幻想立志転生伝
64
***大戦の足音シナリオ1 連合軍猛攻***
~北の動乱と南の平穏~
≪side レオ≫
「総軍前進で御座る!ニエ、カマセ、ヨワスギールの各都市は既に我が手にある!」
「行くのだ!余とカタの為に!自由都市国家郡と言えば見栄えは良いが、所詮は石壁で囲われただけの集落の群れに過ぎん!問題となるのはサクリフェスを中心とした一部の都市だけだが、その中心的存在であるサクリフェスには現在首が無いも同じ状態なのだ。ならば余とそれに従う軍勢を阻むものなど何も無い!進め!そして余に勝利を!この戦いに勝利した暁にはトレイディアは王国の仲間入りを果たすであろう!進め!進め!進め!勝利の栄冠と目を見張るような褒美はもう、すぐそこだ!」
ティア姫と村正さんの雄叫びにあわせ、トレイディア、マナリア軍。
いや、自分等も居るんで"連合軍"とでも呼ぶべき軍勢が、
都市国家を複数同時攻略しながら進んでいるっす。
「いや、本当に凄い熱気っす。アニキも後で来るとか言ってたっすけど、これが見たいんすかね?」
「陛下のお気持ちは判りませんが……レオ伯爵、余り羽目を外さないで下さい」
何か知らないけどアニキは自分を今回の戦争に援軍として参加させたっす。
副官はイムセティ。
お互いが五百名づつ配下の兵を引き連れると言う形を取ってるっすよ。
……それにしてもイムセティは相変わらず皮肉屋っす。
まあ、自分は結構ちゃらんぽらんだから丁度良いのかも知れないっすがね。
「判ったっす。ただ、イムセティも少し息を抜くことを覚えるべきっす」
「いえ。それをするのは確実に役割を果たせてからです。以前の事もありますので」
はぁ。硬いっすね。
これじゃあいざと言う時柔軟な対処が出来ないように思うんすけど。
ま、それをどうにかするのも自分の仕事の内っすか?
「そんなガチガチじゃあ良い仕事は出来ないっす。自信を持って、力抜くべき所は抜くべきっす」
「そんな物でしょうか?……私には、まだ判りません……」
力なんて、必要な所で入ってればいいものなんすよ?
ま、能力はさておき自信が無ければ的確な判断なんか出来ないっす。
そうなると何時でも力を入れていないといけなくなる。
けど、それだといざと言う時に疲れ果てて気が抜けてるってものっすからね!
……まさか、それを管理するのも自分の仕事?
アニキ、もしそうだとしたらちょっと仕事多すぎっすよ。
「……何考えてんだレオ。仏頂面なんかしてよ」
「あ、親父。ちょっと仕事の事を考えていたっす」
「へっ、一人前みたいな事言いやがって……カルマに迷惑かけるんじゃねぇぞ?」
「勿論っす。自分もすでに自分の家名を持つ身。その名誉と給料に見合った仕事をするっす!」
「こ、この人が陛下の兄貴分……マナリアの猛将ライオネル将軍ですか……」
正直、そんな大した男には見えないっすけどね。
ま、単細胞だけど頼りにはなる親父っすよ。
今回は東マナリアからの援軍として来ているっす。
ただ……兵士はたった百人。
親父、上層部から死ねと言われてるようなもんっすね!
リチャード殿下は庇ってくれたんすか?
いや、下手に庇うと致命傷だってのは判るっすけどね。
やっぱ長年国を支えてきた古参の家臣は大事にしないといけないっす。
ただその日和見的行動でルーンハイムの姉ちゃんからの信頼を失ってるんだから笑えないっすが。
……もし良い関係を保ててたら……いや、この場合仮定は意味が無いっすね。
とにかく、東マナリアは余り本気で支援する気は無いみたいっす。
ま、邪魔さえしなければそれで良いと自分は思うっすよ。
「応よ。俺の事を気に入らねぇ連中は多いのさ。ま、大した事じゃ無ぇがな?」
「大した事だと思うのは私だけですか?」
「イムセティはまともっすよ。親父がおかしいだけっす」
そう。その百人で既に二つの城塞都市を落としているっす。
自分達は戦場に着いたばかりでまだ持ってきた物資を引き渡したばかりっすけど、
巨大剣を文字通り振り回しながら城門ごと粉砕して行く姿はまるで冗談のようだったそうっすね。
……自国の物にならないのに頑張りすぎだと、色んな意味で伝説になりつつある。
それが自分達の親父っす。
まあ、やっぱ頭がおかしいと思うっすよ。
「……アニキも大概っすが……やっぱ親父含めてこの一門、何処か頭がおかしいっす」
「自覚はあったんですかレオ伯爵?」
え?
それってどういう意味っすか!?
……。
さて、到着から三日が経過。
村正さんの指揮の元、士気の高い連合軍は更に幾つかの街を落としているっす。
自分達ものんべんだらりとしている訳にも行かないので、
適当な街の攻略を進言したっすよ。
「で、割り当てられたのがこのヤケニカタイの街っす」
「三重の防壁に守られた人口約一万人の城塞都市、ですか」
流石はカルーマ商会の情報網。
かなり詳しい内情まで調べ上げてるっすね。
ふむ、
兵数は二百名そこそこっすけど、結構小金持ちっすね。
昔、聖俗戦争で自分も使った事がある初期型バリスタ、しかもレキ製の正規品が三台。
しかも城壁の周りは堀になっていて、防衛力はかなりのものっすよ?
物資は半年分の備蓄ありと。要するに囲んでるだけじゃ勝てないって事っすね。
ま、幸い兵を率いるのは何処にでも居るような普通の指揮官のようっす。
アニキからの指令もあるし、ちゃっちゃと落とす準備っす。
「イムセティ?自分等が壁になるっすから、攻城兵器準備頼むっす」
「はっ!サンドール歩兵隊五百名、これより攻城兵器組み立てにかかります!」
自分等が隊列を組む間、イムセティ率いる歩兵達はリンカーネイトの誇る攻城兵器郡を、
結構てきぱきと組み立てていくっす。
そう、つまり今回の参戦は攻城戦の訓練を兼ねてるって事。
相手はとても打って出られる状況では無いし、万一があっても自分たちが新兵達を守れるっす。
そんな状況だからこそ兵に経験を積ませる良い機会だと兄貴は考えてるようっすよ。
「大型バリスタ、トレビュシェット投石器、用意完了です!」
「うっす!バリスタ用の槍と、投石器用の岩、爆弾、それに病気の牛はそこっすよ!」
弾は選り取りみどりっす。
特に凶悪なのが病気の牛。
これを投げ入れれば敵陣内に流行病が、って事らしいっす。
……自分達はアニキが用意してくれた"わくちん"と言うのを使ってるから平気っすけどね。
兎も角イムセティの指示の元、次々と弾が攻城兵器に運ばれていくっす。
あ、因みに牛はよほどの事が無ければ使うなとも言われてるっすよ?
自分も村正さんの領地となるこの街に使いたくは無いっす。
「レオ将軍!敵のバリスタが動き始めました!」
「構うなっす!よほどのまぐれでも無いとここまでは届かないっす。恐れるに足りないっすよ!」
恐れるに足りない、ってのは味方の士気高揚のためのハッタリ。
実際は当たればヤバイのは間違いない。
けど、よほどのまぐれでも無いと届かないってのは本当っすよ。
因みにそのバリスタを売ったカルーマ商会のお墨付き。
実際は高所から撃つ分飛距離もあるそうっすけど、
それを考慮に入れた上でまだなお余裕がある距離っす。
……残念ながらバリスタと言えど初期型ではそこが限界……。
だから新型は敵の射程外からぶっ飛ばせば良いっす。技術革新って奴は恐ろしいっすね、本当に。
って、あれ?
その時、ドスン……と槍が降ってきたっす。
誰にもあたる事は無かったっすけど、兵士達が騒ぎ始めたっす。
これはいけないっすね。
「レオ伯爵……敵のバリスタは初期型、ここまで矢が届く訳が」
「改造くらいするのが普通っす。何を慌ててるんすか?」
それぐらいで慌ててちゃ戦場では生きていけないと思うっす。
例えばアニキなら、ニヤリと笑って自分で壊しに行くところっすよ?
「あ。……はっ!イムセティ以下サンドール歩兵隊は敵射程外に下がります」
「うっす。……自分達も流石に飛んでくる槍は勘弁っす。散開しつつ城を囲むっすよ!」
「そうですね……あの丘が良い。後方の丘に布陣せよ!」
お、流石はイムセティ。
誰にも言われずに小高い丘の上に後退したっすね。
距離が離れた分高度で補う。
ま、無難な作戦っす。
「余り離れすぎると敵が出てきかねないっす!全員槍が当たらない事だけを考えるっすよ!」
「レオ伯爵。申し訳有りませんがもう暫く敵の注意を引き付けてください」
ふう、判ってるっす。
こんな所で折角用意した攻城兵器を壊されたり、
あまつさえ無駄な犠牲が出たりしたらたまらない。
流石に硬化をしても、バリスタを食らえば大怪我っすからね。
「敵の攻撃は僅か三基のバリスタ頼り!一人一人の所には来ても一本!良く見て回避っす!」
「攻城兵器組み立て完了です!逃げの一手有難うございます!」
相変わらず一言多いっすねイムセティは。
ま、それでも攻を焦らなくなったのは良い事っす。
さて、じゃあ自分等は引きますか。
「後は任せるっすよイムセティ!」
「はっ!トレビュシェット、目標敵城壁内!バリスタは敵性バリスタ破壊を目指して下さい!」
相手はとても出てこれる状況じゃないっす。
ま、順当な所っすね。
……結局、三日三晩にわたって絶え間なく降り注ぐ攻撃に敵は降伏したっす。
ま、これでアニキからの指令は完遂。
次は村正さんたちの戦いぶりを見せてもらうっすかね?
「よぉし!じゃあ商都軍本隊と合流っす!」
「了解です。サンドール歩兵隊!攻城兵器解体後、守護隊に続いて行軍してください!」
しかし、アニキも悪辣っす。
射程の長い攻城兵器とその護衛……同盟国への義理は十二分に果たせる上、
兵を損耗しない編成っす。
軍の錬度を上げるには丁度良い、って所っすかね……。
しかも、村正さんそれに気付いていながら十分だと思ってるみたいっす。
国際関係って化け物っすね?恐ろしいもんだと思うっすよ。
あ、それと。
「それとイムセティ。自分の事"レオ伯爵"って呼ぶっすけど爵位で呼ぶ場合苗字のほうが……」
「そうなんですか。……いえ、申し訳有りません。王族とは言え所詮は奴隷上がりですからね」
「ま、リンカーネイトの礼儀作法なんて決まってないからどっちでもいい気もするっすけどね」
「でしたらこのままで。気が向いたら言い換えます」
そうっすか。
ま、それも良いっす。
……。
≪side 村正≫
「応、村正。レオの奴がヤケニカタイを占領したってよ」
「位置的に次はオーブタイですかぁ?それともモノノツイデかしらぁ」
「ふむ。モノノツイデは集落に壁を作っただけで自由都市とは名ばかりで御座る」
「ならば……余はビリー殿に任せる事を提案するが。余り重要な所を傭兵隊に任せたくは無いしオーブタイは城塞都市としての価値は低くともかなりの人口を有する小さな商都と言っても良い都市だ。都市国家郡は一つ一つの街の規模が小さい。大き目の街は確実に、そして出来るだけ出血を最小限に陥落させておきたいものだが?」
「そう言う事は俺様の前で言わないで欲しいけどな?ククク、まあ傭兵なんてそんなもんだけどよ」
一応、今の所は順調で御座るな。
平時の備え程度の兵だけを残して、必勝の体制で臨んだ今回の遠征で御座るが、
それでも商都正規軍は五千を連れて来るのがやっとで御座った。
傭兵隊は千人ほどかき集められたで御座る。
それに西マナリア軍三千と、東マナリアよりの援軍……百名。
更にリンカーネイトよりの援軍千名が今回の総兵力で御座る。
……総軍一万余名。
幸いな事に補給はカルーマ商会がやってくれるので、
そちらの心配をしなくても良いのは幸いで御座った。
そして、各都市では暴政が敷かれていたらしく意外と市民からの反応が良い事が、
予想外ではあるものの、同時に望外の幸運で御座る。
しかし、普通の施政者なら自分に都合の悪い情報は隠すもの。
……誰か、拙者達の良い噂でも流してくれていたので御座ろうか?
「正直、これで負けたら拙者は良い笑いもので御座るよ……」
「あらぁ?私達も居るのにそれは無いと思うわよぉ?」
ふむ。ティア殿の側近のレインフィールド公……レン殿で御座るか。
元は落ち零れの学生だそうで御座るが、
今回の働きを見る限りとてもそうだったとは思えんで御座る。
片目を眼帯で覆った彼女は的確に……まるで手足のように諜報機関を動かし、
新鮮かつ確実な情報を手に入れてくれているので御座る。
……これだけ有能な側近を連れているとは流石はティア殿で御座るな!
「時にレン殿。オーブタイの戦力は如何か?」
「そうねぇ……元々五百名以上の守備隊がいるしぃ。しかも……敗残兵が合流してるわぁ」
「応!今まで俺達が落とした街から逃げた連中だな?」
「その通りよぉ。しかもそう言う信用の置けない兵は街の外で伏兵させてるわよぉ?」
ふむ。しかし、伏兵がわかっているなら対策も取れよう?
「取りあえず右側はリンカーネイト軍に合流ついでに蹴散らすようお願いしてるわぁ」
「成る程、合流時に敵の背後から襲って頂くので御座るか」
「そう。で、左側はライオネル将軍。お願いできるかしらぁ?」
「応よ。任せておきな……ってモノノツイデ攻略はどうすんだよ!?」
「ふむ。それこそ物のついでで構わないで御座る、文字通りついでに蹴散らして欲しいで御座るよ」
「へっ、成る程な。別方面に向かうと見せかけて回り込むのか」
「そう言う事よぉ。一度向こうに向かってから、途中で一回戻ってきて下さいねぇ?」
まさにそういう事で御座る。
ともかく相手を完全に甲羅の中の亀にしてしまえば少なくとも負けは無い。
出来る限り早めにこの一帯を占拠しておきたいので御座るから、
余りここで時間を取られすぎる訳にもいかんので御座るよ。
「ところでぇ、村正さん?攻城兵器がボロボロよぉ?」
「ぬ。そう言えば幾つもの都市を落としたが故に、兵器の損耗が激しいで御座るか」
「そう言えばそうだな。矢玉も尽きかけておる。まあ、そちらはカルマが何とかしてくれようが、攻城戦に攻城兵器が無いのはまずいを通り越して危険だ。兵の損失は避けたいものだが、ここは力攻めするほか無いのかも知れんな。ただし彼の街は銅の城門が二重になっておる。これを力押しで抜くのは容易ではないぞ?さて、カタよ。お前の腕の見せ所だな」
さて、これは困った。
酷使したバリスタや破城槌は修理が必要で御座る。
無理に使って完全に壊すのは論外。
……ここは今ある通常戦力で何とかするほかは無いで御座る。
しかし、迎え撃つは分厚い防壁と二重の銅門。
さて、どうしたもので御座るか。
「ああ、そうで御座る。拙者が行けば万事解決で御座るよ」
「え?それってどう言う事かしらぁ?」
いや、考えてみればそう難しい問題ではない。
……要するに、二重の城門さえなければ問題ないので御座るからして。
「拙者が先頭に立って城門を二枚とも破るで御座る!」
「総大将が死ぬ気ぃ?」
「……いや……俺としちゃあ悪く無い手だと思うぜ村正……そうだ、村正があるんだしな」
「え?あるぅ?あるってどう言う事なのよぉ?」
「成る程な。余にも判った。要するに……切れぬ物無しの妖刀村正を使い城門を一気に破るのだな?お前はそこまでやれば良い。城門の破られた都市など逃げ場の無い棺桶も同じだ、兵数差を生かして一気に押し込んでやれば良い……ふむ。悪く無いのではないのか?」
で、御座ろう?
ならばここで一ついい所を回りに示して見せるで……。
む?レン殿?
何を怒っておられる?
「馬鹿じゃないのぉ?」
「確かに愚かしいで御座るが、これも勝利の為で御座る」
何が不満で御座る?
手を眼前でパタパタ振ったりして。
「そんなの。部下に任せて置けばいいのよぉ!」
「しかし、あの門を一気に打ち破れるは拙者の妖刀村正のみ……行かねばならぬので御座る!」
熱弁を振るう拙者に対し、レン殿の額には段々と大きな青筋が立ち始めているようで御座った。
そして……彼女は吼えたので御座る!
「武器を部下に貸せばいいじゃないのよぉ!?」
「なん、だと……で御座りましてりゃあ!?」
「ふむ。レンよ、慧眼だな。余もその方がいいと思うぞ、何せカタよ。お前は何処まで行っても我が軍の総大将なのだからな?余が指揮を取っても良いが、それでは商都軍がついて来まい。何せ連中にとってお前は聖俗戦争の英雄なのだからな。それに子も居らぬ余に従う理由など奴等に有るとは思えんしな……」
「応!それはいいな。安全だ。もし刀持たせた奴が死んでも近くの奴が仕事引き継ぎゃいいんだ」
……え?
それは一帯どういうことで御座る!?
ちょ!?皆してどうして拙者ににじり寄って……。
……アーーーーーーッ!?
……。
≪side カルマ≫
「いじょうが、せんそうの、ようす、です」
「ふうむ。村正が予想外の所で予想外の危機を迎えてるな?」
「相手は村正でありますからね……自分の武器を使われるのは死ぬより辛いと思うであります」
さて、俺は今リンカーネイトの首都たる噴水都市アクアリウムで、
アリシア達から戦争の中間報告を受けていた。
因みに半ば実況中継。蟻ん娘の情報の速さと確実さは流石に神がかっているな。
送った援軍も半分は精鋭だし、レオもあれで凄い優秀な男だ。
第一、総兵力ではともかく向こうは小さな城塞都市の集合体。
神聖教会が半壊している今、
ただでさえ意思統一が難しい上に準備期間を与えていない以上順当な結果であろう。
まあ、兎も角この戦いで村正が負ける事は無いであろうと思われた。
そんな訳で工作部隊をサクリフェスに向かわせた後、
幸いな事に時間が少し出来たのでこうして久々にのんびりとしている訳だ。
ま、都市国家郡が全部降伏した辺りで向こうに行ってみようとは思っているがな?
「うあー」
「ん?グスタフか……どうだ、兜のかぶり心地は」
その時、息子のグスタフがハイハイしてやって来た。
喋れもしないがぺたぺたと俺の脚を触って、自分の存在をアピールしている。
……頭にカタツムリの殻を被ってな。
シェルタースラッグの殻を他の殻とぶつけ合って加工したその名もグスタフヘルム。
……現状では弾まで特注の無反動砲カールグスタフと炎の魔剣ふ……いや何でも無い。と共に、
俺の子でありながら魔法を使えない、と言うか外部に放出できないこの子を守ってくれる事だろう。
……デンデンムシ被ったカールも中々可愛くて良いなぁ。
そうだ、戦勝祝いにはコイツも連れて行こう。
そして村正に自慢してやるのも面白いな。
「お前もたまには遠出したかろう、なぁ?」
「うあー?」
「なんという、ばかおや、です」
「あたしらも愛でろ、であります」
ふむ、ならば良し。
愛でてやろうではないか?
「そりゃあ!人間お手玉だっ!」
「すごいぱわー、です」
「きゃっ、きゃっ」
「天井すれすれまで何度も投げ飛ばされて笑ってられるぐーちゃんも大概に大物であります……」
どうだ!全員纏めて相手するぞ?
って……視線を感じる。
アリサだ。
近くの床板が少し持ち上がり、こっちをジーッと見つめていた。
「兄ちゃ、何やってるのさー」
「お手玉」
「あたしも混ぜろーっ!」
「はっはっは、どれだけ来ても構わんぞ?」
……久々の穏やかな時間で浮かれていたんだろう。
それが、どんな結末を生むか……判っていた筈なのに!
「そうじさぼって、きました、です」
「おひるね、ちゅうだん、です」
「たまには遊んで欲しいであります!」
「やねうらから、きたです」
「床下から来たであります!」
「ごはんたべながら、きたです」
「にいちゃが遊んでくれると聞いたであります」
「「「「「まだまだくる、です」」」」」
「「「「「にいちゃと遊んでもらうチャンスでありまーす!」」」」」
「お前ら少しは自重しろ馬鹿たれーーーっ!?」
流石に限界だ!
落とさないようにこれだけの人数をお手玉とか、ありえないから!
と言うか、物理的に無理!
「「「それでも、ふえるわかめ、です」」」
「「「まだまだ行くよーッ、であります!」」」
まだ増えるのかよ!?……ギャオオオオオオオオオオオッス!
……。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「きゃっ、きゃっ、きゃっ」
「おもしろかった、です」
「最近にいちゃ、忙しくて遊んでくれなかったでありますからね」
「そうじに、もどるです」
「あたしは寝直すであります」
え、えらい目に遭った……。
何が悲しくて20名以上をお手玉せねばならんのだ?
まあ、自業自得だけど。
「がさがさがさがさーっ!」
「かさっ、かさっかさっ!」
「あ、ガサガサ?兄ちゃのお手玉は終わりだってさー」
「ガサガサ……」
「かさかさ……」
歩く木々が部屋に飛び込んできて……アリサの言葉にがっかりして帰って行く。
ヲイヲイ、流石にアレをお手玉するのは大変なんですヨ?
ふう、吐いた唾は飲めんとは言え洒落にならんなこれは。
「とりあえず折角の休みなんだ……気晴らしに買い物でも行くか」
「やすみなのに、ほうこくきいてた、ですか?」
「色々心配だと休みでも仕事してしまうお父さんは多いようでありますよ」
まあな。
でも息抜きもしないと本当に潰れちまう。
だから、ここからは本当の自由時間って奴だ。
「じゃあ、軽く飯でも食ったら出かけるぞ」
「おともする、です」
「わーい、お買い物であります!」
「あたしはパスかな。もうちょっと寝たいからねー」
「じゃあカルマ君。僕がアリサちゃんの代わりに行くよ」
うん構わないぞ……ってアルシェ。
何時の間に?
……。
厨房で料理の指揮を取るルンからパンとシチューをせしめると、
俺はアルシェたちを連れ、手近な船着場に移動し巨大たらいを持ち出す。そして、
「アイブレス!」
「ぴーっ」
少し大きくなって牛ほどの大きさに育った氷竜アイブレスを連れて大海原、
いや、街中なのにそう言うのはおかしいかも知れんがそう言う他無い……。
ともかくリンカーネイト海に向かったのである。
「僕、数年前までは竜の背中撫でられる立場になれるとは思ってなかったなぁ。よいしょっと」
「うあー」
「はいはい。ぐーちゃん……ぐーちゃんも撫でたいよねぇ?」
「おいおい、余り身を乗り出すな……派手に動きすぎて落ちたらどうするんだよ」
「おちない、です」
「下は氷でありますしね」
うん、そうなんだ。
アイブレスは氷のブレスを吐いて水の表面を凍らせてくれている。
俺達はその上を"歩いて"いるんだ。
近くを移動するならガレー船よりこっちのほうが向いているしな。
氷は昼間ならすぐに融けるし、氷のブレスで凍らされてから数分なら人が乗っても大丈夫。
万一の時の為に全員乗れる巨大たらいを引き摺っているが……まあ、用心でしかないな。
「おや陛下。お出かけですかな」
「ああ。たまには買い物と思ってな」
兵士の一人がボートの上から挨拶をしてきた。
水上とは言えこうやっての巡回は欠かせないのだ。
「近くの市場にお出かけですか……向こうの巨大筏でバザーをやっておりますよ」
「あれか……ありがとさん。仕事頑張れよ!」
「ははっ!光栄であります」
ボートを漕ぐ兵士に別れを告げ俺達は水上を歩いていく。
うん、散歩もいいもんだ。
潮風が気持ちいい……。
って、あれ?
近づくに従ってあの市場のおかしさが目に付くようになってきたんだけど?
店主がでかいよ。明らかにでかいよ?
『あ、毎度様です戦竜陛下』
『……市場って……お前らが商売していたのかよ』
……最近この街に引っ越してきたシーサーペントとワイバーンだ。
とりあえず水辺のサーペント側の商品に目を通してみるか。
うん、商品は海から取って来たらしい新鮮な魚介類……それも大型生物ばかりだな。
そう言えば水が腐らないように海底で大陸の外海と繋がってるんだったか。
ならばシーサーペントがマグロをここまで持ってこれたのも頷けるな。
なんでも安心して出産できる場所や子供の安全を確保したいが人の下には付きたく無い。
だが、トップが竜なら問題無いだろう。
……そんな理屈でこう言う竜族の端くれ……亜竜種が最近多数住み着き始めているのだ。
まあ、別に人や魔物と衝突してる訳でも無いからいいのだが、
まさか商売まで始める奴が現れるとはな……。
「ゴブゴブゴブッ、オレラがツーヤクする」
「ギギギギギギッ!ヘーカ、マイドォアリ」
しかもゴブリンに人語の通訳までさせてるよ!
……と言うか、遂に人語を解し自らも喋るゴブリンまで現れたか。
ここも本当に異常地帯だよな……。
「おおきなドラゴンさん。この大きなお魚下さいな」
「ギギッギギッギギィ!銀貨1枚ダジェイ」
『ふう、これで妻の欲しがっていた香水が手に入るな……』
……しかも馴染んでるし……。
普通の買い物客が普通に買い物してるんだけど、もしかして結構前から店出してる?
あ、シーサーペントが香水とか言ってるのには突っ込まないからな!?
海中で香水の意味あるのか?とか絶対言ってやらないからな!?
『陛下。こっちのは全然売れないんだ。買ってくれ』
『そりゃあ売れんだろこれは……』
「うあー?」
「ぐーちゃん、触っちゃ駄目だよ?」
「生首であります」
「ちがう。ほしくび、です」
今度はワイバーンの商品を見てみる。
売り物は干し首に骸骨に雑草……何処の邪教徒だ?
これ、戦場から持ってきたろ。
こんなの売れるわけが無いのだが……判らないんだろうな……。
『アイツのも死体。俺のも死体……何故売れない?』
『……食えるか食えないか、かな』
本当はそれ以前の問題だが、とりあえずそう言ってお茶を濁しておく。
個人的には周囲の客が引いてるのを見て気付いて欲しかったが……。
まあ、異種族の微妙な表情なんて判んないだろうし仕方ないか。
『判った。次からは肉の部分を持ってくる』
『いや、止めとけであります』
『むしろ、くまとか、いのししとか、つかまえてくると、いいです』
熊ねぇ。まあ需要はあるか。
肉は兎も角毛皮は重宝しそうだしな。
『う、ん……そうか、これは欲しがる奴が居ないか……』
『そうだな。欲しがる奴が居ないと商品は売れないからな』
「あうー?」
「大丈夫だよ、僕も何て言ってるか判んないし」
……バサリ、とワイバーンが翼を広げた。
『なら、取って来る』
そして、止める暇も無く大空に舞い上がったのである。
……流石に早い。もう城壁を越えてやがるか……。
しかし。
『……相棒……商品ぐらい片付けてから出かけて下さいよね……』
『アイツ、金持ちにはなれそうも無いな……』
因みに俺達の視線の先では多分つがいと思われるワイバーンが、
卵を温めながらだんなの飛んでいった方向を苦々しげに睨んでいた。
『まったく……馬鹿な旦那で困っちまうよ。ここだと食う物に困る事はまず無いから良いけどさ』
『大変ですね奥さんも』
「……ワイバーンと、シーサーペント、せけんばなし、はじめたです」
「有り得ないよね。普通」
「アルシェねえちゃもそう思うでありますか」
「……そうだな、俺もそう思う」
まあ、平和な証拠だからいいんだけどな。
……ふと気付くと大型船が近づいてきていた。
どうやら市民の暮らす居住用船舶が買い出しにやってきたらしい。
「さて、俺達が居ると買い物し辛いかもな……自分達の買い物は出来なかったけど帰るか」
「そうだね。僕としてはぐーちゃん連れてのカルマ君とのお散歩も悪くなかったけど」
「かえる、です」
「アイブレス、行くでありますよ?」
「ぴー」
……ぴたっ、とアリシアが固まる。
そして、クルリとこっちを向いた。
「オーブタイ、おちたです」
「村正が大活躍したみたいでありますね」
ほお、結構早かったな。
「へぇ。じゃあ主だった所はサクリフェスを残すばかりだよね?」
「そうだな。後は都市国家なんて名ばかりの村レベルばかりだ」
という事は、ここで油売ってる場合じゃないか。
「急いで戻るぞ。明日には出かけないとサクリフェス陥落まで持ちそうも無い」
「はいです。ルンねえちゃたちも、いくですから、れんらく、です!」
「お祝いの品、包んでおくであります!」
さて、じゃあ行くとしますかね……。
正直なところ、村正とリチャードさんには頑張ってもらわないと。
『戦竜陛下……北での戦争は終わったのですか?』
シーサーペントが少し心配そうに聞いてくる。
……こっちの言葉は判らないと思っていたが、雰囲気で察したらしい。
『ああ。とりあえずな』
『とりあえず、ですか』
『……ある意味我が国も戦争中さ。万一の為に友好国と言う名の防壁は厚ければ厚い程良い』
『成る程、と言いたい所ですが良く判りませんね。特に国という概念は。人の感覚は理解し難い』
『安全と安心の為にに窮屈さを受け入れるというのは、竜種には判り辛いでありますよね』
『むれるとそれだけでつよい、です』
『ま、ゆっくり理解していけばいいさ。憎しみさえなければ時間が理解を深めてくれるさ』
『そうかも知れませんね戦竜陛下』
ほんの些細な会話。
だが……何となく、今の会話でリンカーネイトの向かうべき道が見えてきた気がするな。
奴隷に魔物、傭兵崩れに没落貴族。
今は、世のはみ出し者の別天地。
けれど、それだけで良い訳じゃあ無いだろう。
「種の中立緩衝地帯」
「え?何それ?」
「いや、ふと思いついただけだ」
「ふーん。ま、いいけどね」
そう、確かに思いついただけだ。
けれど……いや、今考えるべき事じゃないか。
「ともかく向かうぞ。多分辿り着く頃には全てのカタが付いている筈だ!」
「そう言えばチーフにグーちゃん見せないと。一応お爺ちゃんだもんね」
そうだな。
じゃ、この平和な国を離れて北の動乱の地へ行くとしますか。
あの都市国家郡はすんなり村正の配下に下って貰わねば困るんだ。
何せ……この地の平穏の為、あいつ等には壁になってもらわないといけないからな……。
……。
≪side ライオネル≫
「アイタタタタ……流石に痛いで御座る」
「馬鹿な男だなカタは。余も警告した筈だぞ?部下に剣を任せ後方で指揮に専念しろと。それなのに、ああそれなのにお前は意地を張って突撃、城門を二枚とも切り裂くものの、帰って来た時は全身に矢と石に熱湯まで浴びてズタボロのボロ雑巾だったではないか。それを判っていて突っ込んでいったお前に同情の余地は無いぞ。だがまあ……格好良かったがな」
……敵の伏兵をぶっ倒し、ついでにちっぽけな都市国家、とは名ばかりの村を一つ落として来たぜ。
で、戻ってみたら村正の奴全身包帯まみれって訳よ。
まあ、案の定かも知れんがな?
アイツにとって妖刀村正は命の次……いや同じくらい大事なものだからな。
「応、村正……派手に暴れたみたいじゃねぇか」
「おお、ライオネル殿。また一つ都市を落としたご様子、まことにかたじけない」
「ま、気にすんなよ……これも国への忠義って奴だからよ」
「親父に忠義?無いっすね」
へっ、言う様になったじゃねぇかレオ。
ま、確かにそうだ。俺は所詮商都の片田舎出身。
本当の所はリオの……コイツ等の母親への義理立てに過ぎねぇよ。
アイツは、いい女だったなぁ。
……ま、それもここまでだけどよ。
この戦争が終わったら軍から退いてマナリアからも去るつもりだ。
元々あの干物宰相との約束で出て行った国だし、
お坊ちゃんとその嫁さん以外の貴族からは基本的に嫌われてるからな。
お姫さんとお坊ちゃんの喧嘩もこの戦いが終われば事実上終わる。
……俺の仕事はそれで終わりさ。
後は、どうやら俺の事を必要としてくれてる奴が居るらしいからそっちに行くさ。
あんな口説き文句言われたら断れねぇしな。
「ま、この戦い……何としても勝つぜ」
「そんなに気張るほどの戦力はもう残っていないと思うっすけどね」
甘ぇ、甘ぇなぁレオ。
追い詰められた獲物ほど恐ろしい物は無いんだぜ?
「しかし残るはサクリフェス。半壊したとは言え神聖教団の力は侮れぬで御座る」
「応よ。かなりの地域で信仰の自由が剥奪されてるしな……連中に後は無ぇんだ」
宗教って奴は厄介だ。
人を救っている内は良いが、時として人を縛り挙句に戦いへと駆り立てる事がある。
神様は多分何もして無ぇぜ。
その下で虎の威を借りてる奴等の中に阿呆が居るのさ。
そう言う連中が善人を騙す。
信心深い連中ってのは基本的に善人だからな。すぐ騙されてとんでもない事になっちまうのさ。
まあ、この戦いの最後の相手はそういう連中って訳だ。
決して舐めてかかって良い相手じゃ無ぇよ。
「皆様。眉間にしわ寄せて居る所申し訳毎ですが、サクリフェスから降伏の使者が参られましたよ」
「あ、もう来たっすか。意外と早かったっすね。流石アニキっすよ」
「ご苦労様ぁ。じゃ、さっそくお通ししてねぇ」
……なんだって?
……。
最終決戦に向けて気を張っていた村正は、
使者が目通りした時もよく状況が飲み込めず呆然としてた。
正直俺もそれは同じだ。
あれから一晩明け、街の受け取りのためサクリフェスに向かっている今も、
どうも考え辛い事態に頭を捻っている所だ。
ま、俺の足りない頭で考えてもわかりっこ無いかも知れんがよ?
「愉快愉快!流石に連中も現状は飲み込めていたと見える。そうだ、こうして余の、いやカタの配下に収まって居れば良かったのだ。そも教団は余の後援をしておった。余が政治の表舞台に居る限り信教の自由は守られるということをきちんと理解していたという事だな。まあ、武力は取り上げる必要があるがな?兎も角勝利だ!まずはめでたい!」
「良かったですねぇティア様ぁ?私も嬉しいわぁ」
西マナリアのお二人さんは盛り上がってるけど、俺はどうも腑に落ちねぇよ。
アンタは兎も角俺や村正はどう考えても"信仰の敵"だぞ。
……街に入った途端伏兵にブスリ、とか言わないよな?
「まあ、心配は無用っす。そんなの細かい事っすよ」
「そうですね」
レオに……イムセティだったか?
お前らも少しは疑えよ。
……もう、サクリフェスの城門前まで来てるんだからよ?
そう。
ここはもうサクリフェスの城門前なんだよ。
……城壁の向こうから、ときの声のようなものが聞こえる。
歓声、だよな?
もしこれが兵士の雄叫びだったらと思うとぞっとするんだけどよ。
「開門!トレイディア大公コジュー=ロウ=カタ=クウラで御座る!開門せよ!」
村正の声に合わせて城門が重々しく開かれる。
……本当に降伏してきたのか?
いや、そう考えるのはまだ早ぇよな。
この後大量の兵士が突撃してくる可能性だってあるんだ。
……と、思っていたんだけどよ。
「ご苦労である!魔王ハインフォーティン推参!」
「……カルマの娘じゃねぇか」
「また魔王ごっこで御座るか?飽きないもので御座るな」
ついんてーる、とか言うふさふさの髪をそよ風にたなびかせ、
そのチビ助は巨大なニワトリの上に仁王立ちしていた。
……つーか、なんでコイツがここに居て俺達の迎えに出てきてるんだ?
訳がわからねぇ……。
「神様万歳!」
「女神光臨!」
「神に逆らいし教団旧幹部たちに災いあれ!」
「生きてて良かった!」
「女神ハイムよ!我等に救いを与えたまえ!」
「神子様!神子様ぁ!」
「わしらの信仰は間違っておらんかった!」
それと、この熱狂は何なんだよ……。
本当に、訳、判んねぇ。
……。
「……つまり、神聖教団の"神"とはハイム殿の事でござったと?」
「そのとおりだ。もうどうでも良いと思っておったが、こやつ等に諭されてな」
ここはサクリフェスの政庁。
教団の仮本部だった事もあるだけに、宗教的色彩って奴が強い建物だ。
俺達はそこで今回の顛末を聞いていた。
……しかし、カルマの奴とんでもない隠し玉を持ってやがったんだな。
出来れば事前に教えておいて欲しかったが……まあ仕方ねぇか。
で、その隠し玉だ。
カルマのとこのチビ助の後ろに恭しく立ってるガキ二人とおっさん。
ところがコイツ等、とんでもない大物だった。
何と、先代教皇と枢機卿の子供だというのだ。
そして。
「お二人の世話役をしておりました司教ゲンでございます」
因みにガキ二人はリーシュとギーって言うらしい。
……教団の旧主流派トップの息子達とその世話役か。
一体何時、何処で確保したんだか。
「旧大聖堂地下で隠れ住んでおる所をわらわが見つけ保護した。仲良くしてたもれ」
「「女神様……」」
「かつての教団上層部は女神様を裏切っていたのです。成る程、敗北も当然でしょう」
そして始まった話はこの三人組の苦悩の逃亡記だった。
まあ、随分芝居じみてたから話半分に聞いてたが、
要するに聖俗戦争時に大聖堂を襲ったサンドール軍から逃れる為に隠し部屋に逃げ込んだら、
出るに出られる状態じゃあなくなったという事か。
で、あのチビ助に助けられて今に至る、と。
サクリフェスを説得したのは神の御許で正しい信仰に立ち戻る為の当然の事、ねぇ?
「いや待て。そこのチビ助がどうして神様なんだ?こないだ生まれたばかりだろ」
「ら、ライオネル殿!?」
判ってるって村正。折角上手く言ってるんだから蒸し返すなって言うんだろ?
カルマがこの三人を騙してサクリフェスの信者を説得させたって可能性もあるからな。
だが……それじゃあ長続きしない。
これは、細かい事じゃあないぜ?
「うむ。前世と言う奴だ。証拠代わりに大聖堂地下の開かずの扉を開けたりしたな。それに」
「女神様は使いやすい治癒術を授けて下された!無礼は許しませんぞ!?」
「「そうです!それに私たちを助けて下さり、信仰の自由も確保して下さったのです」」
確保?ああそうか……カルマは我が子に甘いからなぁ。
こいつに甘えておねだりされたら今までの事も関係無ぇだろうな。
おっと、今度は村正が手を上げたぞ。
流石に黙っていられなくなったか?
「待った。使いやすい治癒術とは何で御座るか?」
「うむ。今までの治癒は効果がわりかし高い代わりに使用魔力が高かった」
「その点新術"癒しの指(ヒールタッチ)"は効力こそ僅かですが手軽で連続使用が可能です」
「「しかも、詠唱は20文字ほど……私達でも容易に覚えられます」」
そう言ってガキ二人は俺の所に近づき、包帯の巻かれた手を取った。
かすり傷程度だが……ま、見せてもらおうか。新しい治癒術の性能とやらをな。
『『痛いの痛いの、飛んでいけ!……癒しの指!(ヒールタッチ)』』
お、ちっこい切り傷が消えた……いや、手軽は兎も角それ、カルマの短縮詠唱だろ。
騙されてるぞ、とは言わないけどな。
それより大事な事はだ。
「要するに、リンカーネイトと神聖教団の和解は成ったって事か?」
「和解だなんて恐れ多い……我々が許しを請うてそれが受け入れられただけなのです」
「「ついてはあなた方のお国でも私達の信仰を再びお許し願いたく」」
……これは僥倖かもな。
敵対する宗教があるってのは足元がぐらついているようなもんだ。
「応よ。俺の一存じゃあ決められないが、お坊ちゃんにはキチンと伝えてやらぁ」
「商都はティア殿との兼ね合いもある。まあ竜の信徒とも仲良くするなら再び認めるで御座るよ」
「「有難う御座います。肩から重石が取れたかのようです」」
「うむ、良かったな二人とも……わらわも我が事のように嬉しいぞ」
「「全ては女神様のお力。有難う御座います」」
「ううう……あの苦悩と苦痛の日々はこの日の為の試練だったのですね……」
見るとリンカーネイト軍が次々と救援物資を運び込んでいる。
レオの奴、知ってて黙ってやがったな?
……後で褒めてやらねぇと。
何せ、身内とは言え部外者に機密を漏らすのは大罪だからな。
「兎も角、サクリフェス経由で残った全ての都市国家郡は降伏の意思を固めた。お前らの勝利だ!」
カルマの所のチビ助の宣言と共に周囲の兵から段々と遠くの兵へと歓喜の声が広がっていく。
お、村正も流石に嬉しそうだな?
「ライオネル殿、この度は真に感謝するで御座る……拙者も久々に活躍できたで御座るよ」
「そうだな。オーブタイの戦いは凄かったらしいじゃねぇか。見てみたかったぜ」
「ははは、祝言の前の景気付けで御座るよ」
「ははは、そりゃいいな……俺も式には呼んでくれよ?」
「当然で御座る」
「じゃあ、ついでに俺たちもな」
お、この声は!
……。
≪side カルマ≫
俺達一家がサクリフェスに辿り着いた時、
既に戦闘は終結し周囲は熱狂と安堵と言う、
混ぜようも無いはずの空気の混在する空間となっていた。
その中で目当ての人物を探し出した俺達はそっと近づく。
「じゃあ、ついでに俺たちもな」
「おお、カルマ殿!援軍などかたじけないで御座る!当然呼ぶで御座るよ!?」
「応カルマ!元気そうで何よりだぜ」
村正も兄貴も変わらないな。
まあ、元気そうで何よりだよ本当に。
「とりあえず戦勝祝いはティア姫に渡しておいた。俺は挨拶と息子の顔見世だな」
「うあー?」
「これは可愛らしい男の子で御座るな。ま、数年以内に拙者の子も紹介出来ると思うで御座る」
「余裕だな村正……しかし、カルマ……後ろの娘、増えて無いか?」
あ、気付かれた。
「……第一王妃ルーンハイム」
「アルシェです。第二王妃なんてやらせてもらってるよ。正直ガラじゃないけどね」
「ハピです。正式な位では有りませんが事実上の第三王妃をさせて頂いております」
次の瞬間兄貴からの強烈なボディーブローが突き刺さり、
村正からは膝蹴りが飛んできた。
「嫁さん多すぎで御座る!」
「応!有り得ないだろカルマ!?」
「いや、気付いたら増えてたんだよ!」
案の定兄貴からアッパーカットを叩き込まれた。
痛い、痛いなんてもんじゃない。
そして村正からも……村正?
「よ、嫁とは勝手に増えるものだったで御座るか……で、では拙者の苦悩は一体……?」
「応、村正!?おい村正しっかりしろ!」
「村正が塩の柱になってるーーーーっ!?」
……結局村正が復活するまで半日ほどの時間が必要になったとだけ言っておく。
そうしてその間を使い……ようやくもう一つの目的を果たす事が出来たのだ。
「ククク……コイツがグスタフか。俺様も爺さんと呼ばれる歳になっちまったんだなぁ」
「うあ?」
「チーフ。僕の勝手な我が侭聞いてくれて有難うね」
おうおう、傭兵王ともあろう者がすっかり頬を緩めちゃってまあ。
「いや……タクトも言ってたろ?お前は俺達の子供も同然だって。逆に嬉しかったんだからな?」
「へへ、そう言って貰えると助かるなぁ」
「そうだ。ついでだからタクトの奴をお前らの国に逃がし……いや派遣してやる」
「いいの?おじさんお金の勘定得意だから助かるけど」
「そういや、会った事無かったな。まあ歓迎する。文官は幾ら居ても足りん」
「へ、へへっ、助かるぜ。やっぱ不安だったしな」
何がだよ、とは突っ込む気もしなかった。
ともかく養父と義娘の再会は上手く行ったようである。
ついでに有能な文官ゲットで幸先良しだ。
兎も角旧自由都市国家郡は商都、いや村正が王を名乗り商王国となったトレイディアに帰属。
東西マナリアは再統合されティア姫が正式にロンバルティア19世として即位、
三年後にリチャードさんに譲位し、それと同時に村正の元に嫁ぐ事が決まったのである。
これより暫しの間大陸からは戦争が無くなる事となった。
ただ……勘の良いものなら気付いていただろう。
これが一時的なものでしか無い事を。
事実、この頃マナリアに向かい一通の文が届けられていた。
"シバレリア帝国はマナリア王国との国交を断絶する"
それだけ書かれたその文書は一笑に付された。
何故なら元々国交なんて無かったからだ。
……けれど、それは明確な敵対の意思を示すもの。
何時かは判らない。
だが、マナリア北部領土を巡り……いや呼び水にして大きな戦いが起きる。
それだけはまず間違い無い所だった。
何故なら……それと時を同じくして傭兵王がマナリアから去ったからだ。
そして"ゴウの兄貴の代理として働いて欲しいそうだ。世話になったな"と言う手紙を残し、
ライオネルの兄貴が失踪。
……二人ともシバレシアに行ってしまったのだ。
アクセリオン・クロス・マナさんに続き、傭兵王まで。
勇者ゴウは兄貴の師匠なんだそうだ。道理で強い訳だな兄貴。
そして兄貴が勇者ゴウの代理だとすると……五大勇者が復活した事になる。
それが何を意味するか、考えるだけで嫌になるってもんだ。
しかし傭兵王は兎も角兄貴まで行ってしまったのは予想外。
まさか兄貴が向こうに付くとは思いもせず、特に手紙が届くのも阻止しなかった。
中身を見たが、これだけで動くとは思わなかったのだ。
実は俺からもマナリアを出る際はこっちに来てくれと手紙は出していた。
それで来てくれると信じきっていたのだ。
……完全に俺のミスだ。
だが、やってしまった事を嘆いても仕方ない。
もう、戦争は不可避だろう。
だが、いずれ来るのが判ってさえ居れば対策も取れるというもの。
……ふと見ると、子供達が遊んでいる。
大陸は今、見た目こそ平和そのものであった。
例えそれが、余りに危ういバランスの元での物だったとしても……。
***大戦の足音シナリオ1 完***
続く