俺と鬼と賽の河原と。
ある日の河原で、俺はビーチェと向き合っている。
生徒との対面。話される重い話題。
真剣に考え、答える俺。しかし、その言葉は気休めにしかならない。
それでも、対話を続け、少しづつ答えを模索していく――。
そんな朝。
ならよかったなぁ。
「先生っ!! 決闘です!!」
「……先生意味がわからないなー……」
何故なら、俺の手に握られてるのは教鞭などではなく、ひと振りの刀なのだから。
決闘。何かを決めるための闘い。
これもまた、何かを決める戦い、なのだろうか。
其の百四十一 俺と決闘と日本刀。
「えー、と、だな。なんで日本刀二本も持ってるん?」
……しまった。突っ込む所を間違えた。
あまりの唐突さに、俺は冷静さを欠いているようだ。
河原に呼び出された、そう思えば――、決闘だ、と言われ、日本刀を渡される。
ここはどこだ。何時代だ。その結果が今の動揺か。
そして、妙にずれた俺の問いに、ビーチェはなんの疑問もなく、答えるのだ。
「こないだまで、僕、テロ組織にいましたから」
にっこり笑ってばっさりと。これが……、昔取った杵柄っ……!
だが、である。
それでなんで決闘なんだ。そこに日本刀が二振りあるから、という登山家の様な理由は認めない。
だから、俺はもう一度聞いた。
「なんで決闘?」
「聞いて欲しいお願いがあるんですっ」
「へえ、それで決闘?」
「はい」
……ここはどこだ。お願いがあるから決闘って、ここはどこの世紀末になったんだ?
決闘なんて古臭いもん今更流行んねーぜ、素直にお願いしてみろよお嬢さん、と誰かビーチェに言ってくれ。
俺か? 俺は……、やだ。そんなことを言ったら素直にお願い聞かないといけない空気になるからな。
もしも無理難題だった場合後悔しきりだろう。
「で、お願いって?」
聞いてから対応を決める。まずは、それを決めた。
そして、その選択に、俺は心底安堵することになる。
「僕が勝ったら――、こ、こ」
「こけこっこー?」
「恋人にしてくださいっ!!」
「こけこっこー……」
更に意味がわからない。しかしよかった、素直に言えば聞いてやるぜ、みたいな会話しなくて。
こんな意味わからん流れで誰が恋人なんて作るものか。
「……なんで決闘なん?」
「今までずっと考えてきて、これしかないと思ったんですっ」
「……へー」
駄目だ、この微妙に物騒な少女を誰か止めてくれ。
くっ、こいつは駄目だ、決闘を受けたら負けな気がする。
そう考えて、俺は首を横に振った。
「教え子と……、剣を交えるなんてっ……、できるわけがない……!」
ところで、言ってて思ったのだが、これ、……本当に不祥事じゃないか?
生徒が、教師に向かって、恋人になる権利を賭けて、決闘。
やばいんじゃないか? このままじゃ、スーツの上を頭に被って警察車両に乗るという憂き目に遭うんじゃないか?
むしゃくしゃしてやった。生徒なら誰でもよかった。今では反省している。という供述をする羽目になっちゃうのか?
今更ながら、事の重大さに気付くが、もう遅い。
「先生、構えてください……、でないと、僕……」
「待て待て待て待て」
「はい」
「決闘で、お前さんが勝ったら恋人云々はいいとして、だ。俺が勝っても旨み零だろ。だからすまん、できない、無理」
流石に、朝刊の一面を飾りたくない。
その一心で、どうにか決闘を回避しようと俺はもがくが、ビーチェに慈悲の心は無かった。
「じゃ、じゃあ、先生が勝ったら――、僕を恋人にしてもいいですよ……?」
「何その一択」
可愛らしく頬を染め、上目づかいで言っても駄目だ。あと、握ってるのが日本刀なのもよろしくない。
第一、ビーチェの俺への好意とて、嘘か真かわからない。
元々所属していた組織に命令されて籠絡しろと言われていた名残である可能性もある訳で、もっと時間を置いたら錯覚だったと思うようになるやもしれんものだ。
だから、その条件で受ける訳にはいかない。
「俺が勝ったら、昼飯でも奢ってもらうわ」
多分、断るという選択肢は残されていないんだろう。一択だ。
だから、速攻勝って終わらせる――!
「わかりました、じゃあ、胸を借りるつもりで行きますっ!!」
……とはなったもののどうしよう。
振り上げられる刀。思い出すのは、随分昔の出来事だ。
そう、俺にも昔、刃物に憧れる時期もあった。そして、ポン刀を持つとやりたくなるのが、峰打である。
だから、俺は練習相手に峰打を放ってみたのだが――。
『安心しろ、峰打だ』
――相手は胴体と下半身泣き別れ、刀身はぼっきりとなったほろ苦い思い出があるのだ。
『安心して天国に行けるわっ!!』
不死身だからよかったものの、人間なら死んでる領域だ。
……それを、ビーチェに放てと?
あと、日本刀の峰打は刀を傷めるらしいし。やった後しこたま藍音に怒られたよ。
「どうする、どうするんだ俺……」
振り下ろされていく刀。俺はそれを随分とゆっくりに見送って、
「そぉいっ!」
掛け声一つ、刀をぶん殴った。
うおっ、手が地味にぱっくりいった! 痛い。
しかし、刀はあっさりと宙を舞っている。これで俺の勝ちだ。
「諦めついたか? 昼飯奢ってもらうかんな」
言って、俺は後ろを向いた。片手を上げて、いつも通り歩き出す。
しかし、やたら弱かったな。決闘挑んでくる割に。
そんな瞬間。
「えいっ!!」
うしろで、カチっと何かの音。
風が嫌な予測を弾き出して――、俺は全力でその場を飛びのいた。
そして、爆発。
俺の髪を爆風が揺らす。
「……ビーチェさん?」
「はい?」
「なにそれ」
「プラスチック爆薬……、C-4、セムテックスなんかのことですね。これはC-4です」
「なんでそんなんもってるん?」
「元テロリストですから」
いい笑顔ですね。こちらは背筋が凍りました。
勝ったと油断させて、爆破。やることがえげつねー。
と、そう思った瞬間、ビーチェが何かを踏みつけた。ぶちり、と嫌な音がする。
それに連動して横合いから跳ねて来たのは、木でできたとげとげの球。所謂スパイクボールが飛んできていた。
「ベトコン仕込みっ!?」
飛び退いて再び躱す。
「あのー……、これ、なんだ?」
「スパイクボールです」
「知ってる。なんで作れるん?」
「元テロリストですから」
「元テロリストって言えば何でも通用すると思うなよ」
テロリストっていうより、ゲリラだよ。
一体ここはどこだ。地獄の平和な河原じゃないのか。
よしんば決闘していたとしても、こうはなるまい。ここはどこの戦場だ。
しかし、考える暇は与えられない。
ビーチェの袖から飛び出すデリンジャー。所謂小さい拳銃だ。
「先生っ、好きです!!」
「撃たれながら言われても先生困りますっ!」
足下にチュンチュンと火花散る音を響かせながら、俺は銃弾を避ける。
「好きですっ、大好きなんですっ!!」
あと、頬を染めつつ、恥ずかしげに顔に手を当てながらぱんぱんと銃を撃つのはよした方がいいと思う。
危ない人だ。引き金幸福、トリガーハッピーまっしぐら。
それと、その突撃銃はどこから出した。
「うふっ、なんだか楽しくなってきました……」
あ、駄目だ、この子普通にトリガーハッピーだわ。
「愛してるっ……!! 僕は……、貴方のことが――!!」
あ、なるほどこれが噂の殺し愛。洒落にならんぜ。
そして、引き金を引くほどの燃え上がるビーチェ。銃を持つと性格が変わる方なのか。
いつもの敬語も、なんだか中途半端だ。
「好きっ! 好きなのっ!!」
「それを銃弾に乗せられても困るっ」
突撃銃による全自動射撃を走って避けつつ、俺はあのテロ組織が何故ビーチェを送り込んで来たのか悟った。
ああ、銃持たせたらやばいから籠絡方面に進めたんですね。
そして、弾切れ。やっと終わったかと安堵の息を俺は漏らす。
しかし。
俺が再び視界にとらえたのは、そう、まるでロールプレイングゲームの様な名前のあれ。
先の大きい、槍の様な筒。
「あーるぴーじーせぶん……」
携帯式対戦車擲弾発射筒。
対戦車。
……俺は戦車か。
瞬間、無慈悲にもそれは発射された。
「とりあえず、だ。見られたら大変だから、その辺の物騒なもんは仕舞え」
決着は、結局弾切れで着くこととなった。
負傷は、一撃目の刀に拳でぱっくりいっただけで、後は全く問題ない。
流石に教え子に暴力振るって免職はいやだぜ、と思った結果だ。
尚、武器だけを破壊すればよかったんじゃないか、と思わなくもないが、それは後の祭りなので考えない。
「あっ……、は、はい」
やっと異様な状況、所謂ハイな状態から復帰したビーチェは、そそくさと銃器を片付け始めた。
……ああ、やっぱりビーチェも変な奴だな。しかもぶっ飛んだ方向に。
こう考えると、胸にこみ上げるものがある。俺の平和はどこにあるのだろうか。
「さて、と。今から飯食いにいくかんな。無論お前さんの奢りで」
「は、はい……っ」
煤けた背中で、俺は定食屋へ向かうのだった。
とある定食屋にて。
「まあ、若いから色々やりたくなるのかもしれないが……、いきなり決闘はいかんと思うんだ」
「そう……、ですか? 僕、三日三晩寝ないで検討して、これしかないって思ったんですけど……」
ああ、徹夜ののりでそういうこと決めちゃ駄目だから。
変な勢いがついて変な方向にぶっ飛ぶから。
「にしても、恋人、ねえ? 若くていいと思うが、これまたなんで」
机に肘をつきながら、俺はぼんやりと呟いた。
そんな問いに、ビーチェは真っ直ぐに俺を見る。
「す、す、好き……、だからです」
「お前さんは可愛い、考え直せ」
「で、でもっ!」
好き、ねえ? また好きか。
そういうことを言われるのに慣れていない俺としては、困るものがある。
正直、好きだと言う事は、真摯に答えたならば双方に負担の掛かることだ。
迷惑、とまでは言わないが。
「好き、ねぇ? 俺のどこがいいんだか」
月給は、メイドに負ける。正社員ではない。通称ヒモ。覇気がない。ああ、あと学もない。
まともな要素が一つもない訳だが、どこに好きになれる要素がある?
通称ヒモの辺りがそれだ、と言われたら俺はもう立ち直れない。
「その……、よくわかんないです」
しかし、ビーチェの答えははっきりしない。
まあ、よくわかんない、と言うのもわからない話ではない。人間の心なんて理屈で通るものじゃない訳で。
「理由がないと……、駄目ですか?」
上目づかいに、ビーチェは聞く。
眼鏡の向こうの瞳が不安げに揺れていた。
「駄目とはいわねーけどな。なんとなくで行動するのもそれはありだろ、むしろそれが若さってもんさ。ただ、取り返しのつかないことになりかねん、と年寄りは思う訳さ」
若さ故の過ちなんてのは誰だって犯し得るものだが、だから注意もしないと言うのもいかんだろう。
うっかり注意をし忘れると、若さゆえの過ちを犯したあの人のように相手基地への潜入任務に赤い派手な機体でやってくることになってしまうのだ。
どこにサンバの衣装で任務する蛇がいると。
と、まあ、話がそれたが、要するに、たしなめるのは大人の役目だぜ、と。
しかし。
そんな忠告を聞かないのが、若さって奴だ。
「先生は、いつもそうやって飄々とかわしますよね……」
「ん?」
「……どうすれば。一体どうすれば貴方に届きますか?」
届く? 何が? 弾丸?
いきなり変わる話についていけず混乱する頭。
えーと、あれか。届くってのは弾丸の事で、決闘での事を話してるんだな? なるほど、戦術指南か。
「ま、あれだろ。数撃っても、俺には当たらんよ」
俺には風での予測があるから、当たる位置には絶対いない。
だから銃弾は俺に届かないのだ。
「並べ立てても、だめ、ってことですか?」
まあ、そうだな。銃を幾ら用意したって駄目だ。
俺に当てる方法はただ一つ。
「避けれん状況を作るこったな。どう頑張っても受けるしかない状況を。ま、その後は威力次第だろ」
「避けれない、状況、ですか……? 雰囲気作り……?」
予測が効いても避けれない程の状況を作り出せれば、簡単だ。
後は防御できるかできないかの単純な威力勝負。
「僕……」
そうして、不意にビーチェが立ち上がる。
その顔は、決意に満ちていて、非常に話しかけにくいんだが。
そう考えて見守る俺に、ビーチェは微笑んだ。
俺は思わず口を開く。
「どうした?」
怪訝そうに聞いた俺の胸に、ビーチェは銃の形にした手を、銃口たる人差し指を突きつけた。
「ばんっ」
愛らしく無邪気に、ビーチェは撃つ動作。
そして、
「いつか、本当に撃ち抜いて見せますからっ……!」
その言葉は、いつになく力強いものだった。
……え、俺心臓撃ち抜かれる予定なの?
―――
※注 緊急のお知らせッ!! ってほどでもないです。
えー……、この度、いい加減重いですと言われたので、次回の更新から次のスレへ移行します。
別にタイトル変わる訳でもありませんが、見たら話数減ってるパネェとか驚かないように一応お知らせ。
心機一転、頑張ります。
と、まあ、今回はビーチェのお話。
やっと予定していたキャラ部分が出てきました。トリガーハッピー。
返信。
ゆっきー様
了解です。次回より新スレの方へ移行いたしますので、今後ともよろしくお願いします。
いやあ、なんというか、新スレとか、そう言えばそんなのもありましたね。すっかり忘れてました。
ともあれ、言われて気がついたのであっさりと移行します。
にしても、既に百四十一話。よく考えてみると確かに重いことこの上ないですね。
FRE様
はい、感想どうもありがとうございました。にしても、薬師家は混沌を煮詰めたかのような面子ですね。今考えると。
尚、地獄のトップたちは既に末期です。薬師がいないと最低限人間らしい生活を遅れそうにない閻魔とか特に。
あと、薬師が性転換すると聞かれたらいつも言ってる気がしますが、憐子さんになります。憐子さんの影響を多分に受けて今の薬師があるんですね。
最後に、誤字報告感謝です。速攻直してきました。玲衣子さんってことは完全にうち間違いですね。なぜnとiを打ち間違えるか。
SEVEN様
憐子さんのロリは、まだ時期じゃないのです。まだ、ただの伏線程度に置いておくだけで。
ちなみに、力もない状態でショタ化したら、薬師きっと藍音に連れ攫われて√突入ですよ。絶対確実で。
というか多分第一発見者がお持ち帰りして、既成事実製作開始だと思います。治った時にはもう手遅れだ……!
しかし、伸びるネタですか。中々面白そうな気がします、アホの子とかもありかな、と。アホの子が成長して薬師にネックハンキングツリーかますとか。
奇々怪々様
メリーさん、花子さん、丸太、日本刀、梨花さんあたりは何故か再登場を望む声が。まあ、私も出てきたら楽しそうだと思うんですけどね。サブとしてならありかとも思いますが。
さて、ショタ薬師ですが、実は危険な綱渡りをなさってると言うか、藍音さんの理性を焼き切らせたら最後でしょうに。
あと、あれですか、超絶鈍感で無自覚フラグ生成人は、種族名薬師ですか。……敵だっ!!
そして……、千円札を洗濯してしまうとは……、野口さんかはわかりませんが、無事だったでしょうか。日本の貨幣ってなんか丈夫らしいですけど。
悪鬼羅刹様
中身が中年のショタって書くとほんとなんか嫌です。それが短パン履いてるとか言ったらもっといやです。
まあ、でもよく考えてみると、姿かたちだけ変えるならまだしも、精神的に子供に戻すとなったら、千年とちょっと戻すって、凄まじいことこの上ない気がしまして。
あと、茹で卵は白身だけでも程々行ける気がします。友人が黄身だけ食べて寄越して来た白身を食べた私が言うのだから間違いないです。
まあ、ショタだろうがなんだろうが薬師は薬師。蛙の子は蛙。ってか、成長してないっていうか全然変わってないっていうか。
通りすがり六世様
果たして誰得だったのか、それは私にも計り知れない何かがそこに横たわっております。
ちっこい憐子さんは、皆の得。あと、藍音の変態っぷりは私に得があったのでなんの問題もありませんが。
そして、全員でロリショタ化したら収拾がつきそうにないのでここは薬師以外全ロリ化で保育園と化した地獄を薬師が子守する話で。
閻魔姉妹は言わずもがな。相変わらず末期です。公明正大な閻魔様はいずこへ。
春都様
ハイテクと妖怪は相いれないような何かがあるんですかね。まあ、ハイテク怪奇ならいいんでしょうけれど。
とか考えてたら、パソコン内でアイコンが吹き荒れるポルターガイストとか思いつきました。誰得。
そして、熟と炉、そこに丁度中くらいのを添えて、俺賽はお送りしたいと思います。老若女といければいいな。
あと、閻魔姉妹に養育されるのを考えると――。子、薬師。母、由比紀。父、閻魔。……完璧じゃないか。
Eddie様
お久しぶりです、忙しかったようですが、体とか壊してないでしょうか。健康にはお気を付けを。
そして、一話から百四十まで一気読みですか……。猛者ついてますね。光栄の限りですが、ほんと、風邪とか引かないよう注意です。
でも、やっぱりあれですね。面白いと言ってくださるのが一番やるきに繋がります。という月並みな言葉しか出ませんが、ばっちりきっかり嬉しいです。
これからも、薬師は自由な感じで突き進んでいきますっていうか薬師から自由取ったら何も残らないです。
あも様
鈴とじゃら男はもう、このままなあなあなかんじで行けば気が付いたら全部片付いてる気もします。
すでにじゃら男にも鈴にも双方互いにフラグは立ってるんだから、後は回収すれば終わるんじゃないっすかね。
てか、既にもう見た感じ夫婦ですよ。後は本人達の意識次第。
ショタの方は、確かに、生意気っぽい方が年上のお姉さんには受けそうな感じです。おかげで由比紀が暴走しちゃいますが。
憐子さんの自由さについては、もう、この師にして弟子ありというか。大体大天狗はこんなんばっかりとも言えなくもないですけどね。
最後に。
眼鏡キャストオフイベントで、眼鏡あったほうがよかったって言われるのって、
ロボットものでアーマーパージする機体がアーマーパージしたまま出てきたら燃えないのと似ている気がする。
ここぞでキャストオフしてこそ、もえる展開なんですねわかります。二重の意味で。