俺と鬼と賽の河原と。
「一つ、聞かせてほしい」
銀色の居候は、寝ている俺に乗っかって、何故かそう聞いたのだ。
「なんだよ」
眠りから、妙な重みで起こされた俺は、不機嫌そうに言い放つ。
それで返ってきた答えは……、
「ノーパン、好き?」
どうにも残念なものだった。
……またノーパンか。
其の百二十四 俺と指輪と居候。
「下着をつけない奴なんて、大嫌いだっ」
と、勢いで言ってみたものの、
「まあ、その辺は個人の自由だとは思うが、着けるのが常識的だと思うぞ?」
「貴方の好みは?」
「果てしなく、どっちでもいいな。だが、できれば俺の知らない所でやって欲しい所ではある」
「本当に?」
「何処に疑う余地がある」
「なるほど。貴方は脱がしたい派、と」
「なにをどうしてそうなった……、ってか、なんだなんだ、流行ってんのか」
「なにが?」
「新手のクールビズかこのやろーと聞いてるんだ」
「憐子が付けないって言うから、貴方的にはどうなのかな、と」
「というかどういう流れなら下着を付けないなんて言葉に繋がるんだ?」
「乙女の会話を聞きだそうだなんて、えっち」
乙女というのは年若い――、と言うのはやめた。
また腹に拳が入るのもよろしくない。
流石に学習の一つもしないと、体が持たないのである。
なので、俺は乙女に関する講釈をやめて、別の方向に話を勧める。
「そんな会話が乙女の会話だったなんて信じたくなかったよ、俺は」
下着を付ける付けないの話が乙女の会話だと、銀子は言う。
事実であれば、世界中の男たちの夢は粉砕骨折全治三カ月だろう。
まあ、実際の所男たちの夢なんて粉砕骨折どころか死んでるようなドロドロの会話もその辺に転がってるので、事実を否定出来ない訳だが。
と、世の無情を噛み締める俺に、銀子はあっさりと言い放つ。
「で、流行ってるかどうかだけど、多分、藍音もしてないと思う」
「驚きの事実。驚きの新事実過ぎて涙が高圧縮で発射され地を穿つわ」
嘘だよな。嘘だと言ってよバー……、でもジョー……、でもない、藍音。
しかし、だ。
そんな法螺話はどうでもいい。
俺は藍音を信じているのだ。
「まあ、ぶっちゃけるとそんな話はどうでもいいんだ。で、何しに来たんだ?」
これで、これまでのことを聞きに来ただけだ、と言ったのであれば一発拳を唸らせてぶんぶんと振りまわす所存である。
ただ、もしかして、もしかすると、本当にそれだけかもしれないのが銀子の恐ろしい所であったが、しかし。
「――できた」
ちゃんとした用件があったことに俺は胸を撫で下ろしつつ、話を促した。
「なにが?」
すると、銀子はその瞳で俺を真っ直ぐに見詰め、彼女にしては珍しく実に嬉しそうに、言ったのだ。
「――指輪が」
一旦食事を挟み、再び俺は銀子と会話する。
「で、できたと噂の指輪ってのは、どんな指輪だよ」
気になったので、居間のソファに座りながら、背もたれの向こうにいる銀子に問う。
すると、銀子は無表情で、白々しいほどにもじもじと体をくねらせながら答えにならない言葉を返した。
「私から言わせようだなんて、きゃ、恥ずかしいっ」
「すまんきもい。薄気味悪い」
「それは酷い。あまりに酷い」
「すまんとは言った。少なくとも謝った」
「謝罪に誠意が無い」
「すまなかったというのも吝かではないかもしれなくはないでもない」
「まず、謝罪するかもといレベルであって謝ってない」
「それよりも、いい加減話を勧めてくれんかね。なにができたんだよ」
ここに来てやっと俺は本題に戻る。
そう、それだ。
何か見失いかけていたが、本題はそれなのだ。
一体何ができたのか。
果たして稀代の錬金術師ができた、などと報告してくるような品物は一体何なのか。
その答えは、
「――結婚指輪」
些か予想外だった。
「へ?」
思わず、変な声が出る。
そして、きっちりとものを理解すれば、おのずと出て来たのは疑問に他ならなかった。
「結婚すんの?」
俺の問いに銀子は肯く。
「する」
「誰と?」
もう一度聞けば、銀子は俺の前へと回ってきて、恥じらうように、俺の胸をつついた。
「私から言わせようだなんて、きゃっ、恥ずかしい」
「すまないきもい、気色悪い」
「それは酷い、実に酷い」
言いながらも、銀子は俺の手を取る。
そして、
「ほら、ぴったり」
俺の手に一つの指輪がはめられる。
しかも左手の薬指にだ。
「悪い冗談だ」
「冗談じゃない」
「それこそ冗談じゃないだろ。俺とお前さんが結婚とか。どんな強制力が働いたんだ?」
「自然の摂理。運命、問題ない。準備はいつでも」
「結婚だなんてのは、掃除ができるようになってから言ってくれ」
「一掃は得意」
「掃いて捨てるぞ」
「それは困る」
「では花嫁修業でもしてくれたまえ」
「したら嫁確定? 確変来たこれデレ期突入」
「すまん、ただの時間稼ぎだった」
まったく、なんの冗談なのだか。
実際にぴったりの指輪を持ってくる辺り、手の込んだ冗談である。
そんな現実に、俺は苦笑交じりに溜息一つ、肩を竦めて立ち上がる。
「まったく、その手の冗談は好きな男にでもしてやってくれ。こんな爺にしたって色気のあるお話にはならんよ」
俺の言葉に、銀子はふるふると首を横に振った。
何故か、呆れている?
「たまに、貴方は脳に蛆が湧いてるんじゃないかと思う」
「いきなり酷いな」
「酷いのは貴方。人がせっかくエンゲージリングを渡してるのに……」
「残念ながら、俺とお前さんがそんな関係だった覚えは無いな」
「じゃあ、どんな関係?」
「俺家主、お前さん居候」
「そこから始まるラブストーリー。お約束」
「俺の居ない所でやってくれ」
「まさかの相手不在ラブストーリー。どこまで言っても独りよがり」
「第一なぁ? 別にんなことせんでも追い出したりせんよ」
「やはりデレ期、ありがたやありがたや」
「拝むな道端に捨ててくるぞ」
「ツン期突入、忙しい」
まったく、銀子は脊髄反射で会話してるんじゃないだろうか。
話しながら、ちらりとそう思う。
繰り広げられる会話の半分以上は無駄で構成されている。
それに付き合う俺だから、何も言えん訳だが。
「まったく、俺に構って楽しいか?」
なんとなく、そう聞いてみれば、俺は銀子に呆れた顔をされる。
「貴方は、ばか」
「馬鹿、ねえ? 学は無いけどそこまで馬鹿じゃないつもりなんだが」
「じゃあ、問題をだす」
銀子レベルの問題だと確実に答えられないな。
と、考える俺。しかし、そんなのはまったく関係なかった。
「お、『お前』と、『すきだ』、を使って短文を作りなさい」
何故か、照れたように銀子は言う。
俺は、顎元に手を当てて、考えるそぶり。
「なるほどな。ふむ、わかった」
「う、うん」
「言うぞ?」
「……わかった」
銀子が息を呑む中、俺は胸を張って、
「――ヒーハァ、お前は隙だらけだっ!」
言い放った。
「ばーかばーかっ!」
何故か、俺は罵られ、胸を叩かれた。
「まったく、何が気に入らんのか知らんが。とりあえず機嫌直せっての」
言いながら、俺は拗ねてむくれている銀子にアイスを渡そうと手を伸ばす。
ガチガチ君。今先程買ってきた、コンビニの品だ。ちなみに最寄りのコンビニではない。
それはともかくとし、その、差し出されたアイスを受け取りながら銀子は言う。
「もので許しを乞おうなんて片腹痛い」
「じゃあなんで受け取ったし」
「私は食べ物は無駄にしない主義」
「じゃあ返してくれ。俺が食うから無駄にならない」
「やだ」
「なんでいきなり駄々っ子なんだ」
「やだやだ、返さない」
「いや、別にいいけどな」
俺が言えば、銀子はすぐに封を開け、ガチガチ君を口に含む。
そして、二口三口と言った所で。
「頭痛い」
「馬鹿め」
「これは、罠っ?」
「いや、ただの自滅だろ」
「私の怒りが有頂天」
「有頂天の意味を辞書で引け」
「喜びで舞い上がるさま。ひとつのことに夢中になり、うわの空になること」
「うむ、これは酷い」
「所で、一口食べる?」
下から差し出されたそれに、俺は一つ肯いた。
「もらおう」
「はい、あーん」
差し出されたアイスを俺は一口分口に含む。
うん、堅い。非常に堅い。流石ガチガチ君だ。歯が砕けるかと思う位堅い。
それを平気な顔して食べる銀子は化物か。まあ、それはともかく。
安っぽい味ながら、長続きしてるだけはある味だな、うん。
などと、その味に俺が満足していると、銀子は何故か、アイスの棒の方を俺に向けていた。
受け取れ、という意味だろうか。感性に従って、俺はそのアイスを受け取る。
それで、どうすればいいのだろう、と考えているとどうやら、
「私にも、あーんして」
ということらしい。
俺は呆れ半分で、溜息を吐くように呟いた。
「何ゆえに……」
「私はまだ怒っている。だからあーん」
前後の文がまったく繋がらない。が、まあ、怒ってるので召使か何かのようにアイスを食わせろと言っている訳だ。
その程度で機嫌が直るっていうなら、望むべくもない。
俺は、受け取ったアイスを銀子に差し出した。
「ほらよ」
「ん」
差し出されたそれを食べる銀子はまるで小動物だな。
言ったら言ったで何か言い返されそうなので、俺は心中のみで呟く。
そんな中、銀子が上目づかいで俺を見る。
「ほーひたの?」
どうしたの、と聞きたいのだろう。
なので、俺は首を横に振って返す。
「何でもねー」
すると、銀子は俺を上目遣いで見たまま、アイスを食べた。
非常に居心地が悪い。
「ふーん?」
非常に居心地の悪い、そんな午後。
「朴念仁。女の子がプロポーズするのに必要な勇気がどれくらいかわかってない」
「そいつはともかく、うちに居ても暇だからどっかいかないか?」
「行く」
――まったく色気もへったくれもねーが、それでいいと思う訳だ。
蛇足かおまけか。
「なあ、藍音」
「なんでしょう」
「お前さんは、ちゃんと下着を付けてるよな?」
「確かめてみてください」
「……」
そう言って藍音はスカートを摘まむ。
要するに、捲れというのか。俺は流石にそこまでに至りたくは無いのだが。
「冗談です」
「それはよかった」
「……やはり本気でした」
「それは困る」
「半分冗談です」
「冗談の方を圧倒的に支持する」
「……それはともかく、穿いていますが、なにか? やはり、脱がす楽しみもあると思います」
「そーなのかもしれないなー」
「それに、スカートめくりは下着があって楽しめるものだ、と聞き及んでおります」
「初耳だ」
「……まあ、ですが。そういうプレイを薬師様がしてくださるのでしたら、不肖藍音、喜んで脱ぎましょう」
「……」
「と、ここまで言ってみましたが、もしかしたら穿いているかもしれない、穿いていないかもしれない、という日によるランダムがスリルがあって素敵だと思いますが」
「嘘だと言ってよ藍音」
「知っていますか? その会話自体新聞の捏造という話ですが、その際にジャクソン氏はこう言ったそうです」
「ごめんよ、どうも本当らしい」
―――
藍音さんのスカートの中は、謎。
神秘ってやつですねわかります。要するにご想像にお任せしますと言うことで。
返信。
志之司 琳様
クライマックス過ぎて普通なら気が気じゃないと思います。
下手打てば前かがみじゃないかと思います。まあ、そこは薬師だからあれですが。
あと、脱がしてしまうなら最初から服なんて要らないんじゃないかと思います。キリッ。あと、和服は洋服と違って肌蹴やすいという事実がですね……。
しかし、それにしたって薬師はそろそろ陥落してもいい頃だと思うんですが。圧倒的過ぎてそろそろヤンデレと言う核兵器が飛び出す可能性もゼロじゃなくなりそうです。
悪鬼羅刹様
女性との外出は、家族ですら疲れる訳ですからねぇ……。
どう考えてもいきなり下着売り場でどの下着が似合うか問われるというシチュエーションは気付かれMAXでしょう。
しかしまあ、幸せ税ということで薬師には諦めてもらいたいところです。さもなきゃもげてもらうしか。
あと、攻防あわせもつ無敵要塞とかレベル高すぎてやってらんないです。どうやって倒すのやら。
奇々怪々様
和服の所々の穴にはロマンを感じて仕方がありません。
あと、和服の微妙なガードの低さとか完全にあれですよね。魅力的ポイント過ぎて和服美人の登場率が上がります。
それと、憐子さんは薬師でいいのじゃなくて、薬師がいいってことを薬師は理解すべき。
最後に、むしろ覗いてそうなのはAKMさんなんじゃないかと思います。
REX様
きっといまごろAの付く人は……、そう。
薬師の家の屋根裏辺りに生息してそうな辺り残念です。
ええ、住んでいるって辺り、まったく否定できない事実がそこに横たわっています。
気付けば後ろに暁御の影が――。
霧雨夢春様
感想感謝です。一気読みして頂き感謝です。ただ、徹夜にはお気を付けを。
いやはや、やはり面白いと言っていただけるのが一番うれしいです。まだまだ精進していきたいです。
とりあえず、今後もメリハリ付けて頑張りたいですね。ただ、やっぱりヒロインの登場割合は悩みどころです。
主に暁御さんとか。後は出番が多すぎて逆に藍音さんメインが出しにくかったり。
光龍様
和服は――、ノーパン。酷く遠い理想郷ですが、そうあるべきだと思います。
しかし、その通りで、スーツの男と巫女さんのミスマッチ具合がこの上ないです。
これで薬師が着流しだったらそれはどんな撮影だ、と言うお話で。後、読み返してみるとやっぱり憐子さんとだと生き生きしてますね、薬師。
人気投票に関しては、五十万も超えたし、そろそろってとこですかね。今回は二重投票可でガンガンやれるようにしたいと思います。
SEVEN様
憐子さん的には、自分のキャラを理解して、その上で沿うか沿わないかで恥を感じるようです。
ノーパン→憐子さんキャラ範囲内、可愛いもの好き→憐子さんキャラ範囲外。の模様。
他に相手がいないというか、薬師以外は憐子さんに耐えられない気がします。性的にも披露的にも。
あと、ある意味薬師の女性関係は清らかですよね、肉体関係的には。
黒茶色様
色々とシュールすぎて、各方面に喧嘩売ってましたね前回。
この間私も自転車かっ飛ばして山に入って見ましたが、駄目でした。
天狗への道は遠く険しいです。フラグマスターはそう簡単になれるものではないようです。
自分道民ですから近くに山は沢山あるんですけどねぇ……。
通りすがり六世様
貴方とは実に気が合うようです。和服には当然、ね。
着物やら袴なんかにはあちこち手を突っ込む部分があって非常になんか危ういと思います。
まさか、憐子さんはそのあたりのセクシー効果を狙って和服美人やってるんでしょうか。
そんな和服美人のノーパンの話題がここまで伝播してこの話が出来上がった訳ですが。
あも様
大丈夫、基本的に先生はノーパンスタイリストだし、押せ押せな感じです。
まあ、確かに平面仕様な和服だと、余裕がないときっちり着られないんでしょうけど、穴があれば手を突っ込みたくなるのが人間の性。
本能を利用した巧妙な罠です。それと藍音さんは穿いてるか穿いてないかすら不明です。ミステリアスですね。
あと、先生の精神年齢は、まあ、薬師と同等ですね。死んでた期間が長いので。でも、上に立ったり下に立ったり、姉な立場を行ったり来たりです。
名前なんか(ry様
更新の安定性だけが唯一の取り柄なのであります。まあ、暇人半分ですが。
薬師のもっとも厄介な所はそこですよね。なまじ恋愛関係に意識が行かない分、勝手にわかった気になってますから。
なんか薬師と常人では恋愛に関しては完全に言語が違うような気がします。DOCファイルをメモ帳で見たかのような狂い具合だと。
あと、AKMさんがちょっとしたイベントに現れ難いのは世界の法則です。もうストーキングしかないですね。はい。
最後に。
友人宅に数年前のガッチガチに凍ったアイスバーが今回の話のガチガチ君のモチーフです。いや、食べてませんけど。