『例の……人狼のゲームを参考にすれば、色々と見えてくるかもしれないが』
『前にも報告したけれど、アスタロトは、ティファレトの街で……NPCの子供たちを使って、こちらに人狼ゲームとの関係性をアピールしてきているから……』
粛清直後の段階でのファーテルの推理はある程度当たっているのは確実だ。
『ファーテル、ノア、その辺りについてはどう思う?』
早速、件のゲームの経験者である二人に話が振られるが、ファーテルは敢えて僕たちに警鐘を鳴らしてきた。
『確かに、何かしらのヒントはあるかもしれない。とはいえ、このゲームは……人狼ゲーム“そのもの”ではないからね。ゲームの前提からして大きく違う』
だから、それに囚われてばかりだと、逆に落とし穴になりかねない。その辺りは気を付けないといけないだろう。
『しかし、どこから推理すればいいってんだ……考えることが一杯ありすぎるぞ』
キールの言う通り、考察するにしても考えなければいけないことは沢山ある。
『ルールで何か、そうだな……人狼ゲームの特徴となるもので、なおかつこのデスゲームではそれらしきものが実装されていない、というのは?』
『目立ったところだと、村人側の能力者に相当する……こちらを追い詰める特殊な能力を持っている者というものが現時点ではいない』
僕の質問に、ノアが答える。
『俺たちが知らないだけで実装されているのかもしれないし、後から実装されるかもしれないけれど……こちら視点で、確認できていないという事実は動かない』
『人狼ゲームだと、どんな能力者が?』
『代表的なものだと……人狼の正体を知る占い師、処刑によって死亡した者が人か狼かを見破る霊能者、二人一組でお互いが“人狼ではない”と証明できる共有者、狼による襲撃から他の村人を守る狩人……といったところだね』
『複数のルールがあり、使用するルールによって能力者の内訳は違ってくるが、この四種類は殆ど全てのルールにあるものだ』
ファーテルの解説に、ノアが付け加える。
『ちなみに、人狼側の能力者で、人狼側につく人間――狂人というのもいるのだが、これについても……こっちにアピールしてくるプレイヤーがいないところを見ると、いないようだな』
『だろうね』
『あれ、狂人ってのは特殊能力そのものはないのか?』
『環境によってまちまちだけど、基本的にはなしで――勝利条件が、人狼と同じというだけ、という感じだね。中には人狼の秘匿会話を確認できたり、更にはその秘匿会話に参加できたりする狂人もいるらしいけれど』
まあ、そんなのあったら、デスゲーム開始当日くらいには僕たちに協力を申し出てくるだろうし。既に一ヶ月経過していて、協力を申し出るプレイヤーがいないということは。
『……協力者が欲しければ、他のプレイヤーを説得するなりなんなりしなきゃ駄目なんだろうね』
しかし現状、それは限りなく難しいように思えた。
僕の場合、みなも相手ならうまく説得できたかもしれないけれど……。
「……あんな別れ方したからなあ」
精神的に追い詰められていたとはいえ、自分から絶縁宣言したも同然だからなあ。……本当、後から思い出しては後悔するようなことばかりやっているな、僕は。
『まあ、今のところは、ということになりますが。僕たちの他に特殊な能力や特殊クエストを付与されたプレイヤーはいない……と考えてよさそうですね』
メルキセデクがまとめると、話題は次へと移る。
『次に考えるべきことは、我々にクリア可能なクエストについてだね』
ふうっと溜息を吐きながら、ファーテルが議題を提示する。
『まず、以前にも話した気もするけれど――人狼は妖魔を殺せない。だから、我々はアスタロトを殺せない――という仕組みになっていると、考えておいて損はないだろうね』
『つまりこの条件については、他のプレイヤー任せにするしかなさそう、ってことか。……一番ぶん殴りたい相手を殴れないと言うのは、何か無性に腹が立つな』
全く以って同感だ。
『僕たちがそう考えるのを狙った、ミスリードの可能性もあるかもしれないけど……何か情報が入るまでは放っておくしかないかな』
しかし、何か決定的な状況が入るまでは迂闊に動けない。彼女との戦いに於いて敗北すれば、“魔王”もプレイヤーも関係なく……平等に死がもたらされる。
『一応、使用される人狼ゲームのルールによっては……人間による処刑と、人狼による襲撃を同時にしなければ殺害できない“第三勢力”というのも存在するがな……』
『へえ……そんなのがあるのか』
『証拠とかが揃っている情報ではないが……こういうのもあるんだ、ということを記憶の片隅には留めておいてもらいたい』
何はともあれ、現状だとアスタロトは放置するしかない。悔しいし腹が立つけれど、勝てない相手に挑んで死んではいられない。
結論が出たところで、話は他のクエストへと移る。
『かといって、転職の方も厳しいわよね』
『レベルドレイン対策ができないことには、どうにもこうにも、ですからね』
僕もレベルドレイン対策については、その存在を知ってから色々考えてみたけれどこれといったアイディアは結局浮かんでこなかった。
レベルドレイン防止アイテムとかその辺があればどうにかできそうだけれど……今のところ、そういったアイテムは発見されていない。実装されているかどうかも謎、といったところだ。
『一人が代表で行って、他の六人が全員でレベルを上げ続けるというのはどうかしら?』
『無理だ』
ラケシスの提案に、最もレベルが高いレオンハルトが即答――それも断言した。
『90レベル台の経験点なんて天文学的なレベルの数字だぞ。俺ですら“91レベルの壁”は破れていないんだ。
問題のクエストは、1レベル下がるだけでも致命的だというのに、どうやって最高レベルに達し続けろと?』
僕は最近になってようやく60レベルになったところだけれど、それでもかなり、必要経験値は多いように思える。
飛躍的に必要経験値が増えるという90レベル台がどんなことになっているかは……想像すら困難だ。
『え、レオンハルトでも“91レベルの壁”超えられないのかよ!』
『バードの経験値上昇スキルなしに超えられるかあんなもん……高レベルバードを大量に引き連れて狩れば今頃2、3くらいはレベルも上がっていると思うが……』
あのレオンハルトに泣きが入るということは、相当なんだろう。
『……僕たちのうち誰か一人が最高レベルに達するまで、軽く一年はかかるよね』
『ああ。それだけで、万単位の死人が出るのは確定だ』
全員がソロでの戦闘能力を保有し、ノアばりにただひたすらモンスターを狩り続ければかなり短縮できたかもしれないが、残念ながらそうでもない。
……まあ、仮にそうだったなら物資や支援がなくて潰されることになっていただろうから、結果的には支援や商人がいたことによって助かっているから何とも言えないんだけど。
閑話休題。何にせよ、最高レベルでの専用転職という選択肢も僕たちにとっては極めて難しい。
『やっぱり、俺たちがどうこうできそうな範囲で一番現実的なのは、ユニークアイテムの収集だな』
というか、現時点で見えている選択肢としてはそれしかなさそうだ。
何といっても――ユニークアイテムは既に一つが、ある大手ギルドによって回収されている。つまり、アイテムはちゃんと実在するという証拠がある。
『ダンジョンの中での活動がメインになりそうなら個人探索よりは……やっぱり、パーティ組んだほうが安全だと思うんですけど』
メルキセデクの提案に、キールが溜息を吐く。
『メル。お前、それは……三桁以上の敵が攻め込んでくるのを覚悟の上でか?』
『今のところ、大きな動きがないから大丈夫かなと思ったんですが。ソロでの狩りには限界が見えてきてますし……』
しかしキールは、うーん、と唸る。僕も腑に落ちないところがあった。
『以前にも誰か言っていた記憶があるが……大手ギルドの連中の動きがおかしいんだよなー。
こっちが効率をよくするためにパーティ組んで集団行動するのを狙っている、ってことも考えられるんじゃないか?』
『そこなんだよね。僕が引っかかっているのも』
圧倒的な数を誇る彼らがこちらの様子を伺っている状況だというのであれば、そう考えるのが無難だろう。
しかも数十人単位、下手すれば三桁以上の人数に包囲されれば、包囲網の一角を崩して逃げ出すというのも容易ではない。
足が遅い術師系がいれば尚更……というか無理だ。断言してもいい。
戦士系のレオンハルトだって、術師よりは流石に速いだろうが、重戦士だし武器や鎧とかの重量による補正も考えると……僕よりもずっと遅いだろう。いざ逃亡、という時にはかなりキツいことになるのが目に見えている。
『確かにメルキセデクの言うように、皆で集まれば探索とかについてはかなり楽にはなると思う。でも、最初の頃にも言った通り、一箇所に集中することはリスクを伴う。人数が増えれば、相手に気づかれやすくもなるしね』
僕たちに続いて、ファーテルがメルキセデクを優しく諭す。
やっぱり彼は、僕やキールと比べて話し方が上手だ。彼の意見を尊重しながらも、そのデメリットについて説明できている。
『というか。パーティを組んで大部隊と相対するようなことになった場合、プレイヤーの大多数を殺害する羽目になるのはお前だぞ?
極大魔法の範囲に勝る範囲攻撃なんて、俺たちにはないんだからな』
『う……』
ノアの指摘は全くもってその通りだ。攻撃範囲が最も広いのはメルキセデクだ。必然的にパーティを組んで大人数の部隊と相対する場合、プレイヤーの多くを殺すのは、彼となる。
彼にその覚悟があるなら、大人数相手でもある程度なら耐えられるだろうし、パーティを組むという手もありなんだろうけれど。
『……ごめんなさい、忘れてください』
メルキセデクには、流石にそこまではできないという自覚があるのだろう。自分が上げた案を撤回した。
まあ、彼じゃなくても、そうするだろうな……とは思う。
仕方のないことと理解した上で一人殺すだけでも、気分が悪くなる。沢山の人間を同時に殺すなんて……それこそ、既に狂っていなければできる所業ではない。
仮に、そこまでできる程になってしまった人間がいたのなら――彼もしくは彼女は最早、人間と呼ぶことのできない存在なっていると言っていいだろう。
そして、それが人間と人外の境界線となるのであれば。アスタロトは間違いなく、人間ではない者――悪魔と呼べる存在だろう。
『……本当、難しいのよね。このゲーム』
ラケシスが小さく呟くと、秘匿チャットが静かになる。
攻略を優先するのであれば、団体行動をしたほうがいいに決まっている。しかしそうすることで、他のプレイヤーたちの物量に潰される。
殆どのプレイヤーは、“魔王”を殺害することが脱出への最大の近道だと考え、それに対して疑念を持つことすらしない。目先のことだけを見て、思考停止してしまっている。
そりゃあ、うまくすれば僕たちが彼らを説得することは不可能ではないかもしれない。でも、知り合い……それもリアルでの友人でもなければ難しいだろう。
そしてそんなのは、プレイヤーの中のごくごく一部。全員の知り合いを合わせたとしても、三桁を超えることなどありはしない。そうでないプレイヤー総数は六桁を超えている。
「どうしようもないよ、本当……」
思考停止をすれば負け、ということはわかっているけれど。それでも、思わずにはいられない。
果たして本当に、僕たちが生きてこの世界を出る方法なんてあるのだろうか? 最初からクリア不可能なんじゃないか、このゲームは?
『あ、あの……』
沈黙を破ったのはメルキセデクの声だったが……どこか、様子がおかしい。
『……僕、今……新しい狩場に移動するために湖に潜っている途中だったんですけれど……何かすごいものが……』
『どうした?』
『ユーリさん、ちょっと。千里眼を僕の周囲に……』
言われたとおりに千里眼ウィンドウを作り、メルキセデクの周辺を拡大して確認する。
「……!?」
そして、驚きのあまり肉声を上げそうになるのを手で押さえ……映し出されたものを凝視した。
『これってもしかしなくても、隠しダンジョンって奴……ですよね?』
“Rahab”のスキルなしには到底たどり着けない水の底。そこには、神殿と思しき巨大な遺跡が存在していた。