幻想立志転生伝
72
***最終決戦第四章 ある英雄の絶望***
~ 潰される精神(こころ) 前編 ~
≪side カルマ≫
蟻ん娘二匹と魔王、そして俺を乗せてファイブレスは南へ急ぐ。
敵のトップを討ち取れたのは予期せぬ幸運だったが、
皇帝と宰相を失ったにも拘らず相手が全く怯む様子が無いのは悪い意味で予想外だ。
だが、だとしたらあの場にある戦力で守りきる事は不可能。
急いで戻って次の策を発動させなければならない。
「父よ、出来れば奴等を撤退させずに討ち取ってたもれ?」
「何故だ?」
少しばかり焦ったような顔でハイムが言う。
何故かとばかり問いかけると、これまた予想外の答えが帰ってきた。
「魔王城の様子がおかしいのだ。最上階の開かずの間を隠していた封印が弱まってきておる」
「……それはどういう事だハイム?」
「あ、そういえばまおうじょうに、あかないとびら、あるです」
「何の部屋でありますかねぇ?」
開かずの間、ね。
大方ろくでもないものがあるんだろう。
何せ、元々が魔王による魔法管理の拠点なのだ。
「うむ。最上階の方の封印区画ではな、魔法生物の作成を行えるのだ」
「魔法生物?母さんみたいなのか?」
俺の母さんは、ハイムの前世でもある先代魔王の娘。
それも決戦用に作られた戦闘用ユニットのようなものだったらしい。
だったら作る為の施設が有ってもおかしくは無い。
そして、それがある場所として相応しいのは……魔王城以外に無いな、うん。
「そうだ。ゴブリンやコボルトなどの亜人種や竜などもそこで作られた……わらわもな」
「要は古代文明人の研究所か」
……あー、そんな所を押さえられたら確かにアウトだ。
謎の超生物でも作られた日にはどうしようもない。
何せ、竜クラスの化け物を作れるような施設。
敵が目を付けない訳が無い。
「……念のために30年前の決戦前に誰にも開けられぬよう封印を施したのだが」
「じかんけいかで、こうかぎれ、です?」
「いや、周りの建材の方に穴が空いたようだ」
「だめじゃん、であります」
……扉の封印は完璧でも周りの壁は普通でした、ってか。
あー、そう言えば魔王城って最低でも築千年以上の古代遺跡級の建造物だしな。
あちこちぼろが出ててもおかしくないか。
「あ、父よ勘違いするでないぞ。管理者権限が無くてはそもそも使う事など出来ぬ」
「なら、問題無いんじゃないか?」
「いや。あそこにはギルティの試作型が保管してある。奴等の手に渡ったら事だぞ?」
「え?母さんの?母さんって確か魔王軍の最終兵器だったんじゃ……」
「でも、けっきょく、うらぎった、です」
いや、そういう問題じゃない。
かつて魔王軍の切り札になったほどの存在が何時でも敵の手に渡る状態になったわけだ。
……ヲイヲイ、開戦後に敵戦力が増えるのは反則だ……。
「しかし、だったら最初から言っててくれれば……」
「永遠に封じ続けておくつもりだったのだ!第一父にだってあの部屋を悪用される訳には行かぬ!」
かっ、と白丸目玉を見開き両腕をパタパタさせながら、
あうあう、と涙目で吼えるハイム。
そこには長年世界を管理し続けてきた魔王としての誇りと意地が見えた。
……見た目は泣いてるちびっ子だけどな。
「封印が解けたらどうするつもりだったで有りますか?」
「封印が保たなくなりそうなら十年ぐらい前にわかる。その時に言うつもりだったのだ」
うーん。確かに俺が手に入れたら確実に悪用するわな。
それに対処するにも十年あれば余裕……まあ、壁の破損は仕方ないか……。
はぁ。そういう事なら仕方ない。
「なら、撤退させないように動くしかないな……ともかく追いつくぞ?本陣はまだ落ちてない!」
「……でも、防衛線の一部が破られてるであります!」
「そんで、きへいだけ、とっしゅつして、みなみへ、いってる、です!」
騎兵?騎兵は散らした筈だが?
「指揮官は誰だ?」
「もーこ!テムおじちゃん、です!」
「南に逃げた後、散った兵隊を集めて緊急再編成……否、これは多分想定してた動きであります」
「集まりが良すぎる?……逃げ散ったふりをして南で再集結、か」
「手ごわいの?父、策はあるのか?」
ある。と言うか防御線は抜かれるものと相場が決まっている。
古くは万里の長城。後はマジノ線やジークフリート線とか、な。
まあ、俺が知らないだけで守りきった防衛線もあるかも知れん。
だが今回としては抜かれることは想定の範囲内だ。
ただ……。
「アレはマズイだろアレは……」
「30年前。わらわが"我"だった頃の外装骨格か」
ズシンズシンと足を引きずるように進む魔王の肉体……いや、鎧か。
そしてそれを動かすのは……。
「進んで下さい!魔王の手より大聖堂を取り戻すのです!」
やっぱりクロスの奴だーーっ!
魔王の姿して言う事か!
と、声を大にして言いてえええええええっ!
でもそれは隙が出来た時の精神的トドメとして取っておくか。
「ククク、ゆっくりでいい。ゆっくりでいいぜぇ……頼むから急ぐんじゃないぞ!?」
そして代わりにやる気の無い……ああ、やっぱ居たかビリーさんよ。
と言うか遠くてよく判らんが冷や汗凄くないか?
って、こっち見た!?
「カルマぁっ!遅いぞこの野郎!?向こうの決着付いてからドンだけ経ったと思ってる!?」
「……なんで到着を敵から待ち焦がれなきゃならんのだ」
あ、傭兵王涙目。
「うるせええええええっ!俺様に義理とは言え自分の娘を殺せって言うのかよ!?」
「あ、そう言えば守備の指揮取ってるのはアルシェだもんな」
実は地下にいつでも逃げられるんだがそこはそれ。
言わぬがフラワーって奴だ。
アルシェも本当に可愛がられてるんだよな。
考えてみれば普通に自分のところのチーフを殺してても何のお咎めも無いし。
意外と養子縁組も望む所だったのかもしれない。
……立場的に攻めねばならない現状はご苦労様だがな。
「アクセリオンの奴にも約束してるんだよ!この命尽きるまで共に戦うってな!」
「それで我が子と戦う羽目に陥ってちゃ世話無いが……因みに勇者様は死んだぞ」
その言葉に傭兵王は少し肩を落とした。
「……そうか。戦いの中で死ねたなら、アイツもきっと満足だっただろうさ」
「…………だと、いいんだが……」
取りあえず、目を逸らしつつ真相は闇の中と言う事にしておく。
少なくとも簀巻きにされた上で髪の毛を永久脱毛され、
尻に腕を突っ込まれた挙句に輪切りにされたのが勇者の死に様だとは思えないが……。
さて、騒ぎを聞きつけクロス以下陣攻めをしていた連中の注意が此方に向いた。
俺は更に目立つべく抜き身のヴァンパイヤーズエッジを振り回す。
「そ、それはアクセリオンの……陛下の剣!?」
ほうれ、倒した証拠だぞーっ、と。
ふふふ、既に細工は終わっている。何か知らんが両方を手に取りぶつけてみたら、
攻撃力の高い魔剣のほうに、魔力がほぼ全部移動したのだ。
要するに、取り返されても全然平気って事だ。
まあそんな訳で、これ見よがしに振り回しているわけだが。
……少なくともここで外装骨格は破壊しておかねばなるまい。
さもなくば次の罠が無駄になりかねんからな。
「アクセリオンは倒れましたか……」
「まあな。それとクロス。アンタも死んだぞ」
妙な言い方だが事実なので仕方ない。
と言うか、目の前に居るコイツは本物か偽者か……。
いや、思考形態が基本的に同じだと思われる以上、こっちが本物だと仮定しておく方が無難だな。
「そうですか。まあ仕方ないです」
「仕方ないのかよ!?」
「だってそうでしょう?理想を捨ててまで選んだ道、それでさえ完遂できないようでは……」
「自分に対してすら厳しすぎるよこの人!?」
その時……ゾクリ、と背中に走る寒気。
この感覚は失ってはいけない。
なぜなら……これこそが危機を感知する直感、と言う得がたい感覚だからだ。
「せめて、わたくし達の理想の邪魔をする者ぐらいは討ち取って欲しかったですね!」
「酷ぇ!マジで酷ぇ!味方、と言うか自分自身に対して何たる辛辣さ!?」
案の定だ!速攻殴って来やがった!
酷すぎる!
と言うか、やっぱりコイツはクロスだ!
ちょっとばかり喧嘩っ早い気もするが間違いなく本人だ!
「御覧なさい。魔王の力をも手に入れた勇者の勇姿を!」
「それ、堕落フラグじゃないのかーーーーーっ!?」
取りあえず突っ込んでみたが反応は無い。
気付いて無視しているのかこっちの戯言だと思っているのか……。
とりあえず、魔王の目の部分から見覚えのある手が見えた気がする。
操縦席は変わってないのな。
ならばそこを攻めるべき……。
「さあ、かかってきなさい!因みに口元は鉄のマスクで覆っていますよ!?」
「つまり、操縦席から引きずり出すと言う策は使えないのか」
「貴方なら知っているはずの弱点は放り出しはしませんよ。さて、どうやって倒すつもりですか?」
「魔王の外装骨格……その装甲は分厚い……ならばどうするか……」
まあ……そんなの決まっている。
「古傷の左膝を総攻撃だーーーーーーッ!」
「ゴウが散々痛めつけた場所か。まあ、流石に修復する方法は無いからな」
「うわわわわわっ!?体勢が崩れる!?」
以前、ハイムと遊んでいた子供たちと、その内容を覚えておいでだろうか?
そう、勇者ごっこ。
まさかと思って調べてみたら、あれ、本当に事実にのっとった話だったらしい。
しかも、魔王の外装骨格は以前の親子喧嘩で判るように使い捨てだ。
つまり、一度出した外装骨格を修復する方法まで用意されては居なかったりするのだなこれが。
そんな訳でハイム含めて総攻撃開始。
そちらは一見すると何の問題も無いように見えていたが治っていたのは外観だけだったらしい。
すぐに体勢が崩れてきた。
「くっ、治癒術を魔王の鎧経由で……!」
「無駄だ!千切れた腕につばを付ける程度の効果しか無いわ!魔王の生命力量を舐めるなよ?」
いや、ハイム曰く治癒魔法が一応効くようだ。
しかし、全体の生命力からすれば回復量は微々たる物、か。
道理で世間一般のラスボスが回復魔法をあまり使おうとしない訳だな。
それはさておき、
……今回の場合歩けなくなるほど損傷した挙句30年もほったらかしだった古傷は、
既に膝の爆弾と呼称すべき代物と成り果てていた。
要するに無理がもう、効かないのだ。
だからこそ、潰し甲斐があるというものだがな!
「ひ、卑怯!……と、呼ぶだけ無駄なのでしょうね!」
「そりゃそうだ!こんなもん持ち出しやがって!」
よろめいた外装骨格の古傷をこれでもかと抉りまくる。
一瞬、巨大魔王の首が横を向いた。
……視線の先は一箇所だけ穴の空いた防衛線の一角か。
今も敵の侵入、というか突入が続いているその一角を見据え、
外装骨格は明らかに歪んだ笑いを浮かべた。
だが、それは一瞬。
一瞬で顔は元の位置に戻り、何事も無かったかのように振舞う。
……残念だが、突入されている事に気づく訳に行かないのは此方も同じ。
精々騙されたふりをしてやるさ。
「そらそらそらーーーっ!早く何とかしないと膝が千切れるぞーーーっ!」
「父!?笑顔が邪悪すぎるぞ!自重してたもれーーーーっ!?」
クロスの注意が他を向いた隙に村正に目配せをする。
流石にここが持たない事は薄々察していたのだろう。
商都の兵から順に、無事な方の防衛線からまさしく長陀の列となって防衛隊を撤収させていく。
これから先、商都の兵は商都の門で防衛を行う事となるな。
国土を二分されてしまう事になるが……、
まあ、敵がそちらに行く可能性は低いから勘弁して欲しいと思う。
「行けえええええっ!ファイブレス!」
『良かろう……頼まれた!』
その頃俺達はトドメとばかりファイブレスの爪を傷ついた古傷に突き刺さし、
更に牙でその足首を強く噛み、宙に持ち上げていた。
そしてそのまま……豪快にジャイアントスイングを決める!
「なっ!?く、くっ……やめなさい!」
「止めろと言われて止める奴が居るかよ!」
一度回り始めたら最早止まる事は無い。
傷ついた筋繊維では力任せに振り回される遠心力に耐えられず、
ブチブチと言う音が周囲へ断続的に響き渡る。
そして……。
「このまま成す統べなくやられるぐらいなら!」
「何を!?」
クロスは外装骨格を空中で無理やり腹筋だけで起き上がらせると食いつかれた方の足、
すなわち自身の古傷に鋭い魔王の爪を突き刺し、自らトドメを刺した!
……肉どころか膝の皿までぶち割るその威力に膝から先が千切れ、
外装骨格は左足だけその場に残し遠心力に引っ張られるまま吹っ飛んでいく!
……ただし、こちらの本陣の方角へ。
「野郎!?まさか計算づくか!」
「は、母その2が!?」
だが、幸い最悪の事態は避けられた。
外装骨格は本陣から少し離れた防衛線の壁にのしかかる。
いや、腰掛けるように倒れこんだ。
「ただでは転びませんよ……ただではね!これで防衛線は……ボロボロですよ!」
「ならばこちらも、ただでは抜かせん!貴様の命も貰っていく!」
駆け抜ける。
敵の飛んでいった方向へ。
本陣横で未だ倒れているクロスの操る外装骨格の口元に飛び乗り、
眼部を目標に魔剣を構える……!
「身動き取れないまま逝ってしまえ!髭は黒くないが黒髭危機一髪ってな!?」
「今までの……年老いて現実に負けていた大司教クロスだと思うなっ!」
……地面が……爆ぜた!?
「ここに居るわたくしは大司教クロスの理想そのもの!わたくしは……勇者クロスなり!」
「クロスの、理想そのものだと!?」
「が、外装骨格の顔面を突き破るほどの威力を持つ一撃だと!?しかもこの力……強すぎる!」
いや、地面では無い。魔王の顔面が爆ぜたのだ。
ハイムは顔面蒼白となっている。
そして俺は外装骨格の破裂に巻き込まれ、宙を舞って地面に落ちた。
「そう、わたくしは理想……彼が捨て去ってしまった理想の体現者です」
両の手に持たれたメイスは大司教と寸分違わず……。
だが、その姿は僅かに違う。
……ありていに言えば……若い!
恐らく魔王討伐時の年齢なのだろう。
しかも、先ほど見せた魔王の顔面割りを見るに、身体能力も以前の比ではあるまい。
「驚きましたか?これがわたくし……勇者クロスの全盛期の力ですよ」
「嘘を付くな!30年前のお前は仲間のサポートか部下任せだったではないか!」
……成る程、理想か。
理想の自分をイメージして書いた自画像辺りから呼び出したのだろう。
だから、全盛期の自分以上の力が出せるのだ。
……しかし、まさか魔力を蜂蜜酒二本分全部突っ込んだのか?
どちらにせよ突っ込んだ魔力量を上回るスペックを持っていそうな感じだが、一体どう言う事だ?
「父よ、アレはまずい、非常に拙いぞ?」
「ああ、そりゃもう見れば判る」
ハイムがあたふたと寄ってきて肩口に飛び乗ると口を耳に寄せてきた。
やはりマズイよな。流石は望むままの力を持って生まれてきた存在だ。
……最悪、現在用意している罠を全て食い破られる事も想定せねばならないのか!?
「そうではない。あ奴……世の摂理を乱しておる」
「と、言うと?」
「魔力のINとOUTがイコールになっていないのだ」
「まあ、望む力を持って生まれてきたってくらいだし、そういう特徴を持ってるんじゃないのか?」
なにせ、魔法って色々と法外だしな。
羽も無いのに空は飛ぶわ、何も無い所から火やら氷やら出すわ。
挙句に死人を生き返らせるし……。
竜の心臓を持って生まれてきたうちの息子に至っては、身体能力が竜そのものだしな!
あ、それは関係ないか。
「それでもな?奇跡の代価としての魔力は存在しているのだ父よ」
「魔力が足りないと気絶するもんな……でも、それを耐えれればある程度無茶が効くだろ?」
現にレオは現有魔力が少ないが、それでもフレアさんの火災(フレイムディザスター)ですら、
数ヶ月の昏倒と引き換えに一度は使えるらしい。
魔力消費の少ない硬化ですら連続使用が出来ないにも関らずだ。
要するに、気絶する事前提ならその者の限界魔力を一度だけ越える事も出来るって寸法だな。
あ、それ以上の大規模魔法は間違いなく詠唱中に気絶するがな?
そう考えると魔法って本当にフレキシブルで法外だよなと思う。
だから奇跡の代価とか言われても、根性で何とかなるようにしか思えないんだが?
「魔法の制御を司る機構は魔王城にあるのだが、勝手に設定が書き換わっておるのだ」
「え?それって……拙くないか!?」
「うむ、マズイ。クロス自身の地力で足りない分を無理やり押し上げているわけだからな」
「強化魔法みたいなものか」
要するに、設定上の数値を達成する為に、不足分を他所から無理やり力を持って来ていると?
なんと言うチートな。
「そうだ。しかもその魔力は本人から消費したものではない」
「まさかその分は俺たちの割り当て分から奪ったものとか言わないよな?」
魔力を奪われたら俺はただの戦士に落ちるんだけど!?
……と言うか、無茶をしたときは世界そのものがそのしわ寄せを受けてたのかよ!?
それって初耳なんだけど!?
いや、それ以前にクロスはもしや俺たちを何時でも魔法が使えない様に出来たりするのか!?
「まさか!管理者権限をどうにかできる訳が無い!流石にそれ系統の術は弾かれるぞ」
「じゃあ何がやばいんだ?」
「世界に負担がかかるのだ!当然だろう?予定以上に力を使う事になるのだからな」
「するとどうなる……」
「歪むに決まっておる。ただでさえおかしくなりかけた物理法則が更に乱れるのだ!」
「それって世界の寿命が減らないか!?」
判ってはいる、理解はしてしまったが聞くのを止められない。
……まさか、まさか……。
「そう。普段の行動はさておき、奴が力を使うたび世界の寿命がガリガリ削れておる!」
「やっぱりかよ!?でもそれって……」
「うむ。世界の危機だ!既にわらわ達が必死に増やした時間の内、数十年が削り落とされておる!」
……なんてこったい!
折角増やした手間と時間が無駄になるだと!?
しかも、相手に力を使わせれば使わせるほど!?
それなんて無理ゲー!?
「ふふふ、こそこそと……逃げる算段は付きましたか?」
「うわ、余裕だよコイツ……」
何かクロスが余裕をぶっこいているが、なるほど、そういう事情なら頷ける。
自分が本気にならざるを得ない状況になれば成る程世界の終わりが近づくってか?
世界そのものを人質とは恐れ入るね。
……いや待て、もしや……。
「クロス……お前の力は危険な物だと判っているのか!?」
「ええ。使い道を誤れば無辜の民を多数殺めてしまうでしょうね。ですから自制が必要です」
判って無い、判って無いよこの人。この危機的状況を!
たった一日で世界の寿命が数十年縮んでいるというのに!
……ああ、言いたい、声を大にして言いたい!
だが駄目だ、多分知ったらそれをここぞとばかり利用してくるだろう。
ゴネとゴリ押しで無茶な要求を通し続けるのみ、そんな最悪国家の出来上がりだ!
それは避けたい、避けねばならない!
「そろそろ終わりにしましょうか……お気づきですか?既に我が精鋭は防衛線を半ば越えましたよ」
「…………なんだってー」
「なんだってー、で、良いんだよな父?」
「なんだってー、です」
「なんだってであります」
あ、敵がこの戦域を突破したか?ならとりあえず出来る事からしよう。
まずここは、軽く驚いて見せねば。そうでなければ話が先に進まないし。
……何処と無く棒読みになってしまうのは三文芝居ゆえだがな。
「驚かれましたか?わたくしと魔王の鎧ですら囮に過ぎないのですよ!」
「それはなんという、こうどなさくりょくなんだろう、やられたー」
更に棒読みー。
でも相手気づいて無いー。
「ふふふ、本陣は既にもぬけの空ですね。残念ですが貴方の軍は貴方を見捨てたようですよ?」
「そりゃ、たいへんだー」
本当はこっちが自発的に撤収させたんだけどな。まあ、訂正してやる事も無いか。
とりあえず、俺が棒読みを続け、クロスが悦に入っている内に、
ボロボロになった魔王の外装骨格をファイブレスに解体させておく。
そして再利用不可の状況にした上で、改めてクロスに向き直った。
「……取りあえず、一戦交えてみるか?」
「いいでしょう。そちらとの戦力差には興味がありますし」
外装骨格を破壊されたにも拘らず、相手は余裕、か。
何にせよクロスの戦力情報を上方修正せねばならんのだ。
一度戦っておいて損は無いだろうさ。
ま、いざとなれば切り札その2もある。
ファイブレスとじわじわ混ざりつつあるゆえに使えるようになった、ある意味危険な能力。
だが……ま、有用だし自分が破綻しない程度に使うなら問題あるまい。
一応使う準備だけはしておくか。
「リンカーネイト王カール=M=ニーチャ……推して参る!なんてな?」
「シバレリア帝国宰相にして勇者!神聖教団大司教クロス、参ります!」
俺は吸命剣をアリシアに預けると魔剣を抜き放ち、竜の頭から地面に降り立った。
クロスは両手のメイスを、片方を前に突き出しもう片方を頭上に構える。
……さて、クロスの理想とやらの力、見せてもらうか!
「そらっ!初撃は貰った!」
「甘いですよ!?」
こちらの攻撃が防がれた!?
両腕のメイスを交差させた部分に魔剣が食い込むが、相手まで届かないだと!?
……いや、地力ではまだ勝っている!
僅かながら、相手を押している!
「出来れば片手で防御して、ぐっ、逆の手で反撃と行きたいところなのですが!」
「片手で防がれたら流石にこっちの立場無いって!」
しかしこれは……一騎打ちでこっちが有利なのはまだ動かないが、
それでも蟻ん娘にすら翻弄されてたコイツが、
使徒兵無しである程度食らいついて来るのには驚いたな。
かなり強化されてるのは間違い無い!
打ち合う、打ち合う、打ち合う……!
だが、決定的な被害を双方与えられない!
膠着状態のまま時間だけが過ぎていく……!
「にいちゃ!みんな、てったい、かんりょう、です!」
「よし、判った!ここは引くぞ!」
その時、蟻ん娘達から撤退準備完了の合図が。
……潮時か!
前蹴りでクロスを蹴り飛ばすと、俺は距離を取って走り出した!
「とりあえず、ここはそっちの勝ちか……ここは引かせてもらう!」
「逃がすとお思いですか?"もっと光を!"」
ことさら力を込めて叫んだ"もっと光を!"の文句が周囲に響いた途端、
天より光の柱が降り注いだ。
「なっ!?これは!」
「ふふっ、力を込めて叫んだ言葉が力を持つ!これが私の新たなる能力ですよ!」
「そんな馬鹿な!叫ぶたびに一々術式を再構築しているのか!?愚かな!なんと言う事を」
後方で高笑いを上げるクロスに背を向けつつ、俺はこの現状に危機感を抱いていた。
……横を必死に飛んでいるハイムも同じだ。
必要に応じて魔法を作成する能力だと!?
しかも、さっきのハイムの言葉から察するに……。
「ハイム……アイツの魔法は逐次再構築されている、と言ったな?それって」
「そうだ!即興の魔法を一度唱えるたびに、更に世界の寿命が縮んでいくぞ!」
これは要するに、魔法を使うたびに魔法作成→廃棄を毎回行うと言う事。
当然一度使うたびに世界の寿命が更にゴリゴリと削れて行くのだ。
……これはもう処置無しじゃないか!?
考えつつ、降り注ぐ光の柱を必死に回避しながら俺達は走る。
巻き添えで傭兵王が光の柱に巻き込まれ……一瞬で燃え尽きた。
「強力な熱線か!?」
「恐らくそうだ……父、絶対に当たってはならんぞ!」
「消えなさい、世界の為に!」
……世界の為に消えるべきなのはお前だっての!
しかし、この場は逃げ切らなければ。
敵の大軍……多分増援含めて20万以上、を次の罠に嵌めなければならないし、
これ以上戦闘が長引いてコイツにこれ以上の力を使わすわけにも行かなくなった。
そもそも敵は最悪全人口を率いてやってくる事も可能だ。
それを阻止できる体勢に持っていかねばならない!
「旧大聖堂まで引くぞ……ただし、城は諦めろ」
「うむ。建物は建て直せばいい。だが、死んだものは戻らん。戻ってはならんのだ」
走りぬけた後方で、陣地が天からの光に焼き尽くされたのが見えた。
……撤収が間に合わなければと思うとぞっとする。
さて、クロスを生かしておけない理由も増えたし……次の戦場でカタを付ける!
「カルマ殿!拙者は商都の守りに専心するで御座る!ご武運を!」
「村正!ライブレスは一時預けるから!そっちに行った連中は頼むぞ!」
「委細承知!」
「おう、吉報を持って行く!」
ライブレスに乗った村正が、矢に撃たれハリネズミになりながらも俺に叫んで撤収していく。
そして、戦場は更に南……旧大聖堂付近へと移行したのである。
……。
「敵は?」
「北部。先刻第一陣迎撃成功。現在、敵軍再編成中也」
「さっき一回攻めてきたみたいだね。アリシアちゃん達の重火器で追い散らされたみたいだけどさ」
「自分達は兵の損失はともかく疲労が凄いっす。暫く休ませないと戦えないっすよ?」
「そうだろうな。商都街道沿いの戦闘に参加した将兵は後方にて休息後南側陣地に合流だ」
「わかったよカルマ君」
「うっす!了解っす!」
旧大聖堂、今はマナリア閥……ルーンハイム一門の居城ルーンハイム城と言われている建物である。
俺達はそこから少し南と、少し北の二箇所に陣を敷いていた。
現在はようやくそこに辿り着いた所だ。
他国領域ゆえに急作りにならざるを得なかった先ほどの陣地と違い、
特に南の陣地は一年かけてじっくりと作り上げた堅固な陣地である。
土塁に空掘、更に土嚢を積んで、柵は鉄条網で補強し、
防御用火器に至っては何とガトリングガンが配備され、蟻ん娘達がぶっ放している。
何で出来たかは古代文書から設計図が見つかったから、としか言えないがともかく強大な火力だ。
数に勝る敵でも十分に受け止められる。……要するに、ここから先へは行かせないと言う事だな。
配備されている兵も、北から戻ってきた銃兵や守護隊の他に、
サンドール兵三千にバリスタや投石器まで追加配備しておいた。
空掘の底には油が撒かれ炎がごうごうと燃え盛っているし、そうそう抜かれる事もあるまい。
「鉄壁……守備、固定!」
「アヌヴィス将軍。ここの守りは頼んだぞ……ここだけは抜かれないようにして欲しい」
「承諾。準備万全、我等天命保持!」
「頼むぞ……」
守将はサンドールのアヌヴィス将軍。
彼は元々サンドールの将軍である。サンドールの兵を任せるのにこれ以上の人選は無いだろう。
副将はアルシェとレオに任せた。これで抜かれるようならはっきり言ってどうしようもないな。
因みにサンドール本国はイムセティとその弟達に任せてある。
ま、蟻ん娘を補佐に付けているし、余り酷い事にはなるまい。
ただ、一つ心配事があるな。
「スー達が街に侵入して"こうほうかくらん"するのだナ!」
「……ん~!」
スーがそんな事を言いながら小さな子供と数名の兵士を連れ国内に侵入。
あろう事かその子供が日本昔話のエンディングテーマを歌ったと思ったら、
文字通り彼等は突如としてその姿を消したと言う。
蟻ん娘にも補足出来ない……一体どうなっているのやら。
ともかく、今はこの戦場をどうにかする方が先か。
「スケイルは後方をこちらに向かっている増援に合流してくれ。次なる切り札の護衛を頼むぞ」
『良いだろう。部族の者達も少し休ませたいと思っていたところだ。丁度良い』
「一緒にハイムを連れてってくれ。増援にはハイムの城も混じってるしな」
『ほう。流石に魔王様の私兵は本人に任すか』
「うむ。わらわが自ら集めて回った魔王軍近衛隊だ。戦果は期待してたもれ?」
えっへんと胸を張られても困る。
と言うか、魔物の軍勢を今のクロスの前にはあまり出したく無いぞハイム。
「いや、ただ前進してくれるだけで良いから。それだけで終わるから」
「そんな見も蓋も無い事を言うでないぞ父よ。グランシェイクも出番が欲しかろうに」
『彼の竜だけではあるまい。出番を欲しがっているのは……一応言っておくが決して油断するな』
「そりゃそうだ。理想の具現化モードなクロスなんて化け物相手に手なんか抜けるかよ」
「違いないな。だが、今回ばかりは最後に笑うのはわらわ達だ!」
『頼もしい事だ。俺ももう若くは無いし、楽をさせてくれる事を祈るか』
まともに戦っても勝てそうも無いしな。
まあ、次の罠はどんなに実力があろうが関係ない類なので不幸中の幸いだったが。
「そうだな。で、ハイム……切り札と合流したらルーンハイム城まで行ってホルスと合流後に」
「わかっておる。任せてたもれ?今日の晩には何とするゆえ」
ハイムと共に消耗したスケイルの魔物混成部隊を後方に下がらせ、
俺自身は前線に近い北側の陣地へと向かった。
北の陣地は攻めの陣地だ。防御機構は無く、一度出撃したらもぬけの殻となる。
コケトリスの大軍が自分達の城へ戻るのを横目で見つつ、俺は陣地に辿り着いた。
「主殿、大丈夫でしたか?」
「ああ、何とかな……ただ、クロスの奴が若返りやがった……」
「先生……怪我は?」
「心配無しだルン。ほれ、もう完全に治ってるぞ」
北側陣地、こちらの兵力は皆無といって良い。
俺とホルス、そして別部隊に異動していた決死隊の生き残りから、
更に今日ここで死ぬ覚悟の十数名を選抜。
そして、
「お嬢様、お任せを。左様……我々が若様とお嬢様の国を必ずお守りいたします」
「アー、ユー、レディー!?もう直ぐ戦いの時が来ますよ!」
「爺、オド……皆。絶対に無理はしない事。約束」
ルンに従うは聖印魔道竜騎士団二百名弱と魔道騎兵五百名強。
……掛け値無しの全力出撃である。
はなから陣地そのものを守る気が無いのだ。
重要なのは敵の機先を制し、あからさまな方の罠に相手の注意を引き付ける事なのである。
「時に若様。城は取られるものと思えとのお達しでしたが……」
「不服か?」
「いえ。ただ若様、また以前のように城を奈落に落とされるのかと思いまして」
「……先生。敵が何回も引っかかるのか、疑問」
「いや、今回は城を落とす事は考えて無いぞ」
「ノォ?でしたら何故城に兵を置かないのですか?」
さて、今回の作戦と兵配置についてジーヤさん達が不安そうに聞いてくるが、
……まあ当然だな。
そう、今回俺はルーンハイム城……敵の目的地にあえて兵を配置していなかった。
門にも鍵はかけて居ない。
取りたければどうぞ、といった所だ。
無論、言ったとおり今回は城を落とし穴にする気は無い。
自分の国の首都そのものを落とし穴にした手口は既に良く知られている。
同じ手に何回もかかってくれる敵とは流石に思わないのだ。
……だから別な物を堕とす事にしたんだがな。
「さて、俺達は敵の侵攻を阻止し、二度と向かってこないようにせねばならない」
「……ん」
「左様ですな。あまり戦ばかりでは人心も荒みます」
「そんな訳で兵を無駄死にさせる余裕は無い。決死隊の皆も出来る限り生きて帰る事を考えてくれ」
「「「「ははっ!」」」」
必要が出る可能性があるとは言え、犠牲など無いほうが良いに決まっているのだ。
だが……今回の決死隊は文字通り必ず死ぬしかないような部分があるしな……。
いや、止めよう。そこの所に関してはもう覚悟を決めただろう俺よ?
そもそも先ほどの戦いでだって結構な被害が出ているじゃないか。
……伝令が駆け込んでくる。
「陛下!敵軍が再編成を終えたようです!騎兵から順に攻め込んできます!」
「判った。ジーヤさんはルンの護衛!オドは空中より遊撃せよ!ホルスは俺に続け!」
「「「はっ!」」」
ルンは陣地に残る形で流星雨召喚(メテオスウォーム)の詠唱を開始。
俺はファイブレスにホルス、兵士と共に飛び乗って前進する。
ハイムのコケトリス爆撃隊が一度後方に下がった為、
代わりにオドの聖印魔道竜騎士団が空中からの援護を行う。
そして俺達は……。
「敵前衛部隊発見!焼き尽くせっ!」
「総員、主殿に続いて攻撃開始を!」
俺は火竜の頭上から爆炎を敵に降らし、
ホルスと兵達は銃を奪わせない為に弓を手に取り敵に放つ。
少しばかり窮屈だが頭部と肩口に分乗する形で敵の遥か頭上から放たれる矢は、
ファイブレスが腕で下からの矢を出来る限り防御しようとした事もあり、
一方的にかなり近い形で敵陣に突き刺さった。
だが、敵はまさに黒山。
次々と押し寄せる人の波、そしてそこから放たれる矢の嵐に一人、また一人と倒れ、転落していく。
「……くっ」
「主殿。これも策の内です。皆、それを承知で志願しているのですよ!」
判ってる、これも策の内、必要な事だと歯を食いしばる。
……何人目かの兵が倒れ、俺の横から落ちていくのを確認すると、
俺はファイブレスを下がらせながら大きく声を張り上げた。
「……ルン!」
その声に呼応するように、頭上に現れる魔方陣。
すっかりルーンハイム家のお家芸と化した流星雨召喚(メテオスウォーム)の洗礼である。
クロスの周囲の兵士達を巻き込んで、
街一個分にも及ぶ広大な敷地がクレーターに彩られていく。
「甘いです!"当たらなければどうと言う事は無い!"のですよ!」
「回避しただと!?」
「いえ、周囲の軍は壊滅状態。決して失敗した訳ではありません!」
クロスの"力ある言葉"の効果により隕石がクロスの周囲を避けるように落ちていく。
だが、一般の兵士たちはそうも行かない。
次々と流星雨に巻き込まれて散っていく。
……だが、流星が落ち切って周囲に土埃だけが残る惨状となった時、
その濛々たる土埃の奥から次なる兵士達がゾロゾロと進軍を再開してきた。
今回、敵は密集陣形で進んで来ている。
与えた損害は一万を超えるはずだ。
だが、それでも大して減っているようには思えない。
北の街道沿いでもしこたま減らしたにも拘らず、だ。
俺は元々の兵力差がどれだけ絶望的かという事をここで改めて思い知る事になったのだ。
……まあ、判りきっていた事ではあるがな。
「撤収だ!南の陣地へ逃げ込め!」
「追いなさい!決して逃がしてはなりませんよ!」
俺達は南の陣地に撤退をした。
ただし、ホルスと生き残った兵士はルーンハイム城に入っていく。
後で先ほど死んだ数名も入っていくだろう。
……後はホルスの頑張り次第か。
頼むぞ……決死隊の皆もな。
……。
≪side クロス≫
……年老いたわたくしが死んだその日の晩。
わたくしはテム将軍と共に大聖堂を望む小高い丘の上に陣を敷いていました。
自分の事のようで、でも何処か他人事のような不思議な気持ちですが、
久しぶりに見る大聖堂を見て、その気持ちは消し飛びました。
戦場に乱入したサンドール軍の卑怯者セトに汚され、
今は魔王の支配下にあるという大聖堂。
その解放の日は明日に迫っていたのです。
気分が高揚したところで何もおかしくはありません。
……夜だというのに真昼より気温が高い気もしますが、それもこの高揚感のせいでしょう。
「問題は、容易く返してくれそうも無い事ですね」
「そうか?私には備えが無いようにしか見えん。敵はあの建物を捨てたのではないか?」
テム将軍の言葉に首を横に振ります。
「いいえ。敵宰相ホルスがあの中に居ます。彼の性格的に側近を見捨てはしないでしょう」
「罠か?」
当然ですね。最悪の場合大聖堂すらも丸々落とし穴に改造されている恐れすらありますから。
……あ、それはないですか。
もしそうだとしたらホルスさんも亡くなりますしね。
「ともかく、わたくしは明日、側近達と共に大聖堂を取り戻しに行きます。ここは任せましたよ」
「このテム=ズィンに全てまかされよ。時に敵陣を攻める必要が無いのは本気か宰相どの?」
「ええ、当然です。あの急作りの陣地を抜くだけで前衛は壊滅しましたからね」
「あえて焼けた栗を拾う必要は無い、か」
そもそも貴方の本分は騎兵でしょう。
あれは陣というより城に近い。城攻めには決定的に向いていませんよ。
そもそもあの備えからして、敵は大聖堂を明け渡すつもりなのは間違いない。
まあ、カルマさんと魔王はいずれ打ち倒さねばならないですが、
兵も大分失いましたし今回はこの辺で勘弁して差し上げた方がいいかもしれません。
そうですね。帰り際に商都を落とし、神聖教団の再興を果たして……
「宰相様!」
「どうしました見張りさん?」
「あの、突然大聖堂入り口に明かりが灯りまして……それに扉も開いています」
「なんですって?」
陣から出てみると、確かに。
そして、扉の前には何処かで見たような人影……。
あれは……リンカーネイト宰相、ホルス!
彼はこちらの姿を認めると軽く手招きをして、
蝋燭の明かりで照らされた聖堂の中に消えていきました。
……誘われていますね。
普段なら警戒する所なのですが……今のわたくしに怖いものなど存在しません。
いいでしょう、乗ってあげようではないですか。
「大聖堂に乗り込みます。テム将軍、ここは任せましたよ」
「いいのか?明らかに罠だが」
「構いませんよ。今のわたくしを打倒しうる力などありませんしね」
その言葉にテム将軍が黙り込むのを見て、わたくしは側近達と共に大聖堂へと向かいました。
凱旋です。数年ぶりに、我等はあるべき場所に帰る事が出来たのです……。
「おめでとう御座います大司教様」
「ふふふ、北の果てまで着いていった甲斐があるというもの」
「信仰を取り戻した後は南の蛮族を討伐せねば」
「あのような輩がかね……いえ、力を持っていてはいけないですからな」
背後から側近たちの賞賛が聞こえます。
そう、不幸中の幸いに、頑迷だった教皇様は砂漠の蛮族たちの手で討ち取られています。
わたくしは欲に塗れた教団の体質を改善し、
世界に信仰と共生の思想による貧富の格差の全く無い素晴らしき社会を建設、
いずれは全ての魔物どもを討伐し恒久の平和をも実現し、
そして、わたくしの理想の社会を作るのです。
世界に神聖教団の理念が浸透し、
わたくしたちの言葉に世界中が従うようになったその時には、
世界から悩みも悲しみも消え、
きっと目も眩むような世の中が出来ている事でしょう。
……カルマさんのような俗な人間はすべて排除し、
高潔な人間のみが生き残るようにせねばなりません。
さもなくばすぐに人は堕落してしまうのでしょうからね。
真水の樽に一滴の泥が入ればそれは泥。
ならば、最初に泥を完全に排除すれば水が汚れる事は無いでしょう。
そうなれば、永遠の、素晴らしい理想の世界がきっとやって来る!
その為に流れた血は、何時かきっと報われ、
今は例え怨まれたとしても、永遠の平和の礎として長く語り継がれる事になるのです!
そして……それが故に今は現実と戦わねばなりません。
「この奥にリンカーネイトのホルス宰相がいます。万一の時の準備を」
「ご冗談を。宰相様のお力さえあればどんな敵も恐れるに足りません」
「その通り、大司教様、我等をお導き下さい!」
「私達は後ろでそのお姿を見ていられるだけで十分なのです!」
「そうです。後ろからその勇姿を存分に目に焼き付けさせて頂きます!」
そうですか。嬉しい事を言ってくれます。
そう期待されてしまうと張り切らざるを得ませんね。
……いいでしょう、わたくしの力を存分に見せて差し上げます。
あなた方は一番辛い時期に私に良く尽くしてくれましたからね。
その献身はいずれ何らかの形で報いてあげねばなりませんか……。
「この地に神聖教団が再び勃興した暁には、貴方達には最低でも司教の位を差し上げますからね」
「「ははーーーーっ!」」
「「今後も大司教様に従いますので、どうか今後とも宜しくお願いいたします」」
……嬉しそうに頭を垂れる側近達を横目で見つつ、懐かしい大聖堂を進んでいきます。
そして、突き当たり……大聖堂の中でも一番大きな聖堂にて私はその姿を確認しました。
椅子や机を片付けた、大きな女神像のある聖堂の奥。
薄暗い月明かりのステンドグラスの下に立つその男とそれに従う十数名の兵士達を……。
……。
「神聖教団大司教、クロス様ですね。私はホルスと申します」
「ええ。わたくしがクロスです……ところでこんな夜更けに私をここに招いた訳は何でしょうか」
薄暗く表情も良く確認できませんが、間違いなく宰相ホルスその人です。
流石のカルマさんもこの数にこれ以上防げはしないと感じたのでしょうか?
そうでなければこれほどの大物をここに置いておく必要がありません。
また、彼ほどの人物でなければ罠を警戒してわたくしがここに来る事は無かったでしょう。
はて……私を直接呼びたかった?……大聖堂は直接引き渡したいのですかね?
だとしたら中々彼も可愛い所があるというものですが。
「決まっています。ここは元々大聖堂……神聖教団に聖堂をお返しする為の手続きの為ですよ」
「それはそれは……こんな夜更けにですか」
「ええ。引渡しは一刻でも早い方が宜しいでしょう?ようやく準備が整いましたので」
「成る程。ですが細かい引継ぎは必要有りません……全て此方で一から立て直しますので」
どちらにせよ、サンドールの兵に略奪され、その後マナリアの騎士団が宿舎にしていた上、
魔王の居城と化していたらしい大聖堂。
一度大規模な清めの儀式を行わねばなりません。
それよりも武装した兵士などさっさと出て行って頂きたいものです。
この地に似合うのは聖堂騎士団くらいのものです。穢れた兵など居てもらっては困るのですよ。
……しかし、わたくしの言葉に対し、彼等は返事をしませんでした。
「どうしましたか?早く出て行けと言いました。停戦交渉なら明日にでも行いましょう」
「いえ。何か勘違いされておいでのようですので」
「なんですって?」
「私どもが引き渡すのは"神聖教団に"です……貴方ではありませんよ」
は?何を言っておいでなのかこの人は?
……全く、舐めた事を。
「でしたらここで死になさい!幸いここは聖堂、このまま葬儀を執り行って差し上げます!」
「……主殿の為に!」
ホルス宰相を守るように十数名の兵が武器を構え向かってきました。
私はメイスを振るい三名の頭部を殴打、頭蓋を骨折した三人はヨロリとよろけて転びました。
甘いですね。こちらで戦えるのは実質わたくし一人。
ですが今のわたくしを十数人程度で倒せると考えて居るのでしょうか?
兵は連れてこなかっただけです!
これ以上、血で大聖堂を汚したくはありませんでした。
汚すのは、あなた方の血だけで沢山なのですよ!
「「「「「ヲヲヲヲヲヲヲヲ!」」」」
「汚らわしい雄叫びなど上げて!」
続いて取り囲むようにして槍を突き出してきた四人組を回転するように薙ぎ倒します。
何とも惰弱!いえ、今の私が強すぎるだけでしょうか?
ともかく、
「だい、大司教様!ぐはっ!」
「おたす、お助けーーーーっ!」
……悲鳴を感じて振り向く。
おかしい、敵を無事なまま後方にやったりはしていないはずですが!?
見るとそこでは頭蓋が陥没したまま獲物を振るう敵兵たちの姿。
待って下さい!彼等は先ほど確かに打ち倒した筈!
「……今助けます!」
「させませんよ!」
側近達を助けるべく回れ右をした時、背後から声がかかります。
声の主はホルス宰相その人。
想像を超える槍捌きで、私のメイスを片方弾き飛ばしてきました。
「くっ!?」
「私もかつて最強の奴隷剣闘士と言われた男。実力は落ちていませんよ!」
これは……まるで途切れる事の無い舞踏のようです。
槍を引き戻す動きすら攻撃になっている!
「さっ!はっ!とあっ!」
「ぐっ!くっ!ぬうっ!」
穂先が飛んできたかと思えば返すように柄が顎を狙ってくる。
そのまま回す様にまた穂先が!
更に薙ぎ、突き、そして跳ね上げの三段攻撃!
「くっ!……"吹き飛べ!"」
「うわっ!?」
思わず叫んだ"力ある言葉"により何とか体勢を立て直す事に成功するも、
これでは側近達を助けるどころではありませんね。
こうなれば趣味では有りませんが、即死の呪詛で"死ね"と命じて……、
「「「「ヲヲヲヲヲヲヲヲヲ!」」」」
「なっ!?」
馬鹿な!?さっき死んだはずの四人がまた襲い掛かってきた!?
良く見ると全員包帯塗れの四人組は、私がつけた傷もそのままに、気にもせずに戦っている!
「このっ!?」
「ヲヲヲヲヲ、ヲヲ!?」
両手持ちにしたメイスを全力で振り下ろします。
頭部が完全につぶれますが、"それ"はそれでもその手をこちらに向けて……!
「何なのですかこの者達は!?」
「ミーラ兵、とでも言っておきましょうか。今日の戦いで戦死した者達ですよ」
なんと言うことを!
「まさかゾンビ!?死者すら愚弄したのですか!?なんと言う下衆な真似を!」
「……お前にだけは言われたく無いわ」
上からかかる声。
はっとして見上げたそこには、蔑むように此方を眺める魔王の姿。
しかも、あろう事か女神像の上に腰掛けているですって!?
なんと言う、何と言う罰当たりな!
そこは神の御座!魔王の座って良い場所では無い!
「我が名はハイム。ミーラ兵はわらわの魔力で動かしておるのだ」
「魔王!人の命を弄ぶとは、このクロス、決して許しませんよ!」
……何故か周囲から失笑が漏れた。
なんですか?何がおかしいのですか!?
いえ、失笑?一体誰が?
「余りの道化ぶりに思わず笑ってしまいました。大司教、ご無礼を」
「貴方は、ゲン司教!?どうしてここに」
……失笑の主、そして近くの部屋から現れたのは、
かつて教皇様の側近であったゲン司教でした。
しかし、彼はこの大聖堂がサンドール軍に占拠された時亡くなられたと聞いておりましたが?
「彼等は……ミーラ兵とはリンカーネイトの使徒兵……使う術は同じものですよ?」
「成る程。ですが使徒兵とは殉教者の英霊達。唯の死者とは訳が違いますよ、取り消しなさい司教」
まったく、何を言っているのですか?
正式な作法によって清められた聖骸とそこいらの死体を一緒にしないで貰いたいです。
使徒兵になった彼等は信仰と忠誠を教団に捧げた殉教者なのですからね。
「いえいえ。実はリンカーネイトでも神聖教団の再興が認められましてな。彼等もまた英霊ですよ」
「……ほぉ……」
思わず据わった目を細めてしまいました。
……そういう事ですか。
まさかあの背教者達に取り込まれるとは……。
彼は高潔な人物の筈でしたが、残念ですね。
「魔王に魅入られましたか……司教ゲン。貴方を破門いたします!」
これは神聖教団の教徒に対する最大の罰です。
死後の救済の道を閉ざされる最悪の結末。
さあ、己の罪を悔い改めなさい!さもなくば!
「……それは無理です」
「……何故ですか?」
何故!?
何故破門を恐れない!?
死後の平穏がいらないと言うのか?
わたくしなら絶対に耐えられませんがね!?
確かに一介の大司教でしか無い私ですが、現在教団での最高位でもあります。
この宣言を取り消せる者など現在の教団には存在しませんよ!?
それなのに何故?
「「だって、あなたにはもうその資格が無いのですから」」
……今度はどなたですか!?
現れたのは見知らぬ子供の二人組。
いえ、何処かで見たような顔ですね?
さて、一体何処で見たものですか?
「現教皇リーシュ様、及び枢機卿ギー様のご姉弟。先代教皇と枢機卿のお子であらせられる」
は?先代枢機卿が亡くなられたのは20年近く前。
それ以降適格者が出ておらず長らく空位だった筈ですが?
あの子の年齢的にありえない話ですよ?
それに、教皇様にお子?
馬鹿な。そもそもどうして高位聖職者が妻帯出来ると言うのか!?
……わたくしは唖然としたまま暫しその場に立ち竦むしかありませんでした。
しかし、教皇様は教皇様。
考えてみればリンカーネイトがわたくし達に大幅な譲歩をしたとも受け止められます。
そうですね、もし信仰の道が守られるなら彼等を無理に根絶やしにする事も……。
「「立ち去りなさい異端者クロス。貴方の居場所は教団にはもうありません」」
……え?
今、何と……仰られましたか?
続く