俺と鬼と賽の河原と。
「おーい、銀子」
とある朝に、俺は彼女を呼んだ。
「何?」
いつものように黒い服ばかり揃えた格好で、彼女は俺を見る。
大して俺は、片手で雑誌を読みながら、まるでぞんざいに言った。
「荷物まとめとけよー」
瞬間、横目で見た銀子が、分かりやすいほど凍りついた。
「つ……、遂に邪魔になったのね!?」
「んー、あー、んー?」
「拾って置いて要らなくなったらポイだなんて酷いわっ!!」
「んー?」
「どうせ私の体だけが目当てだったんでしょ!?」
「いや、体って、目当てにできる体なんかいおのれ」
「そんな一銭の価値もねーよそんなペチャパイみたいな顔をされると傷つく」
「いや、そこまで思ってねーよ」
「……じゃあ、テメェみてえな貧乳は精々二十円だな、くらい?」
「わかんねーよ、程度が。というか俺に体目当てにしろとか酷だろ」
「だと思う」
「あっさり肯定されると傷つく」
「事実。仕方がない。そして、私がナイチチなのもまた事実」
そう言って肩を落とす銀子。
「どんだけ引きずるんだよ。気にしすぎだろ」
「死ぬまで引きずると思う。貧乳の性」
「そうかい」
「貴方が貧乳大好き愛してると言ってくれたら立ち直れる」
「ヒンニュウダイスキアイシテル」
「心がぼっきぼきに折れた。もう地面にたたきつけてドロップキックかましたポッキー並みに折れました。責任取ってください」
「無理だ、俺の実力では。無理だ責任取れない」
「実力って何」
「心の容量的な何か」
「多分十分。やたら広いと思う」
「嘘だッ、ってんなこたーいいんだよ」
まるで部屋の掃除中に懐かしい本を見つけてしまった時の様に本来の目的を忘れていたが、問題はそこじゃない。
狭いのは俺の心の容量じゃない。
「別にほっぽり出そうという訳じゃねーから安心しろ」
「じゃあ、なに?」
俺はあっさりと答えた。
「今度引っ越しするから」
「え」
狭いのは家だ。
其の九十九 俺と家と諸問題と。
狭い、狭いのだ。
家が。
広い部屋と言った所で、所詮寮。適正人数は四人が限度。
荷物もほとんどない人間が数名いるからなんとか回るが、これ以上は流石に無理。
現在俺の家に住んでいるのは、俺、由美、由壱、藍音、銀子、李知さん、翁だ。
基本形態が刀で、省空間で済む翁はともかく、そろそろ辛い。
しかも、なんだかんだですったもんだあった挙句、李知さんはこのまま家に居着きそうな空気が漂っている。
李知さんの家が、前回の騒動で解約されていたそうなのだ。身を隠す云々の説明があったが、もしかすると玲衣子の陰謀かもしれないけれども。
で、それなら実家に帰ればいいという話だが、職場から玲衣子のお宅はちょっと遠い。
結果が六人と刀一本。
そして、藍音が言う、
「貴方はどうせまた何か拾ってくるのでしょうし、今の内に広い家を考えた方がいいかと」
との言葉。
いつもの俺なら一つ二つ言い返すものだが、今回ばかりは何も言えなかった。
今回ばかりは、少々事情があったからだ。
まあ、色々と諸事情あって、閻魔に聞いてみたりとかして物件を探してた訳だが、よさ気な物件が一つ。
「とまあ、つーこって、下見に行くぞ」
「なにがつーこってかわからない」
そこは以外にも立派な、和風な家屋だった。
流石に玲衣子の所謂『御屋敷』、と言う奴に比べるとこちらはただの家だったが、二階建てに、全員分の部屋含めても少々余る部屋の多さと、中々に広い。
元々は寮だったらしく設備も十分。
「外見は意外と立派。でも、そんなにお金あるの?」
しかし、そんな物件に引っ越す金があるのか、と言われれば、あった。
「ある」
俺はしれっと答える。
実を言うと、それなりの蓄えがある。
と、いうか、不本意ながら金は溜まっていたというべきか。
それが厄介事に巻き込まれた証だと思うと、どうにもやるせなさが込み上げてくるが。
ともかく、去年の厄介ごとに関してはそれなりに高額な給金をもらっていた訳だ。
確かに、危険な仕事が八割なので、もらえて当然ではある。
「驚き。意外とセレブリティ」
「まあ、一生暮らせる位じゃねーけど、家一軒位は、買えるさな」
別に仕事を辞める予定もなければ、現在で金が足りないような事態も起きない。
俺は残念だが、藍音は高級取りである。
だったら、ここらで一発使ってみてもいいじゃない。
第一金なんて残してもろくなことにはならんのだ。地獄じゃ有り得んはずだけれど、遺産相続争いとか。
「さて、入るぞ」
銀子を伴って、俺は家の内部に侵入する。
本当は不動産の人間が一人や二人付くはずだが、閻魔の紹介であり、個人的なものなのでそれは無し。
ああ、そう言えば俺がこの家を買える理由がもう一つあった。
「ぎぃいいあいあああいいあいあいいあああああああッ!」
突然の叫び声。
銀子は絶句。
そう、本来こんなとこ、買えるわけもなく、もう少し小さな家で落ち着くはずだったのだが。
「え……、ここって」
茫然と銀子は俺を見やった。
俺は応える。
何故こんな立派な家を俺がローンも組まんと買えるのか。
「おう。なれればきっと楽しいぞ?」
――ここは、訳あり物件である。
「無理、ぜったいむり、無理、無理無理無理無理」
力なく、銀子は首を左右に振った。
その手は俺のスーツの袖を掴んでおり、小刻みに震えている。
「おろ、こういうの駄目なん?」
意外にも意外である。
こういうものにはノリノリだと思っていたんだが。
しかし、どうにも顔を青ざめている辺り冗談でもないらしい。
「れ、錬金術師って科学の人だから。非科学ダメ、ゼッタイダメ」
ああ、そう言えば、と俺は手を叩いた。
それに、彼女はホムンクルスと呼ばれる、知識の人である。
自身の知識の範疇に収まらないと恐ろしくてたまらないようだ。
そんな様を見て、俺は少し楽しくなった。
いつもひょうひょうとしている銀子だが、心霊現象が苦手なのか。
だが、まあ、嫌がる女を引きずりまわして下見、と言う訳にもいかないだろう。
「じゃ、俺は一通り見回ってくるから先帰ってろ」
言うと、銀子は首を横に振った。
「ダメ、ここはダメ」
「いや、だからだめかどうかを確かめるために見回ってくるんだろ?」
幽霊の正体見たり枯れ尾花、である。
それこそなんかの間違いだとわかれば問題なく住めるだろうし、本当にあれだったとしてもそれならそれで仕方ないと納得できる。
のだが。
「私も、行く……」
「いや、無理すんなよ」
目は逸らされ、実に弱弱しく言われれば、こちらとしては無理すんなと言いたくもなる。
しかし、実は強がりでも何でもなかった。
「――一人じゃ帰れない」
「おい」
どうやらそういうことらしい。
怖がりにも程があるが、果たしてだからと言って爆心地に突っ込むのもどうかと思う。
まあいいか。
本人が行くっつってるんだし。
「じゃあ行くぞ」
俺はそう言って歩き出す。
その瞬間。
「ぐえっ」
銀子に服の裾を強く握られ、息が詰まる。
「……、なんじゃい」
後ろで震える銀子を見ると、彼女は言った。
「手」
「手?」
「手、繋いでてくれないと」
「繋いでてくれないと?」
果たしてどうなるのだろう。
あっさりと答えは出た。
「漏らす」
「あいわかった、繋ごう」
手を繋いで歩くこと数十秒。
電気が通ってなので室内は薄暗く。
板張りの廊下を歩く俺達。
そして、やっぱりお約束。
ぱきっ、ぱきっ、っとラップ音。
「や……、やっぱなんかいる」
ぎゅっと握られる手に力が籠った。
「んー、それにしてもお約束だな」
「なんで貴方はそんなに冷静?」
「いや、別になんも」
「おかしい、有り得ない、異常」
「そんな俺を異常者みたいに――」
「まさか、こっち方面でも不感症……!?」
「ああ、そう言えば、ここあれらしいな。誰が来てもすぐに出ていくらしいぞ? 噂じゃここの建築に携わった人間が柱の下にうまっとるとかな」
「そ、そう言う話をしないのっ」
「強がり乙」
俺の背を、銀子が突く。。
精いっぱいの強がりだろう。
俺はと言えば、ちょっと楽しくなってきていた。
中々立派な幽霊屋敷ではないか。実に良い。
さて、次は何が出るやら。
「私の足の親指と親指の間が濡れてたりほかほかしてたりしても気にしないでほしい」
「……漏らす前提なのか」
言いながら、俺は引き戸の扉を開いた。
その瞬間だ。
「いぎいいいぁああああああッ!!」
叫び声。
そしてブォン、と。
生首が俺達のすぐ横をすり抜ける。
「ひゃんっ!?」
銀子が大きく飛び跳ねた。
そうして、生首は再び消失。
「な、な、何かいた。生首通った……」
「そーだな」
「あ、貴方も見たよね?」
「見たな」
「な、ならなんでそんなあっさり」
「んー、それより、ひゃんっ、の方が気になって気になって。いきなり可愛い声が飛び出したなーと」
「し、仕方ない。吃驚したから」
ちょっとだけ頬を赤く染めて言う銀子の手を引き、俺は更に進んでいったのだが――。
それから先も色々あった。
いきなり赤い手形が出てくる襖とか、いきなり足首を掴まれたような感触がしただとか。
まったくもって幽霊屋敷としての本分を果たしまくりで、こんにゃく的な感触まで忘れない。
後は備え付けの電話から怪しげな叫び声とか。
「ぴぃっ!」
そして、現在も、いきなり目玉が現れる障子を見て、銀子が飛び跳ねた。
「ぴいってなんだぴいって」
「こ、こういう時くらい優しくしてくれないと股間がぐっしょりする……。したかも」
「おい」
「まだ大丈夫」
銀子がそうやって言った瞬間、後ろでバァンッと弾けるすごい音。
「ひゃあっ!!」
「大丈夫か?」
「ほ」
「ほ?」
「ほっかほか……?」
まだ大丈夫だろう。
と言うことで銀子の手を引き探索再開。
「貴方は何で平気?」
何度聞いた問いだろうか。
まあ、これ以上は本当に漏らしそうだし、言ってやるべきか。
俺は遂にネタばらしをすることとした。
「お前さんは先入観に囚われ過ぎている」
「ふぇ?」
「良く考えてみろ」
そう、これは根本的な問題。
「俺達は」
そう、俺達は。
「――幽霊だ」
幽霊が幽霊にビビる理屈があるかい。
誰かいたら気配でわかるわ。
「あ」
忘れてたのかよ。
「後だな」
もう一つ俺がこれを怖がらない訳がある。
実はこの幽霊屋敷。
「心霊現象、全部科学で説明付くから」
全部種がある。
「え?」
銀子は心底驚いた顔をしていた。
「まず、ラップ音的なあれな? 床の音だから」
うぐいす張りの床と言うものがある。
昔の城で、敵の侵入を知らせるため、あえて音が立つよう造られた床。
それと同じだ。ラップ音のような音が鳴るように造られた床。
「次に、生首さんだけどな?」
なんというか、ここは正にお化け屋敷なのだ。
「作りもんだからな? 戸開けたら天井から落ちてきて天井にまた回収される仕組みらしいけど」
黒板消しの罠に近い空気がある。
そういう設計がなされているということだ。
果たして建築した人間は何がしたかったのだか。
「じゃ、じゃあ、叫び声は?」
「扉の立て付けをあえて悪くしてあるみたいだな」
まあ、普通の人間だったらびっくらこくだろう。
中々巧妙な仕掛けも多いし。
だが、天狗舐めんなということだ。叫び声だって何処からしてるか分るし、生首も何処から振ってきて何処へ行くか理解できた。
「襖の手はそういう塗料があったはずだ」
光が当たると色が出るとか、そんなもんだろう。
障子の目もまた然り。
最後の破裂音は、開けっぱなしにしておいた玄関の扉が閉まる音だ。
開ける時は立て付けで叫び声を上げ、内側に対し傾斜が付いているらしく、風なんかで閉まる際に勢いが非常につきやすくなってるのだ。
「以上、種明かしでした」
俺がいい終わった頃、銀子は頬を膨らませていた。
「ずるい」
「いや、なあ?」
「最初から自分だけ全部知ってるなんて……、危うく漏らすとこだった」
「やたら漏らすことにこだわるな?」
「もう、貴方は私を漏らさせたいのかと。そういうプレイ? この鬼畜さんめ」
「漏らしてねーからだいじょぶだろ。ってことで、問題ねーだろ? 生首辺りは天井に板でも打ちつけときゃ出てこねーし。扉も油とかぬりゃだいじょぶっぽいし」
言うと、銀子は、諦めたように溜めた息を吐き出した。
「貴方が、いうならそれでいいけど……」
「じゃ、決まりだな」
実は訳あり物件なの他の人には了承済みだったりして。
てか、今日まで引越しについて知らなかったの銀子だけだったり。
まあ、忘れてたんだ。
だが、了承も取ったし、これで決定だな。
安心安心。
とそう思った時、最後に銀子は俺に聞いた。
「じゃあ、あそこで手振ってる女の子は何?」
白い、真に白い。振り袖の少女が縁側の向こうに、立っていた。
うん、あれは――。
「……なんだろうな」
銀子が漏らしたかどうかは定かではない。
座敷わらしかなんかだろう、とたかを括って早十年。嘘だが。
家を出た時より幾分か憔悴した銀子を連れて、道を歩く。
「でも、なんで……、今?」
「何言ってんのかわかんねーよ」
「引っ越すタイミング」
「あー……」
「なんで?」
確かに、今の今までこれで過ごしてたんだから、今更である。
まあ、そうだな、何故かと言われれば、俺は藍音の言葉に何も言い返せなかったからと言っておこう。
だから、そんな問いに、俺はしれっと答えて見せる。
「今度一人増えるからなー」
今日は、まったくの無風で、とても暖かかった。
「え」
でもまた風は吹くだろう。
―――
その九十九。遂に引っ越しやがりました。
そして、また如意ヶだ家に人員増加宣言。
では返信。
紅様
ステルスだけなら並みいる大妖怪に引けを取らないと思いますよ。
スパイとして重用すればかなり凄いと思います。
まあ、重用する前に見当たらないのがポイントですが。
スカウトして有効利用しようにもスカウトされない不思議。
ぼち様
コメント感謝です。
ええ、まあ、上がってるような、下がってるような……。
ええはい、勢いだけで書きましたとも。ええ、明らかに下がっとりますね。
どう考えてもマイナスは下がってます。
光龍様
薄影を極めた者だけが使える……、
薄影消失陣(ハクエイショウシツジン)とかどうでしょう。
もしくはこれでエンドレスシャドーと読むとか。
ともあれ、これで百話到達まで一話です。できるだけ早くお届けしたいなーと。
SEVEN様
じゃら男なんて幸せMAXですよ。
暁御なんてゼロにひとしいのに。
鈴の出番は私も増やしたいです。しかし、一〇〇話にして鈴とじゃら男だったら予想外すぎるのでもうチョイ掛かるでしょう。
と、言ってる状況で正に暁御の影が薄いです。
トケー様
半分人間やめてますけど、まだ大丈夫。
まだ異能者レベルです、はい。場合によってはチートですけど。
鈴はどう考えても内助の功。既に妻です。
あと、薬師と上条さんを会合させたら、どうせ女難の話で分かり合った後、「出会いが欲しい」とかほざくに決まってます。
やっさん様
神にすらスルーされるスキルを手に入れたら、多分手紙も透けるんじゃないかなと思います。
ええ、まあ、それは置いといて。
じゃら男と鈴はもうあれだと思います。式を待つだけだと。
薄影さんのおかげですね。
DAS様
意外にも籍まだ入れてなかったんですね、どうやら。
結婚まで秒読みだと思ってたのに。
果たして式の日取りは何時なのでしょうか。
年内ですかね。
ヤーサー様
ギャグメインはどうしてもなんかテンポが上がり過ぎるきらいがあります。
それにしても、暁御の地の文への突っ込みは傍から見たら寂しい子ですよね。現実寂しい子な気もしますが。
ちなみに、週に一回から三回位で手が回らない時に薬師は学校に呼び出されてるようです。
あと、暁御が次回出るまでにライバル一人増える宣言が、今まさになされましたね。薬師本人から。
奇々怪々様
暁御力が物に浸透すると物も影が薄くなるようです。
そして、飯塚猛の名は、実に誰だか分らない認識阻害の効果が付いてるようです。
さらに、暁御の魂には、薄影の呪いが刻まれてるに違いありません。
その内何処にでも現れるようになるかも。
通りすがり六世様
確かに、あそこで薬師が別の選択肢を選んでいたら、玲衣子エンド一直線だったかも知れません。
IF……、書くかもしれませんね。
暁御は、いつかその内報われればいいな、と作者が放り投げ気味に祈っているので大丈夫でしょう。
それより鈴の幸せがじゅうよ……、ごほん。
あも様
所詮暁御は暁御。暁御は死んでも治らない。
SDN値が限界に達するのは珍しいので普段はファミレスで水がもらえない程度です。
それと、藍音と朝コーヒーは口移しされるような気がします。確実に第二ラウンドですね。
そして、じゃら男のリア充っぷりが凄まじい今日この頃です。
春都様
遂に復活した、薄影さんでした。
既に沈んで封印されておりまする。次回の出演は何時になるやら。
もう物理法則無視ステルスとかチートですからね。
でもそんな彼女にもフラグ補強する薬師が素敵です。
migva様
遂にこの時がやってきて、線香花火の様にはじけ飛びました、薄影タイム。
もう読者の心の内からして影が薄いようで何よりです。
SDN値が限界値ですね。
さて、これから百話執筆スタートです。
Eddie様
学校です。明らかに欲望入り乱れる学校になりそうですが。
未亡人陥落はもう、なんというか、百五十のフラグを集めてフラグマスターになる前哨戦ですねわかります。
じゃら男は、やっぱり幼妻と幸せなればいいと。
暁御のネタキャラは随分昔からですねはい。絶対安全無敵の暁御さんですから。イベントの起こしようもないですね。誘拐犯すら気付かない。
では最後に。
次回、増える。
ちなみに、余りに買い手がつかないので、家は日本円にして五百万位だったそうです。