俺と鬼と賽の河原と。
さてさて、この間無謀にも憐子さんと出掛けることになった俺。
「やあ薬師、待ったかい?」
「いんや別に」
「そうかそうか」
「なんか嬉しそうだな?」
「なに、実にらしくていいじゃないか」
「らしい、ねえ? 一体何が?」
「言っただろう? これは逢瀬だ、と。それらしいのが肝心なのさ」
「よくわからんね」
「よくわからんだろうね、薬師なら」
「まあ、憐子さんがそれでいいなら、良いんだけどな」
それにしても、何故憐子さんは巫女装束なのだろうか。
其の百二十三 俺と逢瀬と憐子さん。
逢引、逢瀬。幾ら恋愛に疎い俺とはいえども言葉の意味はわかる。
男女の密会。現代においては密会でなくとも使えなくもないか。
それはともかくとして、なるほど、逢瀬と言うのはあれだ、男女が仲睦まじく寄り添い歩き、満足したら帰るようなものだ。
しかし、
「エスコートを期待しているよ、と言いたいところだが、薬師相手じゃ無駄だな」
言われて、ぐうの音も出ない。
要するに知識はあっても経験は無い、ということだ。
実際の恋人同士でもないのだから、普通に女の友人と出掛けた時を思い出せばいいのかもしれないが、しかし駄目だ。
基本的にそんな外出も、相手任せで、俺は着いて行っていただけだ。
「さて、薬師。行こうか」
徐に、憐子さんが俺に腕を絡ませる。
よくわかっていない俺はされるがまま。
逢瀬ってのはこんなもんなんだろう、と納得することにした。
腕を組んで、俺と憐子さんは歩き出すのだった。
「どれが一番似合うと思う?」
そう言って憐子さんが差し出して来たのは、服などという生易しいものではなかった。
では何か、と聞かれると、
「知らねーよそんなもん」
――要するに下着である。
しかも透けたり紐だったり黒かったり紫だったりする下着である。
そんな物の良し悪しについて問われても、俺には判断も付かん。
しかし、その答えをどう取ったらそうなるのか。
「なるほど、和服の下に下着は邪道派か。安心しろ、ちゃんと履いてないから」
「聞いてない」
「確かめてみるか? 常々思うんだ、巫女装束の緋袴の腰元の穴は手を突っ込むためのものじゃないかと」
それは断じてない。
断言できるが――。
「手を掴むな、そのまま入れようとするなっ」
流石に袴の穴に手を突っ込む様な罰あたり者にはなりたくない。
ぎりぎりと服の中に手を導こうとする憐子さんに俺は全力で抵抗した。
「何を言うんだ薬師。逢瀬ではこのぐらい日常茶飯事、軽いジャブだよ」
「……そうなのか? ってそりゃないだろ」
「残念、一瞬騙されかけたのにな」
こんな所で何をさせようってんだ憐子さんは。
俺は思わず呟いた。
「第一、俺をこんな所に連れてきてどうするんだか」
下着売り場という、この場に存在するだけで、俺の精神力はガリガリと削られていくんだが。
少しげんなりした表情の俺に、憐子さんは悪戯っぽく笑う。
「私を見て、ってやつだよ。見て欲しいのさ、色々とね」
「俺に?」
「そうだ」
何故、俺が相手……、ああ、他に相手がいないからか。
なるほど、と俺は一つ肯いた。
憐子さんを殺したのは俺だし、復活させたのも俺。そして責任を取る、とも言った。
だから、それに付き合うのは、悪くない。
「だから、今度これを穿いてる所も見せてやろう」
だけどそれはノーセンキュー。
「できれば箪笥の奥底に仕舞っといてくれ」
「なに? お前は私に常に下着なしで過ごせというのかい? よろしい、ならばノーパンだ」
「まともな奴は無いのかっ」
聞けば、憐子さんは何故か胸を張った。
「ないっ。もしくは捨てる」
「……勿体ないぞ」
「論点がずれてないか?」
ずれてる。それには同意する、とばかりに俺は肯いた。だが。
むしろ、んなことどうでもいいのだ。
それよりも。
「まともな下着を買え」
「野暮ったいのが好みか?」
「そういう話はしてない気がする」
「お前の好みなら熊さんでも何でもいくぞ?」
「お断りだ」
「ちなみに今日は上はさらしだが、どうだ?」
「聞かれても困る」
よくわからない会話だ。
今時の若者は、こんな会話をするのだろうか。いや、しないだろう。
反語表現を使ってしまう程度には、どうやら俺はもちろん、憐子さんも常識から少々ずれているらしい。
俺は自嘲気味に笑う。
そんな時、ふと憐子さんが何事かを思いついたように手を叩いた。
「そうだ、私がお前に何か見繕ってやろうか? そうそう、人が何か着るものを贈るというのは脱がしたい、という意味らしいぞ?」
「……何故今、そうそうからその言葉をつなげた?」
「それとも、薬師が何か贈ってくれるのかな?」
「この流れでは非常に贈ると言いにくいと思うんだがこれ如何に」
「ふむ、別に脱がしてくれてもいいのだけどね。お前なら」
その点については今更である。憐子さんの生前は着せたり脱がしたり、まるでどこぞの召使の様な真似をさせられたこともあるのだから。
なので、俺は溜息を返した。
「できれば御免被る。いい加減俺もいい歳なんだから、恥じらいを持ってくれ」
すると、憐子さんは楽しげに――、いや、妖しげに笑った。
「恥じらいを持てば……、もう少し違うように見てくれるのかな? お前は」
なにを言ってるのかよくわからなくて、俺は話半分に返す。
「なんだそりゃ」
「さっきも言ったろう? 私を見て、って奴だって。私と薬師の中でだって、見てもらいたい部分は沢山あるんだ」
「はー、なるほど?」
果たして正しいかどうかはわからんが、わかったようなつもりにはなった。
要するに、憐子さんは変化を望んでいるのだと思う。
結局、前と今と、俺と憐子さんの関係はあまり変わっていない。
憐子さんは、何もかも出し切って、その先の結果を見たいと思ってるんじゃないか?
その結果が不変である、というのもまた変化だろう。何故なら、そこまでの過程は違うのだろうから。
果たして、醜い部分やらなんもかんも一切合財出し切って、俺と憐子さんが何処に落ち着くのか。
きっと、憐子さんはその答えが欲しいのだ。と思う。
ただ、その答えは俺にもわからない。
一つだけ想うことがあるならば。
「憐子さんに恥じらいとか……、今更だろ」
今更だ。今更過ぎて涙が出る。恥じらいを持てと言ったのは俺だが、持ったら持ったで俺は心臓が止まるやもしれん。
そんな中、憐子さんは拗ねたように口を尖らせて俺を見た。
「まったく、お前が恥じらいを持てと言ったんじゃないか」
その通りだが、しかしそれはそれで困るものがあるのだ。
「そういう、違う自分を見てもらいたい的なものから来てるなら動機が不純だ」
例えどの動機がどんなに純粋でも、本来から外れたとこから来てるなら、不純だ。
そういうことだな、と一人納得する俺に、憐子さんは少し俯きがちに言う。
「第一、私にだって……、恥じらい位あるさ」
「……本当に?」
「本当だ」
「嘘じゃない?」
「嘘じゃない」
「指きりできるか? 天地神明に誓えるのか? 違えたら針千本飲む準備はおーけー?」
「指きり可能、天地神明に誓えるよ。針千本も飲む気はないし」
ナンテコッタイ。
こいつは驚きだ。憐子さんの恥じらいなど、生まれた時に母親の胎内に忘れて来たか、もしくは当の昔に丸めてゴミ箱に放りいれたのだと思っていた。
「……まじなのか」
そんな俺の言葉に、引き続き、憐子さんは口を尖らせながら言う。
「薬師は私は何だと思ってるんだい?」
「憐子さんだ」
俺は、思わず即答していた。
一瞬、憐子さんが目を見開く。
なんだなんだと俺はが憐子さんを見つめると、驚いたように見えたのは本当に一瞬で、かと思えば、彼女はいきなり笑った。
楽しげに、呆れたように。
「――ははは、なんだそれは。薬師は面白いな」
なにが面白いのだか。見たままの事実だろうに。
しかし、まあ、どうでもいいか。
「それとだな。憐子さんよ」
「なんだ?」
「俺は目を逸らした覚えは無いぞ?」
つまり、そういうことなのだ。
「ん?」
「それに、俺達にはそれこそ死ぬほど時間がある訳だ」
「どういうことだい?」
聞いた憐子さんを俺は横目で見て、にやりと笑った。
「答えを急ぐまでもないだろう、ってことさね」
まあ、そういうことなのだ。
「これからも目ぇ逸らす気はねーからな」
「ふふふ、楽しかったな」
「俺は疲れたがな」
上機嫌な憐子さんを腕にまとわりつかせて、俺は家へと向かう。
「薬師は楽しくなかったのかい?」
ぶっちゃければ振りまわされるに良いだけ振りまわされて、疲れるだけなはずなのだが――、しかし楽しくなかったかと言えば、嘘になる。
でも、だ。
楽しかったなどと答えるのは癪なので、俺は嘘を吐くことにした。
「疲れた」
「そうかそうか」
楽しげに笑いながらこちらを見る憐子さんの視線が、なんか癪だ。
わかってます、みたいなしたり顔とか。
しかし、そこに突っ込むと墓穴だ。俺はそこには突っ込まないことにして、別の所に矛先を向けた。
「逆に聞くが、憐子さんは面白かったのか? 俺としては今一つ楽しい場所に向かった覚えは無いんだがね」
件の下着売り場から始まり、服飾関係を回り、あっちふらふらこっちふらふら。要は、映画とか娯楽施設の類は行っていない。
あまり買いもしない、所謂ウインドウショッピング、とやらが女にとって楽しいというのならば、俺には何の言いようもない訳だが。
しかし、俺に返って来たのはよくわからない答えだった。
「楽しかったよ。私としては、何処だって良かったのさ」
「そうかい」
だったら、俺の精神力がガリガリ削れるような場所に連れて行かないでくれ。
と、心で文句を言っていると、いつの間にか、憐子さんは言葉を一つ、付けたしていた。
「とある条件を満たしていればね」
まるで謎かけでも出すかのように、にやにやと笑って憐子さんは言う。
俺はよくわからないまま聞き返した。
「条件?」
だが、答えが返ってくるとは限らない。
今度は、諦めたように憐子さんは笑う。
「これでお前がその条件というものをわかってくれたら、苦労しないのだけどね」
「なんだそら。わからんもんはわからんぞ」
もう既に丸投げだ。
憐子さんの謎かけは俺には難しすぎるのだ。
しかし、俺に答えを教える気は、
「第一、答えを言っても納得しないだろう? 絶対に何故だ、と言う」
さらさらないらしい。
聞いてみないとわからないと思うのだが、しかしこの憐子さんになにを言っても無駄。
俺は諦めて、憐子さんの言葉の続きを聞いた。
「どうしてそうなるのか、説明するのは、癪だしな――」
「そんなもんかね」
そんなものさ、と憐子さんは俺に笑いかける。
よくわからないが、まあ、わからないままでも問題あるまい。
もしくはその内何かの拍子にわかることもあるかもしれない。謎かけってのはそういうものだ。
諦めて、俺はただ歩いた。
憐子さんも、それきり語らぬ。
ゆっくりと歩いていく夕方の街も悪くない。
別に、会話が無いのも、憐子さんが相手であれば苦にならない。
果たして五分も歩いていただろうか。
そうして、夕方ながらに喧騒のある街を出そうになったその時、俺は憐子さんが何かを見つめていることに気がついた。
露店だ。
露店と言うと、うちでうだうだしている居候を思い出すがそれはいいとして。
雑貨屋、俺としては小間物屋、と言った方がしっくりするか。
ともかく、あれやこれやと小物を置いている店が、そこにあった。
そして、そこから細かく、憐子さんが見つめているものを俺も見て、なんとはなしに呟く。
「テディベア、ってやつか」
呟いて、憐子さんに視線を戻せば、不意に憐子さんは俺を見て、慌てたような顔をする。
「な、薬師、気がついていたのか?」
「あー。うん。しっかし、あのテディベアがどーかしたのか?」
聞けば、憐子さんは何だか顔を赤らめて、俯いた。
「いや、私に似合わないのはわかっているんだが……」
……なるほど、あったのか。恥じらい。
それはともかく、だ。
こんな憐子さんそうそう見れるものじゃない。むしろ、熊が好きなのは初めて知った。
そして、それをそのまま知識としてだけ留めておくのも、勿体ない気がしたのだ。
俺はほとんど考えることなく、熊に手を伸ばした。
「おいおっさん、これ買うよ」
「あ、おい、薬師……」
憐子さんの言葉を無視して、俺はその熊を購入。
彼女さんと仲良くな、という言葉を無視して、俺は憐子さんにそれを手渡す。
「女ってやつは、年齢性格に関わらず、可愛いもんが好きらしいぞ?」
それを聞いたのは誰からだったか。多分生前の友人の言葉だ。
思い出せないので、とっとと諦めて憐子さんに意識を向けると、彼女は嬉しいような怒ってるような複雑な表情を見せて、やがて微笑んだ。
「まったく……、私にこんな贈り物をしたのはお前が初めてだよ。薬師」
そして、今度は少し自嘲気味に彼女は笑む。
「私にこんなものを送っても微塵も似合わないだろうに、な」
らしくもない。
そんな憐子さんに、俺は自信満々に笑みを持って返した。
まったく、そういうものだと言ったのは憐子さんだろうに。
「今日は逢瀬なんだろう?」
憐子さん曰く、これはままごとのようなものらしい。
そういうことにして置くのが、肝心なのだ。
だから――、
「――らしいことが、肝心なのさ」
くく、と俺は喉を鳴らす。
隣から、諦めたような、苦笑交じりの溜息の音が聞こえる。
「まったく、後悔するぞ? 目は、逸らすなよ? 手加減は――、しないからな」
なるほど、確かに俺の知らない憐子さんもいるらしいな。
随分と、可愛らしいもんじゃないか。
―――
憐子さんは基本的にノーパンスタイリスト。
あと、薬師は憐子さんやら銀子、藍音辺りにはなんかツンデレ気味。
次回は、誰にしましょう。
返信
志之司 琳様
翁は次の見せ場まで登場予定が無いのが問題です。早く書きたいけど……、シリアスだ、これ。いや、ある意味ギャグですが。
ともあれ、本物の村正だったらかなりの刀だったんですけどねー……、少なくとも妖刀、妖木ですし。
まあ、丸太はなんと言うか、CVによってはやばいですね。ええ。
しかし、それにしても男的な恐怖が全く通用しない薬師には脱帽です。最後に、風邪、お大事に。こじらせたら怖いので注意です。
奇々怪々様
喋る丸太のまともじゃ無さが異常でした。でも、現実的にどうやったららめぇなんて出てくるんでしょうね。
丸太擬人化はそれはそれで萌えるのか萌えないのか、そこが問題だ。
それと、翁は出番もお話もできてるキャラなのに何処で挟むか迷ってここまで来てる残念なお方です。
あと、やっぱり地獄の女性の年齢に関しては禁則事項ですねわかります。
光龍様
よし、喋る刀を折ってしまう話を書こう、となってオチをどうしようかと悩んだ結果がこれです。
思いついた瞬間、よしっ、これしかないな! とか思いました、明らかに思考が異常です。
なんか、薬師が制作者サイドの事情までぶちまけた感がありますが。
しかし、カービィの木とか懐かしい。確かウィスピーウッズとかそんな名前だった気がします。
SEVEN様
普通のラブコメは、そもそも地獄でやらない、と友人に指摘されてなるほどそうか、と思った兄二です。
そもそも、普通のラブコメチックなことがしたいとか言ってる時点で普通じゃないと認めてますね、ええ。
それにしても、家庭がどうなろうと、もげろとしか言いようがないこの状況。
そもそも、全体通してもげろと言う他ないのだから、過程を無視して結果が出ていると言っても過言ではないパラドックス。
あも様
果たして丸太が帰還を果たしたとして、萌えることができるのか。論点はそこです。
て言うかあの呪いあれですよね。結婚とかそういう展開を見据えたら勝手に解けますもんね。無駄もいいとこです。
あと、女性の年齢はどの世でも禁則事項のようです。特に地獄は。
ハーレムに関しては、まあ、ぶっちゃけると理解のある女性一人と、ウマの合う同性の友人が沢山いるのがベストだと思うんですけどね。う、羨ましいとかありませんよ、ええ、ありませんとも。
悪鬼羅刹様
たまにはラブコメらしい……? えー、ラブコメらしい話も書きたくなりまして。
そもそも自分にとってラブコメらしいっていうのはギャグっぽい所からイベントに突入、みたいなのがそれなんですが。
ちなみに、薬師は剣術に関し、対処と知識はそれなりですが、赤子を抱くように扱えば駆けだし剣士程。全力で扱えば素人以下になるという特徴を持ってます。
あと、誤字報告感謝です。直しておきますね。
通りすがり六世様
本物の村正かどうかもわかりませんし、そもそも村正が造った刀ってそれなりにあるだろうので、あんな村正もある……、のかも……、知れないです。
あと、多分神木を切って放置しといたら妖木になるんじゃないっすかね? 多分。翁に関しては、再登場したら強烈なキャラが付く可能性がありますが。
ちなみに、辞書を引くと、乙女って年齢が若い人を指すそうです。今では純粋な人を指すにも使う訳ですが。
しかし、その場合、年若い人なんて――(以降解読不能)
ヤーサー様
元々、翁と被ると困るので、一話モブとして用意されて、そのまま帰って行きました。
まあ、うちは一話モブ用が意外と生き残ることもあるので注意が必要ですけどね。ビーチェ辺りもその一人です。
あと、愛沙もその一人ですね。法性坊もよく考えればアウトです。彼は憐子さんが甦るにあたって復活することになりましたから。
あと、前さんはなんだかんだと飽和状態でも現れるからメインなんだと思います。
春都様
誰もが予想し得なかった方向に飛び出すのが私の趣味なのだと、最近気付かされました。
しかし、丸太のあの妙な叫びっぷりは私も予想し得ない状況でした。
まあ、おかげで憐子さんも藍音さんもいきなり現れる始末ですが、彼女等が絶好調じゃなかった日を私は知らない。
銀子は今頃――、何をやっているんでしょうね……。なんて思ったので次回辺り現れるかも。
最後に。
今回の話の半分以上が下着売り場で行われているという、シュールギャグが今回のコンセプト。