幻想立志転生伝
62
≪side カルマ≫
焼け焦げた匂い漂う暗がりを走る。
……くそっ、こんな展開になるのは流石に予想外だ。
ルンやオド達のマナリア組がハイムを意外とあっさり受け入れたもんだから、
それがマナリアの総意だと勘違いしていた。
だが、事実は違った。
それはあくまでルンが正式に家督を継いだ訳ではなく、
魔王の転生とそれに対する対応を聞いていなかったということと、
ジーヤさん達ルーンハイム家の私兵達が、
学業を中断してまで自分達の生活を守ろうとしてくれたルンを全面的に信頼していた、
それだけの事だったのだろう。
……幾度もの転生とその度に巻き起こる実の親との生死を賭けた戦い。
殺した者の血筋に転生する魔王の特性上、
マナリア上層部は生まれ変わる魔王との戦いを幾度と無く経験してきた筈だ。
魔王が転生してくるが故に、時として我が子を殺めねばならない。
これがマナリア貴族間にどれだけ恨みを買ったかは想像に難くない。
……そして、公は典型的なマナリア貴族だった。
僅かに剣戟の音が聞こえる。
「先生!先生!?……はーちゃん、無事?」
「ああ。どうやらマナリアを滅ぼすと公は考えてるらしい」
「大丈夫。きちんと説明すればきっと判ってくれるよー……多分」
突然ハイムが危ないと半泣きで騒ぎ出したアリサに過剰反応したルンが、
洞窟に飛び込んだのが三分前。
俺達はそれを追い、道に迷っていたルンを先導する形で先に進んでいる。
「お父様、駄目。はーちゃんは私の子……」
「大丈夫だ、大丈夫だから!」
いかんな。ルンの顔色が悪い。
……そして。
「兄ちゃ……急いで。これは拙いかも知れない」
「……判った」
アリサの顔から余裕が消えてる。
これは本当に拙そうだ……。
「ルン、強力(パワーブースト)を使うぞ。アリサは俺の背中に」
「判ったよー。でも急いで、脳天に強打を食らったっぽい」
「!?」
ルンと二人で強力を唱え、腕力脚力を強化する。
……ルンが先を行く。
道など知らないはずなのに、俺の全速力よりも早く。
「ルン姉ちゃ……子供の危機を感じ取ってるねー」
「そうだな。実は俺もさっきから悪寒が止まらない」
……今思えば昨日酒場で感じた"悪意の無い視線"は公のものだったのだろう。
悪意は無くとも害を成す事はあると言う事か。
世界の為に我が孫を殺すか。悪意では無く悲しみしかないだろうな。
だが……悪意の無い視線まで疑らなくてはならなくなると、俺は一体何を信じれば良いのだろう?
いや、今はそんな事を考えている場合ではない。
急げ……急ぐんだ!
「ルン姉ちゃ!そこの角を曲がって後は真っ直ぐ……」
「はーちゃん!はーちゃん……!」
最早道案内など意味が無いとばかりにルンは正確な道を選んでいく。
さっきまで迷っていたとは思えない。
……これも母の愛って奴なのかもな。
「兄ちゃ!アリシアとアリスが吹っ飛ばされた!意識が無いっぽいよー!」
「ちっ!本当にやばいぞこれは!?」
止めに入った者にも容赦無しか!?
……駄目だ、少なくともまだ赤ん坊のハイムに打てる手は無い。
外装骨格を出すにもこの坑道は狭過ぎるぞ!
その時、角を曲がったルンが更に速度を上げ何かに飛び込んで……!
「あああああああああっ!?」
「ルン!?」
「ね、姉ちゃがおじちゃんの攻撃からはーちゃんを庇った!」
一足遅れて角を曲がった俺が目にしたものは、
ハイムを抱きしめ光線を背に受けるルン。
そしてハイムは……光線が貫通してる……。
「ハイムーーーーーーーっ!?」
「アホはぶっ飛ばすよー!」
もう、相手が公だろうが何だろうが関係なかった。
背後から肩口目掛けて魔剣を振り下ろす。
……ガキン、と音がした。
「は、弾かれた!?」
「カルマか。この障壁はどんな攻撃でも数回までは耐えてくれるのである」
……っと、攻撃がこっちを向いた!
思わず魔剣で防御したが、
それでも庇いきれないあちこちに四方から飛んでくる光線が突き刺さる。
「痛っ、と言うか熱っ!」
「お父様!はーちゃんに、先生に……何を!?」
「……邪魔をするな。お前たちには我が狂ったとしか写らんだろうが、これは世の為なのである」
ハイムをその胸元に抱きとめ、背中で光線を受け止めていたルンが、
今度は気絶したハイムを後ろに置き、正面を向いて立ちはだかる。
「ルンよ。娘よ……お前の気持ちは痛いほど判る。だが、それは魔王なのだ」
「「知ってる」」
何を今更だ。
そんな事気にしていたらリンカーネイトでは暮らせない。
何せ人口の数には加えていないが魔物が山ほど住んでいるのだ。
しかも竜まで普通に暮らしている。
それに、魔王といっても既に世界をどうこうどころかマナリアを攻める理由も無いのだ。
つまり、放っておいても害は無い。
ならば、受け入れても何の問題もあるまい?無論異論も反発も起きるだろうが……。
……ただ、その一番目が祖父である公その人だって言うのは流石に予想外だったけど。
「魔王って言っても、マナリアに攻める気とか無いからコイツは」
「そう。はーちゃんは良い子」
「……それが魔王の手口なのだ。そうして成長したら突然牙をむいた、と言う逸話もある」
……そうなのか?
「あったでありますね、そう言う事も」
「あかんぼうのうち、ころされるから、きっと、ほかに、てが、なかった、です」
『因みにおかーさんの記憶から得た情報だよー』
……そうか。
色々仕方ない事情があったとは言え、一度でも騙されたらそれはもう信用できんわな。
つまり……あれ?もしかして公の説得って不可能?
「判るな?お前達や我の我が侭で世を危険に晒せるか?娘よ、魔王を産んだ女とされても良いか?」
「勿論」
「そくとう、です」
「流石はルン姉ちゃであります!」
蟻ん娘達がハイムの介抱をする中、ルンはそれを庇って父親と対峙している。
俺はと言うと、ルン達とは逆側で戦っているが光線から身を守るのがやっとだ。
時折切り込んで障壁を打ち破ろうとしているが、中々上手く行かずに居た。
……ファイブレスでも呼べば楽に勝てる気もするが、
それだと公を消し飛ばしてしまう。
例え、最終的にそうするほか無いとしても、
出来れば限界ギリギリまではそうせずに済む様にしたい所だ。
……故に、攻撃法も限定される羽目に陥っていた。
火球は駄目だ。アンデッドには効果的過ぎる。
召雷と衝撃も駄目だな。こちらは威力が高すぎる。
爆炎は論外。あらゆる意味で危険すぎる。
……止むを得ず今は斬撃中心に攻めている所だ。
だが、技量は向こうの方が遥かに上なのだろう、
腕力では完全に勝っているのに中々クリーンヒットを得られないで居た。
「カルマよ、お前も既に一国を統べる者。個人的理由で大局を見失うな……」
「お生憎様、ハイムは俺の子だ。間違っていたら俺が止めてやるさ!だから手を引いてくれ、公!」
「……我も何時まで存在できるか判らん。後の災厄は目が見える内に潰しておかねば……!」
「だから!問題は無いんだってば!」
公は悲しげに首を振った。
「我とて孫の誕生は素直に喜びたい。だが……魔王復活の度にマナリアが払ってきた犠牲を思うと」
「魔王が攻めてくる原因はマナリア自身にもあったんだ!改善はしてるから心配要らん!」
公の投げてくる投げ斧を篭手でガードするも、黒金製の篭手が割れて大地に落ちる。
……なんて威力だ。
ここまでの業物だったのかよあの斧は。
「なんだと?」
「宰相の行動が原因だったんだ。宰相が死んだ今魔王にマナリアを攻める理由は無い!」
「成る程な。その与太話が今回の手口か……正に歴史書どおり。狡猾なり、魔王……」
「……いい加減にしろーーーっ!」
そんな絶望的な顔しながら戦うくらいなら諦めてくれ!
と言うか判って無いと思うけど、ハイムが死んだら間違いなくルンも死ぬぞ?
そこの所予想できてるか?出来て無いよな?
何せ、母親になった後のルンを見たの今回が初めてだろうし……。
と言うか母親と言うものは強いぞ?そこは判ってるのか、公?
……その時、度重なる攻撃に公の周囲を覆っていた防御膜が吹き飛ぶ。
同時に周囲に浮かんでいた光玉が地に落ち、とけるように消えていく。
よし、相手の攻防の要が消えたぞ!
「……止むをえん。今一度」
「また自機強化(チートコマンド)かよ!?」
まだ使えるのか!?
「だめ、です!つぎは、いのち、ないです!」
「もう体がボロボロなのに無理するべきでは無いであります!」
「……お父様、止めて!」
再び詠唱を始めようとした公の口に、弁当代わりに持ってきて結局食わなかったパンを押し込む。
ふっ、十分なスピードさえあれば……魔法を封じるにはこれで十分なんだよ!
「ふごっ!?」
「今だ!」
更に、完全に打つ手を封じるために片腕を魔剣で切り落とした……!
片腕が、斧を持ったまま肘より先から千切れ飛ぶ。
……ま、いざとなれば治癒でどうとでも出来る。
何の問題も無いだろう。
使徒兵に治癒が効くのかと言う問題は有るが……正直、気にしていられん!
「ぐううっ!?」
「……大半の魔法は印に両手が居る。残念だがチェックメイトだ」
……腕が切り落とされても、最早血すら出ない状態に陥っている公。
だがそれでも戦意は失わず残された片腕に斧を持って大上段に構えた。
しかし、その眼前に立ち塞がる人影が一つ。
「お父様!」
「ルン、それにカルマよ。退け……それとも魔王が世を乱した後、我が子を斬れるのか?」
「……乱させたりはしない。もし乱れたとしてもそれは人が悪い時のみだろうさ」
「ならば尚更である。人は決して理性的でも良心的でもない……責任転嫁あるのみだ」
「そうはさせない。そのための策はもうあるんだ。公が気にする事ではない」
「……はーちゃんは、きちんとした娘に育てる」
俺が公の目の前を塞ぎ、その横をルンが押さえる。
そして気絶したハイムをアリシアとアリスが守り、その後ろでアリサが有事に備える体制だ。
……万一にも突破されないように急造された防御陣形だ。
こちらとしては一歩も譲る気は無い。
にらみ合う事、暫しの時。
……熱意が伝わったのだろうか?
何処か安堵したように深いため息をついた公は、振りかぶった斧を腰に下げ直した。
「判って、くれた?」
「いや。ただ……ここで我がどう足掻こうが、目的は果たせんと痛感しただけである」
そう言うと、
公は切り落とされた自分の腕を拾うと脇に抱え、握り締められたままの斧を腕からもぎ取った。
……そして、斧の刃を掴んでハイムのほうに歩み寄ると斧の柄を差し出す。
「……消え去る前に孫の顔を見れたのは僥倖である……これは我に残された最後の財産だ」
「貰っても良いのか?」
公はふっ、と薄く笑った。
そして無言でハイムに斧を握らせる。
「祖父としてお前と会うのはこれが最初で最後となる。……何も出来ぬ我からのせめてもの事だ」
「そうか……爺、大事にする」
そして、公は俺のほうを見た。
「カルマよ。当初はどうなるかと思ったが、娘が幸せそうで何よりである……今後も宜しく頼む」
「ああ、任せてくれ。どんな手を使おうが絶対幸せにする……幸せになってやるさ」
公はまた、薄く笑った。
そして、投げ渡されたのは公の切り落とされた腕。
「……待った、今繋ぐ」
「いや。何処かに我の墓を作ってそれを埋めておいて欲しい」
何故だとは聞けなかった。
……ゆっくりと後ろを向いた公は最後に一言だけ残して歩き出す。
「今日を持って我は完全に死んだと思え。今後、我はマナリアの守護者としてのみ存在する」
「……お父様……判った。でも、はーちゃんは死なせない」
ルンの目から一筋の涙。
それに対し、公は振り返る事もせず声だけをかける。
「ならば守り抜け。我は古い人間……歴史の教訓を信じる……お前達は我が子を信じれば良い」
「じゃあそうさせて貰う……その歴史が根底から間違ってる事を俺達が証明してみせるさ」
歩き続けながら、公は残った片腕を上げる。
……それは別れの挨拶だった。
「そうである事を、祈っているぞ」
こうして公は去って行った。
……久々に再会した親子の間にどうしようもない深い溝が出来ていた事を、
無情にも突きつけられる結果となってしまったが、
ただ、それでも消しきれない家族の情をも感じ取れた、
そう思うのは俺の楽観だろうか?
……ふと周りを見渡してみる。
受け取った斧をじっと見つめるハイムと、
一度たりとも振り返らずに去っていく公の姿が印象的だった……。
……。
「ふう。目がチカチカするゾ!」
「だいじょうぶ、です?」
その後、俺達は簡単な治療を怪我人達に施していた。
光線を全身に浴びて気を失っていたスーを揺り起こし、
「はーちゃん、包帯」
「……うむ。しかし母、少し厳重過ぎんか?」
「バカタレ。わざわざ斧に当たりに行ったと聞いたぞ?少し気をつけろよ」
おでこを中心にあちこち怪我をしたハイムの傷口を消毒し、包帯を巻いてやっていた。
「ほれ、お前らもだ」
「いたかった、です」
「……何にせよ間に合って何よりであります」
そしてハイムを庇って名誉の負傷を遂げた蟻ん娘二匹の介抱を行う。
とりあえずこちら側の死人が無くて本当に良かった。
「ううう……く、薬を寄越せよ……」
「さて、じゃあ応急処置も終わったし帰るか」
「おい、薬くれって言ってるんだよ……」
「コテツとか言ったな?それ、人に物を頼む態度じゃないから。じゃ」
約一名、運良く命が助かったにも拘らず身の程を知らない命知らず一名が居たが、
その態度が気に食わなかった為に放置決定。
「ま、待て……死にかけてる人間を置いてくのかよ……竜の信徒の敵はこれだから……」
「やかましい、です」
「人の事襲って来ておいて盗人猛々しいにも程があるであります」
「と言うか。竜の信徒自身が竜の敵なんだが……」
放置決定、とは言ったものの本当に……、
と言う訳にも行かず、とりあえずチビどもにボコボコにさせた後、
最低限の治療を施しておく。
こんなのでも首吊り亭には必要な人材だしな。
「……なあ。お前考え方か、せめて言葉遣い直さないとこの先生き残れないぞ……」
「うるせぇよ」
処置無しだ。
とりあえず採掘事務所に放り込んでおく。
……。
「なあカー。そこの女はもしや、前の奥さんだナ?」
「今も奥さんだってば」
帰り道の途中、坑道地下二階に差し掛かった当たりで、今まで沈黙を守っていたスーが、
とんでもない言葉の爆弾を投下し始めた。
「確かにそうかも知れないナ。けどカーはそれと別れてスーのお婿さんになる。間違って無いゾ」
「間違いのみ。間違いしか無いんだが……」
「……ふふ」
恐ろしいのはそれを横で聞きながらもまるでルンが余裕な事だ。
……内心怒り狂ってるとしたら恐ろしすぎるし、
別に気にして無いとしたら俺としてはそれの方が恐ろしい。
「何がおかしい?スーは何か間違ってるのかナ?」
「ううん。ただ、まだ泥棒猫が残ってた事に驚いた。排除し忘れてた」
あっさり気味にとんでもない台詞が飛び出したような気がする、
……ルン、排除って何ぞ?
「先生の妻はもう三人も居る。これ以上は要らない」
「奥さんは一人居れば良いんだゾ?お前頭悪いナ」
この場合正論はスーの方な気がする。
ただし、根本的な背景まで考えると双方異常過ぎな事に気付く。
……何がおかしいかもう俺には判らなくなってしまう程に異常過ぎて、
もう俺には突っ込みを入れる気力すら残っていない。
「と言うか……三人?」
「私とアルシェとハピ」
……何時からハピは俺の妻になったんだろう。
全く身に覚えが無いんだが?
「ハピは商会総帥時代からの内縁の妻だと聞いた。私達もハピなら問題無いと言う結論」
「……誰が言ったんだそんな事……」
「ハピが言ってた」
「何考えてるんだアイツは……」
頭痛い……。
「そうか。なら三人ともカーの事は諦めてもらう」
「……可哀想な人」
心底同情した風にルンが俺の腕に自らの腕を絡ませてくる。
かなり力が入ってるな……。
……あれ?余裕があるように見えて実はかなり必死?
「先生は私の物、私は先生の物」
「カーはスーの物。スーの物はスーの物なのダ!」
どこのガキ大将だよ!?
と言うか、意思表示をきっちりしておかないと後が拙い。
急ぎ行動しなくては!
「なあスー。俺は恋愛関係ではルンの事が一番大事だ……俺の事は忘れてくれ」
「だが断るゾ」
「話聞いてくれよ」
「聞いた上で諦めないと結論付けたのだナ」
いや、胸張られても困る。
……どうしろと言うんだ。
せめてもの救いはルン自身が酷く満足げな顔になった事ぐらいか?
「全く、マナさんもスーも……人の話をもう少し聞いてくれてもいいんだが」
「……お母様にそれを求めるのは酷」
「なんだと?まさか貴様がルーンハイムかナ?」
突然、身を乗り出すスー。
今まで気付いていなかった事に唖然としつつ、とりあえず首を振る。
……そこに、般若が降臨した。
ただし、ネジを一本何処かに落っことしていたが……。
「好機!我が冬の部族の恨み、馬鹿母さんにぶつけられないからお前にぶつけるのダ!」
「……なんという、わけわかめ、です」
「身勝手ここに極まる、であります」
「ねえ、マナ叔母ちゃんの隠し子でしょホントはー……行動がそっくりな気がするよー」
俺を含め兄妹一同ドン引きするも、
当の本人、そしてもう一人。
「……ふざけないで」
……ルンが挑発に乗っちゃってるんだけど!?
どうするんだよ、姉妹間でヒートアップしてどうするよ?
「スーは大真面目だ!ルーンハイム、火災で住処の森を失ったスーたちの恨み、思い知るのダ!」
スーの剣が上段の構えから一直線に叩き込まれる。
だが、それを待っていたようにルンはサイドステップで回避しつつ一回転、
逆にルンの回し蹴りが無防備なスーのこめかみを強かに叩く……!
「があっ!?不意打ちとは卑怯ナ!」
「先に手を出したのはそっち」
「え?だが、先に当てたのはそっちだゾ!?」
「……そんな理屈は通らない」
結構効いたのかゴロゴロと三回ぐらい転がって、
突然すっくと立ち上がったスーの口から出てきたのは、非常識極まりない台詞。
思わずため息をついたルンを誰が責められよう。
「ふん!スーは負けない!シバレリアのジェネラルスノーは負けないのダ!」
「先生は私の全て……決して渡さない……!」
「ちなみに、まじばなし、です」
「今や地位、名誉、財産から領土、果てに家族まで全てにいちゃ由来でありますからね」
「本当に兄ちゃから嫌われたらあらゆる意味でルン姉ちゃは破滅だったりするよねー」
ルンが首を横に振った。
「地位も名誉ももう要らない……でも先生は、家族だけは守り抜く……!」
「それを聞いたら尚の事手に入れたくなったゾ!冬の部族の文字通り冬の時代を清算する為にナ!」
その時、ハイムが二人の間に割って入った。
……あ、危ないぞ!?
「待て母、それにスーよ。ここは穏便にだな」
「ハーか!よし来い。ハーも言い子だから貰っていくゾ!」
「……あげない。はーちゃん、おいで」
「判った。母、今行く」
ルンの言葉に反応し一瞬の躊躇も無くルンの肩によじ登るハイム。
……スーには残念だが、ハイムほど母親に恩を感じている赤ん坊はいないぞ?
俺を足蹴にする事はあっても、ルンの意に沿わない行動を取るとはとても思えん。
「ハーまで……何故ダ?」
「そう言われても、実の母親だし……そこの所を理解してたもれ?」
いや、スー。
そこ、悩む所じゃないから。
一日一緒に冒険したくらいでどうなる物じゃないから。
「……そうか。ルーンハイムに洗脳されたのだナ!?」
「わらわが?それは無い」
「何処をどうやったらそんな結論が出るんだよ……」
なんと言うか、処置無しだ。
まさかと思うが……これ、マナさんの薫陶じゃ、無いよな?
まあ、素でこれならそれはそれで大問題だが。
「……まるでお母様」
「母、その台詞は悲しすぎるぞ……」
同感だ。色んな意味で。
「馬鹿母さんの場合は仕方ないゾ?何せ良い事をすると周りが迷惑するように呪われてるからナ!」
「知ってたのか…………ってルン!?」
ヤバイ!勇者の呪いの事はルンとマナさんだけは知らない……。
と言うか、スー経由でマナさん本人はもう知ってそうだがな!?
……ともかくばらされたら拙い事だけは確かだ!
「……大丈夫、知ってる」
「え?」
「秘密にしてるのはマナリア系住民だけでありますからね」
「レキに来てからも結構時間たってるもんねー」
「ひとのくちに、とは、たてられない、です!」
ちょっと顔色は悪いが、暴露されたルンは意外と平気そうだ。
……しかし一体誰だよ、そんな危険な話題をルンの傍で口に出した奴は?
「わらわだ」
「お前かよ!?」
スパコーン、と軽くひっぱたく。
……目からビームが飛んできたが回避。
「詫びようと思ったのだ、勇者の呪いはわらわでも最早解除できんとな」
「……かけた張本人が解除できないのか?」
あ、突然顔つきがキリッと真面目な感じになった。
普段デフォルメ体形で白丸目玉だからギャップが凄いな。
「……父は、自分で焼いた焼き魚を生かして返せるか?」
「クロス大司教なら、条件付で何とか……」
思わずジョークで返したが、成る程。
不可逆変化なのか。……まあ命をかけての大魔術、
そう簡単に解除されたらたまらんだろうし止むを得んのか?
兎も角、五大勇者乙……と言ったところでは有る。
……ん?待てよ。
この状況、使える!
「因みに、馬鹿母さんには言っていないゾ。そもそも人の話をまともに聞いてくれないしナ!」
「そうかそうか。じゃ、そろそろ帰ろうか?結構な臨時収入があったんだろ?」
「うむ!首吊り亭で宴会ダ。シバレリアの民に財貨は必要ないからナ!」
「よおし、じゃあ競争だ!誰が一番早く帰れるか、な!」
「ふはははは、悪いが負けんゾ!さらばなのダ!」
「うわあ、なんという、はやさ、です」
「……棒読みでありますねアリシア」
そして、スーの姿は遠ざかっていく。
……うん、今ならと途中で気付いて誤魔化したが、上手く丸め込めたか?
……。
暫くしてスーの気配が坑道から消えた頃、
俺は皆に声をかける。
「じゃ、帰るかルン、ハイム、アリサ、アリシア、アリス」
「……ん」
「はい、です」
「帰るであります、首吊り亭ではなくあたしらの家に」
「じゃ、ウィンブレスに頑張ってもらうよー」
子蟻からの報告で、今スーは商都目掛けて一直線に走っているらしい。
……さて、追いかけていない事に気付かれる前にさっさと帰ろう。
元々帰る途中でハイムを迎えに来ただけだしな?
「爺の斧か……」
「そうだな。判ってると思うけど大事にするんだぞ?」
俺達の少し前を歩き、時折飛びながら投げ斧を振り回すハイム。
……投げ斧ではあるのだが、ハイムの小さな体では両腕で支えてやっとのようだ。
本来の用途で使えるようにするにはまだ数年の時が必要だろうし、
そもそも失くす可能性のあるような使い方は出来ないだろう。
従ってブンブンと振り回すハイムの今の使い方が正しいと言う事か。
「はーちゃん。お家に仕舞っておかないのでありますか?」
「わらわの持つ武具でこれほどの物は無い。武具は使ってやってこそだ。覚えておいてたもれ?」
……気に入ったらしい。
後で背負い用のホルダーか何かを用意してやらんと。
何せ持ち歩くには少々大き過ぎるし、手に持ち続けるだけだとどんな事故があるか……。
「うわっ!?」
ほら、言わんこっちゃ無い。
ぶんぶん振り回していた斧がすっぽ抜けて……どうしたハイム、固まったりして。
「……父、母、姉達……行こう」
「はーちゃん?」
一時立ち止まったハイムは斧を拾って抱くように抱えると、
宙に浮いたまま坑道の入り口に向かって一直線に飛んでいく。
「置いていくぞ皆?わらわに付いてきてたもれーっ!」
「……はーちゃん!?待って」
「まつ、です!」
飛んでいくハイムを心配してルンと、それを追いかけてアリシアが走っていく。
そして俺は……。
「……もう、限界だったのか……」
「公のおじちゃん……馬鹿であります」
「とりあえず、遺体は回収しとくよー……本当、馬鹿だよね人間って……」
岩陰に、隠れるように座ったままその行動を永遠に停止した、
公の骸をそっと回収したのである。
羽織っていたマントで崩れかけた肉体を包み抱き上げる。
……その体は、思ったより……軽かった。
「……なんで、半分体が崩れてるのに満足げな顔してるんだろうね……あたしには判んないよー」
「もう片方の斧、どうするでありますか?」
「俺が持っておく……隠し武器にはなるだろう」
思えば、今回の公の行動は余りに性急で稚拙だったように思う。
主君から離れ、独断で行動をした上……俺達が駆けつけただけであっさりと撤退。
……そして形見分けに墓所の用意依頼とも取れる行動。
更に会話の節々からはもう長くない事が容易に示唆できた。
そして、誰にも気付かれないように隠れて滅びの時を迎える。
結局……ルン達に心配や迷惑をかけたくなかった、と言う事なのだろうか。
「……なんだよ。結局最後に孫の顔を見に来ただけかよ……クソッ!」
「そう言えば、殺気が無かったであります」
結局公はハイムを殺す気持ちなど微塵も、とは言わないが無かったのだろう。
……そう考えると、ハイムに斧を渡した時の"残された最後の財産"と言う言葉が余りに重い。
ようやく顔を見れた孫娘に相続してやれる財産が斧一振り。
公爵級の大貴族だった事を考えると、余りに惨めだったろう。
更に、その娘は本来ならば世のために害さねばならぬ存在。
どうするべきか迷いぬいたであろうその心境たるや、想像すら出来ない……。
「アリス……ティア姫に連絡。公は強大な魔物と戦い名誉の戦死を遂げたとな」
「マナリアの公爵に相応しい凄まじい戦いぶりだった……のでありますよね?」
「……そうだ。そう伝えてくれ……」
俺に出来る事はそれぐらいしかなかった。
ただ……願わくば。
「願わくば、公の魂に平穏があらん事を。……さようなら、義父さん……」
「ばいばい、であります」
「……さあ、姉ちゃに追いつこう?余り時間をかけると怪しまれるよー」
その時地面が盛り上がり、巨大兵隊蟻が現れた。
……それに公の遺体を託す。
「頼むよー。それ、あたしらの身内だから食べちゃ駄目だからね?」
「あい、まむ。です」
兵隊蟻の指揮を取っていたアリシアの一匹に後事を託し、
俺達はルン達に合流するため坑道を入り口へと走る。
「……ここは、シェルタースラッグを殲滅した所か」
「焦げ臭いでありますね」
ここで無理にハイムを引き止めておけば、と思わない事も無い。
だが、それでも早いか遅いかだけの違いで結末は余り変わらなかったろう。
そう思うと、例えばリンカーネイトまでやって来て……だった場合、
孫、しかも他国の姫に切りかかった乱心者扱いされた可能性もあるか。
もし、そんな事になるぐらいだったら……だったら……。
「きっと、これで良かったんだ……良かったんだよな?」
「判んないであります」
「あたしら蟻だしねー」
そうだな。
判る訳無い。
きっと、誰にも……。
「……先生?」
「父!遅いぞ!」
坑道から飛び出し、えらい剣幕のハイムを抱き上げる。
そして自らもルンの手を引いてウィンブレスに飛び乗ると、アリサ達は勝手によじ登ってきた。
『リンカーネイトまで頼む。何時も便利に使って悪いなウィンブレス……』
『お気になさらずに。安全な寝床の提供があるだけで天と地、烈風とそよ風ですからね』
ウィンブレスが飛び上がる。
……廃鉱が豆粒のように見えるようになった頃、ルンがやけにぎゅっとしがみ付いてきた。
そして更に、俺の首筋に顔を埋めるように抱きついて来る……。
「ルン?」
「…………ぅぅ」
声を殺して……泣いてる……?
そうか、そうだよな。
親子だもんな……判らない訳、無いよな?
ハイムの手前、泣けなかっただけだよな……。
「ハイム……」
「何だ父」
「強く育て。もう、絶対に命を粗末にするような事はするなよ?」
「それを父が言うか?」
確かに。
だが、ここは言っておくべきだろう。
「いいんだよ。親の仕事は子供を育てる事だ……自分が出来ない事でも偉そうに言う必要がある」
「そんな裏事情までわらわに教えて良いのか?」
ま、確かにそうだがお前の場合問題無いだろ?
「お前……精神年齢自体は俺より1000年上じゃなかったか?」
「違いない。まあそれでも歪で未熟な精神だがな。父からも色々学ぶつもりゆえ覚悟してたもれ?」
……俺から得た知識は偏りすぎて余り役に立たない気もするが……まあ生き延びるには役に立つか。
えげつない策を講じ、必要とあれば城をも普通に捨て、勇者とは直接対峙せず、
情報を重視し、敵の弱い所を攻め続ける魔王か。
どう言うハードモードだよそれ?
ま、いいけど。
「……先生、ありがとう」
「なにがだ母?」
ルンもどうやら落ち着いたみたいだしな。
……元々渡されていた公の片腕をしげしげと眺める。
所々骨の浮き出た傷だらけのその腕。
生前に見た時はこんな傷だらけではなかったように思う。
……きっと、長い戦いでこうなってしまったんだろう。
「国に帰ったら商都軍への補給の準備と平行して公の墓も建ててあげないとな」
「……お父様は家を潰した事を悔やんでた。お墓は質素な方が落ち着くと思う」
「爺はわらわの爺だからな。墓はでかくて豪華なのが良いぞ」
そうだな。じゃあ……二人の意見を取り込むとするか。
「アリサ……これこれこういう風な墓を作っておいてくれ」
「判ったよー」
相変わらず頼もしい妹分に詳細を伝え、
俺は風の竜の上で暫しの休憩を取るのであった。
……。
三日後。かつてレキの街のあった瓦礫を一望できる小高い丘が完成した。
その丘の上に、ルンの希望通り質素な祠が建てられている。
「……お父様。静かに休んで」
「まあ、わらわには世を滅ぼす気など毛頭無いゆえ安心せよ」
その祠の中には公の片腕が祭られている。
周囲は緑に覆われ、林の中に祠が建っている格好だ。
「ガサガサガサガサ……」
「カサカサ、カサカサ」
植物の種類が偏っているが、まあ……十年もすればもう少しまともになるだろう。
レキには珍しい緑地化地帯とする事で、この地はきっと後世に残る。
……それが俺から公に出来る最後の親孝行だと思うのだ。
「じゃ、行くか」
「うむ」
「……ん」
丘を下り墓の全貌を見渡す。
……所謂前方後円墳だ。
昔の鍵穴のような形をした四角と丸の丘、その全てが公の墓所になる。
うん。アリサ達が三日でやってくれました。
因みに地下には残りの遺体が収められている。
同時にこの地下辺りに蟻の地下王国の本拠地があったりして、
ここは中々の重要区画だ。
毎日お参りはさせるから公もこれなら寂しくなかろう?
因みにリンカーネイト首都アクアリウムに合わせてアントアリウムと名付けられたその地下都市は、
カルーマ商会の幹部以外の人間には、その存在を全く知られていない。
「山一つが丸々爺の墓か。父は考える事がぶっ飛んでいるな」
「……質素で豪華」
「国破れて山河有り、って言ってな。何だかんだで最後に残るのは自然って事だ」
荒野に突然現れた小高い緑の丘。
それが末永く残る事を、俺は望む。
……さて、それじゃあ帰るとするか。
悲しんでいる暇は俺たちには無い。
……。
「うおおおおおおおおっ!?なんだこの書類量は!?」
「ええ、入り口が不便だという意見が多くて昇降用ゴンドラを用意したいのでその予算ですハイ」
「じゃあこっちは何だルイス!?」
「外壁と中央噴水塔を繋ぐつり橋の設置提案ですねハイ。移動時間大幅短縮ですよ」
「国防上問題が多くないか?」
「……むしろ守りやすくなるかと。長いつり橋に、身を守る場所などありませんよハイ」
「そうだな。いざとなればこっちから落とせばいいか。よし、許可する」
「はい」
そう、悲しむ暇など無い。
一分一秒でも早くこの書類の山を処理しなくては、今日は眠る時間すら取れないかも知れん!
「にゃああああああっ!?ハンコ押して押しても終わらないよー!」
「移民がサンドールに押し寄せてるであります。それの処理が多いでありますよ」
「……先生、お茶」
「母、わらわにもくれたもれ?……なんでわらわまで借り出されておるのだ……」
ふっ、文字どおり猫の手も借りたいからだ。
なあに、間違っても余り問題の無い案件だから、今の内どんどん経験をつんでくれハイム。
……そして、お前も俺らと共に書類に埋もれてくれ。
「カルマ君、今日の分の書類が届いたよ!それとはーちゃんの連れてきた子達との面会の予定が」
「ぐはっ!アルシェ?もうそんな時間か!?判った、今行く!」
「総帥、商都軍が召集を始めました。物資搬送、急ぐべきかと」
「判ったハピ、そっちは任せるから急いでくれ!」
そう言えば、また戦争になるんだな。
まあ、こっちからしたらとりあえず対岸の火事。
村正が勝ってくれた方が都合が良いが……ま、生暖かく見守るとするかね。
「カルマ君、向こうはもう待ってるよ?急いで!」
「判った、判ったから急かすな!」
まあ、見守る余裕があれば、だけどな。
とりあえず北がドタバタしているうちに、こちらは国内を固めておくとしますか……。
続く