幻想立志転生伝
77
***最終決戦第八章 我知らぬ世界の救済***
~親子対決 幕間編~
≪side カルマ≫
頭の中がひっくり返ってかき混ぜられたような感覚……。
天井に叩きつけられ床をぶち抜いて一つ下の階に叩きつけられた所で、
どうやら追撃は止んだ様だった。
もっとも、それは同じ動きを数十回ほど繰り返してからだったがな。
要するに現在、俺は母さんからの折檻を受けている真っ最中と言う事だ。
因みに……ようやくそこで、母さんは正気に戻ったらしい。
らしいと言うのは、要するに俺自身気を失いかけていて、
確かめる余裕が無いということだが。
「カルマちゃん……お母さんは悲しいわ」
「……母さん、普通死ぬって」
「反省した?カルマちゃん」
「した!したから命ばかりは……」
「判ったわ。それじゃあ後で詳しい話を聞かせてもらうから」
「へーい……」
とりあえず泣き別れた上半身と下半身を無理やり手で繋げ、再生を待つ。
待ってれば治る自分の体に驚きつつも、俺は折檻が終わった事に心底ほっとしていた。
ふと横を見ると親父が痙攣している。
痙攣していると言う事は生きてると言う事だ。どうやら最低限の加減は残っていたらしいな……。
等とぼんやり考えていると、見覚えの有る顔が逆さまに俺の顔を覗きこむ。
「父?生きておるか?」
「ああ、辛うじてな」
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』
「いや、それをやるぐらいなら治癒を使えよ……」
何はともあれハイムが治癒術を使う。
魔王・管理者特権以外の魔法を好まず、正規術式すら満足に使おうとしないハイムが、
色々な部分を曲げて俺の胴体に治癒をかけてくれているようだ。
流石に千切れかけた胴体は放っておけなかったらしい。
「……まあ、サンキューな」
「うむ。まあ、今回ばかりは災難だったな。うん、元気出してたもれ?」
珍しい事に生意気盛りのハイムが今回は随分大人しい。
ぺたぺたと両手で俺の胴体を触っている。
「どれ。取りあえず胴体はくっ付いたか。後は母からでもやって貰いたもれ?」
「そうだな。うん……だが、眠い、な……」
「当然だな。ダメージが蓄積しすぎておるわ……うん。これでは暫く動けんな……」
「……そうだな」
正直こうして話しているのも辛い。
けど、何か引っかかる。
それが俺をこの会話に縛り付けていた。
「よいしょっと」
「何故乗る?」
ところがどう言う訳かハイムはふわりと浮かぶと、くっ付いたばかりの俺の腹に乗っかった。
……正直、少し所ではなく辛いんだが……。
「父。ちょっと抱っこしてたもれ?」
「……無理」
その上で更に無理難題を言い放つ。
それでもまあ、可愛い娘の言う事だと力を振り絞って折れた腕を持ち上げ、
腹に座っていたハイムの上半身をこっち側に倒して背中を三回ポンポンと叩いてやる。
……胸板の上に顔を乗せたハイムは、それにご満悦の笑みを浮かべた。
「うむ。父よ、少し寝ておれ。その間にわらわがこの危機的状況、何とかしてやるぞ!」
「……大丈夫なのかよ?」
「任せてたもれ。わらわはハイム。父の娘、そして……わらわは魔王、なるぞ……?」
「そう、か……じゃ、取りあえずやってみろ。まあ、駄目なら、俺が何とか、するから、な……」
「うむ。まあ、父の手は煩わせんよ……」
「そう、か……」
そこら辺が体力の限界だった。
俺の意識は急速に沈み込んでいく。
あー、こりゃ数日は目覚めないな。
「任せてたもれ。父の子として生まれて、わらわは嬉しかったぞ?……だから……」
一つ気になることとして、
意識が途絶える直前、ニッと笑って最後にハイムが何か言っていた様な気がする。
だが、俺にそれを聞き取る余裕は無かった。
ただ異様で不吉な予感が、魂の奥から何名かで警告を発していた……よう、な……?
「だから、わらわが居なくなっても。絶対、忘れないでたもれ……」
……。
結論から言おう……世界は救われた。
気が付いたら救われていた。
目が覚めたら全て終わっていたのだ。
ハイムが最後の切り札とやらを使ってくれたお陰らしい。
俺は数日間ずっと寝ていた。
正確に言うと母さんにボコられて、気が付いたら近くの天幕村に寝かされていたのだ。
……なあ、よりによってここで蚊帳の外とかありえないだろ、常識的に。
覚えている最後の記憶は、気絶する直前にハイムが、
「父。ちょっと抱っこしてたもれ?」
「……無理」
抱っこ、とか言いつつ、
どう言う訳かボロ雑巾状態の俺の上に乗っかってきた事ぐらいか。
……兎も角、そうして目が覚めたら全てが終わっていた。
周囲の天幕からは世界が救われたと喜ぶ声が聞こえるし、
横にいる蟻ん娘達もそう言っていた。
だが。
「で、ハイムはどうしたと?」
「……もう、かえってこない、です」
「機構掌握の為、地下に隠されていた機構中枢に取り込まれたであります」
ハイムは、帰って来なかった。
……。
痛々しい沈黙に包まれる中、
蟻ん娘達が必死に口を開く。
まるで、自分達に言い聞かせるかのように。
「でも、そういうものらしい、です……」
「はーちゃんは世界の為の犠牲になったのでありますよ……」
もし、どうしようもなく世界のバランスが崩れた際、
管理者が中枢として機構に取り込まれることで発動する最終機構。
即ち、機構そのものの"初期化"である。
機構そのものを消失させる付加逆変化の為、
最後の安全装置として、発動した管理者自身の消失をも伴うと言う、
文字通り世界を救うための最後の切り札。
ハイムはそれを発動させたのだ。
……そう言えば以前、上層階"の"封印区画とか言ってたよな。
つまり地下にもあったって事だ、封印区画が。
そして、そこに赴いたハイムは一人そこに残り最終機構を発動させたのだと言う。
"初期化"とはその名の通り世界を元の状態に戻す為の命令だ。
本当に世界が危険な状態に陥った時、
危険覚悟で機構の保有する全エネルギー……即ち全魔力を総結集し、
世界の環境を出来うる限りその本来の形に戻し、
その後"機構"を解体する事により最大の歪みを是正する。と言うものだと言う。
……まるで一向宗の寺を元に戻すと言っておいて更地に戻した徳川の権現様のようだが、
そういう効果なのは仕方ない。
ともかく世界の寿命は数千年単位で延びるのだというが、
副作用として"機構"最大の恩恵である魔法の使用が出来なくなり、
更に設備インフラに当たる部分が崩壊する為、
魔力の生成も行われなくなるし、世界中に供給される事も無くなると言う。
当然、環境も時間をかけて自然の状態に戻るらしい。
……因みに今までは世界全体にエアコンを入れ続けていた様な状態だったとか。
無論、今あるものが無くなったりはしないが、
当然世界中を巡っていた魔力も段々と消失していく事になるだろう。
人間も今後はよほど特殊な事情が無い限り、魔力が自然回復する事も無くなると言う。
もっとも、それは大した問題ではないのかもしれない。
そもそも機構中枢がなくなると、魔力があっても魔法自体が発動しないらしいからな。
どんなに印を組み、詠唱を行おうがそれは最早ただのポーズであり言葉でしかないのだ。
どんな強大な力もそれを使用する術を与えられなければ意味は無い。
「でも、世界が救われたのは本当のようであります」
「おかしな、あつさ、なくなった、ですから」
「そうだな……だから外の連中も大騒ぎしてるんだろうし」
今も表ではどんちゃん騒ぎだ。
煩い事この上ない。
「うにゃ、ちがう、です」
「最上階が突然ドカンとぶっ壊れたでありますからそれで問題が解決したと思ったようであります」
ああ、母さんに俺か親父がぶっ飛ばされた名残な。
それに、謎の生物が逃げていく所を見ればそう思ってもおかしくないか。
「まあ、よろこんでばかりなのもいまのうち、です」
「もう暫くしたら、魔法使えない事に気付くと思うであります」
まあ、使う必要に迫られたら否応無く気付くだろうが、
基本的に大規模な術である瞬間移動は帰りには使わないだろうし、現在必要なのは治癒術くらい。
だが治癒術の使い手は基本的にうちか神聖教団にしか居ないだろうし、
故に現在気付いているのは当のハイムの僕となった神聖教団員や、
もしくは治癒術をどうにかして覚えていたほんの極僅かな例外だけなのだろう。
まだ騒ぎになっていない所を見ると、教団は恐らく蟻ん娘が抑えていて、
そのほかは、今はまだ自分の調子が悪いだけだと思い込もうとしているに違いない。
事実が世界中に知れたらえらい事になるな。
それはそう遠く無い将来の話なのだろうが……。
「本当に、とんでもない事になるな……」
「はいです。でも、うちにひがいはださせない、です!」
因みに、一度完全に破壊された機構の再稼動は不可能との事だ。
稼動の前提条件だった設備が全て壊れてしまうのだから当然の結論ではあるが……。
ともかくそんな世界規模の代物が消えることで世界の寿命は数千年延びるらしい。
と言うか、魔法とそれを管理する機構を造った為に、
それだけ世界の寿命が削れていたと言う事らしいな。
……要するに、この世界に一番負荷をかけていたのは他ならぬ"魔法"と、
それを維持管理するための機構そのものだったと言う訳だ。
世界の存亡と魔法という万能の力を天秤にかけ、
その万能の力と引き換えに世界に対し最後の延命を行う。
それが、古代文明最後の遺産だったと言う訳だな。
それにしても、世界を永く存続させる為のシステムが世界に一番負荷をかけているとは、
どういう皮肉だったんだか。
兎も角世界は救われた。
太陽はきちんと東から昇るようになったし、あの熱気ももう無い。
当然、世界の寿命も延びた、と言うかある程度は元に戻った筈。
「それで、世界の寿命はどうなったんだ……?」
「さあ?でも、元よりずっとのびてるとおもう、です」
「ここいらも段々元の寒い環境に戻って来たでありますし」
「数日ほど一日が数分くらいづつ短くなってたらしいっすよ?もう元に戻ったそうっすが」
……世界は寿命を取り戻した。
魔法と言う力と引き換えにして。
火球を唱えてみたが、もう炎が生まれる事は無かった。
サンドール地下にあったマグマ溜まりもその範囲を狭めていて、
夜も段々と冷え込むようになって来たと言う。
その他にも世界各国から様々な情報が入って来ていた。
その全てが、ハイムが蟻ん娘達に語ったと言う今までの話の概要を肯定している。
こうして世界を元に戻せる分戻し、その後は機構自体を解体するのだろう。
……だが、その後はどうなる?
「なあ、ハイムは何時ごろ戻ってくる?」
……ふと気が付くと自分でも、
何を馬鹿な事を、としか言いようの無い台詞を吐いていた。
この状況下でどうにかなる筈が無いじゃないか。
そう思いつつ聞かずには居られなかったのだ。
「むり、です」
「現在はーちゃんは地下で世界を元戻す作業をずっとしてるであります」
「……終わったら、機構ってのと一緒に。その……なくなる、そうっす……」
判りきっていた事では有る……だが、俺は思わずガリッと鎧を掻き毟っていた。
俺は一体何をしていたのか。
……母さんの激昂に翻弄されているうちに何も出来ずに終わってしまっているとは……。
「ごめんね?ごめんなさいね?私が我を失ったばかりに……!」
「……いえ。私も、とめられなかった、から……はー、ちゃん……」
「ルンちゃん……」
「ぼくがいけないのですよね?無理な行動したせいなんですよね?」
「おちつく、です。げんきだす、です!」
「皆辛そうで見てるだけで辛いであります……」
当の母さんはと言うと、ぼーっとして座り込んだまま身動きすらしないルンに必死に謝っている。
グスタフは自分の不明と軽挙妄動を恥じ、むずがるように頭を抱えていた。
そんでもってアルシェや蟻ん娘達はオロオロするばかり。
……周囲が喜びの中に包まれる中、この俺達の周囲だけ冷たい風が吹きすさんでいる……。
……。
「おう。何死んだような面してやがるんだ?」
「親父……」
その時全身包帯まみれだが、大分元気そうになった親父が現れた。
……だが、正直応対する余力は無い。
生返事を返し下を向く俺に対し、親父はゴツンと一発頭を殴ってきた。
そして、俺に問う。
「なあ。お前は俺の息子だってんだろ?なら、何諦めてるんだ?」
「……諦める?」
「おうよ。欲しいものはあらゆる手を使って手に入れろって……俺は言わなかったのか?」
「……言って無いな」
正確に言うと俺と親父には言葉のコミュニケーションが余り無かった。
当然だ。俺は長らく満足にこの世界の言葉を喋れなかったのだから。
……幼い頃最初に理解できた親父の言葉が、
≪せめて、体だけでも一人前にしてやるからな≫
だったくらいだ。
あの親父も俺に人を騙す様な狡猾さを期待はしていなかったろう。
そう考えると、
俺の教育方針は親父にとってもかなり不本意なものだった事は容易に想像がつく。
思えば本当に親不孝な息子だったと思うよ本当に。
「ふん……だが、聞いた話じゃあお前はそれを肌で理解してるようだったがなぁ?」
「けどよ。どうしろって言うんだ!?下手な事をしたら世界がまた危機に陥りかねん!」
親父の言いたい事は判る。
ハイムが死ぬのは少なくとも世界の環境が完全に元に戻ってからだ。
それまでは機構中枢の一部として生かされているはず。
そして、機構解体の最後まではまだ助け出す機会があるのではないかと俺はぼんやりと思う。
何故なら解体していく過程がある以上、中枢の解体は最後になるであろう事は明白だからだ。
だが、ハイムを取り戻した時世界の寿命はどうなる?
それに第一魔法そのものが失われた今、残った俺自身の力でどうにかなる物なのか?
無駄死にどころかハイムの決意を無駄にして世界まで危険に晒すのではないか?
……その判断が俺には未だ付いていなかった。
第一、それはハイム自身が望んでいないのではないか?そんな気もする。
「はっはっは、女々しいじゃねえかカルマ?」
「女々しい?」
だが、親父はそれを女々しいと笑い飛ばす。
「いいか?世界なんてそんなに大事か?家族より優先する事なんかあるのか?」
「……!」
「ちょ!待つっす!?世界なんか滅んでいいって聞こえるっすよ!?」
「あ?人間にとっての世界なんて自分とその周囲の事なんだよ。そっから先は他人事でしかない」
「幾らなんでも暴論じゃあ……」
「いや。親父の言葉にも一利有る」
レオが驚いているが、俺は目の前の霧が晴れたような気持ちだった。
無論、生きていくために世界を延命する必要は有る。
だが。その為に家族を犠牲に出来るかと言われると俺としては、ノーだ。
たとえハイム自身が望んでいなくても……無理やり連れ戻してもいいではないか!?
「だとしたら、どうすればいいか……判ってるよな?」
「ああ」
座ったまま天幕内の全員の顔を見回す。
そして、ボーっと座っているルンに向かって声をかけた。
「ルン……ハイムを迎えに行くぞ」
「……先生?」
すっかり憔悴したルンなど見ていられる物ではない。
世の連中よ。なじるならなじれ。怒るなら怒るがいいさ。
俺の暮らしていく世界は俺の周囲があってこそ。
世界全体の為に自分達を犠牲に出来るほど俺は人間が出来て居なかった筈じゃないか?
だから俺は俺の家族を守る。
そして……この際だから世界も守ってやる!
身勝手だろうが何だろうが今まで無理を通して道理を引っ込めてきた俺だ。
今更何を恐れる事がある!?
だから俺はおもむろに立ち上がり、そして宣言する。
「これよりリンカーネイトは総力を挙げて第一王女ハイムの救出を行う!異論は認めない!」
「……せん、せぇ……?」
俺は声を上げる。
そうだ。こんな所で燻ってる暇は無い。
一刻も早く情報を集め、最善の結果を探さねばならない。
総力を結集し、持てる力を全てつぎ込み、
限られた時間の中で出来る限りの準備を整えるのだ!
「無論、世界も救う……俺達が生きていくために!」
「まったく、無茶ばかり言うアニキっすね……ま、それでこそっす。どこまでもお供するっすよ!」
「はーちゃんは助ける。絶対」
「僕も出来る限りの事はするね。はーちゃんは僕にとっても大事な子供だしさ!」
「父上。ぼくもできる限りの事はします!もちろんできる範囲でですが!」
「……」
「おい、ギルティ、何処行くんだよ?」
俺の声に呼応するかのように周囲の皆が立ち上がり、声を上げた。
……こうして、リンカーネイトの総力を結集した第一王女救出作戦が開始されたのである。
世界各国の軍隊が勝利と、そして魔王城に残されていた帝国の宝物を持って帰国する中、
リンカーネイトだけはこの地に最大戦力を結集させて行く事になったのだ。
「よく言ったよ兄ちゃー。万事あたしに任しとけー!」
……だが、俺の決断より先に動いていたものも居る。
天幕の入り口が勢い良く開き、見知った顔が何人も現れた。
竜の背に乗せられ、かき集められたその顔ぶれは……。
「応……何か、暫く埋められてる内にとんでもない話になってるんじゃねぇか?」
「そうで御座るな……まあ、友人の家族の事でござれば拙者にとっても他人事では御座らぬよ」
「わしまで呼ばれるとは……しかし、今更わしがなんの役に立つのかのう?」
「おまたせ、です。ぞうえん、です!」
「じゃじゃーん!こんな事もあろうかと、頼れそうな人をかき集めてきたんだよー?」
「総力戦であります!一般兵と後方支援専門以外は出来る限りかきあつめるであります!」
「魔王様を助けるのですよー?」
『緑鱗族族長スケイル見参。カルマよ、表にはオーガの奴も来ているぞ』
「ウガアアアアアッ!」
「「もし、他国の方で邪魔する人がいたらこちらで対処します」」
「おいたわしや、女神様。そしてお二人ともご立派ですぞ……」
かつての冒険者仲間達、そしてアリサ達。更にハイム自身の配下達。
その他にもホルスやジーヤさん達も、オドやイムセティに後を任せここに向かっていると言う。
そして、もう一人。
「ククク、道案内は任せな。この俺様が封印区画とやらの前までは連れてってやるからよ」
「あー、そこまでのみちは、わかってるです」
「被害担当よろしくであります傭兵王」
「…………本気か……」
「ほんきもほんき、おおまじ、です」
行く先は魔王城最深部。
軍隊は役に立たない。魔法使いもその力を失い、当の俺もその戦力を大幅に減じている。のか?
ともかく必要なのは文字通りの精鋭なのだ。
かつて冒険者だった頃のコネも総動員した、
文字通りの最終決戦が今、始まろうとしていた……。
……。
≪side ハイム≫
僅かな振動音が周囲を包んでおる。
周囲には無数の水晶球。その中には世界中の景色が映し出されている。
……酷いものだ。あってはならない現象が世界中で猛威を振るっておる。
天を無駄に分厚い雲が覆い、切れ目から差し込む光が当たった場所は燃え上がり、
降り注ぐ雨は地に落ちた瞬間凍りつき、死火山が次々と噴火しておるわ……。
天井と床に刻まれた魔方陣の光に照らし出された室内で、わらわはため息をつく。
破損部分の光が失われ、一部が僅かに点滅する魔方陣……稼動状況はまあ九割と言った所か。
わらわを作り出した古代人が子孫の為に残したこの機構も、
老朽化による劣化は逃れられない運命らしいな。
「とは言え。まあ、潮時なのかも知れぬ。では、始めるか……」
己に降りかかるであろう最期に息を呑みつつ、
わらわは出来るだけ声の抑揚を抑え、口を開く。
問題を根本的に解決する方法はこれしかないのだ。
父やシスター等の手により魔法と言うものの解析が進みつつある今、
世界を護る為にはこうするしかない。
そも、魔法というもの自体が人の手に余る代物だったのだ。
ならばいっそ、無いほうが良いのでは?と幾度と無く考えたものだが、
今回の一件で遂に踏ん切りがついたわ。
『魔王の名の下に、最終機構発動を宣言する。管理者権限により……機構初期化!』
この機構が完成した時、確か世界の寿命は三千年ほどと試算されていた。
それが残り千年になるまで僅か千年、そして数百年分取り戻せたと思ったら、
今度は僅か数日で残りがたった200年。
……いったい何が間違っていたのか。
ともかく、誰かが暴走するたびに大乱を起こす訳にも行くまい。
それに……世界の寿命が200年を切ったと言う非常事態。
そして太陽は南から昇り、北の大地に夏が来たという異常気象。
これでは100年や200年何とかした所で焼け石に水。
やはり、根本的にどうにかする他無い……。
世界の環境破壊を起こす技術の発展を阻止すべく生み出されたと言う魔法という力。
必要は発明の母。即ち必要が無ければ技術は発達しない。
故に創意工夫が無くても良くなるほどの万能の力を。
そんな逆転の発想から考え出され、現実に実行に移されたのが今のこの世界であると言う。
だが、古代の英知でも魔法それ自身が世界に負担をかける物だとは気づかなかったのか……?
そんな疑問と様々な想い。
そして千年にも渡る永き戦いの日々が脳裏を埋め尽くす。
苦痛と苦悩に満ちた千年間が走馬灯のように脳裏を走りぬけ、
……最後に思い出したのは、父と母の顔、だった。
多分、本当に両親と呼べるのはあの二人だけだろう。
おかしな二人であるが、わらわにとってはこれ以上無い親であったわ……。
次に生まれ変わる時、あれ以上の親に当たるとはとても思えない。
そう思うと、機構を破壊し転生すら出来ず消え去る事に対する恐怖は無くなった。
むしろ、疲労感と徒労感が先に立つ。
『幾度となく繰り返された死と再生……もう、終わらせても……構わんよな?』
わらわが浮かぶ地下機構中枢部管理制御卓の下には魔力を生み出す魔道動力炉。
全ての魔力はここから生まれ、世界中に散っていく。
それをこれでもかと全力稼動させ、捻じ曲げられた理を無理やり元に戻していく。
『全動力炉、全力稼動……全力稼動限界マデ後1000、999、998……』
地面に敷き詰められた魔方陣が一際強い光を放つ中、電子音が周囲に響く。
世界崩壊までの予測期間、
即ち世界の寿命を示す瞼の裏に輝く数字が少しづつ、少しづつ巻き戻っていく。
『999、1000……危険状態脱出、警戒レベル、赤カラ黄色ニ引キ下ゲ……』
世界中に存在する端末よりの情報を分析し、
世界の寿命が千年を超え、危険域から脱した事をわらわは知った。
……これで安心だ。
だが、その安堵と共に機構が限界を超え悲鳴を上げ始める。
『管理者ニ通告・残存動力30%・全力稼動限界マデ500、499、498……』
『うむ。機構末端より作業終了区画をパージせよ。動力遮断まで5、4、3、2、1……やれ』
周囲に浮かんでいた水晶球の内比較的小さい物がひとつ、またひとつと光を失い、
そして地面に落ちて割れていく。
今さっきまで世界中に繋がっていた機構がその外縁部を切り離し、
役目を終えた端末が次々と自爆しているのだ。
機構は役割を終えた部分を切り離し、廃棄していく。
それは、機構自体の存在意義を失わせる行為。
だが、この機構が存在しているが為に世界にかかる負荷は大きい。
世界を狂わす魔法、その魔法を生み出す機構が世界に負担をかけていない訳が無いのだ。
だから、こうして破壊する。
そうすれば少なくとも額面どおりの期間、世界の存続は成されるであろうから。
『外部音声入力機構、完全停止……集音用端末、破棄開始シマス』
「うむ……これで詠唱はもう完全に無意味となるな。次は画像認証用機構を停止せよ」
同時進行で全ての魔法に対し順次破棄が行われる。
既に数百の魔法が処理され、廃棄された。
その他でも存在する魔法は数日以内に全て処理される。
不要なものを選ぼうとするから調べねばならぬ。全部壊すなら探す必要も無いのだ。
……突然、警報が鳴り響いた。
『……緊急警報、緊急警報。侵入者デス。直チニ迎撃開始シマス』
『父か?……流石の父も魔法無しでここまで来られぬわ……無茶はしないでたもれよ……』
最早治癒は使えぬ。
火球、そしてそれに付随して爆炎も使えぬ。
そして硬化、強力、加速までもな。
……父の使う主要魔法はいの一番に消してあるのだ。
「まったく、案の定連れ戻しに来たか。まったく、まったく馬鹿な父だ……馬鹿な、父だ……」
零れ落ちた涙を拭う。
この部屋は悪用されると恐ろしい事になる。
それをいやと言うほど理解していた古代文明人は、
この地下封印区画にのみ異常なレベルでの防衛装置を設置している。
特に動力炉に仕掛けられたものは洒落にならない。
だが、父ならそれを突破してしまうかも知れない。
だからわらわは父の戦力をいの一番に奪った。
諦めて欲しかった。
奥に行くほど凶悪になる防衛装置。
それが致死性の物になる前に帰って欲しかったのだ。
何。クイーンの分身どもにはここの恐ろしさを嫌になる程語っておる。
きっと父を連れ戻してくれるさ……。
「嬉しいが、嬉しいがな?……父よ、これはわらわの成すべき事なのだ……!」
『画像認証、停止シマシタ』
続いて印の認証も停止させた。
最後は印と詠唱を確認して魔法を発動させる為の処理装置を停止し、
全魔法の破棄を確認した後に動力炉自身を自爆させれば終わりだ。
『よかろう。術式処理用中枢演算装置、停止準備』
『シャットダウン処理、開始……』
周囲を飛び回っていた水晶球は既にその七割が光を失い地面に落ちている。
魔方陣も光の大半を失いその光を弱める中、わらわはふと世界の寿命を示す数字に目をやった。
……およそ三千年か……まあ、上出来だろうか?
「後は、全ての処理が終わるのを待つだけ、か」
成すべき事は全て成した。
手持ち無沙汰になると必然的に考える事が多くなる。
……流石に父は怒っておるだろうか。
それとも心配してくれているだろうか?
「いや……むしろ、心配してくれるのは母のほうか」
自分でそう言ったせいで思い出してしまった。
母は不幸体質だ。
そしてそれ故にこんなわらわでも生まれた事を心底喜んでくれている。
……わらわは生きて帰る事は無い。
生まれ変わる事ももう無い。
母は、泣くであろうな。
我ながら親不孝な娘だ。ギルティを親不孝と罵れぬではないか。
……これから人知れず消えるだけの自分ではあるが、
その件については謝っておきたい様な気もする。
「まあ、何を今更か」
『攻撃魔法反応……推定威力、危険域!』
何ッ!?
魔法はもう使えぬはずだが一体どうやって!?
至急生き残りの水晶球で部屋の外を映し出す。
そこには……!
「お父様……これが私の」
「ギルティ!?」
ああ、ギルティならありえる。
かつて、最悪の事態を想定して作り上げた我が切り札。
あの娘の中には小規模ながら自前の制御機構がある。我等管理者のように。
魔法の使用に機構本体を必要としないギルティなら今の状況でも魔法は使えるだろう。
だが、それでも足りぬ。
この部屋を護るは古代文明の遺産である魔法、光学、実弾を織り交ぜた無数の防御兵装と、
それらですら破れぬ分厚い特殊隔壁。
例えお前でも。保有する魔力全てを使い果たしてもこれを破る事は出来ぬ。
そういう風に造られておるのだ!
「だから、止めよ!命を粗末にするなあああああっ!」
ゴウが周囲の防御設備を復元される傍から破壊しギルティを護っているが、
それでも壊しきれない分がその身を焼く中、鎌を杖に見立てギルティは……!
……。
水晶球が光に包まれ、弾け飛ぶ。
そして、通路と部屋を閉ざしていた隔壁が音を立てて崩れ落ちた。
現れた影は、四つ。
ゴウにギルティ、そしてクイーンの分身か。
「馬鹿な……お前のもつ全魔力を総結集しても僅かに足りぬ筈だ。だと言うのに……」
「カルマが無事ならお父様も他のやり方があったでしょう?我ながら失態でした」
「だからせめて、道くらいは切り開いておくんだとよ……」
ああ、そうか。
責任を感じたのだな?
だからこんな無茶な露払いを仕出かした訳か。
「我が子ながら何様か!って怒ってしまったんですけどね……まさか王様だなんて……」
「へっ、一体どんな手を使ったんだか。なあ、ギルティ……ギルティ?」
「やっぱり、死人が出張って良い事なんか、何も、無かった……わね……」
「おい、どうした……っ!?」
明らかに己の全力を超えた一撃。
ギルティは、にこやかに笑みを浮かべそのまま地面に倒れ臥す。
そして、
「ギルティっ?無事なのか?返事してたもれ!?」
「心配はいらねえ、息はしてる……道を開くのが親の役目、か……くっ」
体勢を立て直す暇は与えんとばかりに、
ゴウが部屋へと踏み込んできた……!
……。
「馬鹿者!この室内は致死性の攻撃ばかりなのだぞ!?」
「はっ!だから何だってんだ畜生!」
わらわがどんなに止めてもゴウは正面から突き進む。
光の糸がその体を切断しようと縦横無尽に室内を走査し、
古代文明時代の銃が無数の弾丸を発射。
壁から突如突き出した音叉から超振動の波動が発せられ、
地面から生えた鉄の蛇が、紅蓮の炎を吐き出す!
「おおおおおっ!畜生!ギルティの願いとは言え……何で……!」
「やめよ!無意味だ!それにわらわを連れ出してしまえば……!」
だが、ゴウはそれを紙一重で回避する。
光の糸を避け、弾丸をかわす。
音叉は先手を取って叩き割り、紅蓮の炎はそのまま突っ切ってダメージを最小限に押さえた!
「何で!こんな!くそガキを!助けなきゃ……ならないんだっ!?」
「無駄だと言ったであろうが!早く、早くここから去るのだ!」
だが、わらわに対して30cm前でその進撃は止まる。
わらわを護る殻であり、わらわを縛る檻でもある不可視の力場に阻まれ、その動きを止めたのだ。
「こ、これは!?」
「防御シールド……これがある限りわらわを傷つけられぬし、わらわはここから出られぬ」
わらわは背後でシャッターの開く音を耳にしつつ、ゴウの未来を思い瞑目する。
……もう駄目だ。わらわには止められぬ。
『ロケットランチャー・一斉発射シマス』
「……」
「これが、最後の切り札って訳か?……ギルティ、俺は……!」
わらわの背後の壁から発射された火を吹く弾頭が無数に迫る。
ゴウは、それを不敵な顔で見つめ、叫んだ。
「チビども!見ていたな!?じゃあ俺の役目はここまでだ!じゃあな!俺はギルティの」
そして、次の瞬間炎と爆発に包まれる。
……残ったのは片腕だけ。
それが不可視の力場に乗ったまま、段々と石膏と化し、崩れ落ちていく。
「魔力を、使い果たしかけていたのか……」
魔法生物は魔力を使い果たすと土塊になって死ぬ。
魔力を自己生成出来るゆえ普段は関係ないが、竜であっても例外でも無いそれは、
当然無理やり生き返らせたゴウ達にも当てはまる。
もっとも、魔法生物を作る時はその一生分以上の魔力を込める。
だから、魔物を含め普通の魔法生物は魔法を使わない。
使わなければ寿命までは魔力不足に陥る事は無いのだから。
……しかし、ゴウは魔法を使えないはずだ。
なのに何故、魔力枯渇寸前まで……?
「おばちゃん!」
「運ぶであります!おばちゃんと情報を!」
「勝手に突入したと思ったら今度は勝手に死んでどうするでありますか!?」
「まあ、しょせんは、にいちゃの、りょうしん、です……」
「それに基本的に一度死んでる人達でありますしねぇ……」
ああ、そうか……ギルティに全魔力を、捧げ渡したのか。
思わず力場に手を付いた。
馬鹿な事をする……黙っていればそれだけで世界は救われたと言うのに……。
「はーちゃん!」
「……なんだ?」
そんなわらわを部屋の外からクイーンの分身が呼ぶ。
「おばか、です!」
「後でお尻百叩きして貰うから覚悟するでありますよ!」
そして、それだけ言って走り去っていった。
……静寂のみが残る地下。
『侵入者デス。今度ハ多数』
「……!」
だが、それはほんの一時の事に過ぎない。
今度は間違いなく父のものだろう。
正直早く戻って欲しい。
だが、最早わらわに止める術は無いのだ。
実際の所世界を救おうなどと言うのはお題目に過ぎぬ。
わらわが救いたかったのは父や母、そして妙に気の良いリンカーネイトの家族達だったのだ。
それだと言うのに。
どうしてこうなった?どうしてこうなった?
……何も出来ぬわらわは、ただ、そう自問する他なかったのである……。
***最終決戦第八章 完***
続く