俺と鬼と賽の河原と。
子供とは、往々にして容赦のない生き物であり、攻撃的だ。
子供の暴力。そこには一切の妥協も容赦もなく、ただひたすら、全力で行われる。
ただ、かといって、野蛮であるか、と言えばまた、その表現には違和感があると言わざるを得ない。
そう、子供なのだ。生まれて数年の子供。これから学ぶ時期、なのだ。
手加減を学び、分別を付けられるようになる。そうなるべき時期という奴だ。
だから、大人という奴は子供の暴力を受け止めて、上手く導いていく義務がある。
そう、手加減を学ばせるために。
しかし――。
いきなり後ろから辻斬り的に貫手連発の後に斜め延髄切りは――、ちょっとやめて欲しいと思う今日この頃。
「てい、ていっ、えいっ、そいっ、えいやっ!!」
「素晴らしい小型船舶な連続技だが、痛いのでやめろ」
「えー……、良いじゃんっ。薬師しかさせてくれないんだもんっ」
頬を膨らませ、口を尖らせたって駄目だ。
そりゃ、俺しかさせないのは当然だろう。
何故かって言えば、
流石に春奈の手刀は洒落にならんよ。
其の百三十七 俺とある日のアホの子。
「で、仕事場までなんのようだね。春奈君や」
河原で、石を積みながら、片手間で俺は春奈へ問う。
にしても、首が痛いな。んん? 世界が微妙に変な角度で見えるぞ? ……俺の首、ひん曲がってないだろうか。
「んー、遊びに来た」
無邪気に、アホの子は言う。
そんな春奈に、俺は曲がった首をごきごきと戻しながら、ため息交じりに声を上げた。
「ここは仕事場なんだが」
「じゃー、わたしも仕事するっ」
おお、そいつは良い。俺の代わりに石を積み上げまくってくれ。俺は返って寝たい。超寝たい。昨日は徹夜してたんだ。
俺と平和について瞑想すること五時間。その瞑想は迷走し、最終的に現世のどこぞの山に穴掘って埋まれば安閑と過ごせるんじゃないか、と考えたあたりで、俺は朝日を拝むこととなったのだ。
故に眠い。だから、春奈に全てを任せ、俺は寝たい。
しかし――。
このアホの子に石を積むなんて真似ができるだろうか。
考えられる可能性は三つくらいある。
一つ目、石を握りつぶす。よくわからないままやりそうだ。
二つ目、石を積んでる途中で苛々して石に向かって全力攻撃。
三つ目、石を食べる。後、まるで焼き立てパンの様な香りがしていたと供述。
と、まあ、幾らか派生するかもしれないが大別すればこの辺だろう。
飽きて放り投げるくらいなら別にいいが、上の三つの可能性は、色々と困る。
石を握りつぶすと後の仕事がし難くなるし、全力攻撃は周りが巻き込まれかねん。石を食べれば、多分、もしかしたら腹を壊す。壊さないとも限らない。
なので、俺は首を横に振った。
「駄目だ、まだ早い」
「えー、やだやだっ。やるもんっ、春奈だって仕事できるよっ」
「いや、まだ駄目だ、百年早い」
「できるもんっ、わたしできるよ」
駄目だ、と言い切る俺と、それでも、と食い下がる春奈。
どうも諦める様子がない。子供特有の意固地になっているようだ。
そうであれば仕方がない、こちらは大人の狡い手を使うまでだな。
「いいか? 子供が不用意に仕事をするとだな……」
「仕事をすると?」
純粋な目で俺を見て、首を傾げるアホの子に、俺は深刻そうな顔をできる限り作って見せる。
「いきなり筋骨隆々としたガチムチが現れて、攫われてしまうんだ。そして、毎晩男たちが半裸でラグビーのスクラムする姿を見せられる」
「……」
「それでもやるというなら、止めはしない」
そんな俺の嘘八百により、少し怯えた顔で震えるアホの子を見て、俺は一安心。これで大丈夫だろう。
そして、案の定、
「っわたしなら、ガチムチくらいちぎっては投げちぎっては投げだけど……。やくしがそんなに言うならやめとくっ」
「おう、そうするといい」
「まったく、やくしは心配性なんだからっ。わたしは大丈夫なんだけどっ」
強がりをありがとう、と言いたいところだが、今年の抱負、空気を読める男になろうを実行し、俺は何も言わない。
そして、俺が何も言わないので、しばらくのこと、春奈は誇らしげに胸を張っていたが、不意に、思い出したようによくわからん包みを取り出した。
「そーだ、はいっ、これ」
「ん、なんぞそれ」
よくわからないまま、包みを受け取った俺に、無邪気に春奈は答えを寄越した。
「お弁当、あおねが届けろってさっ」
あー、なるほど、と、俺は手を叩く。良く考えれば忘れてたな。それで、うちにきていた春奈に藍音がついでと持たせた訳だ。
「どう? わたしもお仕事でき……」
胸を張って誇らしげに放たれた言葉は尻切れ気味に。
表情が段々と悲しげになっていく。
「……わたし、つれていかれちゃう……?」
ほとんど泣きそうな顔で、春奈は俺に聞いた。
くっ、とっても純真な瞳だ。威力が高いぜ。
その威力の高さに、俺は思わず春奈の頭を撫でる。
「安心しろ」
「ふぇ?」
「ガチムチが来ても連れて行かれないよう、俺がお話してやる。肉体言語で」
無論、拳と蹴りと、後鉄塊で。
そして、そんな俺の言葉に、春奈は目元を擦る。
「うん……」
俺は、その空気を誤魔化すかのように、弁当の包みを開けることとしたのだった。
「飯、食うか」
「……」
「じっと見つめられると食いにくいんだが」
「……」
「……なあ」
「……」
「肉団子、食うか?」
「うんっ!」
結局、春奈は、俺の仕事が終わった五時まで、ずっと河原に居た。
今回は色々と前さんに迷惑もかけてしまったが、春奈の相手に関して満更でもなさそうだったので、まあ、たまに位はいいだろう。
流石に、仕事に私事を持ち込むのは褒められたもんじゃないが。
まあ、そんなのはともかく、俺と春奈で家へと向かう。
「ねえねえ、やくしってさ、結婚してるの?」
「どこをどう見たらしてるように見えるんだ?」
「どこからどう見てもしてるじゃん。でも、じゃー、ひとりみだー、どくしんだっ」
おい、楽しげに指を差すな。なんか悲しくなってくるだろう。
いや、確かに千年生きて嫁さんの一人も貰えないのは空しい事実だが。
ほら、あれだからな? べ、別に結婚できないんじゃなくて、してないだけだからな。探せば、きっといるさ、俺と結婚する様な奇特な女も。ただ、探してないだけで。
「そーいう春奈さんはどうなんだね。好きな男の子、所謂、英語で言うならボーイフレンドの一つでも」
話題を変えるために俺が放った言葉は、あっさりと返される。
「んー、よくわかんないっ」
まあ、アホの子にそれを聞く方が馬鹿だ。
ませてる方ならば、顔を赤くして照れる話題であるが、春奈にはまだ早いか。
俺は、微笑ましさに任せ、優しげに溜息一つ。
「そうかい。まあ、大きくなれば、お前さんもわかるよ」
「おおきくなるの? わたしも? ぼんきゅっぼん?」
そんなこと何処で覚えたんだ、ってのはともかく。
「大きくならんとも限らない。ぼんきゅっぼんも、ないとは……、言いきれないか」
若ければ、今一つ体の固定が不安定であるため、精神と同時、身体の成長もあり得る。
ただし、年を取るごとに、少しずつ自分の体はこうだという固定観念があるため、身体は変わりにくくなる。
まあ、正直、この姿で千年も過ごした俺では、不可能な芸当だが。
しかし、春奈は成長しうるだろうか。
「あっ、ちょうちょだーっ」
……難しいかもしれない。
さて、そんな感じの話から、一週間くらいの時間が経ったろうか。
俺はその日も、仕事を終え、家へ帰る。
「ふー、今日も疲れて、ないな。あんまり」
一人寂しく呟いて、俺は家への角を曲がろうとし、ある人物に出会った。
愛沙だ。
「どうした?」
愛沙にしては珍しい、若干焦った様な顔であった。まあ、見た感じ普通と変わらないが、今まで、数多くの無表情と相対してきた俺を舐めないでほしい。
顔色読み選手権に参加したら負けない自信がある俺なのだ。
「春奈を見かけませんで?」
「む、いや? どーかしたのか?」
「いえ、朝からいなかったもので、あの子のことだから大丈夫だとは思うのだけど。逆に、あの子だからこそ阿呆なことでなにかなっていないか……」
ああ、なるほど心配性。傍目にはわからんが、おろおろと。
なんつーか、まあ。
「とりあえず、うち来いよ」
答えを聞かず、俺は愛沙の手を引っ張った。
そして、家へと入り、適当にただいまと声を上げてから、居間へ。
「で、朝からいないんだな?」
「ええ、その時は遊びに行ってくる、と。ただ、いつもは昼食は私の所で食べる、と言っていたのだけど」
飯時にも現れなかった、と。まあ、春奈のことだから、どうせ蝶やバッタでも追いかけたのだと思うが。
「あんまり心配すんな。大丈夫だっての」
心配し過ぎだ、と安心させようと言ってみる俺。
対する愛沙も、
「ええ、あの子の強さは私が一番知っているので」
とは言うのだが……、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
言葉と行動が一致していない。
つか、こいつ、昼時からずっと春奈を探していたのだろうか。
……だぁもう、この初心者親子めが。
「俺が行ってくる、お前さんがやるより効率が良いだろ」
「は、なら私は……」
その言葉を俺はばっさり遮った。
「お前さんは休んどけ」
それだけ言って、俺は有無を言わせず文字通り、家を飛び出した。
さて、こうして始まった春奈捜索劇であったが、なんの苦労もなく、あっさりと俺の探知に引っ掛かり、春奈は発見された。
そこは、三途じゃない川の土手。緑に染まったそこに、
「人騒がせな奴だな……」
春奈は寝ていた。
「んぅ……、おかぁさん」
にしても、寝言で愛沙を呼ぶ辺り、意外と上手くやってんだな、あの二人。前では考えられない仲睦まじさだ。
ただ、まあ、幸せそうに、丸まりながら寝てる春奈だが、あんまり愛沙を心配させるのもよろしくない。
メールは送ったが、それでも、顔を見るまで安心はできないというものだ。
それを、俺の今まさに七回目の振動を起こす携帯が教えている。二度目までは問題ないと返信したが、それ以降はもうやめた。安心するまで俺が慣れないメールを打つよりも、連れて帰った方がずっと早い。
「おい、春奈、起きろ、春奈」
言ってから、抱えていけば早かったかと考えたが、意外と寝起きのよろしい春奈は、既に目を擦っていた。
「んん……? やくし? やくしだー。なんで? ふしぎ」
すまん、寝起き良くない。やっぱり寝惚けてやがる。
「お前さんの帰りが遅いから、迎えに来たんだよ」
「やくしー、おなかすいたーっ!」
わお、話が繋がらねえ。お兄さん困っちゃう。
すまない、お兄さん、おじさんとかいうもんじゃなかったな。古代生物困っちゃう。
「わかったわかった。じゃあ、帰るぞ」
「うんっ」
結局、俺はその日も春奈と手を繋いで帰ることとなった。
夕暮れの土手は何故かやけに暑くて、そして、何故か蛙が鳴いている。
「なんで、お前さんはこっちに来てたんだ?」
ふと、俺は問う。なんであんなとこで寝てたんだか。
すると、春奈は、何故かずっと握っていた、俺と手を繋いでない左手から、緑色の何かを差しだした。
「あげるっ」
相変わらず会話が通じてないが、なるほど、四つ葉のクローバーか。
そう言えば土手にクローバーが群生してたな。
「ありがとさん。これを探しに行ってたのか」
「うんっ、おかあさんにあげるんだっ。わたしってば気のきく女だわっ」
「俺に渡しちまって良かったんか?」
「二本あるもんっ。それ持ってると、幸せになれるんだってっ。だから、幸せのおすそわけ」
「おうおう、ありがたいね。だが、春奈は良いのか?」
お前さんは持ってなくても大丈夫なのか、と聞いてみたら、しまった、これは地雷だ。
春奈の顔が泣きそうになる。
「わたし、しあわせになれないの?」
慌てて俺は首を横に振った。
「俺とお前さん、今手を繋いでるだろう? だから、クローバーを持ってる俺もお前さんも一人分ってことで一緒くたで幸せになれるさ」
「そーなの?」
「そーなの。ま、家に帰ったら渡して愛沙にも分けてもらえ」
「うんっ」
「素直でよろしい」
さて、家に帰ったら、愛沙はどうするだろうか。
怒るより先に、泣きそうだな……。
そんな情景を思い浮かべていると、ふと、春奈は言った。
「ねえ、やくし」
「ん?」
ぽつりと零された言葉に、俺は春奈を見た。
春奈は、俺をじっと見返して、言葉にする。
「もしも、万がいち、だけど。このわたしをもってしてもうっかり、仕方なく道に迷っちゃったら――、また来てくれる?」
やっぱり道に迷ってたんかい。俺は、そんなアホの子が微笑ましくて、にやりと笑みを浮かべて答えることにした。
「――そんときは、呼びたまえ。文字通り飛んで来てやるから」
しかし。
俺はなんか駄目なこと言ったんだろうか。
不意に春奈は立ち止まり、じっと俺を見ている。
「どうした?」
その言葉に合わせて、春奈は再び歩き始めた。
そして、俺を見て、言う。
「なんか、おなかの下の方が、きゅんってした」
「んー、夏バテか? 変なもん食ったか?」
「よくわかんない」
「ま、続くようなら病院行けよー」
「そ、その時にはついて来てもいいわっ」
「へいへい」
「ところで、今日の夕飯なにかなー」
「さあ。多分藍音がカレーでも作ってるだろ」
「ねえねえ、春奈ちゃん、春奈ちゃんって、気になる男の子っている?」
「んー、よくわかんないけど、いないよ?」
「そうなの?」
「だって、わたしの気になるのは、――『せんさい』だもん! 男の子じゃないよっ」
と、学校でそんな会話があったかどうかは不明である。
「所で愛沙さんよー」
「なにか?」
「春奈って携帯もってないんか?」
「あ」
「忘れてたんかい」
―――
今回は、鈍感コンビのターンで。
アホの子と愛沙、親子そろって未だ恋愛における好きなのか、お父さん大好きなのか良くわかっていませんが、気になる異性は薬師の模様。
返信。
zako-human様
あの学校が普通な訳があるでしょうか、いや、ない。そんな学校。
まあ、ぶっちゃけ鬼とか大天狗とかが一緒にいる時点で七不思議。有り得ないことこの上ないんですけどね。
やはり、夏ですしね。怪談の一つでも、と思ったんですが……、余計暑くなる気がしました。
にのきんは、まあ、なんというか、青銅色の変質者と言う点ではただの変質者以外の何物でもないかと。
悪鬼羅刹様
学園物は一度は七不思議をやっておくべき、という良くわからない固定観念がありました。兄二です。
夏の暑さに私の頭がやられたのか、怖いというか別の意味で恐ろしい七不思議となっておりますが。
ちなみに、自分肝試しなんてした覚えすらありません。おぼろげにあるのは、幼稚園の行事でお泊まり会の日になんかやった様な記憶ですかね。
まあ、今なんて、クラスに男しかいませんし。どうしようもないです。女っ気零ですよ。羨ましい。
光龍様
そろそろこんなジャンルで突如の学園ですし、それらしい怪談ネタの一つでも……の結果がこれだよ。
あんまりにもホラー成分が零過ぎて困ります。おかしいな、なんでこんなことになったのやら。
そして、フラグ製作と補強に余念がない薬師。またか、と言わざるを得ない辺り流石と言うかなんというか。
にのきんさんに関しては、うん、別に人に見せたい訳じゃないから、きっと変態じゃないんですよ。多分。
通りすがり六世様
薬師が携帯を扱えるのが、きっと七不思議。そんな気もします。ただ、やっぱり慣れてなさ気ですけど。
果たして冷えることができたのか。夏の怪談。明らかに冷えるどころか温度上昇した気がしないでもないです。
まあ、幽霊とは言えども、やっぱり怖いものは怖いんじゃないかなと思わなくもないですが、やっぱり変だ。
あと、暁御が出て来ないのも、その内七不思議のひとつになるんじゃないですかね。
SEVEN様
薬師は腕もがれてもその内にょきにょき生えてくるんじゃないですかね、きっと。
ヤンデレ対策もばっちりですよ。差されてもぜんぜんオッケーみたいだし。ヤンデレだってバッチ来い。
花子さんは、やってることはハイスペックでレアなスキルを持っておりますが――、才能の無駄遣い。
そして、ベッドインしていたら最後、やっぱり玲衣子さん乱入確定です。むしろ玲衣子さんと保健室で朝チュンコーヒー展開も。
奇々怪々様
錯綜する七不思議の情報。四十九から、三に満たない数まで、なんかいろんな不思議が。
まあ、あれですよ、夏は暑いので、にのきんさんだって全裸で風を切りたくもなります。きっと。
ちなみに、アダルト花子さんの原典は「ほーんてっどじゃんくしょん」だと思ってる自分がいたり。
さあ、花子さんは数十人に分裂することができるのか。それとも其の前に薬師にフラグを立てられてしまうのか――!
春都様
そう、この時期だからこそ、怪談ネタです。ただ、まあ、やろうと思ったら冬場でも構わずやらかしたでしょうが。
ただ、やっぱり暑いですよね、銅像ってやつは。真夏にその辺の銅像が冷えてる気がして触ったらあっつ、ってなった幼少を思いだします。
まあ、ふんどし穿いてれば現代日本の方には引っかからないはずですしね。自分の記憶では股間を晒さなければ問題なかった気がします。
ちなみに、前回、李知さんの代わりにビーチェが出るはずでしたが、気のせいだったことにします。
あも様
七なんて面白い数字を付けるから、七不思議を考える方が途中から適当になって行くのです。まるでドレミの歌のよう。
そう言えば、自分の小学校は、給食のワゴンを運ぶエレベーターが付いていたのですが、そこに挟まれて死んだ奴がいるとかいう話がありました。
よく考えると有り得ないです。あと、最近は科学系の実験で薬品顔じゅわっ、みたいな怪談は無いみたいですね。そもそも最近あんまり薬品使わないような教育になりましたから。
そして、どう考えてもイメクラな花子さんですが、一体実年齢は……。
最後に。
くっ……、この鈍感どもめっ。