幻想立志転生伝
69
***最終決戦第一章 決戦開幕***
~マナリア王家壊滅~
≪side カルマ≫
死屍累々の戦場で、俺は今にも落ちそうな瞼を必死になって鼓舞し続けていた。
手の甲に突き刺さったナイフからは血が溢れ、
俺の横の床では自らの涙で出来た水溜りにうつ伏せに倒れるハイムの姿。
ズラリと壁に寄りかかったアリシアとアリス達はピクリとも動かない。
アリサはと言うと、全身を痙攣させながら眼前の敵に必死に手を伸ばしていた。
「父上、姉上。もうすこしですから頑張ってお仕事してください」
「そ、そう言ってもなグスタフ……もう40時間もぶっ続けで……」
「ち、父よ……し、死ぬ、死ねるぞこれは……」
「なんで、今日、って言うかこの三日間に限ってやたら書類が多いんだよー?」
……書類の山に埋もれながらも、グスタフだけはやたら元気。
俺達が見終わった書類にぺたぺたとハンコを押していく。
生後半年で喋りだした我が息子は、今では書類整理に無くてはならない人材と化している。
うん、そう。
敵は大量の書類なんだこれが。
どう言う訳かここの所亡命者とか増えてなぁ。
唯でさえ対勇者用ダンジョンとかの件で事務が圧迫されてるってのに、
そんな訳でここの所寝る間も無く書類と格闘する日々が続いている訳だ。
「死ねるわあああああああっ!責任者でてこーーーーい!」
「父上。姉上がお呼びです」
「気にするな。単なる発作だから」
そりゃあハイムも吼えるわ。
と言うか、俺も吼えたい。
と、そんなこんなで壊れかけているとルン達が大量のお茶を持って部屋に入ってくる。
二時間おきの水分補給の時間か……ああ、早く解放されたい……。
「先生、お茶」
「ぐーちゃんもお手伝い頑張ってるかな?」
「総帥、流石に少し休まれては?」
部屋の隅で黙々と作業を続けるルイス達を見ると流石にそれも憚られる。
それに、休むのはハピも同じだ。もう臨月近いんだし。
「ハピ母上。おなかの妹に差し障ります。今日はもうお休み下さい」
「大丈夫ですよ」
「大丈夫では有りません。ハピ母上が倒れられてはお爺様が倒れますから」
「父を引き合いに持ち出されると困りますね。では総帥、王子。今日は休ませていただきます」
「そうだな。体を労わってくれ」
そう言いながら、齢一歳で早くも気遣いの出来る子に育ってくれた息子の頭を撫でる。
サラサラな髪の感触が心地よい。
母親似で男か女か判り辛い容姿を持ち、ラン公女に浚われる事3回と言うショタの星だが、
その実、竜の心臓搭載で身体能力がドラゴン並みと言う怪物である。
……因みに俺も嫁も娘も妹も家臣一同も溺愛していますが何か?
まあ、そんな子だ。
「ううう、もう嫌だ。今日はもう休ませてたもれ……」
「いけません姉上。ぼくらが頑張ればその分住んでいる人達が幸せになれるんです」
君主としての心得も、政治に対する関心も人並み以上。
今日も書類の山から逃げ出そうとするハイムを静かにたしなめている。
……何この完璧超人。
「そうですよね父上」
「ん?ああ、そうだな」
ああ、息子よ。そんな純真無垢、つぶらな瞳で俺を見るな。
打算的な自分が空しくなるから……。
と言うか、コイツの模範となるよう振舞わねばならないんだが……無理だろ常考。
因みに軍内の古参から本当に俺の子かと疑う声が上がったそうだが、
"逆に陛下の子以外ありえなくね?"と言う事で決着したそうだ。
……どういう意味なんだか。
「異常さが異常以上だからなのですよー」
「うっさい羽虫」
冷やかしに来た自称魔王軍参謀をひっ捕まえ書類の山の前に据える。
当然逃げ出そうとしたが自身の主君のひと睨みで静かになった。
「良い所に来たハニークイン。手伝ってたもれ?」
「え?あ、あのー魔王様。ハニークインちゃんは今日は休暇なので」
「……手伝って、たもれ……!」
「は、はいなのですよー!?」
合掌。
……。
さて、それはさておきそれから更に8時間後。
俺達はようやく書類地獄から解放されていた。
「……はーちゃん、ご苦労様」
「ぐーちゃんも頑張ったよね!」
終了の声と共にがくりと頭を垂れた姉弟が自身の母親の手によって運び出されていく。
そしてアリサやアリシア達も、無事な蟻ん娘が突入してきて運び出されていった。
「ふう……しかし書類仕事は増えるばかりだな」
「仕方ありませんね。ただ、ここの所書類量が増える案件が多すぎるのが気になりますねハイ」
俺自身はもう動く気力も無く、こちらも辛うじて生き延びたルイスと取りとめも無い話をしている。
恐らく明日の朝には二人とも机で寝ている事だろう。
まあ、何時もの事だが。
「やっぱ、開戦が近いのかね?」
「でしょうね。北から逃れてきた難民の話を総合すると、総攻撃は半年後かと……ハイ」
残り半年か。
一応こちらの迎撃準備は整っている。
これ以上の兵力増強は難しいし、
開業間近のダンジョンから村正に抽出させる予定の兵力でも一緒に見定めに行くか……。
そんな事を取りとめも無く考えながら、何時しか、俺の意識は……。
「……ちゃ!にいちゃ!きんきゅうじたい、で……てき、せめて、……です……」
深い、眠りに……。
……。
「主殿……お目覚めですか?緊急事態です」
「ん……ホルスか?」
気が付くと、朝だった。
多分6~9時間ほど寝ていたんだろう。
見ると、部屋の中は昨日同様書類の切れ端や零れたインクやらで酷い状態だ。
その隅っこで案の定ルイスがまだいびきをかいていた。
ついでにほったらかしのままだったハニークインまで……。
……そして、俺の目の前には青い顔のホルス、と。
多分、俺が自力で目覚めるのを待っていたんだろう。
その表情には僅かな焦りが見え隠れしていた。
「……何があった?」
「落ち着いてお聞き下さい……マナリア王都、陥落しました」
ああそうか。ま、予想の範疇だ。
このタイミングで動いたと言う事は難民からの情報はガセか。
ともかく全く復興に手の付いてない王都で守りきれる訳も無いわな。
しかし急だな。動き出して9時間で陥落となると、手近な部族がなだれ込んだか?
いや、全く交戦していない可能性もあるな。
「そして……マナリア女王ロンバルティア19世陛下が、お亡くなりに」
「何!?」
流石に俺も固まった。
しかし、驚きの報告はまだ続く。
「そして、敵の中央に……魔王が現れたとの連絡が入っております」
「いや、待て待て。それは幾らなんでも無いだろう?」
魔王は……ハイムは今まで寝てた筈だし、そもそも帝国に組する理由が無い。
第一、魔王だと一目で確認するにはそれこそ外装骨格でも出さねば……外装骨格!?
「アリス様よりのご報告で……敵城の魔王の亡骸が消えていたと……」
「まさか、30年前……先代魔王の外装骨格を動かす方法を見つけたのか!?」
おいおい、魔王復活って、そういう意味で……いや待て。
おかしいぞ……そんな事したらこの大陸にやって来る勇者モドキは全部敵に回るんじゃ……。
あ、もしかして最初から連中は俺達の注意を引くための囮!?
いや、そう決め付けるのは早計ってもんだよな……。
「……一戦もせずに引く事は出来ぬとティア陛下はお考えでしたが、兵の士気は崩壊」
「他の皆の脱出の時間を稼ぐ為に、自ら前線に出たって訳か……」
「はい。特にガーベラの事を宜しく頼むと、ガーベラの。名前はガーベラだ、と」
「……村正……」
なんと言うか、色々な意味で悲しい話だ。
……と言うか、村正は大丈夫なのか!?
いや、それ以前にリチャードさんは……?
「ああ、リチャード殿下でしたら姪を連れて、現在商都に向けて敗走中です」
「そうか……手放しで喜べる内容じゃないが、最悪の事態は避けられたな」
そう思ったのは何かのフラグだったのだろうか。
床板が跳ね上がり、アリスが大慌てで飛び出してきた。
「にいちゃ!大変!大変!」
「どうした!?まさかリチャードさん達の身に何か!?」
「オークであります!オークの軍隊が、リチャードさん達を攻撃してるであります!」
「なんだって、そんな間の悪い……!?」
「総数は万を軽く超えるであります!」
「ぶーーーっ!?」
「組織化されたオークの軍勢、ですか。主殿……これは、してやられたようですね」
してやられた?
……まさか。
「はい。恐らくシバレリア帝国は、オーク族を味方につけたのです」
「一体どうやって……あ」
……そう言えば俺、オークの天敵だった。
「恐らくそうでしょう。主殿の排除の為オークが下手に出ていると考えればおかしく無いです」
「……魔物系は完全に想定外じゃないか……とんでもない手を使ってきたな……」
「以前、オークが北に逃げた事が有ったであります。それが勇者と手を組んだでありますか」
もう、手段を選んで無いな。
それだけに恐ろしい所もあるが。
だとすると、最近の書類が増えるような事態も相手の策の内か。
準備不足でもこっちの虚を付くことを最優先にしやがったな?
「……と言うか、ティア姫討ち死には本当なのか?」
「はい。マナ様と相打ちで」
……え?
「以前、村正様宛てに懐妊祝いを贈りましたよね?魔封環を」
「まあ。マナさんと戦う事になると思ってな」
そう、昨年送った懐妊祝いの正体は魔封環。
一度は俺も付けられていたアレだ。
既にマナリアの物は俺が破壊していたし、残念ながら残りは無いようだったので、
世界中から探させて、竜の魔力でもなければ完全に封じてしまうこの魔法のアイテムを送ったのだ。
……用途は正にマナさんを捕らえる為のもの。
こちらとしても引き取りたくは無いし、
マナリアで処置してくれれば助かるな、と言う目論見だったが……これは想定外だ。
でも……ある意味ほっとしている外道な俺を許せ、だな。
「それを持って決死の戦いに赴かれたそうです。一番厄介な方を道連れということでしょうか」
「……その確認は?」
「青山さんからの情報です。マナ様のお傍付き中、その目で確認されたそうです」
ありえねぇ……特に村正の今後的に有り得ねぇ。
しかも、考えてみればマナさんと相打ちって……どうせクロスが生き返らせるのに……。
そこまで考え付かなかったんだろうか?
「敵の保有する魔王の蜂蜜酒は3本と確認されてるであります。これで一本は消えたでありますが」
「こっちの被害の方がでかすぎるな」
「盗めれば良いのですが、警戒は厳重なようですね主殿。ともかくそれが不幸中の幸いかと」
まったく、何てこった。
正直こういう言い方はしたく無いけど……割に合わないにも程があるぞ?
……いや待て。
「今現在……リチャードさんと村正の娘が襲われてるんだよな?」
「そうであります!オークの群れであります!」
いやいやいやいやいやいや……語ってる暇は無いだろ!?
「……助けに行くぞーーーーーーッ!」
「はっ!主殿、どの部隊を出撃させましょうか」
と、言いつつアリスの方を向き軽く頷くホルス。
アリスは触覚をピコピコさせてルーンハイム城に連絡を取っている。
ま、言うまでも無いって事だな!
「オドに言って部隊を集結させるであります!」
「一応ここに来る前より、表にウィンブレス殿をお呼びしてあります。主殿、ご武運を」
「それで良い。じゃ、行って来る!後は任せた!」
窓を突き破るように開け、表で待っていたウィンブレスに飛び乗る。
……緊急事態だ。
一分一秒が惜しい。
「オドたちに合流する!悪いがウィンブレス!」
『ええ……私達を逆風とする愚か者が現れたそうで……無論、私も前線に出ますよ』
そう言って、ウィンブレスは大きく羽ばたき天を駆けた。
……後に空前絶後の大虐殺と呼ばれる決戦は、こうして幕を開けることとなったのだ。
なんて、後の世でそう呼ばれる事になるんだろうなぁ……等と思いつつ。
……。
ウィンブレスに飛び乗り、全力で天を駆ける。
……レキの国境を越えサンドールを抜けようとしたその頃、
前方に並ぶ影を見た。
総勢200に満たないその影は、例外なくその背に人を乗せている。
「キング!私ことオド=ロキ=ピーチツリー以下194名!合流します!」
「よし、続け!」
「ゴゥ、ゴゥ、ゴウ!陛下に続け、聖印魔道竜騎士団!」
……聖印魔道竜騎士団。(ルーンハイム=マージ・ドラグンナイツ)
ルーンハイム直属魔道騎兵から分かれた新設騎士団である。
魔道師であり、竜騎兵(騎馬鉄砲隊)であり竜騎士であるこの部隊は、
高火力、かつ高機動性を売りにする部隊である。
ワイバーンに騎乗し、魔法と銃器による遠隔攻撃で一方的に相手を追い詰める。
その為に組織されたファンタジー系航空部隊だと言えよう。
戦力としては大きく、事実別大陸まで出向きグリフォンの群れと戦い、これを撃破している。
実際の戦争で運用するのはこれが初めてだが、まあ、そこは心配していない。
「アサーーールト!お嬢様にこれ以上肩身の狭い思いをさせるな!敵を恐れるな!名こそ惜しめ!」
「「「「おおおおおおおおっ!」」」」
何せこの士気の高さ。
今までの経緯などからして、死んでも死ねないし失敗できない。
だが、そのプレッシャーを今回はいい具合に緊張感と高揚感に変えているようだった。
大気の震えるほどの雄叫びが、コイツ等の現状と意気込みを教えてくれている。
「……見えてきたな」
所々雲の見える眼下に、鎧の輝きとオークの肌色が点の様に見えてきた。
……しかし、状況は極めて悪いようだ。
「オゥ……マナリア兵がどんどん討ち取られています」
「そうだな。脱走兵も出始めて……いや、壊滅してるなこれ」
……さっと片手を上げる。
「ともかく、行くぞ……」
「イエッサー!総員急降下!」
竜騎士達が一斉に高度を下げる。
そして、逆にウィンブレスは一気に高度を上げた!
「ウィンブレス!騎士団の射撃と同時に敵陣内に突っ込むぞ!」
『ええ。その後私はアクアリウムに疾風の如く戻って待機、ですね』
返事代わりに深く頷く。
国家最速の運搬手段をひとつの戦場に縛り付ける事ほど馬鹿な事は無いのだ。
そして、眼下に燃える赤。そして銃撃音。
「突っ込むぞ……!」
『神風ーーーーーっ!』
俺はウィンブレス背を蹴り、頭から跳躍。
空中に留まる俺と一気に急降下するウィンブレス。
そして巨体の竜が、高高度から一気にオークの中央に突っ込んで行く……!
……。
小規模ながら眼下にクレーターが出来上がり、その中から巨大な竜が飛び立って行く。
ウィンブレスは高高度から突撃し、地面に降り立ち、そしてまた飛び去った。それだけだ。
だが、出来上がったクレーターとその周囲を覆う厚い土煙がその威力を物語る。
俺はそこに……!
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
『我が炎に爆発を生み出させよ、偉大なるはフレイア!爆炎(フレア・ボム)!』
爆炎と混乱をばら撒きながら降り立った……!
……。
≪side リチャード≫
オークの槍が僕の腹を穿つ。だが、致命傷ではない。
逆に斧を構えた別な一匹を僕の拳が捉えた。
叫び声を上げて倒れるその一匹を押し分け、次なる刺客が僕の肩口に剣を振るうが、
辛うじて片腕を犠牲に押し止めた。
……けど、これが限界。
既に20匹は始末した筈だ。
だけど四方を敵に囲まれ、味方の影は見えもしない。
……片腕が握り締めたままのランの大剣が、戦場に転がっているのが見えた。
思わず手を伸ばした僕の体を、四方から槍が射抜く。
……痛みよりも疑問が全身を覆う。
ああ、果たしてレンとガーベラはこの地獄から逃げ切れただろうか?
そして僕は、姉上のように……立派に貴族の義務を、果たせたの、か?
……地面に倒れた僕に対し一斉に構えられる槍の穂先。
不思議と悔しさは無かった。
「これ以上触るんじゃねぇ!失せろお前らぁっ!」
その時、誰かの声を聞いた気がした。
でも……誰だったろうか?この、妙に聞き覚えのある声は……。
……。
夢を、見ている。
そうだ、これは昨晩……国境線を帝国軍が超えたと斥候から報告があったときだ。
部屋の中には僕の他に姉上とリンちゃん、レンちゃんが居る。
「姉上、リンちゃん。どうしようか?」
「おーっほっほ!……撤退ですわ。今の私達に戦う余力はありませんもの」
「口惜しいがそれが事実だな。余の辞書にだって不可能と言う文字はある。何故なら……」
そう。最初から戦える状態ではなかった。
だから、僕は予め商都に逃げ込めるように、去年から話を付けておいたんだ。
「ともかく、敵の第一波を防ぐだけの戦力を残し……」
「ふう。余は良いがガーベラが心配だな。ああ可哀想なガーベラ。お前の父親は妙な名前を付けたがるし、かつての部下は恥知らずにも戦を仕掛けてくるし……本当に可哀想な娘だなお前は。ガーベラよ。なあガーベラ」
「陛下。そんなに連呼しなくても私達は判っておりますわ。それよりも早く脱出を……え?」
……そうだ。
その時突然天に現れた魔方陣。
それは否応無い恐怖を国民全員に思い出させた。
「……これは、流星雨召喚か!?」
「マナ様……そこまでしますの?信じられませんわ……」
「はははは。た、確かに効果的な戦術ではあるね……」
姉上は叔母様対策にカルマ君より贈られた魔封環を握り締め、
僕は呆然と表を眺めていた。
リンちゃんに至っては腰が抜けてしまっていたね。
……ま、それ以外どうしろって話だったけどさ。
……ともかく、この一撃でマナリア王都は二度と復興出来ないほどに痛めつけられた。
王宮も完全に崩れ、街には避難民が溢れる。
僕はそんな中、最前線に近い生き残った見張り台に立っていた。
「……戦う前から、終わってしまったね」
「殿下!?ここに居たのか!」
そこにやって来たのはランだ。
人手不足なのだろう、公爵級が見回りなんかせねばならないとはね。
「ランかい?仕方ないだろう、動けるものはごく一部だからさ」
「だからって、殿下が見張りのような事をしなくとも……いえ、むしろ殿下だから、か」
そう言う事。
こう言う時ほど僕らが率先して前に出ないとね。
「見てごらん。敵の動きを……」
「見事に弧を描いて包囲されつつある、か」
「そのまま勢いに乗じて攻め込まれなかっただけ幸いだよ」
「殿下……包囲陣形相手なら地方の領主達が援軍に来てさえくれれば勝ち目はあるのではないか?」
確かに。包囲陣形の外側から奇襲を仕掛ければかなり戦力差は埋められるだろう。
だが、そうだとしても明らかに兵力差で押し切られるだろうし、
第一、援軍にくるとは思えなかったね。
「無いね。多分今頃亀のように自身の領土の守備に専念してるだろう」
「愚かな。国が失われれば自身の立場も無いと言うのに」
だとしても、領土を空にして王都まで駆けつけるほどの律義者は、
そもそもこの間の内戦で大方討ち死にしているから余り期待できないよ。
「……ん?白旗を掲げた騎馬兵が一人だけやって来ますが?」
「恐らく使者だろう……降伏勧告だね」
……そうだ、降伏勧告の使者だった。
とは言え、無条件降伏……それもかつての家臣筋に、など認められる物ではない。
断りの返事を持たせ使者を下がらせた僕たちの前に現れたのは……。
「馬鹿な……」
「何あれ」
「デカイ、な」
「……う、嘘じゃ……あれは、あれは……」
「知っているのか爺さん!?」
「あれは!30年前に倒された筈の、魔王!」
「「「「な、なんだってー!?」」」」
想像を絶する巨体。
禍々しい巨人がゆっくりとこちらに向かって進んでくる。
兵たちはたちまち恐慌を起こした。
……これでは防衛どころではない。
組織立って逃げる事すら出来るのかどうか判らなかったよ。
「くっ!?弓、構えぇっ!」
「放て!」
弓兵が次々と矢を番え、巨人に向かって放っていくが、
巨人はまったく意にも介さぬように進んでくる。
「効いて無い!?」
「まさか、本当に魔王だというのか!」
「確かに帝国は魔王が復活したと言っていたが……」
「いや待て、おかしいぞ……なんで帝国が警告を出した魔王が帝国と一緒に居るんだよ!?」
巨人は巨大なメイスを持って、ボロボロの守備隊を蹂躙しつつ王宮に迫る。
そして、手酷い殴打で王宮を文字通り粉砕すると崩壊した王宮の上に仁王立ちした。
「勝手に魔王にしないで下さい!」
そして、突然周囲に轟く大音響。
……僕はその声に聞き覚えがあった。
「まさか帝国宰相!?大司教クロスですか!?」
「その通りです。おや、誰かと思えばわたくしたちの降伏勧告を拒んだ王子様ですか」
「そ、その姿は一体!?闇に落ちたのですか!?」
「いえ、これは30年前にわたくし達が打倒した魔王の体……勇者の心に魔王の肉体、正に最強!」
僕は何と答えれば良いのかわからない。
……判る筈も無かった。
ともかく。シバレリアが魔王の力を手にした、そのことだけは理解した。
いや、せざるを得なかったんだ。
「わたくしは、この力をもって世界に素晴らしい世の中を作ります。腐った物は叩き潰して!」
「……帝国が腐った時はどうするつもりだ!?」
この声は……ラン、止すんだ!
危ないじゃないか!
だが、幸いな事にクロスは魔王の体から見下すだけで直接こちらに攻撃を加えようとはしなかった。
代わりに珍しい物でも見たかのように声をかけて来る。
「貴方はランドグリフの……ご安心を、わたくしは腐りません。誰より己に厳しい自負があります」
「今現在のこれが腐っていないとでも言うつもりなのか!?」
振られた手、指差された周囲全ては壊れ果てていた。
老人が家の下敷きになり、子供の泣き叫ぶ声が響いている。
「勿論です。第一、腐っているのはこの期に及んで助けにも来ない貴方がたの部下でしょう?」
「……ぐっ」
確かにそれは否定できないよ。
だけど……こちらが腐っているからとは言え、
それに対するあなたが腐っていないと言う証明にはならないと僕は思ったね。
ただ、それを言っても状況が悪くなるだけなのも事実。
力に酔いしれ、しかも自身でそれに気付いていない彼に届く言葉などあるものか……!
……その時、袖口を誰かに引かれた。
姉上だ。
片腕の上腕に折れた木材が突き刺さっては居るが、
どうやらこの災難を上手く生き延びてくれたようだった。
「リチャード。済まんがガーベラを頼む。ガーベラを。余はここであの馬鹿者を何とかするゆえお前たちは我が子を連れて逃げるが良い。何、不名誉にはならぬ。何せ、余の直々の命令なのだからな。故にお前たちは一刻も早くカタの下に赴き、軍を立て直してマナリアを取り戻す準備をせよ」
「姉上!?何を言うんですか?僕らに逃げろって?」
「……王族の誰かが残って意地を見せねば末代まで笑われる事になろう?亡国に際し一目散に逃げ出した臆病者とな。そして、最後に残るべきは王。王は王ゆえに国難の際には最後まで無様でも生き延びて復興に死力を尽くすか、さもなくば意地と名誉を見せ付ける為に潔く散るかせねばならん……さりとて誰かは生き延びねば本末転倒だ」
「でしたら姉上がお下がりになるべきだ。ガーベラの為にも。王家の意地は、僕が見せますよ」
国王自身が囮になる。
その時の僕には信じられないものだった。
けれど、王家の意地を見せねばならないと言うのは良く理解できた。
だから僕が出ようと思ったんだ。
「否だな。長く凍っていたとは言え、普通なら子の生める歳ではなかった。僅かづつ肉体も劣化していただろうし余にとっては最初で最後の子となろう。だが、お前たちは違う。その体には生命力が満ち満ちておる。生き延びるべきは若きお前たちだ……姪か甥の顔と、成長したガーベラの……ガーベラの、ガーベラの!顔を見れなかったのが心残りだがな。……まあ、そういう事だ。カタの事も、よろしく頼む。奴も良い男なのだがどうも運に見放されているからな。後、あの変な名前は何としても阻止しろ。あの子はガーベラだ、ガーベラだからな!?レンに預けてある。……頼んだぞ」
それだけ言うと、姉上はふわりと浮き上がりクロスの……いや魔王の眼前に浮かんだ。
……僕には、止められなかった。
いや、そもそも止めるだけの力すら持っていないんだ。
「腐っている、か。言いたい事はそれだけか?」
「女王様ですか。ええ、ですからあなた方が独占している富を皆さんに分け与えさせて頂きます」
「よく言う。結局は権力と富の再分配でしかない。余は予言するぞ。例えどんなにお前が高潔だろうと周囲の人間と後継者達の全てが高潔であろう筈も無い。名前が変わるだけで貴族階級は必ず出来上がるさ。いや、自身の正当化をしている分更に厄介で手のつけられない事になるかもな?」
「ご安心を。それは無いように、特に高潔な態度の者を取りまとめに使っておりますから」
……それは、貴方の前でだけの話では無いだろうか?
僕はそんな疑問を持つ。
いや、そんな事を言っている場合ではないか。
「殿下……今の内に」
「うん。でも僕が行くのは最後だね……出来る限りの人間を逃がして欲しい」
はっ、と言う返答と共にランが兵を率いて移動を開始した。
残念だが避難民は置いて行くほか無い。
向こうもまさか無抵抗な人間を殺したりはしないだろう。
だけど……僕はまだ動かない。
いや、動けなかった。
「まあ、あなた方に意地があるのは知っております。ですので貴方の相手は彼女にお任せしますね」
「あらあらあら~。私の出番ね~」
叔母上……!
貴方と言う人は、何をしているのか……。
いや、判っている筈も無いか。
「マナ……貴様言うに事欠いて……己の故郷に何をしたのか判って居るのか!?」
「だって~。皆で私を虐めるんだもの~。ちょっとお仕置きよ~」
姉上が天を仰いだ。
……僕も同じ気持ちだ。
やっぱりか、と言う気持ちが拭えないのも事実だが。
それでも……何を言っているんだろう叔母上は……。
確かに酷い目に遭ったのかもしれないけど、それでもやって良い事と悪い事があるはずだ。
「マナさん、所詮は特権に胡坐をかいた者達の戯言……世を正すための戦いをお願いします」
「わかったわ~。良くわかんないけど頑張るわね~」
つまり、判って無いって事なんだろうね。
……もういい。
あの方があんな性格になってしまったのは僕らのせいだが、
それを理由に庇いだてられる時は既に過ぎ去った。
ただ……今の僕にはあの方を止める為に何が出来るかと言えば、何も出来ない。
……姉上が僕を見た……逃げろと言う合図だ。
「リチャード!後の事は頼む……マナリア王家の血筋を、決して絶やす事無かれ!……さらばだ!」
「……ぐっ!」
「おや、逃げられるんですか?まあ、貴方如き逃がしても構いませんか……この力さえあればね」
屈辱だった。
僕はマナリアの王子でありながら、姉であり女王である相手を見捨てて逃げ出したのだ。
……幸いにも追っ手は無かった。
いや、追われるだけの価値が僕には無かったのだろう。
「さて、しかしリチャードさんはともかく、貴方は逃がせませんよティア陛下?」
「じゃあ、そろそろ行くわねぇ?」
「逃げる気は無い。思えばマナリア全体が罰を受ける時が来たというだけだ。一国の姫、それも幼子をスケープゴートにして魔王討伐をさせるだなどと思い付いた先人達。その報いを己の作った最悪の破壊者の手で受けると言うだけだろう。しかし、ただでは死なんぞ……マナ。思えば余も己の事より先に王家の人間として周りから感覚が剥離していくお前を救ってやるべきだったな、手遅れになる前に。詫びる事はせん、せめてお前を冥府に共に連れて行く。それが、多分余とお前双方の最大の償いとなるだろうからな……行くぞ!」
走る、走る、走る……。
後方から爆音と閃光が走り、
時折大司教の狂ったような笑いが響く。
狂ったような……いや、彼はもう狂ってしまったんだろう。
そうでなければ、こんな事、出来る訳が……!
そして、そうだ。
確か守備隊と一緒に泣きながら走っていたんだ。
それで確か……暫くして、後ろからこの世の物とも思えない絶叫のような音が……。
……。
"オシオキダベー"……!?
「な、何だ?今の声?は」
「殿下!今はまだ走るのですわ!この先に馬が用意して……なんですの?」
……思わず振り向いた時の、その光景を僕は一生忘れる事は無いだろう。
崩れ去った城とそれより大きな雲が……キノコの様な雲が、眼前に広がっていたんだ。
いや、むしろキノコと言うより髑髏、の方が正しいかもしれない。
その禍々しさは、其の下で姉上が亡くなられたのだと否応無く実感させてくる。
……思わず、膝から崩れ落ちた。
「ああ、あ……姉上……!?」
「自爆魔法……ですわ……」
守備隊の指揮を取りつつ最後まで残っていたリンちゃんと共に、暫し呆然とその光景を眺めていた。
……突然頬を張られるまでね。
痛みと共に正気を取り戻した時そこに居たのは、ガーベラを抱きかかえたレンちゃんだった。
「何やってるのよぉ殿下!?陛下がマナ様と相打ちになったわぁ!敵が、迫って来るわよぉ!?」
「な、ん、だって?」
「相打ちって……どう言う事ですの?」
「劣勢に陥った所で特攻して、無理やり相手に魔封環を取り付けたみたいよぉ?」
「そして、最後の力を振り絞った、と?」
呆然とする僕達に、レンちゃんは悲しそうに言葉を続ける。
「多分、ねぇ……私も直接見たわけじゃないからぁ……」
「くっ……判った、もう良いよ。とにかく急ごう、僕らまでやられたら姉上の意思が無駄になる!」
「……そうですわ!殿下が生き延びさえすればマナリアは滅びませんもの!」
ん?ガーベラは……ああ、そうか。
この子はむしろトレイディアの跡取り娘になるのか。
まあ、それは良い。今は一刻も早くこの死地から脱出しないとね。
そんな風に考えていた。この時の僕は、まだ逃げ切れる気で居たんだ。
けれど……そう、そしてその時だ。
血相を変えたランが馬で駆け込んできたのは。
「兵の皆には悪いけど、僕らは馬で先に……」
「殿下!一大事です!前方にオークの大群が陣を敷いている!」
その報告を聞いたとき、僕はてっきり普通のオークが前方を塞いでいるだけかと思ったんだ。
けれど違った。未熟で急作りだったけど、それは確かに陣だった。
こんな緊急時で無ければ幾らでも対処できた。
だけど、後方から帝国の軍勢が迫って来ているという話もあり、策を立てる余裕も無い。
特に、北から直接こちらに向かっている部隊は整然と、かつ強行軍で向かって来ているらしい。
……迷っている暇なんか、あるわけも無い。
「……今動ける兵はどれだけ居るかな?」
「私の手勢が500にリンの直属が1000行くか行かないか、と言う所だな」
敵の数は正確な所は判らない。
ただ、数千匹は軽く超えているのが判った。
いや、今もまだなお集まり続けている。
……周囲の森や洞窟からも続々とこちらに向かっているらしい。
つまり、ここに留まれば不利になる事はあれ、有利にはならないと言う事だった。
だから僕は。
「南のオークは、まだ数千匹程度なんだよね?」
「そうだが……殿下、まさか!?」
「ああ。守りは捨てて敵陣を突破する。それしか僕らの生き延びる手立ては無いよねラン?」
「それはそうですが……無茶だ!出来る訳が無いですよ!?」
無茶は承知だよ。
でもね、それ以外にどうにかする方法は無い。
「……細かい事は良いんですわ。確かに今の内に突破しておく以外に道は無いですわよ」
「そうだねリンちゃん。それが可能なのは今だけ……迷っている暇は無いよ」
……そう、僕らは敵陣突破を試みたんだ。
一度囲みを抜けさえすれば、後は友軍の所まで逃げるだけだからね。
兵の気力体力から言っても戦えるのはこれが最後。
守り抜く持久力は残っていない……ならば、乾坤一擲に賭けてみるしか無いだろう?
……。
けど、聖俗戦争時のカタ君やカルマ君のようには行かなかった。
敵の陣はお粗末で、訓練もせずにただ命令をされたままに組んだようなものだったけど、
それでも数はこちらの数倍。
ようやく囲みを抜けた頃には皆てんでバラバラで、誰が何処に居るかも判らない。
そして僕とランは乗馬を失い、敵陣内に取り残された。
そして、僕は、今、全身を槍で刺されて倒れて……、
それから……どうなるの、かな?
……。
やあ、カルマ君じゃないか?
え?ああ、嫌だなぁ不甲斐無いのは判ってるさ。
ガーベラは?
え?ああ、カタ君の娘だよ。
そうか!無事に彼の元に向かったのか、よかった……。
ラン……ああ、可哀想に。
いや、君が隻腕になったとしても僕の気持ちは変わらないよ?
それにね、
「……っちゃん」
ああ、もう今良い所なんだ。
誰だか知らないが暫く黙ってくれないかな?
「お坊……ん!」
しかし、疲れたな……眠いや。
少し……眠ろう、かな……?
……。
≪side ライオネル≫
「お坊ちゃん……起きるんだよ!夢見てる暇があったら息をしやがれ!」
「……手遅れよぉ……もう、休ませてあげてほしいわぁ」
俺は今、マナリア国境沿いで傭兵王と一緒に与えられたゲルとか言う天幕の中に居た。
……戦場でこっそり保護していたお坊ちゃん。
それにレンとか言う嬢ちゃんと、赤ん坊と一緒にな。
追撃しろって言われて言ってみりゃ、とっくに向こうは壊滅済みと来たもんだ。
拍子抜けした事もあって思わず助けちまったぜ。
まあ、余り意味は無かったみたいだけどな……。
「にしても……おかしいだろ、何でオークと勇者が手を組んだりすんだよ!?」
「ククク……決まってるじゃねぇか。クロスの奴、とうとう心を病んじまったのよ」
……確かにそうとしか言えねぇな傭兵王。
何せ、将軍とか言いながら俺には何の情報も寄越しやしねぇ。
まあ、俺の事を信用して無いのは当たり前なんだが、
笑えねぇ事に傭兵王にすら内緒の話ばかりなんだとよ。
さっき訪ねて来たテムとか言う将軍も、スーの奴も、
何の命令も……待機の命令すら無いが何か聞いていないかと困惑してやがった。
将軍級の4人に何の話も無いってのは異常だ。おかしすぎる。
……あの大司教、いや宰相……戦争に関しては素人だな。
ブルジョアスキーとブラッドの奴が居ないだけでここまで落ちるか?
まあ、本人は理想を語って大まかな計画を考えるのが仕事で、
細かい部分を考えるのは妹と部下の仕事だったみたいだし仕方ねぇかも知れんがな。
ただ……現場と連絡をとろうとしない司令官じゃ勝てるもんも勝てないぜ?
「ククク、戦力は凄いが、こりゃ……負け戦だな。ま、俺様達にすりゃどっちでも良いが」
「応よ。でもな。オークまで使ってると知ってりゃ、お坊ちゃんは助けられたかも知れんが……」
とは言え、実際五体満足のときに出会ってたら私情は捨てて討ち取ってたと思うけどよ。
なにせ、マナリア側の総大将だ。
戦争を終わらせるなら、お坊ちゃんを討ち取るのが一番手っ取り早い。
……そういや、マナリア軍が壊滅したって事はこれで今回の戦いは終わりなのか?
いや、それは無ぇか。
それで終わるなら、とっくに撤収か占領の命令が来てるだろうしな。
「へっ、敵相手に何言ってるんだか。いや、ある意味お前にとっちゃこっちが敵なのか?」
「……細かい事はいい。俺にとっての戦争(ケンカ)じゃ女子供は対象外だぜ」
「ククク、じゃあお前の娘はどうすんだよ」
「あれは女に入らねぇよ。アイツは……立派に戦士だからな」
そう言いながら、お坊ちゃんの亡骸を布で包んで抱える。
……放っておけば下手すりゃ使徒兵にされちまう。
気付かれないうちにどっか森の奥にでも埋めてやらねぇと。
残念だが今の俺は敵だ、だからこれが俺の出来る精一杯。
……身内の屍と戦うなんて悪趣味だけは何としても阻止しねぇとな。
……身内か。身内と言えば……。
「傭兵王。……ところで本当にあの女は死んだのか?」
「マナか?魔法を封じられた所をナイフで喉をザクッとな。ま、相手もそこで力尽きたがよ」
「で、最後の力を振り絞って自爆か……村正の事はいいのかよ……!?」
「……棘がある言い方だな。ま、ダチの事を考えると気が重いだろうなお前さんにしちゃあよ」
……まあな。
それにマナの奴も、すぐ生き返らせられるだろうからな。
正直意味のある死に方だったのか疑問が残るぜ。
クロスの野郎もさっき、今晩黄泉がえらせるとか言ってたしな。
ただ、味方にも敵にもしたく無いタイプだったし、
正直、これで終わりだったら凄ぇ楽だったんだけどな。
はっきり言ってあの女の訃報を聞いて悲しみそうなのは、
ルンとカルマ、それに勇者仲間ぐらいじゃねぇか?
その上、上記の連中も半分くらいの確立でもう見限ってそうだしな……。
「……何にせよ、これでマナリアは終わりだわぁ」
「ククク。確かに……王都は潰れたし、その上潰したのは王族だ」
「明日から俺も、日和見しやがった地方領主を攻めに行く事になってるからな」
少し投げやりに言うレンの言葉に俺達は同意する。
王都は壊滅し、明日からは地方貴族が一つ一つ潰されていくんだ。そうもなるさ。
ただ、そこからどう転ぶかはまだ判らねぇな。
……オークは五百匹ほどがカルマに討ち取られ、三千匹程度が逃げ出したらしい。
それでもその後集まった数を差し引くと大体一万匹から動いていないというのだから驚きだぜ。
更に俺達が率いている兵が現在8万ちょっとか。
……有り得ねぇ数だが、これが一定の錬度を保ってるってんだから驚きだ。
だが問題なのはこれをたった4人の将軍だけで運用しろって言う事だな。
後、オークどもにどうやって命令を聞かせるんだ?
そしてこれが数日後には南に向かって突き進む事になるわけだ。
俺には前進させるだけで精一杯だと思うんだが。
いや、それだけで十分なのか?
正直な所、疑問で一杯って奴だぜ。
……まあ、商都の連中やカルマ達も馬鹿じゃねぇ。
きっと、対策くらい考えてる筈だ。
もし、負け戦ならそれで良し。ただ、もし勝っちまった時は……。
ま、情に流された土壇場での裏切り者も悪かぁ無ぇか。
考えてみりゃあ今の俺は十分に裏切り者だしな。
「ともかくよ。レン、お前ぇは逃がしてやるから赤ん坊連れてさっさと逃げろ」
「ククク、心配すんな。俺様の部下が斥候に出るからそれにくっ付いていけばいい」
「いいのぉ?じゃ、お言葉に甘えさせてもらうわぁ」
「言っとくが、直ぐに南に戻るのもどうかと思うぜ?数日後には総攻撃があるはずだからな」
「そんな事この兵力を見れば一目瞭然ねぇ。でも、味方の所に居る方が気分的に安心なのよぉ」
……違いねぇな。
ともかく明日からは日和見の地方領主どもとの戦いか。
人の事をボロクソ言ってくれたが、自分の事となるとどうなるかね?
ま、それは明日以降にわかるだろ。
出来れば、倒すのが惜しいほどの気概のある奴が残っててくれればいい。
忠臣が居ない国なんて、悲しすぎるからな。
「じゃあねぇ。不器用なおじさん?」
「応。決戦に巻き込まれんじゃねぇぞ?」
そう言って、赤ん坊をマントの下に隠してレンは出て行った。
明日か明後日にでも向こうに戻れるだろうよ。
……しかし、このタイミングで俺が主力から外されるって事は、
俺が居ないうちに決戦を仕掛けるって事なんだろう。
ま、要するにレンと赤ん坊をここに置いておくのも危険だって事だな。
かと言って、まさか俺たちの別働隊と一緒に行かせる訳にも行かねぇ。
だから逃がした訳だが……ともかく本当に巻き込まれない事を祈るぜ。
……。
そんな風に何処か他人事のように考えられてたのも多分、
俺が色んな立場から離れて、この陣営で捨てる物が自分の命だけだったからだろう。
けど、それもその翌日に終わりを告げた。
「ヒャハハハハ!それでは後方のネズミ狩りはお願いしますねケケケケケケ!」
「なんで、何でお前ぇが居るんだよ……戦闘司祭ブラッド……」
「アヒャヒャヒャ!大司教に命ぜられて軍の総指揮を命ぜられましてねフヒヒヒヒ!」
何でか知らないが、死んだはずの男が、そこに居たんだ。
「何て言うか、な。……おっと、法王様とお呼びすべきかい?」
「ヒャハッ!?何ですかそれは?私はクロス大司教配下の異端審問官ブラッド司祭ですが、ヒヒヒ」
……それも、やけに古い肩書きを持ち出して、な。
***最終決戦第一章 完***
続く