俺と鬼と賽の河原と。
「うん、今日も平和だね」
「平和だなー」
寒さも緩んで、気温も上向きになって来た今日この頃。
相も変わらず飽きずに石を積む俺。
今日は昼までだから、終業時間までは後少しだ。今日は平和に終わって帰れるなー。
と、思っていたのだが。
「やくしーっ!!」
後ろから衝撃。
これはなんという既視感。
しかし、そこに居たのは明らかに憐子さんにしては小さい。
「薬師……、昨日の今日でそれはどうかと思うんだけど」
前さんが半眼になって俺を見つめる。
そんな目で見ないでほしい。俺だって好きでやってるんじゃないのだから。
「で、何用だよ春奈さんよー?」
「遊びに来たのよ!」
「へー」
「で、この女は誰?」
「前さんだ」
「どんな関係?」
「友人」
「わたしとのことは遊びだったのっ!?」
「明らかに白々しい、ってかどこで覚えて来たんだそんな言葉」
と、いうか、春奈と俺がしているのは明らかに遊びである。遊戯的な意味で。
其の百三 俺とちみっこと。
家への道を歩く春奈が、ひとりでに呟いた。
「あれ? やくしの家はあっちのはずなのに……、こっちに歩いてる」
そう言えば、これは俺が引っ越したことを知らないのか。
ああ、確かに言ってない。これから引っ越した報告をしていかないといけないな、と思いつつ。
「いや、合ってる」
しかし、そう言ったのだが、
「ふぇ? やくしの家があっちなのにこっちを歩いてても大丈夫で、でもやくしの家はあっち……」
なんだか、よくわからない式がアホの子の脳内で再生されているらしい。
目を回したかのように、焦点が合っていない。頭から煙でも噴き出しそうだ。
「引っ越しただけだからな?」
春奈は、ようやくこちら側へと戻ってきた。
「引っ越し?」
「そう、引っ越しだ。家の場所が変わったんだ」
「へー。わたしにも引っ越しってできるの?」
「大きくなったらな」
いや、大きくなるかどうか怪しいが、少なくとも自分で働くようになったら独り暮らしもさせてもらえることだろう。
「ふーん?」
どうやったら大人になる、とかすぐに引っ越したいとか言わなくてよかったと、胸をなでおろしながら俺は歩く。
と、その時、ふと男の声が耳に入る。
「相変わらずだな、薬師」
「なんだよ法性坊」
そう、法性坊だ。
法性坊が俺のすぐ後ろに浮き上がった。
「わわっ、このおじさん誰?」
いきなりの登場に、春奈は眼をまるくし、法性坊はくく、と喉を鳴らして返す。
「法性坊だ、お嬢ちゃん。そこのと一緒で、元大天狗である」
「わたし数珠春奈っ」
「で、何用かね法性坊」
聞けば、法性坊は愉快気に笑った。
「なに、相変わらずすぎて感慨深かったまでのこと」
今一つ意味がわからず俺は憮然として返す。
「何がだよ」
でも、法性坊は余計に笑みを深めた。
「貴様の拾い癖だ。家にまでは連れて帰ってないようだが、これではあまり変わるまい」
「拾い癖……、んなのあったっけか?」
俺には心当たりがないが、しかしえてして他人にはあったりするものらしい。
「一番最初は猫だったな」
「ん……、ああ」
猫、と言われて思い出す。
そう言えば、一時期共に暮らした猫がいた。
「あれは、憐子が死んで十七年目の春だったな。あれからだろう、拾い癖が本格化したのは」
十七年目、って、そこまでは俺でも覚えてないというに、細かい奴だ。
そして、まあ、それからというと次に藍音を拾ったりして――。
あるかもしれない、拾い癖。
なんとなく遠い目をする俺。
そして、
「なにわたしを無視してんのよー!」
不意に下側から響く抗議の声。
おっと、と法性坊は春奈を見た。
「悪いな、話しこんでしまった様子だ。では、再び消えるとしよう」
そう言って、法性坊は姿を消す。
気が付けば、俺と春奈は、家の前に辿り着いていた。
「おや、なんだいそのお嬢さんは」
家に入るなり、居間で憐子さんは春奈を一瞥、そう言った。
俺は、春奈を指差しながら、適当に紹介しようとして、迷う。
「こいつは数珠春奈だ。ええと、なんていうかだな……」
よく考えてみればこれと俺の関係を語ると説明に作文用紙を使用できる気がする。
「色々あって知り合った」
面倒極まりないので激しく端折る。
しかし、憐子さんは流石憐子さんというべきか、なんだか分かってくれた。
「大体わかった。また面倒事に首を突っ込んだな?」
流石、よくわかってる。
「で、まあこれが如意ヶ岳憐子さんだ」
春奈に向かってそう言ってみるが、言葉尻で伝えたため、妙な勘違いが起こった。
「にょいがだけ……、薬師と名前が一緒?」
発音だけだから起きた勘違いで、ここでなら訂正のしようが幾らでもあったのだが。
憐子さんが悪乗りしたのだ。
「そう、薬師の妻の憐子だ」
「つま?」
「そう、妻だ」
にやにやと笑いながら憐子さんが言うと、アホの子はしばし俯いて考え込む。
そして、すぐに顔を上げると、元気よく言った。
「……、わたしもなるわっ!」
何が起きている。何が起きているのだ。
「いいだろう。五、六人位なら余裕だろう? なあ、あ、な、た?」
憐子さんの指が怪しく俺の胸を小突く。
ああ、その通りだ、と肯く訳がない。
「いや、ねーから。ねーから」
何をこの人は子供に嘘を教えてるのやら。
俺が言うと、不思議そうに春奈はこちらを見た。
「嘘なの?」
「ああ、嘘だ」
「まあ、まだ婚約者だからな」
「黙らっしゃい。名字の発音が偶然にも一緒なだけだ。漢字は違う」
「……名字が一緒なのにふーふじゃなくて、漢字が違う、発音が同じなのに……? あれ……、あれれ?」
再び、春奈はその小さな小さな脳、もしくはスポンジで何事かを考えている。
多分一度に二つ以上のことを理解できないのだろう。
そんな春奈をみて、憐子さんは実に愉快気だった。
「随分と面白い子だね、薬師」
「まあ、そうだな」
憐子さんが春奈の両の頬を摘まんで遊んでいるが、彼女は考えごとに没頭して気付かないでいる。
子供の頬は、実によく伸びた。
そして、きっかり十秒経ってから、春奈が自分の頬の異変に気付く。
「ふにゃ、むぅ!? はーなーせー!!」
「ははは、わかった」
そう言って憐子さんは手を離す。
解放された春奈は、引っ張られた頬をさすった。
「うう……、ちょーぜつ全開美少女のわたしのたまのお肌がぁ……」
全開美少女が何かはともかくとして、だ。
そう、そこの超絶全開美少女様は内に遊びに来ているのだ。
俺は本題に回帰する。
「さて、こんなとこでぐだついてないで座敷に行くぞ。ってことでまたあとでな憐子さん」
春奈の手を引き、すぐ隣の座敷に向かった。
「ああ、ゆっくりしていってくれ」
憐子さんの声を背に浴びて、俺は襖を開いて座敷に到達する。
「むう? 掃除中か?」
そこには先客がいた。
いつものメイド服が、はたきを片手に立っている。
「いえ、丁度終わった所ですが」
「おー、メイドだ。また会ったわね」
「……まあ、ここに住んでいる以上は」
仲がいいようで何よりだ。
そして俺は、そんな藍音に向かって聞いた。
「やあ、藍音さんや、暇かい?」
このメイド、掃除しているように見えて、必要な掃除と趣味の掃除を分けている節がある。
だから、どうだろうかと思ったのだが。
「ええ、家事は一通り終えて、丁度暇していたところですが」
どうやら当たりのようだ。
「なら丁度いい。ちょいと遊んで行かんかね」
「は……、別に構いませんが」
「ん? メイドも遊ぶの?」
「メイドじゃなくて藍音さんだ」
「薬師はわたしと遊ぶんじゃないの?」
「春奈……」
俺は、春奈の肩に手を置いた。
「落ち着いて聞いてくれ……」
そして、言う。
「遊びっていうのは、三人でもできるんだ……っ!」
「上がりです」
「またおまえか。またおまえか……」
やばい、勝てない。
非常に勝てない。
鬼強い。
ポーカーフェイスに容赦ない攻め。
ウノはまったく順位が変わらない。
「やくしも堕ちたものね!」
「それならお前は底無しだよ」
「むぅ……」
「楽しいでしょうか」
藍音はウノのやたら多い札を完璧に切りながら俺達に聞いた。
「私と遊んで、楽しいでしょうか」
俺は思わず口をつぐんで隣を見る。
その評価を下すのは、遊んでやっている立場の俺ではないだろう。
さて、春奈はどう答えるのだろう。
一種の不安を覚えるが――、
「楽しいよっ!!」
あっさりと春奈はそれを吹き飛ばしてくれた。
「……そうですか」
藍音は頷く。
柄にもなく、照れているようだ。
対し、春奈は元気いっぱいだった。
「いつかゼッタイわたしが勝つんだからね!? その時は春奈サマって呼ぶのよ!!」
ぴょんぴょんととび跳ねる春奈に、藍音は珍しくも薄く笑う。
母性の目覚めという奴なのだろうか、いや、別にどうでもいいけれど。
「まあ、あれだ。勝てるといいな」
「ぜったい勝つ!」
数多の戦場を駆け抜けた俺がまったく勝てないのだから、それは茨の道だ。
そんなことを想い、俺は笑った。
「だから……、頑張るから最後まで付き合ってよね」
「へいへい、っと」
俺は笑いながら頷く。
「こちとら、暇だけは持て余してるんでね」
前は二人で。
今日は三人で。
次はもっと増えるだろう。
「薬師様」
「なにさね」
結局、あれやこれやと春奈ははしゃいで、結果はしゃぎ疲れてこてん、と眠ってしまった。
今は藍音の膝の上で愛らしく寝息を立てている。
「何でもありません」
「そうかい」
呟きながら、春奈を見る。
なるほど、実に美少女だ。
「それにしても」
なんとなく口を吐いて出た言葉に、藍音が反応した。
「どうしました?」
俺は溜息を吐きながら、言ってみることにする。
「いや、こうして寝てれば可愛いんだがな、っとね」
普段は、なんというか、こう、あれだが。
藍音は表情を変えずに返した。
「そうですね」
簡単な同意の言葉だったが、その言葉には続きがあった。
「ですが、馬鹿な子ほど、可愛いというのは?」
「確かにな」
俺は明後日の方向を向きながら、ぞんざいに同意する。
確かに、これはこれで可愛げがない訳でもない。
俺は落ちつか無げに、後ろに着いた手を動かして、畳を擦った。
「……少々、羨ましいですね」
いきなりだ。
いきなりだったから、俺は思わず間抜けに口を開く。
「へ?」
藍音は言った。
「迷わずに好きなだけ貴方に甘えにられるこの子が、少しだけ、羨ましい」
藍音は、俺に好きなだけ甘えたいのか。
俺としては別に好きにしてくれていい話だが、そこは大人故色々あるのだろう。
「昔は、そこには私が居たのですけれど」
昔か。うん百年と昔の藍音が好き放題甘えて来たのか、と言われるとどうだろう。
俺が甘えて好き放題生きてた気もする。
ただ、まあ。
「毎度好き放題俺にやってるお前さんが言うのもあれだな」
すると、少しだけ拗ねたように、藍音は返した。
「……これでも、少しくらい、迷いは覚えているのです」
「そうかい」
じゃあ、迷いがなくなったらどうなるのだろうか。
想像のしようもない。
ただ一つ、藍音が甘えてくるのは別に悪くはないと思うから。
俺は肩をとんとんと叩いた。
「肩くらいなら、幾らでも貸すぞ?」
「……」
しばらく、藍音は俺を見ていた。
それはもう、穴が開くかと思うほど。
気まずくて、俺は目を逸らす。
縁側の方を向いて、木の葉の数を数えてみる。
一、二、三、四……。
……五十六、五十七。
……。
そして、俺は不意に、腕に温かみを感じる。
肩に頭を乗せず、俺の腕を抱きしめているのは、せめてもの抵抗か。
その顔は、少し赤い。
やり込められると照れる、いつもの癖だ。
俺は思わず苦笑した。
それを知ってか知らずか、彼女は言う。
「こうしていると……、傍から見れば私達は夫婦に見えたり、するのでしょうか……?」
俺は、一瞬絶句する。
余りに可愛げのあることを言うものだから、俺は笑いながら答えた。
「さてな。見えないからわからんな」
ただ、そうだな。
「――ただ、見たのが男なら。千人いれば千人羨ましがるだろうよ」
「そうですか……。そうですね」
「ところで、知っていますか?」
「ん?」
「今日は三月十四日ですよ?」
「……」
俺は今日、久々に音の壁を突き破ることとなったのだった。
―――
という訳で、アホの子と見せかけて、憐子さんかと思いきややっぱりアホの子であったなあと思った瞬間藍音さんだった不思議。
あと、最後の藍音さんとのあれをこの間の前さんのと情景を被せてみるコーナー。
今回は別の話と絵的には一緒なのに人が増えたり変わったりして微妙に違う、というコンセプトでやってみました。
ここ三回、別の人で似たシチュエーションを作って見る試みですが、比べてみると面白いかもです。
あと、今番外編書いてるんで、早い内に番外編玲衣子ルートIF編はホームページに格納されます。
もしかするともうできてるかも知れません。
書いたしばらく後にまた後書きを書いてる訳ですが、完成しました番外編。
今回法性坊が言ってた猫の話です。
なので、玲衣子IFルート編はホームページに格納されました。
見てないよ、という方はお手数ですがホームページまでお越しください。番外編倉庫に放り込まれております。
では返信。
奇々怪々様
前さんの"平たい感触"、ここ重要です。テストに出ます。
ちなみに、憐子さんは一応話し合いで薬師を譲ってもらったというか、他が気を使ったというか。
いやはや、やっと薬師が覚醒しましたよ。
番外編ですが、本当にあの男が告白に至るとは……。
春都様
復活おめでとうございます。
果たして、憐子さんが藍音と銀子が割られない挙句に暴走モードに至ったら薬師は無事でいられるのでしょうか。
いやしかし、玲衣子さんは頑張りましたね。遂に薬師の機動要塞を撃沈しました。
ちなみに、自分の変な知識は、wikiで一つの事柄を調べてて、なんとなくそこからリンクを拾って行ったら十時間ほどふらふらしちゃう馬鹿のたまものです。
Smith様
あえて狙い澄ましたスナイパーの如くピンポイント呼び捨てを敢行する薬師。
それを無意識で行っているというのが……。
実に恐ろしい。天才的ですね。今回猫まで落としました。
まあ、ある意味自滅ですけどね。
SEVEN様
先生があることないこと言ったが最後、閻魔までヤンデレると思います。
それと、薬師のさん付けの基準がいまいちわかりません。
年下より年上の方が呼び捨てとはこれ如何に。
そして、流石の百話の重みか、告白しても読者を信用させない薬師が素晴らしい。
トケー様
両手に花とか、とげに刺さって死ねって感じですよねー。
とか言ってみます。あと、やっぱり格好良い女性がたまに可愛いと凄くいいと思う。
そして、ほのぼのと会話しながらラブラブするのもいいと思う。砂糖吐いて死にそうですけど。
まあ、これを見た限りじゃ薬師はなんとなくのきっかけで畳み掛けれると思うんですけどね。確率は零が何個付くやら。
志之司 琳様
先生は穴馬で竜巻ですからなんともあれです。見事やりたい放題ですな。
ええ、薬師にはハイブリット位やっちゃってください。自慢の拳で泣くまで殴っていいと思います
そして、IFについては人をにやにやさせることに成功したならもう大成功です。でも自分で見直してにやにやしてると、自分で自分の思惑に嵌ったようで癪です。
可愛ければ何でも逝ける。どうやら同じ穴の狢の様で。可愛いは正義どころか全てだと思います。
ヤーサー様
その幻想をぶち殺す。そげぶです。あっさりと前さんの幻想はぶち殺されました。
実に暴風注意報です。風だけはダムとか作ってもどうしようもありません。しかし、ベタンシップについては、多分薬師が空気に触れる面積が無いほどになりそうな気がしますね。
それと、薬師が愛に目覚めたら、それはそれは格好良いことでしょう。
見てるこっちは砂糖ぶっぱですが。あと、IFが未亡人から作られたのは九割偶然なので、それらしいインスピレーションのわく話を書けば更に増えるでしょう。
通りすがり六世様
薬師の英語知識は、先生の話に今一つ着いていけなかった薬師が、下詰に貰った英和・和英辞典で学んだものです。
なので、英単語自体は得意分野です。しかし、辞典の知識故実用性は皆無です。
そして、薬師は急に渋くなるから困る。そんなことをすればギャップで女の子が惚れるにきまってるのに。
もしくは、渋いまま結婚に乗り切ればいいのに。
光龍様
対決の結果、勝敗は引き分け、決めては薬師逃走でした。
まあ、怖いと言っても刃傷沙汰にならないだけ穏やかな方、だと思います。
これも薬師の天徳のなせる業ですかね。
そして、アダルティックな番外編が好評で何よりです。自重はしない方向で頑張ります。
最後に。
夫婦っていうか……、夫婦っていうかっ!
早く結婚しろよぉぉぉおぉおぉおおおおいッ!!