俺と鬼と賽の河原と。
俺が河原で石を積んでいると、
「うふふ、こんにちは。精が出ますわね」
「出てるか知らんが、とりあえず」
何故かそこには玲衣子がいた。
「なんでお前さんがここにいるんだ」
正直ずっと……、引きこもりだと思ってました。
だが、いつも通り、玲衣子は笑みをたたえて、俺を見下ろしている。何が楽しいのか知らないが、というかやはりなんでいるのやら。
一応バイトの現場だから関係者以外立ち入り禁止といってもいいはずなのに。いや、さして厳しくもないから侵入自体は不可能ではない、か。
ただ、やっぱり玲衣子がこの場に現れる理由はよく、わからなかった。
「ふふ、いたら駄目ですの?」
「いや、何故かな、と」
「貴方に会いに来た、じゃいけませんか?」
「意味わからん」
俺が言えば、やっぱり胡散臭い笑みのまま、玲衣子は俺に理由を話した。
「本当の所は、んふふ。現場復帰するから、視察です」
はい? 現場復帰?
いまいち事情が呑み込めず、首を傾げる俺に、わざわざ玲衣子は説明する。
「そろそろお仕事に戻ろうかと思いまして。といっても、自宅がメインですから、所謂SOHOという奴ですわね」
「なんか違う気がするぞ?」
スモールオフィス/ホームオフィス。パソコンなどの情報通信機器を利用して、小さなオフィスや自宅などでビジネスを行っている事業者だの云々。
と、俺の持つ限界突破英和辞典に書いていたが、なんか違う。
しかし、主に家で仕事をするということだけはよくわかった。
「んー、でも、仕事っつーことは俺がふらりと行ったら駄目なんかな?」
基本的に俺は連絡無しで唐突に現れる迷惑な客である。
その点を鑑みると、やはりこれからは自重した方がいいのだろうか。
しかし。
「いいえ、どんどん来てくださいね。その為の自宅メインなのですから」
「そーなのかー」
よくわからないが、その為の自宅での仕事らしい。本人がそういうのだからそれでいいのだろう。
「そうなのです」
なるほど、よくわからないが納得はした。
しかし、俺にはもう一つ納得のいかないことがあった。
納得がいかないというか、気になることなのだが。
「所で、なんでいきなり現場復帰?」
老後が心配なようには見えないし、それこそ余裕を持って暮らしている風だったのだが。
それともあれか? 俺があまりにも玲衣子の家に入り浸って茶菓子食ったりあんぱん食ったりしてたのが悪いのか? 家系に打撃を与えてるのか?
そんな心配をよそに、彼女は笑みの形を少し変えて言葉にした。
「――少し、いい所を見せたい男性がいるのですわ」
「ふーん? そいつぁ果報者だな」
その笑みは少し照れくさそうに見えた。
其の百三十四 俺とできる女と強面な人。
「っつー話があってだな。本気で現場復帰するん?」
時は夕方、閻魔宅での一幕。
俺は『食えない野郎』『空飛ぶ麦』『黒光りする鈍器』の異名を取るフライパン片手に炒飯を作っていた。
「ええ、たまに仕事を手伝ってもらってはいましたが、このたび正式に」
「ふーん? 結局何やるんだ?」
よく考えれば、俺は玲衣子のことをあまり知らんのだな。
なんとなく気になって聞いた俺に、閻魔は言葉を濁した。
「うーん……、できれば本人に聞いてくれると……。下手に教えると後が怖そうで……」
非常にいいにくそうだ。こちらも無理に聞き出そうとも思わない。
「あー、そうする」
問題ないなら本人が教えてくれるだろう。と、俺は聞きわけよく納得した。
そして、俺は口を閉じて料理に集中するのだが、不意に閻魔が声を発する。
「あの、ちょっとお仕事をお願いしていいですか?」
「無理だ」
「そ、そんなこと言わないでください」
「そろそろ本業から離れすぎだろと各方面から抗議が殺到しそうなんだ」
「どこからですかっ!」
「主に前さんからとか」
「むう……、前ならわかってくれます」
「勝手な妄想だ。決めつけはいかん」
「お願いですから受けてくださいよっ」
「駄目だ駄目だ。実は俺、男の子の日なんだ」
「男の子の日ってなんですかっ!!」
「いや、ほら、あったっていいだろ。男の子の日」
「第一貴方に男を名乗る資格はありませんっ」
「げぇっ、閻魔の裁定において男を否定されたぜっ」
閻魔に男であることを否定されるなぞ非常に珍しい男なのだろうなぁ、おっと男であることを否定されていたんだった。
と、それはともかく。
「で、仕事ってなんだよ」
「簡単な仕事です。アットホームな職場です」
「意味わからない」
「まあ、有り体に言ってしまえば、明日、玲衣子の護衛をお願いしたいのです」
「は……?」
護衛とは、穏やかじゃない空気だ。というか穏やかなら護衛なんて物々しいもの必要ない。
剣呑な話題なのか、と身構える俺に、閻魔はあえて曖昧な笑みを作って応えた。
「念のため、です。一応、お願いしておきたくて。何事もないとは思うんですけど」
「そんな類の仕事なのか?」
「そういう方に転ぶ可能性もないわけではない、ということです」
……どんな仕事だこの野郎。
気になるが、いや、気になるからこそ。
「仕方ねーな。引き受けた、明日の朝一で玲衣子んち行ってくれば良いんだろう?」
この護衛、やらん訳にはいかなくなった。
「はい、お願いします」
「よお、護衛の一二三四五六七八九十郎だ」
「あら、何故貴方が?」
夕方程、玲衣子宅にお邪魔した俺は、徐に懐から封筒を取り出す。
ちなみに、本日の彼女はブラウスに、タイトスカートという奴で、どうにも見慣れない。
「ほい、閻魔からだな。ともあれ、本日の護衛はこの俺、一二三四五六七八九十郎が引き受ける訳だ」
俺こと、ひふみしごろくしちはちくじゅうろうだが、なんで偽名なのか、と聞かれるとそこに答えは無い。
偽名を使いたいお年頃なのだ。
「……わかりました。では、行きましょうか薬師さん」
一通り、書類に目を通して玲衣子は、いつも通り笑った。
果たして、それが困ったように笑っているかのように見えたのは俺の気のせいだったのだろうか。
「なんかあんのかね? 護衛付けたり付けなかったりするのに関して」
気になれば、とりあえず聞くのが俺の流儀だ。……無論今考えた流儀だが。
話してもらえるかどうかは別とし、聞くだけ聞いてみるのだ。
そうすると、
「知り合いに仕事中の姿を見せるのは、ちょっと、困るというか、少々気恥かしくありませんか?」
たまに答えがもらえる訳だな。
「ん、そんなもんか?」
「貴方の生前をこっちの知り合いが見てたら、どうですの?」
玲衣子に言われて、俺は考える。
もしも、山で天狗の指揮を取ったり、偉そうに命令してる俺を前さんに見られていると仮定して――。
ああ、なるほど。
「そいつは困るな」
確かになんだか背筋が痒くなる。
果たして、それだけでその困ったように見える様な見えないような顔が出て来たのかは知らないが、一応のこと納得した俺は、玲衣子がどこぞに行こうと言っていた気がしたので、玄関へと向かったのだった。
「で? 今回の仕事とやらはなんなんかね? 気になってしゃーないんだ」
「交渉ですわ」
「交渉?」
「そう、裏が表に領土侵犯をしないよう、少々」
そう言って見せた笑みは、完全に仕事用の笑みだろう。優しげに微笑む裏に、凄絶なものを俺は感じていた。
まさか、んなあれな交渉に赴くことになろうとは思わなかったが、にしても、裏が表に領土侵犯、ねえ?
清廉潔白閻魔の天下と言えども、裏、ってやつの存在は消えたりしない。光が差せば影があるのが道理。むしろ、不適合になりがちな人外であふれかえっているからこそ、完全な取り締まりは不可能だ。
しかし、裏、と言えどもそれが悪、と一概には言えない。彼らとてまた、地獄の経済の一部を担っている側面もあるし、ある程度の数がいるからこそ組織同士でにらみを聞かせて、均衡を保つことができる。
それ故に、裏であるからこそ、厳しい規律の中に在ることが必要とされる。
要は、裏でぱんぱんやるのは良いが、表巻き込んだら取り締まり対象である、と。
多分、今回の件はその一環なのだろう。
「現在は大手に顧客のほとんどが回っていて、ニーズがいないのですね。だから、新興組織が、少々」
なるほど、要は古参が儲かって、新参が入る隙間が無い、と。そして、その隙間をどこに探すかと考えた末、表に手を出すことにした訳だ。
頭のいい組織は、結果的に不利益なので大抵潔白だが、弱小となれば馬鹿な考えに走り出すものだ。
真面目に自警団まがいからホテル業、賭博でもやっていれば良いものを。
地獄に目を付けられたが最後。
「当然、地獄は徹底的にやらせていただきますわ」
なんというか、ご愁傷様ってやつだな。玲衣子の実力は未知数だが、勝てる気がしない。
俺と玲衣子は、目的の建物につくと、黒服に案内されて、交渉の現場へと向かう。
なんだか、わざわざ長い廊下を歩かされ、暇な俺は玲衣子に話しかけた。
「んー、所でだ、何度かこの手の交渉はしてんの?」
「ええ、まあ。なれてますわ」
なれてるとか、一体何者なんだこいつは。
結局昔なにをしていたのか、聞いても誰もが言葉を濁すのみで、教えてくれないのだ。
それはそれは素晴らしい要職についていました、としか良くわかっていない。
「交渉が主な仕事だったん?」
しかし、これは好機だ。この際聞きたいこと聞いてしまえ。
と、俺が言葉にすれば、玲衣子は曖昧に肯いた。
「まあ、なんといいますか、割と仕事を選ばず、トラブル等への調停を」
交渉はその一環ってことか。中々凄まじいお仕事をしてるんだな。
対外対応が主な仕事、ってことだろうか。
なんとなくに納得して、俺は頷きながら息を吐いた。
「ふーん? なるほどね、所で、今回ここ、なにしたん」
俺らがここにいるということは運営に目を付けられる真似をしたということだ。
どんな真似をしたのやら。その答えは、なんだか心当たりがある様なないような微妙なもんだった。
「実は前々から、資産家の欲しがる土地に住む人間への立ち退きを強制していたのですが、この間下部組織が一つ壊滅状態にさせられたらしくて、焦りに任せて好き放題してるのですわ」
そう言えば、なんかそんな感じの組織にこないだ関わった様なお節介焼いたような気がするんだが……。
「なあ、その組織ってさ、黒猫に潰されたとかいう噂が立ってたり……、ないよな? 流石にな?」
「あらあら、うふふ。どうでしょう」
妖しげな笑み。これは……、やっちまったぜ。
ある意味こうなった原因の一端を担う俺だ。これはいよいよしくじれない。
「もちろん、広がる前に釘を差しておく必要がありますから」
「そーだな」
言って、俺は玲衣子の前の扉を開いた。
「失礼しますわ」
優雅に室内に入る玲衣子。続く俺。
そして、室内のやたら柔らかそうな長椅子に座った男が、俺達を待っていた。
「座ってください」
黒い、正に黒い。俺も人のことは言えないがなんつーか、こう、頭のよさ気なヤクザの想像まっしぐらだ。
そんな風に、俺が正に想像通りの交渉相手に戦慄する中、玲衣子は気負いなく男の前に座った。
俺もその後ろについて待機。
「ご足労いただき、感謝いたします。後ろの方は?」
「いえ、問題ありませんわ。それと、こちらは護衛の」
「一二三四五六七八九十郎だ」
正直、完全に玲衣子に無視され続けている名前だが、もういい。今日はこれで押し通す。
こうして、交渉が始まった。
「この度は、あなた方の事業拡大についてですが」
そう言って、玲衣子は切り出し、男は余裕たっぷりに、それを受ける。
「民間への立ち退き脅迫、詐欺、常軌を逸した高利貸し、不法な廃棄物処理、麻薬の密造」
出てくるのは罪状の数々。正直、常軌を逸した高利貸しってなんだ。一秒に一割とかそんな感じかこの野郎。
と、数々の新事業、とやらを玲衣子は並べて。
きっぱりと言い放った。
「全てやめていただきたい」
まあ、当然だ。違法すれすれを行うのがやくざってやつで、違法を行うのはただの犯罪者だ。
思うに、麻薬の密造であり、密売じゃないからこそ即座に叩きつぶされないだけで、これ以上調子に乗ると運営に四方向から金棒で殴られる憂き目にあうと思うのだが。
しかし、相手は自信満々だった。
「そういう訳にも行きません。そうしたら、商売成り立ちませんので」
おいおい、詐欺と脅迫と廃棄物の不法処理のどこが商売だ。
俺は呆れたように肩を竦める。
ふと、そんな時だった。
じゃきり。と、まあ、そんな音。
「我々は暴力団員ですから。こうした行為に走るのもまた、道理でしょう」
どこに控えていたのか、黒服達が俺達を囲んで、銃を突きつけていた。
男もまた、立ち上がり、銃を座る玲衣子の額に合わせている。
さて、どうしたもんか。一通り吹っ飛ばすのもありだが。
ここは一発ド派手にかましてビビらせた方が円滑かもなぁ、なんて俺は考え、人知れず、ポケットに入れていた手を抜く。
「貴方が運営から交渉の全権をゆだねられているそうですね」
「ええ。私の言葉は閻魔王の言葉ととって構いません」
「では、貴方が応と言えば、閻魔王が直々に見逃してくれると」
なるほど、脅迫。やりそうな手だが、正直頭が悪いのだろうか。
そんな上手く行く訳もなかろうに。しかし、この場においては玲衣子の命の心配をすべきか。
「という訳で、譲歩していただけませんか? さもなければ、不幸な事故として、ここに現れなかったことになるのですが」
要するに、いうこと聞く交渉役が来るのを待つ、と。証拠は残さない自信があるらしい。
よっぽどだったら閻魔本人が現れる気がするのだが。
しかし、そんなこと露知らず、男は調子にノリノリである。
「で、どうします?」
そんな男を、玲衣子は、
「残念ながら」
一刀両断。なんだか、いつも通り笑ってるくせに、とても剣呑。
「良いんですか? 証拠すら残さず失踪してしまうことになりますが」
男は、既に勝った気でいるのか、うすら笑いで玲衣子に答える。
いい加減俺が何かしようかなと思い始める、そんな瞬間に、玲衣子は言った。
「この交渉は、録画録音され、運営に送られています。無粋なものを取りだしたことは不問にしてあげるから席に着きなさい。その口は飾りですか?」
「なっ」
一瞬にして、男がたじろいだ。これでは、弱みを握られたも同然。
証拠を残さず川に沈められるからこその余裕。しかし、どこに隠しているのか、この会話は何らかの機会によって録画録音されているらしい。
「くっ……」
と、なればもう、殺す手段は取れやしない。男は席に着くほか無かった。
苦虫を噛み潰したような顔をして、男は席に着く。玲衣子はそれを見て口を開いた。
「ではもう一度。あなた方の新事業。やめていただけますね?」
有無を言わさぬこの言葉。
男は、
「……わかりました」
頷く以外の術を持たない。
そもそも、銃を突きつけた時点で敗北決定だ。それが運営に知れた時点で、容赦なく叩きつぶされる。
しかし、地獄から全権を委ねられた玲衣子はそれには目を瞑るから新事業をやめろと言う。
果たして、徹底抗戦を貫いて叩きつぶされるか、収入が無くなるが、新事業を打ち切るかの二択なら、既に一択も同然。
むしろ潰されない分なんか得した気分。
終始悔しげに、男は書類に筆を走らせ、玲衣子に渡す。
玲衣子は、完璧な笑みでそれを受け取った。
「はい、では、有意義な交渉でした」
立ち上がる玲衣子。俺は彼女のために扉を開け、通りすぎるのを待つ。
……なんつーかまあ。
俺、要らないんじゃないか?
夜風の吹く外に出た俺達が、先程出て来た建物が見えなくなった辺り。
そこで、不意に玲衣子が電話をかけた。
その内容は聞き取るまでもなく。
「録画録音の件は嘘ですから、安心してくださいな」
……ハッタリだったのか。いや、俺は初めから気付いていた。うん。
「平気な面であぶねー橋渡るのな」
俺が、呆れたように呟く。
すると、電話を終えた玲衣子がこちらを見た。
「そうですか?」
「そうだ」
「今日は危なくなかったでしょう?」
「何ゆえに」
「貴方がいましたもの」
「そう言われると何も言えないから男って馬鹿なんだろうな」
尚、結局心配性で、あの場にあった銃の撃鉄を風で一通りぶった切って置いたのは秘密だ。
さて、でもまあ。交渉も終わったし、事件解決めでたしめでたしってやつだな。
帰って寝るとしようか。
と、思っていたら。
実は――、
「流石にここから三丁目は遠いですから、ホテルを取ってありますの。今日はここで一晩明かしていきましょう」
俺の戦いはこれからだったらしい。
そう、よく考えてみれば。
現在地と、俺の家まで車で三時間の距離だ。そして、現在時刻は、相手が相手なだけあって、十一時。無論夜だ。
俺は車で三時間程度の距離、さほど遠いと思わないが、玲衣子にとってはそうでもない。流石に玲衣子を抱えていく訳にも行かない。
そして、俺は玲衣子の護衛であった。
「いや、同じ部屋ってのはどうなんだ?」
「護衛なのでしょう? いざというとき困りますわ」
「むう……」
掻い摘むと、こういうことさ。
「所でだな。ここはホテルじゃない気がするんだが……」
「あら、じゃあ一体何なのかしら」
おい、そいつは一体何の羞恥責めだ。
「うむ、なんつーか、ホテルの前にラブとか付く様なえろいことするためのホテルな気がするのは気のせいか?」
俺にはとんと縁のない施設であったが、存在くらいは知っている。
枕は二つ、ベッドは一つ。非常にわかりやすい状況だ。
そんな中、何故か……、俺は玲衣子に馬乗りにされていた。
「しますか……? えっちなこと」
俺は、抗議の意味を乗せて、視線を逸らす。
その先には、そう言ったことに使う、ゴムっぽい製品が置いてあった。
「……遠慮したいです。とっても」
というかもうあれなんだよ。薬師お兄さんは最近人に馬乗りにされすぎてどれだけ油断しっぱなしなんだと落ち込んでいるんだよ。
まったくどうしたことだろう。
にしても、この状況、どうしたものか。
考えてる間に、玲衣子の胸元が緩んでいく。
「何故脱ぐ」
「あら、このままじゃ寝られませんわ」
「一理あるな」
……いや、なんか騙された気がする。
確かに、その格好のままじゃ寝にくいだろうが。
「貴方は脱ぎませんの?」
かくいう俺はスーツを着たまま、脱ぐ気はない。
もうスーツで寝るとか今更である。慣れているというかなんというか。
「脱ぎませんの」
「じゃあ、脱がして差し上げますわね。えいっ」
えいっ、ってなんだえいっ、って。
というか、
「待て待て待て待て、落ち着け。俺がなんで脱ぐ必要が……、って手並みが鮮やか過ぎんだろっ」
何がどうなってこうなったのか。気がつけば俺は半裸。
おかしい、もうなんというかどうやって袖を脱ぐことができたのかわからない。異空間を通したとしか思えない脱げっぷりだ。
結果的に、俺は上半身裸の半裸男となってしまった訳だ。
「ねえ、……あなた」
不意に、玲衣子が呟いた。
あなた。そこにはさまざまな想いが込められているかのように感じられたが、しかしその中身まではわからない。
「あなたは、どこにも行きませんか?」
「これ以上どこに行けって言うんだか」
溜息でも吐くように、俺は吐きだした。
既に末期だ。これ以上どこに行き場があろうか。正直に言って、今更現世に帰りますとか言う気もないしな。
すると、玲衣子は安心したように、微笑んだ。
「そうですか」
「そうなのです」
そして、胸元に埋められる頭。
「すこし……、甘えてもいいですか?」
そう言って、玲衣子はすりすりと俺の胸元に頬ずりした。正直こそばゆくて敵わんのだけど。
そして、俺も半裸なら、玲衣子も半裸、というか十分の九裸だ。下着一枚。
なんだか色々と危険なものを感じるが――。
「あー……、好きにしろよ」
もうどうでもいいや。
ふと、誰かの体温を感じて目を覚ます。
……そう言えば玲衣子がいたな。
玲衣子が上に乗っていた昨日とは位置が変わり、なんだか、横に向き合いながら、俺は玲衣子を抱きしめていた。
そして、不意に玲衣子と目が合う。
「……よお」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「まあまあ。そっちは?」
「おかげ様で」
「そうかい」
「次は腕枕をお願いしますね?」
「うぇーい……」
「それはどういう反応なのですか?」
「次があったらな」
なければ良いな。多分ないだろ。
「――楽しみにしてますね」
ああ、しまった、断りにくいことこの上なくなった。
ま、知ったこっちゃねーや。
そうして、俺は二度寝に入るのだった。
ちなみに、今回の話、こんなオチがつく。
家に帰れば、うちの完璧侍女こと、藍音さんが、俺に向かってこう言った。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
―――
ひゃっはぁ、小指を突き指すると執筆速度が七割ダウンするんだぜっ。皆さんも気を付けましょう。
そんなこんなで妙なテンションの今回。よくわからない有り様に。
玲衣子さんがまだまだ現役であると主張するようです。
まあ、少しずつ玲衣子さんイベントも進めていけたらと。
ちなみに、現在人気投票は前さんと藍音さんがデッドヒートを繰り広げそうな感じです。
さて、特別編は誰になるやら。
では返信。
悪鬼羅刹様
頭のいいお馬鹿さんこと銀子だからして、まともなものが飛び出すはずもなく。
そして、どう考えても気がふれてるとしか思えない薬師だからまともに効くはずもなく。
この様ですよ。惚れ薬すら効果は今一つの様じゃ、やはりどうやったら陥落できるのか。
ただ、腐敗聖域ならあるいは。あれならばきっと、薬師もどうにかなるんじゃないかなと思います。
SEVEN様
柱、それはそれでありか、と思う自分になんの違和感もない。問題ないですはい。
それにしてもどいつもこいつも自爆し過ぎだと。いや、多分薬師が爆発しないから他で自爆するんですね。
惚れ薬イベントすらスルーしてくその堅牢さには呆れて物も言えません。バキュラですか。256発撃てば破壊できるというのは都市伝説ですか。
あまりに薬師が空気を読まないから銀子が空気を読んで惚れ薬を飲んでしまうという様ですよ。
奇々怪々様
果たして、自分に惚れさせるタイプの惚れ薬は薬師に聞くのかどうか……。
そして、結局柱と耳。そのままいっそ結婚してしまえば良かったものを……。いや、結婚できるのかと言われれば難しい気がしますけど。
あと、銀子は突然言ってることが幼児レベルになるのが良いと思います。
うーん、にしても、柱、柱かぁ。最近柱位ならぜんぜん行けるよなぁ、と思うことが。
光龍様
なんかもう、あれですね。魔女の体液まで来ると、なにを持って魔女とするのかってお話に。
というか、惚れるって結局どういう状況を差すのかわからないから、媚薬というのも納得です。
でも、結局立ったのは柱フラグのみ。あと耳。駄目ですねもう、末期もいい所です。
果たして耳だろうが柱だろうが惚れる薬を製作した銀子を凄いというべきなのか、どうしようもないもん作りおってというべきなのか。
Smith様
やっぱりお約束ですよね、惚れ薬。せっかくラブコメやってるんですからガシガシお約束やりたいです。
その結果が今回の朝チュンコーヒーです。あれ……、お約束、お約束?
後、薬師がショタ化したら、どこぞに連れていかれそうです。主に藍音さんに保護されそうだと思います。
薬師ショタ化に始まり、ロマンスグレーまで、好き放題に死ぬほどやるのもありかなと。
名前忘れた・・・様
柱フェチ……。あれですか。この木目……っ、たまらねぇっ!! とか言うんですか。耳はまだ珍しくないですけど。
そして、三人称だったからあまり触れられていませんが、結局内心はどうだったのやら。
「(愛してる……、それにしても腹減ったな)」とかだったら嫌だと思います。後、「(観自在菩薩行深般若波羅蜜多時、照見五蘊皆空、度一切苦厄。舎利子)」とかでも嫌だと。
結局あれですね。薬師はきっと柱に始まり箸にフラグを立て、最終的に付喪神王国を作るんだと思います。
春都様
鈍く光ってましたね。ええ、輝いてました。結果がどうあれ。
まあ、あの、なんていうか、銀子さんにはまるで燻し銀のように輝いて頂ければいいかなと思っておりますはい。
これを和訳すると「なんていうか残念な感じに頑張ってね」となるから日本語は恐ろしい。
そして、最近のレベルアップに伴い、薬師のフラグスキルは物にまで及ぶようです。これまた恐ろしい。
通りすがり六世様
精神年齢が上昇すれば、成長も不可能ではありませんよ。精神年齢が上昇するのであれば。
やっぱりあれですよねー。惚れ薬はお約束。このジャンルなら一回はやりたいところです。
ちなみに、銀子は身元の証明が不可なのと、そこまで頭が回ってないので、質屋とかそのあたりには行ってない模様です。
結局才能の無駄遣いまっしぐらというのが銀子の現状です。ええ。
min様
柱フラグ……、果たして誰が望むのか。
立てて一体誰が喜ぶんでしょうね、柱フラグ。
いや、でも最近行けないこともない気がしてきました。
果たして誰が喜ぶのか。その答えは一つでした。私が喜びます。
taku様
いやぁ、なんというか、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
私もまさか相手が柱や耳だとは思ってませんでした。果たして誰が予測できたというのか。
でも、あれです。銀子さんじゃなくて下詰なら、期待に沿うような惚れ薬が飛び出すと思います。
いや、やり過ぎで過剰摂取な代物が飛び出しそうな気もしないでもありませんがきっと大丈夫です。
霧雨夢春様
遂に物にまで手をだす薬師……っ!! 果たして奴はどこまでその手を染めるのか!!
変な所にフラグ立てるのに、立てて欲しい人に立てようとしないというか立てたら放置の薬師が鬼畜。
ダブルステルスは、既に不毛な争いな気がしないでもないです。どちらも気付くことなく終わりそうな。
先に一抜けできることを祈ります。多分、きっとビーチェが。
あも様
果たして、無味無臭である必要があったのかはわかりません。薬師なら異臭漂っててもノリで飲みそうな気がします。ただ、やっぱり策を練れば寝るほど空回りする法則。空回り過ぎてまるでハムスターの回し車。
きっと、銀子の薬の効き目が強すぎただけなんです。柱と銀子に、優劣は……ない。多分。
しかし、家を支える柱と、無駄飯食らいの銀子、どちらが良いかと思えば……。
kota様
銀子の才能の無駄遣いは今に始まったことではなく。銀を製作する技術で売れない露店経営の時点でアウトまっしぐら。
やっぱり、頭いいのと賢いのはイコールじゃないんですね。天才だけどお馬鹿さんなんです。
そして、遂に現れる柱。柱です。もうこれはこれでありなんじゃないでしょうか。
そしてあれですね、薬師ショタ化に始まり、猫耳が生え、たことはありますが、他にも色々、もういっそメイド服でも着せますか。
最後に。
いいですか? 柱です。常に家を支えてるんです。そして文句を言わない。それを鑑みるに。
常に献身的で、文句一つ言わず一人を支え続ける。そんな人。
どうでしょう、ありな気がしてきませんか?
藍音さんじゃね? という意見は受け付けません。