主としてはできそこないだ。

 果たしてどう答える?

 ――梓は答えた。


「……何でもします。ですから、この国を救って頂けませんか?」


 対し、俺はいやらしい笑みを浮かべた。


「いいのか? そんなこと言って、足下見るぞ? 抱かせろ、とか言うかもな?」

「……構いません」


 目を伏せ、歯を食いしばって言う梓に、


「じゃあ、死ねって言ったら死ぬのかい」

「お望みならば……」


 俺は少々むかついた。


「じゃあ、ちょいと表出ろや」


 耐えてればいつか状況が好転する、とでもいうような言い草だ。


「お前が俺に一太刀入れれればやってやるよ」


 美香は俺に何度も言った。

 攻めねば勝てないと。

 そして、梓はいつかそれを悟り誰よりも賢く攻めることができると、信じて疑わなかった。

 なのに、この体たらくか。


「な……、あなたと……?」


 動揺する梓の襟首を引っ掴み、窓から飛び出すと、屋根に乗る。

 非常に高い。だが、これでいい。


「手加減はしてやるよ。ただしきっちり当てて見せろ、さもなきゃ国が滅ぶってことでここは一つ」

「あなたの遊びに付き合ってる暇は……」

「こっちから打って出ても敵兵は沢山死ぬぜ? 親父さんのせいで傷つけるのが怖いんだろ?」

「そ、んなこと……!」

「なら抜きたまえ。一太刀でいいんだ、簡単だろ?」


 俺の言葉に、意を決したか、梓が刀を抜く。

 俺も応えるように美香の刀を構えた。


「胸を借りるつもりで行きます」


 梓が俺を見据え、動く。

 神速の踏み込み、斬撃。


「おっと」


 俺は一歩後ろに引いてそれから逃れた。


「ふふん……、なるほど、いい剣士だ」


 適当に刀で切り付け、防がせながら俺は呟いた。

 そして、強めの縦斬を放ち、受けきれないと梓が後ろへ飛んだ所で、指を突きつける。

 これじゃいかんのだよ、攻める気概が全くない。


「だが、お前さんの剣には圧倒的に足りてないものがある!」

「なんだと言うのです!」


 もう一度踏み込んでくる梓の刃を、今度は刀で受け止めた。


「んー……、すたいりっしゅ?」


 力が抜けた梓を強引に弾き飛ばす。

 梓は抗議の声を上げた。


「自分でもよくわかっていないことを言わないでくださいっ!!」

「いいや、間違ってないね。日本語訳すると……、そうだな、粋だ。お前さんには粋が足りない」

「勝負に粋などっ!」


 無意味に力んで刀を振る梓に、俺はそれを受け流しながら溜息を吐く。

 それがいかんのだ。


「勝ち負けほど曖昧なものはないね。手痛い勝利に嬉しい敗北。実によくわからん。いやはや不思議だ。そしてさらに不思議なことに」


 梓の剣を流したり受けたりすることは、正直に言って予測を使うまでもなく、容易い。

 どういうことかっていうと、真っ直ぐすぎるのだ。


「日本人ってのは華麗で偉大な敗北を好むらしいな」

「それがなんの関係があるのでっ!? 勝利するに越したことはないでしょう?」

「分かりやすく言うと、日本人にとって粋と無粋っての実に肝要な部分ってことさ。負けても粋ならそれでいい。だけどお前さんの剣にはそれがない」


 風の予測を使っていても刀を当ててくる奴は居た。要するに、避けれない状況を作ればいい。いきなり刀を投げてくる奴や、蹴り放つ奴、噛みついてくる奴、要するに粋な奴らがいた。

 予想以上のもんを出してこない限り俺には掠りもしないだろう。

 そして、その予想以上の物を出してくるものこそが、粋という奴だ。

 梓には、そんな余裕が足りていない。


「まあ、だが、ないもんは仕方ないな。実は、実力で勝る相手と対峙した時、もう一つだけ実力差を縮めるもんがある」

「それは……」


 今だ続く剣戟を往なしながら、俺は言う。

 そんなん一つだ。覚悟を決めるしかない。


「俺は覚悟を勧めるよ。お前さんには覚悟も粋もないし、粋は難しい。でも覚悟ならお手軽簡単だ」

「覚悟? そのようなものならとっくに、国を背負うと決めた時から――!」


 大上段から振られた一撃は、やはり俺に掠りもしなかった。


「残念。そいつは後に引けなかっただけじゃないか? 他に道がなかったから諦めた、とも言うな」


 かく言う俺も諦めた側の人間だ。人を殺す覚悟をしたんじゃなくて、殺さないことを諦めただけだ。

 だが、梓ならまだ大丈夫だ。まだ手遅れじゃない。


「ほら、早く斬らないと敵が来るぞ? 城下は焼かれ、女は犯され子は殺されるんだろうな。無能な城主のおかげで」


 俺は屋根から城下を見下ろし、言う。

 残念ながら敵軍がここに来るまで二日か三日は掛かる予定だが、しかし、それは三日もあるではなく、三日しかないと言う事実がある。

 戦の準備には時間がかかる。それを怠ったのは、確かに梓の責任だ。

 その俺の言葉に、梓は逆上した。


「く……、そ。ええええええええええぇええぇえいッ!!」


 乱暴に振られた一閃を俺はひょいとかわす。

 駄目だ。俺はそんなのを求めている訳じゃない。


「駄目だな、それは勇気でも覚悟でもない。ただのやけっぱちだ」

「あなたがなにを分かっているというのかっ!!」

「勇気や覚悟ってのは、恐怖を飼い慣らすことだ。恐怖に打ち克てば懸念に至り、恐怖に負ければ手元が狂う。違うか?」


 崖を飛び降りるのが勇気ではない。かといって崖から回れ右するのも違う。

 崖を降りることこそあるべき姿。


「生かさず殺さず中間で。要は殺す殺さないじゃなくてだな、首の皮一枚で繋げることを決めるのが覚悟だよ」

「何を仕合中に!」

「本能に身を任せるんじゃない。本能を凌駕するのが覚悟である、と。言ったろ? 覚悟を勧めるってさ」

「そんなの、分かりませんっ、分かるはずがありませんっ!!」


 そうか、わからねーのか。そいつは美香の眼が節穴だったのか、時機が早すぎたのか。

 それは俺にもわからねーが、今の状況は小娘の成長をゆっくり待っていられる程長くは続かない。


「なら逝っちまえ」


 俺の拳が梓の水月を打ち抜いた。苦悶に身を折り、梓はよろめく。

 残念、これで終わりか。

 まともに入った以上は、これで終わりだ。秒を数える前に梓は意識を失うだろう。


「終わりだな、何もかも」


 覚めた目で俺は梓を見た。

 そのまま、梓は負けるだろう。負けて終わりだ。

 そして目が覚めれば何もかも終わっている。中途半端な結果で終わる。

 そして、その梓は俺の予想通りに大きく前に揺らぎ、倒れ――。

 ――ないだって?


「まっ、だ……、まだぁあああああああああっ!!」


 俺は驚きに目を見開いた。


「ぬっ!?」


 梓の刃が、俺へと振り下ろされる。

 予想外の出来事に反応が一瞬遅れた。

 見事な太刀筋、根性だ。

 だが――。


「ほほう、中々今のはびびったぜ。だけど……、なんで止めた?」


 振り下ろされた刃が、首元でぴたりと止まっている。

 梓の瞳には、迷いがありありと浮かんでいた。


「なに迷ってる。お前の前に居るのは壁で、壁は崩すもんだ。そこに迷いは要らねえ」


 俺は、梓の瞳を真っ直ぐに捉える。

 刀を構えもしない。

 ただ叫ぶ。


「斬れよ。――斬れっ、臆病者ッ!!」


 それに答えるように梓が、一歩後ろに引いて、そして、咆哮。


「あああああああぁあぁああああッ!!」


 神速の踏み込みと同時に刃が突き出され、俺の喉に。

 ――やはり突き立たない。

 ぴたりと止めた刃の向こうの瞳と、目が合った。


「――壁は、越えるものです。薬師、違いますか」


 ……言ってくれるじゃねーの。

 言外に砕くものでないと言う、その目は迷い一つ、曇り一つなかった。


「覚悟、決まってるかい?」

「――とうの昔に」

「はん、流石だ人間。それが粋な覚悟って奴さ」








************








「じゃあ、年長者から一つ贈りもんだ。此度の戦だけはどうにかしてやるよ。全部俺が殺してくるさ。罪なら全部俺に押し付けちまいな」


 そんな言葉に、梓は首を横に振った。


「頼まれたってお断りです。私が半分背負ってあげますから泣きついて来なさい」

「ふん、可愛くねーな、心の師匠に向かって」

「いつ貴方が私の師匠になったのですか?」


 照れたように問う梓に俺は苦笑一つ。

 まあ、梓が弟子なら、随分と面白い弟子だなぁ。それに随分と優秀な弟子だ。

 流石人間とでも言えばいいのかね、一瞬での成長に目を見張るものがある。

 力とは、突き詰めれば我侭を貫くためのものだから、俺達の様な大妖怪はいつまで経っても子供のままだ。

 ままならないことを知っているから、人は成長できる訳だな。

 実にいい目をしている、と言ってみようかと思ったが、やっぱり癪でやめた。


「ついさっきだよ。と、それじゃ、行ってくるさ」


 仕掛けるなら早い方がいい。領内に侵入させると面倒だ。

 その点、侵入前なら、吹きとばすだけでいい。


「なら、私も――」

「お前さんは美香の方に付いててやれよ、俺は一人で問題ねーから」


 着いてこようとする梓を俺はやんわりと制止する。


「あなたは?」

「俺は聞くだけ聞いた。第一、美香からの頼まれごとに行くんだぜ?」

「どんな頼まれごと、だったんですか?」


 聞かれて、俺はふふんと笑った。









「――明日の天気を晴れにして欲しい、だ」






「往きなさい、我が護法童子。私が命令します、我らの領土を荒らす者に鉄槌を」

「委細承知」


 そう言って、彼は飛び立った。

 それを目で見送り、振り返れば、そこには藍音が立っている。


「藍音、美香は?」


 分かりやすく、簡潔に問う。

 すぐにでも美香の元へ向かいたかったが、しかし、私は姫であり、当主だ。

 毅然としなさい、嶋岡梓。


「現在医者の元に。しかし、助かる見込みは絶望的かと」


 あっさりと、藍音は答えた。

 ある意味、予想通りだったから助かる。

 覚悟はとうに済んでいたはず。ここで戸惑うこともない。

 助かれば儲けもの、助からないなら、天命だ。

 私は大きく呼吸を一つ。


「わかりました。では、私は部隊を整えることとします。今回の件、薬師だけでどうにかなると思いますか?」


 確かに、薬師の強い所はさんざ見せつけられたが、しかし限界を見ていない今、過大評価は命取りだ。

 いつでも出撃できるようにせねばならない。

 ただし、藍音の瞳に、全くの揺らぎはなかった。


「どうにかしてしまうかと。それが大妖怪です」


 随分と信頼しているようで。


「そうですか、まあ、どちらにせよ。この一戦においては薬師が受け持つと言ってくれましたが、これで終わる訳ではないでしょう」

「……当然ですね」

「そう、それ故備えねばなりません。それに、何もしない訳にも行きませんから」

「お気を付けて」


 歩き出した私に、藍音は優雅に一礼した。


「あなたは?」


 問えば、藍音は迷いなく答える。


「美香の元に着いていましょう。薬師様に頼まれたので」


 余程、薬師を信じているのだな、と確認させられて、気取られぬよう、私は心中で苦笑する。


「お願いします」

「ええ。それに、絶望的とはいえ……、腕のいい医者、いえ、薬屋が通り掛らないとも限りませんから」


 歩き出した私の背に掛かる声に、真っ直ぐ前を向いて返す。


「奇跡は起こると思いますか?」

「女性のためなら起こしますよ。薬師様は」


 確かに、さっきの彼は、本当に眩しかった――。




















 隣国が攻めてきてる街道をふらりと一人で歩く俺。


「羨ましいね、貴い尊い命よりも大事な物があるってのは」


 陣は既に形成済み。辺りは派手に風が吹きすさんでいる。

 思い出すのは美香の顔。あれはあれで、得難い友だった気がする。

 ああ、敵は二千人を超えている。

 実に、実に少ない。


「俺の命は随分安くなっちまったもんだがね」


 風の音にまぎれ、呻き声が聞こえて来た。

 当然と言えば当然か、俺の付近の兵たちは軒並み吹き飛ばされているのだから。


「随分と――、高く付くぜお前さん達ッ!!」

「お、お前は一体……?」


 地面に刀を突き立て、どうにかと言った風情で唱える兵一人を、俺はなんの気なしに見降ろした。


「如意ヶ嶽の大天狗。お前さんらの行き先の回しもんさッ!!」

「な、あ、うわぁああああああああっ!」


 拳を振るうまでもない。

 荒ぶる風に任せるだけで、人垣は吹き飛ぶ。所詮人間だ。

 俺はいつものようにふらふらと歩き続ける。

 そうして、あっさりと目標は見えて来た。


「ほほう、あそこに見えるが敵の武将さんか」


 強風にあおられ、こわばった人垣の向こうに、一際目立つ鎧姿

 血のように紅い鎧に、天を衝くような一本角。

 俺は、それを目印に歩き出そうとして、止められる。

 まあ、当然か。


「何者だっ、お前は!!」

「邪魔だから退いてくれるか?」

「何者だと聞いているんだが、答えてはもらえまいか!」


 兵士が一人二人とよって来た。


「悪いがそこな真っ赤な人に用があってな」

「は……、明久殿に?」


 驚いて思案顔になる兵士に、もう一人が息巻いて叫んだ。


「妖しい奴め、ひっ捕えろ!」


 なるほど、いい勘をしている。

 そりゃ妖しいし怪しいさ。

 だが、いい判断ではない。


「邪魔だ……、つったぁあああ!」


 羽団扇一閃。

 一人残らず吹き飛ばす。


「なっ、化物がぁああああああ!」


 悲鳴は、風の向こうにかき消されていった。


「逃げる奴は追わねえよ、ただし、進行方向を変えるつもりはないっ!」


 再び、俺は悠然と歩きだす。

 一点へと向かって。

 それはあまり遠くなく、あっさりと辿り着く。

 それは当然だ。障害物は全て吹き飛ばしたのだから。


「よお、真っ赤な人」


 紅い鎧に呼び掛ける。


「何者だ?」


 武将、そう、明久と言ったか。

 精悍な武人である。年の頃三十程で、武人としては脂の乗り始めるころか。


「大天狗だよ。諸君らを追い返しに来た」

「っ、全軍、掛かれッ!!」


 瞬間、明久の後ろに居た兵たちが、全て俺めがけ、殺到した。


「いかに化生でも……」


 なるほど、いい兵隊だ。

 だが、


「すまんが、腹に据えかねてる。来るならしゃあねえっ、その首揃って刈り取るぞッ!?」


 無駄だ。


「吹っ飛べぇえええええええッ!!」


 羽団扇を全力で振り抜く。

 悲鳴を上げる暇すら与えない。

 明久を残し、あらゆる兵士が舞い上がり、地に落ちた。


「これが……、大天狗」


 明久が、俄かに口を開き、瞠目する。

 そして、不利を悟るや、こちらへと語りかけ始めた。


「なにをそこまで怒っておいでか」

「当然、人死にが出たからよ」

「人死に? よもや、乱波が城下に火でも放ったか」

「いいや?」

「では、姫でも死んだのか。そのような情報は来ていないが」

「そんな訳もねー。来たから乱波は殺したよ」

「ならば、誰が。どのような人間が何人死んだのか」


 俺は鼻で笑って答えた。

 そんなのわかりきってる。


「ただの姫のお付きの女武芸者さ」


 今一度、明久が目を瞠る。


「では、其はたった一人のたかが女武芸者のためにこうまでしたと言うのか!!」


 俺は眉ひとつ動かさず、肯定した。


「悪いかね」

「それで一体何人殺したのだ!」


 うん? なんだって?

 俺は、今度はぴくりと眉を動かした。


「ふむ、お前さん達、殺すのに理由が必要な方かね?」

「な……」


 一瞬、明久の眼に恐怖が灯る。

 あれは、理解できぬ者を見る瞳だ。


「そうかそうか。だが――、俺には要らない」


 そう、俺に理由は存在しない。

 ここに衝動と激情があれば十分だ。


「もっともらしい理由も、聞こえのいい大義も、後からつけりゃ問題ない」


 くく、と俺は喉を鳴らして笑う。


「知ってるか? 俺達は災害だ。そして、災害ってのは、乱暴で、我侭で、理不尽だ」


 にやりと笑って言って見せれば、今度は明久は意を決したように肯いた。


「そのようだ……、なら、こちらも災害を用意するしかないようだなっ!」


 瞬間、明久は胸元から一つの宝石を取りだした。

 なんだありゃ。

 思った瞬間、明久はその宝石を投げ、刀で叩き割る。


「外法を使うのはお前達だけではない、とそちらの姫に伝えるがいい!」


 爆煙、爆音。

 まるで地面を抉るような音に、砂埃が巻き起こる。


「なんか居るな……、誰だ。って……」


 その煙が晴れた向こうに居たのは。


「ドラゴンか……っ!」


 真っ赤な体躯に口元に猛る炎、鋭角な翼に瞳孔の切れた鋭い目。

 それは龍。

 その上、


「ア・ドライグ・ゴッホの映し身か!」


 かなり上等な。

 ウェールズの赤き龍。原典よりもずっと威力は下がるだろうが、しかし、その威容は計り知れない。

 果たして、何故明久がそのようなものを封じた石を持っていたかは分からない。

 だがしかし、ここに敵としてウェルシュ・ドラゴンが立っているのは間違いない。


「オオォォオォォオォォオォォオオオオオオオォオンッ!!」


 龍が咆える。

 瞬間、七の水の槍が飛び出した。

 っ……!? そういや水の神だったっけか!?

 俺はその場を急いで跳び退いた。

 先程まで立っていた地面を高圧の水が抉る。

 更に、そこに長い尻尾が迫り、俺はそれを飛んで避け。

 過ぎ去ったそれを見ることもなく、俺は龍へと手を向けた。


「細切れろっ!」


 風の刃が走り、龍へと突き立つ。

 だが――。


「流石龍、だな」


 返って来たのは明久の落ち着いた声。

 そして、どうにか風の被害から立ち直った部隊が歓声を上げた。

 龍の鱗には傷一つ付いていない。


「投降しろ、こちらに付くなら悪いようにはしないっ! 流石の天狗も龍には勝てまい!!」


 ああ、明久の声が実にうるさい。


「なるほど、傷一つ付かないね」


 確かに普通じゃ上手くいかんらしい。

 だが。


「それがどうした。それがどうしたッ!!」


 俺は唱える。


「吹っ飛べ」

「グオオオオオオオオオォォォオォォオオオオオオオッ!?」


 全力でぶち当てた風が龍へと辺り、弾き飛ばす。

 龍は、大きく吹き飛んで、墜落した。


「グゥオオオ……、オオ……?」


 墜落した龍が、体勢を立て直す。

 その龍へ、俺は悠然と歩きだした。


「言ったよな、腹に据えかねてるって」

「グゥ……ォォォォオオオ……!」


 思うままに、赴くままに吐き出した。


「ぶち殺すぞ蜥蜴がッ!!」


 一歩一歩近づいていくごとに、龍に怯えの影が見え始める。


「オオオオォォオッ!!」


 龍が、水の槍を放つ。

 風が斬り裂く。

 炎の球が俺に迫る。

 風が吹き飛ばす。

 俺は歩みを止めない。

 龍の元まで後五歩。

 後四歩。


「オオオオオォォォオオオオッ!」


 三歩。


「無駄だ」


 二。


「グゥオオオゥッ!!」


 一。


「ぴーぴーと煩いんだ。悪あがきは終了してくれ」


 零。

 至近。

 俺は龍の胸元に手を当て、一つ。

 呟いた。


「極在台風」


 初めて、龍の顔が苦悶に歪む。

 地に伏して状況を見守っていた兵ですら、驚愕を隠せないでいた。今まで最強無比にて無双を誇っていた龍は、今苦悶に顔を歪めて動けないでいるのだ。

 俺はぽつりと告げる。


「――極めて其処に在り」


 瞬間、龍が内側から破裂した。

 断末魔すら漏らさない。誰も、驚きの声さえ上げなかった。全ての疑問を、魔獣の内側から吹き荒れる容赦のない暴風が奪い去って行く。

 全員が、事態を理解できないでいた。


「一体、何を……」


 愕然と、相対する男が呟き、俺は何でもないように返事を返す。


「簡単。内側から台風を一つ、叩きつけただけだ」


 鞠程度の大きさに圧縮した台風を相手の体内に発生させる。それが極在台風。

 縮小でなく、圧縮。

 故に極在。

 まともに耐えられるはずがない。

 そうして魔獣は弾け飛んだ。


「後、気付いていないようだから言っておくが」

「なに?」

「死んでるぞ?」


 意味が分からない、というように明久は返した。


「なにが?」

「台風一個分が爆発した余波を受けて、無事でいられるとでも?」

「な――」


 瞬間、俺を中心に、一里程の地面が大きく抉れ。

 そして誰もいなくなった。


「あーあ……、詰まらんもんを吹っ飛ばしたもんだ。いや、詰まらんから吹っ飛ばすのか」


 俺はにやりと笑う。


「言ったよな? 俺達は災害だ。そして、災害ってのは、乱暴で、我侭で、理不尽だ」














**************












「よう、ただいま」

「やったのですね、薬師……」


 城門の前に立つ梓に、俺は軽く手を上げて示す。

 梓は、笑顔で俺を出迎えた。


「ああ、うん、まーな」

「それで、何か言うことがあるのでしょう?」

「ああ、ばれてんのか」


 思わず、俺は内心で溜息を吐いた。


「うん、まあ、あれだな。いい加減帰るとしよう」


 俺は、梓の顔を見てそう告げる。

 護法童子とは、役目のために神が遣わすものである。

 そして、今回の役目はこれで終わりだろう。

 ならば帰るのが道理。むしろ、残る方が成長の妨げだ。


「そうですか、寂しくなりますね」


 そう言って残念そうに顔を伏せる梓に、俺は笑いかけた。


「今生の別れでもなし。京都にでも寄ったら如意ヶ岳に来たまえよ」


 梓も、笑い返してくれる。


「そうですね、そうします」

「っと、藍音も来たみたいだな」


 ゆっくりと、こちらへ歩いてくる人影一つ。

 いつものメイドだ。


「じゃ、行くか」


 振り向いて歩き出す俺。

 藍音は何も言わず俺に続いた。

 そんな時、俺の背に、声が掛けられる。


「薬師っ!」


 梓の声に俺は何だと振り向いて――。


「むぐっ」


 それが接吻だと気付くのに数秒を要した。

 ……何故接吻?

 考えている間に、唇は離れ、顔を真っ赤にしながら、梓は言葉にする。


「あなたの方も、ここらを通り掛ったら来てください。おもてなししましょう」


 俺は、薄く笑って再び梓に背を向けた。

 片手を軽くあげて振って見る。


「――考えとくよ」

「来ないと、末代まで祟ります」

「おー、怖い怖い」


 そうして、俺の奇妙な護法童子生活は、終わりを告げた。






















 その後、梓の身辺がどうなったかは知らない。

 身近に必要さえありゃどこにでも現れてエリキシルでも何でも売ってくような奴がいたことを思い出したが――。

 知らないったら知らないのだ。












―――
長かった……。
実に五十七キロバイト。読んでいただいた皆さん、ご苦労様です。
後日談を書こうかなと思ったりしましたが、完全に蛇足なのでやめたいと思います。
よって、美香がどうなったかに関しては、ご想像にお任せです。
まあ、あの言い草じゃ、どっかの店主が梓と取引した可能性も。
ちなみに薬師の住む地球は我々の地球とよく似たブツなので、なんか変だなこの地名、とか思っても勢いで楽しんでいただけると助かります。
今回の話の参は参っていうか惨でしたね。


極在台風

半径十センチの球位の大きさに台風を圧縮して敵の体内に出現させる技。
最初の一工程の、出現はあらゆる堅さを無視して出現するため、当たれば防御力を無視し、相手に球状の穴をあけることができる。
ちなみに、圧縮された空気は当然一気に高熱になるのでプラズマが発生したりして超威力を誇る。
近くに居ると超あっついので注意。空気の壁を作るようなことができないと溶ける。
ぶっちゃけると原爆級の一撃。
弱点は陣を敷いてる時か、台風が来てる時しか使えないことと、超接近戦じゃないと狙いが定まらないこと。
後、手加減できない、範囲が広い、などの理由があって、所により使えない。
薬師自体は自分でバリア的な風で守ってるようですが、精々が薬師の後ろに十数人すし詰めにできる程度ですから、ちょっと遠くに味方がいても使えないです。





前回の番外編は藍音さんの過去編、藍音さんの話でした。





番外編お品がき

最近のもの。(新しい順)


薬師昔話 藍音さんの話。

薬師昔話 余興の話。

薬師昔話 猫の話。

玲衣子ルートIF ~I Love You.You Love Me?~

前さん番外 人気投票特別編

憐子さん 過去編

李知さんIF 李知さん飼育日記。





番外編について。

番外編を新記事として書くと、記事を上にあげる時間が異常に掛かり、一種の苦行か拷問になるので、ここに一本新しい番外編がストックされ、次々とホームページに格納されていきます。


 ホームページは、各記事上のHOMEか、下記URLから。

http://anihuta.hanamizake.com/

 直接番外編倉庫まで飛びたい方はこちら。

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