俺と鬼と賽の河原と。
「あー、あれだな。幾ら好きだ、なんて言っても首を高速回転しながら一秒間七十八回のタップダンスを踊る求愛は駄目だ。ちゃんと相手の文化ってやつを予習するように」
我ながら、未だに教師をやってるのが不思議でならないが、しかしまあ、続いている以上はあっていなくもないのではなかろうか。
流石俺、教師の鑑、と自画自賛ながら俺は黒板を叩く。。
「例えどんな愛があっても殺し愛はダメだ。精々殴り愛までにしとけ。まあ、それで嫌われても責任持たんけど」
しかし、なんでこんな授業内容になったんだったか。
確か、うちの生徒があんまりにも人間らしくない辺りから始まった気がするが。
まあ、それはどうでもいいことか。
それよりも授業だな、うん、と俺は肯いて話を続ける。
「後、ちゃんと相手と自分の差を理解するように。幾ら河原で殴り合いの状況だからって、音速の拳を貰えば大体の人は弾け飛ぶから手加減するよーに」
生徒たちは――、今回の、フランケンシュタイン博士の造り出した人造人間の様な生徒たちは、しきりに肯いている。
いや、まあさすがに厳つい生徒は二割くらいで、他は普通だが、それにしたって存在感が半端でない。
正に、勢い余ってやっちまいそうな人種たちだ。
「いいか? ただの人間辺りなんか、熟れたトマトを扱うかのように接するんだ。失敗したら一瞬で潰れトマトだぜ」
そんな彼らの未来の悲しい事故を防ぐために、俺は授業を続ける訳だが――。
「薬師さん!」
そんな所に闖入者。
「何用だ閻魔殿」
そんな闖入者に、俺は抑揚なく尋ねたのだった。
其の百二十六 俺と噂も七十五日は意外と長い。
不意の乱入。それは閻魔。
彼女は入ってくるなり俺にこう言った。
「大変ですっ!」
「なにが大変なんだ。冷蔵庫に残しといた牛乳か?」
「違いますっ!」
「なんだなんだ、じゃああれか。力加減を誤ってうっかり引きちぎってしまった蛍光灯の紐か?」
「違いますっ! ってそんなことしてたんですか!!」
「親の不倫現場でも見たか?」
「それは深刻ですけど違いますっ」
「じゃあ、アイロン点けっぱでこっち来たとか?」
「それは大変ですけど、そうじゃなくてっ」
「じゃあ、あまりに焦り過ぎてスカートがめくれ掛かってる辺りか?」
「ちがいま――! あわわわっ、みないでください!!」
「安心しろ、見ても楽しくない」
「それは貴方が男として、そして私が女として大変ですっ」
「で、本題は?」
「私と貴方が恋人同士ということになってるんですっ!」
「そいつは大変でしたね、ですが、誠に申し訳ありませんが、授業中なのでお引き取りください」
「お役所仕事はやめてくださいよぉ!」
そりゃ、お役所仕事にもなる。
まったく意味が分からんのだ。そもそも。
「その噂の相手たる俺に相談しに現れる辺りからしてもう手遅れだろう」
「貴方しかいないんですよ……、見捨てないでください」
「むしろ自爆?」
真面目な顔で貴方しか(相談する相手が)いないんですよ、とぶっちゃける閻魔に、教室が沸き立つ。
完全に自滅。既に手遅れである。
「で、どうすればいいでしょう?」
上目遣い、涙目で聞いてくる閻魔に、俺は顎に手を当て考えて。
考えて――、
「うーむ、そうだな……。んなことより、今冷蔵庫の中になにがあったかの方が気になるんだが」
諦めました。手遅れです。
んなよくわからん噂などより今日の糧のが大事である。
あと、牛乳は大丈夫だろうか。ヨーグルトになっていないだろうか。
「今日の夕飯はなにがいい? 大したもん残ってねーはずだから食材買ってきて作るから希望があれば聞くぞ? あと食後にヨーグルトだ。多分」
「じゃあ、カレーで――、って」
再び沸き立つ教室。そう言えば火に油注いだな。
と思えば、動きの速い女生徒が、手を上げる。
「せんせー、せんせーと閻魔様って同棲してるの?」
「ど、どど、同棲なんて――」
「添えなくて悪いが同棲までいってない」
「じゃあ通い妻、もとい夫?」
「否定はできない事実がある」
教職者として嘘はいかんよやっぱ。
しかし、女生徒の質問に答えればやはり沸き立つ教室。どうにもこうにも皆非常に盛り上がっている。
まあ、確かによく考えてみれば、そう、あれ、スキャンダル、というやつか。
楽しまれている所悪いが、事実としてはただの家政夫なんだけどな。
「薬師さん、貴方、どうにかする気があるんですかっ!」
そんな閻魔の言葉に俺は首を横に振った。
「処置なし、手遅れ。諦めたまえ。人の噂も七十五日、二か月ちょいだ。意外と長いな」
「意外と長いとか言わないでくださいよ……」
しゅんとうなだれる閻魔に、俺は親指を立てて一言。
「頑張れよ」
「ちょっとっ、こちらに、来てください!!」
あっさりと俺は閻魔に連行されていったのだった。
「で、どうしましょう」
校長室で閻魔は俺にそう持ちかけた。
しかし、どうすると言われても、
「ほとぼりが冷めるまで待つしかねーだろ」
としか言いようがない。
こういったものは焦って否定すればするほど、広まって行き、背びれ尾びれに胸鰭まで発生するのだ。
しかし、それだけでは不満らしい、目の前の閻魔様は。
「どうにか、なりませんかね……。皆の視線が温かくて辛いんです」
温かいのに辛いとは贅沢な。とは言わないことにしておこう。
俺も命は大事だ。
「そりゃあ、あれだな。後はどうにかする方法があるとすれば――」
口元に手を当て、俺は考える。
考えて出した結論は、こうだ。
「しばらく会わないってのも手だな。餌を与えなきゃ後は勝手に向こうが処理してくれるだろ」
ほとぼりが冷めるのを待つ、一般的な手段だ。
下手に俺が家事に出てたら更に燃え上がる可能性を否定出来ん。
ほとぼりが冷めても家事をしに行ったら再燃する可能性があるが、そこはそれ。
まあ、名案じゃないかもしれないが、妥当なところだろう。
なのに。
閻魔は何故かこの世の終わりの様な顔をした。
訂正、あの世の終わりの様な顔をした。
「え、会わない……? それはどのくらい?」
「一月二月だろ。さっきも言った通り七十五日位」
それにしても、俺さっきまで授業中だったんだが、これで給料出るんだろうか。
出なかったら、閻魔の夕飯をピーマンのピーマン詰めのピーマン和えにしてやろう。
「駄目ですっ!」
そう思った瞬間、何故か俺は閻魔にすがりつかれていた。
どうしてこうなった、と思うと同時、いやな予感が背筋を駆け抜ける。
どう考えてもこれはやばい。
そう、この状況、そして閻魔の自爆癖、不幸体質辺りから出てくる答えは――。
――ガラッ、と扉の開く音。
「校長先生、どうかしたんで――」
「――私は貴方が居ないと生きていけませんっ!!」
「……ふう。もう駄目だ」
黒い継ぎ接ぎ医者だって、匙を投げるぜ。
閻魔の、貴方が居ないと(家事が立ちゆかないので)生きていけません発言に固まる女教師。
再起動したときは、まるでできの悪いカラクリのようにぎくしゃくとしながら後ろを向いて。
「ごゆっくり」
それだけ残して去っていく。
閻魔は、未だ固まったまま閉まった扉を見ていた。
おお、神よ、何故私を見捨てたもうたか。
「……うむ。見事な自爆」
「ど、ど、ど、どうしましょうっ!!」
閻魔、再起動。
ここまで墓穴掘ってなにを言うのかと思えば。
むしろ、墓穴掘って自作の棺桶まで用意して、冠婚葬祭な手続きも終了し、棺桶で寝てるみたいな状況に至って今更何を。
「ちょっと誤解を解いてきますっ! どこ行ったか知ってますか?」
「あー、多分二階の会議室だわ」
「わかりました、行ってきます!」
「ちょい待ち、多分今、身体測定――、まあいいか」
行ってしまった閻魔を追いかける気力もなく、俺は彼女の後を追うのをやめた。
その後三十分ほどして。
再会したのは――、
「背が二センチも縮んでました……」
どんよりとした閻魔様でしたとさ。
「そういうこともある。誤差の範囲内だ」
屋上のベンチで二人並んで昼飯を食うのはいいが、空気が重すぎる。
と言うか、こんな事してるから噂も立つんだろうに。
「あと、胸がまったく変わってませんでした……」
「ミライヲシンジロ」
まあ、どう考えても時の流れが解決してくれなさ気な問題だ。むしろ豊胸手術を行った方が速そうだが。
「体重は、二キロ程増えてました……」
「そーなのかー」
これに関してだけは俺の仕業と言えなくもない。
食生活改善とは言っても栄養管理士ではない俺にはどうすることもできない問題がある。
もう少し気を配って見るか、と、俺が考えていると、不意に閻魔が立ち上がった。
「べ、別に幸せ太りじゃありませんからねっ?」
「うん」
「いや、うんって……。貴方は肝心な時に押しが足りないと思います」
「よくわからんが、そうなんかもしれんな」
自分じゃわからないので適当に答える俺。
「べ、別に貴方との食事を毎日楽しみにとか……、してる訳じゃないというのは事実無根で……、なんといいますか」
「どっちなんだ閻魔様よ」
はっきり白黒つけてくれ。
そんな催促に、閻魔は小首を傾げて、
「……楽しみ、ですよ?」
何故か疑問符付き。
しかし、まあ、悪い気はしない。
俺はにやりと笑って一言。
「そいつは嬉しいね」
と、それで一旦この会話は終了。
今度は、今日の今の今までの話を切り出した。
「これから、どうしましょうか……」
まだ引きずっているのか閻魔様は。
もうこうなったら仕方ない。
「もう、いっそあれじゃね?」
「どれですか」
「俺とお前さんが結婚しちまえば万事丸く収まるんじゃね?」
「こ、こここ、困りますっ!!」
「まあ、流石に冗談だ。だがしかし――」
今日一日閻魔に付き合ってわかったのだが――。
もうじたばたしたってどう仕様もないのだ。
「何もかもめんどくせーから。帰るぞ」
俺は閻魔を小脇に抱えて飛び立った。
午後から俺に授業は無い。閻魔も予定は無いらしい。
そして、色々と噂に気を使うのも馬鹿らしい。
「あ、ちょっと、待ってくださいよ!」
「うるせー、黙らっしゃい。噂なんて気にすんな。俺は気にしてない」
そう言った俺に、閻魔はおずおずと聞いた。
「……貴方は、私と恋人同士でも、いいんですか?」
俺はざっくりと答えた。
「――なんかもう、現時点で色々と今更過ぎだろ」
それを聞くなら、もっと前に聞くべきだ。
「つーかさ。こないだの舞踏会で婚約者ってことになってんだからもうどうしようもないじゃねーか」
「あ」
「あと、今日の夕飯ピーマンのピーマン詰めのピーマン和えな」
「えっ……」
―――
目からビームが出そうな現状からなんとか復活したのが昨日。昨日から徹夜で突貫工事でした。
まあ、勢いで突貫したんで書いた自分でもいいのか悪いのかよくわからない話が出来上がりましたがお許しを。
とりあえず明日から平常運航頑張りたいです。
あと、今前回の拍手返信書いてます。十一時くらいに前回の話んとこに乗っかるだろうので気になる方はどうぞ。
では返信。
SEVEN様
本当に、いい歳こいたおっさんどころか古代生物一歩手前の生き物がなにをスキンシップ図ろうとしているのでしょうか。
でも、確かに由美が一番純粋な乙女ですよね。果たして真っ白なキャンバスは白いままでいられるのか。
薬師のさじ加減一つな気もしますが、薬師が育てた結果が藍音さんだから……。うん。
でもまあ、本当にこの作品ないに希少な乙女として頑張って――、ごほん、この作品の沢山の乙女の中の一人として頑張っていただきたい。
志之司 琳様
比較的ほのぼの率が高くても、中に野郎をぶっこむだけでこの通り。残念な風景に。
あと、アホの子に知能ゲーをやらせる辺り、薬師の鬼畜さ加減が見え隠れしていますねわかります。
しかし、それにしてもあのおやじわかってないです。むしろ親父をやめて向き合えばいいのに。離婚してしまえ、胴と下半身が。
そのまま生きてたりして皆をドッキリさせてしまえばいいと思います。てけてけとして学校の人気者だ。
光龍様
そりゃあもう、アホの子と違って由美は奥ゆかしいタイプなので、どうしてもアホの子に奪われそうになってしまうのです。
あと、にゃん子に対してアホの子はまったく容赦なく撫でまわそうとしたりするので、ひやひやものの模様。
ちなみに薬師の体の造りは概ね人間のままです。精々頑丈さとか治癒力とか人間そのものをグレードアップしたようなものくらい。
あと、多分痛覚の類に関して神経鈍ってます。金棒ぶっささったりしてても痛い痛い言いながら平気な顔してますし。
奇々怪々様
実際に相手すると、部屋がタイフーン。それがアホの子。藍音さんが大変だ。
そして、薬師は人の心の機微には鋭い割にまったくもって恋愛になると駄目駄目ですね。
もうあえて気付かないようにしてるんじゃないかと思うほどの残念っぷりです。
最後に、あれなんですよ。目の奥が異常に熱くてですね、こう、その熱量を放てばビームになりそうななにかがですね。
通りすがり六世様
アホの子は薬師への感情においてよくわかってない所がある分、恋愛の思惑が絡んで来ないんですね。なので書いてる方も癒されます。
あと、やっぱり手間が掛からないより、手間暇かけた方がなんだって愛着がわいたりするのは基本ですね。
その点由美はやっぱりばしばし薬師に体当たりしていっても問題ないと。むしろ体当たりして薬師をぼこぼこにへこませたって下さい。
そして、上半身と下半身が分離しておきながら、普通に家で看病される薬師の図と言うのは非常に奇妙だと思う。
霧雨夢春様
薬師の朴念仁具合には、どうにも最近畏敬の念を抱き始めました。この嫉妬の方向が分かっていれば、薬師も由美ルート直行していたのに……。
まるでギャルゲーで誰も落とさず友人ルートを直行するかのような縛りプレイの様に、恐ろしさを覚えます。
そして、知能ゲーに関しては何処をどう動かしても負ける、奇跡の馬鹿、それが春奈です。
まあ、そんなこんなで、指摘された通り出番が少ないような気がした閻魔姉の方でした。妹はまた今度。読者に流されすぎるのは考えものですが、読者の要望に応えるゆとりに関しては自信があります。まず話の形式的に自由すぎる。
最後に。
私は身体測定で、減量もしてないのに七キロ痩せててホラーだと思いました。