幻想立志転生伝
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***最終決戦第十章 背を押す者達***
~親子対決 決着編~
≪side ハニークイン≫
現在こちらはハイラル、コホリンを加えて三名で魔王様の御許にむかっているのですよ。
やはり、ここは側近たるハニークインちゃんが行かないと始まらないのですよー?
「魔王様。参謀ハニークイン、参上つかまつるのですよー」
「コケー!」「コッコッコー!」
むむっ!眼前に粘土野郎!
ここは薙ぎ払いの一手なのですよー?
ここでハニークインちゃん達が頑張って相手を引き付ければ、
後ろの人たちも随分楽になるってものです。
まったく、仕方の無い人たちなのですよー。
……けど。
あの人たちが自分のせいで死んだとなれば、魔王様はきっと悲しまれるのですよ?
それは容認しがたいのですよ。
だって、
先代達が滅びかけた時。
あんな雪山の中に魔王様自ら助けに来てくれたのですよ。
いや、その父親があんな法外なおにーさんだとは思わなかったのですけどね?
何にせよ、滅びかけた一族は何とか首が繋がって。
あと数年もすれば、ハニークインちゃんも卵産んで一族再興出来るのです。
魔王様には是非再興された我が一族を見ていただきたいのですよー。
……因みにスズメバチのクイーンと比べるのは無理。
あの怪物と比べられても困るのですよー。いやまじで。
まあ、それはさておき。
「天よ見よ、地よ見よ、ざまあ見よ!これがハニークインちゃんの戦い方なのですよー!」
「「コケコケコケーッ!」」
全身を視界がぶれるほどの速度でブルブル震わせるのです。
くっくっく。我等がご先祖様を舐めるんじゃないのですよ?
スズメバチをも煮殺したと言われる彼の一族の末裔たるその力、見せてやるのです!
「はいぱーモードなのですよーーーーッ!」
超振動による熱量増加により、ハニークインちゃんの体が白熱するのですよ。
ハイラルが無茶苦茶熱そうだったので背中から飛び立ち、更に温度を上げます。
遂に全身が眩い光を発するまでになると、その表面温度は太陽に匹敵するとか何とか。
まあ、先代の側近達の受け売りなのですよ?
でも……。
「焼き物になってしまうのですよー!」
粘土を焼き固めるくらいの事は余裕で出来るのですよっ!
『!?』
『!』
『……!?』
「驚いているのですよ!さあ、今がチャンスなのですよ……!」
「コケッ!」
「コケケッ!」
敵は軟体だから問題なのですよ?
だから一度固めてしまえば!
まあ、そこが千年前から何一つ変わらない物の弱点なのですよね。
無敵を誇った機構と言えど、千年の時の流れには抗えない。
とは言え、古代の人達も十分承知してたと思うのですよー?
「……ま、何が言いたいかと言うと」
「こけ?」
だから……。
多分、古代の人達もこれが破られる時が来る事は判っていたと思うのですよー。
「魔王様は、もう……苦しまなくて良いのですよっ!」
「「ケコケコーーーーッ!」」
要するに。
多分、魔王様は使命を十分過ぎるほど果たしている。と思うって事なのですよ。
だからもう頑張らなくて良いって、
側近の一人として……ご忠言つかまつるのですよー?
「と、言う訳で迎えに来たのですよ?帰るのですよ……魔王様のお家はもうここでは無いですから」
「どいつもこいつも、阿呆ばかりめ……」
ふむ。まあ脈はありそうなのですよ。
じゃなきゃ、泣いたりはしないのですよね?
ここはひとつこのハニークインちゃんが、
「なんで、なんで……こんな所に来てしまったのだ馬鹿者どもめ……」
「決まっているのですよー。魔王様を……あれ?」
「コッ!?」
「コケッ!?」
……あれ?焦げ臭いのですよ。
それにこれは、血?
誰の?
……。
≪side カルマ≫
突き進む、突き進む、突き進む……!
クレイゴーレムはハイムの傍に行こうとする度にその数を増やしていく。
だがルンの氷壁(アイスウォール)で敵の侵攻を食い止めつつ、
兄貴の攻撃力と広範囲に渡る斬撃は嵐の如く前方に沸く敵どもを巻き込む。
限界と敵の特徴を理解した村正は顔面を庇う腕を狙い、
無防備になった顔面には傭兵王の魔槍が突き刺さっていく。
「近寄らせはしないよ!」
「すこっぷ!すこっぷ!すこっぷ!」
「アルシェねえちゃ、たま、です!……ルンねえちゃ、はちみつしゅ!あーん、です!」
後方から迫る連中は無理に倒す必要が無い。
アルシェは顔面を狙って弾丸をばら撒く。
防御されるが目的はそれだ。
攻撃の手数を減らしたところで、アリスがその足元をスコップで崩し、追撃を遅らせる。
それだけでいいのだ。
その後ろの敵は前につかえて何も出来ないで居るのだから。
そしてアリシアは味方の補助だ。
回復薬や弾薬の提供から全方位を見張っての索敵。時として汗拭きまでも。
皆、八面六臂の大活躍である。
「このおっ!」
「ナイス、カルマ君」
「斬ります!」
『はいはーい。やっちゃうのよねぇ!』
「ククク、一度に三体か。やるじゃねぇかグスタフ。流石は俺様の孫だぜ」
俺とグスタフは遊撃だ。
前衛を突破してきた奴らが荷物持ちのコケトリスに攻撃を加えないよう叩きのめしたり、
前後どこかが押された時の手伝いをしている。
……正直言えば前後どちらかの前衛を担当したい。
だが、止められた。
馬上、と言うか巨大鶏の上で正座して魔法の詠唱をするのみのルンとは違い、
俺達は戦うとなったら動かなければならない。
ここであまり体力を消耗するなと全員から言われているのだ。
曰く、俺達の出番は他にある、と。
「応、何か知らないが段々敵の沸きっぷりが緩くなって無いか?」
「俺様もそれは感じていたぜ」
「後ろは大渋滞だから良くわかんないよ!?」
「うりゃうりゃうりゃうりゃ!であります!」
皆と共に進む。
盾となり、矛となってくれた仲間達に背を押されつつ。
段々と少なくなっていく粘土のゴーレムを蹴散らしながら。
……諦めたのかそれとも別な狙いがあるのか。
少なくとも敵の戦力が尽きたと俺は思わない。
その予感は、図らずもすぐに証明される事となる。
……。
「この先の角を曲がった所であります!」
「かくへきは、まだこわれてるはず、です!」
蟻ん娘に案内されるまま先に進む。
気が付けば前方からは道を阻む敵の姿が消えている。
これが好機と移動速度を上げ最後の曲がり角を曲がった、
いや、曲がろうとした途端……!
「うぐぅ……待つのですよ!」
「何言ってやがるコイツは!?俺様は行くぜ!未だ予備はあるし!」
先行していた傭兵王が、
閃光の中に、消えた。
そして後ろからまた現れた。
恐るべき攻撃力の防衛網が先にある。
敵の沸く数が減ったのは、つまりそう言う事だったのだ。
……。
「さて、無茶をしたもんだなハニークイン?」
「いやあ。ハニークインちゃん達なら魔王様を説得できると思ったのですよー」
「「コケッ!」」
しかし酷いもんだ。
体中穴だらけじゃないか。
しかも、銃創まである!?
「おい、お前一体何と戦ったんだ!?」
「そうです!それが一大事なのですよ!?」
話を聞いてぞっとした。
なるほどね。
最後の敵は古代文明お約束の防衛システムか。
……と、言ってやりたいのだが……。
「……悪い。それ、知ってるんだが」
「え?」
ポカーンとするハニークインにアリシア達が声をかける。
「あたしら、いるです」
「おじちゃん達が命張って調べてくれたのでありますよ?」
「……ハニークインちゃん。可哀想なのですよー」
「僕も可哀想だと思うけどさ。自分で言っちゃ同情が半減するような……」
どよーん、とする羽虫。
だがそこに更にルンが現れ、ハニークインの背中に手を乗せた。
「……それでも頑張った」
「ううう。判ってくれるのはおねーさんだけなのですよー」
「こうやってルン母上は人望を得ているのですね。べんきょうになります」
まあ、確かにコイツの努力と根性は認めるべきだろう。
だが……。
「その傷ではもうこの先に行けないんじゃないか?」
「そうかも、知れないのですよー……」
全身穴だらけだ。
生命力はあるようなので死にはしないだろうが、暫く安静にしておかなければなるまい。
まあ、コイツの突出でアルシェ達が助かった部分はあるので何も言わんが……。
「だが、背後からも敵が迫ってる……戦闘不能を庇ってる余裕は無いぞ?」
『クイーンアントの物量攻撃を推奨するのですよー。手段を選んでる場合じゃないし』
確かに普通に考えればそうだ。
だが。今回は事情が違う。
『いや、蟻ん娘達には別行動をさせてる……動ける奴は前の方で敵の足止めだ』
『その割りに後ろから随分迫って来ているのですよー?』
『上階からの奴等を遮断出来てなかったらこの数倍は押し寄せてきてるだろうな』
『それは恐ろしいのですよー』
「おいカルマ!何時まで話し込んでやがる!」
「まあ、ちょっとまって、です」
今はまだ兄貴達が押さえているが何時まで持つか……。
しかし、元々兄貴や村正、傭兵王は外部の人間だし、
内部の人間でもルンは事情を知らない。
どちらにせよ、蟻ん娘物量攻撃は明日があると考えれば使えない手なのだ。
よって、動員できない事は別段不利になる要因では無い。
『ともかく、蟻ん娘達は俺の命令で世界中に散ってる。この戦いには間に合わない』
「要するに、足手纏いを守る余裕は無いって事ですねー?」
……せめて撤退させられれば良いが、後ろは敵塗れ。
最悪地上の殿軍は窓や壁を突き破って逃げられるから心配はしていない。
しかしここは、間違いなく死地。
頼りの地中からの援軍も、今度ばかりは……無い。
「ふふん。まあ、心配ご無用なのですよー」
「コココッ!」「コケココッ!」
だが、ハニークインはコホリンに飛び乗ると不敵に笑う。
全身ボロボロなのは判りきっているが……。
「まあ、ここからはコホリンに任せて生き残る事に専念するのですよ。後方は任せるのですよー」
「行けるのか?」
「……こんなハニークインちゃんでも死んだら魔王様を悲しませるのですよ。多分」
「ククク、じゃあ、死ねねぇな」
「と言う訳で魔王様の説得を宜しくなのですよ」
「応、言っておくが余裕はねぇからな。庇い立ては出来ないからそこは覚悟しろよ!?」
「これ。ぶき、です……まあ、いちおう」
「と言うか、その傷で何で動けるで御座るかそこの妖精殿は、いや、だからこそで御座るか?」
村正のぼやきを尻目に、ハニークインはコホリンの背でアリシアから渡された銃を構える。
そして最後に振り返り。
見た感じの私見だが、と断ってから俺に一言。
「あ、そうそう……魔王様、お迷いのようなのですよ?そこが突破口かと愚考するのですよー」
「そうかよ……お手柄だ」
そう言って、後方に向かって行った。
後方は兄貴と代わり、ハイラル、コホリンが後方を担当する。
数を減らしてきたとは言え傭兵王に村正と二羽だけで押さえるには多い数だが、
前方を突破する為には兄貴の力も必要だった。
無茶は承知……だが、決死を必死にはしない。
賭けに負ける気など毛先程も無いのだ。
「では、いきましょうか父上、母上達も」
「そうだね。ここが僕らの正念場だよ!」
ハイムは連れ帰る。世界は滅ぼさない。
それに……魔法も手放す気など無い。
「応、俺もかなり浮いてるな。この中じゃあよ」
「……ま、にいちゃにとってはライオネルおじちゃんがお兄さんでありますからね」
「……かろうじて、ここにいるしかく、あるです」
魔剣を引き抜き、ゆっくりと歩き出す。
この先より先は、古代文明の領域。
その最終防衛ラインだ……守りが薄い訳が無い。
だが、それが何だというのだ!?
「虎穴に入らずんば、虎子を得ず……ましてや」
「そこにいるのは、はーちゃん。私達の子」
「やっぱり、家族は揃ってなきゃ駄目だもんね!」
「姉上……!」
「いくです……せきにんじゅうだい、です!」
「今回ばかりは何時もみたいに死んでられないでありますからね!」
ふと見ると、兄貴が下を向いて拳を握り締めていた。
そして、二呼吸ほどして顔を上げると、殊更明るい笑顔で言い放つ。
「おう!じゃあ、いっちょ突っ込ませてもらうぜ!」
「先陣は頼んだぜ兄貴!」
そして、兄貴を先頭に……俺達は突っ込んで行く。
「行って来い!ただし、アルシェとグスタフに怪我させるんじゃねぇぞ!」
「魔王様を、どうか……解放してあげて欲しいのですよーっ!」
「幸運を祈るで御座る!」
「「コケーーーーッ!」」
……。
「うぉおおおおおおっ!どけどけどけええええっ!」
「兄貴、前方の鉄の蛇は炎を吐く!横から突き出す音叉は衝撃波を放つぞ!」
角を曲がると共に凄まじいまでのお出迎えに会う。
足元の穴から突き出した鉄のホースの先から可燃性の液体が垂れ落ちる。
それを一薙ぎにした兄貴に、今度は壁から突き出してきた音叉に関する警告を行う。
「……今、カシャって」
「母上!銃口です、壁に小さな穴が!」
「じゃあ、ジャムって貰おうかな。っと!」
「すごっ!じゅうこうに、たま、すっぽり、です!」
暗殺狙撃用と思われる銃口が戦闘のドサクサに開くが、ルンがその僅かな音を聞きつけた。
そして、グスタフが周囲を見回し僅かに空いた穴を見つけ、
そこをアルシェが狙い撃つ。
銃口を塞がれたそれは弾を詰まらせその機能を停止する。
続いてのお出迎えは一見するとカメラのように見える代物だ。
だが、
「……あれは?」
「あのレンズからは光の糸が突き刺さるであります!」
「それがどうしたってんだよ!」
「当たると何かまずいのかな?」
ぐっ!コイツの恐ろしさを想像できるのは俺か蟻ん娘ぐらいのものか。
一瞬で肉体を貫通する出力のレーザー砲なら、当然切断もしてくるだろう。
ところがこちらはそれを知らずに無防備に当たりに行き、気づいた時には……って寸法か。
だが、その流れは阻止する!
「オオオオオオオオオオッ!」
「でた、です!ファイブレスのふぁいあーぶれす、です!」
紅蓮の炎がレンズを焦がし、融解させる。
これで、まともな威力は出まい!
さらに接近した時ロケットらしきものが迫ってくるが、
それはあえて突出した俺自身が一度食らい、そこをルンの氷壁で叩き潰した。
さあ、これでハイムまで一直線だ!
まず辿り着いたのは兄貴。
だが、突然見えない壁にぶち当たる。
「応、カルマ!お前の所のチビ助まであと少しだってのに……進まねぇ!」
「あ、ぼうぎょしーるど、あるです!」
「無駄だ……これは破れぬ。諦めて帰ってたもれ。それなら、わらわの権限で止められる……」
「どう言う事だ!?これ、お前がやってるんじゃないのか!?」
その時、壁際の床がせり上がり、そこから現れたのは……タレット!?
親父達の時はこんなの有ったのか!?
そんな疑問が浮かぶが、その疑問はハイムの泣き叫ぶ声で氷解した。
「侵入者が多い上に強いから、機構がなりふり構わなくなっておる!わらわでは止められん!」
「……自動迎撃?お前の権限でもどうにも出来ない、か」
全員に目配せ。
先ずは俺に任せて貰う、と言う事で全員が防御装置の破壊に専念し始めた。
それを見て、ハイムの顔色が益々悪くなる。
「父、逃げてたもれ!?父達が死んでは、わらわが命を張る意味が……無い!」
「一度動いてしまったら自分で求められないんだな……」
自らを守る殻を叩き懇願するハイム。
その横では作業終了予定とエマージェンシーを告げる無機質な電子音。
……これが"機構"か。
世界を守り、世界を弄り続ける古代文明の遺産。
「待っていろハイム。今出してやるからな」
「話を聞いてたもれ!世界を守るためにはこうする他無いのだ!」
……まあ、まずはハイムの説得からだ。
何はともあれ納得させねば意味が無い。
「本当なのか?」
「父、まさか寿命残り二百年でまともに暮らせると思っておるまいな!?」
「まさか。放って置けば遠からず人の住めない世の中になったろうな」
「そうだ。しかも異変如きで慌て、禁術をポンポン使いおる。実際には数年で寿命が尽きるぞ」
覚えているだろうか。
世界の寿命が減り、気温がおかしくなった時、
世界各国はそれを魔王の仕業とし魔王城に大挙してきた。
その際、クロスが広めたのか元から秘術として存在していたのか、
瞬間移動の魔法で部隊を送り込んでいた。
「一度なら誤差程度だろう。だが、あれだけ連続使用されると……それに」
「……追い詰められた人間のやる事は一つ、か」
もし、どうしようもなくなったら世界各国で古代より伝わるなんたら、とか、
色々笑えない試みがなされる事だろう。
何せ、魔法文明と言っても良いこの世界なのだし、最後に頼るが魔法である事は容易に想像できる。
その一つ一つが自分の首を絞める事に気付かずに。
いや、気付いたとしてもやり方次第で何とかなるのではないか。
そんな想いにすがり付いて得た力を決して手放そうとはしない筈。
いや、それどころか……。
「わらわは世界を存続させねばならぬ。魔法とはそもそも、そのための技術なのだからな」
「……科学技術を、発展させない為の、か」
ハイムが目を見開いた。……これで確信が持てたな。
この世界は俺の元居た世界の遥かな未来、もしくはそれに近い歴史を辿った異世界なのだろう。
要するに、異常発達した化学文明が滅んでそこに出来たのが魔法文明と言う事か。
それにしても、
人の命や環境まで自由自在に操れるほどの技術を誇った古代文明が最後に残したものが、
よりにもよって科学と対極にある魔法とは。
まあ、有る意味ありがちではあるが、使い古しにも程があるってもんだ。
「ともかく、もうお前の役目は終わったんだろ?ならさっさと帰って来い」
「無理言うな父。わらわが消滅する所までで1サイクルなのだ」
「死にたいのか?」
「そんな訳あるかっ!だが、機構初期化をするには管理者が一人犠牲にならねばならんのだ」
……ふむ。
言質は取ったぞ。
「ルン?聞いたな。ハイムは帰れるなら帰りたいとさ」
「……はーちゃん。帰ろう?」
「いや、だから無理だと言っておる」
ハイムは防御シールドの内部で困ったような顔をしている。
同時進行で兄貴達は周囲で次々と修復されていく防御設備を直る度に破壊し続けている。
ルンはそこから抜けて俺の所までやって来た。
そして俺は、魔剣を構える。
「……父?」
「機構初期化とやらはほぼ終わってるんだよな。少なくとも魔王城の外は」
「……もういいから帰って来て」
「駄目だ。わらわはここに残らねばならぬ。さもなくば……」
「自爆装置でも作動するのか?」
あ、ピクッてなった。
やっぱりか。
古代人もけち臭いな、
魔王の一匹くらい逃がしてもいいだろうに。
だが断る!とでも言いたいんだろうが……。
「けどな。やっぱり俺達としてはお前を連れ戻したいと思う訳だ」
「はーちゃん、帰ってきて。私達のはーちゃん?」
「そうだよ。僕らに一生物のトラウマ植え付ける気なの?」
「姉上!どうかおかえりください!」
次々とかけられる言葉に、ポロポロとハイムが再び泣き出した。
そして、絞り出すように声を出した。
「感謝する。だが……この防御シールドは破れぬ。手遅れになる前に帰ってくれ」
「……そうか?」
魔剣を振るう。そして竜の爪で切り裂く。
……確かに、傷一つ付かなかった。
炎を吐いても無駄。全速力で体当たりを仕掛けても同じ事だった。
「そんな!ここまで来たのに無駄なの!?」
「……でも、先生なら……先生なら何とかしてくれる筈」
……そうだな。
何とかしないとなるまい。
絶対防御のフィールドを突破する方法……それは……。
と言う訳で、床に爪を這わせてみる。
うん、傷がついた。
「じゃあ回り全部ぶっ壊して、切り離してしまえばOKだろ?」
「いや待て父!それは反則だ!」
「……流石先生」
「そっか。壊せないなら周りから切り離して持って帰っちゃえばいいのか!」
ハイムの意見は聞いて無い。
取りあえず帰れるなら帰りたいと聞いた以上連れ帰るのみ。
鋼鉄製の床板を剥がし、出てきた内部機構を無造作に薙ぎ払う。
そして、ハイムの居た辺りの下面区画全てを粉砕し、床ごと持ち上げた時、
ハイムを守り、拘束していたシールドが消滅した。
どうやら、動力伝達系統を何処かで破壊したらしい。
ルンが凄い勢いでハイムに向けて突っ込んで行くのが判る。
「はーちゃん!」
「母……」
そしてがっしと抱きしめる。
骨も折れよと言わんばかりだ。
「……帰ろう?晩御飯、好きなもの用意するから」
「……うぐ、うぐ……ううう……」
えーと。
そろそろ、言った方がいいか?
「ルン。ハイムが潰れる」
「でも、離したらはーちゃん、居なくなっちゃう!」
「居なくならん!居なくならんから力緩めてたもれ!?首が、動脈絞まって、お、る……」
はっ、としたのかハイムの頚動脈が正常に戻る。
但し。逃げられないようにホールドされているのは変わらないが。
「帰ったら、一緒にお風呂」
「わ、判った、判ったからその目は怖いから止めてたもれぇっ!」
うん、久々の気がするルンの瞳孔全開モード。
目も表情も何一つ笑ってない。
と言うか口元だけワラっている。
はっきり言わなくても、ヤヴァい。
「お仕置きはその後」
「……え?」
いや、そうなるだろ。
こんだけ心配させておいて無罪放免は無いから。
迷惑かけた人数からもな。
まあ、完全に拘束状態だしルンの事だから多分数日は離さないと思うぞ。
取りあえず覚悟だけはしておくんだなハイムよ。
「大丈夫。お尻百叩きだけで勘弁してあげる」
「母のそれは本気で死ねるわああああああっ!」
滂沱の涙を流しながら抗議の声をあげるハイムだが、
そんなまおー様の声など誰も聞いていない。
「応、チビ助……今更それは虫が良さ過ぎるぜ。多分な」
「ククク、何か知らんが攻撃が止みやがったぜ。どうやら片がついたらしいな?」
「疲れたでありますよ……」
「は、ハニークインちゃんも疲れたですよー……」
「コホリンのうえで、すわってただけ、です」
「まあまあ、大怪我しながら振り落とされなかったんだしそれは認めてあげようよ」
「ともかく、これでばんじ解決ですね!」
「全くで御座る」
「どこがだーーーーーーっ!?」
だが、そんな安堵した空気は、
次のハイムの叫びに合わせて消え失せる事となる。
「言っておくが。わらわが外された事により自爆装置が働く!早く逃げんと消し飛ぶぞ!?」
「「「「え?」」」」
「非常事態中の非常事態だ!わらわの異常動作に合わせ地下の動力炉が暴走するのだ」
「暴走するとどうなる?」
「少なくともシバレリアの森は全て吹き飛ぶ!」
「何ぃぃぃぃいいいいっ!?聞いてねぇぞぞれ!」
「ど、どうしようカルマ君!?」
周囲の様子も段々とおかしくなってくる。
ショートした火花が部屋全体どころか魔王城全体を覆い、
自身のような地響きが走る。
これはマズイと兄貴や傭兵王達が表に向かって走り出した。
村正が「出番これだけで御座るか!?」と叫びながらそれに続く。
「……先生。私達もはーちゃん連れて逃げるべき」
「そうだな。ルン……ハイムの事を頼む」
その言葉にハイムを羽交い絞めにしながら部屋の入り口に走り出そうとしていたルンが立ち止まる。
顔に僅かばかりの焦燥を滲ませて。
「……先生は?」
「俺か?俺は……ちょっと動力炉を何とかしてくるわ」
今度こそルンは固まった。
同じようにハイムも呆然としている。
「父、何を言っているのか判っておるのか!?」
「……ああ。ほっとけば爆発するんだろ?だったら止めないとな」
「駄目!先生死んじゃう!」
「そうだよ。はーちゃんは連れ戻したくせに僕ら置いて先に逝っちゃうの?」
「父上。幾らなんでもむぼうです。とめる方策はあるのですか?」
皆が口々に無茶だと口に出す。
だが、俺は……グスタフの疑問にのみ回答した。
「……ああ。止める策は、ある」
「なんだと!?どうやって……まさか!」
ハイムの驚愕に首を縦に振ることで答える。
そう。暫く前からファイブレスの声が聞こえなくなったのだが、
今度は段々とこの手の機構に関する知識……恐らくファイブレスのもの。
それがまるでジワリと水が漏れ出すかのように、俺の中に入り込んできたのだ。
混ざりつつあるのも良し悪しだが、今回ばかりは素直にありがたいと思う。
今の俺なら、どうやれば動力炉を止められるかも判るのだ。
そして……それを再起動させる方法もな。
「一度電源……に当たるものを止めればいい。それだけだろハイム?」
「阿呆か!簡単に言うがその辺の防備は完璧だ。スイッチに辿り着く前に消し飛ばされるわ!」
とは言え。
ただ座していれば大爆発が起きて魔法と言う物自体が失われるのを待つのみだ。
その後の混乱は想像に難く無い。
何一つ失いたくないのなら……機構本体すら失う訳にはいかないのだ。
端的に言うと、だ。
「まあ、そこは多少無茶をするさ。見返りは大きいしな」
「……見返り?」
ニヤリと笑う。
未だかつてこの大陸で誰も考えも突かなかったような野望だ。
……とも言えるし、面倒事を引き受けるだけなのかも知れない。
ハイムがぐずった場合の切り札でもあったその策とは……。
「今後魔法はうちで管理しようと思う。そんな訳で動力中枢は何とかして確保したい」
「ちょっ!?父ぃぃぃぃっ!?機構を乗っ取るつもりか!?」
「……魔法の、かんり?」
ルンが少し頭を捻っているが、まあ細かい事は後で説明すればいいか。
ともかく、万一を考えると皆にはここから脱出しておいて欲しい所だ。
「と言う訳でここから先は俺が一人で行く。多分、ここからの攻撃に耐えられるのは俺だけだ」
「駄目だ!父、死ぬ気か!?」
ハイムがルンの腕の中で騒ぐが、その手に横から手が置かれた。
アルシェだ。グスタフを横に置いてにこりと笑った。
「とは言っても、カルマ君がこうと決めたら絶対譲らないよね。じゃあ僕は行くよ?ただし」
「父上、ぜったいに帰ってきてくださいね。母上たちはそれまでぼくが守ります」
そして、アルシェはルンに手を伸ばす。
「じゃ、行こう?ルンちゃんを守りながら出来る事じゃ無さそうだよ」
「……私は……」
「だいじょうぶですよ。父上がルン母上の事を置いていくとは思えません」
その言葉を聞くとルンは差し出されたその手を取り、
俺の方を振り返った。
「……絶対に、無事で帰ってきて」
「ああ」
そして、走り出す。
……残されたのは俺と、何時もの二匹。
「お前らは逃げなくていいのか?」
「もーまんたい。です……あたしら、アリサのだいり、です!」
「にいちゃの両脇を固めてこそのあたし等でありますよ?死ぬのもいつもの事であります」
随分と物騒な物言いだが、頼りになるのは確かだ。
意思の確認を行った後床板を引っ剥がし、
千年間不審者の侵入を許さなかった動力炉に無理やり侵入していく。
しかし……あれ?床が、無い?
……。
一つ勘違いをしたが、床が無い訳ではなかった。
ただ、天井と床の落差が洒落になっていなかったのだ。
ここまで掘り進んで居なかったと言う事もあり、蟻ん娘すらドン引きするほどの巨大空洞。
俺達はそこに飛び込んでいく。
だが、そこで待ち受けていた物は……!
『良くぞ参られました。永く待ち望んだ不審者様』
「……動力炉が喋る?いや、これが本当の中枢そのもの、か!?」
それは中央にメインカメラ、にしては余りに大きなレンズの付いた巨大な球体。
見た目はまさしくボールの化け物。
その巨体は頭頂部まで50mくらいあるかも知れない。
その側面からは巨大なマニピュレータが腕のように突き出していた。
背面部からは尻尾のようなコードが壁まで伸びコンセントに繋がっている。
球体自体はかなりの硬度を持つ材質で作られて、白銀の輝きを放っていた。
そして、頭頂部には"緊急時専用"と書かれたスイッチが一つ。
ファイブレスの記憶によると……俺の目的地はそこになるわけだ。
ただし周辺にちりばめられた巨体を守る無数の砲身は新品同様に磨き上げられ、
周囲にはそれを小型化したような機銃を備えた補助兵器が無数に浮かんでいる。
動力炉なんていうのは半ば嘘っぱちだな。
と言うか、片方の腕に持っている大盾に"最終兵器"とデカデカと大書してある。
古代人、明らかに狙ってただろこのシチュエーション……!
「ええと。魔道動力炉、だっけ?ともかくそれで、いいんだよな……?」
『間違いないです。同時に最後の防衛ラインでもありますが』
最後の防衛ライン、ね。
ここを建造した連中のアホさ加減を想像するのは容易いが、本題はそこではあるまい。
……と言うか、ワクテカして無いかこいつ?
レンズの防御用と思われるシャッターがさっきから開いたり閉じたり、せわしないんだが。
「俺の用件は、判ってるって顔だな」
『はい、当代魔王との会話内容から判断するに機構……私を私有化せんと目論んでおられますね』
「まあな。だがほっとけばお前遠からず自爆だろ?それに比べればマシじゃないか」
『いやあ、千年前からそう言われるだろうと想像してましたが本当に言われるとは』
何?と思い、
その顔、と思しき部分を見ると少しばかりレンズが上を向いていた。
……もしかして、ふんぞり返っているのだろうか?
しかもマニピュレータ、と言うか腕で後頭部に当たる部分をかいてるじゃないか!?
さり気なく人間臭いなこれ。
「と言う事は、自爆阻止しに来る奴がいるのは織り込み済みか」
『ええ。でも来てくれて良かった。じゃないと私は自爆する為に存在してる事になりますから』
爽やかに言い放ちやがった。
完璧に近いシステムを乗っ取りにかかる奴が居る事すら織り込み済みかよ。
「……で、俺を排除した後は?」
『自爆します。嫌ですけど』
何か心底安心してる&達観してるな。
シャッターが半開き……要は半眼になって一言ぼやいた。
だが、流石に使命を放棄するような事は無いらしい。
レンズが俺のほうを向いて、無数の銃口……と言うか砲身も俺に狙いを定めた。
『まあ、魔法なんて法外な力なんです。個人で全てを支配しようなんて出来やしませんよ』
「だろうな。まあ、そこはほら、うちには魔王いるから。後は竜とか」
元々管理していた連中に任せればそれなりに安心だろ。
後は身の丈にあった管理法と使用法に改めれば……。
『無意味です。だいたい魔力を生成する私はいますが、それを分配する仕組みはもう無い』
「言いたい事は大体判るさ。ここを知られると馬鹿な事を考える奴が現れるだろうしな」
取りあえず、それに関しては考えている事がある。
けどまあ、コイツに判って貰う事は不可能だろうな。
現に、背筋を冷たい物が通り抜けた。
……撃って来る気だ。
本来なら心臓が飛び跳ねるべき時だが、先日から様子がおかしい。
なんと言うか鼓動が遠いというか弱いというか。
まあ、魔力供給はあるから良しとするが……。
『判ってるなら話が早い。悪用される可能性がある限り……それを認めはしません』
「おおっと!?」
「ひゃああっ!?です」
「ガトガトガトガトであります!」
足元を中心に弾丸がばら撒かれる。
一応当てる気は無かったようだが……本気で来られたら避けられはしまい。
それだけ密度の高い攻撃だった。
しかもこれ、かなり威力控えめの武器のみでの攻撃だ。
本気で来られたら厄介だな……。
「アリシア、アリス……下がれ!ここは俺だけで行く」
『スイッチは使用禁止です』
「にいちゃ、きをつける、です!」
「ファイトでありますよ!」
蟻ん娘達を下がらせ自らは敵前目掛けて突撃。
『シールドバッシュ。容易く避けられる代物では有りませんよ』
「殆どハエタタキ……ってレベルじゃないぞ!?」
プール二つ分ほどの巨大な盾が叩きつけられる。
迫り来る自分自身より大きな"最終兵器"の文字。
それを文字通り全力疾走で回避するとそれが再び持ち上げられるまでの時間を使い、
敵対者であり獲物でも有る球体の動力炉に肉薄した。
そして、
『砲撃開始』
「流石に自分を傷つけるような攻撃は出来ないよな……っと!」
その球体そのもの……本体には当てないように球体すれすれに降り注ぐ砲弾の雨。
それをすり抜けながら俺は"緊急時専用"のスイッチに辿り着き、それに手をかけた。
が、おかしい。
なんと言うか、こう、誘導されているような嫌な感覚が俺を支配する。
……直感を信じてその場から飛びのいた。
『……中々鋭い。ですけど、それに気付くような人を野放しには出来かねます』
「カチッとな。って、自分で押しやがった!?」
……あれはスイッチじゃ、無かったのか?
ファイブレス……管理者の記憶ではあれを押せば非常停止がかかる筈だったのだが。
ともかく、俺は押さなかった。
むしろ、動力炉が……自分で押した。今。
……何でだ?
『リミッター、解除します』
あー、成る程。余りにあからさまだと思ったら、
罠かよ!
とは言っても、追い詰められた場合自分で押せるなら気をつける意味も無かったか。
多分、侵入者が押した時のみ、徹底的に馬鹿にする機能が付いていたのだろう。
なんつー悪趣味と言うか、馬鹿馬鹿しいというか。
何にせよリミッターを解除してきただけの事はあった。
次の瞬間……俺は何かに弾き飛ばされ気付いたら壁に叩きつけられていた。
……。
「にいちゃ!?」
「起きるであります!」
妹達の声が、遠い。
だが、このままではいけない事は判るので必死に立ち上がり目を開ける。
……眼前に氷塊が降って来ていた。
『正規術式、凍結(フリーズ)、主に氷を作ったり冷蔵庫を動かす為の魔法です』
「まほ、う!?」
……空いた片腕から繰り出されたのは間違いなく魔法。
機械ではあるのだろう。
だが、魔法を管理する為の物。その中でも世界全てにその力を行き渡らせるほどの動力源だ。
ある程度の判断力を与えられているのだから、自分でも使えてもおかしくは無い。
それとも、攻撃をかいくぐりスイッチを押せるレベルの相手にのみ使用する、
特別な状態なのかもしれない。
ふざけているように見えてもその力は本物だって事か。
思えば古代文明の遺産は所謂"お約束"が多かったように思う。
故に今回もウケ狙いかと思いきや、最後の最後で引っ掛けてきた。
……本気だ。
今度ばかりは万一があったらどうしようもないという事なんだろう。
現に……、
「にいちゃ!よける、です!」
「でも、数多すぎでありま……!」
今現在俺に降り注ぐ銃弾、砲撃、そして各種魔法の数々。
明らかに殺しにかかっているその攻撃の重さ、威力、その全てが想像の枠を超えていた。
恐ろしい事に、ファイブレスの記憶から零れ落ちたと思われるこの部屋の備え、
それを遥かに上回るだけの防備がこの場所には成されている。
……甘かった。
まさか、ファイブレス達"管理者"にすら本当の備えが教えられていなかったとは。
俺達が一つになりつつある今、その記憶と能力があれば何でも出来ると思ってしまった。
我が身の力があれば可能な戦力だと思ってしまった!
だが、結果はこの通り。
……要するに、信用されていなかったのだ。
まさか、管理者の離反すら考えられた備えだったとは……。
全てを想定する、即ち最悪を想定すると言う事はつまり、
……爆風に吹き飛ばされた。
思考が及んだのはここまで。
竜の頑強な肉体を持ってしても耐え切れない程の波状攻撃。
部屋の隅で叫んでいる筈の蟻ん娘の声が聞こえなくなるほどの、文字通り五月雨のような攻撃。
視界全てが敵対するもので埋まり、すぐに何も見えなくなった。
肉体の末端からの喪失感。
それが段々と中央に迫り、最後に心臓からひび割れる音が聞こえた。
そして、暗転。
痛みすら感じなくなり、多分、俺は……意識を失った。
いや、もしかしたらこれは……。
……。
「カルマ。お前……諦めるつもりか?」
誰だ?俺を呼ぶのは。
「わしだよわし……判らんか?」
わし、って言われてもな。
……ガルガンさん、とは何か違うし……。
「お前、自分で切り殺した相手ぐらい覚えておくべきだと思うんだが?」
「切り殺した!?」
目を開けた、のだと思う。
真っ暗なその闇の中、浮かび上がる……ハゲ頭。
「ブルジョア、スキー?」
「そう。神聖教団の聖堂騎士団長ブルジョアスキーだ。久しぶりだな」
何でコイツが……まさか!?
「まさか俺、死んだのか!?」
「いや?だがこのままだと時間の問題だな……」
指差された先で、ボロ雑巾のようになった俺の体が見えた。
いや、これは感覚からの想像だ。
何故だか判る。そして、ここは……。
「まさかここ。俺の心の中、か?」
「その通り。わしも随分長い間お前を見守っておった事になるな」
見守ってたって、何時から?
そもそもどうして俺の心の中にブルジョアスキーが居るんだよ。
「お前の剣は何だったかのう?」
「魔剣……あ!」
「そう。お前がその魔剣で切り殺した者達、正確に言うとその魔力はお前の中にあるのだ」
「そうだったのか……」
「普段のお前では感知出来ぬ程小さい存在だ。今お前が死にかけてるからこうして話が出来る」
「……いや待てブルジョアスキー。お前、魔法使えたのか?」
あ、タコ頭が光った。
「わしは"神聖教団"の騎士団長だぞ?治癒術も使えない訳じゃない。一度しか成功した事無いがな」
「自分の言葉内でオチを付けるな」
成る程。ファイブレスのように魔力と共に人格も吸い込んでいたというわけか。
スティールソードは斬った相手の魔力を吸い取るが、
その時魔力に溶け込んだ人格か記憶か何かまで取り込んでしまうのだろう。
竜が特別と言う訳ではなかったのだ。
なら、魔力持ちで斬った敵はすべてここに居ると考えてもおかしくは無い。
とは言え、この状況下で何が出来るのか。
ここが俺の脳内だとすれば時間は殆どたってないと思うが、
それでもここからどうやって逆転するか……全く想像も付かん。
「……こんな事ならハイムを連れ出した時点で逃げ出しとくべきだったな」
「そうか?」
意外な言葉に思わずブルジョアスキーをまじまじと見てしまった。
何を言っているんだこの人!?
「お前、魔法を失ったら随分と不利な事になるのではないのか?」
「わたくしもそう思いますよ」
「なっ!?大司教クロス!?」
今度はクロスか!
いや、魔剣で切り殺して、更に魔力が有ればここに居るというのなら居て当然だ。
まさか再びその顔を拝む日が来るとはな。
しかし、その言葉は当たっていた。
魔法の無い俺はかなり不利な立場に立たされる可能性が高い。
「さて、カルマさん?貴方も年貢の納め時ですね。最期ですし教団に入信しませんか?」
「要らん」
漆黒の闇が僅かに揺れた気がする。
「まったく、困った方ですね。たったそれだけでわたくしが力になって差し上げようというのに」
「いや、この状態で何が出来るよ?」
ズタボロのボロ雑巾で、しかも痛覚が無くなるほどの損傷だよ?
どう考えても致命傷じゃないか。
「大司教様。ですから言ったでしょう?この者が改心する事など有り得ませんぞと」
「ええ、そうですね。最初からカルマさんに期待は余りしていませんがやはり残念です」
酷い言い草だ。
一応ここは俺の心の中のはずなんだけど。
「貴方のような方を生まれた時からずっと見守ってきたあの方には同情しますよ」
「誰だよ」
「誰って……お前に決まっておる。もう一人の、お前」
……俺?
もう一人の、俺?
「わたくしたちは既に貴方の一部なのです。つまり」
「わしらに隠し事は出来んぞ?お前、何処かから人格と記憶だけ飛んできたそうでは無いか」
「まさか……この世界の"カルマ"本人!?俺に取り込まれたとばかり思ってたが」
「現に取り込まれてるではないか」
「そうです。彼は今まで貴方を見つめ続け、時には身を削って助けていたのですよ」
俺は自分でもしぶといと思っていたが……そんな理由があったのか。
いや待て、だとしたら……会えるのか!?
会ってどうするという事は無い。正直謝ればいいのか堂々とすればいいのかそれすらも判らない。
だが、会えるなら会ってみたい。
……その想いは自然と言葉になった。
「ど、何処に居るんだ!?」
「さっき消えたぞ。完全なる消滅だ」
「貴方を守るため文字通りただの魔力として消耗し、消えていきました。見事な最期でしたよ」
……言葉も出なかった。
「まあ、余り気に病むな……消えたのも本人の望みだ」
「……カルマさんの事を本当に尊敬していたようです。何時も"凄いです"を連呼していましたし」
なあ、それで本当に良かったのか?
もう一人の俺よ。
赤ん坊の頃に体を奪われ、遂にその存在すら消滅した。
それで本当に、
「まあ、お前の息子は人格的にあ奴のコピーだから本当に気に病まんで良いのだぞ?」
「自身の分身が日々成長する姿を見て喜んでいましたからね。例え記憶が無くとも、と」
……今の台詞は精神衛生上聞かなかったことにしておく。
と言うか、話を元に戻そう。
何か、さっきのクロスの言い方だと、
大司教達が力を貸せばこの状況下を何とかできるというような言い草ではないか。
「まさか、この詰んでる状況下をどうにかできると言うのかよ?」
「ええ。出来ますよ……わたくし達が望みさえすれば」
俺が望んで、じゃ無いのな。
あくまでお前らが望んだ場合の話か。
「要するに。お前の半身がやった事をするのだ」
「わたくし達の人格を構成する魔力を組み替えて戦力とすれば、かなりの力になりますよ」
「我等がその全てを魔力を制御する為の部品に変えれば、貴公は再び魔力を振るえるだろう」
アクセリオン!?いや、コイツもここに居て当然か。
と言うか、話からすると……俺は再び魔法が使える!?
成る程、竜の身体能力に魔法による上乗せが出来れば勝機はある、あるぞ!
……しかし、だ。
「……だが、いいのか?話からすると……俺の半身のように、人格が消えてしまうんじゃないか?」
「ええ、その通りです。わたくし達の意思も人格も、聖堂を構成する石の一つとなるようなもの」
「私達の事を気にする必要は無いぞ。どちらにせよ死んだ身の上。残りかすに過ぎぬ」
「ふん、わしも大司教様もあんな物を見せられては協力せざるをえんよ」
見せ付けられた?
ハイムに関連して神聖教団の立て直しを始めた事か?
それとも蟻ん娘の事を知って余りの情報網に呆れを通り越したか?
はたまた何だかんだで国民を食わせてるのを見て感動したか?
「まさか必要があれば本当に三日間休まず働き続けているとは思いませんでしたよ」
「わしとしても毎日鍛錬を欠かさんのは立派と言わざるをえん」
「我がシバレリアもあれだけの資金さえあれば……国の運営には金が必要だったのだな」
ああ、ブラック企業だけどそれがどうかしたかクロス?
それとブルジョアスキー、才能無いから努力する他無いんだよ。
後アクセリオン。
ま
さ
か
今
頃
気
付
い
た
の
か
?
まあ、それはさておき。
……全員目が本気だ。
本当に、仇敵である俺に力を貸してくれるというのだろうか。
それも、自身の消滅すらかけて。
……漆黒の空間が僅かに揺れる。
そして俺自身がぐにゃりと曲がったような錯覚を覚えた。
「さて、無駄話をしている時間はありませんね……わたくしは魔力の流れを制御する部品に」
「大司教様。わしもばらけてこ奴に溶け込みます。お別れですな」
「いや待て、ありがたいが本当にいいのか!?」
「良いも悪いも無い。何故だか判るかカルマよ」
背からアクセリオンの声がする。
声はするが姿はもう何処にも無い。
その代わり……全身に力が漲ってきた。
体が軽い。何だか動きにキレが出た気がする。
……その事実が恐ろしい。
俺の体を満たしていた俺では無い何かが幾つも消えた感覚がある。
それもまた恐ろしい。
今まで気付きもしなかったが、恐ろしい数の"意思"が俺の中に内包されていて、
それが認識した途端に消えていく。
それは即ち魔剣で切り殺してきた者達。
僅かでも魔力を持っていたが故に、誰にも知られずに俺の中に閉じ込められた者達だった。
「……判らん。理解できないぞアクセリオン。どうして自分を殺した奴を救えるんだ!?」
「カルマよ。今の我等は皆、お前の理解者なのだよ」
理解者?
それこそ理解しかねる単語に首を捻ると、
周囲の何も無い空間から声が響く。
「自信満々に見えて、これで結構苦労して苦心して進んでいるお前が見えたぞ?」
「……善意で人助けをした結果があれでは、貴方が怒ったのも無理は無いと今なら言えますよ」
「皆、貴公の視点でその記憶を見続けた。あれだけの人生を見せつけられては最早憎みきれぬよ」
何かが俺の中から消えていく。
代わりに漲るのは力。
圧倒的な力。
そして才覚までも。
「それでは今度こそ、死者があるべき場所に参りましょうか。わたくしにその資格があればですが」
「お供しましょう。幸い副官も自分の居所を見つけたようですしな」
「心乱す事は無い。私達はお前の一部になるだけ。そも、我等は死人の残りかすに過ぎぬのだから」
消えていくかつての宿敵達の言葉に背を押され、
俺の意識は現実に引き戻される。
……目を開ける。
現実の俺の体もまた、治癒の力を取り戻し急速に復元を開始していた。
眼前の敵も、それに驚きを隠せないでいる。
『これは、驚きました。一体どういうトリックをお使いになられたのですか?』
「俺も自分で信じられんよ」
元から鋼のような竜の鱗は、更に硬化(ハードスキン)による強化を得て、
遂に我が身に撃ち込まれる銃弾すらものともせずに俺を支える。
銃弾はおろか砲弾すら弾かれる状態に、動力炉からの攻撃が止まった。
『何なんですか、貴方は』
そんな事、俺の方が聞きたい。
そうだな、だが強いて言えと言うのなら……いっそネタで行くか。
「通りすがりの鯛焼き屋、とでも名乗ればいいか?」
『ふざけないで下さい。だったら巨大ロボでも持って来たらいかがですか?』
「じゃあ座布団運びで」
『正式メンバーには昇格できませんがそれで構いませんか?』
「では一言、超人、とでも?」
『確かに弾丸は弾き返しますが、正義の味方には見えません』
それは機械らしからぬ苛立った様な物言い。
だが、暫く考え込むような顔をして。
……次の瞬間、それは笑った。
『ぷっ……くくく、あーっはっはっは!』
「何がおかしい、と一応言っておく」
心底愉快そうに"それ"は笑ったのだ。
『いえ。まさか同時代出身者と出会えるとは思いませんでしたので』
「……良く似た平行世界かもしれないぞ?」
俺は、この時点で一つの仮説を立てていた。
いや、溶け込んでくる火竜の記憶がその正体を俺に伝えようとしている。
それに、俺の繰り出したネタにコイツは見事に反応した。
それは即ち。
『いえ、想定外です。機構の最終防衛用に自身の人格をコピーしておいた甲斐がありました』
「……やはりアンタは」「神だ」
俺の言葉は途中で遮られた。
そして、ふわりと降り立つ小さな背中。
「父よ。そこに居るのはわらわの、竜の、魔法の、機構の創造主……その複製だ」
『魔王ですか。とうとう貴方まで仕事を放り出してしまうとはね』
そう、それはハイム。
さっき皆と一緒に避難した、と言うかさせられた筈のまおー様その人だった。
「やむを得まい。手の掛かる両親の世話は大変なのだ。逃げ出すのにも苦労したぞ」
「お仕置きから逃げただけじゃないだろうな?」
「………………それはない、ぞ?」
『それで、戻ってきたという事は自爆シークエンスを再起動させるのですね?』
……ハイムの両手がぐっと握り締められる。
顔には冷や汗。
ハイムには明らかに、極度の緊張が見られた。
「ハイム。どうしてもしたいというなら、この期に及んではもう止めん」
「父?」
「だけどな。もし、ひとかけらでも躊躇する気持ちがあったなら……止めとけ」
だから。今度は俺がその背を押す。
俺は今回、予想外に大勢から背を押してもらった。
だから、今度は俺の番だ。
ここに来た以上、ハイムにも覚悟はあるのだろう。
どうせ今から逃がす手段は無い。だったら、一緒に行こうではないか。
「お前には俺が付いている。ルンやアリサ達も居る。もう、一人じゃあないんだ」
「…………うむ」
くしゃくしゃと頭を撫でてやる。
……暫く目を細めていたハイムだが、
きっ、と目を開くと眼前の動力炉……いや、創造主に顔を向けた。
「わらわは、もう暫く父や母と一緒に生きてみたいと思う。機構も父なら悪くはするまい」
『……そうですか。魔王よ、貴方も自分の意思を持つようになったのですね』
ほぅ、と万感の思いを込めたため息、のような仕草をする創造主。
そして、かしゃりと音がした。
『私の記憶領域からバックアップを削除……反逆者として処分しますが宜しいですね?』
「是非もあるまい。父よ手伝ってたもれ……万一の為に考えておいた最終決戦形態を使うぞ!」
「あるのかそんなの……面白い、やってみろ!」
ハイムがこっち向いた。
ついでに"何で止めないのだ父"と目で雄弁に語っている。
まあ、あえて無視したがな。
「え?父……えーと……その」
「俺の事は構うな、見ろ、向こうはもうやる気だぞ?」
動力炉が凄まじい音を立てて駆動しだした。
明らかに全力攻撃の準備動作だ。
それに対しハイムは俺も知らない最終決戦形態を使うと宣言。
そして。
「ち、着・席!とおっ!…………父ライダー!」
俺にひょいと飛び乗った。
……何これ?
「こ、これぞわらわが最終決戦形態……父ライダーだ!」
「ただの肩車じゃないか?」
正確に言うと俺の頭の上で斧を振り回している。
まおーまおーと相手を威嚇しているが、多分に微笑まし過ぎだ。
なあハイム。お前絶対それ、ノリだけでやったろ?
「父!肩車では無いぞ?夜も寝ず昼寝しながら考え抜かれた最終決戦形態、父ライダーだ!」
「……なんつーか。最期まで締まらないのが俺達らしいなぁ……」
……なんかもう、どうでも良くなってきた。
先程の余韻とか感動とかも全部吹っ飛んだ。
まあいいか。
それこそ俺らしいのかも知れん。
「じゃあ全力で行くぞ……しっかり掴まってろ」
「……うむ!?」
『え?あ、あの……本当にそれで突っ込んでくる気?』
故に最初から全力で相手に突っ込む。
むしろ突っ込みどころ満載なのは気にせずに。
音速を超え、衝撃波を撒き散らしつつ。
しかも肩車で。
それでも泡吹きながらも落ちないで頑張るハイムには努力賞を贈りたい。
だが今はそれどころでは無いな。
相手はこの世界に魔法と機構を作り上げた存在にしてその動力源そのもの。
そう、強いて言うならこの世界の"神"そのものだ。
だが、それがどうしたと言うのだ!?今更そんな事気にしていられるか!
『何でよりによってここに辿り着くのがこんな奴なんだ……有終の美が……』
「知るかあああああっ!」
「父、もう少し!速度!落としてたも、れ……にぎゃあああああっ!?」
信じられないかもしれない。
だが、
これが本当に……最終決戦だ!
***最終決戦第十章 完***
続く
……次回、本編最終話!