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No.7573の一覧
[0] 俺と鬼と賽の河原と。(ほのぼのラブコメ)[兄二](2009/12/29 22:04)
[1] 其の二 あたしと彼と賽の河原と。[兄二](2009/09/21 21:30)
[2] 其の三 俺と鬼と地獄の酒場と。[兄二](2009/12/24 21:37)
[3] 其の四 俺と彼女と昨日の人と。[兄二](2009/09/24 13:26)
[4] 其の五 俺とあの子と昨日の人。[兄二](2009/09/24 13:50)
[5] 其の六 俺とあの子と一昨日の人と。[兄二](2009/04/01 21:22)
[6] 其の七 俺とお前とあいつとじゃらじゃら。[兄二](2009/09/24 13:55)
[7] 其の八 俺とあの子とじゃら男の恋と。[兄二](2009/04/04 21:04)
[8] 其の九 俺とじゃら男と屋台のおっさん。[兄二](2009/04/05 22:12)
[9] 其の十 俺と迷子と三途の河と。[兄二](2009/04/19 01:06)
[10] 其の十一 あたしと彼といつもの日常。[兄二](2009/05/18 23:38)
[11] 其の十二 俺と鬼と黒髪美人と。[兄二](2009/05/18 23:38)
[12] 其の十三 俺と少女と鬼の秘密と。[兄二](2009/04/13 01:47)
[13] 其の十四 俺と野郎と鬼と少女と。[兄二](2009/05/18 23:39)
[14] 其の十五 俺と河原と兄妹と。[兄二](2009/04/19 01:04)
[15] 其の十六 私と河原とあの人と。[兄二](2009/04/24 23:49)
[16] 其の十七 俺と酒場でただの小噺。[兄二](2009/05/18 23:32)
[17] 其の十八 俺と私と彼と彼女と。[兄二](2009/05/24 01:15)
[18] 其の十九 俺と彼女と気まぐれと。[兄二](2009/05/21 09:39)
[19] 其の二十 俺と彼女とデートと。[兄二](2009/05/24 01:16)
[20] 其の二十一 俺とお前とこの地獄と。[兄二](2009/10/17 19:53)
[21] 其の二十二 俺と天狗と閻魔と家族と。[兄二](2009/05/31 00:27)
[22] 其の二十三 俺と閻魔とパーティと。[兄二](2009/06/04 01:07)
[23] 其の二十四 俺と閻魔と部屋と起源と。[兄二](2009/06/05 00:43)
[24] 其の二十五 じゃら男と少女と俺と暁御と。[兄二](2009/06/09 23:52)
[25] 其の二十六 じゃら男と少女とでえとと。[兄二](2009/07/30 22:38)
[26] 其の二十七 じゃら男と少女と俺と暁御とチンピラ的な何か。[兄二](2009/06/16 00:38)
[27] 其の二十八 俺とじゃら男とリンと昨日と。[兄二](2009/06/16 11:41)
[28] 其の二十九 俺と酒呑みと変なテンション。[兄二](2009/06/20 00:27)
[29] 其の三十 俺と前さんと部屋とゲームと。[兄二](2009/06/21 19:31)
[30] 其の三十一 俺と河原と妹と。[兄二](2009/06/27 19:20)
[31] 其の三十二 俺と山と天狗と。[兄二](2009/06/27 19:18)
[32] 其の三十三 俺と山と天狗と地獄と。[兄二](2009/06/30 21:51)
[33] 其の三十四 俺と彼女と実家と家族と。[兄二](2009/07/03 20:35)
[34] 其の三十五 俺と家族と娘と風邪と。[兄二](2009/07/07 00:05)
[35] 其の三十六 私と彼と賽の河原と。[兄二](2009/07/09 23:00)
[36] 其の三十七 私と主と、俺と部下と賽の河原と。[兄二](2009/07/12 22:40)
[37] 其の三十八 俺と部下と結局平和と。[兄二](2009/07/17 23:43)
[38] 其の三十九 俺とその他と賽の河原と。[兄二](2009/07/21 08:45)
[39] 其の四十 俺とメイドと賽の河原と。[兄二](2009/07/20 22:53)
[40] 其の四十一 俺と無関係などっかの問題と幕間的な何か。[兄二](2009/07/22 21:56)
[41] 其の四十二 暁御と奴と賽の河原と。[兄二](2009/07/25 22:22)
[42] 其の四十三 俺と海と夏の地獄と。[兄二](2009/07/28 00:21)
[43] 其の四十四 俺と海と真の地獄と。[兄二](2009/07/30 22:35)
[44] 其の四十五 俺と貴方と賽の河原と。[兄二](2009/08/01 23:35)
[45] 其の四十六 俺とお前の滅亡危機。[兄二](2009/08/04 21:48)
[46] 其の四十七 俺とお前と厨ニ病。[兄二](2009/08/07 20:23)
[47] 其の四十八 疲れた俺と罰ゲーム。[兄二](2009/08/10 19:10)
[48] 其の四十九 俺と鬼と……、は? 猫?[兄二](2009/08/13 20:32)
[49] 其の五十 俺と盆と賽の河原と。[兄二](2009/08/17 00:02)
[50] 其の五十一 私と俺とあたしと誰か。[兄二](2009/08/19 23:35)
[51] 其の五十二 貴方と君の賽の河原と。[兄二](2009/08/28 23:03)
[52] 其の五十三 俺と藍音と賽の河原と。[兄二](2009/08/28 23:01)
[53] 其の五十四 俺と彼女ととある路地。[兄二](2009/09/04 21:56)
[54] 其の五十五 幕間 ある日の俺とメイドと猫耳。[兄二](2009/09/10 21:30)
[55] 其の五十六 幕間 俺と閻魔と妹の午後。[兄二](2009/09/14 22:11)
[57] 其の五十七 変種 名探偵鬼兵衛。前編[兄二](2009/09/21 21:31)
[58] 其の五十八 変種 名探偵鬼兵衛。 後編[兄二](2009/09/21 21:28)
[59] 其の五十九 俺が貴方と一緒に縁側で。[兄二](2009/09/24 22:25)
[60] 其の六十 俺と君とそんな日もあるさ。[兄二](2009/09/27 22:00)
[61] 其の六十一 俺とお前じゃ端から無理です。[兄二](2009/10/02 21:07)
[62] 其の六十二 今日は地獄の運動会。[兄二](2009/10/05 22:30)
[63] 其の六十三 ワタシトアナタデアアムジョウ。[兄二](2009/10/08 22:36)
[64] 其の六十四 鈴とじゃら男と賽の河原と。[兄二](2009/10/12 21:56)
[65] 其の六十五 俺と妹とソファやら鍵やら。[兄二](2009/10/17 19:50)
[66] 其の六十六 俺と御伽と竹林と。[兄二](2009/11/04 22:14)
[67] 其の六十七 俺と翁と父よ母よ。[兄二](2009/10/23 21:57)
[68] 其の六十八 俺と翁と月と水月。[兄二](2009/11/04 22:12)
[69] 其の六十九 貴方の家には誘惑がいっぱい。[兄二](2009/11/04 22:11)
[70] 其の七十 俺と娘と寒い日と。[兄二](2009/11/04 22:08)
[71] 其の七十一 俺と河原と冬到来。[兄二](2009/11/04 22:04)
[72] 其の七十二 俺と露店とこれからしばらく。[兄二](2009/11/07 20:09)
[73] 其の七十三 俺と貴方と街で二人。[兄二](2009/11/10 22:20)
[74] 其の七十四 俺とお前と聖域にて。[兄二](2009/11/13 22:07)
[75] 其の七十五 家で俺とお前が云々かんぬん。[兄二](2009/11/23 21:58)
[76] 其の七十六 俺と厨二で世界がやばい。[兄二](2009/11/27 22:19)
[77] 其の七十七 俺と二対一は卑怯だと思います。[兄二](2009/11/30 21:56)
[78] 其の七十八 俺とお前の急転直下。[兄二](2009/12/04 21:44)
[79] 其の七十九 俺と現世で世界危機。[兄二](2009/12/11 22:39)
[80] 其の一の前の…… 前[兄二](2009/12/15 22:10)
[81] 其の八十 俺と現世で世界危機。 弐[兄二](2009/12/19 22:00)
[82] 其の一の前の…… 後[兄二](2009/12/24 21:28)
[83] 其の八十一 俺と現世で世界危機。 終[兄二](2009/12/29 22:08)
[84] 其の八十二 明けましておめでとう俺。[兄二](2010/01/02 21:59)
[85] 其の八十三 俺と貴方のお節料理。[兄二](2010/01/05 21:56)
[86] 其の八十四 俺と茶店とバイターさんと。[兄二](2010/01/11 21:39)
[87] 其の八十五 俺と閻魔とセーラー服と。[兄二](2010/01/11 21:42)
[88] 其の八十六 俺と結婚とか云々かんぬん。[兄二](2010/01/14 21:32)
[89] 其の八十七 俺と少女と李知さん実家と。[兄二](2010/01/17 21:46)
[90] 其の八十八 俺と家と留守番と。[兄二](2010/01/21 12:18)
[91] 其の八十九 俺としること閻魔のお宅と。[兄二](2010/01/23 22:01)
[92] 其の九十 俺と実家で風雲急。[兄二](2010/01/26 22:29)
[93] 其の九十一 俺と最高潮。[兄二](2010/02/02 21:30)
[94] 其の九十二 そして俺しか立ってなかった。[兄二](2010/02/02 21:24)
[95] 其の九十三 俺と事件終結お疲れさん。[兄二](2010/02/06 21:52)
[96] 其の九十四 俺とアホの子。[兄二](2010/02/09 22:27)
[97] 其の九十五 俺とチョコとヴァレンティヌスと。[兄二](2010/02/14 21:49)
[98] 其の九十六 俺が教師で教師が俺で。[兄二](2010/02/22 22:00)
[99] 其の九十七 俺と本気と貴方と春と。[兄二](2010/02/22 21:55)
[100] 其の九十八 ~出番黙示録~アキミ。[兄二](2010/02/25 22:37)
[101] 其の九十九 俺と家と諸問題と。[兄二](2010/03/01 21:32)
[102] 其の百 俺と風と賽の河原で。[兄二](2010/03/04 21:47)
[103] 其の百一 百話記念、にすらなっていない。[兄二](2010/03/07 21:47)
[104] 其の百二 俺と憐子さんと前さんで。[兄二](2010/03/10 21:40)
[105] 其の百三 俺とちみっこと。[兄二](2010/03/14 21:15)
[106] 其の百四 俺と保健室が危険の香り。[兄二](2010/03/17 21:48)
[107] 其の百五 俺と娘と妹でなんやかんや。[兄二](2010/03/20 21:43)
[108] 其の百六 大天狗は見た![兄二](2010/03/24 20:09)
[109] 其の百七 俺と春とクリームパン。[兄二](2010/03/27 21:33)
[110] 其の百八 俺と憐子さんと空白。[兄二](2010/03/30 21:44)
[111] 其の百九 猫と名前と。[兄二](2010/04/03 21:03)
[112] 其の百十 俺と猫とにゃんこと猫耳とか。[兄二](2010/04/07 21:56)
[113] 其の百十一 春と俺と入学式。[兄二](2010/04/17 21:48)
[114] 其の百十二 俺と子供二人。[兄二](2010/04/13 22:03)
[115] 其の百十三 俺とあれな賽の河原と。[兄二](2010/04/17 21:41)
[116] 其の百十四 俺と生徒とメガネ。[兄二](2010/04/20 22:07)
[117] 其の百十五 眼鏡と俺と学校で。[兄二](2010/04/23 21:52)
[118] 其の百十六 貧乏暇なし、俺に休みなし。[兄二](2010/04/27 22:07)
[119] 其の百十七 俺と罪と罰と。[兄二](2010/04/30 21:49)
[120] 其の百十八 大天狗を倒す一つの方法。[兄二](2010/05/05 21:39)
[121] 其の百十九 大天狗が倒せない。[兄二](2010/05/09 21:29)
[122] 其の百二十 俺とご近所付き合いが。[兄二](2010/05/12 22:12)
[123] 其の百二十一 眼鏡と俺とこれからの話。[兄二](2010/05/16 21:56)
[124] 其の百二十二 俺と刀と丸太で行こう。[兄二](2010/05/22 23:04)
[125] 其の百二十三 俺と逢瀬と憐子さん。[兄二](2010/05/22 23:03)
[126] 其の百二十四 俺と指輪と居候。[兄二](2010/05/25 22:07)
[127] 其の百二十五 俺と嫉妬と幼心地。[兄二](2010/06/02 22:44)
[128] 其の百二十六 俺と噂も七十五日は意外と長い。[兄二](2010/06/02 22:05)
[129] 其の百二十七 にゃん子のおしごと。[兄二](2010/06/05 22:15)
[130] 其の百二十八 俺とお人形遊びは卒業どころかしたことねえ。[兄二](2010/06/08 22:21)
[131] 其の百二十九 俺と鬼と神社祭。[兄二](2010/06/12 22:50)
[132] 其の百三十 俺と日がな一日。[兄二](2010/06/15 22:03)
[133] 其の百三十一 俺と挑戦者。[兄二](2010/06/18 21:47)
[134] 其の百三十二 俺と眼鏡と母と俺と。[兄二](2010/06/22 23:21)
[135] 其の百三十三 薬師と銀子と惚れ薬。[兄二](2010/06/25 22:09)
[136] 其の百三十四 俺とできる女と強面な人。[兄二](2010/06/29 22:08)
[137] 其の百三十五 逆襲のブライアン。[兄二](2010/07/03 22:49)
[138] 其の百三十六 俺とお前と学校の怪談が。[兄二](2010/07/06 22:03)
[139] 其の百三十七 俺とある日のアホの子。[兄二](2010/07/09 21:21)
[140] 其の百三十八 すれ違い俺。[兄二](2010/07/12 22:14)
[141] 其の百三十九 じゃらじゃらじゃらりとうっかり洗濯。[兄二](2010/07/15 22:11)
[142] 其の百四十 俺と序文はまったく関係ない話。[兄二](2010/07/19 22:50)
[143] 其の百四十一 俺と決闘と日本刀。[兄二](2010/07/22 20:42)
[144] 番外編 現在の短編:薬師昔話 お姫様の話。[兄二](2010/04/17 21:47)
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[7573] 其の百十六 貧乏暇なし、俺に休みなし。
Name: 兄二◆adcfcfa1 ID:d40dfbb5 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/04/27 22:07
俺と鬼と賽の河原と。






 ビーチェと会ってから、早くも半月が経過した。

 そして、ビーチェの影響は、妙な所にも及んでいたのだった。


「なあ、薬師。最近冷たいじゃないか、昔はあんなに愛してくれたのに」

「黙らっしゃいひっつくなよ憐子さん。むしろいつも通りだろ」

「まあ、それもそうなのだけど。ただ、あんまりにも彼女に構いすぎるのでね。こっちも構ってほしいのさ」


 と、憐子さんは俺からべったり離れようとしない。

 そして、それだけでもなく。


「ご主人っ、釣った魚に餌ぐらい与えないと駄目だよ? 飼ってる猫にもねっ!」


 最近よく憐子さんの頭に乗っかっているにゃん子もやはり俺にべったりだ。

 猫状態、人間形態、その両方を巧みに使い分け俺から離れない。

 結果として、俺の両腕にはにゃん子と憐子さんがひっついているのである。




 そんなとある朝。







其の百十六 貧乏暇なし、俺に休みなし。








「にゃーんっ!」


 人間形態のまま、にゃん子が俺の頭に飛び乗った。

 無論、俺の頭に収まりきる様な大きさじゃないので、腕と顔だけ俺の頭に載り、後はぶら下がる形になる。


「にゃん子、重いんだが」

「にゃっ!? 酷い、花も恥じらう乙女を相手に重いだなんてっ!」

「お前さんの年齢をここで聞いておきたい」

「にゃにゃっ、女性の年齢を聞くのはタブーだよっ?」

「凄いな、女って便利だ」


 憐子さんの行動理念には女の勘もあるし。なるほど女って実に便利な言葉ですね。

 もう女って付けば何でもいいかのような無法地帯だ。

 そんな風に白い目で答える俺に、にゃん子は不満げに言い募った。


「にゃー……、あの子にはあんなにやさしいのに。やっぱり眼鏡萌えなの? だったらにゃん子も眼鏡かけるよ? ほら」

「どっから出したその眼鏡」


 言いながら、にゃん子の眼鏡を奪い取る。別に眼鏡だからどうとかいう訳でもないのだ、と体で表現してみたのだ。

 そんな中、俺の肩を叩く人間が一人。

 と言っても憐子さんの他に居ないのだが――。


「ほら、薬師」

「いきなり眼鏡を発生させるな、技術の無駄遣いさんめ」


 憐子さんの目元に突然現れた眼鏡も奪い取る。

 すると、何故か憐子さんがはっと息をのむ。


「まさか、私の眼鏡だけが目的だったのか……!」


 にゃん子もそれに乗っかった。


「最低な男だねっ、ご主人!」

「眼鏡目的ってどんな偏執狂だっ」

「こんな偏執狂だな」


 そう言って憐子さんに指を指されてしまう。

 指を指すなど行儀の悪い、と言おうかと思ったが、言っても仕方ない。憐子さんだからな。

 ともあれ、俺はにゃん子を頭から降ろし、歩き出した。

 こんなことをしておいてあれだが、俺には出掛ける約束があるのだ。


「うん、今日は休みじゃないのか?」


 聞いた憐子さんに、俺は片手をあげて、振り向かず答えた。


「約束だよ。噂の眼鏡との」

「やけに、構うんだな?」


 憐子さんが、楽しげに聞いてくる。

 俺は、どうせからかわれるのだろう、と嫌そうに返した。


「なんか文句でも?」


 ただ、やはり何を返してもからかわれるような気がしたのは気のせいじゃないだろう。

 いやな予感がして振り向けば、やはり憐子さんは笑っている。

 にやにやと嫌な笑みだ。俺の笑みに似ている。いや、俺が似たのか。

 と、俺は溜息を一つ。そんなことはどうでもいいのだ。

 問題はこの楽しそうにしている憐子さんだ。確実にからかわれるだろう。こうなったら逃げられん。それが憐子さんだ。

 しかし、予想に反して憐子さんは俺をからかうような真似はしなかった」


「いいや? ただ……、気を付けるべきだな。あれは――、普通じゃない空気がある」

「根拠は?」


 なんとなく問うてみた言葉に、憐子さんはあっさりと答えた。


「女の勘だ」


 相変わらず曖昧な人だ。俺はもう一度溜息。

 だが、憐子さんのこういう勘はよく当たる。それと同時、ビーチェに対し心当たりもある。

 だから、反論する気もない。俺は素直に忠告を受け取ることにした。


「精々気を付けるさ」


 だが、それを見極めるためにもやはり会う必要があるのだろう。

 俺の知るベアトリーチェ・チェンチなのであれば――、やはり面倒だ。

 今度こそ歩き出し、振り向かない。


「じゃ、行ってくる」


 俺はそう言い残して家を後にした。


「にゃにゃ? にゃん子もちょっと用事を思い出したのにゃ」

「奇遇だな。私もだ」

「気になるよねっ?」

「気になるな」

「気配を消すのは得意だよ?」

「奇遇だな、私もなんだ。そして、ちょっと気配を消して外に出たくなってしまったんだが」

「付き合うにゃ」


 こんな会話が行われていたとは露とも知らず。
















「待たせたな」


 駅前にて待ち合わせ。この話を聞いた藍音に言わせれば、お約束なのだそうだ。

 そして、先の台詞もお約束だとか言っていた。

 何がお約束なのかいまいちわからない俺だったが、お約束である事実が大事なのであろう、と俺は思うことにして、ビーチェに声を掛けたのである。

 そんなビーチェはいつも通りの格好で、俺を見とめた。


「あっ、先生。ぼ、僕も今来た所ですから」


 そう言ってビーチェが俺の横に付く。

 しかし、休日の買い物にも呼び出されるとは、いよいよもってビーチェがなにを思っているのか怪しくなってくる。

 果たして、彼女は本来こんなに積極的な人間なのか。普段を見た限りそうは見えないのだ。どうも焦ってるようにも見える。

 ただの純粋な恋心なら丁重にお断りすればいいと思うのだが。


「で、どこ行くんだ?」


 ともあれ、まずは様子見。全部俺の気のせいならそれでよし。

 俺は考えをおくびにも出さず、ビーチェに聞く。

 ビーチェは緊張に肩を震わせるようにして言葉にした。


「ま、まずは本屋に――、い、いきましょう!」


 無理に気分を持ち上げているのか、無駄に元気のいいビーチェ。

 見るからに空元気だが、まあ、それもいいだろう。

 しかし。


「足ががちがちで動いてないぞビーチェさんよ」

「そそ、その……、男の人と出掛けるのって、初めてで……」


 ははぁ、だったらなんで俺なんて呼んだんだ、とは言わない。

 また逃げられてしまうかもしれないからな。そうして不信が募って聞いて逃げられて、なんて。

 そんなの堂々巡りである。


「肩の力抜けよ」

「ひゃ、ひゃいっ! あっ」


 仕方がない、と俺はビーチェの手を引き歩いていくこととした。

 目的地は本屋か。確かにらしいと言えばらしいが、しかし色気も素っ気もねーな。

 少なくとも、男を誘う場所ではない。

 思わず、苦笑いをしてしまう。


「って、どうした?」


 ふと、後ろを向けばビーチェが顔を真っ赤にしていた。

 そんなビーチェは顔を俯けながら、俺に言う。


「そ、そそそ、その、手」

「なるほど、汚え手で触ってんじゃねー、このカス野郎が、ということか。流石鬼畜眼鏡だぜ」

「ち、ちがっ、違いますですっ、……じゃなくて、違うんですっ」

「そうかい。じゃあ行くぞ」


 そう言って、俺はビーチェの手を引き、再び歩き出した。















「むむっ、ご主人手ぇ繋いでる。ずるいっ」

「そうだな、ちょっと羨ましいかもしれないな……」

「あっ、どっか行くみたいだよ?」

「よし、追うか」












 本屋は本屋でも、古臭い古本屋。

 色気は更に低下中。

 俺の心境は既に孫の買い物に付き合う祖父の気分へと転じていた。


「なんか見つかったかね?」


 問えば、輝く瞳が俺の視界へと入る。


「はいっ!」


 どうやら、満足に足るものが発見できたらしい。

 そいつは重畳、と俺は肩を竦めた。

 本当に色気も何もあったもんじゃない。

 覚悟決めていた俺としては肩すかしを食らった気分だ。

 しかしよく飽きない。

 見てて感心するほどだ。なんと言っても昼食を挟み、ここにまた戻ってきて既に三時間が過ぎている。

 しかし、色気のある会話もなく。ひたすら本を漁り。

 俺はなんとなく小難しい単行本に端へと押しやられた漫画を立ち読み、いや、椅子があるから座り読みか。

 ともあれ、古書店に似合わぬ漫画を読み耽っていた訳だ。俺は。

 そしてやっと、一種類十八巻分の話を読み切れるか――、と言った所で。


「お待たせしましたっ、そ、そそ、その、すみませんです。熱中し過ぎて……」


 んなこたどうでもいい。

 それよりも物語の結末なんだ。

 いやだっ、読ませてくれっ!

 と、言いたいところだが、仕方がない。所詮連れて来られた身である。

 後でもう一度読みに来よう。

 迷惑な客この上なしだが、古本屋の定め。諦めてもらうことにして、俺は手から本を離した。


「それじゃ、出るか」













「にゃー……。古本屋から出てこにゃいにゃー……」

「色気が無いな……、期待はしてなかったが、押し倒すまではいかずとも、せめて、なあ? もっとこう、あるだろうに」

「お腹すいたにゃー」

「そんなお前に私がパンをやろう。あんぱんだ」

「おおっ、やたっ」












「なあ、何を買ったんだ?」


 なんとなく聞いた質問。

 日常会話の範疇であるし、とりとめのない雑談の一つだった。

 しかし、俺はこの質問を、少し後悔した。


「僕が買ったのは、今回は輪廻転生がテーマの本、です」


 ここでやめておけばよかった。

 しかし、もう遅い。

 俺は聞いてしまった。


「なんで? そういうの好きなん?」


 俺の言葉に、ビーチェは、どこか遠くを見ながら、告げた。

 俺は微妙に上の空で聞いていた。


「……前世というものがあるならば、犯した罪は死んで許されることもないのでしょうか?」











 遠くで喋る薬師の声は遠く。


「……何言ってるのかわからないね、憐子は聞こえる?」

「……」

「憐子? 顔が怖いけど、どうかした?」

「あの小娘の名前はなんと言ったか……」

「ベアトリーチェ・チェンチだけど?」

「……そうか。帰るぞ」

「……なにか。いや、うん、そうだね、帰ろっか。それが正解なんでしょう?」

「ああ。そうだ」













「……前世というものがあるならば、犯した罪は死んで許されることもないのでしょうか?」


 質問の答えになっていない。

 ただ、不意にじくりと胸が痛んだ。


「犯した罪はもう取り返せない。だから、もう許されないんじゃないか。答えが欲しいんです」


 俺は不意に思い出す。

 ベアトリーチェ・チェンチ。俺の現世では意外と有名な女だ。

 ろくでもない親父の家に生まれ、性的虐待を受け、そして最後に父親を殺害し、その罪で死刑。


「――私はもう許されないんでしょうか」


 ビーチェから感じる薄気味悪さの正体が分かった。

 そうだ。

 ――俺はビーチェの向こうに俺を見ていたのだ。

『やけに、構うんだな?』

 なるほど、その通りだ。俺と同じ空気を感じて、気にしていた訳か。俺は。

 ビーチェの懺悔は、俺の心を波立たせる。

 そうだ。俺は天狗となり、母を置き去りにした。それは俺の罪だ。

 そして、誰にも言ってない両親の行方。

 いまさら過去をああだこうだと囀るつもりはない。折り合いは付けた。

 しかし。


「さあな。犯した罪の行き先なんて誰にもわからねーよ」


 俺にかける言葉が無いように、ビーチェへも、俺は何も言うことはできなかった。

















―――
シリアス突入しかけってとこですね。
薬師の過去にも突っ込みたいとおもいます。





春都様

次々回でハイパーシリアスモードして、事態は収束に向かいます。
ビーチェはそこで色々と活躍してくれるようです。まあ、どうせ……。
フラグ強化タイム始まるだけなんでしょうけどね!!
後、相も変わらず藍音さんが眩しいです。ビーチェの出番を奪っていくほどに。


マリンド・アニム様

眼鏡の女教師に放課後押し倒されるロマンの体現……。
薬師はいい加減藍音さんに押し倒されて行為に至ってもらうべきだと思います。
どうせ薬師からは不可能でしょうから。
そして、あんな真似しておきながらやっぱり顔真っ赤ですよ。藍音さん可愛いですねわかります。


奇々怪々様

ビーチェの心の闇も見えて来た辺りでいったん終了です。
ヤンデレ化、なるんでしょうか。それはそれで楽しい展開だと思いますけど。
あと、薬師の押したり引いたりの手練手管には恐れ入りますね。巧みにエロをガードしてます。
まあ、Ifの玲衣子編続き書こうかなとか思ってあれなんですけどね。もしかすると、ひょっとしたりしなかったり、しませんね、ええ。


SEVEN様

この小説、意外と眼鏡が居なかったので最近瞬発的に増量中です。
そして、薬師のたこ足配線っぷりはその辺のコネクターもびっくりです。
いつかショートしてしまえと思うのですが中々しぶといことこの上ない。
まあ、噂は背びれ尾びれ胸鰭と、最終的に魚どころか龍になってると思います。


通りすがり六世様。

あえて恋愛関係のことを考えないようにしてるんじゃないかってほどの妙な鋭さと鈍感さですよね、薬師は。
最近出ずっぱりのビーチェですが、MVPは結局藍音さんとかにとられる始末。頑張れビーチェ。
藍音さんの七面六臂、獅子奮迅の大活躍は後世に語り継がれるでしょう。
ちなみに、今回のシリアスは次々回で終了と見せかけて、私のことだから纏めきれず前篇後編になるんじゃないかとにらんでます。


光龍様

学生たちの趣味と言えば学校の人間の噂話でしょう、という勝手なイメェジという奴が私にはあります。
まあ、なんだかんだとうちの学校でもどこぞの教師が女と歩いてたとか言ったりしますからね。
そんな妄想の中でいつしか薬師×酒呑とかいう腐の人が出てくる日も――。その日が遠いことを祈ります。
そして、薬師はそろそろ十股越えたんでしょうか、越えてるっぽいっすね。


志之司 琳様

ビーチェ、今回はどうにか頑張れたんでしょうか……。ちなみに次回ヒロインは別人です。
藍音さんはもう、薬師と行為に至って責任取ってもらってしまえば良いと思います。
既成事実でも作ってしまえばきっと責任取ってくれるでしょうに。
まあ、ビーチェも見事撃ち落として、事件は終結するでしょう。薬師ですから。




最後に。

ビーチェ、生きていればいいことあるさ。……死んでるか。


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