幻想立志転生伝
65
***大戦の足音シナリオ2 帝国よりの使者***
~傍迷惑お婆ちゃん襲来~
≪side カルマ≫
トレイディア商王国の成立から暫しの時が流れた。
リンカーネイト始まって以来の危機が訪れようとしているとの急報が入ったのはその頃だ。
俺達が執務室で書類の山に埋もれていると突然アリシアがすっ飛んでくる。
……一体何事かと思ったのもつかの間。
その口の継げた言葉に俺達は驚愕せざるを得なかった……。
「シバレシアの使者!?それもマナさんとスーが!?」
「そう、です」
「もう一人モーコ族の知らない人が来るみたいだけどそっちはどうでもいいと思うであります」
「それと、途中から一緒にタクトのおじちゃんも合流してこっちに来るって話だよー」
「で、用件は!?」
「例のマナリア北部領土の帰属問題についてだってさー。でも、それって表向きの話だって」
「本当の目的は、ルーンハイムの叔父ちゃんのお墓参りでありますね」
ジーザス!
旦那の墓参りじゃ断る訳にもいかないじゃないか!?
あー……これで、もしこっちで暮らしたいとか言われたらとんでもない事になるぞ!?
「マナ叔母ちゃんが向こうで上手くやっていられたのは、向こうにお金が無いからであります」
「あのみがってさ。すみつかれたら、まずー、です」
「兄ちゃ。正念場だよー……」
判ってる。
マナリアで問題が起きなかったのは王族であり英雄であったゆえ。
更にマナリア国民に僅か5歳で戦場に送り出したと言う負い目があったからだ。
後は宰相の思惑も絡んでいたっけ。
それと……いざと言う時の最終兵器という意味合いもあったろう。
ま、そちらは見事に裏切られた訳だが。
そしてシバレリアで上手くやっているのは基本的に力が全てと言う部分があり、
更に金銭のやり取りが無いから。
金を払うと言う概念の無い人ではあったが別にケチでは無いらしく、
持ち物を普通に欲しい、と言われたら結構OKが出るらしい。
お陰で結果的に、物々交換は意外と成り立っているのだとか。
……ルンとフレアさんの時のように他人の物でも構わずあげてしまう事もあるらしいがな。
さて……見ると玉座の横でルンが冷や汗をかいている。
呪いの真実を知った以上、母親の来訪も素直に喜べないんだろう。
相変わらず不憫な事である。
「総帥。ともかく会見はサンドールで行いましょう。首都に連れて来るのは最悪と言えます」
「そうだね。そしてレキではお墓にだけ連れてって、その脚で帰ってもらうしか無いよ」
「……お母様を長居させる訳には行かない」
嫁三人(含む実子)からの余りに手酷い評価であるが、俺としても同意見だ。
あの人をほったらかしにしておくのは爆弾を街中に放つに等しい愚行である。
しかし、無碍にするには余りに関係が近すぎる。
まったくもって困ったもんだ。
「しかもスーまで来るのかよ」
「なんか、おみあい……とかぬかしてる、です」
「しかもマナ叔母ちゃんがであります」
あの人は本当に何を考えているんだ!?
普通なら一番反対するべき立場だろうが!
自分で決めた娘の旦那に別な娘を宛がおうとするなよ?
「先生」
「何だ?」
「あの子だけは駄目」
「判ってるって」
またルンの目からハイライトが消えた。
横からこちらを覗き込むようにして懇願と脅迫の中間のような感じで話しかけて来る。
……判っていた事ではあるが、ルンとスーは根本的に相性が悪いらしいな。
「スーもルンの事になるとアホの子が途端に嫌な女になるからな……」
「まあ、いちぞく、ほうかいさせた、かたきのこ、ですから」
「ただ、その恨みを一身に背負うべき叔母ちゃんはスルーしてるのが不思議であります」
そうだな。
そこも含めておかしな話だと思う。
……まあ、おかしいのはネジの外れかけた頭そのものかも知れんがな?
「ともかく、アクアリウムに迎えるのは危険過ぎだ。サンドールにて迎え撃つ」
「いや、むかえうって、どうする、です?」
「気持ちは判るで有りますけどね」
その時、ホルスが部屋に入ってきた。
「主殿。マナ様がお出でになるとお聞きしましたが……歓迎は如何いたしますか?」
「総帥、父はあの方との直接面識が無いからそんなことが言えるのです。対策を考えるべきかと」
ホルスは歓迎をするつもりらしいがハピは対策を立てるつもりらしい。
まあ、外交官としての適正はともかく、家柄は凄いしこちらとしても肉親だ。
俺としては歓迎の準備と叩き出す算段を同時に付けておくべきだと思っている。
「おやこかんで、なんという、おんどさ、です」
「まあ、あの性格は一度向き合わないと理解しがたい物があるでありますからね……」
全くだ。
相手は我が侭姫のまま大人になってしまった上、戦闘能力も法外と言う化け物だ。
その行動原理を理解するのは至難の技だといえよう。
だが、子ども扱いする訳にも行かないと言うジレンマ……。
と、頭を抱えているとルンが肩に手を置いてきた。
「お母様はどうにでもなる。むしろ泥棒猫のほうが問題」
「いやルンちゃん。僕としてはルンちゃんのお母さんは煮ても焼いても食べれないと思うけど」
「そうですねアルシェ様……時にルン様。泥棒猫とは?」
あ、ハピ。
その話題は拙い。
「……義妹の事。先生を独り占めしようとしてる」
「そうなんだ。弓持ってくるね」
「おおっぴらに毒を盛れないのが悔しいですね。私が何年待ったと……」
「ねえちゃ!?ハピ!?おちついて、です!」
「にいちゃが愛されてるのは良いとして国際問題になるであります!」
『勘が鋭すぎて小蟻を頭に侵入させる事も出来ないんだよね、あの二人。困ったものだよー』
突然スーの暗殺計画を練り始めた嫁三人+αに驚愕するも、
止めたら浮気を疑われそうなのであえて何も言わない俺が居る。
ただし、いざと言う時は……と思いつつホルスを見ておくと、
……ホルスは一瞬の戸惑いも無く、力強く頷いた。
うん、頼りになる宰相だ。
「それよりマナ様への対応を考えなければいけないのでは?」
「……そう言えばそう」
「ともかく、呪いの件も心配だし、道案内を付けて勝手な行動はさせちゃ駄目だと思うよ」
「言えていますね。では百貨店の時のせいで対応に慣れている私がエスコートします」
「ばしゃ、ようい、です。よけいなところ、あるかせる、だめです」
「効果はわかんないけど、夜はお酒飲ませまくってさっさと酔い潰すべきだよねー」
ま、無難な線かな?
とはいえあの人の事だ。
予想外の行動でかく乱してくるくらいは予測しておかないといかん。
……突然、"あれ、なにかしら~?"とか言いながら馬車から飛び降りたって、
俺は不思議に思わんからな。
「まだ到着までの期日はある、各自対策を考えておいてくれ。さて次はスーだな」
「……あれは人の話を聞かない」
そんな訳でマナさんに関しては余り考えても裏をかかれるだけだと判断し、
今日のところは態度を保留する事にしておく。
……次はスーの問題だ。
懐かれたのは良いがルンと相性が悪過ぎる。
断っても諦めないし困った奴だと思う。
「あたしには、ルンねえちゃの話は聞く気が無い、と言う風に見えたでありますがね」
「いがいと、けいさんだかい、かのうせい、あるです」
「だよね。最初から兄ちゃを狙ってた可能性もあるよー」
……そう言う考え方もあるのか。
思えば俺を落とした上でマナリアを手に入れれば大陸中部から南部は手に入れたも同じ。
アイツはシバレリアの系列である以上大陸の制圧はそれで完了だ。
そうなると、あのお馬鹿モードは擬態なのか……?
「……情報が足りないよー」
「ともかく、いろいろ、しらべておく、です」
そうだな。判断材料が足りない状況下での判断は危険だ。
「頼む。だが、出来るだけ早く情報を集めてもらえるか?」
「あいあいさー、であります!」
さて、歓迎会と会見のセッティングだ。
宿舎もサンドール城内は危険なので何処かの一流ホテルに犠牲になってもらおう。
後は防諜体制を強化し、避難経路の設定も急がないといけないだろうな。
それと忘れちゃいけないハイムの対策。
斧持って"魔王だ!"とか言われたら何がどうなるか判らん。きつく言い聞かせておかねば……。
……忙しくなりそうだな。
……。
さて、あの恐るべき情報を得てから数週間が経過した。
既に使節団はシバレリアを出立し、各地を巡りながら南下している。
行く先々で台風のような扱いをされているとの事だ。
あちこち寄ってから来るそうなのでまだ日付に余裕は有るが、
出来る限り早めの対策が必要であろう事は疑う余地も無い。
「宿舎の建設は完了であります。やはり誰かを犠牲にする訳にはいかないでありますからね」
「おじちゃんのお墓に行く為の"内側からは扉が開かない特注馬車"出来たよー」
「おりょうりの、こんだて、きまった、です!ねむりぐすりも、ばっちり、です!」
刻一刻と近づくXデーと、着々と進められる迎撃準備……。
まるで戦時下のような緊張感が、
マナさんの被害を抑えるべく緊急隔離されたサンドールの一部に走っていた。
因みに俺はサンドール王宮につめている。
家族全員も一緒にだ。
敵は強敵。まさしく国が一つになって当たらねばならないのである。
「スーのじょうほう、あつめた、です」
「以前から調べてはいたけど、今回の事に合わせ監視と情報収集を強化したのであります!」
よし、じゃあ早速教えてくれ。
敵を知り己を知れば百戦危うからず、ってな?
「まず、あのせいかくは。あるいみ、ほんもの、です」
「正確に言うと崩壊した精神をマナさんが再教育?したっぽいであります」
詳しく話を聞いてみると、幼少時別部族に客人と言う名の小間使いとして嬲られていたらしい。
思えば叩かれ慣れてる様な物言いが有ったがそういう事なのだろう。
で、気が狂って精神崩壊していた所をマナさんに拾われる、と。
「で、なんであんな性格に?」
「それが……」
「要するに、腕白でもいい。逞しく育って欲しい……と言うか放任でありますよ」
ふむふむ。
要するに、身勝手でも良いから元気な生き方をしろと諭した訳か?
確かに絶対的な力の持ち主がバックに付いた以上、好き勝手な生き様も出来たろう。
今まで虐げられていた反動でああなったが、確かに以前より幸せにはなった訳か。
……心も体もボロボロの少女を拾って文字通り再生したと言うのは凄いと思うが、
それで傍迷惑な上に頑なな性格になって、挙句自分の実子を苦しめてれば世話が無いのだが?
"いい?スーちゃん。恋をしたらどんな手を使ってでも相手をモノにしないと駄目よ~"
"馬鹿母さん、わかったゾ"
ああ、何となくどんなやり取りがあの親子間で行われていたのか幻視しちまったよ……。
頼むから周りの迷惑ってもんを考えて欲しいもんだよな。
「因みに……にいちゃの事もこの間相談していたであります」
「すきになったひとに、おくさんがいたとき、どうするか。って、いってた、です」
「返答は"相手が誰であろうと遠慮しちゃ駄目よ~?"だったけどねー」
ヲイヲイヲイヲイヲイ……。
「……お母様……」
「遠慮させなきゃいけない相手だと僕は思うんだけどな?」
「あの方の鶏頭を舐めてはいけません。本当にその場限りしか考えていない節が有りますから」
本当に、ろくな事をしない人だ……。
いや、相手がルンだと知らない可能性も残ってる訳ではあるが、
呪いの云々は別として、元々傍迷惑な性格をしていたと言う可能性は高そうだな。
……これで根っからの悪人、かつ無関係な相手だったらどんなに良かったろう。
そしてこのシチュエーションがルン達と出会う前だったらどんなに良かったろう。
なんだかんだでスーも相当に可愛いのだ。
しかし現実にはあの人には悪気なんぞ一欠けらもあるわけが無く、
また、今の俺にルンが、ルン達が傷つくような選択肢を選ぶ余地なんか無い。
そんな訳でただひたすら困ると言う事態に直面してしまったと言う訳だ。
「勇者が来ると聞いたぞ父!」
「迎え撃つのですよー」
そして、それ以上に頭が痛いのがコイツ等。
魔王と側近たる羽持ちの妖精モドキ(本性はミツバチ)と来たものだ。
すっかり興奮して戦闘準備に余念が無いが、それを認めるわけにはいかん。
なにせ勇者VS魔王で勝てる気がしないし、出来れば何処かにしまっておきたい。
……しかし、それ以前に会わせない訳にも行かないのだ。
だってこの孫と祖母、一度も会った事が無いのだから!
「ふははははは!マナよ待っておれ、30年前の借りを今こそ返さん!」
「お供するのですよー。とりあえず落とし穴ですかねー?」
……ハイムよ。来るのはお前の婆ちゃんで、
しかも一応正式な国家間の使者だ。
どう考えても喧嘩を売られているような気もしないでも無いが、
それでも外交官を殺すのは国の恥って奴なんだよ……。
要するにだ。
「アホかーーーーッ!」
「ふぎゃ!?痛いぞ父!」
「殴られたのですよー」
この阿呆を何とかせんと後が怖すぎるって事だ!
「自分の祖母をぶっ殺してどうする!?」
「……それは盲点」
「ならば寝てる隙に……おにーさん、冗談なのですよー」
がっしとハニークインの頭を掴み上げる。
軍師気取りの腰巾着にも多少言い聞かせておかねばならんか!
「いいか二人とも?相手は使者なんだぞ……無礼が無いようにな」
「むう。止むをえん。今回は大人しくしておく。ハニークインもそうしてたもれ?」
「ま、魔王様がそれでいいならハニークインちゃんに否応は無いのです!判ったのですよー」
宜しい。
さて、もう一つくらいマナさんの行動を制御する為の策を用意しておいた方がいいよな?
……そうだな、たしかアレの修復がそろそろ完了する。
ついでだ、テストも兼ねてぶつけてみるのも一興か……。
……。
どんなに望まなかろうが、運命の時はやって来る……等と思わず現実逃避に走りそうになる。
そんな自分を抑えながら俺は現在サンドール城門前に立っていた。
今日は、マナさん率いるシバレリア使節団の到着予定日なのだ。
「マナ叔母ちゃんの乗った馬車、見えてきたよー」
「ああ、判ってる」
「御者の人かなり疲れてるね。可哀想に」
アリサの声を合図に遠くに小さな豆粒が現れた。
あれがマナさん達の乗っている馬車か……。
軽く目を細めながらアルシェが言うように、
恐らくここまで共をしてきた人たちは疲れ果てているのだろう。
あのアクの強い連中を連れての珍道中……想像しただけで血の気が引いていく。
「……お母様」
「ふむ。勇敢な娘ではあったが、30年でどう変わったか」
俺の横ではルンがハイムを胸に抱いている。
で、当のハイムはと言うと過去の記憶に思いを馳せているようだ。
「能天気な割りにアクセリオンの指示には良く従っていたが……まあ、傍迷惑さは変わらんか」
「流石に勇者のリーダー格にはキチンと従ってたのな」
「……言い含められていたって、聞いた事ある」
へぇ。まあ考えてみれば当然か。
父親か宰相辺りにアクセリオンに従え、とでもと言い含められていたんだろう。
齢5歳で魔王と戦うとなると、時間的に頭の中には魔法のスペルしか入ってなかったろうし、
戦い方まで教える余地は無かっただろうからな。
更に宰相がマナさんの頭に仕込んでいた強制的に思考を操る系統の術の存在もある。
そっちでの強制も考えられるか。
「ま、当時5歳だったんでしょ?自分で考えて動ける訳無いし、戦術としては妥当だと思うな」
「うあー」
「そうですね。願わくばそのまま人の言う事だけ聞いて下さるだけの方で居て欲しかったですが」
グスタフを抱きかかえたアルシェが一応弁護めいた事を口にするも、
ハピから一刀両断にされていた。
うん、流石はハピ。マナリア赴任時一番迷惑を被っていただけの事はあるな。
「まあまあ、落ち着いてよー……さて、そろそろ叔母ちゃんが来るよー」
「……気合入れるであります」
「けいかいしつつ、ひょうめんじょうは、えがお、です!」
アリサ達はと言うと、一見何時も通りだが僅かに冷や汗をかいていた。
俺も掌の汗が収まらない。
……ここはマナリアではない。
俺達の街なのだ。崩壊させる訳には行かない。
「このサンドールもまた、今では俺の場所だ……潰されはしないぞ」
「……ん」
「父、母。そんなに酷いのかマナは」
「はーちゃんは僕らと違って、今のあの方と会って無いもんね」
「そうですね……そこは直接お会いすれば判るかと存じますよ姫様」
「うあー」
「ぐーちゃんはあたし等が守るからねー」
「きあい、です」
「武者震いがするであります」
……馬車が少しづつ近づいてくる。
疲れ果てた顔の御者が印象的だ。
「あれ?あれあれあれ?」
「アルシェ?」
突然、アルシェが一歩前へ歩み出た。
そして、額に手を当てて馬車のほうに目を凝らす。
「……おじさんだ」
「うあー?」
おじさん?
……と、思う間も無くアルシェが馬車に駆け出すので、
当然俺たちも後れて付いていく羽目に陥っていた。
「タクト叔父さんだよあれ!おーい、元気だったー!?」
「あ、ああ……アルシェか……げ、元気だったぜ」
元気って……何処がだ!?
何処かビリーと似ているその顔立ちだがすっかり頭がさびしい事になってしまっていた。
更に気が弱いのだろう、後ろを軽く気にしながら馬車を走らせているが、
その額からは常に冷や汗が流れ出ていた。
と言うか。あの人もまたVIP待遇の筈。
なんで御者なんかやってるんだよ!?
……タクト=コンダクター!
「よ、よう。俺が、た、タクトだ。……せ、世話になるぜ」
「相変わらずどもるんだ。ところで鍵師の技と会計の技術はさび付いてないよね?」
「うあー」
これは予想外だ。
早速マナさんの応対を、と思っていたら……。
「あ、ああ。それは信じてくれても、いい。く、くく……げ、元気かグスタフ……」
「うあ、あうあう」
「あはは、ご機嫌だね。どうかな?家のぐーちゃんは」
「ん、んー、何度見ても、可愛いと、思うぜ」
「ふふふ、はじめて見たくせに何言ってるんだか……でもありがと」
ああ、ここにも馬鹿爺がまた一人。
ビリーが名目上の義父だとしたらこの人は実質的な義父なんだという。
昔両親から逃げたアルシェが拾われたのがこの人の率いる部隊だったのだとか何とか。
国が潰れるまでは傭兵国家中枢から動かないような傭兵らしからぬ男だそうだが、
金勘定の腕は中々確かで、ビリーの側近かつ傭兵国家の会計責任者でもあったそうだ。
因みにアルシェは事あるごとに便宜を図ってもらっていたらしい。
それで何の問題も起こさず傭兵王との関係も良好だったのだから、かなりやり手なのは間違いない。
そんな事を考えていると、タクトさんは少しオドオドしながらもこっちに手を差し出してきた。
当然の事ながら、こちらも握手。
それを持って返答代わりとする事にした。
「た、タクトだ。御者が、に、逃げちまったんで代役をしてた」
「そうか……リンカーネイト王カールだ。カルマと呼んでくれ」
「お、おう。リンカーネイトの国王さんか……さ、早速だがビリーから頼まれ事を預かってきた」
「頼まれごと?」
我ながら怪訝な顔をしていたと思うが、タクトさんはそっと近寄ってきて耳元で囁く。
「な、何も言わずに技術を、ひ、一つ渡してくれ……それで、お、俺は向こうと……縁切りできる」
「向こうって、シバレリアか……ああ、傭兵王が行ったんだよな」
「そ、そうだ。一応俺は向こうからの、す、スパイって言う扱いなんだよ」
「正直だな」
「と、途中でばれる事を考えると、お、恐ろしくてな……で、だ」
「それで一つくらい手柄を立てて、万一の際の保険としてからこっちに寝返ると?」
コクコクとタクトの叔父さんが首を縦に振る。
ズル臭いが、生き延びるには悪く無い手だ。
こっそり動かれるよりはずっと良い。
……ま、後で適当に何か見繕うか……。
「どうも。リンカーネイトの国王よ。私はテム=ズィン。モーコの大酋長」
続いて出てきたのはモーコ族の代表者のようだ。
少々神経質そうな表情で動物の皮から作った民族衣装に身を包んでいる。
「これは我がモーコからの贈り物。これがあれば戦場での騎兵の動きが何倍も良くなるだろう」
「両端を丸く結んだ縄?」
「馬に乗る時背中に乗せると、両足を乗せる事が出来る。乗りやすさが上がるのだ」
「鞍無しの鐙か」
……酸素欠乏症にでもかかっているのかこの男は。
悪いがこの世界では随分前から鐙を普通に使っている。
ここは、こんな古い……とでも言っておくべきだろうか?
あ、いや……ある意味大きな贈り物かも知れんな。
相手側の諜報能力と技術力を測れる。
これが本気の最新技術ならマナリアの騎兵の装備を知らない事になるし、
もし、自分達の技を隠蔽する気だと言うなら、
マナリアからこちらへその程度の技術すら流れていないと考える程度の頭しか無い事になる。
逆に自分達の諜報能力が低いと思わせるための策の可能性もあるがな。
ともかく相手の分析には、ある意味これ以上のものは無いのかもしれない。
「わざわざ持ってきて頂きありがたく思う。返礼には我が国の誇る新鮮な果物でもいかがか?」
「それはありがたい。これは私が開発したモーコの先祖伝来の技の結晶。大事にしろ」
……大事にはさせてもらう。
主に博物館の所蔵品としてだが。
ま、時が経てば歴史的価値くらいは出るだろ。
「ところで皇帝からの親書を預かっている」
「おあずかり、です」
「あたし等が案内するのであります。宰相が居るのでそっちまでどうぞでありますよ!」
あ、アリシアとアリスが耐えられずに逃げやがった!
「頼む……あの娘達の相手は疲れる……」
「ではでは。です」
「じゃ、にいちゃ、後は任せたであります!」
モーコのオッサンも逃げた!?
どいつもこいつも凄いスピードでこの場から遠ざかっていくんだが!?
はっ!そうだ……マナさんとスーは!
「く~」
「うな……おなか一杯なのダ……」
「寝てる、よー」
「遊びつかれたのかよ!」
何この肩透かし?
いや、考え方を変えろ俺。
「あの人ならありそうだよね」
「うあー?」
「……起こす必要は無い」
……ルンの言葉に反応した全員が一斉に首を縦に振る。
そうだ、疲れて寝てるならそれに越した事なんかあるわけが無い。
馬車の中で仲良く並んで寝ている義理の親子を起こさないように移送すべし!
「……はぁ」
「ルン姉ちゃ……何ていうか、頑張れー……」
後ルン、何ていうかホントに頑張れ。
俺からもそれだけしか言えん……。
……。
さて、翌日である。
ゆっくりと眠り姫を起こさないように、崩壊前提の特注宿舎まで連れてきた俺達は、
同じようにそこで眠りに付く事になった。
そして今日は朝から外交交渉に精を出していると言うわけだ。
因みにすっかり眠りこけたまま一晩を過ごしたアホ親子は現在幸せそうに朝食を摂っている。
まともに外交する気なぞ最初から無いようだ。
「で、だ。宰相殿としてはこの国でも共生主義を採らないかと仰せだ」
「家の国としては承服しかねるね、国の根底に関わるから。ただ、ご意見はありがたくだよー」
「そうか。ならばせめて国境紛争でマナリアに働きかけを……」
「俺たちに出来るのは双方が交渉のテーブルに着くのを後押しする事だけだな……」
で、代わりにモーコのテムさんが一人孤軍奮闘してる。
……もしやこの人がシバレシアの苦労人担当か?
まあクロスもマナさんが外交なんて出来るとも思って無いだろうし、
外交官としてはこっちのほうが本命なのだろう。
「うあー!うあー!」
「い、イタタタタ。グスタフ、ひ、髭を引っ張るなよ……く、くく、元気な奴だ……」
「叔父さんはこのままこの国に住むんだよね?」
「ん、そ、そうだ……こ、この国が最終的に、い、一番安全そうだからな」
「そっか。チーフも来れば良かったのにね」
「そ、そうしたいが。ま、まあ昔馴染み直々の要請だ。む、無碍にも出来ないだろ?」
「それもそうだね。ま、ゆっくりしていってよ。仕事は手伝ってもらうけどね」
タクトさんはすっかり楽隠居モードでくつろいでいる。
まあ、自他共に認めるスパイだし住むならサンドールにしてもらうか。
旧傭兵国家……黒翼大公国じゃ影響力が強すぎて、
万一の時に蜂起でもされたら一大事だからな。
とりあえず臆病な性格をしているようだし、後方の方が好きそうだから問題にはならないだろう。
だが、問題はこれだ。
こっちが真面目な話をしている横でテーブルと朝食を所望するお馬鹿二人!
「お代わりちょうだいね~」
「スーにもだ!」
「……はいこれ」
ルンが、ルンがお代わりのスープに指を!?
「なんだ。お前か。指が入って汚いナ」
「……いらないなら下げる」
ああ、なんだこの暗闘。
どうやって収めろというんだこれ?
「あらあらあら。じゃあ私が貰っちゃおうかな~」
「ば、馬鹿母さん!?」
「……お母様」
おおっ、マナさんがスープを奪って飲み干した!
これが母か。これが母の仲裁なのか?
善意が大問題を呼ぶ筈なのに……いや、俺達は他国の人間だから対象外?
「ふう、おいしかったわ~。……ふたりとも仲良くしなきゃ駄目よ~、姉妹なんだから~」
「しかしな馬鹿母さん、これとはカーを取り合っているのダ」
「……先生を盗られる位なら、死んだほうが良い」
マナさんは困ったような顔をした。
「そうなの~?駄目よ、仲良くしないと~」
「だが、以前馬鹿母さんは言ったゾ!恋においては全ての戦術が許されるとナ!」
「……そっか。なら仕方ないわね~」
うをーーい!
そんなあっさり論破されるな!
いいのか?この先に待ち構えるのは娘同士の殺し合いだぞ!?
「許しは出たゾ!くたばれルーンハイム!」
「……そう。死んで」
「ちょっ!二人ともストーーーップ!」
こんな事で殺し合いなんかされたらたまらん!
「私達は席を外して別室で話し合ったほうが良さそうだな。マナ様がご迷惑をかける」
「テム殿。そ、そうですね。主殿……お先に失礼いたします」
「あたしも一度退避するよー。後よろしくー」
ああ、そうしてくれ。
かなり見苦しい事になりそうだしな。
っと、今度はハピが歩み出てきた?
何をする気だ!
「いいですか?貴方が彼女を嫌うのは勝手ですが、現在貴方は国を背負ってここに居るのです」
「む!?誰だお前は。スーの邪魔をするナ!」
「ハピと申します。ところで貴方は冬の部族の長だとお聞きしましたが」
「そうだ。だが部族は馬鹿母さんのせいで住む場所を失くした」
「私は謝ったから許してもらえたんだけど……そうだ。ルンちゃんも謝りなさいね~」
「……何を今更」
だよなぁ。
何の因縁も無い頃なら、むしろルンのほうから頭を下げていただろう案件なのに、
一体どうしてここまで拗れてしまったんだか……。
「それに、スーが子供の頃他部族の元で苦しんでいた時こいつはのんびりと生きていたのだゾ!」
「いやまて、何でそれが判る!?」
おかしいぞそれは。
ルンの幼い頃って、酷い虐めと急速な家の没落でかなり泣ける状況だった筈。
何せ15歳の時には既に金策に困り果て、学校を休学して冒険者をしていたくらいなのだ。
それ以前に出来る事は全部していたと言う話を魔道騎兵や青山さんから聞いている。
……叔父である国王に最初の金の無心に行ったのが5歳だか6歳だとか……そんな話しか聞かんぞ?
それなのにのほほんとなんて……ありえん。
「馬鹿母さんが言っていた!あの子は幸せだとナ!」
「そうよ~。皆あの子の事が大好きだったもの~」
嘘だ!
学校で孤立するような娘を皆が大好きなんて有り得ん!
例外は魔道騎兵とか……というか家人の意見だけで判断して無いか?
ルンは小さな頃から使用人の給料の確保に奔走していたらしい。
そりゃあ、家人からの評価は物凄いものがあるだろうよ……。
「スーは許さない。スー達が苦しんでいた時も気楽に生きていたこいつをナ!」
「……黙って聞いてれば、勝手過ぎ」
既にルンも切れ掛かっている。
目の端に涙まで浮かべて……。
「いい加減にしましょうね~。私達は国を背負っているのよ~?」
「おお!マナさん珍しくGJ!」
「いえ総帥。私には更なる混沌の入り口にしか見えませんが……」
その時、マナさんが動いた。
スプーンを置き口をナプキンで拭いた後、そっと立ち上がり、
二人の間に割って入ったのだ。
「ぼ、僕ぐーちゃんを逃がすね!ついでに警戒警報出しておくよ!」
「お願いしますアルシェ様。私はここを動けませんからね」
「や、やっぱりこうなるのかよ……ひぃ、逃げるぞ、逃げないと……」
何かの危険を察知したのか、今度は横で大人しく話を聞いていたアルシェが脱出。
その後ろをタクトさんが冷や汗垂らしながら付いて行く。
「か、カルマ……国王さんよ!あ、後で大事な話があるんだ。じ、時間とってくれ!」
「ああ、判った!後で会おう!」
「叔父さん急いで。巻き込まれちゃうよ!」
「あ、ああ、アルシェ、ま、待ってくれ……」
……出て行ったか。ま、余り大人数居ても被害が拡大するだけだしな。
さて、じゃあ現状を一度整理しようか。
色んな人間が出て行ったお陰でこの部屋に現在居残っているのは、
まずは俺、
ルンにマナさん、そしてスーの親子。
更にハピを加えた五人か。
近くに蟻ん娘の気配も感じるが、流石にこの中に出てくる度胸は無いようだ。
そして、今は一瞬即発のルンとスーの間にマナさんが割って入っている状況だ。
マナさんの一声で事態がどう動くか判らない。
……話から察するに、フレアさんの時と同じく誤解が憎しみの元になっているようだ。
ルンの半生が決して恵まれていないという事を上手く伝える事が出来れば、
スーのルンに対する感情も、かなり和らぐのだろうが……。
「いいかしら~?つまりね~、う~んと、要するに~」
……そちらの期待は出来まい。
俺に出来るのは、被害の拡大を食い止める事だけだろう。
さて、腹に力を入れてこれから起きることに注目するとしますか!
「つまりね。……私は国を代表している以上私闘は出来ないんじゃないかなって思うのよ~」
「なんダ?馬鹿母さんがまともな事を言っているゾ!?」
「……ごくり」
確かにまともだが、俺にも判る。
この次に出てくる言葉はこの場を収められるものでは無いと。
「だからね。公的に戦えばいいんじゃないかなって思うわけよ~」
「公的!?戦争でも起こされるおつもりですかマナ様!?」
「違うわよ~。ズバリ!決闘よ~!」
「マナさん!?どう考えても魔法使いと重戦士の一騎打ちって不公平じゃないのか!?」
「え~?でも面白そうじゃないかしら~」
「面白いか否かで決めるなよ……マナさん、娘の人生がかかってる事に気付いてるか?」
「……?」
「気づいて無いのかよ!?」
不思議そうな顔をするマナさんに、現状を必死で説明する俺とハピ。
後ろで蹴りや剣の風斬り音が聞こえる気もするがとりあえず無視だ。
「そっか。そうよね……ルンちゃんが不幸になっちゃ駄目よね~」
「そうだよな、そうだよな!」
「そこで疑問をもたれるようなら人としてどうかと思いましたが……安心しました」
「じゃあ、もっと平和的でお互いを傷つけないような勝負にすればいいわ~」
「いえ、ですから総帥は私どものものでして、スノーさんに渡す余地は一切ないのですが」
「じゃあね~、かくれんぼ!私が街に隠れるから先に探し出したほうが勝ちって事で~」
「人の話を聞いて下さい」
「と言うか、かくれんぼ……街!?やばい!」
警告する間も無かった。
マナさんは年甲斐もなく、としか言いようの無い超スピードで部屋から飛び出していく。
……窓を突き破って……。
「む!馬鹿母さんが隠れたゾ!よし、先に見つけたらカーは貰うのだナ!」
「あげない……それに先に見つけるのは私」
「ふん!負け犬の遠吠えと言うものだゾ!さらばなのダ!」
「……お先にどうぞ」
続いてスーが壁を突き破って部屋を出て行く。
……頼むからせめて普通に出て行ってくれ……。
「……アリシアちゃん」
「ねえちゃ、よんだですか?」
次はルンのターンか。ルンが手を叩くと床下からアリシアとアリスが這い出してきた。
まあ、マナさん達が居なくなって安心したから、かも知れんがな?
「お母様は、何処」
「かくれてる、です。えっと、アリス?」
「今、旧アブドォラ邸に不法侵入したであります!」
「スーは?」
「隔離地帯を守る警備隊ともみ合いになって三人の軽症者が出てるであります」
「あ、へいたいさん、なぎたおされた、です!」
「足止め工作、急いで」
「はいです!」
対するルンは蟻ん娘どもを駆使する戦術に出た。
……何と言うか、双方本気すぎるんだけど。
「えらい事になりました、が、ある意味想定内なのが何ともいえませんね」
「そうだな。ふう、頭が痛い」
その時、閃光が走り旧アブドォラ邸が瓦礫の山と化した。
って、閃光!?瓦礫!?
……一体何をしたんだ!?
「馬鹿母さん!大人しく捕まるのダ!」
「駄目よ~。さあ、かかっていらっしゃいね~」
「そもそも、見つけたんだからスーの勝ちダ!」
「え~?早過ぎて面白く無いわね~。うん。ここからは鬼ごっこにしましょうか~」
「……アリシアちゃん。あそこに向かう」
「は、はい、です!」
そしてすっかり冷静さを失いつつあるルンがそれに反応して飛び出していく。
逆に部屋に駆け込んできたのはホルスと……モーコのテムさんだ。
「……一体何事ですか主殿!?」
「ホルスか!想定どおりマナさんが暴走した!至急サンドール西部方面の住民避難急げっ!」
言葉の裏には隔離区画だけでは済みそうも無いというニュアンスを入れている。
それに気付いてホルスも顔色が変わった。
住民とガサガサ達を逃がさねばならないのだ。
その手間と後始末の事に思い至ったのだろう、唇が紫になっている。
「ははっ!では急ぎ警備隊へ連絡を!」
「頼むぞホルス。それでテム=ズィン殿、一つ聞きたいが……」
「あの方が暴れた場合、命さえ助かるならどうにでもせよと宰相からのお達しだ」
……そうかい、向こうも予定の内か。
OK、国際問題にならないならそれでいい。
こっちだって別に戦争がしたいわけじゃないんだ。
「ならば良し。ハピ!例の物をあの区画に投入するんだ!」
「はい総帥!イムセティに連絡!例の物を至急動かせと伝えてください!」
「了解であります!」
……さて、やるべき事はやった。
後は結果が出るのを待つばかりか。
「しかし……今戦時中じゃないよな?義理の母が尋ねて来ただけなんだよな?」
「そうですね。まあ、その義母が普通ではなかった、それだけの話です」
そうだな。まあ仕方ない。
多少は痛い目にあってもらうとしますか……。
それに、今後の為には勇者と言う存在の本気を見てみるのも面白いかも知れん。
ただ、相手が勇者なだけに、返り討ちが怖いけど、な。
***大戦の足音シナリオ2 完***
続く