俺と鬼と賽の河原と。
「薬師様」
「何だ?」
「お客様です」
「誰だ?」
「眼鏡、とだけ」
「あー……、なるほど」
そうか、なるほど眼鏡か。
其の百二十一 眼鏡と俺とこれからの話。
現在、俺はビーチェと対面する様に、居間で座っている。
「こっ、こんにちわっ!!」
かなり今更な気がする挨拶に、返さないのもどうかと、俺は適当に返した。
「よ、ビーチェ。気合入ってんな」
事件があれば、休みがある。今回ばかりは俺の問題といえるのだが、しかし閻魔はわざわざ気を回して俺を二日ほど休みにしてくれた。
あんまり休むのも気が引けるが、人の好意をむげにするもまたよろしくない。
その為、俺はこうして休みを享受しているのだが――。
「俺は今日は学校休みだぞ?」
要するにそういうことだ。
いつもビーチェは俺が学校ある日に迎えに来るから、今日もそうなのだろうと思った。
まあ、俺に接近するという命令は無効になったのだから、来ること自体は予想外だったが。
しかし、違う、とばかりにビーチェは首を横に振る。
「そのっ、今日はあのっ! 挨拶に、と言いますか、そのう……」
あわあわと、ビーチェが奇妙な踊りを始めそうになる。
俺は状態異常に掛かるのも御免なので、その前に差し止めることにした。
「まあ、待て、落ち着いて深呼吸だ。深呼吸しながら炭酸飲料を飲むんだ、ほら」
言いながら、持ってきていた黒い炭酸飲料を差し出す。
「あっ、すいませ――、けふっ、こほっ!」
本当に飲むとは、思っていなかったんだ。
それはともかく。
「ひ、酷いです……」
「いやすまんすまん」
受け渡された杯を力いっぱい親の仇でも見るように睨むビーチェに、俺は心のこもらない謝罪をした。
まあ、それはいい。
ビーチェもそんな怒ってないし、本題だ。
「で、学校じゃないなら今日は何なんだ?」
そう聞いた俺に、ビーチェは一つ肯いて答えた。
「えっと、今日は挨拶に来ました」
「挨拶?」
なんの挨拶だ? と首を傾げた俺。
ビーチェは真面目な顔で俺に語る。
「その、これから長い付き合いになりそうだし……、いっぱい迷惑かけちゃうと思います」
今更だな、とは言わないことにした。
そいつは野暮ってものだろう。
まあ、ざっくり刺されたり、遊園地を崩壊させる羽目になったりと、やっぱり今更なのだが。
と、考えながら俺が大仰に肯いた時――、
ビーチェは三つ指ついて頭を下げていた。
「――ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
俺は思わず、
「ふつつか者って……、嫁みたいだな」
そう呟いていた。
俺の素直な感想に、ビーチェは慌てて頭を上げる。
「よ、よ、よよ、嫁だなんてっ!」
その顔は茹で蛸。
慌て過ぎだ。そんなに俺の嫁が嫌か。
「あっ、で、で、でも……、先生が望むなら――」
そして、人指し指を突き合わせながら何か言っているが、よく聞き取れない。
まあ、聞こえないなら大事なことでもないだろう。
俺は、そう断じて、とりあえずこちらの考えも伝えることにした。
そりゃあ、よろしくお願いされて、答えが無いことこそない。
「まあいいさ。とりあえず、こちらからもよろしくしてやろう。そうじゃなきゃ、刺された甲斐がない」
「さ、刺された甲斐って……」
「刺された甲斐だろ」
そのまんまな言葉に、ビーチェは困ったように苦笑を浮かべて、やがて、自然に話題が変わる。
「そう言えば、先生は気付いていたのかなぁ?」
「ん?」
ぼんやりと呟かれた言葉。
俺は疑問符を返す。
「僕が相手の手先だってこと、いつからばれてたんですか?」
ああ、なるほど。ビーチェの言葉に俺は手を叩いた。
確かに予測していた空気はある。まあ、確信に至ったのは刺されてからだが。
当時を思い出しながら、俺は言葉にした。
「怪しいかな、とは思っていた、ってところか」
憐子さんは普通じゃないというし、俺もなんか違和感は感じていたから、何かあるんじゃないかとは考えてはいた。
そもそも、いきなり俺が好きだとか、土台ありえん話だな。
初のモテ期到来かとも思ったが気のせいだったようだ。
「そうだったんですか、ってそんなに僕、違和感たっぷりでした?」
俺は、少し思案して、肯いた。
「十やそこらの少年じゃねーんだ。告白されて素直に喜べる年でもねーんだよ」
先に疑う方が出るってのが、大人の汚さの表れだろう。
下駄箱に恋文が入っていても勘ぐってしまうのが大人って奴だ。
「うぅ……、僕なりに頑張ったんですけど……」
ビーチェの、悔しそうな声が響く。
俺は、にやりと笑って答えた。
「百年早い」
「これでも結構な年なんですよぉ」
まあ、殺されてから結構経ってるし、確かにそれなりの年ではあるはずだ。
しかし、それでも百年早い。
「どうせ死んでからずっとうだうだやってたんだろーが。全く成長してないんじゃないか?」
老いが無い分、停滞するのは簡単だ。
「それは……」
ま、とは言っても、これから先はどうだか知らん訳だが。
「せっ、先生はどうなんですか?」
「誤魔化したな?」
露骨すぎることこの上ない誤魔化しだ。
まったく隠せていない動揺が伝わってくる。
だが、俺がどうかと聞かれると――、
「まあ、だけど、俺は今も昔も変わってねーよ。成長はしてないな」
言えば、ビーチェは呆れた目で俺を見る。
俺は、まるで溜息を吐くように苦笑しながら吐きだした。
「大妖怪なんてどいつもこいつも力技で何もかも解決しようとした結果だぞ? どいつもこいつもガキなんだ」
人は猛獣に勝てないから武器を持つ。それを鍛えて勝とうなんざ考えるのが、大妖怪の思考だ。
要するに我侭で妥協を知らない。しかも我侭の規模が無駄にでかくてどうしようもないのが大妖怪だ。
昔会ったことのある玉藻御前はその最たる例であったろう。
まあ、それはともかくだ。
「ま、その辺はどうでもいい。本題はそうだな、俺を騙すには百年早いってこった」
「うう……」
なんだか肩を落としてしまうビーチェ。
俺は、そんなビーチェを見て苦笑した。
「ま、焦らずやってけよ。たった百年、ここは地獄でお前さんは霊体。時間だけは無限にあるんだからな」
対して、ビーチェは少し不安げに俺に聞く。
「じゃ、じゃあ、百年経ったら、先生を悩殺できるくらい成長できますか?」
そんな問いに、俺はこともなげに呟いた。
「その答えは百年後の俺に任せるよ」
無責任と言うなかれ。
「まあ、予想される答えは――」
未来は誰にもわからない。
だから、ビーチェが百年後、目を見張る様な色気を付けている可能性もあるのだ。
ただ、まあ。
「――百年早い」
多分無理だろうが。
「じゃあ、これでお暇します」
「おお、じゃーな」
俺は、帰ってくビーチェを見送って、部屋へと歩き出す。
そうして、俺の部屋の襖を開ければ――。
「――やあ、遅かったな薬師」
何故か敷いてある布団の上に、白い寝間着姿の憐子さんが座っていた。
俺は、思わず聞いてしまう。とっとと襖を閉めるべきだった、と気付いたのは、
「なんでいるんだ憐子さん」
憐子さんが何か企んでいるように笑っているのを見た後だった。
「なに、ちょっと聞きたいことがあってね」
にやにやと、憐子さんは俺に言う。
何か嫌な予感を感じるな、と俺は思いつつも、
「なんだよ」
しかし、無視するには時機を逸した。
だから、仕方なく聞いてみる。
果たして、どんな驚きの問いが飛び出してくるのか。
「私のアドバイスは、役に立ったかい?」
思わず身構える俺に、憐子さんはあっさりとそう言った。
拍子抜けである。
俺は、肩の力を抜いて、正直に答えた。
「あー、役に立った。女の勘的中もいい所だったしな」
俺にも欲しいです、女の勘。
どうにか搭載できないもんだろうか。とは思うものの、無理だろう。犬に猫の聴力を搭載する様なものだ。それは既に猫の聴力を持った犬ではなくて、耳の良い犬に違いない。
よって、俺が女の勘を身につけたとしても、それは女の勘ではなく、よく当たる勘なのだ。
と、よくわからない所で、俺は脳内の論争に終止符を打った。
んなことはどうでもいいのだ。
そう、それよりも、憐子さんとの会話だ。
俺は憐子さんに今一度向き直る。
そして、俺は変な悪寒を覚えた。
微妙に考えごとに没頭していた数秒間。
その数秒間で、やけに憐子さんはにやにやと笑っていたのだ。
なんだ、と言う前に、憐子さんがぶつぶつと呟く。
「ほぉ……。そうかそうか。役に立ったか……」
一体何なのだろうか。
言い知れぬ不安に俺が立ちつくしていると。
「だったら、薬師」
不意に憐子さんに腕を掴まれた。
「ん? ――って、うおっと」
そのまま、俺は腕を引っ張られて、布団の中に入れられる。
何がしたいんだ、と俺が心で呟いた時、既に憐子さんは俺の上に馬乗りになっていた。
また――、この体勢か。
事件前も、憐子さんにこうして捕まったな……。
と、在りし日の想いででも思いだすかのように、俺は心で呟く。
まるで走馬灯だ。やっぱり逃げるべきだった。
それにしても、この前回の焼き増しの様な体勢で、一体憐子さんは何をするつもりなのだろうか。
黙って考える俺に、声が降って来た。
「ご褒美が欲しいな……、薬師」
やけに色っぽく憐子さんは俺に囁く。
しかし、それにしてもご褒美、だと?
何が欲しいのだろうか、と思って俺が憐子さんの顔をまじまじと見つめると、いつの間にやら、憐子さんは何かを咥えている。
四角い何かだ。厚さはほとんどない、お菓子の個別包装みたいな何か。
その内容物たる円が、その包装をもりあげている。
まあ、ぶっちゃけるとそれは、なんと言うか、ゴム、と呼ばれるものだったはずだ。
いや、輪ゴムではなく。要するに、避妊具の類。
それを、憐子さんはまるで俺に渡すように顔を下げてきて、仕方ないので俺はそれを受け取る。
さて、受け取った。
受け取ったはいいのだが――。
「で、ご褒美って何が欲しいんだ?」
返って来たのは、やっぱりか、と言うような呆れた顔と、溜息だった。
「……はぁ。ここまでやってわからないとは……」
「いや、で何が欲しいんだよ。俺は謎かけは得意じゃないんだが」
本題はそれのはずだ。
現在に至るまでなんだか意味不明だが。
と、まあ、そんな俺に、憐子さんは諦めたように笑って、答えを寄越した。
「子種……、と言うのは無しにして、そうだな。今度私とデート、じゃ伝わらなさそうだから逢引しよう」
「はい?」
俺は思わず聞き返した。
「恋人じゃないなら逢引は不可能じゃないか?」
ということだ。逢引、と言うのは人目を忍んで愛し合う男女が会うこと。
よって俺と憐子さんでは不可能な位置にある、のだが。
憐子さんはそうでもない、と俺に返した。
「気分だけでも、って話だよ、薬師。子供のごっこ遊びの様なものさ。そう、飯事の様なものだと思ってくれればいい」
「そんなもんか?」
よくわからないが、そこらの話題に関して門外漢な俺である。
憐子さんがそうだと言えば頷くしかないのだが。
「そんなものだよ。ただ、出掛けるだけじゃつまらないだろう? だから、そういうことにして置くのが肝心なのさ」
そう言った経験に疎い俺は、頷くほか無い。
「そんなもんか。わかった、今度付き合おう」
とりあえず、そういうことで納得だ。
「ふむ、付き合おう……、うんうん、いい響きだ」
きっとそういうことなのだろう。
憐子さんも納得しているようなのでこれでいいのだ。
まあ、そんなことより。
「いつまで乗ってるんだ憐子さんよ」
こっちの方が問題だろう。
未だ布団の上で憐子さんに乗られてる俺としては身動きが取れず、不便なことこの上ない。
なので、退いて欲しかったのだが、俺に返って来たのは。
「ふむ、今日は退く気は無いかな?」
そんな無常な言葉だった。
……本気か?
あっさりと言ってのけた言葉に、俺は正気を疑う。
俺へのからかいにそこまでするとは、脱帽するしかない。いや、される方としてはたまったもんじゃないけどな。
「今日だけで後十時間ぐらいあるんだが?」
ちなみに、ビーチェが帰ったのは昼間なので、今日はまだまだこれからだ。
「あるな。いいことだ。うん、実にいいことだ」
「飯と風呂は?」
「私ごと抱えていけばいいじゃないか」
あんまりにもあんまりな言葉に、俺は押し黙った。
「……」
どうしろってんだ。
「所で藍音」
「なんでしょう」
「さっき憐子さんに避妊具を渡されたんだが、どういう意味だと思う?」
「……財布に入れておくのが男のマナーというものです」
「本気で?」
「本気です」
「そうなのか」
―――
と言う訳で、憐子さんとのデートイベントフラグが立ったようです。
今回は事件終結に関する話だったので、異常に短かく、その為憐子さんイベントが挿入されました。
と言う訳で、今回はあんまり見どころもないです、はい。申し訳ない。
では返信。
奇々怪々様
数珠家のあの人が遂に動き出したようです。
後、あえて言うなら、玲衣子さんが人妻、愛沙が子持ち、なのだと私は力説します。この二つは別物だ、と。
しかし、それにしても。愛沙は前回の登場からのギャップが激しいですからね、これもギャップ萌えですか。
そして、マキナはレールガンやらビームに至るまで装備しているようです。
春都様
ま た フ ラ グ で す 。既に憎むべきか応援すべきかわからなくなってくるこの有り様。
最終的に、薬師は何処まで行ってしまうのか。
地獄を手中に収めたら、きっと薬師は別世界にも手を出すこと間違いなしでしょう。
最終的に三千世界は薬師の物に……、恐ろしい子っ……!
あも様
ちなみに、一応の所、愛沙にとっての薬師は、気になる男子というレベルです。むしろ愛沙の恋愛感情自体が大人のそれとは言い難い模様。
まあ、マッドですから。その辺に疎いのはお約束。あとは吊り橋効果はあると思います。敵味方でしたけど。
後は、よくも悪くもローンウルフだったから、構ってくれると嬉しいんでしょうね。閻魔もですけど。それがどM方向に向かっていってる気がするのは、薬師が悪い。
ちなみにファンネルは、空飛ぶポン刀数百本です。後は、なんか意思を持ったエネルギーでも使ってみます? やたらとげとげしくなるあれを。
SEVEN様
良く考えてみてください。愛沙→玲衣子さんと李知さんを人質に取って、お騒がせした。あと、造っちゃいけないもの保持。
薬師→城を倒壊させて、地獄運営数百名を生き埋めにする。
明らかに、薬師のほうが罪重いです、どう考えても。まあ、薬師も愛沙も死者出してないからこの結果ですが。
あと、春奈がお父さんと呼びだしたら、由美が嫉妬してバトルが始まると思います。所謂子供の喧嘩が。
志之司 琳様
ここは、またなんだ、すまない。とバーテンのAAを張り付けるべきなんでしょうか。
まあ、ともかく。これで一族のめぼしい女性はコンプですねわかります。流石薬師と言うべきか、罵るべきか。
サイトの方で大天狗奇譚も始まって、現世でもフラグが増えそうですし。しかし、ある意味愛沙もツンデレなのですね。勉強になりました。
エクスマキナは、その内グランゾンやらZINVやらとタイマンはれるようになればいいと思います。
光龍様
流石過ぎるこの3スキル……。
なんと言うか、このオブラート、呑もうとしている最中で破けるオブラートみたいですね。
薬師天然発言爆弾は基本的にステルス機に搭載されていて、不意に投下していくから手に負えないんですねわかります。
このスキルの一つでも分けてほしいです。あ、オブラートは要らないです。
悪鬼羅刹様
コメント感謝です。
ここまで付き合って頂き感無量、これからも長く付き合ってくださると嬉しいです。
確かに、がんがん女性は増えていってますよね。埋もれて死ねそうな程。
ただ、まあ。閻魔はまだ目立ってる……、と、思います、多分。それよりも、暁なんとかさんが……。
名前なんか(ry様
ゴッドフィンガー……、その内出したいと思います。あと、そのまま抱きしめるようにさば折りもロボットのロマンだと。
某世界に流れ込んだのは霊思念エンジンの概念だけだった模様です。現世に流れてきてもまともに扱える様なマシンじゃない気もしますが。
その内、マキナ大活躍も予定しております。これまで沈黙を保っていた翁とのコラボも……?
あと、件の前さんの台詞が出てからずっと、いつか刺そうとは思ってました。で、こりゃいいやとばかりに今回で刺した訳ですが。
通りすがり六世様
親子の、子が幼女なのも、多感な年ごろなのも、ちょっと行き遅れている気がするのもありだと思います。
幼女は母親と一緒に育てていく方向で行くのがいいと思います。ちょっと行き遅れてるのは母親とからかいながら見守る感じで。
その内親子同士で何か起こるんじゃないかと期待してます。いや、私が期待してどうするんだって話ですけど。
パイルバンカー、ハンマーはロマン武器だと思います。あと、一発切りの兵器とか。やたら取り回し難い武器って素敵。
最後に。
この期に及んでラストを飾れないビーチェに全俺が泣いた。