幻想立志転生伝
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***最終決戦第九章 家出娘を連れ戻せ!***
~親子対決 進撃編~
≪side カルマ≫
俺はハイムを連れ戻すと決めた。
世界が危険で危ないとでも言うような状態になるかも知れんが、それはその時考える。
今はただ、あの家出娘を連れ戻す事を考えよう。
……なんて言う訳には行かない。
だってそうだろう?帰ってきても暮らす世界が無ければ意味が無い。
「と言う訳でレオは追いかけて来ている守護隊を率いて周囲の部族を降伏させとけ」
「うっす。この忙しい中に他所から乱入されたら敵わないっすからね!」
「ちかくのむらのばしょ、ここ、です」
「スノーは知り合いの部族を説得してくれるそうであります、それ以外を宜しくであります!」
故に、同時進行で周辺の敵対勢力を潰しておく事にする。
……今回の問題は余りにデリケートだ。
他の事まで考えている余裕は無い。今回ばかりは邪魔される訳には行かないのだ。
「次にホルス。お前はここに向かっている筈のテムさんを捕縛してモーコを屈服させろ」
「主殿!?私を連れて行っては頂けないので!?」
次にようやく近くまで開通していた蟻ん娘地下通路を通ってはせ参じて来たホルス。
こいつにはモーコ対策をやって貰おうと思う。
不服そうだが今回ばかりはコイツにまで危ない橋を渡らせる訳には行かないのだ。
「お前に万一の事があったら大事だからな……グスタフも連れて行く、で意味が判るだろ?」
「……生まれてくる孫に重荷を背負わせたくは無いのですが?」
「……お前ともあろう者が、主の命が聞けないのかよ?」
「ぐっ!?判りました主殿。ですが、必ず無事にお帰り下さい」
……今の俺は魔法が使えない。それ故に身体能力の高いグスタフは戦力として欠かせない。
故に万一の時は唯一残ったハピの子が国を継ぐ可能性もありえる。
だから。いや、そうでなくともホルスに倒れてもらう訳には行かないのだ。
よって相変わらず不服はありそうだが、今回ばかりは強権で黙らせる。
「教皇達には教団信徒を抑えて貰いたい。治癒術が失われて信徒はさぞ不安になってるだろうしな」
「「わかりました。ですが、必ず女神様をお救い下さい……」」
「女神様が人に絶望したと言った所でしょうか。信徒達には祈りを捧げるよう伝えておきましょう」
リーシュにギー、それにゲン司教。神聖教団原理派の面々には後方の押さえを依頼する。
とは言えハイムの為でもあるし、全員相当に乗り気のようだ。
まあ、ハイムが消滅……なんて事になったら色々な意味で洒落にならない立場だからな。
きっと上手くやってくれるだろう。
……三人はウィンブレスに頼んで即座に送り返す。
レキに関してはルイスが何とかしてくれるし、サンドールにはイムセティが居る。
旧傭兵国家も傭兵王自身がここに出張っている以上万が一も無いだろうし、
これで後方の問題は無いだろう。
「これで、地下への突入準備が出来るってもんだ」
「……でも、兄ちゃ?魔法使えないのに大丈夫なのかなー?」
アリサが痛いところを突いてくる。
俺の最大のアドバンテージは失われた。
今を乗り切る事も危ないが、今後の事を考えると余りに大きな不安要因である。
「そうだな……だから今回ばかりは。俺も色々と覚悟しなけりゃなるまい」
「傷も癒せない。防御も攻撃も素のまま……兄ちゃが死ぬのだけは容認できないよー?」
正直な所、それさえ何とか出来れば恐れる事は無いのだ。
だが、いかんともし難いのが辛い。
無い袖は振れない。
何度も言っている台詞だが、あるものでやるしか無いのだ。
「ともかく、出来る限りの情報を集めたい。アリサ、悪いが……」
「あー、はーちゃんの居る所?道を塞ぐ大扉までは破壊しといたよー」
おおっ!?
何も言っていないのに既に偵察&露払い済みか!
流石だなアリサ。危険だったろうに。
「んにゃ。おじちゃんが命を懸けて道を切り開いてくれたんだよー。感謝感謝」
「そうか……おじちゃんが……ってどのおじちゃんだよ?」
こいつらにとってはある程度歳のいった男は全部"おじちゃん"なんで、
名前を言ってくれないと判らん。
「んーとねー。ゴウおじちゃん」
「……親父?」
「ギルティおばちゃん、つれてきた、です」
「気を失ったまま目を覚まさないであります!」
そこに駆け込んでくるアリシア&アリス。
って、母さん!?
親父もそうだが何で二人して抜け駆けしてるんだよ!?
先に行ったって別に何かあるわけではない。
皆で一気に突っ込んだ方が戦力も集中できて良さそうなものなのに……。
「……おばちゃん。せきにん、かんじてた、です」
「怒りの暴走さえなければ、こんな事にはならなかったかもって思ったようでありますね」
それで死に掛けてたら意味が……人の事は言えないか。
親父の姿が見えないのは、まあ……追求しない方がいいんだろうな。
「……それで、何か掴めたか?」
「はいであります!防衛体制は万全であります!」
「でも、げんじゅうなのは、いちばんおく、だけっぽい、です」
ならば方針転換だ。
ともかく今は親父達が切り開いてくれた道を生かす事。
それが一番大事な事だろう。
「それと、みちふさいでたとびら、こわれてるです」
「ただ……時間が経てば修理されちゃうかも知れないでありますね」
……ならば、可能な限り早く最精鋭部隊で切り込むべきだな。
ハイムの説得を考えると俺とルンは外せまい。
戦力的にグスタフとアリシア、アリスも連れて行く。
兄貴にも一緒に突入してもらおう……一応冒険者に対する依頼と言う形にするか。
スケイルとオーガの冒険者ランク認定試験用コンビにも無茶をして貰わんとならんだろうな。
アルシェと村正にも途中までは露払いをしてもらう。
ただしこの二人は危険なので最初に前衛に立って貰うが、途中で引き返させる。
特に村正は力を失った嫁さんと生まれたばかりの長女の事もある。
万一の事があったら笑えん。第一こっちの家の家庭問題に首突っ込ませた上で殺したとか、
色んな意味で有り得んだろ常識的に考えて。
「ならば、今ある全力で今すぐに突撃を仕掛けるべきだな?」
「はいです。でも……」
「にいちゃが死にに行くって言うなら、殺してでも止めるで有りますよ?」
矛盾してるっつーに。
まあ、言ってる意味は良くわかるが、
ともかく凄い自信だ。
……じゃなくて。
「死にに行く気は無い。だが……万一の時、自分よりハイムを優先する可能性は否定しないな」
「じゃ、みすてるべき、です」
「あたし等にとってもはーちゃんは妹でありますが、にいちゃには代えられないであります」
……そう言ってくれるのは嬉しいが、な。
「いや……考えてみれば俺は親父に言われるまで致命的な過ちを犯す所だった」
「致命的な、過ち。でありますか?」
そうだ。
そしてそれは前世から続く、俺と俺の生き様に関る鋭い……棘だ。
俺はハイムを諦めたく無い。だとしたら諦めてはいけないのだ。
取り戻せないかも知れなくとも最後まで諦めない姿勢を貫く事が何より大事。
何故なら。妥協って奴は最初は自他共に認める仕方無い事や些細な事から始まる。
だが、一事が万事と言う言葉もある。
段々と妥協の段階は進み、何時しか妥協は諦めとなって、遂には決して譲れない筈の一線まで。
……それがどれだけ人の精神をこそぎ落とし傷つけるか……経験の無い人間には判らないだろう。
ともかく。それ故に、安易な妥協をしてはいけないのだ。
「まあ、それはいい。兎も角ハイムを連れ戻す……それだけは譲らないぞ」
「……はい、です。にいちゃはあたしらがまもる、です」
「何があろうとも。それがあたし等一族の総意であります」
地下から現れた十数匹の蟻ん娘が一斉に整列。スコップやナイフを掲げる。
そして、何匹も居る所を他所の連中に見られる訳にも行かないので、
一組残してまた地下に潜っていった。
そんな中、女王蟻だけが所在なさげにしている。
「兄ちゃ?ところであたしはどうするのー?あたしも育って結構強くなったよー?」
「アホ。お前が死んだら一族全部が大ピンチだろ……」
アリサは後方援護だな。
俺が突っ込む以上意思決定者は必要だ。
その点、アリサは優秀だし今まで俺の補佐をしてきた。
事実上の副王とでも言える存在なのはリンカーネイトの人間なら誰でも知っている。
今回の場合これ以上最適な人選も無いだろう。
「よってここで厄介ごとの対処を頼む。どっちにしろ他の蟻ん娘の統制もあるだろう?」
「うにゃ、了解……別大陸で手に入れたこれ、使いたかったけど仕方ないよー」
ヲイ、何処から持ってきたそのチェーンソー。
しかも明らかに何人かの血は吸って無いかそれ。
まあいいけど。
「ともかく、傭兵王を先頭に村正とアルシェに先行してもらう……出来るだけそれで突き進み」
「限界が来ると同時にあたし等に交代でありますね!」
「でも、ぜんえいが、にんずうすくない、です」
兎も角、武器防具をチェックしつつ今回の突入部隊の編成を行う。
途中撤退予定の前衛人数の少なさをアリシアが懸念するが、
そこにホルスがやって来た。
「では、ミーラ兵を半分置いていきます、こちらはそれ程戦力の必要は無さそうですので」
「おいおい、相手は敗残と言え軍隊だぞ?」
幾らなんでも舐めすぎだろう。
思えばホルスは元奴隷剣闘士。王家の血を引くとは言え集団戦を指揮した経験は少ないのか。
それなら、
「南からアヌヴィス将軍が攻め上がっております。それに……」
「それに?」
「……"これ"をみて彼等が戦い続けられるとはとても思えませんね」
しかし、それは杞憂だったようだ。
ホルスの背後にはかつて傭兵王の手により持ち出されたガサガサとその子孫達。
僅か数ヶ月で一本の苗木が林になるほどの生殖力を持つその植物は、
数多の果実を実らすと言うその特性ゆえ、シバレリア国内でも大事に育てられていた。
そして……今コイツ等は本来の主君たる俺達の為に集結、
一個の軍隊と言うか郡体として行動を開始していた。
コイツ等には敵の管理下に居た今までは歩いたりするなと厳命しておいたが、
シバレリア帝国の敗北によりその枷は解かれた。
今は魔王城周囲の警戒に当たらせているが、
ホルスはその一部をモーコ残党の殲滅に連れて行こうというのだ。
因みにこっちの負けの場合はそのままゲリラ化してもらう予定だったのだが、
そうならなくて幸いだったと思う。
……その場合この北の地に地獄が現出していたから、な。
「そうか。じゃあ何人か借りるぞ?ただ……そいつ等は恐らく遺体の欠片も戻れないと思うが」
「構いません。ただ……遺族には十分な褒美を与えて頂きたいのですが」
「当然だな。死んでも働く立派な親父さんだ……給料と年金に色を付けて渡してやるさ」
「そうして頂ければ幸いです」
取りあえず、当座の問題は片付いた。
あまり時間をかけると別な問題も出てくるだろうし後の事はアリサに任せてそろそろ行くか。
そう言う訳で、村正たちを呼ぶ。
俺自身も傷薬やらを全身にくくり付け、城門の吹き飛んだままの魔王城城門前に立った。
「……悪いな。一国の元首に特攻隊みたいな真似させてよ」
「構わんで御座る。正直、以前の無礼の埋め合わせとしては丁度良いと思っていた所で御座る」
ああ、だまし討ちで俺の心臓ぶち抜いた時のあれな。
まあ実の所あんまり気にして無いが、それでそっちの気持ちが晴れるなら僥倖だ。
無論、相手が村正で、更に理由が理由だから怒って居ない、という部分は大いにあるがな。
「トレイディアの放蕩息子に使徒兵もどきかよ……アルシェ、危なくなったらすぐ逃げるんだぞ?」
「チーフ!はーちゃんも僕の子同然なんだよ。絶対諦めないよ、絶対!」
「「「「「ヲヲヲヲヲヲ……」」」」」
傭兵王に"いざとなったらアルシェと村正は逃がしてくれ"とハンドシグナルでこっそり合図。
そしてそれに気付いたアルシェに説教される俺、と言う一幕はあったものの、
それ以外は大した問題も無く前衛は魔王城内部、そしてその地下に消えていく。
……その背後を隠れながら傭兵王の集団がゾロゾロと付いて行っているのが印象的だった。
さて、じゃあ頃合を見計らって……俺たちも突っ込むとしますかね!?
「にいちゃ!?なんか、おかしい、です!」
「……魔王城の様子が、ああっ!?ゴーレム!?一杯出て来たであります!?」
「何っ!?」
考えてみれば当然だ。侵入者がテリトリーに侵入している。
それなのに。封印区画だけにしか防御が無いなんて事がありうるのか?
無い可能性はある。だが、他に何かある可能性だって大いにありえるじゃないか……!
……。
「くそっ!?焦っているのか俺は!?こんな簡単な事にも気付かないとは!」
「応、カルマ……焦ってどうするよ」
はっとして後ろを見る。
兄貴を筆頭として突入予定の連中全員が揃ってやって来ていた。
更に、周囲を警戒していたガサガサまで。
「兄貴?」
「相変わらずわかって無ぇなぁ……世の中自分の思い通りになんか出来ねぇよ」
それは判ってる。
だが、こうまで予定外だと……。
それに前衛が心配だ。
「俺を見ろよ。軽い気持ちで呼ばれた仕官先に行ったら、あれよあれよの内に敗残の将だ」
「それは、仕方ないんじゃないのか?第一マナリアからは追い出されたんだし」
ぎりっ、と歯を食いしばる音がした。
「けど、そのせいでちびリオは行方不明だ。俺は手前ぇで手前ぇの娘を殺しちまったんだよ……」
「フレアさん……」
フレアさんはあの撤退戦で行方知れずだ。
リチャードさんと違って遺体が見つかっていないから生きている可能性はある。
だが、その可能性はきわめて低いだろう。
……兄貴は苦虫を噛み潰したような顔をして言った。
「流石の俺も自分の間抜け加減に腹が立つぜ。だがな……だからって腐ってる暇は、無ぇ」
「……言いたい事は、判る」
兄貴が言いたいのはつまり、一つの失敗にこだわって次の失敗を連鎖させるなと言う事だ。
何でも良く出来る人間には理解し辛い事象だとは思う。だがこれがまた意外と難しい。
しかし、そんな事は言っていられないな。
身内の命がかかっている……しかも既にハイム一人の問題では無いのだから。
「そうだよな。もしここでしくじれば、アルシェ達や俺自身すらヤバイのは判る」
「応よ。そうだ……後悔しない為に考えろ。それがお前の最大の武器なんだからな」
城の中を見る。
ゴーレムはまるで粘土のような材質のようだ。
城の守りに特化しているのか、破られたままの城門の先へは出てこない。
だが、核と思われる顔面部分の水晶球には怒りのような赤い光が宿る。
どう考えても踏み込んだ不埒者を生かしておく気は無いだろう。
……今まで出て来なかったのは封印区画に踏み込まなかった、
いや、破壊しようとしていなかったからなんだろうな。
要するにこっちは向こうの虎の尾を踏んじまった訳だ。
「ま、全ては考えようだな」
「応よ。判るな?」
「……考えよう?」
横でルンが首をかしげているが、つまりこう言う事だ。
俺達はコイツ等の事を警戒していなかった。
もし、全員が奥に向かった後で背後を塞がれたら補給も作戦変更も出来ずに終わっていただろう。
そう考えると後発組に関しては対応準備してから突っ込める分こちらの有利になったとも言える。
なに、前衛だって無能な奴は居ない。
こっちが追いつくまで保たせる事は出来るさ。それぐらいは信用していいだろう?
それに。
「急いで奴等に対する対応をするぞ。それと、他に予想外の敵が居るかも知れん」
「応よ。そっちの準備も必要だな」
まずは戦力か。
今の人数では押し込まれかねん。
それに治癒術も使えない以上、
万一重傷者が出た場合、応急処置が終わるまでの壁になってくれる連中が必要だ。
だが、そんな都合の良い味方がここにいるか?
ガサガサ達の一部を連れて行くにしても、ここの守りを疎かにする訳にも行かないし、
レオ達は既に出立した後だぞ?
それを呼び戻すのは最後の手段にしたいが……。
「ふはははは!やはり魔王様を救えるのはハニークインちゃんだけなのですよー?」
「どうした羽虫」
そこにやって来たのはハニークイン。
妙に自信満々な上に人の頭に降り立ったのが癪に障ったので鼻つまみの刑にしておく。
「むぐう!?止めるのですよー!?」
「やかましい。で、何か策でもあるのか?」
「ふっふっふ!この子達が居るのですよー!」
「「「「コケコケコケーーーーッ!」」」」
「あ、コケトリス」
ほぉ?ハニークインの奴もたまにはやるもんだ。
連れてきたのはコケトリスの群れ。
それも数百の大群だ。
「ハイムたちを連れてきた奴等じゃないだろこれ。どうやったんだ?」
「ハニークインちゃんが追いかけるのに使ったのですよー」
「ほお。お前一人運ぶには多すぎる数じゃないか?」
「たった一羽じゃ箔が付かないってもんなのですよー。とりあえず結果オーライなのですよー」
スコン、と軽くツッコミに脳天チョップ一発。
お前は無意味に数百羽も動かしたのかい。しかもハイラルやコホリンまで居るし。
……まあ、今回は良いか。
後で連れ戻したハイムに叱らせて……まあ、何もしなくてもカミナリは落ちるだろうがな……。
「ともかく結果的には心強い。一族の指揮は頼むぞハイラル」
「コケーーーっ!」
「え?あの。ハニークインちゃんは?」
「主君の軍を勝手に動かした。しかも自分の見栄の為に……懲罰もんだが?」
「ががーーーーーん!なのですよー!?」
「……先生の言うとおり。反省して」
挙句に背後から、ルンが軽くゲンコ。
ハニークインはそのままぱたりと倒れた。
そしてしくしく、と口で言っている。
「じゃあ、このこ、はこびだしておく、です」
「駄目なのですよー!ここで有能さをBBSの猛者たちにアピールなのですよー!?」
「BBS?」
「単なるメタ発言なのですよー。電波系メタ担当としての立ち居地を確保するのですよー」
「は?電波?お前電波系だったっけ?」
「寿命削って異界を覗き込んでるのですよー?こうでもしないとキャラが立たないのですよー?」
よく判らん。
まあ、ともかくやる気はあるようなので取りあえずコホリンの上に配置しておく。
「じゃあ、魔王軍の参謀の知略とやらを見せてもらうぞハニークイン?」
「任せるのですよー。と言うか魔王様が居ないと居場所が無いので必死なのですよー!」
……成る程な。
確かにコイツはハイムの側近と言う立場がなくなると本当に立場が無い。
そうする気は無いが、蜂蜜酒製造装置にされるとでも思ってもおかしくない、か。
そう考えると哀れな奴かもしれない。妙に強気な態度も不安を隠すためなのかもな。
いいだろ。
だったら自分の価値を見せてみろ。
ハイムを救う一助になったら、本当の意味で魔王の側近にもなれるだろうさ。
そうでなければ……まあ、自分の立ち居地を決めるのは自分以外に無い。
それは判ってるようだから、そんな事にはならんだろうさ。
ともかくちょっとは期待させてもらうぞ?
手は掛かるけどさ……お前だって俺にとっちゃ娘みたいなもんだしな。
「いいだろう。ハイラルの参謀を務めてハイムを救い出せ。仔細は任す」
「判ったのですよー。ふふふ、ハニークインちゃんの実力、今ここに見せるのですよー」
そう言って、ハニークインは笑った。
「……ところでおにーさん?ちょっとクイズなのですよー?」
「なんだ、この忙しい最中に」
「魔法が無くなった割りにミーラ兵とかは動いてるのですよー。なんでですかねー?ニヤニヤ」
「……え?」
それだけ言うとハニークインはコケトリス達と共に城門目掛けて突撃を開始した。
「ともかくアルシェのおねーさんたちを助けるのですよー。突撃なのですよーーーーっ!」
「「コケッ!」」
「「「「「「コケーーッコッコッコッコーーーーッ!」」」」」
「「「ご、ゴブッ、ゴブゴブッ!」」」
「「「わ、わ……わおーーーーん!」」」
コケトリスと、何時の間にやらその背に乗るゴブリンやコボルトなどの混成部隊。
その数百騎が勇気を振り絞り、一度空中に飛び上がると、
風を切りながら崩れた城門とそれを護るクレイゴーレム(土のゴーレム)に向かって行く。
そして俺は……手の中の魔剣をジッと見つめていた。
「魔法で作られた生き物が生きていると言う事は……失われては、いない?」
そうだ。もし魔法そのものが失われたなら俺も他の竜達も生きては居まい。
だが、現実に魔法が使えない。そうなると、現状はどういう状態なのか?
……知っていそうな奴は……居た!
『アリサ!』
『何?どうしたの兄ちゃ?』
『"機構"について知っている事を教えてくれ、先代の記憶に何か無いか?細かい事で構わん』
『あいよー。えーと。おかーさんだって伊達に千年生きちゃ居なかったからねー……えーと』
ふむふむ。そうか。
魔法は全て魔王城の中枢で処理されていて……現在は多分そこが機能して無いと。
だからそこから独立したものだけが現在魔法を使用できる訳か。
ただし、時間経過による魔力の補充は最早不可能なんだな?
俺みたいな例外を除いて。
「たぶんねー。あたしも細かい所まで知ってる訳じゃないからさー……でも、大方は合ってる筈」
「十分だ。流石はアリサだ」
「えへへ。もっと褒めれー?」
「OKOK。……お陰で、この状況をどうにかする策が浮かんだ。感謝してるぞ」
「ふぇ?」
「そうだ。問題なのは機構が巨大過ぎるって事じゃないか……つまり、だ……」
……いいじゃないか!
ハイムを連れ戻した後の処理も思いついた。
地下には魔方陣もあるだろうし、何とかなるかも知れん。
よし……ともかく試してみるか!
「ふん!」
「おおっ!竜の腕だよー!」
既に我が身の一部と化したのか、半竜化は問題なく出来る。
そして、母さんはこの状況下で魔法が使えたという。
だとしたら……あれをこうしてこうすれば…………うん。これなら、これならいける!
どうにかできる道筋が見えてきたぞ!
これなら大規模な懸念は大体片がつくじゃないか!
ともかく、探りと小細工は欠かすべきではない。
蟻ん娘に指示を出しておくか……。
……。
そして、それから30分後。
俺達は新しい敵とまだ見ぬ敵への対策を足した装備を追加して城門前に立っていた。
……そこに敵はもう居ない。
粘土の山と……コケトリスの亡骸が一羽分とミーラ兵の体の一部が存在するだけだ。
「…………」
「応、カルマ。言っておくが動揺すんじゃねぇぞ。今回ばかりはデカイ被害が出るのは間違い無ぇ」
「……ピヨちゃん」
「がっしょう、です」
「ガサガサ……埋葬してやって欲しいであります」
「「「ガサ、ガサ、ガサ……」」」
あれから更に南から飛来したコケトリス数匹に荷物と蟻ん娘やルンを乗せ、
俺達は武器を抜いた。
背後では内外の敵に対応すべくガサガサ達がスクラムを組んでいる。
……それじゃあ始めようか?
「家出娘を連れ帰るぞ!……全員、用意は良いか!?」
「応!」
「……お母様。私を護って…………はーちゃん!」
俺の号令に合わせ、兄貴があの長々剣を本当に高々と振り上げる。
ルンは目を閉じてお守りを握り締める……中身が少し光った気がした。
そして、更に背後からときの声が上がる。
『俺も歳を取った……これが最後のご奉公と言う奴か。まあ良い、竜殺爪のスケイル、参る!』
「ガアアアアアアアッ!」
スケイルが両手を握り締め、
鎧兜に身を包んだオーガが巨大な斧を天に突き上げ雄叫びを上げる。
「じゃ、いく、です!」
「にいちゃの為であります!」
「「「コケコケコケッ!」」」
更に。荷物を積んだコケトリスと蟻ん娘達が気合を入れる。
「……では参りましょう。姉上を救うのです」
そして最後に、コケトリスに跨ったグスタフが静かな、
だが決意に満ちた声で宣言する。
これが、俺の全力。
今までの冒険と戦いの集大成。
……思えば孤独な寒村の貧農が、とうとう世界の命運に関る所まで来てしまったのか。
だが、それは俺にとっては二の次だ。
愛娘を連れ戻す事。
それ無くして俺達一家の幸せは無い。
待ってろハイム?
帰ったらお仕置きだからな。覚悟しておけ。
そして……。
お前の苦悩、お前を縛り付ける使命……俺が何とかしてやる。
だから、諦めるな。
お前は。
お前だけは。
お前だけは生きる事を諦めるんじゃない!
死ぬってのはな。死ぬってのはな?
……死ぬほど辛いんだぞ!?
「全騎、突撃いいいいいいっ!」
「応よ!薙ぎ倒すぜっ!」
「……はーちゃん、待ってて……!」
「にいちゃのために。です!」
「あたし等に逆らった愚かさを古代人の遺産に刻み込むであります!」
『行くぞ!ならば俺は緑鱗族の名を天下に知らしめる!』
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「グスタフ=カール=グランデューク=ニーチャ……参ります!」
俺を先頭に兄貴とオーガが前衛に立つ。
中央には護られるようにルンと荷物持ちのコケトリス。
その左右にアリシアとアリス。
その後ろにグスタフが付き、
最後尾に背後への警戒を兼ねてスケイルを配置した。
そして、その陣形のまま。
俺達は城内へ突入して行った……!
……。
「静かだな……」
「いや、静かになった、って言った方が良いぜ。見ろ、あれをよ」
兄貴の指差す方向には、砕かれた水晶の欠片。
壁に大量にこびり付く粘土らしきもの。
そして、頭部を潰されて倒れ臥すゴブリンの姿。
「……っ!」
「全てお前が決めた事だ。判ってるだろ?」
ああ、判ってるよ。
コイツが死んだのは俺のせいだってな。
……普段はゴブリンの死骸なんて気にもしないのだが、
これが確実に俺の、そしてハイムの配下にある国民のものだと思うと、
途端に申し訳ない気持ちになる。
いや、何度も同じ問答を繰り返したが、俺が命を下した以上感傷に浸る権利は無い。
申し訳が無いと思うなら、成すべきはコイツの護りたかったもの。
多分家族や安住の地……それが護られるように取り計らう事だろう。
「詫びは入れない。だが……覚えておくぞ!」
「応よ。そうだ。人の上に立つ以上、そうでなきゃならねぇぜ」
『流石に被害が出始めたようだな。味方の死体に気を取られるのはここまでにしておけ』
スケイルの言葉に顔を上げる。
……通路の先にゴブリンとコボルトの遺体。
更にミーラ兵達が無残な姿を晒している。
一瞬瞑目するが、そこまでで止めておいた。
これからも多々目にする光景だからだ。
故に、これからはそれぐらいで心を動かすのは止めにする。
出来るかどうかは判らないが、気持ちはそう持っておくべきだろう。
「ああ。スケイル……それで俺がこんな所でやられたら本末転倒だもんな」
『そうだ。そして、そろそろ前衛も敵を狩りきれなくなって来たようだぞ?』
「応!来たぜ、粘土野郎だ!」
地下への階段から昇ってくるクレイゴーレム。
見ると、その一体が床に転がっていた水晶球を拾い上げ、
飛び散った粘土をかき集めている。
……成る程、な。
「させるかよ」
『……!』
腰に下げていた拳銃を引き抜くと数発の鉛玉をぶち込み、水晶球を撃ち抜く。
パリン、と音を立てて砕けた水晶。
それを見るとゴーレムは砕け散った水晶とかき集めた粘土を放置しこちらに向かってきた。
しかも、こちらの攻撃を学習したのか片腕で弱点を庇いながら……。
動きはそれ程早いわけではない。
だが、その重量感は本物だ。
魔法が使えず戦力が落ちている以上、舐めてかかれる相手では……!
『アルミ缶の上のミカン。このカレーはかれー……氷壁(アイスウォール)』
「おいルン!?無駄な、えっ!?」
床から氷の壁がせり上がり、天井から氷塊が降りかかる。
ルンの18番の一つ、氷壁。
しかし何故だ?何故魔法が使える?
「お母様。私に、力を……!」
「マナさんの遺骨が……光っている!?」
ルンのお守り……マナさんから切り取ったその指から光が漏れる。
光がお守りの袋を突き破りその全貌が明らかになった。
……骨だ。ただし、人のものとは思えないメタリックな材質。
その骨に何かの紋章のようなものが光を放ちながら浮かび上がっている……!
「何故か殆どの魔法が使えない。けど……お母様のお守りを握り締めていると、幾つかは使える」
「……それは……まさか」
「……きっと、お母様が助けてくれている。はーちゃんを助ける為に」
「へぇ。あの公爵夫人にしちゃあ殊勝じゃねぇか」
いや、それは多分違う。
それは多分、マナさんの指が自分に良く似た魔力に反応しているだけだろう。
思えば幾ら才能があっても5歳児が幾つもの魔法を実戦レベルで使えるのがおかしい。
いや、五歳児の体力で実戦に耐えられる事自体がおかしかったのだ。
恐らくフレイムベルト宰相が……マナさんの体を弄っていたのだろう。
そうなると、考え方がおかしいのもそれに関わっていた可能性があるのか……?
何にせよ、マナリアの闇の深さに辟易としながらも、
死してようやく娘の為になる事の出来たマナさんの業に涙が溢れかけた。
そう、マナさんは。死んでようやく呪いから解放されたのだ……。
何にせよ。これは好機だ。
ルンが戦力に数えられるようになった事は大きい。
どっちにせよルンは敵から距離を取らせなければならなかったのだ。
結果的にこちらの火力は大幅に底上げされた。
後は魔力切れにならないように注意しておけば良い。
「ルン……今は魔力が回復しない。使いどころは」
「問題無い」
取り出されたのは魔王の蜂蜜酒。それも三本も有る。
……成る程。事情はある程度察していたか。
「はーちゃんがあそこに居るうちは魔力が失われるのかも。皆の為にも早く連れ戻さないと」
「……いやそれは……ああ、そうだな」
実際は少し違うが……まあいい。
少なくとも俺達はハイムを連れ戻す。
それは変わらないのだから。
「応、カルマ!何か、上からも敵が来やがったぜ?」
「何!?下だけじゃないのか?」
「……!魔王城の一部が変形してるであります!」
「まなりあおうと、と、いっしょ、です!」
壁にぬりこんでやがった、か。
となると……このままだと挟撃されるな。
さて、どうしたものか。
『……行け』
「ウッガアアアアアアッ!」
その時、階段を背にスケイルとオーガが仁王立ちした。
「スケイル!?オーガ!?」
「なにいってる、です!?」
『なに。オーガの巨体では地下室では満足に戦えぬし、奴一人に任す訳にもいかんしな』
「だからって!」
『急げ!我々が持つ内に魔王様を救い出すのだ!』
「ウガッウガッ!……グォオオオオオオオオオオッ!」
既に上階からのゴーレムは足音が聞こえる位置まで来ていた。
辿り着くのも時間の問題だ。
そして、幸い奴等は普通の経路でここに向かっている。
それを防ぐにはこの階段で迎え撃つのが効率の良い話であることは事実だ。
「……合流できたら奥に行ったコケトリスを戻す。それまでもちこたえてくれ」
『いいだろう……この老骨、最期の大暴れだ』
「馬鹿言うな。認めないからな……生き残れよ師匠」
『いっぱしの口を利いて来たなカルマ。いいだろう、出来る限り足掻くとしようか』
俺は走り出す。
一瞬の時が惜しい。
全員が地下に降りた時、小さな足が数十人分ほど階段の上に降り立つのが見えた。
……部外者が消えたから出てきたか。
だが、あまり無理はさせられまい。
なにせ……最後の仕上げにかなりの人数を裂いてるからな。
これ以上の蟻ん娘を動員は出来ないだろう。
頼むぞスケイル、オーガ、それに妹達……!
……。
殿を残して俺達は進む。
日も射さぬ地下迷宮を。
「粘土が来たぞおおおおっ!」
「兄貴、薙ぎ払っちまえええええっ!」
壁も床も、天井もあったものではない。
破壊の風を撒き散らし、兄貴が突貫をかける。
「おい、道の先に随分とんでもない数が立ち塞がってやがるが!?」
「……もう一度、氷壁(アイスウォール)を……!」
「いや……ここは俺が行く……!」
全身を巡る竜の魔力で肉体を変質させる……!
心臓の中からファイブレスの激が聞こえるような錯覚を覚える中、
俺は叫んだ。
『召喚・炎の吐息!(コール・ファイブレス)』
両腕と両脚を竜化させ突撃をかける。
よし、加速力も悪く無い!
「食らえッ……効いて無いか」
『……』
だが、敵の体を切り裂いても大して効いている様子は無い。
当然だ、相手の体は粘土なのだから。
故に俺は魔剣を鞘に戻す。
そう、粘土だ。だとしたら……。
「燃え尽き……ろおおおおおおおおおっ!」
『『『『『『……!?』』』』』』
「うわっ!ここまで熱ぃぞ!?」
「……さすが先生」
紅蓮の炎を吹き付けながら、両腕の爪で力任せに薙ぎ倒し、砕く!
……極大熱量を受けた粘土の表面は一瞬にして素焼きの陶器と化し、
その陶器と化した身に受けた打撃により砕けながら壁に叩きつけられたゴーレムは、
その核である水晶球にひびが入り、そのまま砕けると共に活動を停止していく。
「応!カルマの奴に続けぇっ!」
『……我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)』
「炎が弱点なのですね?でしたら……炎の魔剣よっ!」
「せいかくにいうと、やいてかためれば、だげきがききやすい、です」
「今日のすこーっぷ!は粘土べらでありますっ!くーとりむーーーーっ!」
俺を追いかけるように全員が進む。
その時、荷物持ちをしていたコケトリスの一羽が鋭く叫んだ!
「コケーーーーーーーッ!」
「「「「「……コッコー……!」」」」」
小さいが、確かに応答の鳴き声が上がった。
しかも、これは死にかけの声ではなくただ距離が遠いだけ。
それも数が多い、と言う事は!
「アルシェ達だ!合流するぞ……続けえええええっ!」
「お爺様、無事ですかね」
「そこにひとり、なますになってころがってる、です」
「もう抜け殻でありますがね」
「……コケトリス達にもかなり被害が出ている、急ぐべき」
「ニワトリの爪にゃあ相性が悪い相手だ……急いだ方が良いな」
そして、長い回廊を抜け、
大き目の広間らしき場所に出る。
「はぁ、はぁ……このおっ!このおっ!」
「使用回数に限りの有る武器を無駄撃ちするんじゃねぇ!俺様の教えを忘れたかアルシェ!?」
息を切らしつつも連射を続けていたアルシェの銃撃は、確実に敵の心臓部分を狙い撃つ。
だが、あのゴーレムの中には心臓はおろか内臓すら無い。
無常にも時に貫通、時にめり込み……効果をあげられないでいる。
「ククク、見ろ、奴等は顔に弾が当たる時だけ防御するんだ。狙うは顔だ!」
「でも、片腕で防御しながら来られちゃ……当てられないよチーフ!」
「斬っても斬ってもキリが無いで御座る!」
流石に弱点の顔……水晶球をガードしてくるせいで、弾丸は余り役に立っていないようだ。
村正の妖刀は敵を切り裂くものの、鋭い切れ口は即座に修復されてしまい意味が無い。
意外と奮戦しているのは傭兵王。
防御されようが魔槍を突き出し、水晶球のみを執拗に狙う。
三度の内二度までは防がれるが、三回の内の一回のチャンスを確実にものにし、
敵の総数を削っている。
「畜生!キリがありやしねぇ!」
「くっ、これが、裏切りの代償で御座るか……」
「い、嫌だよ!?こんな所で!僕は、僕は諦めないからね!」
そうだ。
その諦めない心が……。
「その一念が……岩をも、通す!」
「はぁ、はぁ……カルマ君!」
コケトリスの防衛網を潜りぬけ、両手の全弾を撃ち切った隙を突いて迫る巨体。
最期の抵抗にと抜き放ち、
水晶球目掛けて投擲した短剣が空しく敵の粘土の体を傷つけるだけに終わった時、
俺の突撃が、間一髪……間に合った!
「来てくれたで御座るか!」
「ククク、遅いぜ馬鹿野郎。アルシェが傷物になったら責任……ああ、もう取ってやがったな」
「最期の投擲をゴーレムが防御したが、その一瞬が生死を分けた……頑張ったな、アルシェ」
「もう。遅いよ馬鹿ぁ……」
抱きついてくるアルシェを受け止め、周囲を見渡す。
ルンが敵を陶器にしてそれを周りの連中が粉砕すると言うサイクルが出来つつあるな。
俺自身もアルシェの無事を確認し、敵陣内に突っ込んで行く。
……付近のゴーレムを排除しきるまで15分。
それ以後、敵が周囲に沸いて来る事は無くなった……。
「良し、ここいらの敵は片付いた。コケトリスをスケイル達の増援に」
「ひつようなし、です」
「ガサガサ達が駆けつけてるであります。殲滅も時間の問題であります」
何?
表の防衛用部隊を突入させただと?
もし何かあったらどうするつもりだ!?
「アリサの所に、オドと聖印魔道竜騎士団が到着したであります」
「ジーヤおじちゃん、じぶんがのこって、オドをこっちに、よこした、です」
「……そうか!機動力か」
ジーヤさんの部隊は騎兵。
機動力の高い部隊ではあるが、新しく出来た大河や森を越えるのには適さない。
だったらワイバーンを有するオド達をこっちに寄越した方が良いと判断したのか。
そして、この狭い場所では戦力が上手く生かせないあいつ等を護りの駒とし、
ガサガサ達を突入させたんだな。
「アリサにピンチを伝えたら、突っ込ませてくれたであります」
「さすが、アリサ。です」
「……応、でも一体どうやって伝えた?と言うかその情報何処から持ってきたんだ?」
「俺様も少し気になるな。どうやってるんだ?色々役立ちそうなんだが」
「ぶがいしゃひ、です」
「トップシークレットでありますよ」
「……余り詮索して欲しくないな兄貴」
何気にやばい事に踏み込んできた二人に対し、
さり気なく凄んでみる。
「ぬおっ!?」
「び、びびるじゃねぇか!」
……おーおーびびってる。
しかし、以外だな。傭兵王はともかく兄貴まで驚くとは。
「……何で、アリシアちゃん達を疑うの?」
「おいルン……怖ぇよ」
「く、ククク、母親とは別のベクトルでやばいのかコイツは」
ああ、そっちか。
でも、余り詮索されたくないのは本気だ。
実は地下の蟻型クリーチャーに世界の経済とインフラ握られてます。なんて、
絶対に人の世に認められる訳は無いからな。
絶対に口を割らないと判断した奴にしか情報公開できるわけも無い。
さて、深く考えられる前に話題転換するか。
「ともかく皆無事でよかった……コケトリスやその上に乗ってた連中は残念だったが……」
「はんぶんくらい、やられちゃった、です……」
「全体の数的には大した事無いけど、やっぱへこむでありますね……」
「「コケー……」」
そうだな。だが、今はコイツ等が生き延びた事を……あれ?
そう言えば傭兵王以外のユニークな連中の姿が死体の中に無かったから安心してたが、
一人足りなくないか?
「そういや、ハニークインの姿が見えないが?」
「はぁ、はぁ。あ、そうだ。あの子、コケトリスを僕らの援護に置いて先に行っちゃったんだ!」
「ククク、囮になるついでに側近一人と二羽で魔王に会いに行くんだとよ」
……囮!?
ハイムに会いに行く!?
それって、まさか……。
一人で先に特攻かましたのか!?
「ああ。そのお陰でかなりの敵があのチビ助を追いかけて行ったぜ。お陰で助かったが……」
「最早、生きているとは思えんで御座る」
「な、何言ってるのさ!あの子だってミツ……はーちゃんの側近だよ?そう簡単に……」
馬鹿な……。
自己犠牲なんてする奴じゃあないだろハニークインよ。
「ともかく、ハイムの方へ向かったんだな!?」
「うん。あっちの通路だよ!」
「あの奥にギルティおばちゃんの空けた突破口があるであります!」
「いそぐ、です!」
俺はその言葉を聞いて周囲の皆に語りかける。
「今すぐ動ける奴は何人居る?」
「ぼくはいけます!姉上をたすけるのです!」
「ククク、こりゃあ俺様も行かざるを得ないじゃねぇか」
「応、未だ余裕……とはいかねぇが未だいけるぜ。俺の力、存分に使え」
「……皆に迷惑がかかってる。早く、はーちゃんを連れ戻さないと」
「はぁ、はぁ。僕も行くよ?絶対、絶対行くんだからね!」
「拙者の消耗も酷いが、ここに置いて行かれるよりは生き延びる可能性が高そうで御座るな」
「……ばとんたっち、かんりょう。です」
「あたし等は元気全開でありますよ!」
ふう、流石にコイツ等は大丈夫そうだ。
少し休ませてやりたいがその暇は無さそうだ。
悪いがこのまま突撃してもらおう。
問題は、
「「「「「コケコケコケーーーッ!」」」」」
「「「ご、ゴブゴブッ!」」」
「「「く、くぅううううん……(ふるふる)ばうっ!」」」
皆はともかくコケトリスや騎乗兵達の消耗は激しいって事か。
まあ、何だかんだでここに居るのは大陸最強格の猛者ばかり。
そんな中で一般の魔物がここまで奮戦したんだ、むしろ褒められてしかるべきだろう。
「よし、では俺達は進軍……ゴブリンやコボルトは荷物持ち以外のコケトリスと共にここを守れ」
「やばかったら、即刻逃げるで有りますよ」
「むりは、きんもつ、です」
俺達の言葉に明らかに安堵したような声が漏れる。
当然だ。コケトリス以外は元々小動物並みの戦力しかない。
ここに居る連中は訓練を積んではいるが、それでも成人男子に勝てるかは微妙なレベル。
さっきも言ったが、よく頑張った。としか俺は言えない。
「ゴブッ……マオウサマ、タスケテ、ゴブ……」
「ああ、任せとけ」
特に負傷の酷い連中への応急処置を指示すると、俺は仲間達の方を向く。
……一斉に頷いた七人と二匹。そして荷物持ちの数羽に俺が頷き返すと、
俺達は一斉に走り出す。
待ってろよ、ハイム。
それとハニークインも。
ハイラル達が付いているならそうそう心配も要らん気もするが、
それでも。絶対に、絶対に死に急ぐんじゃないぞ馬鹿野郎が……!
……。
≪side ガルガン≫
……わしの持ち場は今、戦場と化していた。
だが舐めるな。
所詮元Cランク冒険者で、元冒険者の宿の親父でしか無いわしだとて……出来る事はある!
「ほい、芋のスープお待ちじゃ!」
「おかわり、です」
「こっちにも一皿追加であります!」
「ノンノン……やれやれお二人とも。暢気にご飯を食べている場合でも無いでしょうに」
「はらがへっては、いくさができぬ、です」
「今まで散々戦ってお腹空いてるでありますよオド……」
「イエス、判りましたよ……ただ、早く食べて交代してあげるべきですけどね」
「そうじゃのう。こやつ等食って出て行ったかと思えばすぐに戻って来おって……」
「……たべざかり、です。かんがえるな、かんじるな。です!」
うん。わし……料理係だったのじゃよ。
……悲しくは無いぞい?
どうせ突入してももう役に立たなかったろうからな。
じゃが、この仕事を上手くこなせれば新しい宿を開業できる資金が得られる。
このままじゃ先代のマスターに申し訳が立たんしの。
え?首吊り亭か?
そんなの、冒険者がめっきり減った上、戦乱が続いたから一般客の客足が遠のいての。
つぶれたわい。この間。
ハハハハハ、ハハハ……ハハ………。
「おかわり、です」
「交代完了!ご飯持って来いであります!」
「ン!ナイスアイディア!……マスター。私にも軽く立って食べられる物を一つお願いします」
「ほいほい、どんどん……どんどん作るぞい?」
ま、腐っては居られんからの。こうして出稼ぎもしとる訳じゃ。
しかし、なんと言うか。
今日は、やけに、
たまねぎが目に染みる、のう……。
***最終決戦第九章 完***
続く