幻想立志転生伝
61
≪side カルマ≫
トレイディアより少し北に行った結界山脈の麓にその廃鉱山はある。
元々大した物を算出する鉱山でもなかった上、鉱物も枯渇。
その上対処に困る割りに放っておいても大して害の無い……、
という微妙な魔物が住み着いたことをきっかけにして、この鉱山は閉鎖された。
「と言う訳でお宝の山な訳だ」
「何がと言う訳なのか判らんぞ父よ」
「お宝か。わくわくするナ」
「……おかねになりそうなもの、ここにある、です?」
「にいちゃが何も無いと言う報告を聞いた上で宝の山と言うからには何かあるでありますよね」
「ぶひー……」
現在俺達はその廃鉱山の地下一階を進んでいる。
幸い鉱山だったので地図は手に入る。
……それに、正直余り奥に行く必要など無いのだ。
「地下二階に続く坂道は……これか」
「……すこし、じとっ……としてきた、です」
「何か居そうでありますね。シェルタースラッグは強敵であります。避けて通るべきであります」
「フゴッ!フゴッ!フゴッ!」
確かにその通り、下のほうをカンテラで照らし出してみると僅かに床や壁が反射している。
何かの粘液が付着している証拠だ。
……うんうん、やっぱ居るんだよなシェルタースラッグ。
じゃあ早速。
「にいちゃ……なんで、よろい、ぬぐです?」
「そりゃあ溶かされちゃ拙いからな……無くても変わらん」
「そうだナ!じゃあスーも脱ぐのダ!」
「下着まで脱ぐな!」
「……これが叔母か……と言うかお馬鹿の間違いではないのか?」
「ざぶとんいちまい。です」
突然一糸纏わぬ姿になりそうになった、
ルンとは別な意味で頭の可哀想なスーに突っ込みを入れておく。
……まあ、鎧は脱いでおいたほうが正解だがな。
「ともかくシェルタースラッグを探す……と言うかおびき寄せるぞ!」
「は?です」
「わざわざ呼び寄せてどうするでありますか」
「……合点した。流石は父だな、成る程、確かにここは宝の山だ」
「ハー、どういう意味ダ?スーには良く判らないナ」
イマイチよく判っていないクリーチャーコンビと"叔母かさん"は放っておいて、
予め用意しておいた新鮮な……手足を縛ったオークを一匹地下に叩き落す。
「ブッヒイイイイイイイッ!?」
「……ごしゅうしょうさま、です」
「何で捕まえたのかと思ったら、生餌でありますか……」
ふっ。仕方ないのさ。
俺は自業自得とはいえ、どうやらオーク一族にとって怨敵にされてるらしいし、
コイツはあろう事か、かつてカルーマ商会のキャラバンを襲った愚か者だ。
いやあ、丁度近くの森に潜んでいたのがこの個体でよかったよ。
「おーおー。集まって来る集まって来る……父よ。宝の山が寄って来るぞ」
「うん。虹色に光って中々綺麗な殻じゃないか」
「……あ、なるほど」
「硬いし魔法に対して耐性もあるであります。良い防具になるでありますね」
「だが、そんな奴をどうやって料理する気ダ?」
ん?それはもう。取り出しますは油樽。
……じゃ、行くか。
まずは大量の油をドボドボと垂れ流しまして、と。
「ぶひ、ぶひいいいいいいっ!」
「あ、ようかいえき、たらされてる、です」
「逃げられないように脚を……と言うか十匹くらいが文字通りたかってるであります」
「……ああ言う死にかただけはしたくないナ。痛そうダ」
……悪いがうちの息子の為、もう少し生き延びて連中の注意を引き付けてくれ。
さあ、油が良い具合に下の階に広がって行ったぞ……。
「じゃ、何時もの行くぞ」
「みんな、はなれる、です」
「火球か爆炎か……燃えるでありますよ」
「待てカー。確か奴等は並みの炎は消してしまうらしいゾ?」
「良いから離れてたもれ。父の事だ、どうせ非常識な裏技でも考えてるんだろうさ」
と言う訳で、ご期待に沿えるように……殺ってしまおうか。
下層へ続く坂道に飛び込みながら詠唱開始だ!
『召喚・炎の吐息(コール・ファイブレス)』
「え?です」
「……この狭い所で……竜召喚でありますか!?」
足元から竜が姿を現す。
……はっきり行って狭過ぎるので文字通り道全体を塞ぐように窮屈な格好で竜が現れた。
座る事も出来ず殆どうつ伏せになったまま、四つん這いで地下に首を突っ込んでいる。
だが、ここまでは想定内だ。
「ファイブレス、炎を吐き続けろ!」
『判った……くっ、狭いなここは!』
更に行くぞ……足元に溜まった溶解液と油の混合物で靴の融ける音がするが気にしていられん。
竜の肉体を押し分け、敵を飛び越し通路の奥へと突っ込むと、
ファイブレスと俺で敵を挟み込むような体制で、こちらからも攻撃を開始する!
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
『我が指先に炎を生み出せ、偉大なるフレイア!……火球(ファイアーボール)!』
いつもの連続詠唱だ!
しかも逆側からは竜のブレスが迫っている。
逃げる余地も時間も与えるつもりは無いぞ!
「ぶひ!?………………」
一瞬でオークの悲鳴は消え、
続いて人の頭ほどもあるカタツムリたちが炎から逃れるべく殻の中に篭り始める。
だが、無駄だ!
紅蓮の炎から逃れる術など無いし、地面には油が撒かれ煮えたぎっている!
……洞窟の一角に突然出来たキルゾーン。
濡れ雑巾が一瞬で乾き燃えていく、その灼熱地獄にその軟体で耐えられるものか!
……カタツムリの一匹が苦し紛れにこちらに向かって首を向け溶解液を噴き付けようとするが、
液はこちらに届く事も無く蒸発し、
逆に高温の外気にさらされたその身があっという間にしぼんで行く。
唯一の突破口、それは俺の居る洞窟奥に向かう通路を突破する事だ。
だが、俺自身火球を放ち続けているし、地面すら焼け焦げんばかりの業火のため、
軟体生物が先に進もうとしても、その身が焼かれるばかり。
消化したくとも火勢は強く、溶解液が蒸発するだけで何の変化も起こりはしない…・・・。
とても娘には見せられない地獄絵図が広がり、やがて……炎の中に動く物は居なくなった。
だが……まだだ。
火球を放ちながら一時前進。まだ普通に立っている殻を蹴り飛ばし横転させる。
……その瞬間思ったよりも俊敏に中身が飛び出し俺に溶解液を吐きかける!
「だが、遅い!」
最初から警戒していたお陰だろう、俺はバックステップでそれを間一髪回避し、
殻の入り口目掛けて火球を連射した。
……よし、まず一つ、か……。
さあ、完全に相手が沈黙するまで攻撃を手を緩めないようにしないと!
……。
「……つまり、丈夫なのは殻だけ、危険なのは溶解液だけだったと言う訳だ」
「あっさり言うな。父よ……それをどうにかするのが難しいのだろうが」
そして小一時間後。
俺達の手元には何個かのシェルタースラッグの殻が残されていた。
……そう、小一時間竜の炎と火球の連射に耐え、
その殻は以前と同じように虹色の輝きを保っていたのだ。
だが、守るべき中身は焼け焦げもうその中には残っていない。
カタツムリの殻に入り口を閉じる能力は無かったため、入り口からの熱波でやられてしまったのだ。
……お陰で俺達は、無傷の……まあ傷つける事すら難しい代物だが……。
ともかく物理防御、魔法防御共に強力な防具の素材を手にした訳だ。
「じゃ、帰るぞ」
「え?父よ、もう帰るのか?折角探検気分を満喫できると思ったのだが」
「いや。だって俺もう冒険者じゃないし。緊急での議題も有るから早く国に戻らんとならんのだ」
「おもてに、ウィンブレス、きてる、です」
「さっそくグスタフヘルム(予定)を持って帰るであります」
……む。約二名ほど不服そうだな?
「わらわはもう少し探検したいぞ!」
「スーもだ。一時間ボケッとしてただけで冒険と言える訳が無いゾ!?」
うーむ……仕方ない。
なら、こうしよう。
「じゃあ、奥のほうの採掘事務所に金貨袋の入った宝箱があるらしいからそれを目指せば良い」
「採掘事務所?……ああ、作業者の監督をする監督の詰め所が確かそんな名前だったな」
「よし!スーも行くゾ!」
……やっぱりか。
まあ、ちょうどいい。
思えば防御力の高いこの殻をシバレリア帝国に渡すのも問題だしな。
「じゃあ、殻の変わりに宝箱が見つかったらスーにくれてやるぞ」
「良いのかカー。スーは嬉しいゾ!」
「わらわは?」
「見つかったら、中身と同額を俺から小遣いとしてくれてやる。それでいいか?」
「うむ!では行くぞ!」
「スーもそれで良い!……行くゾ!」
二人が洞窟の奥に突き進んで行く。
おーおー、勢い込んでるな……。
……ん、どうしたアリシア。いきなり袖口引っ張ったりして。
「たからばこ、ないです」
「なんで、嘘付いたでありますか?」
いや、まだ嘘だけど嘘じゃない。
確かに今現在坑道の奥に宝箱なんて無いが、
あいつ等が辿り付いた時に有れば問題なかろう?
「……それはお前らが準備してやってくれ。ハイムには良い訓練で良い気晴らしだろ?」
「そういう、こと、ですか」
「了解であります。まあ金貨20枚くらい適当な箱に放り込んでおくでありますよ」
そういう事。
「因みに、シェルタースラッグが居たら処理しておけ」
「むちゃ、です!」
「あたし等でどうしろと言うでありますか」
「溶岩に叩き落せ、もしくは坑道を溶岩で埋めろ」
「なるほど、です」
「さっそくやるであります。……他の人に殻を渡したく無いでありますしね」
……ほかの、人?
「コテツとか言うへっぽこ冒険者一行がこっち向かってるであります」
「きのうの、かいわ、ぬすみぎき、です」
「ほぉ……まあ、いいけどな。盛大な徒労だし」
「ま、はーちゃんのごえい、あたしらに、まかせる、です」
「にいちゃ、さっさともどって、村正の、けっこんについて、はなしあう、です」
「……そうだな。じゃ、任せたぞ」
そう言って、俺は走り出した。
「あれ?ほかにも、だれか、はいってきてる、です」
「にいちゃ。鉢合わせちゃ駄目でありますよ!まだ誰なのか確認取れて無いであります!」
ああ判った。裏口があるからそっちから出ることにするさ。
じゃあ、後は任せたぞ!
……。
そうして裏口から表に出て、そこから正規の入り口まで回りこむ。
……お、ウィンブレスが居た。
『やぁ。戦竜カルマ、お届け物を疾風のように連れてきたのですよ』
「……せんせぇ」
「ルン?それに良く見ると背中に居るのはアリサじゃないか!?」
おいおい、国は大丈夫なのか!?
「三日くらいならホルスやハピ、それにルイスが上手くやるよー。それに、ね」
「……村正達が先生を探してる」
……ほぉ?
それで……ふむふむ。
「……つまり、緊急の会談を持ちたいと言う事か」
「そうだね兄ちゃ。カルーマ商会商都支店にさっき連絡があったんだよー」
「先生がこの街に居るのは向こうも知ってる。今晩話がしたいって」
なるほどな。
何にせよ大事な話のようだ……行ってみようじゃないか。
「……で、ルンとアリサは何故ここに?」
流石にリンカーネイトからここまではウィンブレスを使ってもすぐ来れる距離ではないぞ?
話が来てからじゃあ間に合う訳も無い。
「ずっと、空とか後ろから見てた……先生も、はーちゃんも可愛かった」
「はーちゃんを観察する兄ちゃを観察してたんだよー」
……なんてこったい!
見守るつもりが見守られてたってオチかよ!?
「……それと……嬉しかった」
「何がだ?」
「私の事、大切にしてくれた」
「……スーの事か」
冗談でも誘いに乗ってたら……色々と危なかった、のか?
……と言うか現在進行形で危機が続いてる気もするがな。
まあいい、ハイムの事はアリシア達に任せて村正の所に向かうとしようか。
……。
俺達が服装を整えてトレイディア大公館に舞い戻ると、
紋付羽織袴姿の村正がティア姫と共に待っていた。
……どうやら夕食会を兼ねているらしくテーブルの上には色とりどりの料理が並んでいる。
「急に呼びたてて済まぬで御座る。緊急で話し合いたい議題が持ち上がったので御座るよ」
「なんだ?リチャードさんの所とドンパチやるから援軍寄越せとか言わないよな?」
ティア姫が軽く視線を逸らし、村正は苦笑いをした。
ああ、図星かよ。
「ははは。ティア殿は当初それを考えておられたようだが……拙者が止め申した」
「へぇ。てっきり提案を鵜呑みにするかと思っていたが」
「正直、余もそれを想定していたが……ふふ、思わぬ僥倖。カタは中々魅力的な提案を持って来てくれたぞ?ふむ。よくよく考えるとリチャードの奴は何も知らずに居たのだ。余の提案は奴にとって飲める物ではないだろう事は明白だったのだよ」
……普段よりほんの少し口数の少ないティア姫。
あれ?もしかして照れてる?
「さて、話の前の前提条件として。カルマ殿は……マナリア王国全盛期の領土をご存知か?」
「いや?」
全盛期?分裂前が全盛期じゃないのか?
と言うか、それが何か関係あるのか?
「北部領土がまだ森だった昔、サクリフェスや周囲の都市国家……そしてこのトレイディア"大公"国といった辺りは全てマナリアの領土だった。魔王との戦いや貴族間の勢力争いの果てにここまで分裂してしまったがな」
「そう。実はこの商都、元々はマナリアの属国で御座る」
へえ。確かに"大公国"であるなら何処かに宗主国の王様が居てもおかしくは無い。
まあ聖俗戦争時には既に上下関係などあってないような物だったと思うがな。
……ただ、戦争時援軍を呼べたのもそこの所の繋がりが残っていたから、
と言う部分は否定できないのだろう。
そして、その起こりは容易に想像が付く。
大方、魔法の使えない商人階級か非主流貴族が独立して商都を作ったのだろう。
マナリアで魔法が使えないというのはハンデどころの話じゃないからな。
兎も角、そこの所は理解した。
で、今日の議題とどう関係あるのか……。
怪しいのはサクリフェスの名前が出た事だが、さて、どう出るか。
「……単刀直入に言うで御座る。サクリフェスと都市国家群を占拠しティア殿に差し上げたい」
「いきなり大きく出たな村正。開戦するからには勝機はあるのか?」
一応確認はしておく。
……まあ、語るまでも無い事なのだが、きちんとした情報を村正が掴んでいるかのテストだ。
「無論。と言うか中心たるサクリフェスは現在頭が存在しない。落とすのは容易いで御座る」
「それにだ。余は彼の都市国家郡とのコネクションを未だに有している。神聖教団が瓦解した今、彼の地方では地方軍閥同士の小競り合い寸前だ。民は救いを求めておるよ」
……ちょいと横のアリサに目だけを向ける。
ふむ、肯定か。
ま、俺としても村正達が独力でそこまで掴んでいるなら申し分無いと思う。
……カルーマ商会としても、あの辺がピリピリしていたら商売を広げる訳にも行かんし、
まあ、悪い話ではないな。
万一村正達が負けても、その場合は都市国家間の結びつきが強くなり一つの勢力と化すだろう。
商売相手が変わるだけで、こちらとしては大した違いなんか無いのだ。
無論、一友人として村正には勝って貰いたいがな?
しかし、気にかかる事はまだ有る。
「……しかし、急だな。村正がそんな事を考えてるだなんて思わなかったぞ?」
「ま、昨日プロポーズされて、引き出物は何が良いか一晩で考えた物で御座るから当然で御座る」
道理で。
道理で蟻ん娘情報網に引っかからない訳だ。
ふう、びっくりした。
OKそれなら何の問題も無い。
「カルマ殿には王として、国としてそれを支持して頂きたい。それだけで良いで御座る」
「あっさり言う。……私達のメリットは?」
おっと、ここでルンの出番だ。
確かにカルーマ商会、引いては我が国の利益にはなるがそれはそれ。
向こうから支持を特別に依頼されたのだから何らかの見返りがあってしかるべきだろう。
……これはもう国と国との交渉。
友情は……まあ約定の履行や成立時などに大きく役立つが、
それだけを物差しにして測る訳にはいかない。
何せ、お互いに国民なんていうでかい物を背負っているのだ。
「当然あるで御座る。我が軍の兵站をお願いしたい。大きな儲けが見込めると思うがいかがか?」
「値段は?」
「色を付けさせて貰うで御座るよ?市価の二割り増し。ただし期限はタイトで御座るが」
「……アリサちゃん?」
「五千人分の糧食二か月分なら三日で用意できるよー。矢は現在在庫が……まあ十万本かな?」
「ほぉ。流石だなカルマ、いやリンカーネイト王。それだけあれば期間内に終戦まで持っていけるだろう。」
「後は傭兵で御座るが……ビリー殿のお力で千人はかき集められそうで御座る」
「少ないが……いや、急な話だ。現状ではそれが精一杯か村正?」
つまり、支持してくれたら大きな仕事をくれるということだ。
しかも……それは商都としても即座に戦闘体制を整えられると言うメリットがある。
人にやる見返りで自分自身も利を得るとは……意外とやるな村正。
こちらとしても大口の取引は望む所だしな。
「……それだけ?」
「ルン殿には敵わないで御座るな。……旧大聖堂付近の領土請求権を放棄するのではいかがか?」
「ああ、そう言えばあそこはセト将軍が掠め取った所で領土係争地か……」
現状でも商都があの地に対する領土請求を行ったと言う話は無い。
こちらとの友好を重視した結果だが、実際まだあそこの領土問題は解決していないのだ。
……実質商都側としては腹を痛めず、
こちらとしてもあの辺が国際的に領土だと認められるのは得る物が大きい。
それに、あの辺はルーンハイム家……ルンとハイムの領土になっている。
ルンとしても後に争いの種は残して起きたく無いだろう。
そう言う意味でもお互いに悪く無い提案だ。
ま、落としどころだな。
……どうやらルンもそう考えたらしい。
「判った……先生。ここは支持を出すべき」
「あたしもそう思うよー」
「そうだな。リンカーネイトの名においてこの……再統一戦争の支持を表明する……ただし」
でも、俺としてはもう一声欲しい。
ただし、俺の利益ではなく今後を考えた施策としてだ。
「ただし……現在の西マナリア領土は東側に譲渡すべきと思うがいかがか?」
「何?リチャードめを正当として認めよと申すか?」
いや?まあ似たようなもんだが少し違う。
ただ……元祖と本家的なこの問題を治めるのはこのタイミングしかないと思ったのだ。
「幸いリチャードさんは王子のままだ。そこでティア姫を19世として一度正式な王に迎えて貰う」
「成る程。リチャード殿は皇太子と言う形にするので御座るな?」
「無論、それだけで向こうが納得する訳が無いから王位はすぐ彼に譲ってやって欲しい」
「……そして、余は……新領土、いや奪還した旧領にて隠居、いやトレイディア大公妃に降りると言う訳か。ふむ、確かにそれなら余の正当性も失う事は無い、な」
そういう事だ。
……これなら一度は王に即位した形になるし、リチャードさんの方も遠くない将来王になれる。
無論ティア姫が王位に就く期間は厳密に決めておかねば後々の災いになるがな。
ともかく北からの領土的圧迫がある今、王位継承問題が拗れたままなのは大問題だ。
幸い、ティア姫にとって最優先なのは王位そのものと言うよりは自己の正当性のようだし……。
リチャードさんとしても恐らく国内に火種が燻っているのはごめんの筈。
更に……先日より、
どうも会話内容が無難過ぎるのに疑問を持ってアクセリオンの周囲を見張っていたら、
こっそり手話?で内緒の話をしている事を突き止めたところだ。
……方法はさておきこちらが監視している事に気づかれてしまった事は大きい。
今後の事を考えると緩衝地帯という意味合いも含めて、
マナリアやトレイディアには頑張ってもらいたいと考えている。
「なら、決まりだな……リチャードさんにはこちらから話を通しておく」
「ロン兄……東マナリアとしても多分飛びつくと思う」
「領土が帰ってくるならそれはそうだよねー。じゃあ手紙書いとくよー」
うん。有意義な会談だったな。
北が安定してくれればこちらも安定する。実に良い話だ。
国に戻ったら今後の為に内政に励むとしますかね。
……あ、そうだ。ちょっと気になることがあったんだ。
ついでに聞いておくか。
ちょっとティア姫に耳打ち……っと。
「……ところでティア姫。村正は魔法使えないけど良いのか?」
「ふむ。では逆に聞こう。余とつりあいの取れる男でカタ以上の男が居るのか?言っておくがリチャードは弟でお前は既婚者……アクセリオンは祖国に領土請求するかつての臣下筋、要するに裏切り者だぞ?サンドール王家は今やお前の家臣だし、国家元首の伴侶として相応しい相手の中で一番理に適った相手だ、と言うかこれを逃したら国家元首級で結婚適齢期の男など大陸におらんでは無いか」
ああ、そう言えばそうか。
成る程、そう考えると政略的な事を除いても相手の選択肢はそう多く無いよな。
「それにだ。魔力は次代に期待すれば良い。夫婦と言っても王と大公……余の方が立場が上なのだからな?カタが魔法を使えないのは残念だがまあ、一応仕込んではみるしな。それよりも意外と上手い政治手法に驚いたな。てっきり亡国の道を辿るだけの無能かと思っていたが意外と有能だよ。向こうからしたら逆にマナリアを乗っ取るで御座るとか言って来たりもしてる。中々に気概も持っているな」
……そんな事言っていたのかよ村正。
「何時もの女どもと違い、この話なら逆に商都がマナリア王家を乗っ取るとも言えるで御座るよ」
「聞いてたのか?まあ長話になったから仕方ないけどな」
「拙者とて幼い頃よりその手の勉学は続けていたで御座る。……冒険者になったのはその反動」
「そういや、普通なら商都が崩壊してるレベルだ。考えてみれば良く持たせてるよな」
「そうで御座るな。ま、この戦争で勝てれば商人ギルドもこちらに戻ってくると思うで御座るし」
「……それも狙いかよ」
はっ、やるもんだな。
軍事的優位と名声を持って国内を再統一する事も視野に入れてやがる。
……成長したのかこれがこいつの本領発揮なのか……。
「嫁が来るのに何時までもヘタレては居られんで御座るよ!」
「成る程」
海より深く納得だ。
「ああ、それとだ。余の年齢は知っているか?隠すのも惨めだから正直に言うが余はマナ辺りと同年代だ。……判るか?年下の親類に孫が出来たとか聞かされる余は未だに一人身だったのだ。その倦怠、その切望、その恐怖、そしてその絶望……流石のリンカーネイト王でも判るまい?」
……判ります。
痛いほど判りますとも。
精神の年齢で言えば俺ももうじき爺さんだし……。
「むーざんむーざん」
「アリサ、煽るな」
ともかく、北の政治状況が安定するのは大歓迎だし急いで戻って支援準備を整えなけりゃならん。
「で、何時ごろ行動を開始するんだ?」
「アリサ殿から聞いておらぬで御座るか?一週間後には動くで御座る」
「相手に準備する時間はあげないんだってさー」
そうか。だからアリサは三日後に二か月分とか言ってた訳だな。
……移動時間を考えると確かに時間は無いな。
「よし、すぐに国に戻るぞ!先ずはハイムたちを迎えに行く!」
「あいあいさー」
「……ん。準備しておく」
勢い込んでアリサやルンが部屋から飛び出していく。
アリサにとっては面白そうな大口取引だし、
ルンとしても流石に祖国の現状は憂いていたんだろう。
ふと、ティア姫がポツリとこぼした。
まあ、何時も通りの長文だったけど。
「……ルーンハイム、か。あの娘にはちと可哀想な事になってしまったな。まったく……奴は何処で油を売っているのだ?せっかく再会の機会だったと言うのに念話も届かないような遠隔地に居るなどとは、護衛としても自覚に欠けているのではないのか……まあ、止むを得ん」
「え?公が来ていたのか?」
「そうだ。偶然ではあったがな。まあ奴も術者を失い何時消えるかも判らぬ身の上ゆえ流石に不憫に思って護衛と言う名目で気晴らしに連れ出したのだ。まさかお前や娘が来ていたとは思わなかったが、それなら久しぶりに会わせてやろうかと考えたのだが今朝から行方が知れん。もしかしたら術が途切れて骸に返ったのかも知れんな。流石の余も自我を持つ使徒兵を作り出す魔法など知らんし、効果時間なども術者たるブラッドが死んだゆえ全く判らんよ」
「……悲惨で御座るなルーンハイム公も」
「そうだな……」
そういやあの人、アンデットにされた上祖国、
それも一部はかつての自分の部下と戦い続けてたんだよな。
……もし会ってたとしても何て声をかければ良いのか判らんな。
公には悪いけど、再会してなくてある意味良かったと思う。
「……ともかく俺も帰る。物資については心配するな」
「頼むで御座る。例えリチャード殿の了解を得られずとも開戦はするで御座るゆえ」
まあ、負ける余地の無い戦争だな。
じゃあ、早速物資の準備に取り掛かるとするか。
……ついでに、北の大国の動きも要観察だ。
これにどういう動きをするかで、警戒を強めるか緩めるか決める要素にもなるだろう。
何か……企んでるっぽいんだよな、あの国も。
それが何なのか、早めに掴んでおきたい所だ。
……。
≪side ハイム≫
「おお!あれかも知れんぞスーよ!」
「そうだナ!見た感じからして宝箱ダ!」
コウモリを蹴散らし、潜んでいた盗賊を魔力弾頭でふっ飛ばしつつ奥へと進むわらわ達。
……後ろでニマニマしながら付いてくるクイーンの分身達が少々不気味ではあるが、
とりあえずシェルタースラッグに出会う事も無く、わらわ達は洞窟の奥、
かつての採掘事務所まで辿り付いておった。
「む。ドアが錆びておる。誰か開けてたもれ?」
「任せるのダ」
力任せにさび付いたドアをスーが破壊する。
おー、ドアが飛ぶ飛ぶ。
……中に入ると蜘蛛の巣が張った机、そして脚の折れた椅子。
そして……やけに綺麗な宝箱が一つ。
「おおっ!宝箱。見ろハー、確かに宝箱ダ!」
「……そうだな」
くるりと首だけ回れ右。
ニマニマニマニマ……
ああ、そう言う事か。
宝箱にもメイドインカルーマって書いてあるしな。
……隠す気無いのか?お前ら。
「おめでとう、です」
「早速開けるでありますよ、ハイ鍵であります」
「うん!ドキドキするナ!外国では生活にお金がかかるから、一杯入ってるといいナ?」
「……うむ」
頭悪すぎて泣けてくるぞ。
スーも一応将軍だろうに。
なんでコイツ等が洞窟奥の宝箱の鍵を持ってるのか?
くらいは疑問に思わんのか!?
「開けるゾ」
「……そうだな。やってたもれ」
思わんか。そうか。
もういい、考えるだけ間違って居るような気がしてきたぞ。
「ふむ。これが金貨か。中々綺麗な物だナ?」
「ひいふうみい……21枚か。まあ、わらわ達にしては中々の戦果、なのか?」
「おめでとう、です」
「乙であります。じゃ、帰るとするでありますか」
白々しいな。
……その為には、
「おっと、おチビちゃん達。それは置いてって貰えないかい?」
「……こやつ等をどうにかせんと、帰れもせんぞ?」
わらわ達の後ろに群がるこの愚か者どもをどうにかせんとな。
……。
さて、現状を少々纏めてみようか。
この場での友軍はわらわとスー。そしてクイーンの分身達が二匹か。
で、相対する相手はというと。
「なあ、お前の父ちゃんの金持ち具合は知ってる。それがお宝か?譲ってくれや」
装備が少し村正と似ているコテツとか言う男を中心としたパーティーのようだな。
数は六人か。
ふむ。こう言う装備の戦士をサムライとか言うらしいが、
それを踏まえると相手方の職業は、
サムライ×1、盗賊×2、弓兵×1、それと後方の二人は魔法使いと思われる。
……どうだろうな。
あのコテツとか言うのがあの酒場で最強とか言っていたし、警戒する必要も無い相手なのか?
いや、そんな風に舐めてかかって敗北したのは一度や二度では無いだろう?
まずは敵の戦力を測るのが先決だな。
少々探りを入れてみるか?
「むう、わらわ達とて苦労して手に入れたのだ、代わりに何をくれる?」
「そうだゾ!物々交換は基本なのダ!」
……相方が馬鹿過ぎて泣けてくる。
だが、相手を油断させる効果はあったようだな?
「へへへ。馬鹿言うな……そっちは四人、こっちは六人だ。しかもそっちの三人は子供じゃねぇか」
「む!だがそれを考えてもスーのほうが強いゾ!?」
のしのしと歩み出ていきなり抜刀。
そして案の定前衛に出ていた盗賊一人を一刀両断にする。
……っとその瞬間、中衛のもう一人の盗賊が何かを……!?
「のあっ!?何だこれは、うごけないのダ!?」
「蜘蛛の糸……いや、鋼の糸で編まれた投網か!」
「へへっ、ま、ざっとこんなもんよ」
「卑怯な(棒読み)」
……どっちもどっちのような気もしないでもないが、とりあえず叫んでおく。
ふと気付いた。クイーンの分身が居ない?……いや、死体を運んでるだけか。
冷静だなお前ら。
「どうだ?あいつは強いけどどうにかする方法もあるのさ。チビ助だけじゃどうにもならないだろ」
「……最近封印を解かれた第二の攻撃魔法食らわせてやるか?」
「ほう?面白いじゃねぇか……いいぜ、やってみな?」
『魔王特権、専用術式起動……眼光!(アイビーム)』
「……ぐぎゃああああああっ!?」
「殺傷能力こそ無いが全身に耐え難い激痛が走る……もう一発食らってたもれ?」
目はある種のレンズになっていると言う。それを利用して謎の激痛を誘発する光を目から放つ。
これが魔王通常形態第二の護身術、眼光(アイビーム)だ!
隙は全く無く即座に発生する光が敵の体に当たると、傷も無いのに激痛が走る。
ある種の幻覚だが場合によってはそれだけで死に至る場合もあるのだ。
「手前ぇ……大人舐めるんじゃないぜ!?」
「貴様こそお子様を舐めるな下郎。わらわは魔王ぞ?」
「て言うか、宅配物持ち逃げの常習者が偉そうに言わないで欲しいで有ります」
「めさきのことしか、かんがえないから、いつまでも、そうごうらんく、あがらない、です」
そう言えば、戦闘Bランク……リザードマンとまともに渡り合えるレベルの癖に総合がDランク、
という事は技能も実績も無いに等しい訳か。
と言うか、お届け物を持ち逃げするような輩に信用など付いてくる訳も無い。
「ぬなっ!?ち、違う。アレは落っことしただけで別に持ち逃げしたわけじゃ!」
「やかましい、です」
「高級品運ぶ時だけ必ず失くしてる。偶然の筈無いであります……あたしらの情報網舐めんな」
……語るに落ちたな。
わなわなと震えておるぞコテツとやら。
そしてこういうタイプの人間の場合次にとる行動はほぼ決まっている。
「ふざけるんじゃねえぞ!?」
「すこーーーっぷ!」
眼光の効力により激痛に苛まれながらも刀を抜いて攻撃を仕掛けてきたその根性には敬意を表する。
だが……相手が悪すぎだ。
「ば、ばかな……」
「聖俗戦争の頃よりにいちゃと共に戦い続けてきたこのあたし。相手にするには役不足であります」
クイーンの分身……アリスのスコップによりカタナごと突き崩されるコテツ。
そのまま胸板から血を噴出しつつ倒れこむ。
「お前らっ!」
「ちっ、だがこっちにはまだ四人も……」
「一人逃げたぞ!?」
「相手が悪いわ!俺は逃げる、じゃあな!」
賢しいが賢くもある選択だ。
……そも、わらわ達に手をかければ父が、そしてリンカーネイトが動く。
個人で立ち向かうには少々荷の重い相手だ。
それにだ。
『魔王特権、専用術式起動……魔力弾頭!(マジックミサイル)』
「ぎゃああああっ!?」
わらわは魔王ぞ?
相手は父のような化け物や勇者どもではないのだ。
ただの人間にやられるような間抜けではないわ!
「あーあ、しかたない、です」
「うぐっ!?あれ?体が……毒?」
「もういっちょ、すこーーーっぷ!」
「げふっ」
そうこうしている内にクイーンの分身達が投げナイフやスコップで敵を片付けていた。
……ふん。他愛も無い。鎧袖一触とはこの事か。
「まったく、身の程知らずは正直絶滅してたもれ、だ」
「まったく、です」
「ま、間違っても負ける相手じゃないから通したでありますがね」
「それはいいが、動けないゾ。スーを助けるのだナ」
やれやれ、仕方ない。
……鋼の網に捕らわれたスーを救い出すか。
「ふう、一時はどうなるかと思ったゾ?」
「そうか。まあ良い、ともかく宝は手に入ったのだし帰る事にするか」
……最後の乱入はさておき中々に楽しかった気もする。
今度は配下の兵を連れて何処か探検に行くのも面白いかも知れんな。
「では……ん?どうした姉ども」
「あちゃあ、です」
「あのトラップを全て抜けてくるとは、驚きであります」
「……む、誰か来るゾ?」
誰か来る?
確かに何か強力な魔力反応が……いや、だが生命反応が感じられん。
「アンデットか?」
「……その通りであるな」
「お、酒場で会ったナ!言っておくが宝はやらんゾ?」
その男は両手に投げ斧を装備しわらわの前に立つ。
生命反応は感じられない、か。
しかし、自我のあるアンデットなど珍しい。
生前はさぞ力ある魔法使いだったのだろうな。
「あわわわわわわ、です」
「えーと。公爵のおじちゃん、お久しぶりであります」
公爵?……公爵……ああ。
何処かで聞いたことがあると思ったら、
「うむ。ルーンハイム12世である」
「爺か。わらわはルーンハイム14世である」
「スーはスーであるゾ!」
ルーンハイム12世……爺はわらわをじっと見ておる。
何かを探るように、じっくりと。
……ああ、わらわはこの目を知っておる。
信じたく無い事実を必死に納得させようとする者が持つその悲しげな瞳。
わらわは何度と無くこれを見てきたのだ。
……まあ。詮無き事だがな。
「……またの名を、魔王ハインフォーティン」
「やはりか。まさかこんなタイミングで我が家に転生してくるとは」
「知っていたか」
「可能性は考えていた。だが……確認出来る場所でも無ければ状態でもなかった」
「それで……今回、近くに来た事を良い事にわらわを消しに来たか」
「そうだ。娘達もそれに気付いては居まい。悲しむだろうが……魔王を世に出す訳には行かぬ」
ザッ、と音がしてクイーンの分身達がわらわを庇うように前に出た。
「だめ、です!」
「にいちゃは魔王の事知ってるであります!殺す必要は無いのでありますよ!」
……爺は悲しげに首を振る。
「判っておらぬよ。本当に判っているならみすみす世に出すような真似などするものか」
「それはない、です!」
「……魔王は我が祖国を必ず滅ぼそうとするだろう。それを阻止せねば。それが公爵たる我が使命」
「もう、こうしゃくでも、なんでも、ない、です!」
「おじちゃんは家が無くなった時に公爵じゃ無くなった。使命に従う事は無いであります!」
「例え、そうだとしても……ルンを……娘を魔王を生んだ呪われし娘とさせる訳にはいかん!」
「はーちゃん、しんじゃったら、ねえちゃも、しんじゃう、です!」
「……"それ"を妹として扱ってくれた事には感謝する。だが」
爺が投げ斧を振りかぶる。
「個人的理由で国を。そして、世界を犠牲にする訳にはいかんのだ!そこを退けアリシアよ!」
「いや、です!」
「そも、はーちゃんにマナリアを滅ぼす理由はもう無いでありますよ!」
……父も母もわらわを受け入れてくれた。
だが、世間はやはりそうでは無いらしいな。
魔王を生んだ、呪われた娘、か。
あの母がそんな不名誉な称号と共に生きていかねばならぬと?
……もし、もしそうだとしたら……わらわは……。
「退け。姉よ」
「はーちゃん、あぶない、です!」
じっと爺を見上げて睨み付ける。
「舐められたものだな。この魔王、貴様などにやられるほど耄碌してはおらんわ」
「ならば……初代勇者の血筋たるルーンハイムの力、受けて見よ!」
「だ、だめ、です!」
「はーちゃん、逃げるであります……!」
爺の斧が、わらわの眉間に吸い込まれる。
……わらわは地面に叩きつけられた後、ワンバウンドして後ろの壁に叩きつけられたようであった。
ようであった。と言うのは防御をして居らぬゆえ、一瞬気を失っていたからだ。
そして、目覚めたわらわが見たものは。
「……ころす、です」
「おじちゃん……あたしらの身内に手を出してただで済むと思うなであります」
「ハーはいずれスーの子供になるのダ。よく判らないけど殺させたりはしないゾ!」
「ならば……容赦はせん!」
「やれるもんなら、やってみろ、です!」
「戦争経験はあるのでありますよ?」
『我は聖印の住まう場所。これなるは一子相伝たる魔道が一つ……不可視の衝撃よ敵を砕け!』
「へ?」
「おじちゃん……マジでありますか?……に、逃げろであります!」
『……衝撃!(インパクトウェーブ)』
不可視の衝撃波に弾き飛ばされるクイーンの分身たち。
そして。
「大人気ないナ……けど。敵なら容赦しないのはこっちもだゾ!」
「退け!あれは……魔王は危険なのだ!マナリアの歴史を知らんからそんな事が言える!」
火花を散らして切り結ぶスーと爺の姿だった。
……。
斧の直撃を受けたせいで頭がまだグワングワンとする。
……ふらつく頭で何とか現状を把握しようとするが、
余り考えが纏まってくれない。
しかし、今日ほど魔王の特性でもある馬鹿に高い生命力を怨んだ事も無いな。
一撃で死ねるならと思ってあえて攻撃を受けたが、痛いだけで死ねやしなかった。
……流石にこれ以上母に迷惑はかけられんと思ったのだ。
だが、よくよく考えたらそれは間違いだと気付く。
そもそも前提条件が違うのだ。
……両親と祖国はわらわが魔王である事を知った上で我が子として遇してくれておる。
オドたちもそれに倣って居るのは、主君である母が全く動じなかったせいだろう。
だが、それは父と母が異端だっただけ。
やはりマナリアでは魔王は恐怖の対象でしかなかった、それだけの話なのだ。
また、わらわもそれだけの事をしてきた自覚はある。
原因はさておき、攻撃を受けたほうが良い感情を抱ける訳も無いからな。
ただ……わらわが今まで接してきたマナリア貴族は基本的にわらわに友好的だった。
それをわらわは「予想外に魔王が嫌われていない」と勘違いした。
ところがよりによって実の爺が普通の感性だったので気が動転してしまった。と言う訳だ。
はは、思わず身を差し出してしまったが、それこそ魔王らしからぬ行動だったな。
……立ち上がり、前方の剣戟の音のする方に目をやる。
「ハーは良い子だ。それなのに命を狩り尽すというなら、馬鹿母さんの名において切り捨てるゾ」
「……マナの名の下に?くくっ、これは良い皮肉であるな」
確かに。勇者の名を持って魔王の討伐を阻止するとはなんと言う皮肉か。
更に言われた相手は爺。つまり当のマナの夫でもあるしな。
「皮肉か挽肉かは知らないが、スーは負けないゾ」
「ぐっ、確かに凄まじいパワーだ……だが!」
一陣の暴風のように振り回されるスーの剣。
だが、爺はそれを後ろに飛んで回避すると両手の指をコの字型にし向かい合わせに並べた。
そして……親指を動かしながらの詠唱!
『上上下下左右左右BA!……自機強化!(チートコマンド)』
「なっ、これは!?」
「いかん!スー、逃げろ!遮蔽物を探せ!」
あの家伝、30年前にも見たな。
幾つもの魔法が合体したような実に厄介な術だ。
「ぎゃああああああっ!?眩しいし痛いゾ、くるしい、ゾ……」
「……気絶したか!?だが、止むを得まい……」
……術者の周囲に防御膜が展開された上に、
周囲を半自立運動で飛び回りながら術者を追尾する魔法の光玉が数個現れる。
更に術者の突き出された両腕と光玉より光線が発射され、
その上身体能力の強化まで付いてくるというオマケ付き。
攻防共に凄まじい凶悪な術式の一つだ。
先代のルーンハイム公はこの術の余りの恐ろしさに、
魔王相手でも無ければ使うなと我が子に厳命したと言われておるほどだ。
ああ、だから今使っておるのか。
「覚悟せよ、魔王!……さらばだ孫よ。次生まれてくる時は魔王の転生などに当たるなよ!」
「ぐっ!」
判っている。
そう、今のわらわにそれを避ける術も耐える術も無い事は。
「はーちゃん!?」
「ぐっ……目を覚ますのが遅れたであります!」
……両腕で顔は何とかガードするが、光線は四方八方からわらわを襲う。
もう少し体が育ってさえ居れば何とかする手立てもある。
だが、今のわらわには……。
「ふふ、ふ。だが爺よ。それだけ魔力を消耗してはその体が持つまい……」
「ま……魔王を放置しては、我とて、し、死ぬに死ねんのである。……覚悟の上だ」
今の爺はアンデット……恐らく使徒兵の亜種であろう。
そしてあのフレイムベルトと同様に、死者は魔力を生み出す力を失う。
要するに、魔力切れ=滅びなのだ。
現にその顔にはひび割れが起き、片腕からは肉が削げていた。
滅びは近いのかも知れんな。だがまあ、確かに人間。
それもマナリア貴族としては魔王を放置するくらいなら死を選ぶか。
……短いが。
楽しい人生だったな、今回は。
「ハイムーーーーーーーっ!?」
「アホはぶっ飛ばすよー!」
光線が我が身を貫通し気を失うその瞬間。
急に辺りが暗くなって痛みがすうっと引いていく。
何かが光線からわらわを守ってくれているのか?
そしてわらわは父の声を聞いた。
確かにクイーンの分身達が居る以上、父にここの話が行っていてもおかしくは無いか。
ただ、駆けつけるにしても早すぎる気もするがな。
まあ……願わくば。
これが幻聴で無い事を、祈る。
続く