俺と鬼と賽の河原と。
ある日の、朝のことだ。
いつも俺を起こしに来るのは藍音だったが、今日は違う。
その声は、子供の声で、女の声だった。
ああ、由美か、と俺はもぞりと布団の中で蠢き、次第に意識を覚醒させていく。
そう、それは確かに由美の声だった。
しかし、今日の由美は、なんだか変だった。
「おにいちゃんっ、起きて、起きてくださいっ」
お、にいちゃん、だと?
いつの間に、お父様からお兄ちゃんに格上げ、いや、下げ?
まあ、ともかくいつの間にお兄ちゃんに変更されたんだ、と俺は身を起こし、由美を見る。
彼女は真っ赤だった。
「ご、ごはん出来てますからっ!!」
そう言って走り去る由美。
何があったんだ。
其の百五 俺と娘と妹でなんやかんや。
茫然としていても仕方がない。
それ故俺は、普通に食卓に着いて、由美と向きあって食事をしている。
しているのだが。
「なあ、由美……」
なんでお兄ちゃんなんだ?
と聞こうと思う。
「なんですか? おっ、おにいちゃん」
「いや……」
だけれど、なんだか妙に照れながらお兄ちゃんと呼ぶ由美に、問うことかなわず。
「何でもない」
俺は黙って飯を食うことしかできなかった。
果たして、俺は何をしたのだろうか。
考えているうちに飯が終わる。
そして、気が付けば由美は仕事に出かけていた。
実は、由美も学校に通うようになったのだが、その時に無理して仕事しなくていい、とは言った。
言ったのだが、それでもやると言って聞かないのだから恐れ入る。
と、話が逸れたな。
ともかく、俺は視線で由美を見送って、斜め後ろに居る藍音に呟いた。
「なあ……、なんかあったっけ?」
「なにがです?」
藍音にしれっと返されて、俺は言葉を続ける。
「いや、由美がお兄ちゃんって呼んでくるんだが。何かしたかな、と」
すると、藍音はさも当然、といった声音で俺に投げかけた。
「自分の胸に手を当てて考えてください」
その言葉に、俺は疑問符を浮かべる。
よくわからない。
「なんだそりゃ」
藍音はではヒントを、と前置きして話を続けた。
「何もしていないのが問題なのでしょう」
だが、俺の疑問は深まるばかりで、やはりよくわからない。
そんな俺に向かって、藍音は宣告した。
「……そのままにして置くと、そのうち家出してしまいますよ」
「それは由々しき事態だな」
俺は一つ首を捻ると、外へ向かって歩き出す。
その際に、藍音に一度声を掛け、
「じゃあ、俺も行ってくる」
藍音はと言えば、いつものように、しかし少し言葉を加えて俺を送った。
「いってらっしゃいませ。……大丈夫です、そこまで気づいているなら、貴方なら上手くやるでしょう。それと、顔が赤いでしょうが、何でも風邪で熱があると片付けないように」
果たして何を上手くやれというか。
そんな言葉に溜息で返しながら、やる気なさげに俺は言った。
「善処するよ」
そうして、河原に着いた俺を待っていたのは、由美だった。
「あれ、前さんは?」
問えば、顔の赤い由美は肩ひじ張って答えて見せる。
「別のお仕事を頼まれたそうです、おにいちゃんっ」
風邪でも引いて熱があるんじゃないだろうか、というのは早計か。
何でもかんでも熱のせいにするな、と藍音に言われたばっかりだ。
「お兄ちゃん、お兄ちゃんかー……」
思わず呟く。
俺には兄弟がいなかったから、なんとなく変な気分だ。
ただ、まあ、本当の方のお兄ちゃんも大切にしてやれよ、と思う。
由壱が沈んじゃうぞ?
「なんでお兄ちゃんなん?」
ふと、遂に聞いてしまった。
ただ、これは地雷だったかもしれない。
由美は、俺の言葉に肩を落とし、しゅんとしてしまう。
「男の人は、おにいちゃんって呼ぶと喜ぶって……」
……それはどんな趣味の人のお話だ。
つーか、誰に聞いたんだ。
藍音か。藍音か。
実に反応に困ってしまうから自重してくれ。
「いや、うん、お兄ちゃん、なあ? 別に無理せんでいいぞ、お父様で」
すると、由美は特に表情を変えることもなく、
「そうですか」
と肯いた。
「そんなもんだ」
そうして、俺は石を積み始めた。
ぼんやりと黙って積んで、それを由美は崩す。
それだけの行為をまるで一生懸命に、楽しそうにやる由美が不思議だった。
何故だろう。
「楽しいか?」
確かめたくて聞いてみる。
由美は、優しげな笑顔で肯いた。
「はい……っ」
なにが楽しいのやら。
わからないが、楽しいならいいだろう。
そんなことより、由美の様子がおかしい理由だ。
なんで、由美は俺をお兄ちゃんなんかと呼んだのだろうか。
即座に思い当たるような理由はない。
そして、やっぱり顔が赤い。
藍音の助言に従えば、熱や風邪ではないらしい。
やっぱり、思い当る理由はない。
それでも、理由もわからず放置というのも気味が悪い。
さて、何だろう。
俺をお兄ちゃんと呼んで何が得られるのだろうか。
……。
――わからんっ!!
俺は思考をどこかに放り投げたくなった。
まじわからん。俺をお兄ちゃんと呼んで何の影響があっただろうか。
「お父様? どうしました?」
精々、俺がこうしてどうしたことかと悩んでいる位じゃないか――。
――あ。
「そうか」
なんとなく、閃いた。
「嫉妬してるのか」
「えっ?」
由美の肩がびくりと震える。
俺は間抜け面晒して聞いた。
「違うのか?」
そうだ、多分だが、由美は春奈に嫉妬しているのだ。
俺の気を引こうとしてお兄ちゃん、とはなかなかかっ飛んだ思考ではある。
別にないがしろにしたつもりはないのだが、しかし、由美とあんな風に遊んだことはない。
由美の方から求めてくることはなかったからこちらも応えることはなかった訳だが――。
なるほど、俺は駄目な父親だったようだ。
「その……」
言い淀んだ由美に、俺はもう一度聞く。
「違うのか?」
すると、由美は顔を真っ赤に染め上げ、明後日の方を向いて言った。
「嫉妬っ……、してますっ」
やっぱりか。
なるほどなー。
俺はうんうんと肯く。
「そうかー」
そして、更に続けようとして由美と声が重なった。
「ごめんなさいっ」
「由美は可愛いなー」
次の瞬間、由美は呆けた声を上げることとなる。
「え……?」
「いや、うん。悪かった悪かった、所謂あれだ、そう、スキンシップ、とやらが足りないという話だろ?」
そういうことなのだ。
「えっと、はい」
やっぱりそういうことだ。
では、どうしようか。
とりあえずこれから頑張るとしても、今からどうしたものだろうか。
「まあ、とりあえずあれだ。そろそろ仕事も終わるし、一緒に帰るか」
「はいっ」
そんなことを考えながら、俺は石を積んだ。
「なあ、こんなんでいいのか?」
夕暮れの街を、由美と手を繋いで帰る。
もっと凄いことを要求されても問題ないような気がしていたのだが、由美が俺にした要求はそれだけだった。
そうして、手を繋いだ先に居る由美は、俺を見て微笑んだ。
「はい、十分すぎます」
そう言って、本人が幸せそうに笑うのだから、俺には文句のつけようもない。
そうかい、と俺は投げやりに呟いて、ただ、道を歩いた。
「お父様、一つお願い、良いですか?」
ふと、由美がそんな言葉を告げる。
俺は肯いた。
「おう、無理じゃなけりゃ何でも聞くぞ?」
すると、由美は息を一つ呑んで、紡いだ。
「今度は、私も一緒に遊ばせてくれませんか?」
俺は、一瞬目を丸くする。
そんなことでいいのか、第二弾であった。
「別に構わんよ。今度呼ぼうと思ってたくらいだしな」
俺は言って、由美の頭を繋いでない方の手で撫でる。
そして、徐に由美を持ち上げた。
「お、お父様っ?」
抗議の声は無視して、俺は由美を肩車する体勢となる。
「たまにゃこれ位、いいだろ?」
「お、お父様……」
きっと、上では由美が頬を赤くしているのだろう。
それを想像して、俺は薄く笑った。
「手ぐらいならいつでも繋いでやるから、今日はな」
俺の頭に置かれた手が、優しげに動く。
「もう……、お父様ったらっ」
言いながらも、抵抗しようとはしない。
だから、俺は笑って言った。
「かっかっか。これも親子の触れ合いだ、諦めな」
「親子じゃなくって……、できればもっと――」
「うん?」
由美の呟いた言葉はよく聞こえなくて、聞いてみたが、由美は何でもないと返す。
「いえ、なんでもないんです。はい、今は子供でいいんです」
「そうかい」
何の事だか分らんかったが、本人がいいなら構うまい。
「そだ、春奈お馬鹿さんだから、色々教えてやってくれ。頼りにしてるぜ、由美?」
きっと、近いうちに由美と春奈が遊んでる姿が見られるだろう。
「――はい!」
―――
ってことで百五、由美編でした。
ちなみに、先日番外編をこっそり更新。
次の番外編のアンケート実施中です。
では返信。
志之司 琳様
前回分
驚きの保健室っぷりでした。体温計がないとかどうかしてますねわかります。
まあ、IFエンド貰ったばっかりの人がちゃっかり出現してたのは、学校の魔力のせいです。
いやはや、校長に腫れたあれを治療とか、正に異常なシチュエーションですね。
問題は腫れようのないことでしょうか。
番外編分
貴方なら見つけてくれると思っていましたよ。驚きの信頼度です。
まあ、こうして次の更新で告知してるから大丈夫だと、思います……、多分。先に見つけれたらラッキーみたいな感じで。
さあ、武勇伝がガチ武勇伝過ぎて残念な武勇伝になりそうですが、とりあえず姫様一票で。
もしかしたら時間を掛けて全部書くかもしれないですが。
光龍様
危険な学校ですね。明らかに。なんか精神的にも肉体的にも危ない気がします。
物理的に危険なのとエロ方面に危険なのが入り乱れてクロスミラージュですよもう。
それにしても、XXX版ですか……。ぶっちゃけると自分まだギリギリ十八じゃないんですよねー。
今年誕生日来てないんで十七にもなってないっす。この場合、R-18を書いたらどうなるんでしょ。
西行法師様
コメントありがとうございます。
黒猫参上の日は遠くないかもしれませぬ。そりゃあもう。
しかし、暁御以外誰と恋仲になっても違和感なさそうだね、とは……、鬼畜、と言う前に反論できないぜッ!!
いやはや、それにしてもうるっときて頂いてありがとうございます。物書きにとっては無常の喜びですよ。
奇々怪々様
そも、体温計の無い保健室なんてルーの乗ってないカレー並みにどうしようもない気がしますけれど。
その内、学校からなんか、巣窟、とか魔境、とか聖域に名称変更されそうです。
それにしても、後一文字だったのに由比紀は惜しいことをしたものです。
どうせ言いきっても要塞にぷっちりつぶされるだけな気がしますけど。
あも様
未亡人辺りが大人故もう手段を選んでないですね。その影響で他もなりふり構ってないようです。
閻魔妹辺りももう、強引に押し切ろうと思ったようです。要塞は甘くなかったようですが。
どうでもいいですが、溶けた胴って消化できるんでしょうかね。まあ、うちの閻魔辺りはやたら酸っぱい飲み物とか呑まされてるんでしょうけど。
それと、美沙希ちゃんはきっと耳年増だと思います。いや、素で年増なんですけ――、おや、誰か来たようです。
SEVEN様
自分でもなんでこんなことになってたのかわからない保健室の乱でした。
美沙希ちゃんの暴走っぷりは異常でした。
その反動で今回はできる限りほのぼのできたとおもいます。
それと、前さんが耳付きになったりするなら、バランス的に犬耳なのでしょうが、李知さんの方が犬っぽいなと思ったりそんなこんなでした。
通りすがり六世様
閻魔一杯、エロもいっぱいでした。
もうあれなんじゃないかなと思いましたよ、こう、18禁になるかならないかのボーダーラインをまるでチキンレースの如く駆け抜けるのがこの話の醍醐味なんじゃないかと。
薬師じゃないとこんなのできませんし。
どうやって、そんな要塞を落とすって、例えを借りるなら、義手を作るか他で代用するかですよねー。
トケー様
古川さん、忘れてはいませんよ。ただ、出すタイミングがいつもつかめない。
それにしても李知さんが勝利するとは我ながら予想外でした。勝手に転がって来ただけなんですけど。
閻魔は未だ男性経験なさそうですしね、由比紀もあれでおぼこな女の子ですし。もう、閻魔の家は行かず後家の家計なんじゃ……。
最後に、猫の話ですが、いい話と言っていただけると私も実に嬉しいです。私もあんな相棒が欲しいです。将来は猫屋敷になりたいです。
スイカ様
投票に感謝です。
最悪の場合一から六まで書いてしまうのでやばいです。
私の気が向かないことを祈ります。
と、言う訳で吸血鬼に一票目です。実は二票入ってたりして中々可能性が高かったり。
アストラ様
投票どうもです。
未亡人はいいですよね。喪服の未亡人とかやばいです。
ということで、吸血鬼に二票目が入りました。
しかし、もう二票目とは実に驚きであります。なんというか、貴様っ、見ているなッ!? って感じです。
最後に。
最近私の徹夜がやばい。