俺と鬼と賽の河原と。
「あー……、もしもし?」
「あ、もしもし、オレオレ」
「詐欺か?」
「違うって、オレだよオレ!」
「いや、名前を言えよ」
「だから、オレだって! オ、レ!」
「じゃあ、上から下まで名前全部言ってみろよ」
「オレオレオ」
「は?」
「だから、オレ・オレオ!」
「え、もしや、オレさん? 名前オレ・オレオさんなの?」
「やっとわかったのか、おせーぞ、拓也!!」
「え、拓也って誰だよ……」
「え……?」
「俺は薬師。貴方は?」
「オレ」
「貴方がおかけになったのは?」
「拓也」
「俺は?」
「薬師?」
「そう、正解」
「……どうやら間違えたみたいだ、申し訳ない」
がちゃり、と音が響き、電話は切れた。
俺は思わず叫ぶ。
「間違い電話かよッ!!」
別にそこからオレ・オレオさんと何かがあった訳でもないのだが。
其の百十三 俺とあれな賽の河原と。
呼ばれて来てみた玲衣子宅。
いつものように勝手に侵入してみると――。
「今回も、よい返事は頂けないので?」
「ええ、そんな答え、ありませんわ」
「よー玲衣子ー、今日はどうしたん……」
――俺は非常に場違いだった。
居間には、机を挟んで真剣に向き合う紳士然とした初老の男と、玲衣子の姿。
「お邪魔……、しました?」
「お待ちになって? 問題ありませんから、こちらへ」
俺は思わず、開いた襖を閉め掛けて、玲衣子にやんわりと止められる。
そのまま彼女は自分の隣の畳をとんとんと叩き、俺を促した。
それに従い、俺は玲衣子の隣に座る。
「ああ、ええっと……、誰だね? 君は」
面喰っていたロマンスグレーな男が俺に聞いた。
果たしてどう答えたもんかと考えている内に、玲衣子が答える。
俺の腕を抱きしめ、にっこりと笑って一言。
「私の、いい人ですわ」
なんでやねん、と言いかけて、やめる。
「どーも、いい人の如意ヶ嶽薬師っす」
俺は空気を読んだ。
そうだ、今年の抱負は空気を読むで行こう。
すると、紳士っぽい人は、酷く狼狽した。
意外な人物に意外な恋人がいたって感じの驚き方じゃない。
まるで憔悴と落胆が入り混じったような、そんな表情だ。
「そういうことですわ」
「そう、ですか。そういうことなのでしょうな……」
何かを納得したように呟く爺さん。
しかし、ここで困ったのが、俺だ。
そう、この状況はなんだ。この爺さんは誰だ。
「ええ、とだな……、悪いが、玲衣子からなんも聞いて無くてだな。来客があるとか聞いてなくてそりゃびっくりしててだ」
「は、そうなのかね?」
「そうなんだ。で、お前さんの名前は?」
「ああ、私は関野 泉助。入獄課で働いている」
「ふむ……、で。そこな玲衣子との関係は?」
俺が、核心に突っ込むと、そこな紳士、泉助は恥ずかしげにぽつりと呟いた。
「片思い中の身でね。まあ、たった今君の存在によって完全に振られてしまったことになる訳だが……」
「わお、そいつは驚きだな。正直どう反応していいか分らんね」
無表情で呟かざるを得ない俺に、泉助は苦笑する。
「いや、すまないね。むしろ私の方が空気を読めていなかったようだ」
「いやいや、こちらこそなんかすまん」
あまりの紳士振りに思わず謝ってしまう。
むしろ応援してやりたい位だぜ、と思っていたら――。
「それで、玲衣子さん。うちのミケとの話は、無し、と言うことに?」
「はい。うちの子はあげません」
「え、なにそれ」
そこなロマンスグレーさんが玲衣子に片思い的な展開なんじゃないの?
とか思ったが、実は違ったらしい。
わざわざ泉助が説明してくれる。
「ああ、うちの猫に相手が欲しい、と思っていてね。できれば、子供もできればいいんだが……」
「そっちはわかった。完全に振られたっていうのは?」
「結婚しろ、とうるさいのですわ。こうやって恋人の一人や二人、いると言うのに」
言いながら、ぎゅっと俺の腕を抱きしめる力を強める玲衣子。
ははあ、なるほど、俺の恐れている展開にはまったくならないらしい。
「先に言ってくれれば、わざわざ見合い写真なんて持ってこないものを」
などと泉助が苦笑交じりに呟く。
ここのご家庭は見合いさせられそうになる週間でもあるんですか。
という疑問は呑みこんだ。聞いても仕方ないだろう。
「まあ、この場にこんな老骨は不要だな。お暇するとしよう」
立ち上がり、歩き出そうとする泉助。
玲衣子が見送りに行こうとするが、泉助はそれを制した。
「はは、構いませんよ。若い二人の邪魔はできんのでね」
すごいな……、玲衣子を若い分類に入れられる辺り凄い。
そして俺も若くない。
のだが、突っ込む所でもないだろう。
黙って見送れば、泉助は帰って行った。
「なぁ……、俺をだしに見合い話を断るのは別にいいんだが。先に言っといてくれると吃驚しなくてすむんだが」
俺のやる気ない抗議に、玲衣子はいつものように笑う。
「言ったら逃げてしまうでしょう?」
「どうだかな。第一お前さんもお前さんできっぱり断っちまえばいいもんを」
「お節介焼きなのですわ。泉助は」
そう言えば、泉助と玲衣子はどういう関係だったのだろうか。
俺以外の友人がいたことに多少驚きながら、俺は聞いた。
「そういやあのおっさんとは如何様な関係なんだ?」
すると、玲衣子はからかうようにうふふと笑う。
「気になります?」
そんな顔をされると非常に気になると言いにくい。
べ、別に気にならねーよ、とか言いたくなる空気である。
「気になる」
だが、そんな空気を横に捨てて聞いてみることとする俺。
玲衣子は今度は、嬉しげに笑った。
「ふふ、お気になさらず。仕事の元同僚だったんですの」
「ふーん?」
どちらかと言うと、玲衣子の方が先輩だったっぽいな。
心の中で感想を下していると、俺はもう一つ気になった。
「なんで嬉しそうなんだい? 玲衣子さんや」
「気になる、と言ってもらえるのは嬉しいものなのです。それが貴方なら尚更」
俺にはわからないが、本人が言うならそうなのだろう、と俺は納得する。
「そうなのか」
「そうですわ」
双方納得し、俺はふと、机の上に置いてあった黒い本。要するに見合い写真。
それを開いてみる。
「うえ、二枚目だ、やべーな、優良物件じゃねーか」
そんな無責任な言葉を零したら、俺に向かって玲衣子は言った。
「私が結婚したら、いやですか?」
「ははぁ、そうだな。結婚式には呼んでくれな」
「私が結婚したら、こんな風に入り浸ることもできませんわ」
「そいつは困るな」
俺の言葉に、玲衣子が苦笑する。
俺も微妙な笑みを返した。
「まあ、お前さんが幸せな方向での結婚なら止めはしねーけど」
「じゃあ、無理にお見合いさせられそうになったら?」
俺はかかっ、と喉を鳴らして言葉にする。
「見合い会場吹っ飛ばす。これで星が二つ目だな」
玲衣子も何故か満足げに笑った。
「そうですか……」
「しっかし、お前さんも物好きだねー。さっきのあれなんか金持ちだしな、飛びつきゃ一生楽できんのに」
「高い、高いマンションの屋上に住むよりも。こうしてここに住んでる方が落ち着くんですよ」
「わからなくもないな」
人はそれをもの好きと言うのかも知れんが。
「ふふ、それに、マンションじゃ猫も来ませんし、ね?」
「あー、来ないな」
そりゃマンションの最上階まで昇ってくる猫なんていないだろう。
そんな風に俺が納得していると、玲衣子が突然俺に詰め寄った。
「ん?」
どうしたんだ、と聞く前に玲衣子は俺に囁く。
「泉助の前では、私と貴方は……、恋人になってしまいましたね、ふふ」
「そうさな」
「練習、しましょうか」
そう言って、玲衣子はさらに俺へ距離を詰めた。
鼻先一寸。そこに玲衣子の顔がある。
「いや、それには及ばんって」
練習とかめんどくせー、とか思って俺は断ろうとしたが、そうはいかなかった。
「駄目です。貴方はきっと、あっさりぼろを出してしまうでしょう?」
残念、否定できない。
俺は大根である。演技的に考えて。
「何故、残念な役者を大根と呼ぶのだろう、とたまに考えるくらいには危ないな」
「よくわかりませんわ」
「俺にもよくわかってねー」
しかし、練習とやらを玲衣子的にやめる気はないらしい。
「えいっ」
可愛らしい掛け声が聞こえたと同時、俺は畳を背に付けていた。
要するに、押し倒されているらしい。
……男女逆じゃね?
いや、俺に女を押し倒せるほどの若さは多分ないが。
「ううむ、所で聞きたいんだが」
「なんでしょう?」
「恋人って人前でこんな真似すんの?」
「します」
「過激だな」
どうやら時代は変わったらしい。
こんな老骨では時代についていけないようだ。
「では、練習といきましょう」
となにともなく練習を始めようとする玲衣子を、俺は一度制止した。
「いや、まて。そもそも何をするんだ」
そんな俺に、玲衣子はきっぱりと言い放つ。
「囁いてくださいませ。歯の浮く台詞を」
「……すまん、それ無理」
「あらあら、意気地のない」
そんなこと言われても無理なもんは無理だ。
一体玲衣子は俺を彼女いない歴何年だと思ってるのか。
何年じゃないぞ? どころか十何年でもないし、何十年ですらない。
俺の彼女いない歴は四桁だと言うに、お嬢さんは無理難題をおっしゃる。
「あいし、てるよ?」
「合志照代さんですか?」
「だーもう、無理無理、わからん、駄目だ」
俺は、降参を示して、身を起こした。
あら、と俺の上に乗っていた玲衣子を身を起こすこととなる。
「ほら、男は黙って突っ立ってるからよー。そっちで頼むぜ」
そこまでさせられる義理はねえっ、と俺は開き直って見た。
要するに、俺は借りて来た猫のようにじっとしてるからそっちでどうにかして頂戴ね、と言う訳だ。
そんなことを俺が言うと、玲衣子は納得した。
納得してしまったのだ。
「じゃあ、聞いてくださいね?」
胡坐を掻いている俺に、玲衣子は後ろから抱きついた。
そして。
「お慕いしております……」
と、耳元で囁くのだ。
「愛してますわ……」
「すまん、こそばゆい」
「貴方が言ったのに?」
「俺が悪かった」
「んふふ、それは残念ですわ」
どうやら諦めたようだ。
ほっと一息ついた俺、そして、そこに不意にメール。
「ん? げ……、呼び出しだ」
「あら、それは残念」
携帯には、閻魔から助けを求める文章が。
仕方がない。
俺はどっこらせ、と年寄り臭く立ち上がる。
合わせて、玲衣子も立ち上がった。
二人で、玄関へ。
「ふふ、では行ってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
そんな時、ふと悪戯っぽく笑って玲衣子は言った。
「次くるまでに、歯の浮く台詞、考えておいてくださいね?」
俺は、苦笑と溜息を返す。
「無理無理、よく考えてみると、俺、お前さんのこと好きとか嫌いとか、考えたこともないから」
なんつうんだろうな、と自分でも考えながら。
そして、言葉にした。
「お前さんといると気が楽なんだ。別に何もしてなくても、なんとなく楽しいんだよ」
そう言って俺は外へ出て、その背中に声が掛かる。
「言えるじゃありませんか。歯の浮く台詞」
俺にはよくわからない。しかし、玲衣子の方が分かっているのだろうので、俺は片手を上げて答えた。
「そんなもんかね?」
「そんなものですわ」
その顔は、照れたように笑っていたんじゃないかと思う。
その後。
俺は学校で――。
「え、ええと、はい! ベアトリーチェ・チェンチと言いますですっ、はい」
とある少女と出会った。
―――
いや大変だった。百十三です。
実はこれ、一回書きなおして別の物に差し替えたんですね。
なにが悪かったって、途中まで書いて何かしっくりこないな、って思うこと、ありますよね?
多分あります。大体の物書きに。
おかげさまで、昨日から零から一気に書き始めて徹夜して突貫作業でした。
ともあれ、なんかベアトリーチェさんとやらも出て来たようだし、色々あるようです。
では返信。
春都様
ロリ、百合、両手に花とか薬師は一体どこの桃源郷に居るんでしょう。
地獄なのに。いい加減針山地獄を素足で歩いて欲しいもんですね。
そして、番外編で2フラグ立ててますね。予想を裏切らない薬師でした。美香はいつかどっかで出てくるかも。しかも近いうちに。
実は、今回そのフラグの一つを回収しようと思ったんですけどやめました。主に自分の精神の安定的に問題があって。
奇々怪々様
コーヒーはブラックで、とか言えないのが薬師です。五十三杯はコーヒー味の砂糖ですが。
そしてアホの子は見事トリックスターの位置取りをかっさらって行ってますね。流石アホの子。
ロリコンであろうとなかろうと被害が出る薬師は、やはりもうどうしようもないのでしょうか。
いい加減あのフラグビルダーっぷりはどうにかならないものか。
トケー様
……とても素敵な御友人がいらっしゃるようで。凄絶ですね。
そして、閻魔家は暴走の家系なのでしょうか。玲衣子さんが暴走したらどうなることやら。
……十八禁ですねわかります。どう考えてもエロ展開。
薬師の必殺技については――、大丈夫、放射能の出ないクリーンな最終兵器だよ! と言うどこぞの攻略本の様なキャッチコピーが思い浮かびました。
SEVEN様
飲食店でGの話はタブーですよね。それでもしてしまうのは喫茶店の店主と言うより趣味人だからに違いない。
李知さんも暴走するし、閻魔も駄目だし、由比紀もアウト。これは酷いですね。その内あの未亡人もなんでしょうか。
アホの子については、現在預かっている運営のおねーさんと昼ドラとか見て社会勉強中です。
しかし、番外編は酷く脳筋っぷりを露呈してましたね。たしかに。まあ、腕力で問題をどうこうするために強くなるのですから当然の帰結ですけど。
光龍様
慌てだすと人間なにするか分りませんからね。
鍋が噴きこぼれそうになって、思わず掴んで火傷したのもいい思い出です。
そのまま気合でテーブルに乗せてやりましたけど掌がべろんべろんでした。
そして、アホの子の無邪気攻めは今までにない攻勢を見せるようです。
通りすがり六世様
ははは、そこまで言ってもらえるとなんか照れますね。
確かに未だ終わりが見えてないっす。あと、細長くやれればいいなと思ってるんで、やっぱり長くなりそうです。
いやはや、春です。きっと変態も沸きますね。ああ、後ちなみに妹の幼女化は月経みたいなノリで入ってくるので本人で周期は把握しているようです。
しかし、薬師に関してはもう何が普通で普通じゃないんだか分らないです。今回なんて押し倒されてますし。
志之司 琳様
閻魔さん地は全体で暴発したがる家庭みたいですね、ええ。カオス。
果たしてロリコンだったら何人喜ぶんでしょう。あと、何人が下詰の元にロリ化薬を求めに行くのやら。
アホの子は、ドラマやら、預かりになってる運営のOLおねーさんの話で勉強中です。色々吹き込まれたようです。
下詰は、なんというか既にデウスエクスマキナの領域と言うか、オチ担当というか。対価さえあれば世界さえ売ってくれる素敵な店主さんです。
最後に。
書きなおす前はスライムと少女Aとの話だった。
命拾いしたな、と言ってみる。