幻想立志転生伝
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***大戦の足音シナリオ4 常闇世界の暗闘***
~地底の闇と心の闇~
≪side カルマ≫
昼間の筈だと言うのに表は暗い。
……ここは地の底、リンカーネイト公式文書には載っていない第二都市。
即ちアリサの領土である地底都市アントアリウムである。
……因みに大陸南端の巨大塩田はエンカナトリウム。
まあ、それはさておき。
俺は人間には聞かせられない類の謀略を練る為この人間の住まない地下都市にやってきていた。
因みに自由落下を経て地底湖に到着。帰りは兵隊蟻に乗って十数分といった所か。
ともかく、ここには文字通り蟻しかいない。
他人の目を気にせず動けるのが何よりもありがたい場所なのである。
そして、ここはその中枢。
名も無い地底宮殿である。
その一室にある会議室で、俺は蟻ん娘に囲まれていた……。
「兄ちゃ!リチャードさんが結構悲壮な覚悟決めてるよー」
「だろうな。向こうからしたら俺達が見捨ててきたと取られてもおかしくない」
「まあ、そこは、むこうのあたしが、なんとかする、です」
「シバレリアがこっちを間抜けと見てくれればやりやすいであります」
「そうだな。……特に今回の事でマナさんさえ使えばどうとでもなると考えてくれていれば……」
「後が楽でありますね」
正直、今回はマナさんのせいでデモは起きるわ街は壊れるわで散々だった。
全てが終わった後、アルシェは報復を恐れてガタブルしてるし、
ルンはその横でペコペコ頭を下げている。
ハピとホルスは不満を持ったサンドール系住民の対応に必死だ。
……次があったら「誰も怨みたくないから自分で殺す」とルンも悲壮な決意を固めたようだ。
ルンがそう言う以上、俺も覚悟を決めねばならない。
俺に唯一ある家族を見捨てないと言う信念。それを捨てねばならない時が来たのかも知れないな。
ともかくはっきり言って、完全に後手後手に回った。
お陰で大損害だが……まあ、後手に回って勝てたためしが無い。
はっきり言って、俺には謀略戦でも守りに対するノウハウは無いのだ。
攻めに関しては前世で呼んだ小説やらマンガから幾らでも引っ張ってこれる。
だが、限られた時間で相手の思考を読んで守りきれるかというと……無理っぽいな。
だから、攻められた分だけ攻め返すことにした。
攻めなら勝てる。だったら攻め続けるしかないではないか。
まあ、その為にはまた情報収集が必要な訳だがな。
「と言う訳でアリサ。例のものはシバレリアに届いたのか?」
「タクトおじちゃん経由で傭兵王に渡った"あれ"は見事に届いてるよー」
「クロスが大喜びしてるであります」
「……これで、しばらくは、おとなしい、です」
……正直、技術を渡すのは嫌だった。
なので、カサカサを鉢植えにして一つ送ったのだ。
リンカーネイトの技術力の結晶たる……万能の果樹としてな。
向こうには金と言う概念が無い。
それだけに現物に対する評価は高いと踏んだが……当たりだったか。
「でも、あれあげちゃっていいのかな兄ちゃー」
「腹が減るから戦争が起きるって言う部分はあるからな。それを理由にされないための処置だ」
「でも。ガサガサからとれるくだもの、せんそうにつかわれたらどうする、です?」
「そんなの小さい事だ……向こうにはこっちの兵隊を送り込んだようなもんなんだぞ?」
「各部族に一本、果樹園兼スパイ。でありますか!」
そういう事だ。
何だかんだで手間要らずな上、大量の食料を供給してくれるガサガサを心底嫌える奴は多くない。
手段を選ぶ余裕が無いなら尚更だ。
因みに鉢植えのカサカサには命令時以外は自分で歩くなと厳命してある。
ま、こちらから何をしなくとも、向こうが勝手に増やしてくれるだろうから何の問題も無い。
……増えれば増えるほど、動向がこっちに筒抜けになるがな?
「で、現状の向こうで何か判った事はあったのか?」
「だいじなこと、わかったです」
「大事な事が判らない事が判ったんだよー!凄いでしょ兄ちゃ!」
確かにそれは凄い。
つまり、連中は蟻ん娘情報網を持ってしても解読できない通信手段を持っている事になる。
最重要事項の意思決定は、その謎の通信手段を使って行っている事になるな。
だが……確か以前の報告で連中、
会話で当たり障りの無い事を言いながら、大事な事は手話とかを使っていると言っていなかったか?
まだ解読できないのだろうかね?
「なあ、アクセリオン達の使う手話の解読はまだなのか?」
「……にいちゃ、よくきいて、です」
「今回のマナ叔母ちゃんの訪問だけどね……手話では話して無かったよー」
「つまり、あれもまたダミーであります」
……二重のダミーか。
いや待て、まさかクロスの独断とか言わないよな?
確かにそれなら誰に相談する必要も無いが。
「……アクセリオンとクロスの両おじちゃん同士では話が行ってたみたいだねー」
「スーが、どなりこんだとき、ふつうに、うけながしてた、です」
……つまり、テレパシーみたいに声にも動作にも出さない手段で……テレパシー!?
「あった……一つだけ心当たりがあったぞ!」
「なんでありますか?」
「……念話(テレパシー)だ!」
「あ、ティア姫がマナリア王都地下で使ってたあれでありますか!」
「確かにロストウィンディ……風属性っぽい魔法ではあるねー」
なるほど、それなら何食わぬ顔さえしてれば誰にも気付かれない。
何せ、確か伝えたい相手を選んで声を送れる筈なんだからな!
……いや、待てよ?
「でも、その場合……どう考えても盗み聞きは不可能じゃないのか?」
「だよねー」
「回りの動きから察するしか無いでありますね……」
それでも伝令に対する命令などから推測する事は出来るが、
今までのように最高意思決定者の言葉として確実な情報が取れるわけじゃないのが辛いな。
敵のトップの意図が見抜ききれないのは、時として読み違いを呼ぶ。
やはり、聖俗戦争でクロスを殺しきれなかったのが痛恨事だったか……。
流石に今じゃ俺からの攻撃を恐れて常に警戒を怠っていないようだしな。
「ま、無いもの強請りしても仕方ないか」
そうして、クロスからの書状を読み返す。
……実は最初から気付いていたが、
確かに書類に付いて来た地図には北部領土と言われる地域の三分の一しか載ってない。
成る程、これなら確かに俺が取り分2:1に合意したように見えるだろう。
だが、ここは屁理屈を押し通させてもらう事にしたのだ。
……所詮国際関係なんて力次第でどうにでもなる。
後はどれだけ周囲と……国内の反対意見を論破できるかだ。
その点うちは好きに決められるしな。
「我が国としては、受け取った"北部領土の三分の一"をマナリアに返還する」
「残りは諦めるように言うでありますか?」
そんな事したらマナリアに怨まれる。
多分だけど、クロスの狙いはそこかな?
……その後でシバレリア側が条件を緩めれば、マナリアの世論は向こうを向く。
そうやってマナリアを向こうに取り込む気なのでは無いかと思う。
だが、気付いた以上乗ってやる事は無い。
「残り三分の二に関しては、マナリアに返還するようシバレリアに働きかける事にする」
「え?分割を認めたんじゃないのー?」
「いや?あくまで向こうが差し出した分はマナリアに渡すってだけ。それ以外は?」
「ああ、そっか。あたし等に関しては、それ以北にはまだ全然関って無いのかー」
そう言う事。
向こうがどう解釈しようが、こちらとしては差し出された分に関しては受け取るが、
それ以外の事など知らぬ存ぜぬを貫けば良い。
そも、書かれていた部分以外に北部領土は無い、とでも書いてあるなら兎も角、
現在の文面だと、北部領土(の一部)という解釈も出来ない訳ではないのだ。
屁理屈?連中のやらかした事に比べりゃ遥かにマシだろ。
シバレリアが話が違うと騒いだら?
まあ、放っては置くが……リチャードさんには伝えとくか。
万一、連中が攻めてきたらお味方します、ってな。
旗色を明確にしておくのは大事な事だ。
そして……あのクロスの行動パターンからして北部領土の三分の二で満足できる訳が無い。
あの男は何だかんだで妥協を嫌う完全主義者だと思うのだ。
今まで集めた情報からも、何時か必ず攻めて来るのは明白なのだが……。
だから、はっきり言ってこの書状自体が茶番だったりするんだよな。
そして、クロスは俺が切れて攻めかかってくるのを期待していた筈だ。
何故なら強力な魔物が跋扈するあの深い森の中では、
その気候と地形を知り尽くしたシバレリア族でも無ければ進軍するだけで危険なのだから。
唯でさえこちらの兵力は少なめ。
一度叩き潰されたら逆に返す刃で本国まで支配されかねない。
……と言う事になっている。
「アリサ。もし、もしシバレリアと戦う事になったら勝てるか?」
「あたしらの眷属使えば鼻ほじりながらでも余裕。そうで無いならまだ勝てないよー」
つまり勝てないということか。
巨大蟻やガサガサ達が戦力化出来る事は秘中の秘。
万一巨大蟻や蜂の大群、そしてガサガサ達による数の暴力を使って勝ったとしても、
その後に待っているのは人類全体からの異物に対する拒絶反応だ。
ガサガサなんかが現在普通に馴染めているのは危険に見えない上に役に立つ為。
竜族の場合はその絶対数の少なさからだ。
その他の魔物たちの場合は、何だかんだで人類側が一度勝っていると言う余裕がある。
だが、蟻ん娘一族の場合は知恵のある支配層に身体能力に優れる兵隊蟻。
更に増えまくる子蟻達と、人間の恐怖を煽る要素が多すぎる。
そして、人間と言う存在が一度他種族を滅ぼそうと決めた時のパワーは物凄い物がある。
より大きな敵に対するために、
怨敵と手を組む場合まであるのだ。(無論敵が居なくなったら同盟は崩壊するが)
とにかく今や家族同然となったコイツ等にそんな無茶はさせられない。
と言うか、コイツ等さえ無事なら俺は今すぐにでもニートとして一生を生きる事も出来るのだ。
地下暮らしも明かりと全身を伸ばせるだけ空間さえあれば悪くあるまい?
そう考えると、コイツ等に無茶をさせるのだけは何があろうがNGだ。
故に、情報関係と物資調達以外の仕事はあまりさせたく無いな。
「で、勝てない理由は?」
「まず兵力。……シバレリアは何時でも10万の大軍を動かせる事が判ったんだよー」
「何の準備も無しでか?」
「うん。シバレリアは周囲の魔物が強いから、普段の狩りの格好で戦争が出来るよー」
「そして、めいれい、いらないです」
「皇帝の軍が狼煙か何か焚きながら動けば回りも釣られて動くようになってるみたいであります。」
「無論、皇帝以下個人戦闘の強い勇者という測定不能ファクターの存在も大きいよねー」
「まあ、それはそうだが……兵数が凄まじいな」
……準備無しで動員可能兵士数10万!?
大陸中の国家が基本的に約1万づつ、うちはそれより少なめ……を考えると法外すぎる。
孫子の兵法でも、十倍の戦力なら戦えとある。
つまり、策が要らないほどの戦力差なのだ、10倍の兵力とは。
しかも結構な数がマナリア軍との戦闘経験を持っている筈だし、狩猟の経験もあるだろう。
弱くとも一人一人が警備兵程度の実力は持っているだろうな。
……と言うか、まさか……。
「戦時動員使えばどれだけ増える?」
「国民皆兵だよー」
「まあ、10万ってのが百人の集落から戦士三人くらいでの話でありますから……」
10万で人口の3%って事は……考えたくも無ぇ!
つまりあれか?子供を背負い、後ろには爺さん婆さんまで連れてくるのか!?
何処の民族大移動だよ!
いや、但しその場合は非戦闘員も多いから……どっちにしても恐ろしい数なのは確かだな。
シバレリア族の人口が多いとは聞いてたから凄まじい兵数になるのは目に見えていた。
だが、ここまでとなると……ドラゴンで蹂躙しても歯抜けした兵数だけで普通に占領される。
まともにぶつかるのは出来る限り避けたい所だ。
まあ、相手側がそれを許してくれるとも思えんがな。
「……よし、あれだ。スエズだ。もしくはパナマ」
「なるほど。判ったよー」
流石に俺の記憶を覗いているだけに話が早い。
最悪を想定しての手を打とうとしたら、軽いサインだけでこっちの意図を汲んでくれる。
ありがたいことだ。
ま、使わないことに越した事は無いが……。
「それと、中世トリップ政戦両略系の基本、全て行くぞ」
「えーと、まずは兵器。鉄条網準備中ー。大砲も銃もあるし落とし穴系はあたし等の専売特許……」
「へいたいさんの、ごはんに、さつまいも、さがすです」
「疫病は何時でも流行らせられるでありますよ?」
「情報操作はどうした?」
「新聞はトレイディア中心にすっかり普及してくれたよー」
「わざと、あたし等の事悪く言う新聞社も用意してあるであります」
「くちこみよう、じょうほうもう、こうちくかんりょう、です……いどばたの、おばさん、とか」
「……ハイムの新しい魔王城は?」
「いま、のせてる、です」
よし、ならいい。
あいつも全く出番が無かったからな。快く引き受けてくれて助かったよ。
ハイムも喜んでくれると良いが。
さて、そうなると次は……。
「国内の不満分子はどうなった?」
「旧マナリア貴族の一部が移住してきて好き放題してるねー」
「ルンねえちゃの、しんせきだから、だって……です」
「それがこの間の避難で不満を持ったサンドール旧市民階級を率いて色々やってるであります」
「きのうも、しゅぷれひこーる。おおごえあげてた、です」
「何か色々要求してるでありますね」
「悪口ばっかりで腹が立つよねー」
厄介な。
一応国民だから余り酷い事もできんし……。
……あれ?
「なあ。それって……そいつ等俺のこと疎んじて無いか?」
「多分そうだよー」
「ルンとの血縁は?」
「えーと、おじさんのいとこのおいのははかたのおじさん、とか」
「それ、他の公爵家のほうが血縁近く無いか?」
「はいです」
「ランドグリフ家の傍流って言ったほうが正しいで有ります」
……それって。
「もしかして、おれからこの国奪うつもりか?まあそれは良いけど」
「たぶん、です」
「と言うか、国に来た三日後から失脚計画練り続けてるであります」
……それって、敵じゃね?
国民って言うより、獅子身中の虫。
「考えてみれば……国民って言っても俺が住んでくれって頼んだ訳じゃないんだよな」
「サンドールの住人は支配者交代の余波を受けて選ぶ余地が無かったでありますがね」
だが、別に彼等を国に閉じ込めたつもりは無い。
別に出て行きたければ好きにすればいいし……。
考えてみれば、うちって……独裁国家だよな。
なんで、内部的敵対勢力が大手を振って存在できるんだ?
「そりゃ、兄ちゃが規制して無いからね」
「だから、つけあがる、です」
成る程……なら、別にいいか。
だって、敵なんだろそいつ等?
「じゃ、殺すか」
「もう殺してあるであります」
「流石に危険すぎて生かしておけないよー」
「げんみつにいうと。あ、しんだ、です」
あ、そ。
ならいいか。
「いや、良く無いだろ!?いきなり人が死んでたりしたら周囲の奴がなんて思うか」
「……マナリアでの汚れっぷりを記事にしたであります」
「後は毒を盛った後で筆跡と文章の癖を真似て遺書を捏造したので大丈夫だよー」
「いざとなったら、うたがったひと、おひっこし、です」
そうか。
なら今度こそ問題ないな。
「じゃあ、今日はここまでにするか」
「はいです!」
「次までにはシバレリア上層部の内情を探ってみせるであります!」
「じゃ、少し遊んでくよね兄ちゃー!」
……気付けば俺はアリサに引っ張られていた……。
……。
さて、俺は今闇の中の街を歩いている。
地下数千m級の地底に高さ25m……要するにプールほどの高さの天井と、
半径数キロの広い空洞を沢山の柱で支えた地下都市である。
天井全体から青白いヒカリゴケの光が降り注ぐその街は、
地下の支配者たるアリサの領域。
頭上に公の墓所を頂く地底帝国アントアリウムなのである。
「あ、にいちゃ」
「乙であります」
「ここにくるの、めずらしい、です」
「よ、元気か?」
ハンマーが鉄を叩く音が響いている。
……銃や大砲の製作工房だ。
この圧倒的な武器は、まだ人に渡す訳には行かない。
そんな訳でこうしてアリス達だけで作り、必要な分だけ地上に持ち出す形を取っている。
ちびっ子と巨大蟻が高炉を操作し、焼けた鉄にハンマーを振るい続けるその姿は正に異様。
だが、侮る無かれ。
幼子の持つ記憶力と柔軟性を。
そしてそれを一族全てでリアルタイムに共有し圧倒的速度で技術とノウハウを蓄積していく。
蓄積されたノウハウは更に次なる技術革新を生む上、
時折手に入る"魔道書"は魔法のスペルと共に、古代の英知と呼べる技術が書かれている事も多い。
……既に、この地下都市の持つ技術力は産業革命の域に達していると言ってもいい。
そして、その高度な技術はそれ故に人の手に渡すことが出来ない代物と成り果てていた。
せっかく大地を余り汚さないファンタジーな世界なのだ。
あえて世界を汚染させる必要は無いだろう。
……俺の前世では魔法なんて世界を弄くり倒す力が無くても、
何時でも世界を滅ぼせるまでになってしまっていた。
ここでまでそんなあほな真似を繰り返す必要はあるまい?
何故なら人が一度覚えた贅沢を手放す事など、まず出来ないのだから。
……必要なものは生産して渡すから勘弁してくれ、って所かね。
「まあ、本当の主な理由は圧倒的火力を俺だけのものにしておきたいからなんだけどな!」
「えいえいおう、です!」
「目指せ核融合発電所でありますね!とりあえずボイラー出来たから蒸気機関からであります!」
「とりあえず、がとりんぐがん、あといちねんもあれば、できるです」
「この間、鉄道の機関車が出来たでありますよ。まあ、地下では使えないでありますが」
「あたし等の未来は明るいよー!」
あはははははははは!
……突っ込み役が居ねぇえええええええええっ!
……。
さてその後、地下でも育つキノコやもやしの農場を覗き、
これでもかと言うぐらい食べ物が詰め込まれた、宇宙戦艦でも入りそうな巨大食料庫を視察。
……一部の例外を除き食べ物関係の施設しかない蟻ん娘地下帝国を適当にぶらついていると、
アリシア達が三匹ぐらい纏まって転がってきた。
「たいへん、です!」
「次のシバレリアの動きが判ったであります!」
「……まだ、計画段階らしいでありますが」
「よし、でかした!で、何をする気だ!?」
「マナ叔母ちゃんを……今度はマナリアに派遣するつもりらしいであります!」
……なん、だと!?
「今回の成功で味を占めたらしいで有りますね」
「今度は王族だからと言う事でマナリア本国に嫌がらせでありますかね?」
「もしくは、こっちでしっぱいしたこと、なにか、あったのかも?です」
つーか、アルシェから受けた傷はどうした?
「治癒があるよー」
「本人も仕えるしクロスも使えるでありますよね」
「きず、なおりしだい、すぐ、いくっぽい、です」
なんつーか、クロスさんよ……何故そこまで戦いたがる?
共生主義だか何だか知らないが、他の国に攻め込んで無理やり言う事聞かせると、
むしろ矯正とか強制主義とか言われるようになっちまうぞ……。
「あ、それと。戦争を急ぐ理由が判ったで有ります」
「ほぉ?それは何だ?」
「シバレリアにも、物質文明の影響が迫っているのでありますよ」
……なんだそりゃ?
「つまり、お金で物を買ったりするシバレリア人やモーコ人が増えてるのであります」
「でも、あたしらは、たいしたことしてない、です」
少し話を聞いてみると納得した。
要するに、
カルーマ商会に負けじと他の商売人たちが新たな顧客を求めてあの森に分け入っているらしい。
で、豊かな生活に憧れた若者達がどんどん都会……要するに商都とかに出て行き始めていると。
……最近の騒動続きでボロボロの商都としては、新しい客と労働力は喉から手が出るほど欲しい物。
先代とは違って村正はそういう流れ者でも問題が無ければ住み着かせる事に躊躇しない。
かつての商都やこの世界の権力者のあり方を知っている俺としては微妙な気分だが、
お陰で今の商都は再びかつての繁栄を取り戻しつつあるようだ。
更に、資金確保と国内の不満解消を兼ねて、
無能な権力者から権力を取り上げたりしているそうだ。
一体何があったのかというほど最近の村正は生き生きしているらしい。
ともかく悪代官等はどんどん駆逐されている。
……何故かボンクラはそれでも男爵位を取り上げられていないようだが……。
まあそれはいい。
村正もリチャードさんも君主論ではないが暴君が割に合わない事は知っているようだからな。
そのお陰で基本的に住みよい世の中にはなって来ているのだ。
……だが、お陰で本来悪政からの解放者となるべき勇者達が割りを食っているのは確かだ。
折角打ち立てた国も、若者が逃げ出しては意味が無い。
ああ、だから北部領土の問題にも厳しくなるのか。
……何て凄い爽快感だろう。
まあ、とりあえずそれは置いておく。
「特にクロスは焦ってるねー。全部兄ちゃの謀略だと思ってるっぽいよー」
「だから、この間のはその報復でありますね」
「でも、こうていは、ぜんい、っぽい、です」
しても居ないことで怨まれてもな。
まあ、既にお互い怨敵状態な訳だが。
……いや、既に向こうがそう思ってるならいっそ……。
「アリサ。その商人たち……支援できるか?」
「もうやってるよー」
「綺麗な洋服とか格安で譲ってあげてるであります」
「おんなのこにとって、おようふく、やっぱりだいじ、ですから」
そうかそうか。
勝手に疑うほうが悪いんだぞクロスさんよ……。
精々都会に憧れる若人を力で押さえつけて、手酷い反感食らうがいいさ。
まあ、カサカサくれてやった訳だし、食い物には困らんだろ?
それで満足してくれればお互い一番いいと思うんだがな。
「あと、あのへん、しおとか、あまり、とれないです」
「だから、商会の名は隠した上で格安で物々交換であります!」
「戦争になったら一気に交換レートを引き上げて日干しにしてやるんだよー」
そうかそうか。いざと言う時に備えて……あれ?
「そう言えば。さっき"もうやってるよー"とか言ってなかったか?」
「はい、です」
「森を見張ってたら、リュック一つで森に分け入る商人さん居たからこっそり護衛してあげたよー」
「それが始まりでありますね」
……それって、最初からって事なんじゃ。
いや、あの森の魔物は最強クラスだしハイムの配下じゃ無いし、
襲われたら可哀想ってのは判るんだけどな?
「それって、結局俺達の策ってのと大して変わらないんじゃないのか?」
「そうでありますね」
「どうせだから、こくりょく、けずる、おもった、です」
「ま、クロスおじちゃんの勘が冴えてたって訳だねー」
……そのせいであの人間兵器が送り込まれてきたかと思うと胃が痛いんだが。
「まあ、報復には報復で返そう。ついでだから水源半分くらい枯れさせられないか?」
「まだ無理だよー。向こうの地下はまだ半分ぐらいしか掌握して無いからー」
「地下水脈の流れも把握しきれて無いから半年ぐらい待って欲しいであります」
じゃあ、出来次第で頼むか。
それと……うちの二の舞になっちゃ拙いからな。
リチャードさんやティア姫に情報を伝えておくか……。
「あ、それと兄ちゃ?」
「何だ?」
「シバレリアに感づかれたっぽいよ?」
「何をだ?」
そして、我が親愛なる妹はニヤリと笑いながら告げたのである。
「魔王復活を、だよー」
……。
≪side リチャード≫
僕は、カルマ君から届いた手紙を見て絶句していた。
……伯母上が、戻ってくるらしい。
「これは……本当なのかい?」
「最悪だ!奴を止められねば我がマナリアは終わりではないか!リチャード……急ぎ眠り薬を。いざと言う時役立たぬ兵器など何の存在価値も無いが、無碍に殺せば連中に格好の大義名分を与える事となる。出来れば毒殺したい所だが諦めねばならん。おのれアクセリオン。余の信厚きロストウィンディの一族でありながら何処までも余に楯突くのか……!」
「今のマナリアの戦力じゃ勝てないわよぁ……兎も角無礼にならない程度で追い返しましょぉ?」
現在復旧中のマナリア王都、玉座の間。
現在のマナリアの状況は、正にこの王都のようなもの。
骨が飛び出てきた壁は無残に穴が開き、国を守っていた兵士達もその数を半分ほどに減らしている。
国庫も殆ど空と言っていい状態で、民の心すら王家から離れかけていた。
その中で僕らは最善の道を選び取らねばならない。
現在ここに居るのは女王として三年間だけ即位する事となったティア姉上。
そして僕。
更にランにリンちゃんとレンちゃんの公爵級三人。
……これだけだった。
アリシアちゃんは書類の整理で忙しいし、他の貴族達は領地に戻って何かよからぬ事に余念が無い。
北の侵略にまともに応対しているのは、その地域にかかる貴族だけ。
……まともに戦える指揮官も殆ど居ない中、
国のために真面目に考えてくれそうな人材がこれしか残っていないというのが悲しいね……。
僕自身知らなかったがかつて五つあったと言う公爵家も今や我が国には三つしか残っていない。
更に長引いた内乱で国土は荒れ果て、国が二つに割れた為に軍内部でもしこりがあるという。
「とても戦争できる状態じゃないね……」
更に、カルマ君を悪く言う勢力がその勢力を拡大しつつあるらしい。
かつて歌劇を催していた劇場などに集まっては日々批評や議論に精を出しているという。
ただ集会に潜り込んで話も聞いてみたが、感情的になり過ぎだ。
もう、どうでもいいからカルマ君と手を切れとか……勝手な物言いばかりだね。
今更方針転換など論外だよ。
第一、今現在のマナリアはカルーマ商会、引いてはカルマ君の資金で持っている状態なんだ。
万一手を引かれたらそのまま崩壊しかねない……。
まあ、群れなければ文句も言えない連中だし問題は無い、と言いたいが、
場と空気を悪くする上、荒れた雰囲気は更にガラの悪い人間を呼ぶから困ったものだよ。
今では訳も無く、ただ文句を言いたいだけの人間のほうが多くなってしまったようだ。
何時か、僕らの行動の邪魔になるんじゃないかと戦々恐々だよ……。
いや。既にそれは始まっているか。
不審な動きをする部隊は一つや二つじゃないし。
まあ、それすらも利用するつもりの連中もかなりの数にのぼるけどね。
要するに我がロンバルティア王家より王位を奪おうとする勢力だ。
……カルマ君より、敵の戦力について情報が入っている。
号して十万、それもまだ全力ではないと言う。
幸い、魔物との戦闘もあるだろうし全軍で攻めてくるとは考えづらいが、
当方の兵力は現在六千を切っている。
果たしてその情報が漏れた時、軍はその機能を維持してくれるのだろうか?
僕としては甚だ疑問だね。
まだ問題は有る。ライオネル君を追い出した彼等は、
今度はそのライオネル君を追い出した責任を僕に対して追求してくる。
しかも、こちらからの反論はまともに聞きもせず話をはぐらかすばかり。
お陰で呆れ果てたまともな人材は次々と国外へ脱出している。
全く、国内で争っている場合ではないんだ。
……何もかもが失われてからでは遅いんだが……まあ、仕方ないのかな……。
「カタ大公、いやトレイディア王に連絡を」
「いいわよぉ。で、何を伝えればいいのぉ?」
……。
レンちゃんに書類の文面を伝えると彼女はささっと書き連ね、すぐに部下を呼んで手紙を託した。
……正直、あの子がここまで出来るようになるとは思わなかったね。
この国難続きの中、数少ない嬉しい誤算だったよ。
「おーほっほっほ!レンも中々様になってきたではないの?その調子ですわ!」
「リンちゃんもそう思うかい?」
「危急存亡の時を見て、秘めた能力が覚醒したのかもしれませんね殿下。私としても歓迎だ」
姉上だけは何を今更、と言わんばかりに泰然としたものだ。
だとしたら、あの子が覚醒したのはあの宰相との戦いの時か。
危険が人を育てるなんて事もあるんだね……。
さて、まあそれはいいか。
……では、次の議題と行こう。
「では次の議題だけど……姉上、兵数の不足が深刻化してるけどどうしようか?」
「どうしようもない。ビリーめが裏切りよったので傭兵が満足に雇えんし、これ以上の負担を民に強いるのは論外だ。暫くは現在の兵数でやって行く他無いのではないか?唯でさえ不満が高まっておるのだから出来る限り民を刺激するような政策は避けるべきだ」
そっとランが手を上げる。
「傭兵自体最近その数を減らしているので、私は国の警備を労役の義務として負わす事を提案する」
「成る程ぉ。警備兵を一般の人達に交替でやってもらう訳ねぇ?」
「おーっほっほ!……論外ですわ」
ん?悪く無い案だと思ったんだけど。
リンちゃんは何が問題だと思っているのだろうか?
「駄目ですわ。国民に軍の現状を理解させる訳には行かないのですわ」
「そうか……下手をしたら絶望するものが出てくるか……」
「確かにそうかもぉ。何せ魔法兵の比率が一割切ってるしねぇ……」
「仕方ないな。魔法兵の育成には資金も手間もかかる。殿下の気苦労、いかばかりか……」
そう。磨耗した魔法兵部隊の代わりに、前衛の一般兵の割合が上がっているんだ。
しかも満足な訓練も施したとは言えない。
マナリアは歴史ある魔道の国。
その軍隊の現状がこのお粗末さでは、国を見限るものも出てくるだろう。
僕は、それが恐ろしく思えた。
何故ならその未来が、嫌と言うほど明確なビジョンで僕の脳内に浮かんできたからだ……。
将はおらず、兵は少なく、更にその兵の中で更に魔法を使える者のあまりの少なさ。
「ともかく、今戦端を開かれたら我がマナリア王国は終わってしまうよ」
「そうねぇ。悔しかろうが何だろうが、今は耐える時よねぇ……」
そうして僕は深いため息をついた。
さて、伯母上の歓迎準備でもしないといけないか。
国を出て行った方だけど、一応正式な使者のようだし。
大丈夫。我が国の住人達は伯母上の行動には慣れているはずだからね……。
……思わず再びため息が出てしまうね。
周りの皆もすっかり意気消沈しているようだし。
「これで王家も終わりですかな、ホホホ」
「まあそうなれば私どもの時代……」
「さて、そうなると次なる時代の準備ですか?」
「ふふふ、我が家はロストウィンディ系の分家でしてな」
「おやおや。件の内乱の際はリオンズフレアの遠縁とか名乗っておりませんでしたか?」
「はっはっはっは……まあまあ、そう言いなされるな」
アリシアちゃんからの報告で、近くの部屋で密談してる連中がこんな事を言っていたそうだ。
はぁ。歴史が長いのも考え物だね。
ああいう連中が蔓延る上に、そういう輩に限って保身の術に長けているのだから……。
……。
あれから暫くして……国境付近にシバレリアからの使節団が現れたという報告を受けた。
今回は友好の使者だとして、他ならぬ伯母上が本当に代表を務めているらしいね。
……正直気が重いよ。
どれだけの被害が出るのか判らないから。
まあ、それでも一度は世界を救った救国の英雄。
余り無碍にすると、文句をつけてくるであろう輩が沢山居るのがなんともね……。
「それにしても、遅いね」
「……大変よぉ!?」
歓迎会用に飾り付けた大広間で支持を出していた僕の元に、
レンちゃんが血相変えて飛び込んできたのはそんな時だった。
……一体何事だろう?
「王都入り口で、マナ様が立ち往生してるわぁ!……凄い事になってるわよぉ!?」
「な、なんだって!?すぐ行くよ!」
伯母上……今度は一体何を仕出かしたんだ!?
これ以上問題を起こされると流石の僕も庇いきれないんだけど……。
……。
「これは、酷いね……」
「何て言うかぁ……もう、これはぁ……」
王都入り口には、黒山の人だかりが出来ていた。
……そして人々は口々に伯母上を責め立てている。
「今更何しに帰ってきた!?」
「裏切り者!」
「もうアンタの居場所、無いから!」
「いざと言う時は俺達の事を助けてくれると思ってたのによ……!」
「散々迷惑かけて、いざと言う時は国ごとポイかよ!?」
「……えーと~。皆、どうしたの~?」
伯母上は現状が読めていないようだ。
当然だろう、このマナリアに今まであの方を悪く言う人は、表立っては一人も居なかったのだから。
だが、庇い立てをしていた宰相も父王ももう居ない。
更に国が二つに割れる国難の際にはさっさと国を捨てて出て行ってしまった。
……無論、それなりの理由がある事を僕は知っている。
だが、一般大衆にそれを理解せよというのは少し酷だよね……。
「あの~。通してくれないかしら~?」
伯母上が混乱しつつ歩み出て、道を封鎖する民に話しかける。
……逆にシバレリアの他の代表者はすっと後ろに下がったようだ。
巻き込まれないための処置なのだろうが……それもまた情の無い事だね……。
こうなる事が判っていたって事だろうし。
「嫌だね!」
「迷惑かけるだけなんだから……帰ってよ!」
「カ・エ・レ!カ・エ・レ!カ・エ・レ!」
「うっせー!腐ったトマトぶつけるぞ!」
「腐った生卵もね!」
「ついでに馬の糞も食らわせてやらぁ!」
「あ、じゃあ俺は石投げる!」
……本当に投げた!?
「ひ、酷いわ~」
腐ったトマトや生卵をぶつけられ、伯母上は涙目だ。
……自業自得では有るのだが……少々やりすぎだね。
確かに真面目に憤っている者は多い。
30年に渡って耐え続けてきたのだからそれも頷けるよ。
でも、何割かはただ面白がっているだけだ。
集団心理と言うものは厄介だね。なにせ何処までもエスカレートしてしまうのだから。
……そろそろ止めないと拙いな。
全身泥まみれになった伯母上の瞳に涙が浮かんで来ている。
一応祖国の国民だという事で、それなりに耐えてくれているようだけど、
それも何時までもつのか……唯でさえ堪え性の無い人なのだし。
もし、伯母上が切れたらどうなるのか。
判っている人間はそう多く無いだろうしね……。
「まあ待つんだ皆。伯母上がこうなったのは元を正せば僕らマナリア国民が甘やかしたからだ」
「王子様か?五月蝿いよ。だからこうやって!今から、躾けてやってるんだろうが!」
怒れる民に僕の声は届かない。
伯母上に対する投石はその頻度を増すばかりだ。
……顔にさえ痣を作りながら、
伯母上は震えつつその場に立ち尽くしている。
「お、伯母上……」
「……らないわ~」
え?
「こんな子達の事なんか…もう……知らないわ~!」
伯母上が両手を上に!?
まさか!
『我、星の海より水を掬う』
これは、まずい。
伯母上が……切れた!
『汲み上げるは天の川。溢れ、零れてこの地に落ちる』
「な、何か知らないがやばそうだ!逃げろォッ!」
「ひ、ひいいいいいっ!」
「畜生!疫病神め!疫病神めえええええっ!」
暴徒が逃げる。
愚かしい。伯母上を今回ここまで追い詰めたのは間違いなくお前たちだよ。
何故この30年間、誰も伯母上に意見できなかったのか……色々な理由はあるが、
その際たるものを理解できなかったのだろうか?
あの方こそ、マナリアが生んだ対魔王用の……最終兵器、なんだよ?
『されど、その一滴は象より重く』
一撃で街をも崩す究極魔法。
話には聞いていたが、発動前だというのにその魔力の本流に飲み込まれそうだ。
……頭上には巨大な魔方陣。
シバレリアから来た他の者は、逆に伯母上の周りを取り囲みだした。
くっ、発動を阻止させないつもりなのか!?
『降り注ぐ驟雨は災厄の日を産み落とさん』
天上の光はその強さを増す。
……恐らく、もう止められないね。
『審判の日よ、我が呼び声に応え今ここに来たれ!』
僕は暴食の腕を掲げた。
魔力を食い尽くす宰相の切り札だ。
……今から来る破壊の嵐に耐えられるかは判らないが、
何もしないよりはマシだろう。
『星空よ、降り注げ!……流星雨召喚!(メテオスウォーム)』
そして、
……天が、降ってきた……。
……。
ここは、
どこだろう?
「……ふえええええん。皆が、皆が虐めるのよ~」
「……ょうぶですよ、大丈夫。わたくし達が付いておりますから」
……気が付くと、僕は瓦礫の中に居た。
どうやら直撃は避けられたようだが、崩れてきた城壁の下敷きになったようだね。
四肢はきちんとあるようだけど、片足の感覚が鈍い。
暫く歩けないかも知れないな。
「そうなの~?」
「ええ。どうやらこの国の人達は全ての責任を貴方に被せたいようですね」
「酷いわ~」
「ですが安心して下さい。わたくし達は30年来の友人。貴方が国に戻れるようサポートします」
瓦礫の外から声がする。
伯母上と……この声は大司教?
幸か不幸か僕は今動けそうも無い。
黙って聞いている他無さそうだね……。
「有難うねクロスさん~でも、私は国を捨てた人間だし~」
「そもそもそれがおかしいのですよ」
「え~?」
「そもそも貴方がこの国を追われたのは旦那さんがティア姫に付いた為」
「そうね~」
「ですが、国は再び元の姿に戻った……ならば帰れない方がおかしいのではないですか?」
「……そういえばそうね~」
……段々と、僕にも今回のカラクリが読めてきたよ。
そうか。今回の一件……伯母上をシバレリアに完全に取り込むための策だったのか。
北部領土云々はきっかけと、真の目的を覆い隠すダミーに過ぎない。
そう考えると、一部とは言えカルマ君に渡したのも頷けるね。
しかも、話の流れからすると伯母上の意識上、国籍はマナリアのままじゃないか!
呪いの効果"全ての善意が自国民に不幸として襲い掛かる"
を我が国に押し付けつつ、その魔力は己の物として操る心積もりなんだね……。
……30年来の友人が聞いて呆れるよ。
「今はまだ、シバレリアに滞在されるといいですよ。……いずれ祖国に帰れる日も来ます」
「それは、何時なのかしら~」
「切り札の準備が出来たら、ですかね。まあ、数年もあれば何とかなりますよ」
「そう~。じゃあもう少しお世話になるわね~」
……馬車がこちらにやって来ているようだ。
馬の蹄と車輪の音が近づいてくる。
「では、先にお戻り下さい……わたくしは、少し用がありますから」
「判ったわ~」
……遠ざかる馬車の音と、代わりに近づいてくる人間の足音。
「お見事ですな。これでロンバルティア王家に対する国民の信頼は地に落ちたでしょう」
「貴方がマナリア側の代表者ですか?」
「ええ、そういう事になります。まあ、今はまだ一介の侯爵に過ぎませんが……」
この声は聞き覚えがある。
まあ、よくある蝙蝠的な応対で危機を乗り切ってきた類の人間だ。
元々ロストウィンディの傍流でありながら、時に応じて各家の間を綱渡りしていた筈。
実際の所、伯爵級以上の貴族階級はすべて血縁と言っても過言では無い。
後は血の繋がりと利権の絡みで派閥が決まっているだけの事。
……そして、シバレリアの皇帝はロストウィンディの傍流。
なれば、こうして尻尾を振る輩が出てもおかしくは無い……か……。
「……我が帝国に従って頂ける方は、全員指定の避難場所に隠れて頂けていますか?」
「無論です。そして我々は新たなる……いえ、真に正当なる主君を迎え入れる用意があります」
よくもまあ、僕の目の前で言えたものだね。
まあ、僕の存在に気付いていないから言えるんだろうけど。
「そうですか」
「ところで宰相殿……我々の今後ですが」
「ええ、約束どおり望む位を差し上げますよ。ただしわたくし達がこの国を占領してからですが」
「はい。承知しました。……時に、それは何時ごろで?」
「まあ、数年後でしょうね」
「なっ!?幾らなんでも遅すぎでは無いでしょうか」
「……文句がありますか?戦力の準備の他に、民が我々を受け入れる下地を作らねばなりません」
「下地?」
「わたくし達は、所詮侵略者と言う扱いです……それを救世主と変えるのは長き貧困しかない」
「……成る程。長く食うにも困り続けた国民なら、食料を配るだけで懐くという訳ですな」
なんと言うことを、考えているんだ……!?
そんな事をしても本当に民が懐く筈も無い!
いや、何か腹案でもあるのか?
「……あくまでマナさんがこの国の王族であるからこそ成り立つ下策ですがね」
「は?ああ、市民を扇動した事ですか?確かに見事なまでに動いてくれましたが」
「ああ、何でもありません。ところで我がシバレリアはもう少し戦力を整えねばなりません」
「そうなのですか?」
「ええ。マナさんを取り込むため危険な橋を渡ったのもそのひとつ」
「ははは、成る程。その結果がこの王都の状況な訳ですな?」
何故笑っていられるんだ……。
ここはお前の故郷でもあるのに。
「流石にこれを望んでいた訳では有りません。可能性の一つとして想定はしていましたがね」
「ははは。まあ、想定していた時点で望んでいたも同じですがな?」
「……かも知れませんね」
「あ、ああ……ああ……」
……何だろう?
今突然鈍い音が?
「ですが……私はあなた方のように身の保身の為だけに動いている訳ではない!」
「ぐはっ!ま、待て!私を殺したら今までの苦労が台無しになるぞ?」
ああ、そうか。
大司教が彼をメイスで殴っているのか。
「知りませんよ。それにまだ、太ったネズミは残っていますし」
「わ、我々をネズミ呼ばわり!?」
「ええ……共生主義に貴族は不要。お仲間もいずれはこうなる運命ですからご安心を」
「き、貴様、グボォッ!?」
幾度も続く殴打音。
淡々と続けられるそれは、それだけに彼の怒りの凄さを物語っている。
「……出来れば信仰の道によって理想を追いたかったですよ」
「ふごぉっ!?」
「ですが、呪いの為にそれは無理。ならば」
「ぐほぉっ!?」
「現実的に。力で押さえつけて実現させるより……他に無いでしょう?」
「…………」
殴打音が止んだ。そして……呼吸音が減った。
何が起こったのか、何も見えなくても良く判るよ。
「教会の腐敗は、上層部の壊滅と言う形で成されました。次は理想社会の番です」
「……」
「例え理想では成されないとしても……わたくしは現実的にやりぬきますよ。そう、現実的に……」
「……」
「成さねばならぬ理由も、増えましたし、ね」
足音が小さくなっていく。
……どうやら大司教……いや、宰相クロスは帰還したようだ。
「しかし、えらい事になったものだね……」
偶然とは言え、僕はシバレリアの意思を……望みを知った。
呪いのせいで理想を追えないから、現実的な手法で理想社会を目指す、か。
どの辺が現実的なのか僕には判らない。だけど、彼の中ではそれが現実的なんだろうか。
……ふと思いつき、小さく声に出してみる。
「でも、それさえも君の理想じゃないのかな。大司教?」
そこで僕は力尽き、意識を手放す。
「ああぁ!王子様、居たわぁ!?」
「ほりだす、です!」
薄れ行く意識の中、レンちゃんとアリシアちゃんの声を聞いた。
ねえ二人とも、聞いて良いかな?
僕の国は……マナリア王都は、どうなった、かな……。
……残念ながら、口に出す前に意識が飛んじゃったんだけど、ね。
***大戦の足音シナリオ4 完***
続く