俺と鬼と賽の河原と。
六月と言えば、既に暑い。
と、まあ、暑いのは当然だからそれは置いておいて。
うちの近くに、可もなく不可もない神社が存在するのはご存じだろうか。
可もなく不可もなくとはどういうことか、と言われれば、そういうもんだとしか言いようがない、でかくも、小さくもない本当に微妙な神社だ。
実を言えば、俺はそこの神社の名前を知らない。こちらに来て、結構経つのにこの様だ。
無論、それならば、そこにまつられる神なぞ知るはずもなし。
しかし、言ってしまえば誰もかれも似たようなもんなんじゃないかと思う。
神は実在しても、全知全能には程遠いとわかる地獄だからこそ、神に興味を抱かない。
ただ、しかしである。
名も知らぬ、祀る神もわからぬ、そんな社。
にも関わらず、そんな社から、俺は恩恵をあずかるのだ。
恥知らず、とか恩知らずとか言うだろうか。
しかし、やっぱり皆そんなもんじゃないだろうか、と俺はたかを括っている。
名前も知らないが、とりあえず面白そうならその時だけその恩恵にあずかりたい。
うん、誰だってやってるだろ?
なにって、ほら、あれだ。
祭。
神社祭。
其の百二十九 俺と鬼と神社祭。
「確かに似合わないってのは認めるが――」
俺の髪は少々伸びた。
この間までは切りに行っていたのだが、ここしばらく、忙しくて行けていない。
と、言うのはやはり無精者の言い訳だろうか。
ともあれ、地味に伸びた髪を後ろで纏めて外に出る俺。
それを、前さんに似合わないと大笑いされること数分。
結局俺は、髪をほどいて、微妙に鬱陶しいまま、祭りへ行くこととなった。
「そこまで大笑いされると目から塩辛い汗が流れるんだが」
祭会場へ続く路地。俺は、腹を押さえて未だ口元が歪んでいる前さんを見る。
今日は、彼女は浴衣を着ている。紅色の浴衣だ。かく言う俺も似たような風体だが。
「くふっ……、ごめんごめん」
「おおっと謝罪にまったく心が籠ってないぜ。俺の精神に大被害だっ」
心中、早く髪を切りに行くことを決める俺であった。
「だってさ、薬師がしっぽ作ってるとか、ぷふっ」
「尻尾とか言うな恥ずかしい」
そして思い出して再び噴き出さないでくれ。
このままでは俺が顔真っ赤である。
そんなこんなで、俺と前さんは祭会場へと辿り着いた。
「すげー人だな」
夜の、可もなく不可もない神社ながら、祭りとなれば人は来るのか。
果たして、神主としては、先客万来で万歳なのか、それともこんな時だけ来るのかよ薄情者の恩知らずめ、なのか。
いつか聞いてみたい気もするが、そんなことよりも、現状は祭である。
余計なことは考えず、前さんを楽しませることだけを考えよう。
何故なら――。
そう、あれはあの時のことだった……。
忘れもしない、あの日――。
あの日は、晴れで、河原だった。
前さんは石を積む俺を見下ろして、言ったのだ。
「ねえ、薬師、最近よく仕事休むよね。どういうことかな? ねえ、あたしに教えてくれないかな?」
くっ……、この時が遂に来てしまったのか。
いつか来ると思っていた追及。
笑顔だが、これは内心穏やかではない顔だ。
下手な答えをすれば、金棒。その目が、物語っている。いや、俺の勝手な想像なんだが。
しかし、説明するのは非常に面倒だった。
そもそも、「あ、なんかテロっぽい組織に狙われて、その一味に背中刺されたりしてました」 なんて言えるものか。
正直嘘臭い。本当の様な嘘というか嘘の様な本当というか、丁寧な語り口調が余計に嘘臭い。
だからと言って、「あ、なんかテロっぽい組織に狙われて、刺客に背中刺されたりしてたんだよ、本当参るよな、最近」とか攻めたって、結果は一緒だ。
嘘臭い。
だから、俺は言ってしまったのだ。
「……ああ、実は俺、回転寿司やってたんよ」
……どうしてこうなった。
嘘臭さ二十七割増しである。悠に二倍を超える嘘臭さに、言った本人の俺ですら、背筋が凍った。
「……いや、うん。店とか、どうやって用意したの?」
それでもちゃんと聞いてくれる辺り前さんは優しい。既に困り顔真っ盛りだが。
「……藍音が一晩でやってくれました」
「そうなんだ」
そこは信じるのか。いや、確かに藍音なら一晩でやらかしそうだが。
そして――、沈黙。
実に、気まずかった。我ながら、なんでこんな嘘吐いたのか。
この世が悪いのか。この世界の法則が悪いのだろうか。
それから、俺が悪いんじゃない、世界が間違ってるんだ。いきなり回転寿司開いたっていいじゃないか。
と、そんな結論に至った辺りで――。
「嘘だよね?」
前さんに聞かれた。
俺は、後には引けなかった――。
「――マジなんだ」
その時の声は、ここ数年で最も真摯な声だったと言う。
そして、その後前さんはこう語った。
『あなたが――、あんまり誠実な声を出すものだから――。
殴ろうと思った』
まあ、要するに。
問一
なんで前さんと祭に行くことになったの?
答
なんとなく断りにくかったからです。
で、まあ。なんとなく、前さんの誘いに乗った訳だ。俺は。
なんとなく断りにくかったし、断る気もなかった。尚、先程の回想は無駄だったのではという質問は受け付けない。以上。
「もっとこじんまりとしてるかと思ったが、なかなかどうして」
人ごみを掻きわけながら、俺は呟いた。
そして、ちらりと横目で前さんが笑いながら頷くのを捉える。
「これぞ祭、って感じだよね」
「ま、そうさな」
人の荒波に揉まれるもまた人生。
まるで、おのぼりさんのように、俺は辺りを見渡す。
「とりあえず、動き難くなるから、飯は後でいいか。お、あんな所に射的が……、射的?」
そこで、俺は、ふととある屋台に目を留めた。
射的。
その看板が、逸般人向け、射的。
どういうことだ。
「おや、兄ちゃんお目が高いね。ここは、人外向けの射的さ。一つどうだい?」
あと、明らかに屋台のおっさん俺のことカモってるだろ。
ぱっと見では人にしか見えない俺に人外向けを勧めると言うことは、明らかに景品を取らせる気は無いのだろう。
しかし、人外向けとは、どういうことなのだろうか。
屋台の方を詳しく覗くと、それがうかがい知れた。
どこぞの普通の恋仲同士の片割れが、普通な銃からコルクを撃ち出すが、目標の半分すら届かない。
「これって、どうやって取るんだ?」
と、いやな予感のする俺が聞いてみれば、屋台のおっさんが、俺ににやりと笑って言った。
「さっき奥さんを連れた青い鬼の人が、遠心力に任せて取って行ったよ。まあ、要するに人外パワー許可ってことさ」
振りまわしながら撃ったのか。鬼の腕力で。それと、なんだかその青い鬼さんに聞き覚えがある気がするんだが。
こないだ不倫騒ぎのあったあの人に重なるなぁ……。
「しっかし、人外向けねえ?」
発想は悪くないが、イロモノ過ぎる。
と、想って俺が踵を返そうとすると、前さんが、屋台の奥の蛙のストラップを見つめていることに気がついた。
「あれがなんか?」
聞けば、前さんは若干照れたように答える。
「ああ、なんか可愛いな、って」
「ははぁ、おっさん、一つやってくよ」
「へい毎度っ」
金を渡し、銃を借りる。
その様を見た前さんが驚いていたが、無視して俺は片手で銃を構えた。
「えっ、薬師、できるの?」
残念ながら、
「俺を誰だと思っているのかね。十発中、十二発外した奇跡の男だ。藍音に才能があるって褒められたよ」
銃は無理。無理無理無理だ。
昔はあこがれていた時代があったが、現実を知り、少年は大人になるのだ。いや、その時期余裕で三桁の年齢だったが。
「え、じゃあ無理しなくても――」
しかし。
「よく考えても見ればいい。ずるありなら余裕だろ」
ぱんっ、と小気味いい音を立てて、コルクがぶつかり、蛙のストラップが倒れる。
「風任せでコルクだけ加速させて、後はそっち行くようにするだけさっ! ふはははは、ざまあみろ店主」
「く、くやしいっ!」
手拭を噛む店主。それでも景品は寄越すあたり、商売人だ。
そしてそれを、俺は前さんに寄越した。
「あ、ありがと」
「気にすんな」
この位お安い御用だ。
ふふんと誇らしげに胸を張って、俺と前さんは店を後にする。
このまま行けば、つつがなく終わりそうだ。
と、思っていたのはどうやら俺の間違いであったらしい。
「む、お前さんは」
「あっ、やくしだー!」
「こんばんわ、良い夜で」
と、親子に出会ったり。
「あっ、先生っ!」
「おう? ビーチェ、一人か……」
「ううっ、言わないでください」
と教え子に会ったり。
「貴方はなにか買っていくべき。結婚指輪とか」
「断る」
「ツン期」
と、居候が露店をしてたり。
その他諸々。
「あのさ、私の知らない女の人と沢山会うんだけど、どうしたのかな?」
そして、なんだか人に会うたび、機嫌がよろしくなくなって行く前さん。
内心、どっきどきである。
そしてしばらく。間を持たせるように、俺は呟いた。
「飯でも食うか。腹が減った」
「うん、いいね」
無論、今日は夕飯を食べていない。故に空腹。
なので、俺はとりあえず手近なたこ焼きの屋台へ行ってみたのだが――。
「なんでお前さんがここにいるんだ。閻魔姉妹」
二度あることは三度ある。いや、二度や三度じゃ済まないが。
「あら、ご挨拶ね。運営で屋台運営したっていいじゃない」
「いや、俺の心配事はそこじゃなくてだな……」
言いながらも、俺は金を渡し、たこ焼きを受け取る。買う方向になってしまった以上、どうしようもない。
そして、まあいいかとばかりに、礼の言葉を背に俺はそこを後にした。
「ねえ、さっきの、閻魔様だよね?」
「そうだな、屋台の隅でしょんぼりしてたな」
「ところで、さっきの心配事って、なに?」
そんな言葉に、俺は答えを濁した。
「あー……、いや、大したことじゃない」
「ふーん? じゃあ、たこ焼き食べようよ」
俺は即座に首を横に振る。
「駄目だ、このたこ焼きは俺が独り占めする」
そう言って俺は手の中のたこ焼きを抱きかかえるようにした。
その様を、前さんはジト目で見る。
「それは、あの美人さんが作ってたやつだから?」
美人さん、ああ、由比紀のことか。
しかし、そうじゃない、そうじゃないのだ。
ただ、言葉にするのは難しい。故に、俺はそのたこ焼きを一つ口に放り込んだ。
ああ、やっぱりこれ――。
「……ゴキって、脳が二つあるらしいな」
閻魔製だ。
俺は、意味不明な言葉を口走って、意識を失ったのだった。
「薬師? どうしたのっ? 薬師!?」
目が覚めたら、ベンチで、前さんの膝の上だった。
「あ、目ぇ覚めた?」
「おー……、相変わらず強烈だった」
口の中が、甘酸っぱ辛苦い。正直辛い。からいでなくて、つらい。
「閻魔様、料理下手だったんだね」
苦笑しながら前さんが言うのに、俺は首を横に振った。
「下手で片付く問題じゃねーよ」
あと、料理と認めたくないです。あれは一種の魔術です。
まったく、こんなところでも閻魔の黒魔術か。
と、俺は一つ嘆息。
そんな時だった。
不意に煌めく空。
花火だ。
花火を見て、綺麗汚いに関わらず、汚い花火だと言いたくなるのは俺が変な証なのだろうか。
「……綺麗だね」
前さんが、不意に呟いた。
「そーだな」
無論、綺麗なのは疑うべくもない。
ただ、なのに前さんは浮かない顔をしている。
そんな前さんに、俺は。
多分、花火に魅せられていたのだろう。なにか、気のきいた台詞を言いたくなった。
「辞めねーからな」
「え?」
妙なこと口走るのは、きっと、花火のせいさ。
「前さんがいやだっつっても、俺はバイト辞めねーからな」
いや、気が利いてるか? この台詞。いまいち締まらん。
「……」
むしろ辞めたらニートなんだ。やめられない。
やめたが最後、立つ瀬がない。
男の子の意地上、やめられないのだ。
張りぼてでも、張りたい見栄もある訳だ。
ただ――、
「――うん、そっか」
そう言って笑っていた前さんが、花火よりも綺麗だと思ったのは、閻魔の毒たこ焼のせいにしておこう。
―――
ということで、前さんメイン。メインヒロイン前さん。
返信。
奇々怪々様
よく、脳の構造がおかしいと友人に言われる兄二です。ちなみに、梨花さんドールの関節はちゃんと動きます。
きっと、梨花さんが股間を蹴るとき格闘漫画か、格ゲー並みのエフェクトが飛び出すんでしょうね。恐ろしい。
しかし、その内掛けてみたいものですね、梨花さん電話。後学のために。
あと、もしかするともしかして、いつかどこかで出てくるかもしれません、梨花さん。かいてて楽しかったです。
ノーデンス様
コメント感謝です。
新たな都市伝説――、ああ、これは僕の友達から聞いた話なんですけど、その友達の友達が、男なのに、梨花さんドールを持ってたんです。
まあ、小さい頃は男女の差なんて少ないですから。でも、ある日、それを指摘され、その男の子は、梨花さんドールを捨ててしまったんです。
すると――、ある日、三本足の梨花さんドールが男の子の元に現れて――、「股間を蹴り潰してやるわ!」と股間を……!
SEVEN様
もう、薬師には無機物とか有機物とか関係ないんじゃないですかね。もう。雌なら。
そして、梨花さんなのに男にとって恐ろしい都市伝説になってますね、三本足。恐ろしくて夜も眠れません。
あと、藍音さんはもう、薬師を落とすために手段を選ばないようです。
当然、あの授業をしていた時もストーカーのように席についていたのでしょう。
Smith様
もう梨花さんドールが捨てれません。いつか三本足のが現れるかと思うと。
いや、持ってないんですけどね。梨花さんドール。姉は持ってた気がしますが、俺は男ですし。
しかし、あれですよ。妖精さんや神、妖怪は私はいるものと思ってます。まあ、いるいないを論ずるのは馬鹿らしいほど明らかですが――。
いる前提で物事を考えると楽しいと思うのです。人それを妄想癖と呼びますが。
志之司 琳様
パンチキック。懐かしい、やりました。大丈夫です、皆通った道です。ただし、完全なパンチキックは三本足でやるものです。
しかし、それにしても薬師はその気が無さ過ぎる。そりゃあ、手を出してなくても永遠に生殺しですからそっちの方が鬼畜です。
あと、鋭いですね。回収業者はやっぱりあの人。ってか、あんなの取り扱う店が二つも三つもあってたまるか。
尚、薬師に対し、藍音さんはどMです。ちょっと意地悪でもいいから、とりあえずずっとこのままが良いようです。あわよくば結婚みたいな。
光龍様
まあ、当然製造ミス以外の何物でもないから、そりゃあ美しくないですよね。三本足。
ロボットものなら結構いけるんですけどねー、三本足。比べるなというお話ですが。
あと、正にその通り。最近河原行ってないです。ええ、なんと言うかまあ。
真に困ったことに、現状河原でやるネタのストックが――、非常に少ないのです……。
通りすがり六世様
大地の力をダイレクトに余すことなく股間に伝えてきますよ、あの梨花さんは。
しかし、それにしても、薬師は誠に清い関係を築いているつもりのようですが、既に濁流なのでもうよくわかんないです。
ぶっちゃけると、清すぎる水に魚は住まないんです。ちょっとくらい汚れてくださいと。
もうさっさと藍音さんとくっついてしまえばいいのに。
悪鬼羅刹様
本来の梨花さんドール的には、ただの製造ミスなんでしょうけど。
ただ、何故人間大なんだという不思議要素があるせいで、そうやって作られたよくわからない有り様を晒しています。
もしかしたら三本足の梨花さんドールが怨念か何かで巨大化したのかもしれませんが。
ともあれ、薬師の家の物置は既に異界と化してるようです。次々と変わっていった家の住人の忘れ物がシンフォニー。
黒茶色様
股間を潰されるのと、美人に首回転高速タップで求愛されるの、どちらがいいのか……。
究極の選択。Dead Or Die ですね、わかります。どちらも男としての死を迎える気がします。
薬師は藍音さんにダメ、ゼッタイと徹底するべきですね、ええ。絶対。
さもなきゃ、薬師はこれまでで一番の恐怖に対面することになるんでしょう。各方面の精神的平和のために頑張ってほしいです。
霧雨夢春様
人にとって一番身近な凶器は大地である、と。そんなこんなで大地を踏みしめ放つ蹴り。潰れる股間。響く叫喚。
男としての未来はそこにはないようです。もう三本足を崇め奉るしか。もしかしたら巨根的な意味で御利益が貰える……、といいですね。言ったら怒って潰されそうですが。
ただ、まあ、三本足の時点で激レアなのに、それを男の子が持ってる時点で既に男としてどころか人としての未来が閉ざされてる気もします。
尚、前回のヒロインは、藍音さんと梨花さん、だ。と私は信じてます。
最後に。
毒たこ焼はスタッフ(鬼)がおいしく頂きました。