俺と鬼と賽の河原と。
「こんにちは」
「……こんにちは?」
俺は、気軽に挨拶をしながら横を通り過ぎていった女を、思わず目で追った。
雪の様に白い髪。同じく病的なまでに白い肌。そして、それに対して対照的な黒い瞳。
冷徹な美貌の、和服美人だが――。
「なんでお前がここにいるんだ愛沙よ」
いや、違う。
それよりも――。
「お前、さっきお隣さんから出て来なかったか?」
愛沙は、そんな俺の言葉に、一度足を止めると――。
「ああ、挨拶がまだでしたようで。本日ここへ引っ越してくることになりました数珠愛沙です……、といっても知っているのでしょうけれど」
したり顔でそうのたまったのだ――。
「はい?」
確かに、春奈はうちのお隣、こじんまりとしていながらも立派な、そんな一軒家から出て来たのだ。
其の百二十 俺とご近所付き合いが。
「手続きを終わらせたら、蕎麦を持っていきますので。それまで待っていなさい」
「お? おう」
と、言うわけで。
座敷で正座待機すること一時間ほど。
何故俺は正座なのかと冷静になって自問自答し始めたその時だ。
「では、失礼」
行儀よく、目の前の襖が開かれたのは。
藍音によって呼び鈴を鳴らす前に招き入れられたのであろう愛沙は、先程会ったままの姿で、俺の前にこれまた行儀よく正座した。
そんな愛沙に、俺は――。
すっかり何を聞くのだったか、忘れていた。
「……お元気、でし……たか?」
「……何故そんなに不思議そうなので?」
思わず飛び出た言葉に、それこそ不思議そうに愛沙は俺を見た。
……ええと、何を聞こうとしてたんだったか。
確か、そうだな。
俺の聞きたいことは……。
「そうだそうだ。お前さんは何故ここにいるんだ、と聞こうと思っていたんだよ」
手を叩いて言った俺に、愛沙はああ、と納得したように肯き、答えを寄越す。
「先日準備が済んだので、越して来たのだけれど」
いや、違うそうじゃない。
俺は思わず難しい顔をする。もっと別なことが聞きたいのだが――。
俺がどうにか聞きたいことを絞りだそうとした、そんな折、愛沙は勝手にこちらの言いたいことを理解して、言葉にしてくれた。
「なるほど。テメェの様な大罪人がなぁんでこんな短期間に平気な顔で娑婆の空気を吸ってんだカスが。保釈金でも支払ったのか、あぁ? と、言いたいので?」
「いや、違うそうじゃない。確かに正解に限りなく近いけどな? あれだ。俺、包むよ? オブラートに」
幾ら俺だってでん粉製の薄いアレに包むさ。
まあ、ともあれ。
俺の意図を察してくれたらしい愛沙は、少々考え込むようにして答えを呟いた。
「ともかく――、そう。私は確かにそれなりの罪を犯し、早々出て来れる、という訳でもないのだけれど。司法取引、と、でも言えばいいので? まあ、意味合いはかなり違うのだけれど。……言うなれば、半分は閻魔の温情ですが」
司法取引、なんつーか、罪を認めて情報とか渡すから罪を軽くしてね? みたいなあれだ。
意味合いがかなり違う、というのは要するに、本来の司法取引とは用途が別、ということだな。
実際、地獄にはない制度であるし。
上手い言葉が見つからないのだろう。
「これでも、地獄有数の科学者なので」
まるで、先程の意味合いの齟齬を補うように、愛沙は言った。
なるほど、わかりやすい。
「ははぁ、なるほど?」
要は、科学者として地獄に奉仕する代わりに、刑を軽くしてもらった、ということか。
地獄はそのあたり、甘い所がある。死後故か、牢屋にぶち込むよりも勤労奉仕させた方がよっぽど良いという意識が強いのだ。
「故に、今は地獄で研究員として働いているのだけれど」
うんうんと納得し、頷く俺。
そんな中、愛沙はこともなげにあっさりと、
「――後は母を少々」
「……母親って少々やるもんなの?」
俺は驚いた。
驚きのあまり、突っ込み所が変になるほどだ。
「じゃなくてだな……、母親? 結婚でもしたんか」
言いなおす俺に、愛沙は首を横に振った。
違うのか。じゃあどういうことだ。
「んー……、母親って、誰の?」
父親がいないのに子がいるとはどういうことか。
「それは……、――どうやら、来たようで」
「ん?」
答えは、意外な所からやって来た。
今度は勢いよく襖が開かれる。
「やーっくしー!! 遊びに来たわ!!」
「これが娘の、春奈」
「はい?」
アホの子がお目見え舌は良いが、非常に予想外な言葉に俺は間抜けな声を上げる。
そして、空気を読まず現れたアホの子の言葉が、俺を更に混乱させた。
「あっ、お母さんじゃん! 先に来てるなんてなまいき!」
「春奈、母親に向かって生意気とは――」
なるほど、親子の会話だ。
俺は愛沙の説教を遠くに聞きながら、次第に状況を理解し始めた。
要するに。
「愛沙が、母親で」
「はい」
俺は愛沙を指さし、次に春奈へ。
「春奈が、娘」
「うんっ」
ふむ、なるほどなるほど?
「二人は親子?」
「ええ」
「そうだよっ!」
……驚きの新事実である。
まあ、確かにいつまでも地獄預かり、という訳にもいかないから、引きとる必要もあったのだが。
まさか愛沙が引きとっているとは。
ある意味しっくりくる展開ではあるが、相性的にはどうなのだろう。数珠家があった時代は結構犬猿だったはずだ。
俺は、そんなどうしようもない心配をしてみるが、
「ねえお母さん、今日の夕飯はー?」
「ま、まだ決めていないので」
「とか言って、今日も炒飯なんでしょ! どう、わたしの名推理!」
「う、うるさいのでっ。料理に関しては目下学習中で……」
意外と、上手く噛み合ってるらしい。
数珠家っつー枷がなければこんなもんか。
まあ、良いことだ。
特に俺が口出すようなことじゃない。
ということで、俺は別の話題に切り替えた。
「所で。エクスマキナは修理したのか?」
何気ない、なんとなくの言葉。
そんな言葉だったのだが――、
「はい……! 今回は前回の反省点を生かし小回りが利くよう自立型機動兵器を装備し、更には赤熱化機能を備え、それに伴い装甲を変更し緋々色金とオリハルコンの二重構造で硬度を上げ、霊思念エンジンを更に二基積むことでさらなる出力上昇も――」
異常な食いつきに、引いた。
あ、うん……、そうですか。としか言いようがない。
なんせ、色々言ってはいるが、門外漢の俺にはさっぱりわからん。
強くなったことだけは感じ取れるが。
「――と、言うことで、エクスマキナ弐型、シンカイが完成した、と」
「あ、うん……、そうですか」
「その微妙な顔はどういうことで?」
今になって気付いたが、愛沙は意外と子供っぽいのかもしれない。
大体聞きたいことも聞き終わった辺りで、俺は遂に足が痺れて来た。
いや。誰が強制した訳でもないのだが。
ともかく、正座を終了し、胡坐をかいて、そう言えば、と愛沙に聞いた。
「なんでうちの隣だったんだ?」
そんな素朴な疑問に、愛沙はまるで困ったものだ、とばかりに溜息をつきながら答える。
「春奈がここが良いと」
と、言うのだが、
「愛沙が勝手に選んできたんじゃんっ!」
「……ここにしか良い物件が無かったので」
「閻魔が他にも沢山勧めてたのに?」
「……」
それきり、愛沙はそっぽを向いて黙ってしまった。
その顔は赤い。
なるほど、ここに何らかのこだわりがあったのか。
それで、俺はなんとなく、場を和ませてみようと冗談を言ってみることにした。
「まさか、愛沙。俺に惚れたか」
はっはっは、とわざとらしく俺は笑う。
どうせ、何を言っているんだお前は、的な答えが返ってくると思ったのだが――。
「ち、ちがっ……」
戸惑うような言葉のあと、俺に帰って来たのは。
「ぐふっ」
どすっ、とガラ空きの胴体にまともに直撃した――、
――愛沙の拳だった。
あまりの勢いに、俺は頭部を畳にぶつける羽目になる。
「いい、拳だな……」
俺は、走り去っていく愛沙を見送って、そう呟いた。
まともな人間だったら、吐く位の攻撃だ。
それを迷いなく放つ愛沙に敬礼である。
まあ、それはともかく。
いやそれにしても良い拳だった、と感心する俺に、春奈が俺を上から覗き込むようにして声を掛けた。
「やくし、だいじょーぶ?」
「おう、多分な」
俺は頭をさすりながら身を起こす。
「これが、愛?」
真っ直ぐに見つめられながら聞かれて、俺は首を横に振った。
目を輝かして聞いてくるが、これは否だ。殴り愛と表現するにはこちらが手を出してないので否ということでここは一つ。
「いや、こんな愛はお断りだ」
「そうなの?」
「痛いのは御免だぜ」
「ふーん?」
適当にそう言ったきり、不意に立ち上がった春奈が、俺の頭を撫でる。
「なんだ?」
「痛いの痛いのとんでけーっ」
その撫で方はあまりに不躾すぎて、逆に痛いんだが――。
しかし、まあ、多めに見よう。
と、まあたまに仏心を出してみると。
ビシッ、バシッ、と段々撫でる、から、はたくに進化していた。
「いや、もう痛くなくなった。どうしてかというと殴られて元の痛みを感じなくなっただけだがなっ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
本当に頭が痛いぜ。てかよく考えると一番痛いのは脾臓のあたりだ。
そっちの痛みは、頭の痛みで本当に消えているが。
「やったっ」
「おめでとさん」
春奈式治療術、右手が痛いなら爆弾で吹き飛べば右手の痛みが気にならないじゃないっ、の副作用によって痛みだした頭部をさすりながら俺は呟いた。
「そういやそれは誰に吹き込まれたんだ?」
また、運営の世話役だった人間なのかと思いきや――。
「お母さんだよ?」
「ははぁ、愛沙が、ねえ?」
似合わないことこの上ない。
この上ないが、微笑ましい。
「やくし、笑ってる?」
俺はについたまま肯いた。
「ああ、笑ってる」
なんせ、この間まで、人形がどうの脅迫がどうのと言っていた愛沙がだ。
「こんな面白いことが他にあるかよ」
人生、どうなるか分からないもんだ。
もう死んでるが。
おまけ。
「引っ越しですか。確かに、妥当ですね」
と、引っ越しの相談を持ちかけた愛沙に、閻魔は納得したように肯いた。
現在、暫定的に愛沙は春奈とアパートに住んでいるのだが、それは一人暮らし向けの物件だ。
一時的に住む分には女二人、さほど問題は無いが、やはり手狭。
当然の帰結だ。と閻魔は二人暮らしでも丁度いい位のアパートやらマンションやらの資料を持ち出した。
家事は駄目でも仕事はできる閻魔。この程度のこと、予測の範囲内だ。その内必要になるだろう、と色々集めておいた。
だが――。
「実は、その……。一応良い物件に目を付けてあるのだけれど」
これは予想外だった。
「はい?」
差し出されたのは壱枚の紙。当然載っているのは物件の話だ。
こじんまりとしていながらも立派な、そんな一軒家。
なんの問題もない。しかし。
閻魔は、それを見つめて一つだけ、問題点を発見した。
「この、住所ですが……」
「なにか?」
そう、その住所を見てみれば――。
「薬師さんのお隣じゃありませんか!」
そう、そういうことだ。
「そ、そう。それは、知らなかった」
妙に動揺した声で、愛沙は誤魔化した。
「そもそも、一軒家を買うようなお金は――」
「私のパテントを売るだけでもそれくらいの金額は出せるので」
なるほど理にかなっている。しかし、閻魔が問題にしたいのはそこではない。
「……むぅ。というか、なんで薬師さんのお隣なんですか!」
「そ、それは、まったくの偶然で……」
「あり得ませんっ、貴方が引っ越すなら私も引っ越しますっ」
「いや、閻魔は仕事の関係上ここを動けないと思うのだけれど……」
「むう……、ってそうじゃなくて」
気を取り直して閻魔は問う。
「もっと良い物件を紹介しますよ? 偶然なら場所が変わってもいいですよね? それとも、もう心に決めている、とか?」
最後はおそるおそる聞いたのだが――。
真っ赤になって愛沙は、ただ、こくんと肯いたのだそうだ。
これを見て、閻魔はこの女、もう駄目だ、と思ったとか何とか。
―――
ホームページを持ってから、身長が十センチ伸びました!
ホームページを持ってから、勉強がはかどります!
ホームページを持ってから、彼女ができました!
ホームページを持ってから、宝くじに当たりました!
はい、嘘です。
いや、拍手でなんかホームページ、無駄じゃないですよ、との慰めの言葉を頂いたので。
という訳で、お隣さんは数珠家のようです。
次回はビーチェかな、と思ってみる。
では返信。
SEVEN様
まあ、薬師を人間の感性にあてはめてもまったくの無駄、ということが前回でわかりましたね。
普通の人だったら仮に大天狗になったとしても地獄来る前に結婚して幸せな夫婦生活を送っていることでしょう。
女性陣にしてみれば、薬師の異常性は最大の不幸ですが、しかし幸運でもあるという。色々な意味で良かったのか悪かったのか……。
ともあれ、薬師を倒すなら、女性陣を味方につければあるいは……、あと、ウッドマンはどこに?
Smith様
主人公最強モノに相応しき小揺るぎもし無さに私も驚きを隠せません。どうやったら倒せるんでしょう。
むしろ、今死んだら女性関係的にフルボッコですが。非難轟々でしょう。
あと、多分もげても生えてきますよ、地獄なら。もしくは下詰が高性能なブツを付けてくれるでしょう。
まあ、薬師もげろとか、結婚しろとか、責任取れとか、薬師が愛されてる証……、だといいな。
光龍様
罪なんて気のせいさ、と薬師は言いますが。落とした女性に対して罪の意識を持ってほしいとは思います。
もしくは責任を取ってもげるしかないです。ええ。覚悟を見せてもらわなきゃ。
さあ、来年にはフラグ数幾つになるんでしょうね。それも回収を待つだけの。
ハーレムルート入ったら宮殿つくれるんじゃないですか? モテモテさんめ。
志之司 琳様
いつか、このタイトルやろうと思っていた、大天狗が倒せない。最後の決め台詞に「俺を倒したきゃリーフシールドでも持ってきな」とか入れようかと思ったけど自重しました。
まあ、わざわざ人殺してまでなんかしようとしたのに、やっぱやめます、向いてませんでした、ごめんなさい、は無いと思います。
初志貫徹するのもまた一つの生き方だと。主人公らしいかはよくわかりませんが。
拍手お礼は、まあ、あれですよね。裸の付き合……、何でもないです。
奇々怪々様
殺してしまった件に関して土下座されても忸怩たる思いでしょうから、どっちにしたって変わらない気もしますけどね。あんまり。
まあ、薬師は遺族にぶん殴られても自信満々なのでしょうが。あと、スタンド半端ないです。どう考えてもスタンドです。
あと、がしゃどくろVS巨大武者鎧は昔からやりたかったところで、情景を思い浮かべると結局カオスですけど。
そして、今回もフラグ着工先が帰ってきたりと、もう駄目だと思います。
リーク様
竜巻を避ける努力をするよりも、竜巻に耐える努力をする方が何倍もましだと思います。
範囲攻撃を避けるとか、クロックアップでもしないと不可能ですねわかります。
後はもう光速で動けるとか――。
次元を移動できるとか変態技能が無いと不可避もいい所です。
min様
予測……っ、されていた!?
いや、まあ、私もなんかよくわからないノリで、というかノリノリで名前付けた訳ですが。
なんかもう、竜巻、強い、倒せない=エアーマンですねわかります。
とか言ってた訳ですが、もう自分ですらよくわからないテンションでした。
あも様
出たら試合終了神さまの名に恥じない働きでした。エクスマキナMk-Ⅱは。すごいぞ僕らのエクスマキナ。
そして、薬師はシリアスの度に薬にも毒にもならないことを言ってる気がします。
そのまんますぎて参考になりません。あと、ナイフはきっと擬人化してくれると私は信じてます。
ああ、そう言えば自分の記憶にあるトラウマと言えば、FF8だか9のダメージ9998ですかね。あっ、って言って全滅しました。
通りすがり六世様
法性坊はいつか二人で変身とか言い出さないか心配です。果たしてどこに落ち着くのか。
ちなみに、奇術師的作戦の変遷は――。「ひゃっふうナイフ刺さったこりゃ勝った!」→「効かねぇwww気がふれている」→「仕方ない、仲良くしてたビーチェを殺して痛み分けで終わろう!」
→「二人いる、天狗パネェ、チートwwww」→「こりゃ囮置いて逃げるしかねえな!」→「しかしまわりこまれた!」→「あっ、ちょ、まっ」←今ここ。
まあ、一段階目の作戦に失敗した時点で破れかぶれでした。あと、アホの子じゃなかったのは、敵の回しモノ的な空気が出せないからです。
HOAOH様
まあ、痛みと言えば死への警告、っていうのが通説ですから。
死ににくい大天狗ともなれば残念な鈍さにもなるのでしょう。
といっても皆今死んでるんですけどね。まあ、その辺は置いといて。
思うに、ナイフが刺さったままでも気付かないのは、どうなのかと。
春都様
結局、償わないけど、責任、義務、けじめ、その辺のことは果たす、というのが薬師のスタンスみたいです。
まあ、おとっつぁんの暴挙の風景は確実に薬師的にエロに踏み出せない原因の一つでしょうね。
親父に向かってまるで獣……、いや、獣以下だな。なんて考えてる訳ですし。
あと、やっぱり巨大ロボットは巨大な敵を相手に戦うのが良いと思います。ちまちましたのはロボット的にも性に合わないんじゃないかと。今回は貫禄を見せつけましたが。
最後に。
エクスマキナがファンネルを装備したようです。